そして今回は平和な話になるらしい
思想の押し付けを喰らえッ!!!
特濃オレンジスカッシュ飲みたい
視線が嫌に突き刺さる電車内。
複数の視線の先に、俺とシドがいる。
耳を澄まさずとも、ざわめきが耳に入ってくる。
『ほら、アイツが……』
『走りながらウンコ垂れ流した……』
『えー……』
『路上で見せつけたって聞いたぜ』
これはいい。
モブ友2人に対して馬鹿みたいな理由を用意したシドに非がある。
これはいいんだが……
『あ、あの男……』
『ミツゴシの店員さんに手を出した……』
『女誑しめ……顔も怖いし』
『こういう奴は大抵女に手上げてるわよ』
俺が謂れのない事を言われる筋合いはないはずだ。
恐らく、いや確実にあの2人が出任せをばらまいている。現段階で目が泳いでいる。
許さんぞジャガ。許さんぞヒョロ。
そんな恨みを込めてキッと睨めば、どうやらシドも同じく睨んでいたようで、目の泳ぎは加速する。
「き、昨日は災難だったな」
「た、大変でしたねー」
「今日のほうがよっぽど試練の日になりそうだけど」
「許さん」
俺たちの言葉に引きつった笑顔になる悪い奴ら。
俺が大きなため息を吐いたのに合わせてか、シドが俺の方に手を置いて口を開く。
「これが注目される苦痛なんだね、クロノ」
「死ね」
「僕も被害者なのに……?」
乗せられた手を最低限の動きで払い除け、息を吐くように本音が出る。
気が立っている俺に触れないほうがいい。
意識してないとちょっと強い言葉が無作為に出る。
「と、ところで!昨日のチョコは持ってきたか?」
「勿論持ってきてますよ!」
「僕も一応持ってきたよ」
「ん」
4人それぞれが昨日手にしたチョコを取り出す。
2人は既に渡す相手は決めてるだろうし、シドに関しては適当に渡すことだろう。
となると俺はどうするか……まぁアレクシアでいいか。昨日の詫びってことで。
「うっし!そんじゃ昼休みにプレゼント大作戦だ!」
「楽しみですねー!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
第一走者、ヒョロ・ガリ
俺が手本を見せてやる、なんて意気揚々と先陣切って向かった先は二年生の教室、その廊下。
俺等3人は廊下の角から立ち姿だけは逞しい背中を見届けている。
「あ、あああにょ、これ」
逞しさはどこえやら、お目当ての女子と対峙したヒョロはひょろひょろの滑舌でチョコを渡した。
しかし相手の顔はあり得ないほど引きずっている。ドン引きの域を超えている。
威勢と勢いは良かった。
しかしそれ以外が悪かった。
特に、狙った相手が。
「おい。俺の婚約者に何かようか?」
ヒョロの背後から近寄っていた、筋骨隆々のガタイ上級生に肩をガシッと掴まれる。驚きで身体が跳ねたのがここからでも見えた。
「あ、いや、その」
「兄ちゃん、ちょっと向こうでお話しようか」
あんなのに素の力でヒョロが勝てるわけがなく、連れ去られていく。
途中命乞いのような台詞とともに、誰かに向けて助けを求める台詞が聞こえて来たような気がしたが……
「行きましょう」
「だね」
「哀れ」
その声に、気付かないことにした。
耳に入った絶叫も、たぶん気の所為だ。
第二走者、ジャガ・イモ
自分はヒョロ君と同じ轍は踏みません、と自信満々に言いながら分厚い本を片手に向かったのは学園の図書館。
ここは学術学園と共同らしく、中々に広い。
俺はこの学園に入って一ヶ月近くはここで歴史書を漁って読んでいたが、求めていた情報が載っているものはなかったから来るのをやめた。
それっぽい事が書かれてあるのもあったが、既にそれは調査済みの事象ばっかりだった。当然と言えば当然だが。
「相手のことは全て調査済みです。交友関係から好きな食べ物、登下校時間、歩幅歩数!さらには寮の部屋番号、いつも利用するトイレ、靴のサイズに匂い、スカート丈、下着の色やスリーサイズまで、全て!調査済みです!!」
久しぶりの到来という事もあり、その間に増えた歴史書を散策中の俺の耳に、ジャガのとんでもない犯罪自慢が入ってきたが、何とか脳を通過することなく抜けていった。
「このジャガ・イモの勝利をご照覧あれ!」
とんでもない内容の話を至近距離で聞かされていた流石に可哀想なシドの元から離れて、スキップで目的の女性の元へ向かった。
確かにヒョロと同じ轍は踏まなかった。
ただそれよりも大きい轍を作って行ってしまった。
「ヒャッホーーーイ!!マイ・フェア・レェディーーイッ!!」
「キャアアァァァァァ!!この人、ストーカーです!!」
結果、聞こえてきたのは女性の甲高い悲鳴と、それから情けない男の助けを乞う声。
そりゃそうなるだろって感じのオチ。
「で、そのチョコどうするつもりだ」
「最初にすれ違った相手にでも渡すよ。クロノはどうするの?例の王女様は謹慎中なんでしょ?」
「そうなんだよな……どうするか」
そう、アレクシアは病療+謹慎のダブルコンボで当分は休む事になってしまっているのだ。
傷に関してはあの時『キングストーンフラッシュ』で軽く回復はさせたからあと1日位で人間なら完全復活は出来るだろうが、謹慎ってのがよくわからん。
まさかあの薬の所持がバレたのだろうか……そういやあの時回収してなかったな……なんか、悪いことしたな。
まぁ終わったこと悔やんでも仕方ない。
渡す相手の候補がいない以上、自分で食うのもありか。
もしくは『シャドウガーデン』の誰かに渡すか……デルタとかゼータとかを筆頭とした獣人たちはチョコ食って平気なのか???
「まぁいいか。適当に見つけて適当に渡すさ」
「そっか」
適当な会話のラリーをしつつ、まだ見たことがない本を読むべく席に着く。
それに着いてくる流れで、チョコ入りの袋をプラプラさせていたシドが、俺の隣に座っていた生徒の机にチョコを置く。
「はい、チョコあげる」
「え?」
第三走者、シド・カゲノー
あまりにも唐突にチョコを渡していった。
俺以上に本を積んでいた、チョコを渡された桃色髪の女生徒は困惑顔。
自分が何をされたのか、理解しきれていない様子だ。
「そんじゃ先行ってるね」
「おう」
「え?え?」
チョコを渡すというノルマを達成したからか、シドは早足で図書館から立ち去った。
隣から戸惑いの声が止まないが、知ったこっちゃない。
周りの音は気にせずに、俺は本を開いて歴史を辿ることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
結局チョコは渡せず仕舞いの日が続いて、本日に至る。
ここ最近はヒョロもジャガも、アレクシアも居ない比較的静かな日常を過ごしていた。
残念ながらシドは居たが、アイツは学園内じゃモブに徹してる。普段と比べれば1,000,000倍マシだ。
嗚呼、愛おしき平穏の日々よ。
どうせ長くは続かない平凡な日々よ。
誰にでも同じ時間で流れてく平満な日々よ。
「ねぇ君、少し話せる?」
夕焼け空を見ながらちょっとセンチな気分になっていた俺に、知ってる声が話しかける。
振り向けば、ダークブラウンの髪はお団子状に、同色の瞳は眼鏡越し。
メガネ、化粧、髪型だけでここまで印象の違う美人になれるとは……人間って凄い。
「ニューか」
周りの生徒達に聞こえぬように小声で言うと、ニューは小さく頷く。
その声量のまま、会話を行う。
「学園に通う……というわけではないか」
「はい、この制服は借り物です。着ていれば目立たちませんから」
「なるほどな」
木を隠すなら森の中、とはよく言えたもので。
この学園で全生徒の顔を覚えている生徒がいるはずもなく、現にこうして会話している俺達を不審がる人間は居ない。
「立ち話もアレだ。適当に座れる場所に行こう」
「でしたらあちらのベンチへ」
ニューが手のひらで指し示したのは学園内の庭園を一望できるベンチ。
丁度良く人気もなかった為、2人並んで腰を下ろす。
眩しい夕日が俺達を橙色に染める。
長い夕影が背後に伸びる。
中々にロマンチックだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
学園内のベンチに座して、茜色に染まる陽の眩しさに目を細め、ニューは過去を思い返した。
ニュー、元の名をニコレッタ・マルケス。
何もなく、歪みのない人生を送っていれば、今頃彼女は目下に広がる学園の2年生として通っていたはずだった。
人並みに青春を謳歌していたはずだった。
侯爵家の令嬢として煌びやかな日々を送れていたはずだった。
『悪魔憑き』として醜く腐り落ち、捨てられるその日まで。
優しかった家族は彼女を人として見ることがなくなった。
侯爵家の歴史から抹消され、最初から居なかったモノになっていた。
親しくしていた友人達はもう彼女の事を覚えていないだろうか。
仮に覚えていたとしても、記憶と共に持ち合わせているのは軽蔑だろう。『悪魔憑き』になる、とはそういうことだ。
開いた目の先には、庭園を歩む女学生達。
ブラックに会って情報を報告する。その為にこの学園に来る必要は毛頭ない。
ただ、希望が捨てきれなかった。
まだこの場所に、この平和な学園に、彼女の居場所が残っていると。
なんと馬鹿馬鹿しい夢だろうか。
ニューはくすっと微笑む。
表の世界に居場所はあらずとも、その陰には同じ意思を持つ仲間達が多くいる。
その陰こそがニューの居場所なのだ。
何より今の彼女には、崇敬し続けた英雄が隣にいる。
人間は弱い。だから自分よりも強く、その強さで守ってくれる存在に、英雄に縋りたくなる。
『シャドウガーデン』の構成員、その大半における英雄がシャドウだと言うのならば、彼女にとっての英雄はブラックだけだ。
偶像崇拝に過ぎない神よりも、届くことない位置で照らすだけの太陽よりもずっと、ずっと良かった。
だってこの目に映って動いて、この手で触れて温かさを感じれるのだから。
「どうかしたか、ニュー」
「いえ。ただ、髪に埃がついていましたので」
「ん、悪いな」
ただ、その強い想いをこの男は知らない。
ニューが伸ばした手を受け入れ、髪に付いた糸くずを取ってもらう。
「この事はどうか、ガンマ様にはナイショにしてください。日中の学園に潜入……さらにはこうしてブラック様と会っていたなんて知られたらすごく怒られてしまいます」
「安心しろ。バラしたとて俺に得はない」
「得はない」と言ったこの男、ナンバーズと学生服で仲良く2人ベンチに座って話していたという事実が『七影』に伝われば、ニューよりも酷い目に遭うことは目に見えている。
得はないどころか損しかないのだ。
男の顔は、何処か達観していた。
「それにしても、メイクでそんなに印象が変わるものなんだな」
「顔の造りが薄いので印象を変えやすいんです。それに、昔から化粧が得意ですので」
「なるほど。ミツゴシの時やけに大人っぽく見えたのはそういう事か」
顎に手を当て、前見たニューの姿を思い出すクロノ。
大人っぽく見えた店員の時のニュー、大人しめの学生っぽさが顕著に出ている学生のニュー。
ふと、クロノは思う。そのどちらも、自分よりも年上の印象だったと。
「ふむ……ニュー、何歳だっけ?」
「女性に年齢を尋ねるのは失礼ですよ」
人差し指を唇の前に立て、艶やかに微笑んでニューは返した。
その笑顔にアルファやアレクシアのような邪悪さは無かった。
「……先日の黒ずくめの男について報告いたします」
「ああ、頼む」
和やかな雰囲気から一変、ここに来た目的を果たすべく真剣な声で報告を開始しようとするニュー。
それに合わせて、ブラックとして聴く姿勢をクロノはとった。
「黒ずくめの男を尋問いたしましたが、やはり強い洗脳によって精神が壊されていました。『ディアボロス教団』の尖兵、チルドレン3rdに共通する特徴です」
「捨て駒か」
ディアボロス・チルドレン。
僅かでも魔力適正がある孤児や貧民の子を、洗脳教育と薬物投与を繰り返して育成される兵士。
卒業者は全体の1割にも満たず、その中でも出来損ないがチルドレン3rdと呼ばれ、大抵は捨て駒にされる。
戦闘力はそこらの騎士を軽くあしらえる程はある上、精神はとうに崩壊しているため情報漏洩の心配もない。
用は使い勝手のいい、強い使い捨て兵士である。
2ndになれば精神が安定するように、1stまでいくと世界有数の実力を持つとされる。
「一連の事件の裏に教団の影があるのは明らかです。恐らく、目的は我等を誘い出すことかと」
「……それだけじゃないな」
「はい。まだ調査中ですが、先日、王都でネームドのチルドレン1stが確認されました。『叛逆遊戯』のレックスです」
ネームド・チルドレン。
チルドレンの中でも特に組織に貢献した者に与えられる名前。
その殆どがチルドレン1stだが、極稀に2ndでネームドになった者もいる。
また、ネームドから『ナイツ・オブ・ラウンズ』にまで上り詰めた者がおり、ネームドはラウンズへの登竜門と組織のなかで言われている。
そこまでの情報をニューが知っているのは、ナンバーズに元チルドレン1stが居るからだが、そこまでクロノは知らない。なんならナンバーズの大半を知らない。
「教団は何かを企んでいます。どうかお気を付けて」
「ニューも気を付けろよ。人間の寿命は短いんだ。やれること最大限やって、天寿を全うしてくれ」
「ブラック様……恐縮至極に存じます」
「そんなに?」
長生きをしろと、無理をして命を落とすなと、クロノは多少の気遣いから言葉をかける。
その寛大さに感銘を受け、ニューの声は震えていた。クロノの戸惑いが耳に入らない程には感銘を受けていた。
「そうだニュー。これやるよ」
何かを思い出したかのようにクロノは鞄を漁り、チョコ入りの箱を取り出した。購入から数日経ったというのに、まだ溶けていないチョコをニューに手渡した。
「そ、そんな!受け取れません……私なんかが」
「いいんだ、受け取ってくれ。黒ずくめの件、わざわざ出向いて尋問してくれたんだ。俺からの心細やかな感謝の気持ち……ってことで」
仮に自分があの事件を単騎で処理できていたとしても、黒ずくめ連中が『ディアボロス教団』か否かの核心に迫ることは出来ていなかった。
そう考えたからこそ、クロノは感謝の意を込めてチョコを渡したのだ。
「そんじゃ、俺は帰る」
「ま、待ってください!」
ニューは知っていた。
『陰の叡智』バレンタインを。
時期は大きく外れるが、それでも異性が異性にチョコを手渡したのだ。
そしてその意味も、ニューは知っていた。
―――親愛の意が、今手元にあるチョコに込められていると。
太陽が地平線に落ちようとするさなか、クロノは大きく伸びをして立ち上がる。
そのまま去ろうとする彼の右手を掴み、歩みが止まる。
「……私、まだ未練があるんです」
捨てようにも捨てられない、学園生活への思い。青春。
親愛を示してくれた英雄に、未練がましくもニューは甘える選択をした。
「私のわがまま、聞いてくれます?」
何処かいじらしく、何処か幼気に、彼の前に手を差し伸べる。
手のひらを下に向けて、エスコートを誘うように。
「俺でよければ」
ニューの意図を汲み取ったのか、掬うように手を取る。
このまま腕を組む……ことはせず、優しく握った手はそのまま、クロノはその場で跪き、その甲にそっと口付けをする。
「ッ!?」
想定外の行動。
それはニューが今まで必死に取り繕っていたポーカーフェイスを、一瞬だが破壊した。
「それじゃ、行くか」
「……はい」
何事もなかったかのように立ち上がったクロノ。
それに合わせるように、少々ぎこちなく、されど違和感は感じさせないような動きで腕を絡める。
どこか赤くなっているように見えたニューの顔。
それが頬の紅潮か、残照で染まった赤なのか、クロノはわからなかった。
ただ男は、このロマンチックな雰囲気を意味もなく味わっていた。
組んだ腕から伝わる温かさ、逞しさを己の腕で目一杯ニューは感じていた。
あぁ、この姿が『シャドウガーデン』の皆にバレたらどうしよう、等という悩みはとうに頭になく、このまま私達の時が止まれば良いと、本気で願う。
赤さが隠せない頬も、今にも消え入りそうなおひさまが隠してくれていた。
ただ女は、このロマンチックな雰囲気を有意義に味わっていた。
夕暮れの空が二人を赤く染める。
二対の伸びた影が、まるで学内を舞踏のように揺れ動く。
何気ないただの学園内散歩。
それでも、二人寄り添って話して歩けば青春を味わえた。
かつて令嬢だった女と、かつて貴族だった男。
二人、或いは一人にとっては、かけがえのない時間を送った。
世にも珍しい2日連続投稿
これを2024は3日間はやれてたのおかしすぎる
ニューが好きですニューが
だから軽く脳焼くね…