奇物語 -アヤシモノガタリ-   作:ミサキレイン

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其ノ参

008

あれ?

章数がひとつ飛んでないかな?

前にもこんなことがあったような気がするけれど……まあいいや。

 

というより、それどころじゃない。

一体どうしてこんなことになったのか。

車窓から流れるイタリアの街並みを眺めながら、私はこれまでの出来事を振り返る。

 

遡ること数時間前。

ドッピオさんの『覚悟』を確認した私は、先ほど彼が説明してくれた通り、上った段数の分だけ階段を下りていくことで元の世界への帰還を試みることにした。

ただリスクはできるだけ回避したいということで、案内役としてドッピオさんが途中まで付き添ってくれることになったのだけれど――結論から言えば、それはただの杞憂に終わった。

 

「……もう大丈夫だよ、翼。そこは既に『命ある者の世界』だ――後ろを振り向いても構わない」

 

そう、少なくとも異空間から脱出するところまでは、特に問題は無かったのだ。

ドッピオさんと二人並んで階段を下り始めてからしばらくすると、代わり映えのしなかった周囲の景色が突如として変貌し、私が元いたコロッセオの通路へと繋がる階段の出口が目の前に出現した。私がそこを越えたタイミングで、ドッピオさんはほっと一安心といった様子で、背後からそんな台詞を口にしたのだった。

その言葉通り、私がドッピオさんの方を向いても、特に何かが起きるというようなこともなかった――まずは、第一段階クリアといったところだろうか。

 

「――ドッピオさん、本当に色々とお世話になりました。その階段から動くことのできない、あなたの代わりに……この私が『代理人』としてあなたの意志を受け継ぎました。だから安心して、ここで待っていてくださいね」

「……うん。それは本当に、頼もしい限りだよ」

 

そう口にしたドッピオさんの表情はなぜか、どこか浮かなげな様子だった。

こんな一般人の子供が自分の『代理人』を務めるのでは、やはり頼りないだろうか――そんな懸念を払拭すべく、私は直接本人に訊ねてみることにする。

 

「ドッピオさん……何か心配事でもあるんですか?」

「え? ああ、いや……。くどいようだけど、その――本当にいいのかい? こんな僕の頼みを聞くだなんて」

「えーと……」

 

返答に窮する私――いやいや、今さらそんなことを言われても。

さっきそういう風に、話はまとまったはずなのに。

 

「それは分かってるんだけどさ……なんというか、申し訳なくて。こんなことをさせておきながら、僕は君に何も返すことができない――『けじめ』っていうのなら、僕は翼に対しても、この借りの落とし前をつけなきゃならないのに」

 

なるほど、そう来たか。

確かにそれを指摘されると、こちらとしても耳が痛い。

そもそも私がここに来たのは、目下行方をくらましている忍野さんの居場所を掴むのが目的だったはずだ――だけどついさっきドッピオさんにそのことを訊ねてはみたものの、「そんな人のことは知らない」の一点張りで、結局めぼしい回答を得ることはできなかった。

 

だからこの奇妙な階段と忍野さんが無関係だと判明した以上、本来なら私はドッピオさんに別れを告げ、そのまますぐにでも次の手がかりを探しに行くべきなのだ。

ここで彼の依頼を引き受けることは、単に人探しをする上でのタイムロスでしかない――これから裏社会に首を突っ込もうとしている私はもちろん、日本にいる阿良々木くんの身まで危険に晒しかねない、傍から見れば非常に愚かな行為だ。

 

ただ。

それでも、と私は思う。

 

「……別に返す必要なんてないですよ。ドッピオさんに貸しを作ったつもりもありませんし。これは私の、ただの自己満足みたいなものです」

「自己満足……?」

「ええ。自己犠牲じゃなくて、自己満足――だからやっぱり、ドッピオさんが考えているほど私はできた人間じゃないし、正しくもないですよ。単に目の前で困っている人を見捨てられないっていう、私の個人的なこだわりに過ぎないんですから」

「…………」

 

私の説明を聞いてもなお、ドッピオさんはいまいち釈然としないといった様子で、難しい顔をしていた。

だがこれ以上自分が何を言ったところで、私の意志が揺るぐことはないと判断したのだろう――遠慮気味な口調ではあったものの、私に対してこう言った。

 

「分かった……そういうことなら、ここは翼の厚意に甘えることにするよ。だけどくれぐれも気を付けて。身の危険を感じたら、この件からはすぐにでも手を引くこと――それが僕からの条件だ。理解してくれたかな?」

「ええ。ですがもちろん、そうならないことを祈りますよ。自己満足のために引き受けたからには、満足のいく結果が得られるよう私も最善を尽くすつもりです」

「うん、それなら安心だ。それじゃあ、翼……僕の『夢』は君に託したよ」

「はい。全ては――黄金のような『夢』のために」

 

私はそう言って、互いに握手を交わそうと手を差し出す。

初めて握ったドッピオさんの手は、幽霊とは思えないくらい温かく、生命力に満ちていた。

まるで彼が持つ魂のエネルギーのようなものが、私の中にそのまま流れ込んでくるかのようだった――この『熱』を原動力に、私も自分にできるだけのことをしよう。

 

こうして一種の『引き継ぎ作業』を終えた私は、ドッピオさんに背中を向け、通路の先へと歩を進めた。

徐々に階段から遠ざかっていく私に対して、もう後ろから声がかかることはなかった。

それはきっと、彼なりの『信頼』の証だったのだろうと思う。

 

「……さて、どうしたものかな」

 

無事コロッセオの出口から外に抜けたところで、ひとまず私は近場のベンチに腰を下ろし、これからの身の振り方を思案することにした。

『代理人』の私に課せられた役目は、一言で言ってしまえば情報の伝達。コロッセオに、今は亡き『組織』の構成員がいる――そう伝えさえすればあとは彼ら自身で対処に乗り出してくれると、ドッピオさんに言ったのは他でもないこの私だけれど、しかしそう簡単に話が進まないであろうことも重々承知の上だ。

 

そもそも私は、件の『パッショーネ』という組織と、何のコネクションも持ち合わせていない。

この一年の間に、忍野さんや阿良々木くんをはじめとする風変わりな人たちと知り合い、その身に『怪異』と呼ばれる存在までも宿すようになった私だけれど、このイタリアではただの『観光客』――後ろ暗い世界とはまるで無縁の、一介の女子高生に過ぎないのだ。

そんな人間がいきなり『組織』に乗り込んで何かを口にしたところで、まともに取り合ってもらえるとは思えない。

 

いや、それだけならまだ良い方で――ドッピオさんが危惧していた通り、最悪『要注意人物』としてマークされてしまう可能性だってあるだろう。

それこそ、『怪異に遭えば怪異に引かれる』ではないけれど。

堅気の人間が裏社会と関わりを持つというのは、それ自体が大きなリスクを孕んでいるのだ。

 

「いっそのこと、向こうからこっちに接触してきてくれると話は早いんだけれど。追いかけるのは駄目でも、追いかけさせるのは良い……でも流石に、そんなオイシイ話があるわけないよね」

 

溜息を吐きながら、そう独りごちる私――駄目だ、このままではいつまでたっても埒が明かない。

甘い考えを頭から振り払い、私は決意を新たにする。

 

どんな物事にも『近道』というものはあるけれど、ほとんどの場合それは反則技であって、いずれは手痛いしっぺ返しを食らう羽目になる。

ならば私は『遠回り』をしよう。

手間を惜しまず、地道な努力を積み重ねさえすれば……その時にはむしろ、遠回りこそが最短の道となるだろう。

 

そうと決まれば、何事もまずは隗より始めよ。

忍野さんを探していたときと同じ要領で、必要な情報を集めるところから――

 

「――なあ嬢ちゃん。ちょっとそこ、座ってもいいか?」

 

 

009

と。

今後の方針を固め、ベンチから立ち上がろうとした矢先――不意に私は声をかけられた。

見ると、私が座るベンチのすぐ横に、男の人が二人立っている。一人は特徴的なデザインをしたニット状の帽子を被っており、もう一人は随所に穴の開いた奇抜なジャケットを着用していた。

 

「え……ああ、どうぞお構いなく。ちょうど今、席を立とうとしていたところですので」

 

特に断る理由もないため、そう言ってその場を去ろうとする私。

ところが、帽子を被った男性は「いや」と首を横に振って、私の動きを制した。

 

「悪いんだが、そのまま座っててくれねーか? いや、これはオレの『こだわり』みたいなモンでよォ……ほら、あれ見てくれよ」

「……?」

 

男性からのいまいち要領を得ない頼み事に首を傾げる私だったが、とりあえず彼が指で示した方向に目を向けることにした。

視線の先にあったのは、私たちが今いる地点から、広場を挟んでちょうど反対側に設置されたもう一つのベンチ。

そしてそこでは、カップルと思しき二人組の男女が腰を下ろし、仲睦まじく談笑している。

 

「この広場にあるベンチはこことあそこの二つだけ。そんであっちには、既に先客が二人……ここまで言えば、あんたにも理解できるんじゃあねーの?」

「えっと……その……」

「――あなたにここを去られると、ベンチに座る人間はあそこにいる彼らと、僕たち二人……合計『四人』になってしまう。彼はそう言いたいんですよ」

 

困惑する私の様子を見かねたのか、後方で沈黙を守り続けていたもう一人の男性が、そう助け船を出してくれた。

だけど――それが一体どうしたというのか。

 

「知らねーのか、嬢ちゃん? 『四』って数字は縁起が悪いんだぜェ~。このオレはラッキーボーイだからな、そういうのには人一倍厳しいんだ――だから、な?オレたち、ほんのちょっぴりここで休憩するだけだからよォ……それが終わるまで、ここに座っててくれると助かるんだがな」

「は、はあ……まあ、そういうことなら……」

 

そこまで強く言われてしまうと、私としても首を縦に振らざるを得ない。

その返答を聞くやいなや、帽子の男性は「グラッツェ」とお礼の言葉を述べ、私の左隣にどっかりと腰を下ろした。

まったく、変な人もいたものだ――私が言えた台詞じゃないのかもしれないけれど。

 

「何だかすいませんね。僕の連れがご迷惑をお掛けして……それじゃあ僕も、そこをちょっと失礼させてもらいますよ」

 

若干申し訳なさそうな口調でそう言うと、ジャケット姿の男性もまた『連れ』の動きに倣うように、私の右隣に座る――右隣?

 

「え? あの、ちょっと……」

 

今の私たち三人の様子を客観的に描写すると、中央に座る私の両脇を、二人の男性ががっちり固めている形となる。

しかもベンチはちょうど三人掛け用に設計されているため、間に挟まれた私は物理的に肩身の狭い思いをする羽目になり――え、何この状況?

こんなの絶対おかしいよ。

 

「まったく……君の『四』嫌いにも困ったものですね、ミスタ。あんな遠くにいるカップルをわざわざ勘定に入れる必要はないじゃあありませんか――そんなことをしてちゃキリがないですよ」

「馬鹿野郎。オレの辞書に『妥協』って文字はねーんだよ、フーゴ。いいか? オレはこれまで『四』に関するもんなら何でも、自分から遠ざけてきた……どんな些細なことでもな。だからオレはラッキーでい続けることができたってわけよ」

「あの……お二人とも……何も私を真ん中に入れる必要は……」

「はぁ……君のそういう頑固なところ、ある意味尊敬しますね。でも『四』に関するものを避けて生活するだなんて、そんなの無理だと思いますよ。そうですね、たとえば……僕らがここまで乗ってきた車なんてどうです? あれだってタイヤが『四つ』付いているでしょ」

「うっ……。そ、それはだな……」

「スイませェん……ちょっと……せめてもう少し距離を開けていただけると……」

「他にはほら、あそこの時計を見てくださいよ。もうすぐ長針が『四』のところを指しますけど大丈夫ですか? それとミスタ、確か君は以前『二と二を掛け合わせると四になるから不吉だ』みたいなことを言ってましたけど、その考えでいくと……」

「あーもううっせーぞフーゴ! そう何度も『四』の話をするんじゃあねーッ! 縁起悪ィーだろーがッ!」

「その……私の話を聞いて……」

 

真ん中に座る私の存在などまるで気にも留めず、二人の男性――ミスタさんとフーゴさんはついに口論を始める。

……何だろう、完全に蚊帳の外に置かれているはずなのに、圧迫感だけは尋常じゃない。

さしずめ『圧迫祭り』といったところだろうか。

 

「大体オメーはいつもそうだフーゴ! このオレに理屈っぽくグチグチ口出ししやがってよォ~。さっきだって『オレに張り込みは向いてない』とかなんとか言いやがってッ!」

「そりゃそうでしょうがッ! そんなヘルメットみたいな変な帽子被った男が見張りなんてしてたら、目立ちまくるに決まってるじゃあないかッ!」

「オメーも人のこと言えねーだろーがッ! なんだよその穴だらけの服は! 手入れがまるでなってないぜッ!」

「これはそういうファッションなんだよッ! この野郎~ッ、さっきから言わせておけば……ッ!」

「あーそうかいそうかい! テメーがその気なら、こっちだって……」

「――やかましいッ!」

「!?」

 

自分でもびっくりするくらいの大声が、私の口から飛び出した。

さっきまでの勢いはどこへやら、二人は揃ってビクリと肩を震わすと、恐る恐るといった様子で私の方に顔を向ける。

 

「あっ……。ごめんなさい、ついカッとなってしまって――ですがお二人とも。ここは公共の場なんですから、もう少し静かにしてもらえませんか? 周りの方々にご迷惑ですよ」

「す、すまねえ……」

「すみませんでした……」

 

よほど私の剣幕に気圧されたのか、素直に頭を下げ、黙り込んでしまう二人。……どうしよう、すごく気まずい雰囲気にしてしまった。

まさか自分からあんな声が出るなんて。

まあ、もう白くて白々しい羽川翼はどこにも存在しないということを考えれば、あながち想定外の事態ではないのかもしれないけれど。

 

とにかくここは私が責任を持って、この重苦しい空気を変えなければ。

まずはとりあえず、当たり障りのない話題を振ってみることにする。

 

「ええと……お二人とも、今日は観光でここまでいらしたんですか? それとも仕事か何かで?」

「え? ああ……そのどちらかで言えば、仕事目的ですね。向こうの彼も、僕と同じ思いとは限りませんけれど」

「おいフーゴよォ、オレがそんな怠け者に見えるって言いてーのか? ったく、勘弁してほしいぜ――まあ要するにだな、ウチの上司から『指令』があったんだよ、嬢ちゃん。オレたち二人はそれを受けて、このローマまで飛んできたってわけだ」

「指令……ですか?」

「そう。あそこにあるコロッセオの『張り込み調査』――まあさっき聞いてたとは思うが、オレは見張り役に不適任ってんで、そこにいるフーゴに無理やり裏方に回されてな。詳しいことはそいつに聞いてくれ」

 

未だに納得がいかないとでも言いたげな、どこか不満そうな表情をしながらミスタさんは顎をしゃくってみせる。

その様子を見ていたフーゴさんは「やれやれ」と首を振りつつ、私にこう切り出した。

 

「そうですねえ……今回の任務は少々特殊なものでしてね。僕たちは普段、無関係な一般市民は極力巻き込まないよう心掛けているんですが、今度ばかりはそうも言っていられない。むしろ彼らの中から『適格者』を見つけ出し、協力を要請しなければならない状況に追い込まれていたんです」

「協力を要請する……というと?」

「――今回の監視対象は、僕たち『組織』の人間と敵対する存在です。いや、敵というよりは『旧体制派』と呼ぶべきか……それはともかく。その関係からか、現在彼が潜伏している空間に『組織』の者はまったく立ち入ることができないんですよ。拒絶されていると言ってもいい」

「…………」

「おや、どうしましたお嬢さん。何か難しい顔をしているようですが」

「いえ、なんでも……」

 

そう言ってフーゴさんから出された問いかけをはぐらかす私だったが、頭の中では彼の口にした言葉が延々と渦巻いていた。

コロッセオでの張り込み調査。

『組織』の人間。

『旧体制派』の監視対象。

私の見立てが正しければ、これらの情報から導き出される結論はおのずと絞られる――だけど。

だとすればじゃあ、この状況は……。

 

「――なあフーゴ。さっきからオメーが思わせぶりなことばっか言いやがるからよォ……この嬢ちゃん、もう色々と勘付いちまったみてーだぜ」

「……!」

「そうみたいですね。ではお嬢さん、そろそろ本題に入りましょうか」

 

両側から鋭い視線を私に向ける二人は、さらにじりじりと顔を近づけてくる。

まるでこの場から、絶対に私を逃がしはしないとでも言うかのように。

先ほどとはまた違った種類の圧迫感に対して、私は身を強張らせずにはいられない。

 

「ここまで話せば、僕の言う『適格者』がどういった人間のことを指すのか、あなたにも察しは付いたんじゃあないですか? そう、僕たちはいわば『代理人』を求めているんですよ。『組織』に代わって、彼と接触することのできる人物をね――張り込み調査はその一環です」

「まあ、その条件を満たす連中に関して言えば、これまでにも結構いたって話なんだけどな。けどよォ、オレたちがいくらそいつらを探しても、なんでか知らねーが一向に見つからねーんだよ。どいつもこいつも『知り合いの知り合いの話』『知り合いの知り合いのそのまた知り合いの話』とか抜かしやがる。妙だと思わねえか、嬢ちゃん? これだけ世間に広まっている噂だってのに、実際に『会った』っていう人間が誰一人見当たらないのは」

「……だから噂の発信源を突き止めるのではなく、噂の対象を直接見張ることにしたわけですか」

 

都市伝説。街談巷説。道聴塗説。

人から人へ、瞬く間に拡散するそれはウイルスのようなもので――感染源の特定は困難を極める。

ならば感染者ではなく、ウイルスそのものを叩かなければパンデミックは止まらない。

目には見えないものを相手取るというのは、つまりはそういうことだ。

 

「世間に流れる噂話や風説というのは、本来実体の無いものです。何の根拠も確証もなく、ただただ人づてに伝播してゆく物語――しかしだからこそ、それは限りなく『嘘』に近い。我々のように確固たる基盤を築いた巨大組織からすれば、取るに足らないガセネタと一蹴されて終わる存在に過ぎません。……ただ先ほどお話ししたように、今回は特殊な事例でしてね」

「『世間に噂が広まること』それ自体が、オレたちにとって脅威となり得る事例――まあ、そりゃそうだよな。まさか『パッショーネ』の元構成員、それも()()の『ボス』の腹心が、幽霊としてまだこの世に留まっているだなんてよォ……こいつァ厄介だぜェ~?」

「『パッショーネ』……やはり、あなた方は……!」

 

ついに自分たちの正体を明かすかのような発言をしたミスタさんに、私は詰め寄ろうとしたが――彼の右手にいつの間にか握られていたものを見て、思わずその場で硬直してしまう。

映画やドラマでお馴染みの、黒光りする金属の塊。

見た者に潜在的な恐怖感を覚えさせる、圧倒的な暴力の象徴。

短銃身の、六連発リボルバー拳銃――その銃口が、しっかりとこちらに向けられていた。

 

「……ッ!?」

「おっと、動くんじゃあねえ。まあ無理な話とは思うが、そこまでビビる必要はねえよ。ただの脅しみたいなもんだからな……おいフーゴ、さっきオメーが見たのは本当にこの嬢ちゃんで合っているんだな?」

「ええ。あの『階段』を出入りしていたのは、間違いなくこの東洋人の少女です――しかも比較的長時間あの空間に留まっていたことから考えるに、ヴィネガー・ドッピオから新生『パッショーネ』の抱える秘密に関して、詳しく聞かされた可能性もあります」

「まっ、いずれにせよここまで深入りされちまったんだ、このまま見逃して『はいさようなら』ってわけにもいかねーな。ってなわけで、悪いが嬢ちゃんにはオレたちに『協力』してもらいたいんだが……頼めるか?」

「……この状況で『だが断る』だなんて言う人がいたら、その人はよっぽどのひねくれ者ですよ」

「ハハッ。賢い判断だ」

 

私の返答を聞いたミスタさんは愉快そうに笑うと、構えていた銃をゆっくりと下ろした。

だけどこちらとしては、とてもじゃないが笑う気になれない――いくら武器で脅されていたとはいえ、これで言質はしっかり取られてしまった形になる。

 

今思えば、あの階段に足を踏み入れた時点で、知らないうちに私は『近道』を選択してしまっていたようだった。

それも、茨の生い茂る苦難の道を。

身の危険を感じたら、すぐにでも手を引くこと――先ほどドッピオさんと交わした約束は、残念ながら守れそうにもない。

 

「おや……ちょっと失礼。着信が入ったようです」

 

そんな風に私がこの先の未来に漠然とした不安を覚えていると、不意にフーゴさんはそう言って懐から携帯電話を取り出した。

画面を確認した彼はどこか緊張した面持ちで通話ボタンを押すと、そのまま携帯を耳に当てる。

 

「もしもし、フーゴです。ええ……たった今ちょうど、『適格者』を見つけたところでして……はい、間違いありません……はい。……え? いえ、承知しました。では代わります」

「どうしたフーゴ? オレに電話代われってか?」

「いえミスタ、君にではなく――どうぞ、お嬢さん」

「え?」

 

突然携帯を手渡されたことで、一瞬戸惑う素振りを見せる私。

そんな私の様子を見て、フーゴさんはさらにこう付け加えた。

 

「僕たちの直属の上司――ジョルノ・ジョバァーナからの電話になります。『パッショーネ』のボスを務める者として、直接あなたと話がしたいとのことです」




言い忘れていましたが、今回のお話は時期的に言うと二月上旬を想定しています。
ちょうど『恋物語』と『憑物語』の間くらいになりますね。
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