奇物語 -アヤシモノガタリ-   作:ミサキレイン

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初投稿です。
改めて……よろしくお願い申し上げます。


第穏話 まよいキラークイーン
其ノ壹


001

吉良吉影(きらよしかげ)の人物像を掘り下げるうえで、『平穏』という要素は欠かせないだろう――それこそが理想的な暮らしの形であり、幸福への最適解だと思っている。少なくともわたしは、そんな生活を目標としてこれまでの人生を過ごしてきた。

 

学生時代はきまって『三位』をキープし。

社会人になってからは出世コースを歩まず。

 

目立たず騒がず、慎重に――そこには激しい『喜び』も深い『絶望』もなく、植物のように穏やかな心があるだけだ。

 

しかしよくよく考えてみれば、これはおかしな話である。いや、大抵の人間であれば深く考えずとも分かるはずだ――『平穏な生活』を信条とする当のわたしが、杜王町(もりおうちょう)の平穏を脅かす連続殺人鬼だというのだから。

 

何たる不合理。

何たる不条理。

 

心の内に、相反する二つの行動指針を携えた人間。しかしそれが吉良吉影という男なのだと、何の躊躇いも恥じらいもなく、わたしは断言することができる。殺人衝動は生まれ持った(さが)であるのだし、女性の美しい手をコレクションすることだって立派な趣味だ。もしも自分の内なる本能に逆らって日々を過ごすのだとすれば、それは決して幸福な人生とは呼べないだろう。

 

逆もまた然りだが。

幸福でない者に、平穏が訪れるはずはないのだ。

 

だから、たとえ目の前に道が二つあっても――わたしならきっと、自らの幸福に繋がる道を正しく選び取ることができる。ありのままの自分をしかと見つめれば良いだけの話なのだから、何も難しいことではない。この吉良吉影が道に迷ったのは、記憶する限り人生において一度だけだ。

 

『蝸牛』の少女――八九寺真宵(はちくじまよい)と遭遇した、あのたった一度だけだ。

 

というわけでこれから始まるのは、以前わたしの身に起きた、平穏とは全く無縁の物語である。換言すれば――幸福な生活とは一線を画す、ただの不幸話だ。正直語るにはあまり気乗りがしないのだが、反面教師として見習っていただければ幸いである。

 

最後に語り部として、読者諸君には話の逸脱も脱線も起こり得ないということを保証したい。なんたってわたしは、迷いの無い人間なのだからな。

 

 

002

逸脱も脱線もしないと約束した以上、八九寺真宵とわたしが出会うまでの経緯は手短に話したほうが賢明だろう。物語の日付は一九九九年五月七日、金曜日――こどもの日と母の日という、二つの記念日のちょうど中間にあたる平日だった。

 

記念日。

 

わたしは以前から、こうした日があまり好きではなかった。『平穏な生活』を何よりも望むわたしからすれば、記念日というものが有する特殊性や非日常性には、いつもどこか落ち着かない気分にさせられる。ざわざわとした胸騒ぎ――『不穏』なものを感じるのだ。

 

特に母の日に関しては、生前の母親との関係性も苦手な理由の一つなのだろうが……それについての話は脱線になるので控えておこう。結局何が言いたいかというと、八九寺真宵に関する物語を語るうえで、その母の日というのが重要な意味合いを含んでいるということだ。

 

それを踏まえた上で――いよいよ本題である。

閑話休題ならぬ要談休題。

 

その日、わたしは仕事の出張で県外にある某地方都市を訪れていた。普段なら面倒に思う出張命令も、この時ばかりは正直ありがたかった――少しの間、杜王町の自宅を開けておきたいと考えていたからだ。

 

出張の数日前から、いわゆるご近所トラブルという厄介な『爆弾』を、わたしは抱えていた――トラブルの原因は伏せておくが、とにかく言いがかりに近い内容であったことは確かだ。ほとぼりが冷めるまで、隣人とはできるだけ顔を合わせたくないというのが本音であった。

 

そんな暗い動機を潜ませつつも、先方との待ち合わせ場所に向かうため、わたしは閑静な住宅街の中を歩いていた。時計を確認すると、時間にはまだまだ余裕がある――移動のちょっとした疲れを癒すつもりで、わたしは休憩できるスポットを探した。

 

浪白公園。

 

しばらくして目の前に現れたのは、そんな看板である。『なみしろ』と読むのか『ろうはく』と読むのか、あるいは別の読み方があるのかどうかは不明だが、いずれにせよ公園であることに変わりはない。何の気なしに、わたしは中に入ってみることにした。

 

とりたてて特筆すべきものもない、物寂しい公園だ。面積は広めだが、遊具に関してはブランコと砂場くらいしかない。いや、遊具が少ないから相対的に広く見えるだけなのか。まるで世界から忘れ去られてしまったかのような、印象に残りにくい子供の遊び場だった。

 

ただ、公園を訪れている人間のほうは、あまり平凡とは言いがたかった。

 

公園内に設置された案内板の前に、ツインテイルの髪型をした小学生くらいの少女が立っていた。小柄な体格であるにもかかわらず、彼女が背負うリュックサックはやけに大きかった――が、『平凡でない』というのは、そんなことではなく。

 

今日は金曜日である。

 

平日にもかかわらず、学校にも行かないで一体何をしているのか。生憎、少女のいる場所は公園の入り口から広場を挟んで反対側にあったので、ここからでは少々見えにくい。若干の興味を抱いたわたしは、少女の『手』を観察するために近付こうとした。

 

気になった女性の手をじっくり検分することは、ある種の日課となっている。表面に皺やささくれは無いか、肌は白く清潔感があるか、爪の長さや形は整えられているか、指は健康的な細長さを保っているか――その他多数の評価項目を一瞬でチェックし、その後の身の振り方を決定する。一定の水準をクリアした手は、晴れてわたしと『手を結ぶ』ことができるというわけだ。

 

このように、人間の手については一家言持つわたしであるが、この頃はとある興味深い法則を見出していた――ずばり、『女性の内面と手の美しさは反比例する』というものである。

 

外面的な美しさを磨けば磨くほど、魂は穢れていき。

清らかな心であればあるほど、手がその代償を支払う。

 

もちろん、科学的根拠は何もない。単にわたしが、醜い性格の女しか殺してこなかったから、そう思い込んでいるに過ぎないのかもしれない――だが、四十人以上の人間を手にかけてきたからこそ、直感的に分かるのである。天は二物を与えずとは、よく言ったものではないか。

 

そんなことを考えながら、少女のいる方に向かってわたしは歩いていった。近付くにつれ、彼女の現在の行動が徐々に露わになる――何やら手元の紙と、案内板に描かれた住宅地図とを繰り返し見比べているようだった。もしかすると、道に迷っているのかもしれない。

 

まあ、この際どうでもいいことだ――気持ちを切り替えて。

 

あまり近寄りすぎると怪しまれるので、一定の距離を取りながら。

ためつすがめつ、少女の手を凝視する。

 

表面の皺や汚れ――なし。肌の清潔感――良好。爪の手入れ――問題なし。指の細長さ――申し分なし。その他諸項目――全てクリア。

 

総合評価――満点。

 

「な……何だと……?」

 

驚きを隠しきれず、思わず声が漏れ出る。

 

皮肉なことに。

何の変哲もない、至って普通の公園で出会ったその少女の手は――今までわたしが見てきた無数の手の中でも、最高傑作と呼ぶに値する代物だったのである。

 

 

003

言わずと知れた名画、レオナルド・ダ・ビンチの『モナリザ』――絵の中の彼女が、膝のところで組んでいる『手』。

 

幼い頃、あれを初めて見たときと同じ衝撃が、わたしの中を走っていた。

 

「…………」

 

わたしの呟きに反応したのか、ふいに少女がこちらを振り返る――いつもなら何か適当なことを言って誤魔化す場面だったが、彼女の手を見つめたまま、わたしは身動き一つできなくなっていた。

 

あまりに美しいものを目にしたとき、人は得てして放心状態になるものである。

 

だが、そこは流石、この吉良吉影――伊達に平穏を望んではいない。すぐに『植物の心』を取り戻し、善意を振りかざす迷惑な大人を装った。

 

「……こんにちは。きみ、もしかして道に迷っているのかい?」

 

迷惑ではあっても、それほど不自然な言葉ではなかったはずだ――しかし少女は、表情をまったく変えないまま、わたしにこう告げた。

 

「話しかけないでください。あなたのことが嫌いです」

「…………」

 

再び、身動きが取れなくなる。もちろん、美しいものを見たことによる放心状態ではない――初対面の相手に対して、開口一番『嫌い』と言うものだろうか?

 

平穏主義者であるこのわたしが――見ず知らずの他人から、そんな不穏な感情を持たれて良いものだろうか?

 

当然、良いはずがない――快いはずがない。再び案内板に向き直った少女に対して、わたしは極力抑えた声で言葉を投げかけた。

 

「おいおい……大人に対して、そんな口の利き方をしちゃあいけないよ」

「…………」

「ところで、今日は平日だったと思うが……学校には行かなくていいのかな?」

「…………」

「わたしかい? わたしは、これから仕事に行くところさ。ただ、時間的にまだ余裕があるからね……きみが迷子だというのなら、力を貸すよ」

「…………」

 

さながら、物言わぬ人形を相手にしている気分だった――これほどむなしい行為もない。高い防犯意識に由来するものなのか、それとも単なる人見知りなのか……はたして何が、彼女をそこまで頑なにさせるのか。だが少なくとも、頑なになっているのは少女だけでなく、わたしもまた同様だった。

 

頑なに――そう。

 

はっきりと拒絶されているにもかかわらず、なぜわたしは少女と接触を試みるのか――こちらの理由に関しては、深く考えるまでもなかった。

 

要するに。

結局のところ、わたしは少女の手を『お持ち帰り』したいだけなのだ――彼女に親切な態度をとったのも、麗しい輝きを見せるその手を、どうにかして我がコレクションに収めたいという純粋な欲求の発露に過ぎないのである。

 

ならば、さっさと欲求を満たしてしまえばいい。

周囲に人がいないことを確認し――わたしは、少女の手を握った。

 

 ()()()、と。

 

「…………ふえっ?」

 

突然の握手に、呆気にとられた様子でこちらを見てくる少女――困惑の色を露わにするその両目には、しかし、わたしの背後に立つ()()()()()は見えていないのだろう。

 

『キラークイーン』。

 

そいつのことを、わたしはそう呼んでいる――不気味な見た目ではあるものの、『平穏な生活』と『不穏な殺人衝動』とを両立させてくれる、まさしく守護霊のような存在だ。

 

その能力は『触れた物を爆弾に変える』というものだが、わたし以外の人間が『キラークイーン』の存在を認識することはできない――ゆえに、たった今『キラークイーン』によって眉間に触れられたことさえ、少女は気付いていないはずだ。

 

「い、いきなり何をするんですかっ!」

 

混乱状態からようやく立ち直った少女が、わたしの手を振り払おうとする――しかしその程度の抵抗で、一度手にしたチャンスをわたしが逃すはずもなかった。

 

「わたしの名は吉良吉影。きみ、名前は?」

「何なんですかあなたは!? 手を離してくださいっ!」

「『きみの名前は』と聞いているんだ……質問を質問で返してはいけないよ」

「八九寺真宵ですっ! 漢数字の『八』と『九』にお寺の『寺』、真面目の『真』に宵の口の『宵』と書きます! よく『やくでら』と読み間違えられるので、注意してくださいっ!」

 

……興奮しているわりには、やけに懇切丁寧な説明だった。

それはともかく。

 

「八九寺真宵ちゃん。突然こんなことをしてすまないね……でも、こうでもしないと、わたしの話を聞いてくれそうになかったのでね」

「断りもなく女性の体にタッチする人と、話すことなんてありませんっ」

「心配する必要はない。まもなくこの左手は、きみの体ではなくなるのだからな」

「意味が分かりませんっ」

「意味なら、これから分かるさ。ただしほんの一瞬だけだが……」

 

目の前にいる八九寺という名の少女は、これから左手を除く全身を木端微塵に爆破され、跡形もなくなるはずだ。証拠も何も残らない――当然、警察による捜査の手がわたしに及ぶこともない。

 

「きみを間近で見たとき、正直、驚いたよ……。これほどまでに美しい手を見たのは、あの『モナリザ』以来だ」

「やっぱり、わたしの体が目当てだったんですね! 悪趣味な握手魔さんですっ!」

 

『握手魔』とかいう、聞いたこともない日本語の是非は保留するとして。

 

「『悪趣味』というのは訂正してもらいたいな。これでも、きみのことを褒めたつもりなんだが」

「む……確かに、人の美意識をとやかく言うのはいけませんね。失礼しました」

「理解が早くて助かるよ」

「では、握魔さんとお呼びしましょう」

「お呼びしなくていい」

 

省略の仕方に悪意しか感じられない。

そもそもお呼びするも何も、最初の時点で『吉良吉影』と名乗っておいたはずなのだが。

 

「吉良さん、でしたか。なんだか切腹しそうな名字ですね」

「切腹? ああ、『忠臣蔵』の話か……それは浅野内匠頭の方だろう」

「電柱でござる!」

「どう見ても人間だが」

 

イントネーション的に、どうやら『殿中』の表記を誤解しているらしかった――何はともあれ、最低限の会話ができるようになったのは、関係性の進展とも言えた。

 

「それでは吉良さん。わたし、あなたのことが吉良いです」

「…………」

 

何も進展していなかった。

 

しかもなんだか、わたしの名前をいいように弄ばれている気がする。

 

「あっち行ってくださいっ! 史実に沿って早急に切腹しちゃってくださいっ!」

「だからそれは吉良の方じゃあないと言っただろうッ!」

 

どちらにせよ、切腹か討ち入りかの違いでしかないのだが……。

 

というより、わたしは何をムキになっているのだ――これでは到底、『植物の心』のような人生を送れているとは言えないではないか。

自らの幸福に繋がる『道』を――選び取らなくては。

 

「……今までの会話でよく分かったよ。きみは、喋らないほうがずっと可愛い」

 

その生意気な口は、『醜い』とまでは言わずとも『不愉快な』性格だな――とは、彼女の手に敬意を表して、口にするのは控えることにした。

 

『キラークイーン』は、既に八九寺真宵に触っている。

 

彼女の手の温もりを最後に確認すると。

わたしは特に何の感情も抱かず、点火スイッチを押したのだった。




初期九寺ちゃんの語尾に「っ」を付けがちな話し方
特別な気分に浸れて僕は好きです
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