転生者、異世界で弔い屋やってます。 作:よくメガネを無くす海月のーれん
とある老神官の遺言
かつ、かつかつ、かつかつかつ……
踏みしめる音は足早に。汗で口にはりついた髪を乱雑に振り払って。
父が死んだ……鉱山利権に関する小競り合いから発展した領主間の紛争で指揮を務めていたところを殺された。
何故、父が死んだ?……あんなにも領民に好かれ、領地をまとめ上げ、貴族としての誇りを体現したような父が?
父が弱かったからだ。……戦いの場ではどれだけ民に好かれようと意味がない。
本当に父は弱かったのか?……貴族として十二分な実力と兵を指揮する才は類稀なものだった。敗残兵になるならば死を選ぶ貴族としての意識と運に関してはどうしようもないが、少なくとも多少の運ならばねじ伏せられる実力はあったはずだ。
逸る気持ちが足を次第に次第に早めていく。息はすぐに乱れてまた口元に髪が付くのも厭わず前に。
父が一体何をした。一体何をしたというんだ。なぜこんな目に。なぜ父が…
現実を受け止めることができずに、まるで癇癪を起こしたように…いやこんなのまるきり癇癪だ。でも止めることなんて到底出来なかった。
後ろから衛兵長が駆けてくるが気にしない。止めれられるものか。私は、私には…やらなければいけないことがある。
一息に吐き出された空気と共に一つの疑問が湧いた。どうして、私がこんな目に遭わなければいけないのか。
そう考えてしまってからはたと気づいて…もう遅かった。あぁ、もうそれしか考えられない。
グルグルと責め立てるような思考が頭をめぐって、淀んで固まり、冷静な判断というものをいともたやすく曇らせる。
長く感じた廊下を抜け、一つの扉の前に立った。荒ぐ呼吸を無理やり抑えつけて扉を力の限り開け放った。
最初に一目ついたのは、くたびれた男。年齢は20~30、30近くか。目は鋭いものの、へらへらとした表情がそれを打ち消されている。如何にも冒険者らしい見た目だ。
両脇に座るは、女と男。前者は異様に白い肌、赤い目からヴァンパイアであろう。後者は全身を軽鎧で覆っているため顔を確認することは出来ない。
ただそこに居て私を待つその姿さえ、言い知れぬ怒りを感じるのはただの八つ当たりで、それを自覚しても抑えることができなくて、口から出た言葉は刺々しさに満ちたもの。
三人で談笑していたのであろう状態で、私が来訪したことに茫然とした顔を向ける。
「貴公等が依頼を受けた弔い屋で相違ないか?私はスターリア・リエンジェンス。仇討を申し出た者だ。父を殺した者を殺すため、貴公等に拒否権はない」
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「私は父を殺した者に復讐がしたい。済まないが断る余地は与えん」
憎悪が籠もった瞳、まるで前が見えちゃいない目だ。親しい人を亡くした人間にありがちな無鉄砲さ、自分がいかにやばい事を言っているのかわかってない声色。復讐者の姿。
「…とりあえず、詳しく話を聞きましょう。ご令嬢様」
「…わかった」
そう言って向かいの机に手を向ければ、多少我に返ったようで対面に座る。あとからラングルがやってくるが、俺達の状態を見てお嬢様の後ろで直立不動になりながら此方に同情の目線を向けられる。アンタも大変だねぇ。
「改めてだが…父の、フェルスバー・リエンジェンスの仇討に同行してもらう。貴公等に拒否権はない。逆らえば貴族法第21条 2『貴族に定められた責務と裁量権』の違憲行為に該当し処罰される」
おっと、いきなりの権利の振りかざしだ。こんな直接来るとはね…。
「あー…貴族法第21条は所在地が安定しない旅人又は冒険者といった者には適用されない…のが慣例では?」
初手からいきなり貴族パワーぶつけてきやがったもんだからしり込みしちまう。これが貴族の普通だから覚えておいてくれ。
こうしたことが起こるから、ある程度のランクの殺し屋は法律系統も学ぶハメになるんだよな…。学ぶことが多過ぎんだよ貴族学は…
だがしかし、俺の生半可な知識から繰り出された口答えはそれを上回る知識に圧殺される。
「ふん…貴族法第21条第二項、貴族に付与される裁量権に関して『第一項で示された要件を充足する限り、貴族は以下の裁量権を国に属する民に行使することができる…』というものだな。民が国に属するかの判断は『旅人の滞在における法律の免罪適用とそれに関わる従属義務について』と『冒険者法における依頼契約の義務に関係する貴族の保証』といった判例が存在し、旅人の所在地の決定は優先される契約事項がない場合、慣例として滞在した場所に帰属する。他国を含めた貴族の依頼は、依頼を請け負った担当者の身分や滞在許可を含めた人権保証を依頼者たる貴族が担保することが義務付けられており、そのため、貴族法第21条第二項の裁量権の範囲であると考えられる……言ったはずだ。拒否権はないと」
おーけーふぁっきゅー貴族がよぉ…。一の反論に十の意見突き付けやがって…これじゃあ引き攣った笑顔を浮かべるしかないじゃねぇか。
生憎、俺は法律の知識ならある程度入ってるが、判例までは勉強外だ。もっとやっとけって?そんなんやってたら俺ァ法官にでもなってるだろうよ。前世の司法試験並みだぞ?なんせこの世界の法律は多種族に配慮するために一から百まで仔細に記されてるモンでね。
「確かに貴公の言い分は理解できる。依頼の要件に含まれない追加要件だ。そうした場合は冒険者法において、依頼で発生した費用の全額負担といった補償や支援を要求することが認められている。重々承知の上での追加依頼だ。受けないとは言わせんぞ」
金も出すなんて言われちまったら引くに引けねぇ…と思われそうだがそういう風に出るならこっちだってこっちのやりようがある。
「貴女の言い分はわかった。が…正直なところ、仇討と葬送に関しては別々にしたいというのがこちらとしての要望だな。貴女は死者を冒涜したいのか?死者の弔いの…邪魔をしたいのか?」
死者への冒涜。それはこの世界の人間にとって、復讐に染まった人間でさえ思いとどまらせる効力がある。それほどまでに重く、罪深い。ましてや仇討ちは死人を増やす行為だ。よく言うだろ?復讐が復讐を生む。正しくそれだ。
「……あぁ、そうだな。確かに私がやろうとしていることは死者の弔いの邪魔をし、死者を増やそうという行いだ。だが、それを理由に引くことはできない」
頑なだ。なんだって貴族のやつらはこう頭が固い連中しかいないんだろね。やりづらいったらありゃしねぇ。アンタのそれは、こっちにとっちゃ迷惑でリスクも高いって理解してくれ…
……つっても無理だろう。貴族で親族を他殺で失ったヤツなんてこうならない方がおかしい。周りなんて見えちゃいねぇ。復讐し終わったら後追いしそうなところも含めてな。復讐っつー前しか見えてねぇ。
未練、復讐、無念、それ以上に歪まない……誇り。どこまでいっても貴族はこういう生き物だ。たとえ、それが…年端のいかない少女であろうと。
「私が…私がしなければ誰がやるというんだ…!」
「私はまだ父になにもしてやれていない!まだ教わることだってあったのだ!!!民に好かれ!兵に慕われ!!憧れだった父を無残にも殺した狼藉者に復讐をしなければならない!私が父の仇を!そうでなくてはあまりにも父が無念だ!報われない!貴族の誇りを踏みにじられたようなものだぞ!なぜだ!?従え!…したがえぇ!」
「お嬢様!」
ラングルに羽交い絞めにされながらも決死に噛みつくご令嬢…。涙目で必死に強がって…子供がしちゃいけない憎しみを堪えて…なんだってお前らはそう…!
俺はガキにこんな顔させる貴族なんか大っ嫌いなんだよ…!
「アンタの気持ちは十二分にわかる!復讐したいって気持ちもだ!だが、それでアンタの父親を蔑ろにしちゃあダメだろうがよっ!これはアンタの父の弔いで!アンタの仇討じゃあないんだ!言っちまえば優先度が違う!弔いが先だろうがよ…!父親を放っておいて復讐を優先するのはあまりにも父親が可哀そうだろうが…」
「祈ってやれよ…父親の安寧を。そのために俺達は来たんじゃないのかよ…」
大きく見開かれた目が涙を堪えた。流しちゃいけないと必死に堪えて
「私は…私が…!父は…死ぬべきじゃなかった!本来なら私が矢面に立つべきだったんだ!それなのに、私の代わりに父が立って!指揮して…!死んだ!!!父が…生きていればよかったんだ!!!」
「私が死んでおけばよかったんだ!!」
「スターリアさま!!!」
我慢ならなかった。それを言っちまったら、なんでアンタの父親は戦場に立ったんだよっつー話だ。俺はたまらず立ち上がって叫ぶ。叫ぶしかなかった。不敬なんざクソ喰らえ。逆鱗に触れたなら俺は我慢しねぇ。それは言っちゃあいけないことだ。
「代わりに死んでいいヤツなんているわけねぇだろうがよ!!!!」
「…っ!」
ビクリと身体を震わせたお嬢様に吠える。
止められなかった。頭の片隅で、大人げないとか大人が何を言ってとか、冷めた前世の俺は言った、二度目を与えられた人間が言える事かよと。
それでも、言いたかった。言わなかったら、後悔すると思ったから。
「娘に代わりに死んでほしいなんて思うやつは父親じゃないだろうが!そんなことを想う父親じゃないはずだろうがよ…!慕われて…!好かれてたんだろ…!誇らしい父親だったんだろ!!!泥塗るんじゃねぇよ!!娘に死んでほしいって願う父親にするんじゃねぇよ!」
「アンタを守るために父親は戦場に立ったはずだろ!アンタだけじゃない!民や兵を守るために…!命を懸けたんだろ!!!」
「それなのにアンタがそれを言っちゃあおしまいだろうがよ!!!」
「アンタに出来ることは弔いだ!祈りだ!復讐は後にしろ!!!アンタの自殺に付き合う筋はない!」
「祈ってやれよ…!それがアンタにできる最善だろうが…!」
お貴族様になんて口聞くんだなんてそんなんどうだっていい。譲れないものだからだ。それを生きてる人間が言うのは死者の冒涜って奴だろうがよ…!
髪を振り回し、必死の形相でお嬢様は噛みつく。哀れで、見てるだけで涙が溢れそうで、死に狂わされた少女の姿がただただ痛々しかった。折れることを揺らされなかった貴族の娘が、無理やりに立たされていた。
「お前に、お前に何が分かるというんだっ!教養も矜持も理解できない平民が…!」
「お前に父の何が分かるというのだ!」
「私の父は長らく国の安寧のために命を捧げ続けたリエンジェンス家の当主で、忌み血を雪いだ一族の長なんだ!!死んでたまるのものか!!死なせてたまるものか!!!父さえ生きていればそれ以外はすべてどうとでもなったはずだ!!!!」
「アンタの父に付き従って死んだ兵達もかよ!?死なせるために戦場に送った家族もか!??死を軽く見るんじゃねぇ!!」
「ならば生を軽んじろとでもいうのか!?生きてほしいと願うことは悪か!生きてほしいと口にすることさえ罪なのか!?私は生きててほしかった!生きてほしかった…!また頭を撫でてほしかった!無骨で、不器用な手で、よくやったと褒めてほしかった…!父が居て、母がいる家に帰りたかった……!また父に…会いたい!会いたかったんだ……!私は父と兵を天秤にかけたなら、迷わず父を取る。それが…それが普通ではないのか!?」
「だから同じく死んでいった家族を持つ兵士達に、自分の父のために死ねというのかよ…!家族を捨てて死ねと…言えるのかよ…!」
「それが貴族というものだろうッ!」
「たとえどのような汚名を着せられようと、どれだけの被害を出そうと、私は私の父を殺した者を必ず殺す。父の誇りを守るために…!付き合ってもらうぞ……!」
少女が出していい声ではないドスの効いた言葉を最後に、ラングルに引きずられながら部屋を出て行こうとするお嬢様。その血走った目が物語るのはどこまでも復讐に狂った人間だった。梃子でも曲がらない殺害者の目だった。
二人が出て行った部屋に嫌な静寂が支配した。セルフィもレリエルもだんまり。俺もそうだ。
こういうのは珍しくない。大切な人を失った依頼者達は得てしてこうした復讐者になるか、世に絶望する人間になる。どちらも見てられない。悲しくて、苦しくて、痛くて痛くてしょうがないと喘ぐ姿だ。
…しょうがない、口を開く。どうせ、断る事なんてできやしないんだ。相手は貴族でこっちは平民。先も言われた通り、法律を押し付けられたら断れない。だったら
「……二人とも、やるぞ。とりあえずレリエルの追加人員、当てが外れたら意地でも探す。報酬の前借になるがシシュト爺さんの
「…わかった」
「承知した」
重苦しい雰囲気の中、ふと部屋の窓から覗いた外の景色は、生憎の曇天模様…それも遠くで雷の音がした。…荒れるだろうな。
酷く憂鬱な一日はまだ続く。
~~~~~~~~~~
鎧兜を脱いだ金髪の美男が目を細めて皮肉気にギザったらしい笑みを浮かべた。視線の先には泥と化した戦場。
「いやぁ、首尾は上々。これほど上手くいくとは…天命を感じてしまいますよ」
嬉しそうに言うが、裏に潜むは無味無臭な無関心。表面上取り繕っているだけのこと。貼り付けた笑みの薄っぺらさがそう語っている。
「…神への信仰など持たない背教者がよく言う」
思わず目を細め、眉を顰め、心底軽蔑した。神を捨てた人間がいまさら天命などと…片腹痛い。
「いやいや、わたしは別に信仰を忘れたわけじゃないんです。ただちょっと…
その言葉とは裏腹に、ある一方向を複雑な感情をこめて見つめている。貴族として生まれた私の直感が囁くのだ。それが安易に触れてはいけないものだと。心情的にも触れたくもないから視線を目線の先に移す。お前の葛藤など知ったことか。
その方向…貴族としての誇りを貶し、裏切りの末、領主の暗殺に成功したラルハルト。間者から得た情報と合わせてそこに居る一人の男にたどり着く。
二大勢力たる聖国に死人の王、帝国に墓守と呼ばれる男。死人を支配し、死を拒まれ、事実上の不死となった男。リエンジェンス家当主の回収を依頼された弔い屋。
その男は三人でパーティーを組んでいるらしい。…他二人はともかく男は殺せない。物理的にもだが、一度殺せば聖国と帝国が動くことになる。聖国は男を嫌っているらしいが、聖人を呼び出すことができる人材なぞ容易に殺せるはずもない。だが逆に帝国では歓迎されているらしいと話しに聞く。あちらは死んでも帝国の礎になろうとする聖国よりも狂信者…もとい信奉者が多いからな。死んでも帝国で働けるならば喜んで働く者も居ろう。
それにだ。あの男が死ぬことで起きた【デルヒアの塵害】、デルヒアの街を人から建物に至るまでを塵と化した
「どうやらお困りのご様子で」
「お前がご執心のやつがな。…厄介過ぎる。迂闊に手を出せん」
「そうでしょうともそうでしょうとも。
ゾッとするような声色で道化師のように宣う男にため息をつく。死人の怒りなど…とうに買っているだろうに。
「死後の安寧なぞ興味はない。今やるべきことをやるだけだろう…最も、貴君には関係ないだろうがな」
「えぇ、そうですともそうですとも。わたしと貴方はただ利害が一致したに過ぎない雇用者と被雇用者…それだけですから」
虫唾が走るような物言いだがぐっとこらえる。やるべきことは山ほどある。それに、まだ利用価値があるならば一時の感情でどうこうするべきではない。貴族としてのプライドにかけて、それは許されない。…誇りを貶した私にも、守らなければいけないものがある。
踵を返し天幕へと戻る。簡易机に広げられた地図に手を置いていくつか問うた。
「…戦地はどうだ?」
「変わらず。環境に干渉して泥沼を維持しております…火山地帯にしますか?」
「やめておけ。私の兵も燃える」
「そうですか…」
羽ペンを手に取り、此度の争いを仔細に書き連ねる。位置、被害状況、物資の記録、それらを精査し戦略を立てる。
「消耗は?」
「それは私兵とわたしの子飼いどちらで?」
「子飼いの方だ。私兵はあと2、3か月戦える余力は残してある。泥沼は何時まで維持できる?」
「さすが軍師様。普通の領主であれば此処で終わりですよ…あと1週間ほどならば。それから先は補給が必要でしょう」
「お前の世辞なぞいい。…1週間か、十二分だな。お前は男が出てきたら出るのだろう?それが契約だからな。いつになると考える」
「そうですねぇ、状況を加味すれば早くても今日か明日、遅くても明後日…でしょうか」
曖昧な言葉を吐く割にその目…。準備を加味して明日と考えた方が良いな。兵に準備させよう。
「フッ、勤勉な弔い屋だ。ならば私兵の警戒は緩めず待機させよう。男は…」
「わたしに任せる。そういう契約ですよ。手出しは無用、無用です」
「わかっている。私もあまり関わりたくないからな」
釘を刺すような発言だが元から手を出す気はない。死人の王、その名が本物であれば手なぞ出したくもない厄災。押し付けるに限る。
いくつか案をまとめ上げ、そして頭を悩ます議題を上げる。懸念すべきことは此方が大きい。
「アンデッドはどうするか…、下手に手出しは出来ん。リエンジェンス子爵…彼奴がアンデッドと化しているなら被害は確実に大きくなる」
「その点は
「…信じられるわけが」
「やりますよ。
目、目、気色悪い目がこちらを見つめている。絵具のほとんどをかき混ぜたような色の目だ。やはり好きになれん。まるで作り物のような目だ。だがしかし、瞬きもするし瞳は動く。見えているんだろう。生まれ持ったものか、それとも
「敵の動きを前提に動くことほど間抜けなことはないのだがな…。いいだろう。世に謳われる死人の王がその名に相応しい行動すると私は信じようではないか」
「えぇ、彼ならきっとそうします…そして…きひっ、えぇ楽しみ、楽しみですよ…。どうか貴方様に安らぎがあらんことを」
酷く楽し気に言う男はしかし、片膝をついて手を胸の前で組み、私が今まで見てきたどの信仰者よりも敬虔に祈っていた。不覚にも、その姿はまさしく信仰に篤い信者だと思ってしまった。
ひっさしぶりの投稿。
こっちのモチベが上がって、他をほっぽって書いてたぜ。作者の他作品もよろしくお願いします。