フーゴ君単品の表紙の奴です。みんな、書店で会おうな! じゃあな!(恥を知れパープルヘイズ)
其ノ壱
001
ヴィネガー・ドッピオという人物にまつわる物語を語る上で、しかし私はとある問題に直面することになるだろう。というのもあのイタリアでの一件以来、未だに私は、どこまでが彼で、どこからが彼でなかったのかを同定できずにいるからだ。今こうして私は便宜的に『彼』という表記を用いているが、それははたして誰のことを指しているのか、それすら判別できない。
彼はあるときは気弱な青年であり、またあるときは残虐な『ボス』だった。
彼はあるときは忠実なる腹心であり、またあるときは冷酷なる『帝王』だった。
彼はあるときは『ヴィネガー・ドッピオ』であり――またあるときは『ディアボロ』という人物だった。
というよりそもそも、『どこまでが自分なのか』という問いに答えを出そうとすること自体が、空虚な行いなのかもしれない。自他の境界線は絶えず揺れ動くものであり、その揺らぎこそが『自分』という存在の本質なのだとしたら? 昨日の自分と今日の自分は別人と言うけれど、ならば今日の自分と明日の自分も異なる存在のはずだ。では今ここにいる『私』は、次の瞬間には消滅し、別のものに取って代わられてしまう運命なのだろうか。
変化の『結果』として生じた存在ではなく、絶え間なく姿を変えていく『過程』の中にこそ、自分の居場所があるのだとしたら。
この世には『過程』だけが残るのか――私たちが日々努力を重ねて積み上げた『結果』だと信じているものは、全て幻想に過ぎないのだろうか?
……いや、これはただの思考実験だ。
現にそれがただの詭弁に過ぎないことを、実のところ、私は既に知っている。
あの夜、心の中の『妹たち』と向き合ったことで――過去も未来も、どんな私も私でしかないということを知っている。
何でもは知らないけれど、そのことはちゃんと知っている。
だからこれは、『彼』が自分自身と向き合うまでの物語だ。
彼がヴィネガー・ドッピオであると同時に、ディアボロ以外の何者でもないということに気付くための。
永劫の『過程』に囚われていた彼が『結果』に到達するまでの、数奇な運命を記した
私は最初から最後まで、彼を待ち受ける運命を見届けただけの、傍観者でしかなかったけれど。
去ってしまった者から受け継いだ物語を、さらに『先』に進めるために――今ここで、
002
その日、イタリアのローマに降り立った私は、かの有名なコロッセオの前に立っていた。
この国を代表する観光地ということもあってか、コロッセオ周辺は世界各地からやって来たと思しき観光客の姿がよく目についた。
とはいえ、私は観光目的でこの地を訪れたわけではない――いや、この一連の旅にそういう側面が全く無かったのかといえば、それはそれで嘘になってしまうのだが。
だがそれでも、遠く離れた日本で、大切な友人たちが今まさに危機的状況に陥っている最中、個人的な目的を優先させるほど私は無神経な人間ではなかった。
忍野メメ。
それが、この私が世界中を駆け巡りながら探し求めている人の名前だ。
あちらとこちらの橋渡し役を担い、どちらの陣営にも与しない『中立』を自負する怪異の専門家であり、私や阿良々木くんが幾度となくお世話になった相手でもある。怪異譚の蒐集という目的で私たちの住む町を訪れた彼は今、町を後にし、世界のどこかで放浪を続けている――と思われる。
『思われる』などと曖昧な言い方になってしまうのは、ほうぼう手を尽くしてはいるものの、私は未だに忍野さんの居場所を摑みかねているからだ。
七十億人の中からたった一人を見つけ出そうとしているのだから、当然、もとより楽観視していたわけではない。それでも、こうまで手がかりが全く掴めないとなると、流石に焦燥感を覚えずにはいられない。
そして今や、そんな『ストレス』を肩代わりしてくれる存在は、私の心の中にしかいないのだ。
だから私は、一刻も早く忍野さんに会わなければならなかった。
会って――そして助けを求めなければならないのだ。
『人は一人で勝手に助かるだけ』というのが、あの人のポリシーだったけれど――そんなことを勘案するのは、彼を見つけ出してからだ。
「それにしても……こんな有名な観光地に、本当に『幽霊』なんて出るのかな」
独り言を言いながら、円形闘技場の入口へと歩みを進める私。
コロッセオに度々出没するという『幽霊』の噂を耳にしたのは、数日前のことだった。それによれば、その幽霊は若い青年の姿で現れ、訪れた観光客を道に迷わせるのだという。既に目撃証言も多数出ており、最近では、イタリアのとある巨大組織が本格的に調査に乗り出したという話もあるくらいだ。
ではなぜ、この私がそんないわくつきの観光スポットに来たのかというと、はっきり言ってしまえば藁にも縋る思いというものだった。
怪異のあるところに噂あり。
ならば――噂のあるところに専門家あり。
つまり、幽霊が出るというもっぱらの噂が立っているこの地に、あの忍野さんも怪異譚を求めて来訪しているのではないかと踏んだのである。
もちろん、可能性としてはほぼゼロに等しい。あれだけ散々探し回った相手が、年中観光客で賑わっているこんな世俗的な場所でたむろしていたとなれば、驚きを通り越して呆れ果ててしまうだろうし――それに、怪しげな噂の立っている土地を虱潰しに当たるというアプローチを続けていたのでは、いつまでたっても埒が明かないという思いもある。
きっと以前の自分なら、そんな蓋然性の低い賭けなど絶対にしなかっただろう。
けれど。
実を言えば――このとき私は既に、旅を続けるための資金が底をついている状態だった。長期にわたって慣れない異国の地を渡り歩いたことによる疲労も溜まっていたし、第一、タイムリミットである直江津高校の卒業式の日まで、もういくばくも猶予が残されていなかったのだ。
だから私は、この古代遺跡を巡る怪しげな噂に、最後の望みを託すことにした。
分の悪い博打に、自分の『魂』を賭けた。
ついでに、日本にいる阿良々木くんの魂も賭けることにした。
勝手に巻き込んでごめんなさい。
「もしかしたら、『賭け事』に参加するのはこれが初めてかも。……まあ、せいぜいビギナーズラックに期待しておこうかな」
入口を通ってコロッセオの内部に入ると、その全景が視界に飛び込んでくる。
かつて剣闘士と呼ばれる人々が命を賭けて競い合った、数万人を収容する巨大なコロシアム。
建設当時の王朝名にちなんで、本来の名称は『フラウィウス円形闘技場』というらしいけれど、コロッセウムと呼ばれるようになったきっかけは――いや、こんなことを考えるのはよそう。いくら知識を積み重ねたところで、その知識の使いどころを知らなければ意味がない。
今はともかく、噂の元凶を探す方が先決だ。
でも、そもそもどうやって探せばいいんだろう。
勢いづいてここまで来てしまったけれど、考えてみれば、コロッセオを訪れたからといって噂の『幽霊』に会えるとは限らないのだ。むしろ、会えない可能性の方が高いくらいだろう。
忍野さんの話によれば、怪異というものは普通の人に見えないだけで、それ自体はどこにでも存在するものなのだという。
そして、怪異にはそれにふさわしい理由があるように――怪異と出遭う側にも、それに値する理由がある。つまり一定の『条件』を満たした人間は、いつ何時でも『あちら側の世界』へ引き込まれるリスクを有しているということだ。
この私や阿良々木くんがそうだったように――そして、これからもそうであるように。
怪異に遭えば怪異に引かれる。
「だけど、その『条件』が分からなければ、接触のしようがないんだよな……いや、私の場合、もう既に『条件』を満たしている可能性だってあるよね。このたった一年の間に何度も怪異に遭遇しているわけだし、『それ』を認識する回路は普通の人よりも組まれているはず……じゃあ、このまま何もしなくても、いずれはその幽霊と遭遇するってことかな? でもこのまま見つけられなかった場合はどうなんだろう。それは単に『条件』が満たされていなかっただけなのか、それとももう、このコロッセオに幽霊は存在しないってことなのか、あるいは……うーん……」
遺跡の中をうろつきながらぶつぶつと独り言を呟く私の姿は、周囲の人々からはさぞ不気味に見えたことだろう。
『さまよえる女子高生』として、新たな噂が生まれかねない――いけない、フラフラ歩いているうちに道に迷ってしまったみたいだ。ここはどこだろう。
入口でもらったマップを取り出し、私は自分の今いる場所を確認する。
「ええと……ここが入り口で、こうやって歩いてきたから、今は多分この通路を……あれ?」
と、そのとき。
ふいに顔を上げて周囲を見回した私は、通路の左脇に上階へ続く『階段』があることに気付いた。
それ自体はとりたてて珍しくもない、何の変哲もない石段だ。実際、コロッセオにはこれと似たような階段がそこかしこに見受けられる。
問題は。
今、この私がいるのが――コロッセオの最縁部をぐるりと一周している通路だということだった。
「この壁のすぐ向こう側は、遺跡の外に通じているはず……。壁の厚さから考えても、階段がその内部に収まるとは思えないし……え? じゃあ、どうして階段がここにあるの?」
再度手元のマップに目を落とす。何度も確認したが、やはり現在地を勘違いしているわけではなさそうだ。
そうだとすれば、ますます謎は深まる。
さながらトリックアートのようだけれど、こんな有名な観光スポットにそんなものがあったら、もっと話題になっていてもいいはずだろう。
SFっぽく表現するとすれば、『亜空間』といったところだろうか。
そこでは、通常の物理法則が通用せず――普通とは異なっていて。
怪しくて、異なっている。
「これは……『そういうこと』なのかな?」
どうやら、『条件』は既に達成していたらしい――それが本当に喜ぶべきことなのかどうかは、判断が分かれるところではあるけれど。
意を決した私は一歩踏み出し、そのまま『あちら側』へ続く階段を上り始めたのだった。
003
階段は踊り場を挟んで、直角に何度も折れ曲がりながら上方へと続いていた。
静まり返った空間の中で、私の靴音だけが辺りに反響する。日の当たらない古代遺跡の階段はひんやりと肌寒く、どことなく不気味な雰囲気を醸し出していた。
はたしてこの階段は、一体どこに繋がっているというのか。
……まさか『天国への階段』だったりしないよね?
私は些細な違和感も見逃すまいと、一段一段、ゆっくりと注意深く階段を上っていく。
石段の上には時折、ここに迷い込んだ人々が落としていったと思しき小物の数々が散見された。
犬のマスコット人形。
煙草の吸い殻。
食べかけのアイスクリーム。
そして、踊り場の隅の方では、なぜか一匹の蛙がぴょこぴょこと元気に動き回っている。
小さな生命が健気に活動している姿はなんだか可愛らしくもあったけれど、近くに池も無いこんな場所で、蛙が生息しているというのは少し妙だ――いや、奇妙というのならこの階段の存在自体がそうなのか。
と。
私がそんなことを考えていると、蛙は突然、上階を目指してまっすぐに飛び跳ね始めた。
まるでどこか目的地へ向かっているかのようなその動きに、自然と私の足も速まった。似たような景色がさらなる速度で後方へと流れていき、新たな階段が続々と私の前に姿を見せる。
否。
それは正確に言えば、『似たような景色』でも、『新たな階段』などでもなかった。
四つ目の踊り場を曲がった時点で、私は初めてそのことに気付いた。
「……!」
前方の石段には、先ほどと同じくいくつかの『落とし物』が落ちている。
それは――犬のマスコット人形だったり。
煙草の吸い殻だったり。
食べかけのアイスクリームだったり。
「まさか……」
私はさらに足を速め、階段を駆け上がる。
八つ目の踊り場から階段を見上げると、視線の先にはやはり『落とし物』があった。
犬のマスコット人形、煙草の吸い殻、そして――食べかけのアイスクリーム。
「これは……
思わず語尾に力がこもってしまう私。
脳裏に浮かんだのは、エッシャーのだまし絵にも登場する『ペンローズの階段』だった。
いわゆる不可能図形の一つであり、永遠に上り続けても高いところへ行けない階段――何のことはない。この石段はそもそも、どこへも繋がってなどいなかったのだ。
ゆえに。
私はもう、どこへも行けないし――どこへも向かうことはない。
「……あれ? これってもしや、『閉じ込められちゃった』ってこと……?」
『終わり』のない階段ということは、当然、出口もないということだ。
ドイツでの吸血鬼騒動に引き続き、二度目の『監禁』である――しかも今回はほとんど考えなしに自ら罠に飛び込んでいった分、なおさらたちが悪い。
これではもう、監禁されるのが好きな女子高生と思われても仕方がない……そんな特殊性癖の持ち主は阿良々木くんだけで十分だ。
阿良々木くん。
ごめん、卒業式には行けません。
今、コロッセオで監禁されています。
羽川翼の来世にご期待ください。草々不一。
「……って、いけないいけない。遺言の内容を考えてる場合じゃなかった」
ぱんぱんと自分の両頬を叩き、これは『試練』だと自分に言い聞かせる。
こんなピンチのときこそ、我を失ってはいけない――『私』を見失っちゃいけない。
『賭け』はまだ、始まってもいないのだから。
私のそんな決意もよそに、蛙はぴょんぴょんと階段を上っていく。
その挙動はなおも、この終点の存在しない階段に『目的地』を見出しているかのようだったが――次の瞬間、蛙は突如として動きを止めた。
「……っ!」
唐突な展開に、私は思わず息を飲む。
踊り場を挟んだ階段の先から出現した、人間の『手』。
その手が――動き回る蛙を無造作に掴んだのである。
「最近の『電話』ってさあ……小型化っていうの? それとも軽量化? とにかく、どんどん便利になってきているっていうけど」
蛙を捕らえた謎の人物はそう言いながら、唖然とする私の前に姿を見せる。
物静かで優しげな青年というのが、最初に抱いたイメージだった――だけど不思議なことに、その奥底には到底計り知れない『何か』が潜んでいるかのような、そんな印象も受ける。
その証拠に。
彼は右手に持った蛙を、なぜか自分の耳元に押し当て――まさしく誰かと『電話』でやり取りするかのような、そんなジェスチャーを始めた。
その意図がさっぱり掴めず、私は無言を貫くほかない。
「でも、こんな風に勝手に動き回る機能は、流石にいらないと思うんだよね……どこに電話を置いたか分からなくなっちゃうし。君もそう思わない?」
「…………」
「それに比べたら、あそこに落ちてる電話は、動かない分まだマシな方だったかな。でも話した後、なんか耳元が汚れてるんだよな……あっちの電話も小さいから持ち運びやすいけど、小さすぎてすぐどっかにいっちまうし……まさに一長一短って感じ?」
「…………」
「ってあれ? まさかイタリア語通じてない?」
通じてないのはもっと別の何かです。
――とは、もちろん言えないので。
「……いえ、大丈夫です。この国に来る前に、日常会話レベルの言葉は覚えましたから」
無難な答えを返した。
状況は依然として難ありだけれども。
「あ、そう? そりゃ助かった――僕はドッピオ。ヴィネガー・ドッピオだ。君、名前は?」
「羽川翼と申します。日本からやって来た者です」
「へえー、日本人……ってことはさ、『コロッセオ』が『殺っせよ』に聞こえるってことだろ?」
「……?」
「あれ? やっぱりイタリア語通じてない?」
再びおろおろと狼狽するドッピオさんに対して、ノリの悪い旅行者で申し訳ないとも一瞬思ったが、こっちだって阿良々木くんよろしく、ご丁寧に会話劇を始めるわけにもいかない。
人探しの時間が惜しいというのも、もちろん理由の一つだけれど――それ以上に、今の状況下では迂闊に警戒心を解くこともできないからだ。
だって、私は今『監禁状態』にあるのだから。
そして目の前にいる、一見すると気弱な青年は――『監禁』の実行犯なのかもしれないのだから。
「……ドッピオさん。単刀直入にお聞きします。あなたは一体――何者なんですか」
「僕が何者か……って?」
「とぼけても駄目です。私がそもそも、この奇妙な階段に足を踏み入れたのは、ある『噂』を聞きつけてのことなんですから」
あなた、幽霊ですよね。
何の躊躇もなく。
何の迷いもなく――私は彼に、そう問いかけた。
「……参ったな。僕としては、もっとこう、段階を踏んで説明していこうと思っていたんだけど……まさかいきなり核心を突かれるとはね」
「それは、つまり……『噂』は本当だと認めるということですね。このコロッセオを訪れた人々を、幽霊であるあなたが迷わせていると」
「うーん……『迷わせている』っていうのは違うかな。僕はこの階段にただ『存在』しているだけだ――別に誰かを襲おうとか、そういうことを考えているわけじゃあない。つまり君は、自分から『あの世』と『この世』の狭間に迷い込んでしまったってことだよ」
「『あの世』と『この世』の狭間――ですか」
「そう。この空間がまさにそうでね……僕と波長が合った人の前にだけ、この階段は姿を現す。きっと君と僕は、どこか引かれ合うものがあったんだろうな」
「…………」
その様子を見る限り、目の前の青年が嘘をついているとも思えない――そうだとすれば、私は何らかの策略に基づいて『監禁』されたわけではないということになる。
さっきまで私は『自ら罠に飛び込んだ』と思っていたけれど、本当は罠ですらなかったのだ。
ドッピオさんのことを信用してひとまず緊張を解くとともに、私はここまでの話を一度整理する。
永遠に目的地に辿り着けない、『あちら側』の空間。
迷わせられたのではなく、自ら迷い込んだ。
幽霊と波長が合ったから。
怪異と出遭う『条件』が揃ったから。
そして、それによく似た要素を持つ話を――私は既に知っている。
「――『迷い牛』」
「え?」
「ああ、いえ……実は私の知り合いに、そんな女の子の幽霊がいたんです。その子は不慮の事故で亡くなった後も、ずっとこの世に留まり続けていて――迷い続けていて。他でもない彼女自身が迷子だから、それについていく人間も、同じように道に迷ってしまうという話なんですけれど」
私は、その女の子――八九寺真宵ちゃんのことを話した。
ドッピオさんはそれを興味深そうに聞いていたが、やがて「ふうん」と頷きながら言う。
「……なるほど、迷子ねえ。その子のことは知らないけど、僕も似たようなものかもしれないな。ちょうどこの階段みたいに、僕も『あの日』からずっと――目的地に辿り着けないでいる。だからこんな中途半端な場所に、いつまでも縛り付けられているんだろうな」
でも君はそうなっちゃあいけない。
心までゆっくりと死んでいくというのは、本当に不幸なことだ。
どこか自嘲気味に、ドッピオさんはそう言った。
その表情を見ているうちに、私は自分の中の『衝動』が抑えきれなくなった。
これまで阿良々木くんや戦場ヶ原さんに散々指摘されてきた、羽川翼の人間性。
彼らをして『本物の化物』と言わしめた、私の行動規範。
自分が今、人探しという重要なミッションを課せられていることも忘れ――私はこう切り出した。
「ドッピオさん。私に何か……できることはありますか?」
「!」
「あなたが肉体のみならず、心まで死んでいくと言うのなら――私は、それを防ぎたい。私はまだ『灰色』になりきれていない、世の中の悪意や汚れもほとんど知らない、白くて白々しい子供ですけれど……そんな私でも、あなたの心を生き返らせることくらいはできるかもしれません」
「翼、君は――」
ドッピオさんは驚きの表情で私を見る。
そんな彼に、私は言った。
「ですから……まずは私に話していただけませんか? あなたがこれまで、何を背負い、何を失ってきたのか――ヴィネガー・ドッピオという人間の『物語』を」
本文中にバサ姉がドイツでうんぬんかんぬんしたという記述がありますが、これについては『業物語』(「つばさスリーピング」)を参照のこと。
オフシーズンの話の一つなので、此度の新作でアニメ化もされる……はず(願望)。