転生者、異世界で弔い屋やってます。   作:よくメガネを無くす海月のーれん

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『死んでもこの世界に存在できるなら(禁忌であったとしても)、死の定義とは何だろうか』

とある女の手記から一部抜粋


弔い屋と塵纏いと出発

予定外のことが起こったが、とりあえずの解決への道は切り出せたので本来の目的、塵纏いがいる部屋を目指す。

 

深呼吸をし心を落ち着かせながら歩を進める。大丈夫、まだ、大丈夫だ。恩師の未練を晴らす手伝いができる。それはとてもありがたいことで、自分の我儘で振り回すなんてことは絶対あってはいけない。

 

脳裏を過ぎる、依頼の引き延ばし、遠回りをすることによる先生の最期、その遅延を考えた自分を戒めるように頬を叩く。

 

死者が優先。そこだけは履き違えてはいけない。

 

俺自身がそう決めたんじゃないか。

 

冷静になった俺は、先来た道を戻り、塵纏いがいる小部屋に行く。

 

迷いそうだが、塵纏いは特有の痕跡を残すのでたとえ居場所を伝えられていなくても居場所の特定は簡単だ。

 

足元、足跡のように積もった塵の山を追えばいい。塵纏いの由来、まんま塵を纏う女は、自分の歩いた足跡に塵を残す。簡単に追うことが出来る。

 

そうして、たどり着いた小部屋、真ん中に蹲り、両膝を立てて祈るというより懇願するフードを目深に被った人物がいる。

 

懇願する先にはなにもない。静かに、かすかに震えながら、虚空に祈りを捧げるその姿は敬虔な信徒を思わせるが、全くもって違う。

 

神に仇なし、救いを否定する異端者、それが塵纏いだ。

 

努めて平静に、声を掛ける。コイツの祈りは邪魔するべきじゃないから若干の申し訳なさを伴った声色に塵纏いは振り向いた。

 

「よっ、塵纏い。依頼の手伝いを頼みに来た」

 

【………、君か】

足まで丈があるフード付きのローブ、周りには塵が舞い、足元は塵が雪のように積もる。フードを下ろしたことで見えたセミロングの髪や昏い色を伴う…死者だから死んではいるのだが…死んだ目、その全てが灰色で構築された女が立ち上がる。

 

「久しぶり…というわけでもないな。塵纏い」

 

塵纏い、セトメトという女。

 

【また…か、もう君に憑いた方がいいんじゃないかと思うくらいに呼ばれ過ぎていると思うんだが…】

 

そう言いながら、膝を払う塵纏いだが、払って落ちるは塵ばかり、寧ろ塵が舞って咽そうになる。そんな嫌な顔すんなよ、口を肘で覆うのはよォ。ハウスダストどころじゃねぇんだよ。

 

「しょうがねぇだろ。お前の遺品…この呪いの装備があるからお前を呼びつけるのがコストパフォーマンス的に一番なんだよ。あとお前と生活すんのは普通に嫌だ」

 

小手を鳴らして自己主張する呪いの装備の返品を求める。コイツの遺品で強制的に押し付けられたモンだ。効果は風属性の魔法を使う時に風化の性質を付与する。デメリットは、他属性の適正低下と消費魔力の増加。

 

【酷くないかい?これでも魔法使いとして二つ名を賜るくらいには大成していて、それに美人だ】

 

「単純に塵塗れになりたくねぇんだわ。お前と一緒だと一生掃除が終わらねぇんだよ」

 

いつものやりとりをしながら、文句を垂らす。なんせコイツの遺品はクソ装備だ。一応、風属性の適正を上げる力もあるが、それにしたってデメリットが重い。しかも、風化という性質は肉体や物質を持つ相手にしか基本通用しない。非実体系、魂だけのアンデッドや、精霊にはなんのダメージも与えられない。

 

【気に入ってくれただろう?風化は僕の十八番で、僕にしか安定して使えない性質さ】

 

俺の事なんか知ったことではないと言わんばかりに、塵纏いは胸を張ってそういうが…簡潔に言えばものすごく使いづらい。この女が使う風化という魔法は、生前、コイツが風属性魔法の発展として、対象を風化させる魔法を生み出した。風に風化の性質を付与して敵陣に吹かしたのだ。結果は悲惨なもので、武器や防具がどんどんボロボロになり、人が段々指先や足先といった先端から塵と化していく。

 

大量殺傷を成し遂げたことで、塵纏いの異名を冠し、最期は、神隠しという異名を持つ転移魔法使いに拉致され、遠方に飛ばされ交戦、両者死闘の末相打ちした。(片方は肉体がバラバラになって一部が地面から()()()()()()、片方は肉体が塵と化して塵の山を作り出していた)

 

まぁその後、俺がその二人…死後も殺し合いしてた両者を命がけで引っ叩いて両者希望の場所、片方はココ、片方は帝国帝都に連れていったという背景だが…。

 

「性能がピーキー過ぎるんだよ。汎用性をよこせ。それこそ…神隠しみたいな」

 

何がいいたいのかと言うとだ。俺が魔法に求めるのは使うだけで武器や防具ごと塵に変える魔法ではない。もっと殺傷力が低く、応用が効く魔法だ。殺した盗賊から武器や防具を剥ぎ取るのが一般的な冒険者の収入源の一つとされていたりするのだから、武器や防具ごと盗賊を塵にしたらたまったものではない。

 

その点、転移魔法使いである神隠しが使う魔法はめちゃくちゃ便利な魔法だ。なんせ、防具の中身をお外にポイすることができる。なんなら、金庫の中身、中のお宝だけを瞬時に手元に引き寄せたりもできる。テレポートはつえぇ。惜しむらくは、あの人が帝国第一主義で、帝国に関わる仕事じゃないと協力を要請できないのがな…。

 

【あー…、僕の前でヤツの名前出さないでよ。帝国軍人様はお堅いから、有事以外助けてくれないさ。優しい優しい僕と違ってね?】

 

身体をふわりと宙に浮かせ、俺の周りを揺蕩い、耳元で囁かれる。塵が舞うからマジでやめてほしい。埃を払うみたいに、煙を払うみたいに、手を動かすとむすくれた表情で頭上から塵雪を降らせる…

 

だからそれやめろぉ!えっほ、げふん、ごほっ、と咽に咽る。ただまぁ言ってることは事実だ。

 

そこを比べてしまうと事実としてコイツの方が遥かに助けてもらってるから何とも言えん。が如何せんトラブルも多い…。ただこの依頼はきな臭いというゼーレン婆さんお墨付きなので癪だが連れて行くに越したことはない。

咳が収まったから返事を問う。

 

「はいはい…手伝ってくれるか?」

 

おざなりに了承を求めた。なんだかんだいって助けてくれるからな。初期の丁寧さなんて塵と一緒に消し飛んだ。

 

空を宙返りをして、目の前に降りたち、恭しくお辞儀する。なんかどっかの額に傷を持つ少年が出る映画に出てくる幽霊を連想させる動きに前世の記憶を刺激される。お辞儀をするのだ…いやこれは名前を言ってはいけない人だわ。

 

【あぁ、もちろんだとも。君が夢を見続ける限り、僕たちを置いていかない限り、僕…いや僕達は君に手を貸そう】

 

意味深なことを言う。十中八九、転生者であることを言ってるんだろう。コイツに限らず、一部のヤツは俺が転生者であることを知っている。それは、コイツみたいな、神を信じないヤツや、一度死んだヤツからすると、俺は特別に映るらしい。好きで二度目の人生やってるわけじゃないがな。もちろん、異端扱いで殺されかけたことも一度や二度じゃない。大体が聖国関連で、先生の目的地とは言え、暗澹たる気持ちだが、ガンガン聖人たる先生を盾にゴリ押ししようと心に決めた。

 

【そして…君が世界に拒絶されようと、僕だけは君の味方だ。勿忘草の君】

 

一気に近づかれ、頬に両手を添えられる。美人で様になるとは思うが、セルフィと比べるとな…。あとセルフィより胸がねぇ。

 

そんなことを思って視線を下に向けていたら、直で塵を鼻に突っ込みやがった…!

 

「ぶえっへ!ゲッホゲホ!!鼻が…!鼻がいてぇ!」

 

思わぬダメージを受けたもんで、鼻が取れるくらい擦ってなんかて塵を出す。…クソ、目にも入った…!

 

そんな様子をジト目で見てくる塵纏いに、誤魔化すように先の話の気取った物言いに噛みついた。

 

「勿忘草ねぇ…花言葉で…私を忘れないで、だったか?忘れねぇよ。いや忘れられねぇよ!毎日毎日、忘れそうになるとカタカタ動いたり、周りにあるもの塵に変えようとする呪いの小手があるせいでよぉ!」

 

【ははははは、君が忘れないようにという気遣いさ】

 

「その気遣いで、結構な物が被害出てんだわ。俺いくらベッド修理したかわかるか?」

 

【さぁ?でも大丈夫、僕の手助けでプラマイゼロだ】

 

「はぁ?いやマイナ…うーん…なんとも言えねぇ…」

 

コイツ…だが…うん、そうじゃないと言うには助けられてる…からなぁ。癪だがコイツの言う通りである。プラスではあるが、日頃のアレコレのマイナスと相殺されてゼロだ。

 

「あぁもう…ほら、待たせてんだよ。行くぞ」

 

面倒臭くなったから、そのまま身体を引っ掴む。半透明で動くたびに塵が舞うその体は華奢ですぐに触るだけで手折れそうなほど儚い印象を与えるが如何せんやったことがエグすぎて、魅力より先に恐怖が来るので特に問題はない。これが、司書さんとかだったらなぁとか思いつつ…そのまま()()にしまい込む。

 

自分の身体にも仕舞えるのだが、遺品といった関係がある物にならタンスやクローゼットよろしく突っ込むことが出来る。これがまぁお手軽ご遺体移送業者として引っ張りだこな理由だ。なんせ、アンデッドはアイテムボックスに入らない。アンデッドにとって自分の遺体や遺品は、切り立った崖を登るための命綱と等しいらしく、それがアイテムボックスに仕舞われると、死後の世界に引きずり込まれてしまうらしい。まぁそこらへんは気合で崖…現世にしがみ付けばなんとかなるらしいが、単身で崖にしがみ続けるよりも、命綱ありのほうが精神的にも体力的にも楽なのは道理である。疲れたら手離してプランプランすればいいし、バンジーよろしく落下してもイイらしい。死後すらエンジョイするその姿勢は見習いたいものがある。

 

【それじゃあ君。よろしく頼むよ】

 

「あいあい…」

 

ダイソンよろしく、塵纏いを小手に吸い込む。

 

半透明の人間がぐにゃりと渦を巻く姿は未だに慣れないが…俺にとり憑かせるやり方は特に問題ないんだけどな。アレか?見た目の問題か?

 

吸い込み終わった所で両手を払う。手に付いた塵を払って、後ろを向く。

 

淡い光だけが頼りのこの薄暗い世界は、どこか死後の世界というものを脳裏に過ぎらせる。寒々しく、淋しい世界。記憶の何処か、体験したことがあるような、ないような、曖昧で朧げ、まぁ思い出したくもないから、忘れたままでいい。そんな世界に近い筈なのに、ここにいる奴等は、ここはマシだ、まだ良い世界だと宣う。

 

それほどまでに死後の世界は苦しく寂しいと言う。

 

なんで俺はこの世界に生まれ落ちちまったんだろうな。

 

後悔に似た諦念を胸に、俺は地下墓の最奥をあとにした……なんて風に終われれよかったのに…!

 

【気張って死なないようにしなよ!】

 

【俺も連れってくれよなァ!】

 

【あぁ狂乱が…ほら早く…行けヒューマン】

 

馬鹿共はクソほどうるさく、押さえていたアズウェルすらどうにもできないほどの狂騒に膨れ上がっていたので…急かされるままそそくさと地上に向かうしかなかった。俺の感傷が吹っ飛んだのは言うまでも無い。

 

 

ホント…終いにゃ成仏させてやろうか…!

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

人の身体の中、正確には違うのだが大きな意味では間違いではないので割愛しよう。

 

改めて、人の身体の中というのは案外心地良いもので、ふわふわと宙を揺蕩う風船のような、妖精のような、地に足がつかない不安定さが、身体に重石を付けられたことでようやくなくなり、そのことに安心感を感じているのだと思考する。

 

僕、タイラー・フォルタングにとって、この愛しき種族の隣人たる彼は何者にも代えがたいヒトであるといえよう。なにせ、彼が居なければ私達は文字通りこの世界から追い出されてしまうのだから。

 

彼、イチイとの出会いはまぁろくでもない出会いだったといえる。死してなお殺しあう不毛な争い。お国の為というが、僕も神隠しも、どちらも目の前にいる奴だけは殺すという意地みたいので戦っていた気がする。死んでたのに…もう原形をとどめない肉体がそこら辺に散らばっていたのに…。それを命がけで止めてくれたのだから感謝しかない。あの時は狂い掛けだったからね…自分でも止めることが出来なかった。

 

少しの間、あの忌々しい帝国軍人たる神隠しと旅をすることになったのは癪だが…こうして故郷の墓に埋められたというだけでうれしいものがある。あの神隠しも、その点では僕以上に感謝していた。感謝していなかったら張り倒してやるところだったが…。あの帝国脳は、お国第一で、見ず知らずの地で朽ちていくよりも、祖国の地で眠りにつきたいという願望があったのだろう。イチイが帝国に関わったときは、僕以上に働いて尽くすのだから始末に負えない…。僕の方が役立つんだが????

 

小手の中をすり抜け、下界に身体を少しはみ出させる。見た目?小手に目が付いているだけだ。半透明の。この暗さだ、バレはしない。

 

ジッとイチイを見つめる。どこかそわそわとし始めたのはきっと視線を感じているからなのだろう。短命種なんて、いつの間にか生まれて、死ぬ種族だと思っていたが、こうしてみると存外可愛げがあるものなんだなと思う。

 

長命種とはいえ死ぬときは死ぬ。僕はドワーフだったのでエルフやヴァンパイアほど長命ではないが、それでも150年は生きていた。大体500年生きるから…人間換算で…30…この話はやめようか…。

 

大体の長命種は同じ寿命の種族と愛を育むが…死んでから本番とは誰が言ったものか。いやたぶん誰も言ってないと思う。独身が生み出した妄言だ。悲しい…。

 

しくしくと抑えきれぬ情動に身を委ねながら過去を回想する。

 

本当に…生前とは比べ物にならないほど感情が出るようになった。肉体という枷から外れると、ここまで精神は緩くなってしまうのは勘弁したい。自分で自分を止められない、常時酩酊状態だ。

 

なんてったってアンデッド、そう呼ばれる者達は言ってしまえばこの世界における部外者だ。死んだ者にとってこの世界に居場所なんてものはない。いや、生前の家族や友人と一体場所はあるだろうが、そういうのではない。もっというと、世界そのものに拒絶される。

 

だからこうして、死者に名実ともに優しいイチイは僕達にとってまさしく救世主ともいえる存在であり、帰りの彼らの狂乱も仕方のないこと。世界に居場所を作って自分を受け入れてくれる人がいるという、その事実だけで、感情が高ぶってしまうのも無理はないことなのだ。そこに肉体の枷が外れてしまえばしょうがないことだろう…と自分も含めて正当化してみる。

 

本当にあの時は救われたのだ。死してなお争う不毛そのものを必死に止めてくれた。戦わなければ、この世界にいる資格はないと思っていたから、戦うしかなかった。それ以上に、目の前の存在が気に食わなかったというのがあるが。

 

その後も…イチイが居なければきっと壊れていた。

 

だって、世界から拒絶されるという苦痛や、死後にたどり着く世界というものを知った絶望というのは、本当にどうしようもないほどの絶望で…嘆き苦しむ…のだが割愛しよう。語った所でという話だ。死んだ人間から、死後の世界を騙られるほど救いのない話もないだろうからね。死人の言葉なんて誰だって信じたくないから、語る、ではなく騙るというわけだ。なにせ、案ずるより産むが易し…の逆かな?想像しているものよりも、現実的で夢がない天国なんて誰だって耳を塞ぎたいだろう。あと、言伝で真相を知るよりも実際に体験しろというのもある。僕も苦しんだのだ、お前も苦しめ。

 

代わりに、僕の死ぬまでの死生観といえるものを話しておこう。それで精々推測するといい。

 

まず、死ぬということは何だと思う?肉体の死?魂の死?あぁあるだろうね。ただ僕が考える死ぬというのは、誰からも忘れ去られた時だと思っている。誰からの記憶からも忘却、風化していって文字通り存在が消えてしまう。風化という魔法を操る人が、最も風化を恐れているなんて笑い事もいいとこだろうが、恐怖というのは、そのことを知らない者よりも知っている者のほうが怖がるものだよ。死ぬことを知らない人間より、死んだことある人間が死を恐れるのと同じ話さ。

 

そんなわけで、生前は忘却こそ死という説を唱え、教会から叩きに叩かれまくったのだが、いざ死んでみるとこの説も少し変えざる負えなかった。とある真実を知ってしまったのだ。

 

笑えたよ。

 

救いなんてなかった。いや…ある意味救いなのかもしれないけどね。何があったか?言うはずなかろう。ヒントは結構、与えたはずだよ。

 

それからというのは話した通り、僕と神隠しは死後も戦い続けた。生前の目的を続けないと真実を知った精神がどんどん摩耗するから。何で戦っているかなんてのは正直どうでもよかった部分もある。戦って、目を反らせさえすればよかった。あと、目の前のヤツを先に叩き落したかったというのもある。

 

それほどまでに、死んだ後は辛かった。僕が小部屋で祈っていたのはあんな世界に生きたくないという懇願で、嘆願だ。もちろん、神に嘆願するわけじゃない。彼に嘆願している。だから、祈りが通じて今日も彼が来てくれたのだ。…たぶん。

 

そんなわけで…僕が言いたいのはだ。そんな冷たい世界の真実よりも、こうして居場所を与えてくれる彼の頼みの方がよっぽど大事ということさ。

 

彼の能力はこの世界にとって異物だ。死者を世界に繋ぎとめるという行為がどれだけこの世界の禁忌に触れているのか、理解して…いないのだろうが、禁忌以上に有能だから重宝されているのだろう。

 

死人をつなぎとめる力、それはきっと、遺した者も遺された者も必要とするだろう。

 

はぁと嘆息。きっと彼はこれからも艱難辛苦の道を歩み続けるのだろう。それは、僕達が存在しているからこそ起こるものであり、じゃあ僕達が消えれば解決するかと言われれば解決しない面倒なものだ。

 

彼の能力と精神性はこの世界の需要と合致し過ぎている。そう思う。彼はことあるごとに、自分が関わった人間には生きてほしい、居なくならないでほしいという願いをつぶやく。それは人前ではあまり話さないことで、僕達だけが知っている。

 

過去、誰かを失ったのか。容易く想像できるほどに。隣人が、知っている人が消える恐怖におびえる彼と、その使者をつなぎとめる能力は噛み合い過ぎている。そして、それが彼を苦しめている。だって、この世界じゃ僕達は消えなくちゃいけない存在で、存在が許されない者達だ。摂理に反する。それを捻じ曲げる力。それでも、彼は力を使い続けるんだろう。

 

だからこそ、僕は彼の役に立つためにこの力を振るい続ける。きっと、あの忌々しい帝国軍人もそうだろう。彼が居なかったらアイツも今頃死後の世界にオサラバしているのだから。死んだ後も働き続けるその精神性にはちょっと共感できないし、それはあっちも同じだからまさしく水と油の関係なのだが、きっと、イチイが危機に瀕したときは手伝ってくれるだろう。手伝ってくれなきゃシメる。アイツの大切な家族をもろとも塵と化してやろう。

 

 

ぶるり、身震いするイチイ。

 

おっと、どうやら力が漏れていたのか嫌な感触を味わわせてしまった。身体が塵になるという肉体を揺らがせる根源に近い恐怖を如実に感じてしまったのだろう。なに、君は塵にしないさ。ホントホント。家名に誓ったって良い。あ、依頼が終わったら家の様子でも見に行ってもらおうかな。結構放置してたし。一応、風化は相伝してたはずだし、僕の弟の血が残ってるはずだから、特に支障はないだろうけど…ね。

 

死んだ後のほうが、生きてる時より世界を謳歌しようと思えるのはすごい皮肉だなと自嘲しながら、身体を小手から引っ込める。

 

僕の願いはついでで、やるべきことはイチイの敵の抹殺だ。うん、よし。

 

ひとしきり思考を巡らせていたからか、それともイチイのおかげなのか。ゆったりと思考を染める眠気が来る。自分の遺品を揺り籠にして微睡む姿は成仏しそうと思われるが、イチイのおかげで世界に紐づけされているので問題ない。問題なく眠ることが出来る。

 

アンデッドは…気を抜いてしまうと持ってかれる(成仏する)ため、おちおち寝ることも許されないが…イチイといる時だけは安心して眠ることが出来る。

 

僕は頻繁にお呼ばれするので結構な頻度睡眠を謳歌できるが、他の人に申し訳なくなるね…。

 

……アンデッドが大概狂乱してるのは寝てないから…?

 

ふとした疑問が泡みたいに溶けていく。心地よい闇に思考が蕩けていく。生前では当たり前に、アンデッドになってからは望外の喜びとして眠りを享受する。

 

あとで、イチイに教えて睡眠日を設けてもらおう。そんな他愛もないことを考えて…意識が途切れた。

 

 

アンデッドも夢を見る。生前の、当たり前だったはずの一日を過ごす夢。今、望んでも手に入れることが出来ない幸せな悪夢を見た。

 

 

一生、この夢から覚めなければいいのに。そんな夢だった。

 

~~~~~~~~~~

 

「よう、レリエル、セルフィ!戻った」

 

ドアを開けてもらって外に出る。日差しがまぶしく、まるで世界の明度を上げたみたいな視界を慣らしていきながら手を上げる。

 

東屋にて休憩していたレリエルはこちらを見るくらいで身じろぎしないが、セルフィは読んでいた本から顔を上げて笑みを浮かべる。赤みを帯びる頬、蠱惑的な笑み…おっと?

 

「イチイ…死臭がすごいな。誘っているのか?」

 

だいぶ、イカれたことを抜かした同僚の頭をはたく。びっくりしたわ。普通に騎士さんいるんだぞお前。

 

「は?なに言ってんだ700歳。歳の差、OK?」

 

「堪らなくなるほど死臭を纏っているのはお前だろう?あと年齢をいじるな。また沈黙をかけられたいのか」

 

死臭、死臭とな?スンスンと服を掴んで嗅いでみるも特にそう言った臭いは感じない。

 

「死臭ってお前…なに?なんも臭わねぇけど…」

 

「ふむ…人間は鼻が鈍いな。レリエルも感じるだろう?この香しい匂いが」

 

「…あぁ、香しくはないが、嗅ぎなれた匂いを感じる。それも…濃い」

 

「え、そんなにか?消臭できるんかね…死臭って」

 

「ふむ…臭い消しは使っておけ。一部の魔物や種族を惹きつける。…特に、長命種はあまり好まない匂いだろうからな。ヴァンパイアは好むが…」

 

「…後学の為に聞きたいんだが、俺が纏ってる死臭ってどんな臭い?」

 

「ふむ…そうだな」

 

「麝香…鹿の香嚢と呼ばれる分泌物を加工した香水の匂いに近い。好き嫌いが分かれる…というよりは、その香りがする者に忌避感を抱くという感じだ。麝香は一般的に死を予見させる匂い、死を偲ぶ匂いであるとされる。長命種は特にそうした価値観が多い。死人を偲んでいる遺族だと思われるだろうな」

 

「えぇ…」

 

マジかよ…死人の匂い…あぁいや…なんかそんな話聞いたことがあんな…何だっけか…。国語の教科書に載ってる奴だった気がする。アロエがメイン張ってた奴だ。あとオルフェの話でも出てきた気がする。死人の匂いは麝香のように遠くからでも香るとかなんとか…それか…。

 

なんとなく前世とつながる要素があって腑に落ちたが、それにしたってそんなに香っているのか?香水ぶちまけたみたいな匂いなのか?

 

「……あとは、死に関わる人間に匂うものだ。争いの絶えない者、そう邪推されてもおかしくない。死臭が染み付くほど殺したということになる…それくらいに濃い」

 

「おぉう……」

 

…どうやら本格的に臭い消しが必要なほどらしい。いそいそとバックから臭い消しを取り出して振りかけていく。

 

残念そうなセルフィとうんうんと肯定するレリエルを尻目にぱっぱとふりかけ、もういいだろうという思うレベルの1~2倍でかけたくらいでようやくレリエルからお許しが出る。

 

「…もう大丈夫だ。完全とはいかないが冒険者と変わらない程度の死臭だ」

 

「おっ、ならいいか」

 

結構ぶっかけてようやくだぞ…。そんなに染み付いてたんかよ…。だが死臭って死んでアンデッドになっただけの存在からでも香るんだな…。アレ肉体に起因しているモンだと思ってた。アレかな…冥界の冷気とか空気とかそんなノリかぁ?今まで、そう指摘されることはあんまりなかった。というのも、ソロプレイの時は、そこらへんをカバーする魔道具を持っていたからだと思う。臭い消しの魔道具、ファッキュー神官に持ってかれてしまった俺のお気にの魔道具を恋しく思っていると…セルフィの心底残念そうな顔が視界に入った。

 

「もったいないな…。地下墓に行くイチイは大概臭うが、今日はそれはもう堪らない程だったのにな…」

 

「いやまぁ…うん。死人そのもの引きつれてたらそらそうなるだろうよ」

 

ヴァンパイアにとって死臭ってそんなにいいものなのか?種族的にそこは血の匂いじゃないのか?とか思うがまぁいつものことだ。

 

「死人…というと、塵纏いか?」

 

「塵纏いも…だな。今回は二人だ。そのせいで余計臭ったんだろうさ」

 

セルフィに返しながら、荷物をまとめていく。それを見た二人も荷物を手早くまとめて背負っていく。

 

「なぁイチイ…お前の特異性は理解しているが、その死人は何人も引き連れられるものなのか?だとしたら今度4人…いや5人以上で…」

 

「何考えているかわかるぞ?なんでのこのこ、カモがネギ背負っていかなきゃならないんだよ」

 

「むぅ…まぁいい。用は済んだのか?」

 

「おう、ばっちり済ませた。塵纏いとは後で挨拶させる。今はぐっすりなようでな」

 

「わかった。久しぶりの後輩だ。せいぜい可愛がらせてもらおう」

 

「…了解した。あの貴女(きじょ)か…うぅむ…」

 

…そう言えば、セルフィは塵纏いと知り合いだったな。まぁーうん、ちょっともめるというか…うるさくなるんだろうなぁ。レリエルは…単純に苦手としているんだろう。というより、大体の冒険者から風化は忌み嫌われるからな…主に武器や防具の修繕費用という金銭的な意味で…。

 

若干憂鬱になりながら、準備ができたパーティーメンバーを見据える。大丈夫そうだ。うだうだいっても、このパーティーで行くしかねぇ。やばくなったら逃げるし、マジのピンチだったら全力で助けを呼べば助かるだろう。うん…他力本願万歳だ。

 

「それじゃあ、行くかぁ!」

 

異世界弔い旅の始まりだ。




小ネタ
ヴァンパイアにとって、死臭は猫のマタタビに近いが、
一部の種族にとっては、鼻に粘つく発酵物特有の臭いに感じる。
また、一部の生物は、死にかけの生物に寄生、あるいは食性で狙うものもいるため、死臭はその生き物たちにとって、餌や苗床の臭いである。


地の文が多くて申し訳ない。お次は道中戦、もとい戦闘です。
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