009
「――はい。はい。この度は大変申し訳ございません……いえいえ。それでは、済み次第そちらに向かいますので……失礼します」
電話を切る。
思わずため息を漏らすわたしに対して、ベンチに座った八九寺真宵が声をかけてきた。
「お仕事の連絡ですか、吉良さん」
「ああ。交通事故に巻き込まれてしまって、数十分ほど到着に遅れるとな。まるっきり嘘というわけではないだろう」
「そうですか。……すみません、わたしのせいで」
「気にすることはない。例の運転手があんなことを言った時点で、諦めはついていた――数分かそこらで納得できるような話ではないとな。だからこれは、『平穏』を取り戻すための事情聴取のようなものさ」
八九寺真宵の手前、そうは言ったものの。
結局これは、自ら『平穏』を手放しているにも等しい行為なのだ――わたしの密かな『趣味』が、ついに仕事にまで支障をきたすようになったという事実に他ならない。
あれから。
まさしく狂人を見るかのような、半ば恐怖が入り混じった視線をよこす運転手に何とか言い訳をして、わたしたちはその場を離れた。歩いた先にあったのは、はたして偶然か運命か――八九寺真宵と初めて出会った場所、浪白公園である。
どうやら、住宅街で熾烈な追走劇を繰り広げているうちに、わたしと八九寺真宵は元いた場所に戻ってきてしまったらしい。徒労感を覚えるとともに今までの疲れがどっと押し寄せてきて、女子小学生とサラリーマンの奇妙なツーマンセルは、無言でベンチに座り込んだのだった。
それにしても、交通事故紛いの騒動を引き起こしておきながら、よくもまあ比較的穏便に事を済ませられたものだと思う――とはいえ。
あれを『交通事故』と認識しているのは、どうやらわたしだけのようだったが。
運転手の証言によれば。
『何も無い』道路上で、なぜかタイヤが『パンク』したことにより――車体がバランスを崩し、緊急停止せざるを得なかったのだという。
何も無い――存在が、無い。
「だが、そんなはずはないだろう。あの瞬間きみは運転席から丸見えになっていたはずだ、『何も無い』だなんてことにはならない……一体どういうことだ?」
「…………」
「また、だんまりか」
「……昔々というほどではない、ほんの数年前の話になりますが」
「?」
一見すると、何の脈絡もない昔話を。
八九寺真宵は、訥々と語り始めた。
「あるところに、一人の少女がいました。少女には両親がいましたが、夫婦の関係性は徐々にこじれていき――最終的には『離婚』という形で破綻を迎えました。家族はばらばらになってしまったのです」
「それはさっき、きみ自身の口から聞いたよ。それが何だって言うんだ」
「少女は父親の元に引き取られ、二度と母親と会わないよう約束させられましたが――あるとき、誰にも内緒で母親の家を訪れることに決めました。五月の第二日曜日、母の日に」
「母の日? 今日はその二日前だろう」
「ええ。だからこれは数年前の出来事だと、最初に話したでしょう」
諭すように、八九寺真宵はそう注釈を加えたが――わたしはますます彼女の真意を図りかねる。
数年前? 一体どういうことだ。
「リュックに母親との思い出の品を詰め込んで、少女は短い旅に出ました。けれど結局、少女は目的地に辿り着けませんでした――途中の横断歩道で、車に轢かれて
「……待て。今、なんて言ったんだ?」
「ああ、ちなみに信号は青色でした。今日みたいな特殊な状況でなければ、決して赤信号なんかでは渡りませんよ――長年の道徳教育で培われた、遵法精神の賜物というわけですね」
「違う。そんなことはこの際どうでもいい……死んだと言ったのか?」
「ええ、おっしゃる通りです。その少女は――わたしは、迷子の幽霊なんですよ。死んでからもずっとこの町に居座って、お母さんの家を探し続けているんです」
何でもないことかのように。
何事も無かったかのように、八九寺真宵は言った。
「いや……しかし」
何でもないはずが――何事も無いはずがないだろう。
「いいえ、吉良さん。確かあなたは『特殊な能力』をお持ちとのことでしたが……ならば、幽霊の一人や二人がいても、おかしくはないと思いませんか」
「それは……」
何も言えなくなり、わたしは言葉につまった――彼女の言う通り。
なぜ、こんな平日に女子小学生が外をうろついていたのか。
なぜ、『キラークイーン』の爆弾が八九寺真宵には通用しなかったのか。
なぜ、運転手に彼女の姿が見えなかったのか。
これら全てが、『幽霊だから』というたった一言で説明できてしまうのだ。幽霊に学校などないし、殺せやしないし、普通の人間には見えもしない……考えてみれば、当たり前の話である。
それに――そもそもわたしは、八九寺真宵の他にも幽霊を知っているではないか。
息子を守りたい。ただその一心で、死後も幽霊としてわたしを見守り続けている『あの男』――
「それじゃあ……このわたしだけがきみの姿を視認できているのは、単にわたしの霊感が強かったからということになるのか?」
「さあ、どうしてなんでしょうね」
「おいおい、自分のことだぞ。ここまで話をしておいて、その答えはないだろう」
「いえ、本当に知らないんですよ。これまでも、吉良さんのような方が何人かいましたが……見える人とそうでない人とで何が違うのか、わたしにはよく分かりません」
その口ぶりから判断する限り、どうやらはぐらかしているわけではないようだ――本人にも分からないのだとすれば、この点については未解決のままということになる。
まあ、全ての謎を解き明かす必要もない。わたしはサラリーマンであって、探偵ではないのだ。
「そういえば、きみは自分のことを『迷子』だと言ったが……妙な話だな。死んでしまったというのは仕方ないと思うが、それで全て終わりだろう? 普通はその後、成仏するもんじゃあないのか」
「……ええ、『普通』はそうなんですがね。でも、この世に未練がある場合は別でしょう?」
「未練……そうか、母親のことか」
数年前の母の日、実の母親に『ただいま』を言う前に、八九寺真宵は命を落とした。未練を断ち切るには、『お母さんに会わないといけない』――なるほど、あの言葉はそういう意味だったというわけか。
そう考えると、あれほど奇妙極まりない存在のように思えた八九寺真宵が、途端にごく『普通』の子供であるかのように感じられた。いや、彼女が幽霊であるということはもちろん度外視した上での話だが。
そこにあるのは、たった一つのシンプルな答え。
死者の魂が、あるべき場所へ還るように――彼女もまた、自分の家に帰るだけなのだ。
「……でも残念ながら、わたしは『普通』じゃなくて『蝸牛』ですから」
だが彼女の言う通り、それもまた一つの答えだった。
八九寺真宵が本当に『普通』であるなら、これほど思いつめた表情を見せるはずがないのだ。
「自分の家に帰る……ただそれだけのことが、わたしにはできないのです。あの日以来、何度お母さんの家を目指しても、どうしても辿り着くことができない。まるで掟のように――『そういうことになっている』みたいに」
「掟……か。それはもはや、『呪い』の類いだな」
「そうとも言えるかもしれませんね。だったらなおさら、吉良さんを巻き込むわけにはいきませんよ。これはわたしが引き受けた『蝸牛の呪い』なのですから」
そう言って、八九寺真宵は寂しげに微笑んだ。その顔から――わたしは多くのことを察する。
話しかけないでください。あなたのことが嫌いです。
開口一番、彼女が言い放ったあの言葉は……いや、それだけではない。妙に頑なな態度も、攻撃的な行動も、何度も脱走を図ろうとしたのも、全ては。
「……わたしを巻き込まないための、きみなりの気遣いだった。そういうことじゃあないのか」
「…………」
さも悪戯が発覚したかのような、ばつの悪い表情を見せる少女。
やがて。
「……ごめんなさい」
そう言って、八九寺真宵はぺこりと頭を下げた――年不相応なほどに深々と、わたしの罪悪感を煽ろうとするかのように深く。
きっと、わたしだけではないのだろう。この少女は今の今まで、接触を試みた人間にそうやって応対してきたのだ。
全ては、永久の孤独に甘んじ――『呪い』を一手に引き受けるために。
「まったく……腹が立つほど子供らしくないガキだな」
ため息をつきながら、わたしは脳裏に一つの『仮説』を思い起こしていた。
女性の内面と手の美しさは反比例する。
どうやら、あの法則は――わたしのとんだ思い違いだったらしい。
「よし」
無理やりに話を打ち切って、ベンチから立ち上がる。わたしの唐突な行動にしばらくぽかんとしていた八九寺真宵も、慌てて口を開いた。
「どうしたんです、吉良さん……急に」
「急にも何も、きみが望んだことだろう? これ以上、わたしはきみに関わらない。気の毒とは思うが……話も聞けたし、これで失礼するよ」
そっけなくそう言ったものの、正直なところ、満足感は皆無に等しい。
当初の目的――八九寺真宵の口を封じたうえで、彼女の美しい『手』を我が物にする。これは完全にご破算となった。とっくの昔に死んだ人間の息の根を止められるものか。
結局わたしは、手に入れられるはずもない『宝物』を追い求め、そのせいで仕事の約束をすっぽかした愚か者、ということになる。さながら昔話の悪役だ。
「まったく……欲をかくとロクなことにならないな。それが今回、わたしが得るべき教訓だ」
捨て台詞を残し、わたしは公園の出口に向かって歩き出した。決して後ろは振り返らない。
はたして今、八九寺真宵はどんな顔をしているのか。
あれだけ長い時間行動を共にしていながら、何もできなかったわたしに対する『失望』か。
これからもずっと道に迷い続けるであろう、我が身を嘆いたうえでの『絶望』か。
だがいずれにせよ、わたしには関係のないことだ。もう会うこともあるまい。
この吉良吉影は『迷いの無い人間』――彼女とは決して、相容れないのだから。
それなのに。
「……ところできみ、爪が伸びるのを止める方法を知っているかね?」
010
顎を上げ、背中側に体全体を反らせながら、首だけで後ろを振り返る――なぜそんな奇妙なポーズを決めたのかというと、これがわたしにも分からないのである。
「えっ……?」
分からないながらも、視線の先に八九寺真宵の姿があることは確認できた。彼女もまた、先のわたしの質問が不可解だと言わんばかりに困惑している。
「分からないだろう。わたしも知らない。そんな方法は存在しないからだ。だが……」
一度言葉を切り、自分の手の爪を見る。先週切ったばかりなのに、もうかなり伸びていた――どうやら今年は『絶好調の年』らしい。
「爪が伸びるのを誰にも止めることなどできないように、持って生まれた
「…………」
「幽霊だろうと、超能力者だろうと――殺人鬼だろうと、そんなものは関係ない。人は皆生まれ持った性を背負って生きているんだよ。そのことをどう捉えるかは、結局のところ自分次第だ。既に決定された宿命に抗うか、もしくは……あるがままに受け入れるか」
目の前の少女から目を逸らすことなく、わたしは語りかける。
「たとえきみが、幽霊としてこの町を孤独に彷徨い続けることに絶望していたとしても……それは違うぞ、八九寺真宵。迷いながらもきみは、未だに母親に会おうと歩き続けているじゃあないか。迷子の幽霊としての宿命に、抗い続けている」
「…………!」
現状維持。自らの置かれた状況を、彼女はそう表現した。母親に会うことを心のどこかで恐れているだの、迷子でい続けることを望んでいるだの、そんなことも口にしていた気がする。
だが、それらは全て詭弁に過ぎない。
自分はこれで満足だ、『平穏な生活』なのだと必死に言い聞かせているだけだ――実際は『平穏』にすら程遠い、身を裂くほどの絶望的状況だというのに。
「なんだかんだ言いながらも、きみはまだ諦めていない。歩き続けることをやめてはいない。抗おうとせず、受け入れたほうが遥かに楽なのに、だ。だからわたしとは相容れないが……それでも『前向きに行動する』という点では、やはりきみとわたしは似た者同士なのだろうな」
「前向きに……行動する……」
「そうだとも」
「わたしは……わたしは、諦めたくありません!」
唐突に感情を爆発させ、八九寺真宵は叫んだ。その迫力に気圧されて、思わず後ずさりする。
「ど、どうしたんだ?」
「会いたいです……! お母さんに、早く『ただいま』って言いたいです! もう一度話がしたいです! わたしはただ、それだけだったんです。それだけ……」
その後は言葉にならなかった。八九寺真宵はぼろぼろと涙をこぼし、しまいには声を上げて泣き始めたのだ。
「おい……ちょっと」
「うわあぁん……ううっ……ううぅ」
何も別に、八九寺真宵に特別な感情を抱いたわけではない。麗しき『宝物』を見せてくれた、せめてものお礼として――『前向きに行動せよ』というごく一般的な人生哲学を、少し遠回りしながら伝えたに過ぎない。
それがどうして、こんなことになっているのか……全くもって想定外だ。
「吉良さん……わたし、わたし……」
「分かった。分かったから……泣くんじゃあない」
「ぐすっ……ひぐっ……だが断ります」
「断るな。……いや、やっぱりいい。思う存分泣きたまえ」
それからどれくらい経っただろうか。八九寺真宵はようやく泣き止むと、わたしを見て言った。
「失礼、泣きました」
「そんな報告をされてもな」
「誤解のないよう言っておくと、あなたの言葉に感動したから泣いたわけではありませんよ。大の大人に泣かされた女子小学生を演じて、困らせようとしただけです」
「もうわたしを面倒事に巻き込まないんじゃあなかったのか」
「深く心を揺さぶられました。脳震とうを起こしそうです。どうしてくれるんですか。さあ困ってください」
「……それだけ元気なら、もう何も言うことはないな」
少し元気になりすぎたようだが、とため息をつく。
「冗談はともかく」
「冗談という自覚はあったのだな」
「……前向きに行動する、ですか。なるほど、よく分かりました。前向きに検討してみます」
どこかふざけているかのように、八九寺真宵はわたしの言葉を繰り返す。しかし表情は至って真剣そのものだった。
「でも不思議なものですね。……今までずっと一人だと思っていたのに、なんだか仲間に会えたような気分です」
「仲間……いや、あまり買い被られても困るぞ。そんな美しい話ではないと思うがね」
どれほど美化したところで、結局わたしは利害と打算から八九寺真宵に近付いたに過ぎない。ほぼ最初から最後まで、彼女に殺意を抱いていたのだ――もちろん、こんなことはたとえ幽霊が相手であろうと、わざわざ打ち明けるつもりもない。
「そんなの、関係ないですよ」
だが。
八九寺真宵は、まるでわたしの内心を見抜いているかのように、毅然とした態度で言い切った。
「事情はどうあれ、あなたはわたしを助けてくださったのですから。だから、吉良さんがどんな変態ロリコンサラリーマンだったとしても、よき『友人』として大目に見てあげますよ」
「……好きにすればいいさ」
呆れるわたしをよそに、八九寺真宵はぺこりと頭を下げる。それからこちらを見て、今日一番の笑顔を見せた。
「ありがとうございました、吉良さん」
011
後日談というか、今回のオチ。
「それで……吉影。その後はどうなったんじゃ。八九寺とかいう奇妙な小娘とは」
「そのまま別れたよ。仕事があったからな。いつまでも子供の相手をしている暇はなかったんだ」
「うーむ……それにしても、わしの息子はとことん女を泣かす才能があるのォ~。まったく、罪な男もいたものじゃ」
「女を泣かす……か。だがな、あんな涙を見たのは生まれて初めてだったぞ。いつもは、肥溜めで溺れかけているネズミみたいに絶望している女の泣き叫ぶ顔しか見ていなかったからな」
「いつもスルーしておるが、冷静に考えると、お前のそのワードセンスは独特じゃの」
そう言って、わたしの実の父――
あれから。
八九寺真宵と邂逅したあの日から、二ヵ月が経過した。
たったそれだけの間に、随分色々なことがあった――行きつけの店で購入したカツサンドを食べていただけのはずが、ふと気が付くと大勢の人間にわたしの『正体』がばれ、川尻浩作というまったくの別人として生きていかざるを得ない状況にまで追い込まれた。
本当に……どうしてこんなことになったのだ。
「なに、心配はいらんぞ吉影。わしが目を付けたスタンド使いのうち、まだ三人も残っておる。連中はきっとお前を守ってくれるはずじゃ」
「……川尻しのぶは、まだ胸の傷が癒えていないと言っていた。比喩的な意味じゃあない、物理的にだ……本人は『猫』の祟りだって怯えているよ」
「そ、それはだな……その……正直すまんかった」
がっくりと肩を落として、父はうなだれる。息子を守るために刺客を送ったはずが、むしろその身を危険に晒していたとなれば、落ち込みたくもなるだろう。
吉良吉廣。
写真の中に住まう彼の正体こそ、八九寺真宵以外にわたしの知る『幽霊』――息子を溺愛するあまり、その殺人衝動を肯定する唯一の存在なのだった。
実際、今日も二人で今後の動きについて相談していたところだ――わたしが八九寺真宵の話題を出したのも、杜王町のどこかにあるという『ふり向いてはいけない小道』(そこには女の『幽霊』が立っているらしい)について、父が何の気なしに口にしたからである。
「まあ、過ぎたことは水に流してもらえんかの……。ところで、吉影……八九寺真宵ッ! さっきからわしは、そいつのことがずっと気にかかっておる」
「何かおかしな点でもあったのか」
「ああ、その通り……『キラークイーン』の攻撃が効かなかったというところがな」
「……? 幽霊を殺せるわけがないだろう」
「いや、それがそうでもないんじゃよ。幽霊が致命的な『攻撃』を食らったとき、考えられる可能性は二つ――そのままあの世行きか、この世から抹消されるか、じゃ」
「あの世行きと、この世からの抹消……同じことじゃあないのか?」
「いやいや、全然違うッ! 特に『抹消』は厄介でのォ。存在ごと、綺麗さっぱり『掃除』されてしまうんじゃ……おお、恐ろしい。怖くて夜も眠れんわい」
そう言って、父はわざとらしく身震いしてみせた。それには取り合わず、わたしは続ける。
「要するに。たとえ幽霊であろうと、八九寺真宵の身に何も起こらなかったのはおかしい――と、そう言いたいのか?」
「この場合は、あの世行きじゃな。もし小娘がただの幽霊なら、お前の『キラークイーン』の攻撃を受けた時点で強制的に成仏させられていたはずじゃ」
「なるほど。確かに、少し妙だな」
思い出したのは、つい先日の出来事――例の猫、『ストレイ・キャット』との一戦だ。奴は自分の周りを真空状態にすることで、『キラークイーン』の爆弾を無効化させていた。だが、あの八九寺真宵がそんな芸当を身につけていたとは……正直想像しにくい。
だとすると、残された可能性は一つ。
「彼女が言うところの『掟』、もしくは『呪い』が関係している――ということか」
迷子の幽霊。もしもそれが、単に家に帰ることができないというだけでなく――永遠に彷徨い続けるという『掟』を、意味しているのだとすれば。
成仏することも、消えることもできず――果てなき道を歩き続ける『呪い』を、受けているのだとすれば。
「……終わりのないのが終わり、といった感じじゃな」
さながら、同じ幽霊である八九寺真宵に同情するかのように、父はぽつりと呟いた。
彼の言う通り――八九寺真宵に関する問題は、結局何一つ解決してはいない。彼女を待ち受けているのは『過程』だけだ。『結果』には永遠に到達できない。
終わりのないのが……終わり。
「まあ……吉影、あまり気にするな。所詮はたまたま、一時巡り会っただけの関係――それよりも今は、お前自身の身を案じたほうがよいぞ」
「もちろんだ。この吉良吉影が他人の心配をすることなど、ありえんな」
とはいえ――実のところ、八九寺真宵のことがまったく気にならないかといえば嘘になる。
はたして彼女に、『終わり』は訪れるのか。
自分の力か、他人の助力によってかは知らないが――『運命』を打ち破り、母親のもとへ帰れる日は来るのか。
「……吉影、おい吉影」
「なんだ?」
「やけに思いつめたような顔をしとったが……本当に大丈夫か?」
「……言っただろう、他人の心配などしないと。ここ数日、本当に色々なことがあった――そのせいで、少し道に迷いかけていただけだ」
そう。
八九寺真宵の件といい、ここ最近の出来事といい……柄にもなく動揺し、あちらこちらへ思考が振り回されてしまっただけなのだ。
前を向いて――前向きに、行動しなければ。
それが、子供に道案内をしてやった大人としての、最低限の責務だろう。
「……もうこの話は終わりだ。終わった過去よりも、これからのことを考えるようじゃあないか」
「その意気じゃ、吉影。流石はわしの愛する息子ッ! そこにシビれる! あこがれるゥ!」
「その褒め癖はどうにかならんのか……親父」
八九寺真宵よ。
この吉良吉影は、これからどんなピンチが訪れようとも――いつかはチャンスをものにし、『平穏な生活』を取り戻すだろう。
だから。
お前も貪欲なまでに、自らの幸福に繋がる道を、探し求めるといい。
いつの日か、あの『蝸牛』の少女に平穏が訪れんことを――せいぜい、祈っておこうか。
「まよいキラークイーン」、完。
交通事故仲間ということで、八九寺ちゃんと吉良さんのお話でした。
アララト山(失礼、噛みました)と八九寺ちゃんが出会うより数年前という設定ですが、一応本作では『二〇〇六年』を〈物語〉シリーズ本編の舞台として想定しています。ご査収ください。