転生者、異世界で弔い屋やってます。 作:よくメガネを無くす海月のーれん
買い物に出ている。
かつかつ、鉄板が仕込まれているブーツが石畳とぶつかり合う小気味のいい音がする。そこそこに整備された道路、俺がこの街を拠点にしているのは、インフラ整備が他ン所と比べてかなりしっかりしているところだ。まぁ帝国という最先端と比べるとしょぼく見えちまうが、それでもかなりの水準。なにせ、上下水道がある。そんでもって、トイレが水洗だ。ウォシュレットがないのは残念だが…それは高望みってなモンだろう。俺は生憎、ウォシュレットの仕組みに詳しくないからな。知識チートなんて出来る頭を持ち合わせてねぇ。
ただ、ギルドの寄宿舎備え付けの洗面台は、今でも水の魔法陣を刻んだ石を使っている。トイレも水洗一つを共用。なぜか?まぁひとえに予算が足りないという悲しい理由だ。
そんなことはさておいて…今歩いている道は、大通りから一本ズレた横道で、朝市がやっているあっちに人が集まっているからか、静かな…言っちまえば朝らしい人気のなさが如実に表れている。
青かも白かもわからない色をした空に、肌をぴりぴりとくすぐる冷たい風。冬の入り始め、あるいは秋の終わりの本格的な寒さが来ることを予感させるような朝。そんな中、人気のない道をずんずん進む。
俺等…つっても、俺とセルフィが目指している店は同じところで、魔法陣紙といった魔法触媒や儀式を行うための儀式触媒なんかを専門に扱っている店だ。ちょっと隠れた場所にある。
俺の目的、魔法陣紙について説明しよう。
俺が買おうと思っているのは、薄っぺらい紙に紋様が書かれた物。前世風に言うなればスクロール、紙に刻まれた紋様に魔力を流すことで魔法を手軽に発動することが出来る簡易魔法とよべるものだ。
簡易魔法つったってそんな生易しいモンじゃない。威力や射程、範囲なんかは刻まれた紋様に従って上下するし、デカい魔法を刻めば、魔力を流すだけでお手軽範囲魔法となる。
欠点は、刻まれた魔法をそのまま出力するから、応用力…射程を犠牲に威力を上げたり、範囲を狭めて貫通力を増したりなんてことが出来ない。
込められた魔法をただ発動するだけ。そんでもって、使い切り仕様だ。
弱い魔法だったり世間一般に普及している魔法は結構安価で入手できるが…俺が求めてるのは高級仕様…高度な魔法が込められた魔法陣紙だ。
それを扱っているのと…少し、俺等と縁があって今向かってる店は贔屓にしている。
まぁ、俺達との縁なんてわかり切ってるだろう。その店の関係者を俺達が弔った。そっからの関係だ。
一方、触媒をまとめたリストをじっと眺めているセルフィだが、こっちは魔法陣紙じゃない方、儀式触媒の方を買いに来たんだと思う。高度な魔法を発動させるためには儀式と呼ばれるものが必要で、魔法によって色々ある。
一日中、詠唱を続けないと行けなかったり、満月の時だけ病気で枯れ落ちた葉を咥えていないと行けなかったり、一週間飲まず食わずで眠り続けないといけなかったりするが…その分強力な魔法を行使することが出来る。ただ、そんなこと毎回やってたらきりがないので、その儀式を短縮するための物が開発された。それが儀式触媒だ。ようは時短アイテムだな。
セルフィは基本そういうのは自前で用意するタチなんだが…水魔法系統はどうにも用意できないときがある。ヴァンパイアの種族としての弱点。流水に関わる儀式はな。そういうときは、店から儀式触媒を購入したりする。今回の場合、いざというときの保険として用意しておきたいんだろう。結構な値段がするんだよな、コレが…。
大方、必要な儀式触媒を吟味しているのだろう。時短アイテムといっても、最低限の詠唱や行動は必要になる。複数の魔法行使を考えるなら、口による詠唱とは別に行動による魔法発動を行えないといけない。セルフィの場合は、手を動かして、口を動かして、足すら使って、三つの儀式を同時並行で相手に叩き込める技術を持ち合わせている。
だからこそ、儀式のシナジーを考えなくちゃいけないのが大変なところなんだろう。思考に耽るセルフィを横目に、レリエルに声をかける。
「経費で落としてやる。だから、レリエルもなんか必要なものがあったら言えよ」
今回の仕事は貴族が相手だ。割と無茶な準備をしても、そのあたりが補填される程度にゃ貴族は太っ腹。正直助かるが、だからといって関わりすぎると痛い目に遭う。何事もほどほどが大事だ。
「…俺は問題ない。仕事道具も貴族式の対応も理解している」
無愛想に返されるが、いつもこんなだ。そんなことよりも…
「…あぁ、そうか。貴族式か今回は…」
レリエルの言葉で思い出す。この世界は様々な種族がいて、そんでもって色々な国がある。ようは国や種族によって人の弔い方が違う。結構当たり前なんだが、気を付けていかないと本当にヤバイことになったりする。死者本人からクレームが来るし、最悪気に入らないと言われてアンデッド化して襲い掛かられる。だから、依頼者の種族や地位を把握して、それにあった弔い方をしなくちゃいけない。そんなことをしなければいけないから、弔い屋なんてモンが繁盛している。需要に対して供給が一致しちまった。
そのかったるい需要の一つに、貴族の弔い方がある。貴族は
つまり、そこらの人と一緒の弔い方をしようものなら不敬罪で処罰行きだ。だから、俺達弔い屋の中である程度のランクに行きたい奴は、必ず貴族式の弔い方や貴族の礼儀を叩き込まれる。必要なこととしてな。
正直、俺はほとんど覚えていない。貴族の礼儀とか覚えてるが…弔う部分に関しちゃ祈り屋の領分で、祈り屋が覚えていたらそれでいいからな。適材適所、そういうことだ。
「あぁ、貴族式となると格式ばったものになる。礼服や聖水の用意はできている。あとは依頼者から家紋を受け取らないといけない。必要なのはそれだけだ」
あぁ〜、うん必要だな。貴族式は必ずそのご遺体の家紋が必要になる。なんでかって言うと、亡くなったご遺体が家を護る祖霊として生まれ変われるようにだ。眉唾とか神話とかじゃないマジの話だ。
なんせ、ご遺体が強い魔力や異質な力を持ってたりすると、本当に祖霊になる。そのためには、亡くなった方に家紋を供えてやる必要があって、それが慣例化して祖霊になることができない貴族でも、ご遺体に家紋を供えるようになった。
だから、あながち民草とは別の生き物というのも間違いじゃない。普通の人間じゃできないことをやり遂げる事ができる人種。それが貴族だ。メンタルだけで、子孫を守るために守護霊として舞い戻ってくる生き物なのだ。異常者だろ?…おっと不敬罪。
「なるほど…わかった。あちらも家紋が必要なのはわかっているだろうし、依頼者との話し合いン時にもらっておく…護身は問題ないよな?」
俺は念押しするように訪ねた。今回の仕事はキナ臭くなるからな。人間との戦闘も視野に入って来る。準備が無駄になることは…十中八九ないだろう。そういう依頼だ。
俺の言葉に返答するように、レリエルは腰に据えた杖を撫でる。
1m半の真っ直ぐな杖。よくある先端に宝石やコブが付いたような…魔法使いらしい杖じゃない。両端に金属製の石突がはめ込まれたバトルスタッフ。そんでもって、片端の先から少し離れたところから鎖が伸びていて、レリエルが背中に背負っている錨に繋がっている。
神官…?と思うだろう。俺も最初は思った。なんせ、外見がフレイルの鉄球部分が錨に置き換わった奇妙奇天烈な武器を持つ、古びた軽鎧と全身を隠せる外套に身を隠した男だ。どっからか追放された騎士かなんかだろうと思うはずだ。神官になんて見えるはずもなかった。…まぁ神官の実力は確認済みだし、ちゃんと信仰心も持ち合わせているのはよくわかった。
それに戦っている所を見たが、十分殺し屋としてもやっていけるほど、その武器の扱いに長けていた。鎖は結構長さがあるようで、近距離戦では杖と鎖を使って、拘束術と組み合わせた杖術で相手を殴り倒したり、そのデカい錨で叩き潰したりする。遠距離戦は、杖と鎖をぶん回して、錨をフルスイングで飛ばしてくる。うまい具合に飛ばすことが出来るから、航海関係者じゃないかと思っているが…コイツから話そうとしない限り何も聞かねぇさ。
アンデッドを物理的に成仏できそうな見た目をしているレリエルが、どんな過去を持っていようが俺達のチームで仲間だ。それに…そんなことを言えば、俺やセルフィだって何も言えねぇからな。
「大丈夫か…ならいいさ。仕事頼むぜ」
首肯したレリエル、未だに思索を続けるセルフィを手で受け止めて、改めて声をかける。
「ん?」
「…、ここか」
「あぁ、着いたぞ。『
顔を上げるセルフィ、どこ見てるか分からないレリエルに対して、後ろに親指を立てて店を指す。
店の前に雑多に並んだ植木鉢。遮光のための天幕と相まって暗い印象を感じる。開いているのか閉まっているのか外からみると分からない。あんまり客に優しくないし、値段も優しくないが、揃えられた商品は一級品だ。
『
俺達が贔屓にしている店であり、元依頼者が経営する魔法店だ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……また来たのかい。帰りな」
店に入ってすぐさま掛けられるのは、歓迎、接客とは真反対の言葉。
赤茶色と黒褐色の色彩が目立つ店内は、全体的に大雑把な印象を受ける。棚には雑多に触媒が並んでいるし、魔法陣紙が燃えるゴミの日に出す雑誌みたいなまとめ方をされている。
そんな店の中で、床を捻くれた黒い杖でほじくる婆さんの言葉だ。
いつものことだと俺は気にしないが、俺を壁にするように隠れるセルフィはあまり長居したくないらしい。まぁ…大体のヤツはそうだろう。
少し細身で肌は綺麗、白髪だが傷んでいるようには見えない。顔はまぁ…切れ長の目と皺が合わさり、いかにも偏屈そうな婆さんだ。そして、顔の横から飛び出た長い耳…エルフの種族特徴。
名前はゼーレン。俺だけはゼーレン婆さんと呼んでいるが、大体はババアとかクソババアとか言われてる。1000年は確実に生きていて、3桁年齢をガキ扱いするような人だ。見た目に違わない中身も偏屈で、この店は余暇でやってるからなのか、気に入らない客が来ると平然と店を閉める。
趣味は説教と若者イビり。このせいで、クソババア呼ばわりされてんだよな…。
「よっ、来たぜ、ゼーレン婆さん。少しキナ臭い依頼受けちまったもんでね。いつもより周到に準備しないといけなくなったんだ」
誰に対しても毒を吐くため、俺は気にせず楽な言葉で会話をする。貴族だったり一部種族だったりが平伏する程度にゃすごい人だそうだが、依頼を受けた後じゃあな。俺はこの人に他人行儀な態度を取るつもりはない。
「…フン、ウチを頼るんじゃあないよ」
いつものように拒絶で返されるが、言葉の毒を抜いて考えると言ってることは正しい。道具に命を預けるな…そういうことだろう。道具が壊れてしまえばそれで終わりだからな。いつもゼーレン婆さんが言うのは、道具ではなく技術を磨けということだ。
…旦那さんを自分の道具で失ったと思ってるからな。
「頼らないといけないほどに実力が不足してっからな。…頼むぜ、ゼーレン婆さん」
ただ、その警句の通りにはできない。厳しいことを言うが、それは理想論だからだ。全て自分で行えたら誰だってそうしてる。それが出来ないから道具に頼るのだ。
「……自分のケツくらい、自分で拭きな」
俺の考えを読んでいるのか、心に刺さる言葉を吐き捨てられる。それに俺は苦笑いするしかない。ただ店内の空気は最悪に近いほど冷え切ったので
「そのために必要な拭く紙を買いに来たんだ」
冗談交じりにそう返す。場を温めやろうとした言葉なんだが、すぐさま後ろに居たセルフィに耳を引っ張られる。いてぇ…いてぇって!
「(イチイ…!そういう発言は控えろ!御仁に私達が敵うはずがなかろう!)」
「聞こえてるよっ!ガキの粗相に腹を立てるほど人が出来てないとでも…?」
耳元に小声でそう叫ばれた直後、ギロリと睨みつけられると同時に、意地悪な質問がセルフィに投げかけられる。
「いえ、…御仁にそんな…」
びくり、肩を跳ね上げたセルフィが焦ったように弁明するも、意に介さずに毒を吐く。
「フン、少しばかり生きたくらいで偉そうに赤子に忠告するようなひよっこに気遣われるほど耄碌してないさね」
その言葉に、セルフィも俺も背筋を伸ばす。やっぱりゼーレン婆さんの威圧はすげぇぜ…。
ヴァンパイアをひよっこ扱いする人なんて、この人の他に何人いるか…そんくらいのレベルだ。そんな人の威圧を受けて、平然としてるヤツなんて…
そう考えた時、ふと疑問に思って、レリエルを振り返ると…
そこには変わらず、動きのないレリエルが立っていた。
「……ケツ拭く紙に使ったら容赦しないよ」
ノーダメージなのかそれとも内心で当てられているのかはたから見ると全く分からないレリエルに意識を向けていると、今度は俺に対して威圧を伴う言葉。
「…ハイ」
背筋をピンと伸ばして冷や汗を垂らしながら返事する俺に、鼻を鳴らしながら、床をほじくっていた杖を振るう。
すると、棚に粗雑に並べられた儀式触媒や、束ねられた魔法陣紙、他にも色々な魔道具が一人でに動き出して俺達が見やすいように机に並んでいく。机の上に元々置かれていた道具は自ら場所を譲り、空いた棚やスペースに自ら片付けられていく。
そうして、瞬く間に品ぞろえを一新したゼーレン婆さんは、いつの間にか用意していた猫足の背もたれが付いた椅子に座ると、立てた杖に両手を載せて、ぽつり、一言。
「フン……さっさと選びな」
その言葉に、俺達は魔法が解けたように動きだし始めるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
といっても俺に関しちゃ買うものはもう決まっている。
机に積まれた魔法陣紙を捲っていき、ある属性の項で捲る速度を落とす。
一枚、二枚、三枚と捲っていき、お目当ての紙を引き抜き、天井の明かりに透かす。
上質な植物紙、岩緑青…孔雀石とも言われる鉱物から得られる顔料とマンドラゴラを絞って得られる乳白色の顔料を混ぜ込んだインク、女性が息を吹き、風が舞い上がる絵、左下に作者であるゼーレン婆さんの名前と、作品名が記載されている。
『女神の息吹』
最上位の魔法陣紙で、使うと描かれた絵が向いてる方向に切り刻む風を吹かすことが出来る。この切断力は、最上位らしく強力でドラゴンの鱗に傷を付けれるくらい…。まぁ人間換算すれば、金属鎧着て盾持ってる相手を中身ごと切り刻むことが出来る。問題は、一度しか使えないというのもあるし、一度使えば俺の保有魔力のほとんどを持ってかれるので昏倒する。
強力な分、倒し切れなかった場合骸を晒すことになるから注意が必要だ。ここぞというときの必殺技…だな。他にも、これよりランクは下がるが強い魔法陣紙も持ち合わせている。
最上位はこれだけ。なんでも、俺は風系統の魔法と相性がいいらしい。というより…十中八九
コイツ…両手に鈍く光る小手を小突いたり引っ掻いたりする。助かってる面が多いのが癪だ。これは何かって?有り体に言えば、呪いの装備ということになる。厄介な機能を持っていて、正直手放したいが、手放せない。手放すことを許されない…が正しいんだけども。
俺は、呪いの装備から目線を外して、『女神の息吹』を片手に、ゼーレン婆さんの所に行く。
胡乱げにセルフィを見つめている目をこちらに向けて、手にしていた『女神の息吹』をよこすように、手の平をこちらに向けた。
「お願いします」
「フン、調整してやる。待ちな」
ゼーレン婆さんは俺だけにはこういうことをやってくれる。理由はたぶん亡くなった夫に関してだろう。その道で偉人として称えられてる人にこうして便宜を図ってもらえるのはうれしいが、そこまでやってもらうわけには…としり込みもする。これのせいで、トラブルになりかけたことが何度かあるからだ。
「言わしておけばいいんだよ。あたしゃあ気に入ったヤツにしか売らん。盗難したヤツに使われるなんてまっぴらだね」
平然と心を読んでくるゼーレン婆さんだが、そう言うということは、セルフィもそこそこ気に入ってるということだろうか?俺は脳内で思考を漏らした。目ざとく読んだゼーレン婆さんはセルフィに目線を向け
「あのひよっこは前より丸くなっていたさね。血吸い蟲特有の人を見下したヤツがなくなった。昔のままだったら、ケツひっ叩いて二度と店の敷居を跨がせないよ」
「変わった…ねぇ」
変わった後しか知らない俺からしたら、あのセルフィが…という気持ちだ。考えてもみろ。銀髪でセミロング、身長もそこそこあって、肉付きもいい。教養もあって、性格は冷静沈着で尊敬すべき相手にはちゃんと敬意を払うことができる。そんな、しっかりした彼女が不良…というより、貴族みたいな選民思想的なものを持ち合わせてる様を想像することが出来ない。
脳内で、おーほっほっと似合わない高笑いをするセルフィを思い浮かべるもあまりにも合わないので頭を振って意識を散らす。
「知らんのかい?昔の跳ねっかえりの強いヤツの話は」
俺の思考を読んだのか、ニヤつくゼーレン婆さんに俺達のチームの取り決めを話す。
「そういう詮索はしないようにしてんだ。だれだって…それこそ俺だって触れてほしくないことがある。…ゼーレン婆さんはとっくのとうにわかってるから俺に関することで隠し事なんてないけどな」
「フン、殊勝な心掛けだね。まだ乳飲み子だろう?」
乳飲み子…ゼーレン婆さんは長い時を生きていて、同期の友人は大体が死んで、数人しか残っていない。だから今生きている人の大体を子供扱いする。ヴァンパイアやドワーフ等のエルフよりも寿命は長くないが長命種に分類される人はガキ、普通の人間だったり、ワーウルフだったりは、赤子扱いする。若いドラゴンでようやく自分が強いと思ってイキってる若者扱いだ。レベルが違い過ぎる。
「そりゃあゼーレン婆さんからしたら、二桁しかいってない人族なんて大体赤子と同義だろうけどさぁ…」
「へっ、そんな赤子が年寄り引っ張り出して、無謀にも死ににいこうとしてるさね。止めてやるのがババアの務めだろうさ」
煽りに対する返答は、なおも鋭さを持った言葉に切り裂かれた。
「…今回の依頼ってそんなにやばいのか?」
冷や汗を垂らす。この人が危ないというときは本当に危ない時が多い。この時の危ないは、命の危険という意味もあるが、これから先普通の人生を送れないかもしれないという危険もある。例えば足を無くしたりだとか…指名手配されたりとか…だ。
「フン、少し臭うだけだよ。相手さんに注意しな。いざとなったら、死体を起こすことも選択肢に入れておくことさね。あの坊は強いよ」
「坊…フェルスバー氏のことか?いやゼーレン婆さんの耳が広いのは知ってるけど…耳に入るほどなのか?」
「フン、ガキの中じゃ幾分マシってだけさね」
そんなことを言うが、ゼーレン婆さんの目に適うとなると相当だ。もし、セルフィやレリエルが死にかけたら…少し強引な手段を取らなきゃな…。
「とりあえず…わかった。ご遺体の協力が必要になるが…話を通しておく」
俺は頭を下げて礼を言った。それを面白くなさそうな顔でゼーレン婆さんは
「フン…素直に誰かに頼りな。こんな道具に頼ってんじゃないよ。所詮道具頼りは道具が壊れれば死んじまうからね」
その言葉を聞いて、口内で舌先を少し噛む。歪みそうになる眉や表情筋を必死に抑える。
「……引きずってるんだな」
それでも、隠しきれない感情が、言葉となって滲む。
「…ふん、気にするんじゃあないよ。馬鹿を愛した女の妥当な末路さね」
そう言って、ゼーレン婆さんは椅子の側にある机から一つの写真立てを掴む。懐かしそうな、寂しそうな、辛そうな、そういう顔で、まるで自分を責めるみたいに嘲るみたいに言葉を並べる。
「……赤子と恋した気分はどうだった?」
その雰囲気に耐えかねて、たまらず冗句を言った俺は、年寄とは思えないほどの綺麗なフォームから放たれる振り下ろしをもろに喰らった。
「フンっ!」
「あだっ…ってぇ…」
頭を押さえて身体を揺らす。脳が揺れてんじゃねぇの?どんだけ強く叩いたんだよ…。眩暈、光が飛んでる俺に一喝。
「ガキがババアの人生からかうんじゃないよ!」
ちゃんと俺が悪いので、反省する。
「わぁーったよ…。…別れの言葉は言えたんだよな?」
静かに頷くゼーレン婆さんだが…どうしても思ってしまうことがあった。
ゼーレン婆さんとの出会いは、遠く離れた場所で夫を亡くし、その回収を俺達に依頼した。
そうして、俺達がご遺体と霊をゼーレン婆さんに届け、最後の言葉、遺言を本人の口から言ってもらうために、駄々をごねる死体を連れて行った。
どうしても会わせたかった。
ご遺体はゼーレン婆さんに負い目を感じていて、ゼーレン婆さんもご遺体の死を自分のせいだと感じている。
合わせる顔が無いというご遺体を無理矢理引きずりだして、引っ叩いて、連れて行ったのだ。
誰が悪いわけでもない。しいていうなら運が悪かった。
それでも、もう少し自分がなんとかしていたら…
愛した人が死ぬことはなかっただろう
愛した人が負い目に感じることはなかっだろう
互いにそう思ってしまった。互いを想うがあまり、自分に呪いをかけてしまった。
だから…せめて、せめて最期くらいは幸せに終わればいい…その一心だった。
ただ、現実はそう甘くはない。
いや、当人同士ではそれで良かったんだろうが…ハッピーエンドというわけではなかった。
ゼーレン婆さんは自分の道具を信用し過ぎた夫に呆れ、
夫はゼーレン婆さんに一生解けない呪いをかけて笑って逝った。
『忘れないでほしい』
たった一言、その言葉。
一生残るだろう呪いをゼーレン婆さんにかけてしまった。
それが当人同士が納得してるもので、口出しする権利はない。
ない。ないのはわかってるんだ。
「あと…何年生きるつもりなんだ?」
漏れ出た言葉。ゼーレン婆さんはため息をついて
「さぁね…生きる目的を遺されちまったから…1000年…2000年…まぁ…
愛した人を亡くして、1000年、2000年、下手したらそれ以上を『忘れないでほしい』という遺言に従って、ただ想い続ける。
それが果たしてどういうものなのか。俺には見当もつかなかった。
「別に後悔はしていないさ」
俺の心情を読んだゼーレン婆さんは、哀れみなんていらないというように言葉を続ける。
「アンタらのおかげさまでね。最期の言葉が聞けた。でも、……たったそれだけで未練が晴れるほど、遺された人間は割り切れんものさ」
「それが…愛したヤツならなおさらさね」
「…そうか」
愛した人から最期の言葉を聞く。それだけで、今までの想いが清算されるわけではない。
その言葉で、死んじまった前世を思い出して、遺した人が願わくばこんな風に想ってくれたらなんて高望みしている自分がいて…
「俺には…無理か」
どうしようもなく、前世を引きずる俺。情けなくて、この世界を生きていくのは向いてないな…なんて…思ってしまう。そんなことが心を読まなくてもわかるのだろう、顔を見て
「フン、赤子が訳知り顔で言うじゃないか。マセてんじゃないよ」
鼻で笑われる。でも、俺にとっては結構大事なことなモンで…
「…言ったろ。俺だって秘密にしておきたいことの一つや二つがあるもんさ」
「これでもそこそこ濃密な人生を送ってるもんでね……後悔と諦めばかりで嫌になる」
涙も流せず、ただただため息ばかりが口をついて出る人生に慣れきってしまった。優しさを振り払ってこんな所まで来てしまった。
「フン…生きるのが辛いなんてその年で気づくもんじゃあないよ。そういうのはアタシくらいまで生きてから言いな」
「はは…まぁ、それまで生きてたらな」
疲れた笑みで返す俺に、手にしていた魔法陣紙をいじりながら、こちらに顔を向けずに言葉をかける。
「……イチイ」
「…何?」
「この世界は、残酷だよ」
冷や水をかけられたように、心に染み込んでいく。
「……あぁ、そうだな。…わかってるよ」
残酷。そんなことはわかっている。前世よりも、死が近いのはそうだが、人の死が路傍の石と同程度の扱いをされることもある。
「…遺されたヤツのことを微塵も考えていない。そのくせ、こんなものがあって、簡単に人が死ぬ。それなのに大半の奴らは死に急ぐ。こんな世界で簡単に命を捨てちまう」
命を惜しんでほしい、なんてこの世界では我儘なんだろうさ。死んだ人にもう一度会える世界で、死んでも終わらずに続けることが出来る世界で…命の価値なんて…安いんだろうさ。
「……」
「道具に頼って死んだ馬鹿がいる。そんな道具を作った阿呆がいる。こんな物作らにゃよかったなんてずっと思ってるさね。…でも、作らないと渡さなかったやつは死んでいく」
「……ままならないな」
「あぁそうさ、ままならないよ。救いたい者がどんどん手からこぼれていく。やっとさ。やっと、生きるのに意味なんてないのを1000年過ぎてようやく気付けたさね」
悔やむように、嘆くように、言葉を、想いを並べていく。
「あたしゃあ一体何のためにこんなことをしてる。自分が作ったものを愛せなくなった。なんせ、救うための道具が、人を救えなかったし、殺す道具にもなった。あたしゃあ何のためにこんなものを作ったんだ。そう思った。思っていたんさね。ただ…馬鹿に出会って、振り回されて、光に魅せられて…」
「好いてもらって、愛してもらって、泡沫の夢を見せてもらったんさね」
「それに報いてやりたかった。愛してもらった分だけ、返してやりたかった」
「でも、アイツは唐突に死に腐って、かと思えば霊として帰って来て、遺す言葉が『忘れないでくれ』なんて…」
「アタシに返すことも許してくれないくせに、自分だけは満足して逝きやがって…」
「ホント…馬鹿ばっかりさ」
「あぁ…馬鹿、ばっかりだよ」
「だからね、イチイ。あの馬鹿を連れて来てくれて、最後に呪いの言葉を伝えに連れ戻してくれて」
「…ありがとうね」
その言葉には、偏屈な婆さんからただ愛する人を想う女性の、温かい優しさが籠もっていた。
「…年齢が四桁以上離れてる人と結婚して周りからどういう反応された?」
感謝なんてむず痒い。それ以上に、そんなことを言われるような人間じゃないから、照れ隠しから余計なことを言ってしまった。
「フンっ!」
「い”っ”っ”」
「う”ぐ”お”ぉ”ぉ”………」
まぁというか…案の定というか…頭をさっきよりも強い力で殴打されて床に転がり回る。
転がる俺に、魔法陣紙を投げつけて、
「持っていきな!ヴァンパイアのガキもだよ。適当に儀式触媒持っていきな。代金は後払い、必ず払いに生きて帰ってきな!」
そうして、俺達は買い物を終えた。
セルフィの買ったものは次回。
エルフと人
永い時を生きるエルフに、たかだか100も生きていられない人が恋をした。
種族違いの恋。それでも人は一途にエルフを想った。
エルフにとって、100年は転寝していれば過ぎる程度の時間だった。
だから、気まぐれに答えてやった。それだけだったのに。
好いてもらった。愛を注いでもらった。ただ瞬きすれば過ぎるほどの短い時間は、まるで夢でも見ているようだった。
返さなくちゃ、返さなくちゃ、そう思ったエルフだが…遅すぎた。
長命種故の時間感覚が、幸せに浸れる時間を読み違えさせた。
どこにでもある事故で、どこにでもある悲劇。後悔しても後の祭り。もう帰ってこない。
愛した人から恨み言の一つでも貰えれば、それで満足できた。満足して自死を選べたのだ。
なのに…最期の別れに会って言うことが『忘れないでほしい』なんて
死ねなくなったじゃないか。恨み言を言ってくれれば死ねたのに。アンタと一緒に逝けたのに。
生きなくちゃいけなくったじゃないか。長命種舐めるんじゃないよ。1000年でも、2000年でも語り継いでやる。
アンタの、ドジなところも、抜けているのに底抜けに明るいところも、他人の事ばっか気にして、自分のことは考えない阿呆なところも
全部語り継いでやるから覚悟しておきな。