転生者、異世界で弔い屋やってます。 作:よくメガネを無くす海月のーれん
名を失った亡霊の言葉
降りしきる雨を嫌がるように道行く人は足早に歩を進めている。
踏みしめた道は湿り、やむなく水たまりに足を突っ込むと水気が靴に染み込んだ。気持ち悪いったらありゃしねぇ。跳ねた泥が着ていた外套の端を染めていく。うだる雨に空を見た。てんで止むようには見えない。湿気で張り付く髪が酷く不快だった。
ぬるっとした冷たさに背筋をこわばらせながら寒気に体を震わす。
「寒ぃ」
「この時期はな…ここらはよく冷える」
フードを目深に被ったセルフィの言葉。ヴァンパイアはあまり人前に肌を出さないようにする。それはヴァンパイアの不死性を隠すためで、いらぬ面倒事を起こさない為でもある。ヴァンパイアは特に見た目で割れやすい。ほぼ死人の真っ白な血色をしているからだ。ヴァンパイアの不死性ってモンは俺等短命種からすると喉から手が出るほど欲しいモンで、その妬み嫉みはいらぬ噂を生み出した。
ヴァンパイアに血を吸われた生き物はヴァンパイアになる。
半分合ってて、半分間違っている噂。そんなのが世に広く知られてしまった。ヴァンパイアは伴侶となる相手を眷属にすることがあって、それが曲解して伝わったのだ。
これは別にヴァンパイアに変えてるわけではなく、自分の血液の半分を伴侶に注いで、強制的に再生・延命させていると言った方が正しい。これとヴァンパイアの不死性、吸血という性質からヴァンパイアに血を吸われた生き物はヴァンパイアになれるという俗説を生み出してしまった。知り合いのヴァンパイアの言葉を借りるなら、「お前たちは豚に噛みつかれたら豚になるのか?…私が言いたいのはそういう事だ」とのこと。その通りなんだが、明け透けな言葉に苦笑したのを覚えている。そら、豚に噛まれても豚になるわけじゃねぇわ。
っと、もうすぐか。 まぁ大丈夫だろうが一応…
「セルフィ、着いたら床やら濡らさない様に乾水の魔法を頼む」
「わかっている。道は こちらで合っているのか?」
「合ってる…はずだ。この道の三つ目のT字を曲がったところ、シシュト爺さんの言っていた詰所があるらしい。今もやってるかわからんがね」
大丈夫そうだな。跳ねる水音が耳をくすぐるのを背景に答えながら歩を進め、一つの建物にたどり着いた。古びているが作り自体がしっかりしてるんだろう。そういう印象だ。備え付けのドアノッカーを3回たたく。アレだよアレ。日本でも昔の家にあった金属製の輪っかだ。よく動物の意匠をしてたりしたやつ。豪邸の扉とかになかったか?あぁいうやつだ。
奥から物音。ぎぃぃ、扉が軋んで開いていく。そこには一人のゴブリンが立っていた。酷く沈んだ顔。
玄関前、そっと濡れるのも構わず膝をつく。目線を合わせ、言葉を選ぶ。逡巡、一呼吸を置いてから用を告げた。迷いはとうに振り切っていた。
「ソド・センド・ラートさんでらっしゃいますか」
「えぇ、あぁ私ですが…」
戸惑ったような声色にチクりと針が刺さるが、それでも言わなければいけないことだ。
「弔い屋のイチイと言います。ソド・アシュア・シシュトさんより、息子さん、ソド・アシュア・シントの弔いに参りました。お話を伺えないでしょうか」
いつまでも忘れることはない。いつだって見て来た。それなのに慣れることはない顔がある。
俺達は世間様に死神と言われることが多い。それは訪ねてくるということが身内や血縁の誰かが死んだという事で、尋ねられた家に不幸があったということだから。酷く怯えられ、恐怖される。それでも、これが仕事だから。
「どうか、どうか我々に弔わせてはいただけませんでしょうか」
「あぁ……来て、しまい、ましたか…」
死を伝えるのが俺たちの仕事だから。
涙が、雨に混じった。
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「私は、シントの弟にあたります」
落ち着くまで待ち、セルフィの魔法で服を乾かしてから、室内に案内された俺達は静かに言葉を待っていた。部屋はとても静かで、机に出されたお茶だけが湯気をくゆらせている。寂しい臭いが鼻を撫でた。
「兄は勇敢なゴブリンでした。立派に殿を務め、その命が尽きるまで仕事を…しごとをまっとうしました…」
鼻をすんと鳴らし、堪えられず吐き出すように続けた。
「私は…兄を誇りに思っています。一族の誇りといってもいい。そんな兄が雨ざらし、泥に塗れたまま眠るというのは…耐えきれません。どうか、どうか兄を、お頼み申します」
深々と頭を下げるラートさんに咄嗟に言葉を継いだ。
「大丈夫です。俺たちはシシュトさんに頼まれて此処に来ました。依頼は必ず成功させます。今日はお兄さんの話とは別に一つ用がありまして。…見せたほうが早いか。これをシシュトさんから預かっているんです。これが証明になると言っていました」
そうして漆黒の石を机の上に置く。それを見たラートさんは同じく漆黒の石を胸から取り出し石に近づける。すると、魔法によるものか、それとも石の特性か。 キンッ 澄み切った音がした。ほんとにソレどういうものなんだ。気になるが、今聞くようなことでもないだろう。
「確かに、父の石ですね…。父がこれを渡すというのは…」
「単刀直入に言うとお願いがあって来たんです。シシュトさんから、報酬について竜の鱗と皮を鞣して作った
本来、報酬の前払いというのは依頼主側が言い出すものだ。決して受ける側が言うものではない。アンタの依頼は失敗する可能性が高いから報酬先に寄越せというのは依頼主からも、ギルド側からも嫌われる。本来御法度なもの。だが、依頼主であるシシュトさんからの報酬提示と今回の依頼の難易度を考えると、準備しておくに越したことはない。
「お願いします。先の戦場はとても荒れたと、そう聞いています。きっと勇敢にも戦ったお兄さんの敵は未だ戦場に居る。弔い屋の邪魔をするのはタブーとされていますが戦場では守る道理もない。貴方の兄を弔うために、どうか御貸し頂けないでしょうか」
今度は俺が頭を下げる。無理なことを言っているのは百も承知だ。それでも出来ることをやらないで後悔したくない。やらないで後悔するより、やって後悔した方が幾分マシだ。
目線を下げていたラートさんが口を開く。石のように重い声色だった。
「アレは父の英雄の象徴です。ゴブリンの身で、大西、砂漠を根城にうねり地を這い、人を喰らう竜を打ち倒した偉業を称える物。その一切合切を喰らう竜の腹は異次元に伝うとされ、それを加工した外套は水気を吸い、竜の名に恥じぬ強靭さを併せ持ち、熱砂と極寒の夜を生き抜いた皮には極限環境でさえ快適に過ごせる力を持つとされる…我らの誇りなのです」
「それは……「しかし」」
俺の否定の言葉を遮るように言葉を続ける。強い意志がそこにあった。強い、強い覚悟
「所詮、道具は道具。我らの英雄、その偉業は道具一つ失ったことで翳るものではない。我らの英雄はその身一つで成し遂げました。ならば、その姿を語るのが道理であり、道具はその偉業を補強するものでしかない。是非に、持っていってください。これも運命でしょう。
ですが…」
言葉を止めたラートさんは力強い視線を向ける。その目は確かに、シシュト爺さんと同じ目をしていた。
「ですが一つ、約束を。必ずや兄を故郷に。あの草葉が生い茂り、森主の寵愛を受けた香る土の故郷へ。愛すべき木々の根の下に。兄の勇気、成し得た偉業を是非に、是非に故郷に届けてください。それが私から唯一お願いすることです」
言葉を打ち切ったラートさんは一息して立ち上がる。
「待っていてください。今、父の外套をお持ちします」
……ははっ
ラートさんが部屋を出ると重苦しい空気は霧散した。ビビッたぁ…威圧感が並の人間じゃ出せねぇくらいで冷や汗が止まんねぇ。アレ、世紀末な秘孔を突く人くらいの威圧感だ。さっきまで泣いていた人とは思えねぇ。
「あの爺さんの息子なだけあるか…?威圧感ハンパなかったな…」
「ゴブリンとはあぁいう種族だ。それに…あの老爺がまさか砂漠の悪蛇…サンドワームを打ち倒したとはにわかに信じられないな。」
「ん?竜…じゃないのか?」
「あぁ、分類的にはな。ミミズに近い種だが…実態は竜より厄介だ。小さいものでも縦に5,6m。横に10〜15mの巨躯。皮は鱗を持ち、分厚く、斬撃は無効化され、逆にこちらが鋭い鱗によって傷をつけられる。何でも喰らう口の中は強酸の胃液で塗れており、尾の部分から取り込んだ砂と胃液の混合物を噴射する。当たれば身体を"削り"取られる。…主な餌は下位の竜といった大型生物だ。打撃による攻撃が有効だが……全長が10mを超える相手にマトモな打撃を与えられるなら砂漠の悪蛇等と謳われないだろう。討伐の前例はいくつかあるが、大半の話が攻城兵器を使ったと聞く。アレを一人で討伐するなど、ほんの一握りだ」
「竜よかマシだと思ったが全然違った。竜が餌かよ…」
エグっ、エグイな。竜よりやべぇじゃねぇかよ…。アレか?話を聞くに…ウォーターカッターみたいなモンか?研磨剤と水で削るやつ。あ、酸だから…アシッドカッター?酸と砂で人間を研磨するんか…それを家くらいの大きさのクソデカミミズがやってくんの?兵器じゃん…。
それを俺の半分ほどの身長しかなかったシシュト爺さんが成し遂げたというのが信じられねぇ…嘘だろ…
シシュト爺さんの偉業に驚いていると、すぐにラートさんが戻ってきた。そこには砂漠色の外套を抱えている。
「お待たせしました…こちらが父が殺した、地を這う竜の皮と鱗を基に作られた外套です。魔法使いであれば討伐の印が刻まれていることが確認できるでしょう…ご確認ください」
受け取ると、皮と鱗製という異色の素材だがざらざらとした感触の反面、裏地はさらさらと肌触りがいいものになっている。
セルフィが目に魔法を起動した。おそらく鑑定、情報精査、真偽の魔法だろう。鑑定は物品自体の詳細を。情報精査はその物、人に関わる情報の過程を辿る。真偽は名の通り、発言や物品が本物か偽物かを判断する魔法だ。鑑定はその物品しか見ないからな。背景や紛い物を正しく見破れないことがある。
魔法を起動して数舜、目を見開いたセルフィがあらゆる角度から外套を眺め、興奮するように言葉の濁流を放った。
「…!すごい、すごいぞこれは…!本物だ、本物だぞ!確かにシシュトの名が魔力因子に刻まれている!倒したのか…!?体長は10mどころじゃない…!32m!?過小評価が過ぎるぞ!これは…聖法で語ることができる代物だ!レリエルッ!聖別は!?聖別はできるか…!?確かゴブリンは森主を信仰にしていたな…!もし聖別できれば、これはゴブリンという種族の聖法になるぞ…!」
「…祈り手の立場だ。出来るだろう」
「ちょっ、ストップストップセルフィ!落ち着け!ラートさん困惑してるだろ…な?」
唐突にギャンと気合が入ったセルフィを抑えつける。なんだってこの女は急にギア入んだよ…!ほら見ろラートさんの顔を…。表情がわかりづらいと言われるゴブリンでさえはっきりと伝わる困惑顔だ。抑えられながらなおも暴れるセルフィが矢継ぎ早に言う。
「イチイ離せ!間違いなく偉業だこれは!森主さえ認める功績だぞ!森を支配する森主と、かのワームは大敵の関係だ!悪食ですべてを喰らうワームを森主に代わり討滅したとあれば間違いなく聖法の一節になる…!」
「なんでお前はそんな森主とかに詳しいんだよ…そんな興奮することか?そりゃ偉業っちゃ偉業だが…」
俺が問えば、一転心底バカを見るような目で毒を吐いた。
「本当に言っているのか…?いや、短命種め…!いいか?よく聞け。森主というのはな。聖法が他と比べて圧倒的に少ないんだ。それは森主が支配する森のことしか興味がないというのもあるが、その信仰を支える主な信者達、ゴブリン達が聖別をあまりしないことに起因する。どれだけ偉業を成し遂げようと、それを神に報告しなければ意味がない。たとえ報告してもゴブリンは自らの偉業を過小評価するから余計に聖法として認められづらくなる。だから研究者…いや長命種としてある種のルールができた。ゴブリンや人間といった短命種で起きた偉業は須らく、神に報告させるようにしなければならないとな」
「これは長命種の傲慢だとか、研究欲故のものだとか、そういうのではない。神からの願いでもあるのだ。神は大なり小なり信仰する信者を見守る意思がある。それを手伝うことが長く生き、時代、歴史を覚えている長命種としての責務なのだ」
「実際に、私の二代ほど前の時、戦神を信仰するゴブリンが全く聖別をしないと、戦神自ら信者たちに嘆いたことがある。慌てて話を聞けば英雄譚にされていい話がわんさかだ。しかも必ず過小に報告していた。周りの話と照らし合わせ、はっきりとわかる事実だけを抜き出すだけでも戦神が褒章を取らすような偉業ばかり。わかるか?そのような伝説がゴブリン達にとってはそこまで話すことでもないという扱いをされる。その価値と今までどれだけの伝説が消えていったかと絶望した我々の気持ちがわかるか?ネズミを倒したという話を根掘り葉掘り聞いたら、家サイズのネズミが大群で襲ってきて家族総出で駆除していたとかいう話が出てくるのだぞ?
普通にスタンピードじゃないかそれはっ!」
「おっおう…」
抑えられない激情が爆発して地団太を踏み始めるセルフィにもドン引きだが…なに…その…なんだ?内容が内容だ。マジで言ってるならそりゃ神も嘆くだろう。何をどうしたらスタンピードがネズミ駆除の話とかいうご家庭のちょっと困った災難程度になるのだ。
と、此処でラートさんから種族柄のお話が入った。
「いえ、まぁ致し方ない面があるかと思います。我々ゴブリンは短命種の中でもとりわけ寿命が短い。それに住む場所も森主の加護があるとはいえ危険で満ち溢れています。生涯に三度は故郷が滅ぶかもしれない危機が来るという言葉があるくらいで…。我々にとって、故郷の存亡は日常茶飯事ですので、またか、という気持ちが強いのです。それで褒められても困ると言いますか…いつものことを褒められてもという気持ちが…」
「そんな年一の災害みたいなノリで故郷が存亡の危機になるなら引越し案件では…?」
「いえ我等は森に生まれた種族。それは出来ないことです」
「覚悟がガンギマリしてる…」
今度は俺達がラートさんにドン引きする羽目になった。故郷への愛が強すぎる。いやでもわかる。わかるよ。日本だって頻繁に地震が起きるし、台風だって夏の時期に来る。対応力はどんどん上がっていって、地震が来ても、『またか…』とか『お、震度3かな?』ぐらいにしか思わないし、台風だって『電車止まんねぇかなぁ』としか思わなかったりする。それについて褒められても『いや、いつものことだし…褒められること?』ってなるだろう。それと同じだと思えば……いやでも普通に故郷存亡の危機案件が多すぎるだろ。生涯に三度ってマジかよ…。ゴブリンの寿命10~20年だぞ?三度ってそれ…3年に一度とか、6年に一度ペースじゃん。大体4年に一回ペースくらい?なに?オリンピックなの?オリンピック感覚で故郷存亡危機なのかよ…。
「ともかく、本物ということが理解して頂けたようで安心しました。私自身、父の偉業に疑念があったので…」
「疑念?」
「えぇ…此処だけの話なのですが『斬撃が全く通じなかった。その場にいた輩に聞けばその皮が分厚く、斬撃よりも打撃が有効らしい。しかし、儂は剣以外知らぬ。かといって肝心要の剣が駄目だ。悩んだが一つ、思いついたことがあったので試してみたのだ。剣を振るう。すると、音が鳴る。剣が風を切っている音だ。剣の腹でもって振れば音が大きくなる。風を割っている音だ。風というのは剣を速く振れば振るほど、まるで水のような感触がある。儂は剣でもって水をかけるように剣の腹で素早く風を割った。剣の腹に乗せられた風が前に出る感触。儂は手ごたえを感じた。素早く、素早く、ただ速さのみを考え、剣の腹で風を打った。すると、打ち据えられた風は地を這う邪竜を打ちのめした。これ幸いと、打ち続けると、邪竜が苦し紛れにブレスを吐いた。これも打ち据えた風で散らした。ただ、ただひたすらに風を打ち据えた。いつしか弱っていた邪竜に近づき、口から体内にかけて剣を突き刺し、内側から開きにしたのだ。その時、体内で浴びた酸の臭いが一番辛かった』と」
「そこ!?」
「御仁は…失礼ながら本当にゴブリンか?」
「レ、レリエル…剣で風を飛ばすってできるか?」
「…出来ないな。それは魔法の域ではないのか?」
「いや…、いや、出来る。荒唐無稽だが…理論上出来る…はずだ。剣の腹で空気抵抗を増し、風圧で打ち据えたということだろう。だが…そんなことすればソニックブームでやった本人すら無事では済まない…はずだ」
「ははは…父が言うには『儂は強化魔法しか使えないが、それでも風を飛ばす魔法がこの世にある。魔法で再現できるものは人の身でもいくらか再現できるだろうと考えての思い付きだ。アレを死ぬ最後までやっていれば儂は酸塗れで服を溶かさずに済んだのにな』と愚痴交じりに言っていて。まるで剣の話がおまけと言わんばかりで…。その後もずっと邪竜の腹の中になになにがあって臭かった、触ってみると粘度が高く小一時間格闘したといった苦労話ばかりで…」
「それでもそこに落ち着くの!?」
どうあがいても苦労話につながるらしい。いやまぁ確かに、溶ける可能性があるんだから外からひたすらソニックブーム飛ばしてれば勝ちなのに態々体内行く理由あるかと聞かれたら首をかしげるが…にしたってそこか?そこそんな重要か?
「いえ、どうもその服が母、私の祖母が作ったものらしく、それを溶かしてしまったことによる母の怒りが怖かったと」
「邪竜よりも怖い母の怒りか…」
うーん…なんだ、これ。どう反応返せばいいんだ。ほら見ろよセルフィを。すんごい微妙な顔してるぞ。聖法ってモンを俺はレリエルが使う神様に仕える者だけが扱えるものという認識しかないが…神聖なものなんだろう。多分聖書の一節とかそんなくらいの。それに『邪竜との戦いよりも服を溶かして母親に怒られることが怖かった』と書けるだろうか?いいや、書けないだろう。聖書はそんな日記感覚で書いていいものじゃないはずだ。それがアリなら、多分その聖書は日本で言うところの徒然草みたいになっている。教訓が入り混じる日常エッセイ…そんなものを聖書にするようなカジュアルさはこの世界の宗教にないだろう。聖書は厳かであれよ。
「セルフィ…その…聖法にすんのか?この話を…?」
「…することが…!長命種の義務なのだ…!責務なのだ…!たとえ、それがエッセイだとしても…!邪竜を倒した事実は変わらない…!」
「剣の腹で風を打ち据えてソニックブームまがいのことで倒したとか言う荒唐無稽に聞こえる話もか?」
「事実なんだ…!先の情報精査の魔法で裏付けが取れている…!討伐された魔物の素材には倒されたときの記憶が必ず刻まれているのだ。それを読み取るなら先の話は完全にシロ。本物だ。本当に剣の腹で風を打ち据えて風圧を飛ばしたのだ…!」
「これが聖法になるとどういうものができるんだ?」
「ゴブリンという種族は、剣の腹で風を打ち据えて風圧を飛ばすことができることになるだろうな…」
「あの…私が言うのもなんですが辞めといたほうが…」
「それでも伝えないわけにはいかない…!それが神々の約束だからです…!」
ラートさんの気遣いに苦しげな表情で否定するセルフィ。まぁラートさんからしても父親のエッセイ混じりの話が後世に聖書の一節みたいなノリで語られることはちょっとやめてほしいと思うだろう。だってここだけの話とか言ってたし。やめてやれよ。多分此処、現代につれてカットされた御伽噺の一部みたいなやつだぞ。教訓と関係ないからオミットされたやつ。
レリエルもいつものように無言だがどこか哀愁が漂っている。そらな。神に使える者として、聖書的なものにカジュアルなエッセイが載ることに何かしら思うところがあるのだろう。自分の信じる宗教じゃないから余計に複雑なのかもしれない。安心、哀れみ、それでいいのかという不安…パッと思いつくだけでもそんな心情が伝わってくる。心なしかどんよりした背中をそっと叩いた。
「レリエル…諦めようぜ。一応偉業だ。聖別しないといけないんだろう。やろうぜ……ラートさんも…色々思うことはあるだろうが…」
「えぇまぁ…父の偉業が後世に伝わるのならば…飲みましょう。私一人で伝え続けるのにも限界はあるでしょうし。聖法として伝わるのならそれもまた誇りでしょう……故郷の父がどう思うか…わかりませんが…」
「あぁー…うん。シシュトさんに許可取ってからだな」
ゴブリンという種族の聖書的なものに父親のエッセイが載るという割と最悪めなことになっているラートさんは、先ほどの覚悟が籠った姿が嘘みたいに煤けて見えたのは…多分気のせいだ。きっと、きっとな。
こうして俺達は、報酬となる外套を受け取ることができたのだった。
聖法は、話にも出てきましたが聖書的なもので、神様のお話も載っていますが、聖人とされる人や偉業を成し遂げた人のお話も載ってる感じです。今回の場合、森主の聖書にカジュアルなエッセイ話(剣の腹で風圧を飛ばせる)が追加されることになりました。ヤッタネ()
で、レリエルといった神官達はその聖法を口にし、その話に登場する物を触媒にすることで(今回の場合、剣)お話を再現することができます。これがセルフィの言っていたゴブリンという種が剣の腹で風圧を飛ばせるようになるってことですね。
ゴブリン以外で、森主を信仰する人達も一応使えはしますが劣化しますし、ゴブリンと同じ資質を要求されるので難しいです。ようはシシュト爺さんに近ければ近いほど再現性が高まって威力が上がる方式なので。
ゴブリンは種族全体でシシュト爺さんのような勤勉さや真面目さを持ち合わせており、かつ(当たり前ですが)シシュト爺さんと同じ種族なので種族全体の能力みたいになってます。