奇物語 -アヤシモノガタリ-   作:ミサキレイン

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其ノ伍

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「うぬの次のセリフは、『貴様! なぜわたしの存在に気付いたッ!』という」

「大方、このディオが発するオーラを本能的に感じ取ったのだろう。貴様が気配を消してここまで近づいてきたのとは対照的にな」

「……少しは空気を読まんか」

「そんなものを読んでどうするというのだ。『未来を読む』というのならまだしも」

「――うぬの次のセリフは『まずは貴様の名を名乗れ』じゃ」

「わざわざ名乗らせるまでもない……忍とかいったな。さっきの暦との会話で既に知っている」

「……つ、次にうぬは『下らん遊びは終わりにして、さっさと要件を言え』という」

「……下らん遊びは終わりにして、さっさと要件を言え」

「かかっ。この儂は何から何まで計算づくじゃ」

 

そう言って得意げに笑う忍の姿を目の当たりにしたわたしは、プライドが高すぎるのも考えものだな――と、心の中で嘆息した。

だが嘆いてばかりもいられない。今の我々はまさに『一触即発』……いつ互いに殺し合いを始めてもおかしくないほどの、極めて殺伐とした雰囲気に包まれているのだから。

 

その証拠に。

目の前の忍は、不敵な笑みを浮かべながらも――相変わらず、刀の切っ先をわたしの方に向け続けている。

 

「要件は一つ。ずばり、うぬがこんなところで何をしておったのか……聞かせてもらおうか」

「何か勘違いしているようだが――このディオは、神を名乗るあの小娘に『ちゃんと見ててね』と言われたから、そうしたまでに過ぎん。遠路はるばるやって来た観光客にこんな仕打ちとは、サービス精神も何もあったもんじゃあないな」

「ほざけ」

 

忍は吐き捨てるようにそう言うと、わたしの首筋に刀を突き付けてきた。

 

「ならばこれが古式ゆかしき日本流の『おもてなし』じゃ――儂は日本人ではないがな。よいか、質問を変えてやるから真面目に答えろ。うぬとあの蛇神娘はどういう関係なのじゃ? あんな小娘と親しくして、一体何を企んでおる? まさか誰かの差し金だとでもいうのか?」

「『質問は一人一つまで』だ。そんなに生き急いで何になるというのだ……このわたしと同じ、不死性を備えた吸血鬼の身でありながら」

「……ん? んん?」

 

と。

そこで忍は、意外にも首を傾げる仕草を見せた――てっきり、わたしの挑発に乗って襲いかかってくるものとばかり思っていたのだが。

 

「うぬよ、今……この儂と同じ『吸血鬼』だと言ったのか?」

「確かにそう言ったが……それがどうしたというのだ」

「ふむ。妙じゃな――いや、実はこうして直接うぬと顔を合わせてから、『怪異』にしてはやけに人間的な生体反応が大きすぎると思っとったが」

「このディオが……『人間』だと?」

 

思わぬ反応に困惑するわたしからの質問に、忍は答えない――代わりに。

地肌に触れるか触れないかという際どい位置で静止させていた刀を、ぴたりと首筋に当て……そのまま、勢いよく引き抜いたのだった。

 

「マヌケが……動揺を誘って不意打ちと来たか。無駄なことを」

 

無論、その程度の攻撃などこのディオからすれば避けることなど造作もない――が、わたしはあえてそれをせず、そのまま刃を受け入れることにした。

それは決して『油断』などではなく、圧倒的な『余裕』から来る判断だった。頸動脈を切断して死に至るのは、仮にわたしがただの『人間』だった場合の話……『吸血鬼』がたとえ首一つの状態でさえ動き回れる存在であることは、既に百年前のジョナサンとの戦いで証明済みだ。

 

「フハハ……どうした? そんな(なまく)らな刀で、このディオを倒せるとでも思っていたのか」

 

しばし無言を貫く忍に向かって、わたしは嘲笑を浴びせる――それも当然。

彼女の大太刀は、物を『斬る』という刀の存在意義を全くと言っていいほど発揮せず……切断どころか、首の皮一枚すら傷つけることができなかったのだから。

 

「は」

 

だが。

 

「は!」

 

金髪の小柄な吸血鬼は。

 

「は!「はは!「ははは!「はははは!「ははははは!「はははははは!「ははははははは!」

 

いきなり顔を上げたかと思うと、腹を抱えて笑い出した。

それはもう、心の底から愉快そうに。

心の底から不快そうに――哄笑する。

 

『笑う』ことは別に嫌いではないが、『笑われる』のはこのディオのプライドが許さない。

なおも笑い続ける忍に対して、わたしは不機嫌さを隠さず彼女に問いかけた。

 

「……何がおかしい」

「はは、ははは……いや、すまんの。まさか、これほどまでに優秀な道化がいたとはな。この世界もまだまだ捨てたもんじゃないわい」

「何がおかしいと聞いているのだ!! 忍ッ!」

「おかしいのはうぬの方じゃ、吸血鬼『もどき』」

「『もどき』……だと?」

 

そう言って、忍は憐れみにも似た視線を向けてくる。

ちょうど、『神』を自称する千石撫子に、このディオが向けていたような――憐憫の眼差しを。

 

「この妖刀『心渡(こころわたり)』には――『怪異殺し』という(あざな)があっての。文字通り『怪異のみを殺す』代物なのじゃが……その反応を見る限り、どうやらうぬには無用の長物だったようじゃな」

「何が……言いたい」

「うぬは怪異でもなければ、ましてや『吸血鬼』でもない――それでもなお吸血鬼を名乗るのだとすれば、うぬはただの中途半端な『もどき』ということじゃよ」

 

取るに足らん『偽物』じゃ。

とどめを刺すように、忍はそう言い放った。

 

「…………」

 

このディオは常々、自分の欠点は怒りっぽいところだと反省している。

『怒り』とはすなわち、冷静さを欠くということ。思い通りにならない状況に『動揺』し……『恐怖』しているということ。

絶対の『安心』を得るためには――フィジカルだけでなく、いかなる状況下でも冷静さを失わない強いメンタルが不可欠なのだ。

 

だが――この場合。

今自分の中に確かにある『怒り』の感情を押し殺し、冷静さを装うことは……むしろ、目の前の不届きな女の発言に『動揺』しているということを、如実に示しているようなものではないのか?

他でもないこのディオ自身が……自らの感情に『知らないふり』『聞こえないふり』をしてどうするというのだ。

 

ゆえに。

目には目を。

歯には歯を。

『プッツン』には――『プッツン』を返してやるとしよう。

 

「……フン! このディオに向かって、随分と生意気な口を叩くではないか……死に損ないの『老いぼれ』の分際で」

 

老いぼれ。

案の定、その単語を耳にした忍は、ぴくりと眉の端を吊り上げた。

 

「……ほう? この儂が『老いぼれ』じゃと?」

「外見をいくら取り繕ったところで、このディオの勘は誤魔化せんぞ。貴様のその攻撃的な物言い……まるで自らを吸血鬼界の重鎮か何かと勘違いしているようだがな」

「重鎮以外の何者でもないわい。この儂は五百年生きた、鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼じゃ」

「年齢は本当に五百歳に間違いないか?」

「話の分からん若造じゃのう。『五百年生きた』と言っておろうが」

「五百歳……五百歳か。さっきからくどいようだが本当に五百か? せめてもう百年は長く生きていれば、『先輩』として最低限の敬意くらいは払ってやったものを」

 

『敬意』という言葉に忍が僅かに反応したのを、このディオは見逃さなかった。

忍は一瞬、言葉を躊躇している様子だったが――やがて普段の強気を取り戻すと、相手を見下すような口調でこう言った。

 

「か……かかっ。この期に及んで、うぬはまだ儂のことを甘く見ておるようじゃな。正確には五九九年と四ヶ月生きておる――百の位で四捨五入すれば、千年以上生きた伝説の吸血鬼じゃ。『偽物』のうぬを服従させるくらい、赤子を殺すより楽な作業よ」

「ほう、つまりはこのディオより五百年も無駄に生き長らえているというわけか。ならば、『老いぼれ』にはさっさとご退場願おう……百年も鯖を読もうと躍起になるくらいなら、そちらの方が貴様とて幸せだろう」

 

ブチン。

『プッツン』どころか、脳血管が五、六本ほど束になって切れたような音が聞こえた気がした――どうやらわたしの挑発は、目の前にいる吸血鬼の逆鱗を想像以上に刺激してしまったらしい。

忍は肩を震わせ、ピクピクと眉をひくつかせながら、地の底から湧き上がるようなドスの利いた声でわたしに語りかけてきた。

 

「……な、なかなか言いよるわ。所詮は百年かそこらしか生きておらん、吸血鬼の紛い物の分際で……どうやら、一度痛い目に遭わないと分からんようじゃの」

「よかろう。どちらが真の『吸血鬼』か――このディオが直々に証明してやろうではないか」

「それは手間が省けて助かるのう。うぬがただの『もどき』に過ぎんということを、うぬ自ら示してくれるというのじゃから」

 

またも挑発的な発言をした忍は、不意に天に向かって大口を開けると――手にしていた『心渡』を、そのまま一息で飲み込んだ。

吸血鬼ならではのサプライズ演出……ではもちろんないのだろう。

 

「……いきなり何のつもりだ」

「何って、ただの『納刀』じゃよ。怪異でも何でもないうぬを相手に、こんなものは何の役にも立たん――頼るべきは肉体言語じゃ」

「フン。その老いぼれ特有の『油断』が命取りよ……斧も持たずに、どうやって素手で『大木』を切り倒すというのだ」

「なに? 『うどの大木』じゃとォ? かかかっ」

「フ――フハハハハハ」

「かかかかかかかかかか」

「フハハハハハハハハハーッ」

 

真昼の神社の一室で、トチ狂ったように高笑いを続ける吸血鬼が二人……傍から見れば、それはさぞ奇妙な光景に映ったことだろう。

わたしが笑えば忍も笑い。

忍が笑えばわたしも笑い。

そして――狂喜のハーモニーに終止符を打ったのも、我々の口から放たれた全く同じ言葉だった。

 

「――ブッ殺()()ッ!」

 

そう叫んだとき――既にこのディオの行動は終わっていたからだ。

 

 

091

勢いづいて書きなぐった昨日の自分の嘘にどう言い訳をしたものか、しばし悩んでいたのだが――そんなことを考える時間こそ『無駄』でしかないと思い直した結果、やはり事実をありのままに記述することにした。

千石撫子を巡る例の一件について語るとき、どうもこのディオは『小説家』よろしく、大言壮語や美辞麗句を並べ立ててしまう傾向にあるようだ……一体どうしたというのだ、わたしは。口では『備忘録』などと謳っておきながら、まさかどこかにいる誰かに、このわたしが体験した『物語』について語りたいという隠れた欲望が潜んでいるのか?

仮にそうだとすれば――このディオは、はたして誰のためにこんなものを書いているのだろうか?

 

いや、この際余計なことを考えるのはよそう――閑話休題。

 

わたしと忍が同時に叫んだ『ブッ殺した』という言葉……結論から言えば、それはただの虚言に過ぎなかった。

少なくともこの時点において、わたしはあの驕り高ぶった吸血鬼を亡き者にするつもりは無かったのである――とはいえもちろん、老い先短い高齢者の寿命をさらに縮めることに抵抗を覚えたわけではない。おそらく忍も同様だろうが、もっと打算的な理由からだ。

 

このディオは、忍や暦の『太陽克服』の秘密を聞き出すために。

そして忍は、わたしの素性や千石撫子との関係性を問いただすために。

 

したがって。

これまで、自らの運命に立ちはだかる障害を『後遺症が残らない程度に殺してきた』このわたしは――『殺さない程度に後遺症を残す』という、いささか面倒な調整を強いられることとなった。

まったく、世話が焼ける老人もいたものだ……などと。

 

そう言えれば、どれだけ良かったことか。

 

「無駄じゃ無駄じゃ無駄じゃ! うぬの攻撃程度、当たったそばから回復していくわ!」

 

不遜にも、このディオの代名詞である『無駄』を当の本人に浴びせた挙句……わたしが繰り出す攻撃の全てを、忍はその身一つで受け切ったのだった。

いや、『受け切る』という表現は適切ではないかもしれない。確かに彼女は、このディオの不断の攻撃に対しても涼しい顔をしていたが――その全てを回避しきれていたわけではなく、むしろ防御力としてはあまり高いとは言えなかった。

にもかかわらず、忍はわたしの攻撃に対して一歩も引かず……それどころか、身に受けたダメージを瞬く間に回復させていったのである。

 

「フン! 回復力だけは一人前ということか……ならばこれならどうだッ!」

 

そう叫んだわたしは、さらにギアを上げていく。

吸血鬼としての身体能力をフルに発揮し――忍に肉薄する。

 

拳を握り込み。

蹴りを放ち。

手刀を打ち。

肘打ちを食らわせ。

体当たりを仕掛け。

 

「ははははは!「はは!「あはははは!」

 

そんなわたしの猛攻を、忍は狂ったように笑いながら難なく受け流す。

攻撃を受けながらも――あっという間にそのダメージを流し、身体を再生させる。

まるで底の抜けた鍋に、絶えず水を入れ続けているような気分だった――いくら全身全霊で拳を叩きつけても、わたしの攻撃は全て『無駄』に終わってしまうのだ。

 

だが、どんなに治癒能力に長けていたとしても。

攻撃手段である手足そのものを切断されてしまえば、しばらく身動きは取れないはずだ。

 

「ノロいノロい……隙だらけだぞッ! もらったッ!」

 

そう叫んだわたしは、忍の左腕を根元からぶった切り――返す手刀でもう片方の腕をも切断した。

む、と忍がほんのわずかに顔を歪めるのを、わたしは見逃さなかった。

 

ここまで来れば、残すはあと二本のみ。

わたしは忍の足下に視線を移すと、再び右手を大きく振りかぶり――

 

「……『隙だらけ』はうぬの方じゃ、未熟者」

「――ッ!?」

 

わたしが視線を逸らしたのを好機と捉えてか、忍は強烈なジャブを仕掛けてきた。

辛うじてかわすことができたものの、連撃のもくろみは崩れてしまい――『強烈なジャブ』?

 

「馬鹿なッ! 片腕が……いや、もう()()()()回復しているだと……!?」

「かかっ。言ったはずじゃ、『当たったそばから回復していく』とな――たかが腕の一本や二本、数秒も経てば完全に元通りじゃわい」

「貴様……」

「どうした? 動揺しておるぞ、青二才め……『動揺する』、それは『恐怖』しているということではないのかの?」

「減らず口をッ……!」

「攻守交代じゃ」

 

そう言って、忍はこちらの懐に飛び込んでくると――有無を言わせぬ飽和攻撃を浴びせてきた。

 

「くっ……これはッ……」

 

忍の物量作戦に対して、わたしは両腕でガードしながら後退するが……なぜだか反応速度が遅れ、身体が思うように動かない。せいぜい攻撃を堪え凌ぐのが精一杯で、反撃に移れる余裕は無かった。

どうやらこのわずかな戦闘の間に、わたしの身体はスタミナ切れを起こしてしまったようだった――普段であれば、せめてもう少し持久力があっても良いはずなのだが。

 

そう、『普段であれば』。

忍を打倒せんと躍起になるあまり、つい失念してしまっていたが……このときのわたしは、千石撫子が使役する蛇共の毒が全身を巡っている真っ最中だったのだ。

いつもの全力が出せないのも無理からぬ話である――『療養中』の身でありながら無理をしたツケが回ってきたというわけだ。

 

「かかっ、辛気臭い顔をしおって。先ほどの威勢の良さはどうした――守りだけで試合はできんのじゃぞ、若造ッ!」

 

だが当然、そんなわたしの事情を忍が知る由もない――きっと知っていたところで、状況は何一つ変わらなかっただろうが。

防戦一方となったわたしを前に、忍はここぞとばかりに攻勢を強めていく。ついには彼女の拳や蹴りが、こちらのガードをすり抜けて全身を直撃し始めた。

 

何より不運だったのは、あの蛇毒が吸血鬼特有の回復力にまで作用するものだったということだ――いつもならものの数秒で跡形もなく消えるはずの傷も、今日に至ってはなかなか癒えない。しかもよりにもよって、相手は吸血鬼の中でもひと際優れた回復力を有する女なのだ。

吸血鬼としてのアドバンテージを全く生かすことのできない今のわたしにとって、この耐久戦は相当不利なものだった。

 

「戦いの最中に考え事とは……現実逃避も甚だしいのう! あの蛇神娘と良い勝負じゃ!」

「貴様……このディオをコケにしおって……!」

「無駄口を叩いている暇があるなら、せめて防御に専念したらどうじゃ? 惨めな姿になりたくなければのう!」

 

忍の攻撃が、さらに激しさを増す。

わたしはそれに押されるように後退していき……ついには壁際まで追い詰められてしまった。

そんなわたしを嘲るように見つめながら、忍はニヤリと唇の端を吊り上げ、叫んだ。

 

「吸血鬼パンチ!」

 

なんだその何の捻りもない技名は――などとツッコむ暇さえ与えられなかった。

とどめとばかりに繰り出された忍のアッパーカットが顎にヒットする。衝撃をもろに受けたわたしは、そのままずるずると崩れ落ちるように……地面に膝をついた。

ついさっき、「惨めな姿になりたくなければ」と忍は口にしたが――この状況を既に『惨め』と言わずして、一体何だというのか。

 

もはやわたしに反撃の意志がないと判断したのか、忍はさらに追撃してこようとはしなかった。握った拳を下ろし、静かな口調でわたしに語りかけてくる。

 

「――勝負あったな。偽物の分際で、この儂に挑もうなどと思い上がるからじゃ……身の程を弁えないからこうなる」

「…………」

「さて――軽い運動も終えたところで、いい加減うぬがここへ来た本当の目的を話してもらおうかのう。まさか物見遊山というわけでもあるまい」

「…………」

「――都合が悪くなると下を向いてだんまり、か。つくづく、あの蛇神娘と似た者同士じゃのう。うぬがその気なら、儂も手加減はせん。文字通り『口を割らせて』『吐かせる』までじゃが……本当にそれで良いのか?」

「…………」

 

忍の質問に、頑としてわたしは答えなかった……というより、答える必要もない。

目の前の吸血鬼は疑心暗鬼に駆られているようだったが。

何しろ『ここへ来た本当の目的』を知りたいのは、むしろこのディオの方なのだ――そしてそれが信用されない以上、沈黙を貫くより方法はない。

 

ゆえに。

わたしは視線を下に向け、うなだれているふりをしながら――今後の作戦を練ることにした。

 

目下最優先すべきは、目の前にいる吸血鬼の『弱点』を突き、回復させる隙も与えず一気に打ち倒すこと。

だがここまで距離を詰められては、隙を作るどころか、逆にこちらが致命傷を負わされかねない――少なくともこの狭い部屋の中だけで戦っているようでは、現状は打開し得ないだろう。

とはいえ当然、ただ無策のうちに部屋を飛び出すわけにもいかない……吸血鬼同士の『真昼の決闘』において、そんな判断はまさしく自殺行為だ。

 

そしてこれまでの観察と実践から、忍の『弱点』を突くための有効な攻撃手段として考えられるものが、一つだけあったが……それを実行するには、このディオが一度『プライド』を捨て去らねばならない。

『孤高にして至高にして最高の吸血鬼』としてのプライドを捨て、『連携プレー』で事に臨む――それはできれば避けたい事態だった。

 

「だが……背に腹は代えられない、か」

「……? いきなり何の話じゃ」

 

再び投げかけられた質問にやはりわたしは答えず、ゆっくりと顔を上げて忍に視線を向けた。

訝しげな表情でこちらを見つめている彼女に向かって――静かに宣言する。

 

「……いいだろう、忍。貴様をこのディオと同じ高みに立つ『吸血鬼』と認めてやる――そう決めた以上は、もう妙な手心は加えん。吸血鬼としての能力を存分に発揮して、今! 貴様を惨殺処刑してくれよう」

「……!」

 

わたしの目にまだ闘志が宿っていることに気付き、忍は警戒して身構えた。

このディオが少しでも不審な行動を取れば即座に反応して攻撃に転じられるよう、まじまじとこちらの様子を窺っている。

 

『まじまじと』――それは非常に都合が良かった。

こちらとしても、『標的』が一点に集中してくれる方が狙いを定めやすいからだ。

 

「かかったな、忍。存分にくらうがいい――『空裂眼刺驚』(スペースリパー・スティンギーアイズ)ッ!」

「くっ……!?」

 

実に百年ぶりに繰り出された、吸血鬼ならではの技――わたしの両目から高速で発射された体液に眉間を貫かれ、忍は小さくうめいた。

 

だが、これは決して『必殺技』などではない。

あくまで、忍の隙を作るための単なる『手段』――そして。

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄……」

 

間髪入れずわたしは、忍に向かってラッシュを畳みかけた。

無論、ただのラッシュではない――生身の吸血鬼のスピードとパワーを活かした高速攻撃である。

まずはこの場を乗り切るため、全身に受けたダメージを振り切ってでも、忍に反撃の隙を与えないことが肝要だった。

 

「下らん小細工を弄しおって……この、吸血鬼気取りがッ……!」

「――無駄ァーッ!」

 

苦々しげに唇を嚙む忍をよそに、わたしは渾身の一撃を放つ。

衝撃を逃がしきれなかった忍は、そのまま後方へと吹っ飛ばされ――部屋の扉までも突き破り、境内のはるか向こうへと転がっていった。

 

「ひとまず……ハァ……ハァ……ひとまず『一勝』だな」

 

忍を部屋の外へと追い出したわたしは、肩で息をしながら壁にもたれかかった。

ごっそり削られた体力を少しでも回復させるためだ――忍が体勢を立て直すまで、あとどのくらい猶予は残されているだろうか?

 

だが、幸いなことに。

わたしの見通しが正しければ――『全勝』の鍵を握るあの蛇の少女は、間もなくこの部屋に姿を現すはずだった。




今回はまるまる忍ちゃん回でしたね。
それにしても、やっぱり戦闘シーンの描写は難しい……私は平和ボケしているので、ストーリーを書いているときもつい『思想バトル』だけで終わらせようとする癖があります。
想いだけでも力だけでも駄目なのです。二つを両立させた西尾先生や荒木先生の才能に、ただただ頭が下がる思いですね。
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