真に守り抜く 作:しんぴのまもり
倒れた呪詛師に対し、僕は静かに歩み寄った。
「流石にこれは予想外だったよ。 まさか友達を刺すことに一片の迷いも抱かないなんてね」
腹を刺されて重症を負ったものの、未だ致命症には至っていない。 だが痛みと出血で最早まともに動くことは出来ないだろう。 呪詛師は死への恐怖が薄いのか最後に言いたいことを言ってやろうとばかりに僕に話しかける。 既に戦意も敵意も失せていることは僕の目にも明らかだったので、言葉を返してみる。
「メカ丸は本体が別にいるし、スペアも幾らでもあると本人が話していた」
「その通りダ」
「だとしても、少なくとも一カ月は一緒に過ごしてきた仲間の形をした物をそう簡単に刺せる物かい? 少なくとも私はできないと思うね」
いけしゃあしゃあと呪詛師は嘲ってくる。 人を何人も殺してきたであろう呪詛師に倫理観を問われたくは無いが、一方で今自分のやったことはそれほど冷淡な行動だったのだろうかと思うと少し悩まざるを得なかった。
「二宮、呪詛師の言うことに耳を貸すナ。 俺は全く気にしていないし、気に病む必要は無イ。 それよりも、そいつにもし仲間がいれば逃がしてしまうかもしれなイ」
「…分かってる」
思う所は山程あるし出来るのなら僕らを狙ってきた理由の尋問もしておきたかったが、メカ丸の助言のおかげで逃亡の可能性があることに気が付いた以上、呪詛師の言うことも、バックの存在の有無も、今は目を逸らすことにしよう。
「ふう…じゃあ、最後に言い残す事はあるか」
深呼吸をし覚悟を決め、呪詛師に最後の問いを投げる。
「……無いよ。 こんな事をしてるんだから、いつか報いを受ける日が来るなんてのはずっと前から覚悟している。 呪いの言葉を吐くつもりもない」
呪詛師は抵抗も命乞いも一切せず己の運命を素直に受け入れた。 やはり自分の命に執着があるわけでは無さそうだ。
「そうか 下手に動くなよ、苦しみが増すぞ」
嬲るつもりはない。 一撃で首を切り落とすつもりで集中して刃を構える。
必殺の間合いを持って放たれた二宮丸は呪詛師の首に迫り────
「う、うーん?」
その時、先程まで動く素振りすら見せなかった三輪さんが突然起き上がった事で、僕は咄嗟に刀の動きを止める。
「え? な、なんで帳が降りてるんですか?」
「起きたカ、三輪」
「は、はい……。 ………もしかして、2人が戦っている時に爆睡かましちゃってましたか?」
タイミングは兎も角、三輪さんが起き上がってきて何よりだ。 おそらく呪詛師が術式を保てなくなったことで起き上がれたのだろう。
ただこれだと……
「うん?なんで刀をしまった? 私を殺すんじゃないのか?」
「三輪さんの目の前で人死にを起こすのは流石に少し…」
「だナ」
「? 分からないなあ。 さっきまでの君はそういう事を気にするタイプには見えなかったんだが。 あ、もしかして君あの子のこと…」
それはメカ丸の方だろう。
「どちらかと言うと三輪さんの性格の問題ですかね。 メカ丸と違って友達が目の前で人を殺しているのを見て平常心でいられるかは微妙なとこだと思いました」
「ならなおさら訳が分からない。 さっきまでの君なら絶対にそんな事を気にせずに私を殺していたはずだ。 どういうことなんだ? なんなら口調も変わってるんだが」
「……呪詛師に教える義理は無いですよ」
「そうか。 んで結局私はどうなるんだ? 流石に見逃す訳にはいかないだろ?」
まあ確かにその問題は出てくるが……
ここが市街地なことをこいつは忘れてないだろうか。 こんな所に帳が降りれば窓がすぐ見つけてくれるだろう。 僕の予想ではあと少しでこいつの増援かもしくは……
バシュッ
帳が一気に破られ、上空から術師が舞い降りる。
「これ、どういう状況?」
白髪に漆黒のアイマスクをつけた一見ただの変態にしか見えない風貌の男は、この業界では全く違う印象を持たれる。 即ち、絶対的強者。 術師たる者誰もが知るその男の名は──
「五条、悟…」
「君達は確か歌姫んとこの生徒だよね。 て事はこいつは…」
「呪詛師です。 生捕にすると言っていたので背後に誰かがいる可能性があります」
ラッキーだ、まさかこっちの増援が最強の呪術師とは。 これなら仮に呪詛師の仲間が来たとしてもまとめて叩きのめせる。
「オケオケ。 たった3人でこのレベルのを相手によく頑張ったね。 尋問はこっちでするから任せておいて」
「あー、私縛りでほとんど詳細話せないけれどそれでも良い?」
まだまだ未熟な僕にも何となく分かるぐらいには殺意を出している五条悟に対し呪詛師は今までと変わらない舐めた口調で話す。
こいつには恐怖という感情は無いのだろうか。
「僕を目の前にしてそんな喋り方をできる胆力は褒めてあげるけど、どっちにしろ呪詛師な以上一緒に来てもらうよ。
縛りを結べば生かしてやるかもしれないから黙って来な」
「お前なら命令するまでもなく連れていけるでしょ、というか聞いていたよりも大分対応甘いんだけどこれあいつ嘘つきやがっt「そんじゃ、またねー」
そう言うと最強の呪術師は呪詛師を担ぎ、一瞬で消え去った。 後は師匠達大人が処遇を決める事になるのだろう。
こうして呪詛師が強襲してくるという呪術師をしていてもほとんど縁の無い危険極まり無い事態に対し僕らは、なんとか死者を出す事なく収拾をつけることに成功したのだった。
◇◇◇◇◇◇
その後真守らは、五条悟が用意したらしいタクシーに乗り込み、疲れ果てた全身を席に預けて休めていた。
「せっかくの休日なのにとんでもないことになりましたね…まあ私は全く覚えていないんですけど」
と三輪が申し訳無さそうに呟く。
「まあ呪力量の関係上それは仕方ないですよ。 僕も術式を発動していなかったらすぐに倒れていたでしょうし」
フォローを入れつつも真守は今回の事件に対して思考を巡らせる。
(あの呪詛師のバックに誰かがいたとして、何故僕達を狙ったんだ?
三輪さんが狙い…はまず無いな。 仲間に引き込んで得があるほどの実力を持ってる訳ではないし、呪詛師に狙われるような事をしているともとても思えない。
僕が狙いの場合は、禪院家の差金という事になるのだろうか。 確かに禪院家に呼び戻すという目的ならあの術式はうってつけだし、有り得なくは無いだろう。 だが確か今日師匠はその僕の処遇についての話で呼ばれたと言っていた。 僕を取り戻すのを目的として師匠に交渉を挑んだのに、結果を待たずして僕を攫おうとするというのは少し違和感を覚える。 裏切りの誘いを師匠の強さを間近で見ている奴にしてくるほどの馬鹿なら姿を隠して他の呪詛師を差し向ける頭すら無いだろう。
…………ならメカ丸ならどうだ? メカ丸の日本全土に及ぶ術式範囲を仲間につければ確かに色んな悪用ができるだろう。 だがそれは二級術師相当の機械を次々と差し向けられるメカ丸を敵に回す程価値の有る物か? それを苦もなく倒し切れるような呪詛師ならメカ丸の力が無くても…… ……考えがまとまらないな……こういう時は…一度寝て………脳をスッキリさせるのも……手………か…?
……………………。
ZZz…………。
「寝て、いますね」
「今回1番身体を張って戦っていたのは間違いなく二宮だからナ。 今はゆっくりと休ませてやるべきダ」
「メカ丸だって両手が折れているじゃないですか」
「俺はそもそも本体じゃなイ。 俺は一度も命を危険には晒していなイ」
「私はそういう問題じゃ無いと思いますけどね、だってメカ丸はその代わりにずっと苦痛を味わっているんですよ? もっと外に出られる自分の体に関心を持って欲しいです。 ……ところで、あの呪詛師は二宮君の口調や人格が私が起きる前と後で変わっていると言っていましたけど、どういう感じだったんですか?」
「……呪詛師と戦っている時の二宮は甘さや優しさが欠落しているような印象を受けタ。 あれが二宮の素なのだろうカ……」
だがカラオケの時の二宮はとても偽りの姿とは思えない。 2人は頭を捻らせるが、自分たちでは答えは出そうにも無い。
「いや、そう言う訳じゃ無いよ」
「うひゃあ!? …あ、初音さんか」
その悩みに答えるのは、誰よりも長く真守と接している式神、初音ミクだった。
「ミクで良いよー。 で、マスターの性格の話だよね?」
「あア。 あんたなら知っているはずダ。 二宮の性格はどちらが二宮本来の物なんダ?」
「んー、本来の物という話になるのなら、1番最初にあったであろう戦闘時のマスター、という事になるの、か…な?」
初音ミクは妙に歯切れの悪い答えを返す。
「何故そんな曖昧な言い方なんですか?」
「マスターが禪院家的な思想を植えられて育って、私に禪院家とは全く違う一般的な意見だけを吹き込まれて、家出して辿り着いた先で二宮ちゃんからやっと色々と学んだのは2人も知ってるよね?」
「まあ、はい」
「で、マスターが教わった3つの考えってどれも余りにもかけ離れているよね。
だから3つの考えを知った後に、それぞれの思想はほとんど混じらなかった。 これに関してはじっくりと考える時間を与えずに修行に明け暮れる事を選んだ私達3人全員の責任だね。 水は方円の器に随うというように人の考え方は周りの環境で幾らでも変わる物なのに、マスターは環境に慣れないうちに次々と別の環境に歩を進めていた。 これじゃ自分のやり遂げたい事を整理できる筈もない。 そういう意味では加茂君の助言は凄く的を射ていたんだ」
「結果、いつのまにかマスターの考え方は状況によって切り替わるようになっていたんだ。 赤の他人や知人には私が吹き込んだ常識に沿った敬語を使った喋りを、心を許している相手には二宮ちゃんを真似てフレンドリーに、喜怒哀楽を前面に押し出して。そして敵対した人物に対しては禪院家で身に付いた冷酷さや感情を切り離した戦い方をフル活用して臨む……という風にね」
「…仕事とプライベートで性格が変わる人のようなものですか?」
「それも少し違うかな。 皆にマスターが見せた姿はどれも自分の心に従った行動で、マスターに自分を偽るつもりは微塵も無い。 ただその自分の行動指針がマスターは状況によって変わってしまうんだ」
「何と言うカ、難儀な性分だナ」
「別に悪いことばかりだけでは無いんだけどね。 今回なんか私の考えだけを元に行動していたならきっと泥沼の戦いになっていただろうし、場合によってはこれ以上無い武器になると私は思っている」
「私が言いたいのは、マスターは普通の精神とはかけ離れているかも知れないけど決して冷血なだけの人ではなくて、だから、そのー、マスターの誕生日パーティーは予定通り祝ってほしいな……ってことなんだ」
「……気づいていたのカ」
「君達と他の皆が不自然に分かれていたことから推測したんだけど当たっているみたいだね。 私としては気にしていないふりをしてほしいところなんだけど…」
初音ミクが危惧することは、真守がせっかく得た友を失ってしまうことだった。 禪院家に対し否定的で、自分の考えは単なる情報から得た常識でしかないと思っているミクにとっては、二宮玉枝からの影響が色濃く出ている状態は最も好ましいものだった。 故に、その状態を常に作ることのできる友は必要不可欠な存在だとミクは考えていた。
「……そもそもだガ、俺は本当に気にしていないんダ。 使い捨てでしか無いこの体を犠牲にして呪詛師を倒したのは良い判断だと俺は思っていル」
「私も、その時熟睡してしまっていた以上二宮君を責めるつもりはありません。 それにその判断が良いものかどうかは兎も角、眠っていた私を見捨てることなく呪詛師を倒すことを選んでいる以上、禪院家の部分の二宮君だってただの悪人ではないと私は思っています」
真守が起きる前に何としても2人を懐柔しようと画策していたミクに対し、2人はそれをするまでもなく真守を拒絶しない事を宣言する。
その事にミクは小さくない驚きを表情に示した後、感謝の言葉を送りながらも、二宮真守を京都校に入学させた自分達の選択を心の底から褒め称えるのだった。
◇◇◇◇◇◇
同日 夜
「あ゛ー、疲れた。 思った以上に舌を回して粘ったなあの屑ども」
二宮玉枝の上層部との舌戦は上層部の口の巧さによって想像以上に長くなり、深夜にまでもつれ込む事となったが、それでも玉枝は真守に一切手を出せない縛りを結ばせる事に成功していた。
「もう日付も変わるし、会うことができなくとも誕生日おめでとうの一言ぐらいは言ってやるか……ん?」
ふとスマホを見ると、真守からLIN◯が入っている事に気づく。 珍しい事だと思いつつも開いて内容を確認してみると、そこにはこう書かれていた。
[近いうちにプレゼント代わりに九十九特級術師と話の場を設けて欲しい]
「……あいつからのおねだりとは、珍しい事は続くもんだな」
呪詛師:元々真守に腹を刺された時点で死んだ事にする予定だった人。
本来生存させる予定では無かったので今後の活躍や出番は不明。 術式が肉体を入れ替わる時に非常に便利だったので羂索に一般家庭から連れ去られて呪術のいろはを叩き込まれた。