転生者、異世界で弔い屋やってます。   作:よくメガネを無くす海月のーれん

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死後に救いがあるのか。

もし救いがあるのなら、現世に舞い戻るアンデッドという存在は、その救いから逃げていることになる。

死者が逃げ出す救いとは果たして救いと呼べるのだろうか。


弔い屋と共同墓地とアンデッド

共同墓地、そこは一種の隔離施設。

 

なんせ、この世界には死ねばアンデッドとなって人を襲う可能性があるし、ご遺体を放置すればちゃんと呪われる呪物にもなったりする。人の抱える怨念というものは、生という制御を失ってしまうと暴走してしまうのだ。こえぇの。

 

そんなもんで、俺は最初、寂れた、あるいは廃れたイメージを持つ墓地で、それも共同となれば、一緒くたにまとめられて埋葬とか中に誰もいない墓が立てられて形だけの埋葬をするだとか、争いばっかの中世ファンタジーの偏見ともいうべきものをもっていた。若干近世の戦争の埋葬も混じってる。

 

だって、共同墓地のイメージと来たらアメリカの墓標がズラッと並んでいてる様を寂れさせたような…無縁墓地か?と考えた時に思うくらいにはド偏見に満ち溢れていた。無縁墓地ではないのだが。

 

だから、実際に見て酷く驚いたのを覚えている。初見でこれが墓地と気づけるヤツは拍手喝采を浴びせてやりたいくらいだ。弔いの場というには堅固過ぎる。

 

堅牢で強固なドーム状の壁に囲まれ、その外壁には様々な神々の彫刻が刻まれており、入口の扉は大きく、4…いや5mはある。これでも小さい方らしい。半円で縦に長いこの扉には外壁と同じくこれまた美麗な彫刻で、翼が生え、手で袋から取り出したなにかの粉を散らしている女と、大きなランタンを持ち、黒い布切れを垂らした手を胸に当てている女が刻まれている。そんな、厳かな建築物、その扉の前には、金属鎧を纏い杖槍と四角形の大盾を持ったバケツヘルメットの騎士が二人鎮座している。

 

最初の外観をざっと見た感じの所見は、シェルターだ。

 

近づいてみて、よーく見た所見は、神殿だ。

 

話を聞いて、この建物の役割を聞いた所見は、地下墓シェルター神殿だ。

 

俺達…というより俺が寄り道したい場所であり、この世界では一般的なご遺体の保管場所。

 

共同墓地。またの名を地下墓である。

 

 

「よっす、お勤めご苦労様です」

 

俺は扉の前に立つバケツ騎士に頭を下げて挨拶をする。バケツ騎士さん達は無言で首肯した後何かを待っている。おっと忘れるところだった。

 

「ほい、これがギルド証で、こっちが神殿許可証」

 

懐から取り出したるは、二枚の金属板。両方とも俺達が弔い屋としてやっていくために必要なモンだ。

 

まず、前者が俺達の身分を証明するギルド証。まぁこれさえ持っておけば身分証明には困らん位にゃ普及している便利なモンだ。階級がそれぞれあって、鉄級とか銀級とかそういうモンを思い浮かべてほしい。大体それだ。ただ階級を示す方法は予想外っつーか穴あけ形式だったのには驚き。

 

コレ、特殊な加工がされていて頑丈で、傷なんて並大抵のことじゃ付かない。そんな金属板にギルド側が特殊な工具を使って、所定の位置に穴を開ける。この穴の数の多さで階級が示される。名称は星だったか…?今俺達は穴が三つ開いているから、星三つ…五つ開けられるからちょうど冒険者としては中堅といった扱いだろう。なんか、レストランの評価みたいだが、チームごとの評価制で、評価が高ければ報酬も値上げ出来たりするので、あながち間違いでもないところなのがまぁ…うん。

 

俺達は組んで1年経つかどうかぐらいだが、一応早い部類らしい。まぁその前から交流はあったからお互い初見ってわけじゃなかったし、実力としても個人のランクとして、レリエル、セルフィが星四つ。俺が星三つといった評価だったから妥当といえる。…俺が低いのは、星四つは貴族からの依頼が増えるから意図的に星三つに落ち着いていたというのが真相な。断じて、俺がレリエルやセルフィより弱い…弱いな。うん、正直なことを言えば、単体性能は俺よりレリエルやセルフィの方がダンチだ。俺の場合、転生特典でズルしてるだけだし…。

 

まぁそんなことはどうだっていい。お次はこっち。神殿許可証。こっちは知り合いに発行してもらった地下墓に入るための許可証だ。まんま。簡素なつくりをしているが、作ったヤツの刻印がされるため偽造対策はばっちりといえる。これがないと地下墓に入ることはできないので忘れると面倒くさいことになる。コレの発行にはそれはそれは面倒な手続きというか…一介の人間には発行されないモンだ。なんせ、気軽に人を入れてしまえば、遺体を呪物として持っていかれたり、下で眠っている人達が目覚めて暴走して、アンデッドパンデミックみたいになるかもしれない。…というか実際会ったからなそういう事。普通の人は限定許可証で監視付きなんだが、こっちの場合、監視も制限もないフリーパスみたいなモンだ。便利便利。

 

なんで俺がそんなもの持っているか?まぁ…うん、身内割引というか身内特権をバリバリ使ったってのと、とある取引の上でコレが成り立っている。貴族やら神様に仕える()()()()()()()()()()()()()やらと一悶着の末手に入れた物。俺が個人で動いていた時に階級を上げなかった理由の一つでもある。まぁ後々どうしても関わらなきゃいけなくなるのでその時に話そう。

 

ひと先ず、これさえあればどこの共同地下墓でも出入りすることが出来る。それだけわかってりゃいい。

 

バケツ騎士さんはそれを確認した後、両側に引いて大扉を叩く。少し経ってから、大きな音と共に扉が開いていき、人一人分が入れるくらいまで開くとその動きを止めた。

 

「じゃ、レリエル、セルフィ、行って来るからちょっと待機で頼むわ」

 

「あぁ、了解した」

 

「わかっている…イチイ、くれぐれも失礼の無いようにしろよ」

 

「りょーかい」

 

大扉の側、屋根しかない建物…こういうのを東屋って言うんだったか?で休んでいるレリエルとセルフィに手を振ってやりながら、大扉をくぐっていく。

 

じめッとした風が頬を撫でる。淀んだ空気が肺を満たす。後ろで閉められていく大扉から狭まっていく光に背中を照らされながら、暗い暗い地下墓へと足を踏み入れる。

 

バタンとも、ガシャンともつかない金属と金属が重なり合って互いを鳴らす重低音が響いて、大扉は完全に閉められた。

 

 

 

「ス―…はぁ。変わんねぇか」

 

懐かしい空気だ。安心感すら覚える。暗い暗い世界が広がっていて、頼りない明かりだけが揺らめいている。光の届かない先は一寸先はダークといえるくらいで、物の輪郭が見えない暗さ、誰もが怖がったことがある暗さが広がっていた。どこか背筋が冷えるのはきっとここが死者のたまり場であるからだ。前世でもよくあるだろ。心霊スポットというヤツだ。確実に出るという違いはあるが。

 

「『光明』」

 

明かりをつけるだけの魔法、ぽわんと周囲を淡く照らす魔法の光球がいくつか浮かぶ。俺は生粋の魔法使いではないが軽いモノなら使える。魔法戦士(戦士寄り)というわけだ。

 

「進むかぁ…」

 

壁伝いに少し進んで、その先、長めの階段を下ってそこから十字に道が続いていく。そのまま真っ直ぐ進む。

 

用があるのは最奥のエリアだ。窓もないし道に変化もない。洞窟に人の手が入ったような道が延々と続いているから迷いやすい。初めて来る地下墓だと案内役を付けてもらうことが多いんだが、ここは通いなれているからな。嫌な行きつけだよホント…。

 

道の両脇、壁に埋め込まれるようにズラリと石棺と道へ飛び出た取っ手がズラリと並んでいる。霊安室のような感じか?取っ手を引くとご遺体が出てくる仕組みな。

死体の補完で真っ先に思い浮かぶであろう、腐臭や腐敗といった要素はファンタジーよろしく浄化というもので防いでいる。現代風に言うなら殺菌防腐魔法だ。もっとこう…神聖なモンだけどな。このシェルター自体が浄化装置となっていて、中の遺体の腐敗や()()()な遺体のアンデッド化を防ぐ力がある。一般的じゃないヤツはって?それに今から会いに行くんだよ。

 

たったか進んで10分か20分…下手したら30分じゃなかろか。時計なんてモンは貴重で壊れやすいからアイテムボックスを持つセルフィが所持しているので、生憎時間感覚は随分とあいまいだ。無心でひたすら下っていたところで、ようやく、お目当ての扉にたどり着く。古びた鉄扉、ノックをすると俄かに背筋がぞわぞわする。扉の奥のナニカ、それが活発に蠢いていることが理解できる。第六感…というか俺の経験則だな。ここを訪ねるヤツは大体俺だ。来たとわかっているんだろう。

 

ぎぃ…

 

と鉄扉を開けていく。少し錆びているからか、力を入れて勢いを付けないと中途半端に開いて、それから閉まってしまう。扉に挟まれた圧殺死体になりたくないなら注意して開けないとな。

 

「【【【【【おかえり】】】】】」

 

「誰が帰ってきただ、バーカ」

 

多種多様、老若男女の声で迎えられる。転生者は元死者ともいえるので、墓地に行く=帰る、というのはあながち間違いでもない。…が、ちゃんと俺は生きているので否定しておく。

 

「【また来たのか?今回も塵被りに?】」

体が部位ごとにバラバラになって水を滴らせる女。

 

「【ははは、今度は俺を連れて行ってくれよ!】」

上半身しかない身体を燃やす筋肉質な男。

 

「【覚めない人、今度は帝都の方へ行きたいわ】」

鏡を貼り合わせたような反射するドレスを着た頭がない女。

 

「【あ、ずりぃ。俺っちも聖国いきたーい】」

骨だけでカタカタと笑う宙吊りの男。

 

「【アタシ等が入ったら消えちまうじゃないか!】」

浮遊する磔にされた天使の輪を持つ白い貫頭衣の女

 

「【成仏シマスェ!】」

頭が上下逆さまに着いた顔半分の骨が見える男。

 

「【【【【【ははははははハっっっ】】】】】」

 

「あーもううるさ!散れ散れ!」

 

狂ったように異形の霊が地下墓を彷徨い、宙舞い、廻り回っている。

死んだ人間はタガが外れるのか、感情が昂ぶりやすい、それに…地下墓という閉鎖環境もあるんだろう。代わり映えのしない景色にずっと過ごし続けるのは辛い。狂ったっておかしくないのだ。

 

俺はこの中で一番マトモ、最初に話しかけてきた女、アズウェルに声をかけた。なんてことはない、霊共の現状確認と、人探しだ。

 

「よう、話が早くて助かる。その塵被りはどこだ?それと…悪霊化は?」

 

【塵被りはいつものように祈ってる。通路先二番目の十字を左。奥の小部屋にいる。悪霊化はなりかけがいる。まだ大丈夫なのが何人か居るけど、一人、もう保たないヤツがいる】

 

「あぁー…誰だ?ラルドの破壊妖精か?花狂い?それとも…大穴で司書か?」

 

【残念、大穴も大穴のセラントリー、武僧さんだよ】

 

「武僧の…先生が?本当に…言ってるのか?マジで言ってるんだったらやべぇぞ…?…マジで?」

 

考えもしなかった人の名前が出てきて困惑した。嘘だろ…?

だがしかし、様子を見る限り嘘じゃないらしい。あぁクソ。頭を掻きむしって感情を落ち着かせようとする。なんだってんだよ…!

 

これはアンデッドどもの性質が関係して起きるものだ。俺はこれを悪霊化と呼んでいる。

 

まず死んだヤツ、まぁアンデッドと呼称しよう。そいつらの成り立ちは、死んだ人間の中でも極めて自我や精神が強いヤツは、こうして成仏せずに現世にしがみ付き、自分の遺体や遺品といいった自分に繋がりのあるものの周りを自由に動くことが出来る。ただ、それは聖国という宗教国家で禁忌と扱われるほど、アウトな行為だ。

そうだな…。水とコップに例えるとわかりやすい。魂が水で肉体がコップだ。普通に生きてるヤツは魂がコップの中に納まってるからこぼれることがない。だが、死ぬとどうだ?コップから投げ出された水はどうなる?簡単な話、飛び散ってまとまりがなくなるんだ。ただ、一部の強いやつ、コイツ等は魂の粘性が強過ぎて、コップからこぼれたはずなのに、スライムみたいに動くことが出来る。その状態がコイツ等だ。

 

肉体はその人を押しとどめる殻の役目もある。その殻が亡くなると、不定形な魂が思い思いの身体で動き回る。今まで型にはまっていた奴らが伸び伸びと好きな身体で動き回る。

それが、今広がっている怪物博覧会の正体だ。ただ肉体は精神を安定させる役目もあるので、魂だけになったコイツ等は極めて不安定な状態と言える。粘土が高いといっても水だ。外部の干渉でいともたやすく形を変えたりする。そうして、魂が不安定になって発狂するのが、悪霊化。自我を失って暴れまわる。悪霊になったヤツの強制成仏も弔い屋の仕事だ。

 

この悪霊化が発生しないように、聖国では禁忌と扱われ、自我強の奴らが現世にしがみ付いたとしても、強制成仏させて終わりだ。ただ他の国だとそうでもない。

なぜなら、現世にしがみ付ける人間は大概強いので、死んで寿命が無くなると、強制成仏等の一部の攻撃以外では死なないお手軽決戦兵器が出来るということになる。戦争で敵陣に突撃させて悪霊化させて暴れさせるとかいう非人道的作戦すらあるくらいだ。

 

ただ、死んでも働かせるなんてブラック企業も真っ青なことはさすがに非人道的過ぎるだろ、ということで、一般的には本人の意思で成仏するまで地下墓で封印されるという措置が為されている。

 

たまーに、地下墓内で発狂して暴れまわったりするんだが…そうした被害を出さないためのこのシェルター地下簿だったりするのだ。外から中を守るのではなく、外を中から守る為のもの。

 

さて…その悪霊化を防ぐ手立てはないのか。もしなかったら、今頃悪霊で溢れかえってね?と思いそうだが、対策が3つある。

1つ。天使召喚 これが一番手っ取り早い。天使を呼んで、代わりに成仏という名の討滅をしてもらう。

2つ。燃料化  非人道に非人道を重ねたカスの所業。魂は魔法の観点から見ると、ガソリンに手足が生えてそこらを歩いてる認識になるので、燃料として使っちまおうという悪行of悪行

3つ。……すごく、すごく自慢してるみたいで嫌なのだが…俺。厳密に言うと、俺の特典だ。

 

俺の転生特典は強制的に相手を成仏させるわけでも、強制的に仲間にしたりするわけでもない。すごーく簡単に言えばアンデッドの止まり木になれたり、付与したりすることが出来る。

アンデッドは自分の関係のあるものの周りしか動くことが出来ない。だが、俺が特典を使って人間に紐づけたり、自分に憑りつかせたりすることが出来る。憑りつく自体はアンデッドはデフォルトで出来るんだが、生命力を吸うとかそういうデメリットが付いて回る。俺の場合特にそういうデメリットがないので、アンデッド案件がどんどん舞い込んでくる。

特典という言葉を使っているが、別に神様から与えられたとかではない。どちらかというと神様に嫌われた証拠だったりする。まぁすっごくわかりやすく言うと死後の世界を出禁にされたので、俺が関わったアンデッドも出禁にされるとかそういうものだ。俺が関わらなくなって時間が経てば出禁解除されるんだが…まぁそういうことである。

 

悪霊化は、魂の不安定から起きるものだ。本来現世に居てはいけない存在だからな。現代風に言うなら将来の不安や働かないといけないと言った焦燥感に駆られたニートが発狂する感じである。…いやな例えになってしまったが、そういうヤツへの対処法として、話し相手になったり、外に連れて行ったりする。それが俺のアンデッド対策として引っ張りだこな理由だ。

アンデッド諸君が言うには、俺を止まり木にすると、自分はここに居てもいいという感情にいるらしく、死んだヤツから同族認定されるというか同類認定されるという非常に不名誉なことを言われる。俺死んだことあるけど今二度目の人生、生きてるからね?ちゃんと生きてるからね?

 

まぁそういう感じで…悪霊化なりかけのヤツはこうして外へ連れて行くのが常態化してるのだが…今回は本当にヤバイ。

 

セラントリー、武僧先生と呼ぶ俺のメイスの師匠でもある人。この人が悪霊化すると手が付けられない。強さのランキングで言うなら両手指の中に入るくらいの強さだ。ちなみにこの世界は、相手を土の中に転移させて窒息死させるとか対策もクソもない理不尽が蔓延っているのだが、その中でフィジカルだけで強さランキングに入ってるという、とんでもなくすごい人である。フィジカル面でいうとぶっちぎりで三本指に入る。まぁこれでも最強ではないのだが…。

そんな人が悪霊化するとどうなるかなんて考えたくもない。地下墓破壊されるんじゃね?実はこの人が悪霊化するのを見たことがない。メンタル面では最強だ。健全な肉体には健全な精神が宿るという理屈で今まで悪霊化になったことがないという。だからめちゃくちゃ焦っているのだ。そんな人が限界に!?という具合に。

 

「武僧先生はどこにいる?」

 

【同じくこの道をまっすぐ行って三つ目の十字を右に曲がって最初の十字を左、その奥の階段を下った先の聖堂にいる。早くいってやるといい】

 

「わかった。コイツ等を頼む。アズウェルもやばかったら言ってくれよ…お前は数少ないココの良心なんだからな」

 

【嬉しいことを言ってくれるじゃあないか。任されたよ。ほら】

 

「あぁ…行ってくる!」

 

未だ笑い続ける馬鹿共をアズウェルに任せ、俺は言われた通りの道を駆け抜ける。

 

俺にとって、武僧先生はこの世界で生きていく術を教えてくれた先生でもあり、この世界からズレている俺を、前世の価値観を引きずる俺を守ってくれた恩師だ。前世より、厳しく、苦しいこの世界で、俺に優しさを、生きる役目を教えてくれた、俺に弔い屋を勧めてくれた恩師だ。急いで向かうこと数分、右、左、直進。階段を下ったその先、宗教画が飾られている小部屋に着くと、一人の大男が宗教画に祈っていた。死人が祈るというのは異端ともされそうだが、この人が信じている宗教では、聖人として崇め奉られる人間なので、特に問題はない。アンデッドの中でも珍しいちゃんとした人型を保っている人物。セラントリー、武僧先生だ。息を切らして声をかける。

 

「はぁはぁ…先生!大丈夫なんですか!?」

 

【む?…あぁ坊主か。何…少しな。ほれ】

 

振り返った先生が、手を差し出す。その手指の先が少しずつ黒ずんでいっている。悪霊化の兆候だ。

 

【はは…寂しく思ってしまったんだ。残した家族を。子孫をな。会いたいと思ってしまったんだ。雑念が混ざってしまった。未練が…湧いてしまったのだ】

 

懐かしく、憂いを込めた諦めの表情を浮かべる先生に俺はたまらず声をかける。

 

「大丈夫ですよ。俺が連れて行きますから。俺がその家族の場所に連れて行きますから…!」

 

【むぅ…】

 

【…いや、俺も潮時かもしれんな。もう…帰る時が来たのかもしれん】

 

「先生…」

 

静かに、淡々と自分の終わりを告げる先生に俺は何も言えなかった。成仏の意思は当人の意思を尊重する。それが弔い屋で、この世界の数少ない優しさの一つだ。それを邪魔する権利は誰にもない。

 

「なら…先生、最期に…挨拶しに行きましょうよ。最期くらいは…別れの言葉を告げに行きましょうよ…!それくらいは許されるはずです…から」

本音を言うなら、消えてほしくない。()()()()()に戻ってほしくない。この世界に居てほしかった。それは、俺の単純な我儘で、俺に関わった人はなるべくこの世界に居てほしいという懇願でもあった。隣人が死ぬのは苦しくて、友達が消えるのは悲しい。そんなことが起こらないでほしいという…一度死んだ人間の願い。自分が遺してしまった側だからこそ、自分と同じようになってほしくない。誰かを遺して逝ってほしくない。ただの…我儘だ。

 

【そう…だな……。最期くらいは挨拶してやらんとか…】

 

俺の顔は先生にどう映ったのかわからない。でも、動かされるものがあったのか、感慨深くそういう先生。穏やかに、黒くなる指先をを眺めて…

 

【頼めるか…坊主】

 

「……はい!」

 

あぁクソ…また、別れる。また見知った人が消えていく。それでも、俺は見送らないといけない。それが弔い屋という仕事で、俺がやらなきゃいけない役目だ。泣き言は言ってられない。

俺は先生に手を伸ばして触れる。魂は実体がない。が触ったときの感触はある。ひんやりとしてて、鳥肌が立つような怖気も感じる。でも…どこか心地いいものに感じる。俺以外は、触っただけでも体調崩すんだけどな。

 

そうして、手に力を込めて、徐々に徐々に引っ張っていく。そうすると、先生が吸い込まれるように俺に近づいて来る。俺と先生が重なり合った瞬間、ナニカがカッチリと嵌った感覚を感じたら、終わりだ。先生の声が頭の中に響く。

 

(すまんな、坊主。俺の子孫は聖国にいる。あそこは弔い屋には厳しい環境だが…俺が身元を保証しよう)

 

(わかりました。そのときは頼みます)

 

(俺は少し眠る。用があったら起こしてくれ)

 

そういって、すぅーっと先生の意識が飛んでいくの認識すると、ひとまずなんとかなったと息を吐いて…本来の目的を思い出す。

 

「塵纏いのとこ…行かないと」




説明回が続くよ。次回はちゃんと旅に出たい。
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