転生者、異世界で弔い屋やってます。 作:よくメガネを無くす海月のーれん
ただ、ただ貴女だけの幸福をお祈りしています』
古い、古い、土の匂いが染みついた古紙の手紙より
ちょっとしたトラブルはあったものの、準備は順調そのものだ。
外套は本物で性能も申し分ない。これで戦地でもなんとかやっていけるだろう。
だが、まだ足りない。出来ることはまだある。そのために、俺達はレリエルの知り合いだという人の下へ、ラートさんを訪ねた足で向かっていた。
「だいぶ、街の中心から離れて行ってるが…いいのか?」
「…あぁ。彼奴はこの先に居る」
いつものようにぶっきらぼうなレリエルに何処か妙な違和感があった。全体を俯瞰する。一歩一歩、踏み出す足がやけに強い。その違和感にセルフィも気づいたのか、心配そうに声を掛ける。
「私達は外で待っているべきか?何か抱えるものがあるんだろう」
「いや…ない。問題ない」
「あぁ―…そうか。なら、いいか…」
いつもより強い語気、絶対何かあるんだろうが…レリエルが何も言わないなら俺等も何も言わない。そういう約束だ。深入りしないってのはチーム結成当時に約束してるし、そもそも深入りできるほどの関係性でもねぇ。結成してから1年くらいだからな。
なーんか空気が重くなっちまった道すがら、袖を通していた外套を軽く触る。ゴブリンサイズの外套だと思ったが、どうやら余る部分を
マジかよXXXLどころじゃねぇじゃん。EXLとかそんなもんだろと思いながら着てみると、着心地はいいわ、雨降ってんのに全然寒く感じてねぇわでびっくりの高性能だ。そら伝説の代物だわな。
そんな風に足を進める。家はぽつぽつと点在するだけで、人気もだんだんと感じなくなっていく。
遠くに少しだけ小高い丘が見えた。その丘には生前は瑞々しく咲いていたであろう巨木が雨水に枯れた腕を撓らせている。その下には小さな家があった。外からは灯がついているかさえわからない、人なんて住んでなさそうな家。それが目的地だった。
レリエルは迷いなく歩を進め、家の前に付く。ドアノッカーもないらしく、些か乱暴にノックした。レリエルの金属製の小手が鳴る。くぐもった声で言った。
「…フェイ。俺だ。レリエルだ。開けろ」
「………勝手に入れよレリエルぅ。乱暴なのか律儀なのかわかんねぇみょうちきりんなノックするヤツなんざお前しかいないんだからな」
その言葉に嘆息したレリエルが扉を開けた。
そこに居たのは、なんというか恵体の女だった。
まず何よりも身長が高い。今にも壊れそうな椅子に座っているというのにそれだけで立ってる俺等と目線がおんなじ。
身体がデケェ。全身鎧のレリエルよりもデカイ身体は普通の種族にゃまずないモンがあった。
しんなりとしているのは湿気からか。鬱陶しそうに乱雑に切られた髪を掻き上げるその顔はあまり人らしくない野生的な顔立ちをしていた。
牙と動物に近い鼻、頭の先に揺れる長い耳、全身に生え揃う体毛は暗い灰色だった。
ワーウルフ。記憶から結論付けたその種族。
自前の爪と牙であらゆる難敵を引き裂き、戦を駆る生粋の戦闘民族。満月に近ければ近い程その凶暴性が増すその種族はその異名でもって恐れられる。
人狼
狼を祖とする孤高の種族は、心底面倒くさそうに鼻を鳴らしていた。
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「珍しい…一、二年ぶりか?随分とまぁ連絡もよこさなかったと思えば…」
「…仕事を、していた。」
「仕事ぉ?仕事っておい…お前の仕事なんぞ暗殺者とかそこら「
びくり、獣耳が揺れた。
「あぁ?…お前が?嘘だ、冗談…てぇわけねぇか。お前が冗談言った事なんざ一度もなかった。ただの一度もだ。いつだって冗談を言うのは
「…なんだ?」
机に肘を置いてこちらに向き直る。玄関からリビングまで直で続いてるもんで、それにこの雨の中灯すらつけてないから、近いようで遠い、顔は見えても表情が見えなかった。それが見えるようになって息を飲む。ギラリとしたその双眸は碧玉の色をしていて、孤高の狼というよりは飢えた獣のような目をしていた。野性的な笑みでもってレリエルに答える。
「はぁ~…マジかよ。変わった。変わったのか。お前、変われたんだな。羨ましいよ。…後ろのはお仲間かい?随分と丸くなったもんだな。嗤えるぜ。
「あれから俺も…考えた。考えた末だ。後悔はない」
その姿に毒気を抜かれたようにガシガシと頭を掻いて笑った。
「そーかいそうかい、相変わらず不器用なこって……はぁ。アンタ等も物好きだね。こんな不器用で無口のヤツ仲間にするなんざ」
「…まぁ、助けられたことも一度や二度じゃない。なんか抱えてんだろうが…俺達はそういうのは本人から言わない限り追求しないことにしてんだ。弔い屋って仕事は誰も彼もが抱えてるモンがある」
その言葉に心底驚くようにくつくつと笑う。どうやら俺達が本当に何も知らないことを理解したようだ。気になりはするが、それでも約束だからな。んでも、予想はどうやら当たっていたらしい。暗殺者かそれに類似する仕事か、死肉と言うからには…スカベンジャーか?死体漁り、掃除屋の名で知られる職業とも言えないもんだ。戦地で弔い屋同様に死体を扱う。最も、明確な違いは死体から遺品やらを根こそぎ奪うもんだ。レリエルがそうするように見えないが…それに死肉を扱うならブッチャーもある。解体屋。死体を処理することに長けた者達で、暗殺も兼ねる。どっちかっていうとそちらだろう。
「へぇ…マジで知らねぇのか。まぁ知ったところでどうしようもないことなんざたくさんだからな。そんなん付き合うよりも知らぬ存ぜぬの方が良いのはそうだ。…で?何の用だ?生憎アタシは此処で管を巻いてる酔いどれワーウルフだ」
そう言いながらにやりと酒が入ってるであろうジョッキと、薄っぺらいビーフジャーキーを揺らしている。どうやら昼から飲んでいたようだった。獣人顔は慣れてないと表情が分かりにくい所があるが…それでも上機嫌にジョッキを揺らす様に苦笑いだ。昼間っから飲んでいい御身分だなんて言ってやりたいが、こちとら頼む側。口を噤んでレリエルに任せる。
「…フェイ。アンチャーフェイ・ラブル。頼みがある」
「アタシの…アタシの名を出したな?」
「…出すだけの理由がある。碧岩の魔女、アンチャーフェイ・ラブルよ。俺は…」
彼女は須臾にして消え去った。見失った。一気に空気が張り詰める。戦場の空気が部屋を支配した。レリエルの側に瞬間移動のように現れ、片手を振り抜いて首を打ち据える。壁に叩きつけられたレリエルの身体が跳ね、みしりと音が鳴った。首を鷲掴みにされてまた壁へと叩きつけられる。家が揺れる。その首に手を添えたまま、甲冑越しに睨みつけた。
「レリエルっ!?「…待て。俺の問題だ。イチイも、俺に任せてくれ」
腰に備えていたメイスに伸ばしかけていた手を止める。セルフィもその言葉に魔法を振る手を止めた。レリエルを打ち据えた彼女は嗤う。
「なんだ?落ちぶれたアタシなら一人で十分だとでも言いたいのか?馬鹿にすんじゃねぇよ。アタシはワーウルフだ。誇り高きワーウルフだ。それに、お前が晒しあげた碧岩の名を持っている。お前を内側から殺す…いや、その全身甲冑剥いでやろうか?簡単だよ。それが出来ちまうから碧岩っつー名がついた。それに、恥辱には同等の恥辱をもって返す。礼儀には礼儀、暴力には暴力、そういうモンだろ。お前も知るワーウルフって奴はよォ!」
「違う、フェイ」
「何が違うんだよ。言ってたはずだよなぁ?アタシの名前を呼ぶんじゃねぇって。アタシは自分の名前が嫌いだってな。それを言うってことは覚悟はできてんだろ?」
「…フェイ。頼む」
「…っ、お前はッ!お前はいつもそうだッ!いつもいつもいつも!大事な時さえ最低限の言葉で済ませようとするッ!お前の足りねぇ言葉を足してくれるヤツなんざもういないんだよッ!いつまでも他人に甘えてんじゃ「リーンに会えるかもしれない」……あっ?」
「リーンに、会える可能性がある。俺は、約束を忘れない。そのために、今日此処へ来た」
時間が、止まった。殺意をみなぎらせていた彼女も、レリエルも石のように固まっていた。横から見るフェイの目は動揺し、瞳が震えている。吐きこぼした言葉にならない音が喉から鳴った。その変わりよう、ワーウルフの名に相応しい闘争心を見せつけたのが嘘のように耳はしなり、尻尾は下がり、逆立っていた毛が力を失う。首に力を入れていた手は縋りつくように、レリエルの胸を引っ掻いた。
「…何、何言ってんだ。嘘だ、リーンは、リーンはもう戻ってこない。死んでんだよ。もういない。それなのになんで今更…」
「…お前が言っていたことは一度たりとも忘れたことはない。『もう一度、もう一度』と願う言葉を片時も思考から離したことはない。俺は、約束を守る。…本当はもっと早く約束を果たすことができたが。俺も、お前に会う勇気がなかった。頼む。アンチャーフェイ・ラブル。碧岩の魔女。話を聞いてくれ」
「レリエル」
「頼む。フェイ。リーンに、最後の言葉を告げよう」
「………」
縋り付いて沈んでいくその姿、床にへたり込み顔を俯かせる姿、レリエルもまた、無言ではあるがその姿は雄弁だった。今まで見てきた姿をしていて、俺は言いようのない虚無感が飛来する。
もっと早く出会っていれば、もっと早く会うことができていれば。
その人は死なずに済んだかもしれない。合わせることができたかもしれない。たらればの理想論がずっと俺を引きずっていく。きっと、これは俺の領分なのだ。レリエルが俺を利用するようなことは今まで一度もなかった。初めてのことだ。それでもしたということはそれだけ強い意味があるということ。
あまり感情を表に出さず、いつも最低限しか言葉を発さないレリエルの知り得なかった一面が現れる。
親しい人を失い、それでもまだ未練があると吐き出す遺された者としての一面が。
短いですが、きりよくいきましょう。
人それぞれに過去がある。誰もが割り切れるわけではないのだから、残った未練に人が割って入るものではない。
それでも
「もし」を願うならそれは人の
異種族だろうと、「もし」と考えるのであれば、きっと人だと思います。