奇物語 -アヤシモノガタリ-   作:ミサキレイン

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其ノ貳

004

結論から述べると。

我が『キラークイーン』の誇る、第一の爆弾は――作動しなかった。

 

「『喋らないほうが可愛い』とは何事ですか。わたしが無口になったら、会話劇主体のこのシリーズが破綻してしまいますっ」

 

訳の分からないことを口走る八九寺真宵に、特に変わった様子は見られない。たった今、目の前にいる男から向けられた殺意にすら勘付いていないようである。むしろ変わったのは、わたしの顔色のほうだった。

 

なぜだ。

なぜ、わたしの『キラークイーン』が……この娘には通用しない?

 

「隙ありっ!」

 

動揺を隠せないわたしの様子を見てチャンスと判断したのか、八九寺真宵はずっと捕らわれていた左手を引き抜こうとする――が、瞬発力ではわたしのほうが上だった。決してこの場から逃がすまいと、その手を強く握りしめる。

 

「ていっ! 喰らえっ!」

 

すると今度は、残る右手でわたしに攻撃を繰り出してきた。なかなか鋭いパンチではあったが、所詮は子供のやることだ。わたしの体に到達する前に、自由になっている左手で受けとめることができた。

 

こちらを睨み付けながら、八九寺真宵は「ぐぬぬ」と唸る――可愛らしいものである。

 

「URYYYYYYY――ッ!」

 

前言撤回。

全く可愛らしくなかった。

 

化物じみた奇声を上げながら、八九寺真宵は強烈なミドルキックを放ってきた――油断していたために反応が遅れ、彼女の右足がわたしの脇腹を直撃する。鈍い痛みが瞬時に脳まで伝わり、何とも形容しがたい呻き声を上げてしまった。

 

だが、掴んだ手を思わず離してしまわなかったのは、まだ幸運と言えた。

 

いや――その後の展開を考えれば、むしろ悪運と呼ぶべきか。

 

「ウダウダウダウダウダウダウダウダウダウダ!」

 

再び、八九寺真宵の口から発された謎の奇声(「無駄無駄」と言いたかったのかもしれない)――それとともに、さっきと同程度の衝撃がわたしの体を断続的に襲う。蹴りのラッシュ攻撃だった。

 

「ぐっ……や、やめろ……」

 

当然、そんな頼みを向こうが聞き入れるはずもない――このままでは、お互いの消耗戦に持ちこまれるというのが目に見えていた。時間の経過とともに、この壮絶な光景を周囲から目撃されるリスクは高まっていく。人前で不本意に目立つというのは、この吉良吉影が最も嫌うことである。

 

そして攻撃を受けとめようにも、わたしの両手は現在どちらも塞がっている状態だ。もちろん八九寺真宵の手を離せば済む話であるが、それこそが彼女の狙いなのだろう。手を離した瞬間、これ幸いとばかりに逃げられるのは容易に想像できた。

 

だが。

普通の人間とは違い、わたしの『手』は二本だけではないのだ。

 

「『キラークイーン』!」

 

やはり、我が『守護霊』は忠実なる僕であったようだ――健闘むなしく、八九寺真宵の暴れ狂う右足は空中で静止した。そのままもう片方の足も捕まえられ、宙に持ち上げられていく。

 

宙吊りにされた当人にとっては、その全てが見えない『何か』による攻撃であるはずだった。

 

「…………!? い、一体何を……」

「さて、何が起きたんだろうな」

 

ついに四肢を拘束された八九寺真宵は、必死に身をよじらせてこの場から逃れようとする――鬱陶しかったので、『キラークイーン』に彼女の足を広げさせた。

 

開脚ストレッチである。

 

「しまりました!」

「むしろ開いているのだが」

「『しまった』の丁寧語で……痛い痛い痛い痛いやめてくださいお願いします離してください」

「離す? 先に攻撃を仕掛けてきたのは、きみのほうじゃあないか」

 

小学生女子を相手に特殊能力を用いて股関節にダメージを与えながら、涼しい顔で言い訳を述べるサラリーマンの姿が、そこにはあった。

 

というかわたしだった。

 

「…………」

 

あまりの激痛に身も心も疲れ果てたのか、そのうち八九寺真宵は気絶してしまった――わたしと『キラークイーン』は一瞬顔を見合わせると、互いに協力して彼女をそっと地面に下ろした。

 

結果として、開脚状態で気絶する女子小学生の光景が眼前に広がった。しかも暴れたことでスカートがめくり上がり、中身が露わになっている。

 

ひどい有様だった。

 

「何か見えてますよ。はしたない子だ……」

 

女児の下着に興味はないので、紳士的な対応をとることにした――スカートを直し、開いた両足を元の状態に戻してやる。一連の戦闘(?)で乱れた呼吸を整えるとともに、今の状況についても一度整理しておくことにした。

 

まず、目の前で気絶している八九寺真宵は、実に美しい手を有している。これは厳然たる事実だ。平穏を愛し闘争を嫌うわたしであるが、彼女の手に関しては何としてでも我が物としたいという情熱があった。この場合、それこそが『幸福』へ繋がる道標となる。

 

しかし問題なのは、その八九寺真宵に対して、なぜか『キラークイーン』の能力が効かないという点だ。念のためもう何度か爆弾化を試みたが、いずれも不発に終わった――文字通りの『不発弾』である。爆弾化した別の何かを彼女に触れさせるという方法も考えたが、そのやり方では左手までもが破壊されてしまうだろう。

 

(さわ)れるのに――(さわ)れない。

 

「それにしても、この八九寺とかいう小娘……何者なんだ……?」

 

わたしの『平穏』を脅かす存在は、誰であろうと生かしてはおけないが……その前に『キラークイーン』が無効化された理由を探る必要がありそうだった。今後も似たような状況に陥った場合、それこそわたしの『平穏』は危ういものとなりうるからだ。

 

『幸福』の獲得と『平穏』の回復。

今やわたしにとって、八九寺真宵はそのための鍵を握る存在なのであった。

 

 

005

「はっ!」

 

何の前触れもなく、八九寺真宵は突如として意識を取り戻した。上半身を起こし、周囲をきょろきょろと見回す。

 

「きみ、大丈夫かい? しっかりしたまえ」

「金髪のお洒落なサラリーマンの方から、強制開脚の責め苦を受ける悪夢を見ました……」

「そうか。それは災難だったな」

 

身に覚えがありすぎるのだが、『悪夢』と誤解してくれているのなら、それに越したことはない。今までのやり取りは無かったことにしよう。

 

「……って、やっぱり夢じゃありません! 現実ですっ!」

 

駄目だった。

 

「うう……あんまりです……わ、わたしの足が……」

「逆に考えるんだ。『開脚しちゃってもいいさ』と考えるんだ」

「全然よくありませんっ!」

 

そう叫ぶと、八九寺真宵は足を守るようにして体育座りの姿勢をとった――どうやら、かなりのトラウマになってしまったようだ。それからふと、彼女は何かを思い出したかのように言った。

 

「そ、そういえば……先ほど、わたしの足を開いたのはあなたではありませんでした。あれは何だったんですか?」

「それは……」

 

一瞬、言葉に詰まる。緊急事態だったとはいえ、『キラークイーン』の存在をちらつかせてしまったのは迂闊だったかもしれない――とはいえ、ここで下手に誤魔化したところで、目の前にいる少女の疑念はますます強まるばかりであろう。

 

何はともかく、わたしは八九寺真宵からの信頼を取り戻す必要があった。現時点における関係性では、彼女から聞き出せるものも聞き出せまい。情報開示はできる限り避けたかったのだが、ここは素直に答えておいたほうが賢明だろう。

 

それに、いくらわたしの秘密を知ったところで――どうせこの少女は、遅かれ早かれ始末される運命なのだ。

 

「そうだな……実はわたしは、特殊な能力を持っているのだよ。さっきはその能力が、わたしの身を守ってくれたというわけさ」

「特殊……というと?」

「人に説明するのは難しいのだが……とりあえず、守護霊のようなものだと考えてくれればいい」

「守護霊、ですか」

「まあ、信じられないのも無理はないと思うがね」

「……いえ、なるほど。理解しました」

 

やけにあっさりとした返答に、かえってわたしは動揺する――質問攻めされるに違いないと予想していた分、なんだか拍子抜けした気分だ。爆弾化という物騒な能力である関係上、これ以上警戒心を抱かせずに済んだのはいいのだが……。

 

「本当に、今の説明で納得できたのか? 物分かりが良すぎやしないか」

「それは……わたしも『蝸牛』の迷子ですから。守護霊がいてもおかしくはないと思いまして」

「……『蝸牛』?」

 

なんだ――それは。

何かの比喩なのか?

 

「事情はよく分からんが……その話を聞く限り、やはりきみは迷子だったみたいだな」

「ええ。ですが、これくらいの迷子、わたしは慣れっこなんですっ。あなたにとやかく言われる筋合いはありませんっ」

「いいや、あるさ。大体きみは、どうしてそこまでわたしのことを拒絶するのかね? 自分について詮索されるのを恐れているみたいだ」

「…………」

 

それっきり、八九寺真宵は押し黙ってしまった――膝を抱えたまま、むくれるようにそっぽを向いている。黙秘権を行使しているつもりらしい。

 

だが、その沈黙はわたしが破らねばならないのだ。

そうでもしなければ――幸福への『道』は切り開けない。

 

「時に沈黙は、雄弁以上に全てを物語る……きみのその反応は、わたしの予想が図星だったということでいいのかな? きみの迷子には、何か人に言えない事情があるという意味で」

「…………」

「こんな平日に、学校には行かない、かといって家にいるわけでもない……考えられる可能性としては家出、か。家族との間で何かトラブルがあって、家を飛び出したといったところかな」

「…………」

 

八九寺真宵はなおも口を閉ざしていたが、わたしが言った『家族』というワードに、若干顔をこわばらせたのが分かった――どうやら家庭環境の問題らしい。

 

「うーむ……家族ねえ。そういえば、明後日は母の日だったか。もしかすると、そのことも関係しているのかもしれないな」

「……あなたに、何が分かるんですか」

 

不意に――まるで、耐えきれなくなったかのように。

八九寺真宵は、ぼそりと呟いた。

 

「確かに、あなたの言う通り……今のわたしは家出少女です。でも別に、お母さんやお父さんが嫌いで、家を飛び出したわけじゃありませんよ。むしろ、家に帰りたかったから家出したんです」

「……どういう意味だ?」

「ごくありふれた、家庭の事情というやつですよ」

 

離婚です――と、八九寺真宵は口にした。

 

「両親が離婚して、わたしたち家族は離れ離れになってしまったんですよ。お父さんの家に引き取られたわたしは、今後一切、お母さんとは会わないよう約束させられました――でも、そんなのはあくまで約束でしかなくて」

「……つまり、母親に会いたくなって、思わず父親の家を抜け出したということか?」

「そういうことになりますね。母を想う娘の行動としては、ごく一般的だと思いますが」

「それはそうだが……」

 

八九寺真宵が抱える『家庭の事情』、それ自体は理解できたが……なぜ今日なのだ。

わざわざ学校を休んでまで、母親に会いに行く必要があるというのか――それこそ、今度の母の日を待てばよかったのではないのか?

 

「家に帰るのに、理由なんていらないじゃないですか」

 

と。

わたしの疑問に対して、八九寺真宵は毅然とした態度で言い切った。

 

「帰りたいときに帰れる場所が、家というものでしょう。母の日だろうが、何の日だろうが――わたしはいつでも、お母さんに『ただいま』が言いたいだけですから」

「……どうしても、母親に会いたいのか?」

「ええ。わたしは、お母さんに()()()()()()()()()()()()――だから、あなたとお話ししている暇はありません」

 

そう言って八九寺真宵は立ち上がると、わたしに背を向けて歩き出した。

 

大きなリュックサックを揺らしながら進むさまは、彼女の言う通り、蝸牛の行進のようにも見えたが――その動きはのんびりとしたものではなかった。足早に去って行こうとする八九寺真宵に対して、わたしは慌てて声を掛けた。

 

「ちょっと待ってくれ。今のきみは迷子なんだろう? 困っている子供を放ってはおけないな」

 

ぴたりと。

『蝸牛』の少女の歩みは、止まった。

 

「……わたしに構わないでください。あなたの方こそ、お仕事にお戻りになったらいかがですか」

「いや、さっきも言ったが、生憎時間には事欠かないんだ。きみが気を遣う必要はない」

 

実を言うと、それほど時間的に余裕はないのだが――時計を確認し、決意を新たにする。

 

先方との待ち合わせ時刻までに、八九寺真宵に関する全ての問題にケリをつける。

そうすれば――今夜もくつろいで、熟睡できるはずなのだ。

 

「別に、気を遣っているつもりはありませんが……あなたの一挙手一投足に、気を付けてならいますよ。はっきり言って、あなた変ですっ。怪しい臭いがプンプンしますっ」

「人を不審者みたいに言わないでくれないか。わたしだって傷つくぞ」

「ぜひ傷ついてくださいっ。学校教育に代々伝わる、不審者との戦いの発想法をご存知ですか?」

「発想法……? 何だ、それは」

「逃げるんですよォーッ!」

 

やたら威勢よく叫んで、八九寺真宵は駆け出した。

向かう先は公園の出口である――どうやら、この場からまんまと逃げおおせるつもりらしい。

 

「……やれやれ」

 

ああ、まったく。

逃げるが勝ちとは、よく言ったものだ。

 

「甘いぞッ! このわたしがそんなことを、許すと思っているのかッ!」

 

小学生女子を相手に恥も外聞もかなぐり捨てて、本気の追走を始めるサラリーマンの姿が、そこにはあったが――それだけはわたしではないと思いたかった。

 

かくして――追走劇の幕は開ける。




スカート姿の女子小学生に開脚ストレッチを施す勇気。
吉良さんも八九寺ちゃんもごめんなさい。
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