奇物語 -アヤシモノガタリ-   作:ミサキレイン

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其ノ陸

092

「ディオさん、大丈夫? 今、物凄い勢いで幼女奴隷さんが飛んでいったけど……って、何これ!?」

 

わたしの予想は的中し。

思わぬ場所から飛び出してきた忍の姿に驚いたのか――千石撫子は慌てて部屋の様子を覗きにやって来た。

 

「遅かったではないか、撫子……このディオが忍と戦闘を繰り広げている間、お前は何をのんびりしていたのだ?」

「だって突然幼女奴隷さんの姿が消えたから、その辺を探していただけで……まさかディオさんと戦っているなんて思わなかったもん。それよりどういうこと!? 撫子の部屋が滅茶苦茶じゃない!」

 

千石撫子がそう叫んだので、わたしは改めて部屋全体を見回してみた。

忍との攻防で、確かに辺り一面は酷い有様になっていた――まるで嵐でも通り過ぎたかのように壁や畳はぼろぼろになっており、足下には壊れた神具が散乱している。

 

「せっかく新築ピカピカの神社だったのに……こんなの、あんまりだァァアァ~!」

「そうか。気分は『スッキリ』したか?」

「そんなすぐに切り替えられるわけないでしょ! 撫子はそこまで単細胞じゃないの!」

「いや……しかし撫子よ。時には発想の転換というのも不可欠だ――こう考えてみたらどうだ? 『なんということでしょう。あんなに殺風景だった部屋が、匠の手によって趣のある和室へと生まれ変わったではありませんか』――とな」

「むしろ殺伐としてるよ! 悲劇的ビフォーアフターだよ! 本当になんてことをしてくれたの!?」

 

ギャーギャーとやかましい千石撫子を適当にあしらいつつ、わたしは心の中で嘆息した――この様子では、『協力』を取り付けることは難しいかもしれない。

 

「まあ固いことを言うな。わたしとお前の仲ではないか……それより撫子、至急お前に頼みたいことがある。聞いてくれるか?」

「……知らない。撫子は今、激おこぷんぷんだから」

「なんだ、そいつは実に残念だな。――『神様』であるお前が、信者の願いを聞き届けてくれないとは……薄情なものだ」

「……え?」

 

わたしが『神様』と言ったのを聞いて、千石撫子は目の色を変える。

たった今まで雲行きは怪しかったが――どうやら、うまく食いついてくれたようだ。

 

「認めて……くれるの? 撫子が『神様』だって」

「フン。わたしの目を疑うというのか? 色々と考えてはみたが――やはりこのD()I()O()とお前は、似た者同士だからな。つまり、同じ『神様仲間』ということだ」

「……!」

 

もちろん、千石撫子の助力を請うための方便とはいえ……その言葉は全くの嘘というわけでもなかった。

 

二人の『神』の相違点――あえて極論を言えば、それは自らが『安心』して暮らすための居場所を、いかにして創るかという違いでしかないのだろう。

千石撫子は、自らの内側に『天国』を求め。

そしてこのディオは、世界を支配したその先に『天国』を見据えた。

 

いかに住む『世界』が違えど。

辿り着いた『天国』が、偽りの楽園だったとしても。

千石撫子が居場所を得るための努力を、暦や忍が――ましてやこのわたしが、それを邪魔立てする道理はどこにもない。

 

「凡百の人間どもからは『自分勝手』と一蹴されるだろうがな……だが神とは本来身勝手なものだ。勝手に世界を造り、勝手に生命を生み出し、勝手に人の運命を定め、あまつさえ天佑や天罰まで与える傲慢さだ。定められた運命からは、人間は誰しも逃れることができない――それは、お前にも理解できるだろう?」

「……うん。ディオさんの言うこと、よく分かるよ――撫子だって、『可愛いガキ』に生まれてきたのは、もうその時点でどうしようもなくて……。だから、だから撫子は……可哀想で、哀れな『被害者』なんだ」

「よく分かっているじゃあないか。少しだけ褒めてやる……だが、『被害者』というのは違うな」

「?」

「今までお前が、散々わたしに言ってきたではないか――自分は『神様』になったのだと。他者の運命を自分勝手に操れるだけの……『初恋の男』や、その周囲を取り巻く『女ども』の生殺与奪の権を握れるほどの、強大な力を手に入れたのだと。それはもはや、『加害者』以外の何者でもないだろう?」

「それは……でも……」

「お前はもしかすると、『被害者』でい続けることに幸福を見出しているのかもしれない。だが、お前が『神様』だというのなら……『加害者』として責任を引き受けるのも、案外悪いものじゃあないぞ。責任を負ったところで、決して罰は受けない――なぜなら、天罰を下すのは他でもない『神』自身だからな」

「…………」

「責任こそが『幸福』だぞ――千石撫子。お前が、本当に……幸福を求めていればの話だがな」

 

そう言ってわたしは、『説得』を終える。

だが、千石撫子はなおも顔を伏せ、わたしの話を受け入れるべきか思い悩んでいる様子だった――無理もない。これまでずっと『被害者』でい続けることにこだわってきた少女に対して、面と向かって『加害者になれ』と言っているようなものなのだから。

 

やはり、わたしの説得は『闇の心』には響かないのか。

同じ『神』の言葉でさえ、千石撫子の閉じた『世界』には届かないのか――

 

「……ディオさんの話は小難しいし、撫子が『加害者』だって話も、正直受け入れられないけど」

 

と。

わたしが半ば諦めかけていたところで、千石撫子はゆっくりと口を開いた。

 

「でも、確かに……撫子は『神様』だから、何をしたって自由なんだよね。求められる役割とか、定められた運命とか、そういう『しんどい』のを振り払うのは無理だって諦めないで、自分勝手に――自分の力だけで立ち上がって生きていっても、いいんだよね」

 

千石撫子はそう言うと、わたしに向かって微笑みかけた。

『人を騙し喰らう蛇』――ではなく、『いたって普通の少女』のような、無邪気な笑みを。

 

 

「わかった。ディオさんのこと……信じてあげる」

 

 

093

「――『作戦会議』は終わったか? 儂もいい加減待ちくたびれたぞ……こんな茶番はさっさと終わらせてくれんかのう!」

 

部屋の外から忍の催促が聞こえてきたのは、まさしくこのディオと千石撫子が『作戦会議』を終え――準備に取り掛かろうとしていた、まさにその時だった。

その言葉を聞く限り、やはり忍はとっくの昔にダメージを回復させ、我々のことを律儀に待ってくれていたらしい……それは圧倒的な『余裕』から来るものなのか、あるいは敵に対して『情け』をかけているつもりなのか。

だが、そんなことはもはやどうでも良かった――今のわたしにとっては、この勝負に『勝てばよかろう』なのだから。

 

「――というわけで『作戦開始』だ。撫子、少々面倒な作業だが……できるな?」

「うん。この数週間の『暇潰し』の成果を見せてあげるね」

 

そう言うやいなや、千石撫子は両手を胸の前に出し、手のひら同士を向かい合わせにする。

そして、次の瞬間。

 

じゃじゃじゃじゃじゃじゃ――と。

再び、神社一帯を取り囲む空間のそこかしこから、大量の白蛇が姿を見せた。

 

「……ッ」

 

その圧倒的な光景を前に、忍は警戒心を露にした――例の妖刀『心渡』を体内から取り出し、四方八方、どこから蛇の大群が襲ってきてもいいように身構える。

 

だが、蛇の群れはいつまでたっても忍のいる場所へは向かっていかない。

それどころか――神社の建つ山の頂上から周辺部へと散らばっていくと、敷地一帯を覆う雑木林の木々にその身を巻きつけ始めた。

木に全身を固定した蛇たちは、自分の尾を他の蛇に噛ませ、自らは別の蛇に噛みつき……さながら一匹の『大蛇』のようなフォルムへと姿を変える。

さらにその『大蛇』たちは、先頭の蛇が隣の木に巻き付いた『大蛇』の末端を担う蛇に噛みつくことで合体し、さらに隣の木、隣の木へと……延々と同じプロセスを繰り返していく。

 

こうして。

最終的に神社の周りをぐるりと取り囲む、一つの巨大な『輪』が完成した。

 

「な、なんじゃ……? うぬら、一体何を企んでおる?」

 

忍が戸惑ったように呟くのが聞こえる。

だが、これは『作業』のほんの準備段階――千石撫子の真骨頂が発揮されるのは、ここからだ。

 

一つの神社を結界のごとく囲む『蛇の輪』。

その輪の一部が――正確には蛇の群れが、繋がりを保ったまま輪の内側へと移動を始め、我々の頭上を通り過ぎる。蛇の一団はそのまま、元いた地点とは本殿を挟んで反対側に位置する木に、自分たちの身体をくくりつけた。

それと似たようなプロセスが、今まさに至るところで、円上における任意の地点間で繰り返されている――もはやそれは、蛇たちが織りなす壮大な空中ショーのようでもあった。

 

「……! まさか、これは――『綾取り』か」

「ご名答だ、忍。蛇どもを『紐』に、木々を『指』に見立て……空間全体を利用した大規模な『綾取り』。全ては今、わたしの隣に座っている千石撫子の――『暇潰し』の成果だ」

「…………」

 

部屋の中から忍に向かってそう語りかけると、わたしはちらりと横に座る少女の姿を観察した。

千石撫子は、いつもの呑気な態度からは想像もつかないほどに真剣な表情を浮かべ、一心不乱に両手を動かし続けている――まるで、見えない『紐』を巧みに操っているかのように。

 

今までずっと気が付かなかったが。

もしかすると、この少女が本気を出したときの『想像力』……あるいは『妄想力』は、相当のものなのかもしれなかった。

 

「『綾取り』……いや、じゃがまだ儂の質問に対する答えにはなっておらんぞ。こんな曲芸を儂に見せて――うぬらは何がしたいのじゃ?」

「曲芸? フン、馬鹿なことを抜かすな。これは最低限必要な『作業』だ――このディオが貴様と、対等な条件の下で戦うためにな」

「『対等な条件』……じゃと?」

「忍。今のお前にとっては、もはや『当たり前の日常』になっているのかもしれんがな――だが考えてもみろ。ただの吸血鬼が何の対策もせず、太陽の下に躍り出たとすれば……一体どうなると思う?」

「……なるほど。読めたぞ、うぬの狙いが」

 

合点がいったとばかりに忍は空を見上げ、これから視線の先で起きるであろう出来事を予期して呆れ笑いを浮かべる。

そうこうしているうちに、『綾取り』はついに完成形へと至った――図らずもそれは、先ほど千石撫子がわたしに作って見せた『星』の形であった。

これではまるで、このディオが『星の光を見ている』ようではないか……いや、今はそんな些末なことを気にしている場合ではないのか。

 

「まったく、吸血鬼という存在は不都合なものじゃのう――ここまで大袈裟な『会場設営』をせねば、昼間にまともに戦うことすらできんとは」

「それについては、まったくもって同感だな。だからこそ、太陽を『克服』した貴様や暦のような存在が気にかかる……どうやってそんな芸当を成し遂げたのか、教えてほしいものだ」

「かかっ。そんなことをうぬに教えて、この儂に何のメリットがある? ……それに仮に教えたところで、うぬのような男は、到底『あんな方法』など受け入れられんじゃろうな」

「フン。まあいい……それならそれで、これから貴様を叩きのめした後に、命乞いとともに聞き出せばいいだけの話なのだからな」

 

二人の吸血鬼が会話をしている間に、いよいよ『作業』は最終段階へと突入した。

神社上空に電線のごとく張り巡らされた蛇の『紐』。それとは別に、無数の蛇の群れが『紐』を足場として続々と伝っていき、『星』全体へと浸透していく。

そして蛇たちは互いの尾に牙を向け、絶え間ない結合を繰り返していくことで――ついに、空を覆う一枚の巨大な『板』と化した。

 

空を覆う。

すなわち――『太陽』を覆う。

 

「……感謝するぞ、撫子。これで心置きなく、忍と戦うことができる」

 

事の一部始終を見届けたわたしは、そう彼女に礼を言い――悠然とした足取りで部屋を後にした。

前方に見据えるは、相手を見下すかのような凄惨な笑みを浮かべた……『宿敵』の姿。

 

「事前に骨組み用の『星』を作ったうえで、その上に即席の『屋根』を架けるとは――少なめの脳みそでよく考えたものじゃのう。じゃが、単にそれだけじゃ。うぬ程度の実力では、結局この儂には勝てん」

「ほう。先ほどの『第一ラウンド』の結果からそう悠長に構えているのだとすれば……考えが甘いと言わざるを得んな」

「……どういう意味じゃ?」

「こういうことだ」

 

そう口にすると、わたしは背中側に隠していた一匹の『蛇』を取り出す。つい先ほど千石撫子から拝借した、彼女の『頭髪』である。

蛇はひとりでに、形状を巨大な『針』のように変化させると――わたしの右手に収まる。

そのままわたしは針の先端を忍に向けると、戦闘態勢に入った。

 

「……かかっ。何から何まで、あの年端もいかぬ小娘に頼りきりというわけか。吸血鬼としての誇りも何もあったもんじゃないのう」

「『頼りきり』じゃあない、『共同戦線』だ――そんなことより、いつまで余裕ぶっているつもりだ。いくら回復力に優れた貴様とて……あの暦と同様、蛇の『毒』には弱いのではないのか?」

 

忍の『弱点』。それを考える際、参考にしたのは――千石撫子に対して『対話』による説得を試みた暦の末路だ。

全身を蛇に襲われ、石段の下方へと打ち捨てられたかの哀れな少年は、未だここへと戻ってくる気配がない……おそらく今ごろ、蛇毒のダメージを受けて気絶している最中なのだろう。

そして、暦が忍と同様の『体質』の持ち主だったと仮定すれば――並外れた回復力を持つ彼らに対しても『毒』は有効、ということになる。

 

「……分かった分かった、年長者として、ここは若造の期待に応えてやるわい――確かにこの儂と戦う上で、その『毒牙』は非常に有効な切り札じゃ。良かったのう、勝利の可能性がほんのちょっぴり見えてきて」

「…………」

「じゃが……そんな武器一つだけで、本当にこの儂に太刀打ちできると思っとるのか? 改めて言うが、この『心渡』は『怪異を斬ることのみに特化した刀』……刃にちょっとでも触れただけで、大抵の怪異は一巻の終わりじゃ。我があるじ様のときと同じように圧倒的な『数』で押し切るというのならまだしも――そんな頼りない『小針』一本で戦ったところで、あっという間に叩き伏せられるだけじゃよ」

「…………」

「それこそあの蛇神娘に『頼りきっていれば』、勝てる見込みもぐんと上がったというのにのう。あくまでこの儂との一対一の勝負にこだわったのは、うぬの失策じゃな――かかか」

「……一体いつから」

 

忍の挑発に対して、今度という今度は流石のわたしも乗らなかった……代わりに。

 

「一体いつから――毒牙が『一本だけ』だと錯覚していた?」

 

その言葉と同時に。

わたしは、右手を大きく振りかぶると――忍に向かって力の限り、毒牙を投擲した。

 

 

094

「……甘いわッ!」

 

忍はそう叫ぶと『心渡』を素早く構え、迫りくる毒牙を一太刀で斬り捨てる。

あえなく地面に転がった毒牙は、白煙を噴き上げながら一瞬のうちに『消滅』した――どうやら刃に触れただけで『一巻の終わり』という話は、ハッタリではなかったようだ。

 

「――撫子ッ! 『最終ラウンド』開始だッ!」

「了解、ディオさん!」

 

忍が一気に間合いを詰めて飛びかかってくる――その寸前にわたしは、部屋の中にいる千石撫子に向かって『合図』を出すことに成功した。

忍の猛攻を紙一重でかわしつつ……わたしは、綾取りに並ぶ『第二の作戦』が実行に移されるタイミングを見計らう。

 

「かか――かかかっ! うぬの言う通り、確かに武器は『一本だけ』ではなかったのう! まさか初っ端から手札を使い果たして、刀を持った儂と『素手』でやり合おうとは……とうとう気でも狂ったか⁉」

 

そう叫ぶ忍は、刀身を返して『峰』の部分をわたしに向け、激しい攻撃の雨を降らせる。

『心渡』の刃がこのわたしに通用しないということは、既に実証済みだったが――『峰打ち』に関してはその限りではない。

おそらく彼女は、このやり方でわたしを戦闘不能に追い込む腹づもりなのだろう。

 

だが。

忍はまだ、このディオの――いや、『我々』の真の狙いに思い当たってはいないようだった。

 

「ディオさん! 準備できたよ――『掴んで』ッ!」

 

そして、『作戦』の時はついに来た。

千石撫子の言葉を受けて、わたしは地面を蹴り上げると――吸血鬼ならではの並外れた脚力を生かして、そのまま天高く跳躍する。

戦いの相手が突然目の前から消えたことで、忍は一瞬だけ面食らったようだが……すぐさま追撃すべく、わたしと同様に上空に向かって飛び上がった。

 

「上へ逃げたところで無駄じゃ! この儂が、そんなことを許すとでも……ッ!?」

 

ジャンプ中に忍が発したその言葉は、驚愕とともに喉奥まで引っ込められる。

わたしの姿を捉えるため、見上げた視線の先に――つい先ほどまでは無かったはずのものが『垂れ下がって』いたからだ。

 

「まったく、あれほど忠告してやったというのにな――『一本だけ』ではないと」

 

『屋根』の随所から下ろされた、蛇と蛇を繋ぎ合わせてできた特製の『ロープ』。

わたしはそのうちの一本を片手で掴み――もう片方の手で『ロープ』の一端を引きちぎると、そのまま忍に向かって勢いよく投げ下ろした。

 

『ロープ』の断片は、落下と同時に姿を変え。

忍の元に到達する頃には――鋭利で細長い『毒牙』と化していた。

 

「――! ぐ、が……ッ!」

 

突然の出来事に、さしもの忍も対応が遅れ――彼女の左肩を毒牙が直撃する。

そのまま忍は、地面に叩きつけられるように落下していった。

 

だが流石と言うべきか、忍はすぐさま体勢を立て直すと、わたしの姿を忌々しげに睨みつける。

そんな彼女に対して、当然このディオもただ手をこまねいていたわけではなく――即座に『第二波攻撃』へと移行した。

 

「URYYYYYYY――ッ! 『針串刺し』の刑だッ!」

 

そう叫ぶとともに、わたしは『ロープ』の断片を次々に引きちぎり……忍目掛けて『空爆』を開始した。

『ロープ』が無くなれば、ツタ渡りの要領で別の『ロープ』へと飛び移り。

吸血鬼のパワーとスピードを存分に発揮し、ありったけの毒牙を地上へと投下する――まさしく忍も言っていた、圧倒的な数で押し切る『物量作戦』である。

 

「くっ……ぱないの!」

 

そんな謎の台詞を発する忍だったが、表情は真剣そのもの――毒牙の雨を間一髪で避けつつ、わたしの追撃を逃れるべく神社の敷地を駆け回る。

だが、いかに吸血鬼と言えどやはり高所からの攻撃には弱いのか……せいぜい攻撃回避と刀による防御行動がやっとで、反撃に打って出る余裕はなさそうだった。

加えて、先ほどわたしが投擲した毒牙が効いているのか――その動きは明らかに精彩を欠いている。やはり『毒が忍の弱点』というわたしの見立ては正しかったらしい。

 

そして……ついに。

わたしが放った毒牙の何本かが忍を捉え、その小さな身体に容赦なく突き刺さった。

 

「が……ッ! ぐ、うううう……」

「どうだ、忍ッ! このディオが『上』にいる限り、『下』に立つお前には手も足も出まい! ちょいとでもわたしに近付いてみろ――貴様の身体は穴だらけだッ!」

「……ッ!」

 

苦痛に顔を歪める忍――だが彼女はなおも歯を食いしばり、反撃を試みんとわたしを目で追う。

しかしそんな『チャンス』を、このディオが与えるはずもなく。

 

「――無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーッ!」

 

再び忍に向かって、毒牙が雨あられと降り注ぐ――全てをここで終わらせるための、今まで以上に激しい攻撃だ。

だが当の忍は逃げようとも、『心渡』で防御しようともせず……目を閉じて、ただただそこに立ち尽くしていた。

圧倒的に不利な状況を前にして――とうとう戦意を喪失したか。

 

「……よかろう。うぬがその気なら――この儂も『覚悟』を決めるしかないようじゃな」

 

前言撤回。

再び見開かれた忍の瞳は、強い『決意』に満ちており――次の瞬間、彼女は毒牙の降りしきる上空めがけて跳躍した。

 

「ほう。向かってくるのか……では存分に近付くがよいッ!」

 

あれほど全身に傷を負った状態では、毒牙を瞬時に避けることすらまともにできまい……これから行われる忍の行動は、いわば一種の『特攻』だ。

わたしは彼女を完全に叩き潰すべく、攻勢をさらに強めた――だが。

 

毒牙が――肩に、腕に、足に、腹に、胸に、頭に、首に。

苛烈な集中砲火を一身に浴び、周囲に鮮血をまき散らしながら――それでも忍は、一直線にわたしの元へ突っ込んでくる。

 

「なっ……!?」

 

致命的な弱点を突いた攻撃をもまるで厭わない、その『覚悟』は確かに見上げたものだが、それ以上に――忍の動きはどう考えても不可解だ。

言うまでもなく、この地球上には『重力』というものが存在する。いくら吸血鬼の跳躍力が人外のものとはいえ、大挙して押し寄せる毒牙を一身に受けながら、重力に抗い続けることなど……。

 

「いや、あれは……まさかッ!」

 

そこでわたしは、ようやく『それ』の存在に気付いた。

 

『翼』――である。

忍の背中にはいつの間にか、今までその存在を露わにしなかった『翼』が生えていたのだ。

そして彼女は、闇夜に飛び交うコウモリのように、漆黒の両翼を激しく羽ばたかせながら……ついにわたしの目と鼻の先まで迫ってきた。

 

「何をボーっとしておる……うぬもさっさと『覚悟』を決めんかッ!」

 

裂帛(れっぱく)の気合とともに、忍は『心渡』を水平に構える。

そしてそのまま、わたしの身体に斬りかかろうと――

 

「そうは……させんッ!」

 

わたしは彼女との近接戦闘を避けるべく、とっさに別の『ロープ』へと飛び移った――蛇の毒牙が『心渡』との打ち合いに全く歯が立たないことは、既に確認済みだ。

 

「フン。たった今、うぬの『運命』は決まった――『詰み』(チェック・メイト)にはまったのじゃ!」

 

だが忍も、その程度のことは先刻承知だったらしい。

今度はわたしの退路を断つため、刀を四方八方に振り回し始めた――激しい斬撃とともに周囲の『ロープ』が次々と薙ぎ払われ、地面へと落下していく。

必然的にわたしは、忍のいる方向とは反対側のエリアへと移動せざるを得なくなった。

 

「どうした……儂はうぬに十分『近付いた』ぞ! いつまで逃げるつもりじゃ、臆病者ッ!」

「貴様……このディオに向かって『臆病者』などとッ!」

「何の間違いがある? それともその敵前逃亡も、うぬの『作戦』じゃというのか!」

「ぐっ……」

 

忍の言う通り――これは当初の『作戦』には無かった、想定外の事態である。

圧倒的な回復力を有する忍に対して、肉弾戦での勝ち筋は見えない――先ほどの『第一ラウンド』での経験からそう判断したわたしは、彼女から距離を取り、かつ弱点を突くために『上空からの飛び道具による攻撃』という方法を選んだのだ。

そうすれば、形勢は『上』を確保したこのディオの側に大きく傾き……忍が反撃を試みようとしても、毒牙の猛攻と地球の重力に邪魔をされて終わりだと考えたからだ。

 

だが、現実は非情である。

忍の『覚悟』と背中に生えた翼は、わたしの計画をあっさりと打ち砕き――それどころか、今まさにこのディオを窮地に立たせている。

現に、忍は頭上から垂れ下がった『ロープ』を片っ端から斬り捨て、じりじりとわたしを追い詰めている最中である――このまま撤退を続けたところで、いずれは逃げ場が無くなって終わりだ。

 

言うまでもなく、『上』の優位を失うことは非常にリスクの高い行為である。

だが最悪、まだ『手』はある――そしてそれがある限り、このディオの辞書に『詰み』(チェック・メイト)の文字は決してない。

 

「……今だッ!」

 

『ロープ』全体の八割ほどが斬り落とされたところで、わたしは『横』ではなく『下』に……地上への飛び降りを試みた。

『上』と『下』という観点で捉えるならば、武器となる毒牙を生成する『ロープ』の大部分は、現在地面に落ちている。その後忍が『上下』のどちらで戦いを続けたところで――戦況としては、少なくとも五分五分のところまで持ち込むことは可能なはずだ。

 

「――それを待っていたぞ。うぬが『自滅』へ繋がる『逃走経路』を……選択してくれるのを」

 

だが、次の瞬間。

忍は恐ろしいほどのスピードで急降下、急接近するやいなや――あっという間にこのディオの全身を、両足で挟み込むようにしっかりとホールドする。

抵抗も虚しく、わたしは落下中に無理やり体勢を変えさせられると……忍と互いに正面を向き合うような形になった。

 

「……この『牙』はッ!」

 

そう叫びながら、忍は右腕を勢いよく振り上げる。

その手に握られていたのは――『心渡』ではなく。

 

「うぬが散々、儂に突き立てた毒牙じゃァーッ!!」

 

『ロープ』の密林を離れる直前に手にしたと思しき、一本の毒牙を。

忍は――在りし日のジョナサン・ジョースターと同じように、このディオの胸にあらん限りの力で振り下ろした。

 

「URYYYYYYYYYYYY――ッ!!」

 

わたしの胸に深々と突き立った毒牙は――傷口から血管や神経を通じて、蛇毒を全身に巡らせる。視界が霞み、思考がぼやけ、患部からは鮮血がほとばしる。

少し前に経験したはずの『痛み』だったが、やはり何度味わっても慣れるものではない。

そのままわたしと忍は、もつれるように落下していき……受け身も取れずに、揃って地面に叩きつけられた。

 

「くっ……このディオとも……あろう者が……っ」

 

胸から引き抜いた毒牙を右手に携え、わたしはゆっくりと身を起こす。

せめてもの救いだったのは……百年前の戦いとは違い、落ちた先が燃え盛る火の海の中ではなく、鳥居がそびえ立つ神社の入口付近だったことだ。

つまり、まだ逆転のチャンスは――

 

「動くでない」

 

だが。

落下の衝撃で、もうもうと立ち込める雪煙の向こう側から……忍は再び姿を現した。

全身の至る所に毒牙の攻撃を受け、荒い呼吸と激しい出血を伴いながらも――わたしの眉間に『心渡』を突きつけるその眼光は、未だ全く衰えていない。

 

「まったく、若造の分際でこの儂を手こずらせおって――じゃが、いい加減もう終わりじゃ」

「……ッ」

「たっぷり言わせてもらおう。勝ったのは……儂じゃ」

 

そう言って忍は一瞬の隙を見計らい、わたしの右手に握られていた毒牙を足で蹴り飛ばした。

これで、わたしの主たる反撃手段は完全に失われたことになる。あの『空裂眼刺驚』(スペースリパー・スティンギーアイズ)による攻撃も――流石に二度目を許してくれるほど、目の前の吸血鬼は甘くないだろう。

 

「確か……ディオとかいったか。うぬがあの蛇神娘と策謀を巡らし、この儂をここまで追い詰めたことは褒めてやろう。努力賞といったところかの」

「…………」

「じゃが――あれだけ『無理』と『無茶』を押し通してもなお、最後の最後でうぬは儂に敵わなかった。つまり……全てはうぬが言うように、『無駄』だったということじゃ」

「……フン。さっきから言わせておけば、てんで見当違いも甚だしいな」

「――何じゃと?」

 

わたしは忍の挑発にあえて乗り。

彼女の言葉を否定するべく、鼻で笑い飛ばした。

 

「確かに……このディオが立てた作戦は『無理』だったかもしれん。『無茶』だったかもしれん。だがな」

 

そこで一度わたしは言葉を切り、忍の背後……本殿の奥からこちらの様子を窺っている千石撫子へと、視線を送った。

彼女の目はどこか、不安げに揺れているように見えた――しかしそれはきっと、このわたしの身を案じてのものではないのだろう。

 

「だが……決して『無駄』じゃあなかった。少なくともあの千石撫子が、これまでやってきたことはな」

「…………」

 

千石撫子はこのディオによる『説得』を信じ、自らの思いをわたしに託した。

だから、あえて陳腐な言い回しを用いるとすれば――彼女は『希望』の身を案じているのだ。

 

同じく『神』を称する者として。

千石撫子の『信頼』を裏切り、『無駄』にしてしまうことは……このわたしのプライドが許すところではなかった。

 

「それに――『最後の最後』とは一体何の話だ? まさか貴様、このわたしにもう『打つ手がない』と……そう考えているのか?」

「また強がりを……『妙な手心は加えん』とうぬが自分で言ったんじゃろうが。本気で戦って負けた者に、これ以上打つ手があるというのかのう」

「フフフ……。『吸血鬼』同士のプライドを賭けた戦い――その意味では確かに、貴様の方に軍配が上がったのかもしれんな。百年前にお前のような女に出会わなくて、正直ほっとしたぞ……忍」

「だから、さっきから……うぬは何が言いたいのじゃ。さっぱり分からん」

 

忍は眉をひそめ、訝しげな表情でわたしの言葉の真意を探ろうとする。

苛立ちを抑えきれないといった様子で――刀の切っ先を小刻みに揺らしながら。

 

「フン、まだ気付かんのか? このディオが今の今まで『スタンド』に頼らず……純粋な吸血鬼の力だけで戦ってきたことを」

「スタ……ンド?」

「どうやら知らないようだな――ならば教えてやろう! 『世界』の支配者が、他でもないこのディオだということをッ!」

「……ッ!?」

 

明らかに様子のおかしなわたしに対して、忍は嫌な予感を覚えたらしく――とっさに『心渡』で動きを封じようとする。

だが、『一手』遅かった。

 

 

「――『世界(ザ・ワールド)』ッ!」

 

 

そして、わたしを除くあらゆる存在が動きを止め。

名実ともに――このディオは『世界』の支配者となった。




次回、『なでこザ・ワールド』最終回です。
今まで食ったパンの枚数でも思い出しながらご覧ください。
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