転生者、異世界で弔い屋やってます。 作:よくメガネを無くす海月のーれん
とあるエルフが記した本の一文
街道を歩く。
ここは街から幾ばくか離れたところ。ざっと、目的地の十分の二くらいだろう。最低限土を固めただけのガタガタの道を歩く。大体の街道はこんなもんだ。一応、規則があってゴミを道に捨てないこと。定期的に巡邏が見回ることになっていて、巡邏は周囲の警戒の傍らゴミを拾う。街道は馬車も通るからだ。馬車自体はゴミを踏み越えることもできるが、それを引く馬が転んでしまう。だから、道にごみを捨ててはいけないルールだ。ここを通る者も、ゴミを見つけ次第脇に寄せることを求められる。
手が空いてて余力がある魔法使いなんかは街道を整備する依頼を受けることが多い。小遣い稼ぎにちょうど良く道中の旅人や冒険者に感謝されるからだ。だが、たかだか感謝と侮ってはいけない。
えっちらおっちら俺達は早歩きのペースで進んでいる。ちんたらしていると盗賊やらに出会うし、何より夜を迎えるまでに中継地となる山中のキャンプ場に行かないといけない。そうじゃないと、夜は魔物どもが活発になるからだ。厳しい世界だよ、うかうか旅もしてられない。だからこそ、こうして街道を通る冒険者や旅人は相応の実力を持つ。だから、感謝というのも馬鹿にできないのだ。それだけで、一週間は生活できるくらいはもらえたりするし、簡易的な修行にも付き合ってもらえたりする。街道を通る人も、整備する者には必ず返礼しなくてはいけないという暗黙の了解がある。
それほどまでに道中の負担というのはバカにできず、道が整備されていればいるほど、道中の費用も削減できるからだ。
ただ…この負担に関して言いたいことが一つある……
「まぁーわかる、わかるぜ。急がないといけないのはよ。…よーくわかっているさ」
「……どうした?」
「いやそのよォ…」
「セルフィずりぃなぁって」
振り返ってセルフィを見る。そこには、魔法で空中を揺蕩う女が俺に紐を括りつけて、風船のように宙に浮かんでいる。
「…この方法が消耗が少ないという話になっただろう」
レリエルの言う通り、確かにこの方法が一番消耗が少なく済む方法ではあるんだ。あるんだが…。まぁうん。単純な羨ましさである。
片や荷物もなしに空中浮遊、片や荷物ありで歩き、機から見たら俺は従者か、はたまた人間風船を括り付けた不審者である。
「どうした?回復が必要か?」
「いやすまんセルフィ…浮遊良いよなぁって話さ」
「ふむ…浮遊するだけだからな。外部からの力がないと進まない。それにイチイ達にも掛けたらただ浮遊するだけの集団が生まれるが…良いのか?」
「それにな…私のこれは物を一切持っていないからできるものだ。荷物が多いイチイ達には消費魔力を考えると難しい」
「いやすげぇシュールだな浮遊集団…ま、だよなァ」
諭すように言われてへこむ。うぐぐ…楽は出来ねぇか。
アイテムボックス持ちの魔法使いは希少で消耗を避けないと必要な道具を肝心な時に出せないことがある。ご遺体や遺品を運ぶためにアイテムボックスにはそれなりの余白を残しているものの、予備の物資や道中で使う食料を積んでもらっているからそういった状況は致命的だ。
……俺やレリエルはどっちもタフだが、脳筋だけでは解決しない事柄ってモンがある。…そう、食糧問題だ。そればっかりはどうにもならない。
幸い、浮遊魔法は掛けられた対象の重量を参照するので、今の何も持たないセルフィは自分の重量分の魔力を消費している。大した量じゃないらしい。深く首を突っ込むと殺されるので割愛するが…。
「言いたいことはわかる。私自身、一人だけ楽をしているようで罪悪感があるのは確かだ。少し待て……これだな」
そんな事をいうと、セルフィは虚空から巻物を取り出した。アイテムボックス持ちは機から見るとマジで虚空から物体が取り出される。なんのエフェクトもなしだ。アイテムボックスに限らず、空間に干渉する魔法、空間魔法は全体的に初見殺しが多い。攻撃される時も、空間が捻じ曲がってようやくわかるのだ。ふつーにビビるし攻撃された後に気付くことも多い。顔のすぐ側の空間が左回りに捻じれた時は死ぬかと思った。
「それは?」
「賦活のスクロールだ。道中で使えそうなものはあらかじめスクロールに封入してある。疲れにくく体力を継続回復する魔法だ。『賦活』」
「愚痴った俺が言うのも何だが、魔力使ったら消耗を抑える意味がなくねぇか?」
空間魔法の嫌な記憶から現実逃避しつつ、矛盾を問う。
「なに、調整はしてある。戦闘では使い物にならない程度に微量な効果しか掛からん代わりに自然回復で相殺できる程度には低コストだ」
「持続はどれくらいで?」
「3~4時間、疲れもしないが回復もしないという程度だな」
「それは重畳。我儘言ったようで悪かったな」
「気にするな。実際に楽をしているからお互い様だ」
そんなわけで俺がごねたことで、体力継続回復を手に入れたぞやったぁということありながら、俺達は再度街道を進み始めた。
魔法使いの本職がいると、こういう時に助かるんだよな。便利というか、一度知った快適さはなかなかに抜け出せない。もっぱら楽する方法として荷物やらは全部アイテムボックス持ちに預けた方がいいんじゃないかということを言われるが、ソイツぁ間違いだと俺は思っている。
魔法が使えなくなったらどうする?俺等が飯の種にしてる場所は大抵が戦場で、そこじゃあ魔法を封じる道具や結界なんざそこら辺にある。あとは魔力切れの時とかな。
アイテムボックス持ちが不慮の事故に見舞われた時はどうする?アイテムボックスは本人しか扱えない。気絶しようものなら、持ち物全部預けていた奴らは途端にでくの坊になるだろうな。
アイテムボックス持ちは物を持たないのかとも言われたりするが、それは事故ったときの対策故だ。運ぶときに物持ってたらその分負担だろ?担ぎ上げて避難する際大事なのは、どれだけ迅速に安全な場所まで行けるかだ。だから、アイテムボックス持ちは手ぶらが望ましいとされている。持つとしてもポーションや自身の所属を示すタグくらいだ。
後大抵のヤツが、魔法を使えるからな。手ぶらでも自衛できる程度には攻撃手段を持つ。魔法を封じられた場合?諦めるしかねぇ。
そもそも魔法使いが危険な場所に立つなんてそうそうない。そうならないための俺達だ。道具を全部アイテムボックス持ちに預けた奴らは前線まで魔法使いを連れてくから被害は出るけどよ。魔法を封じる道具や結界の運用は、近距離専用というか…乱戦の流れ弾防止用だ。そうした、相手の魔法を封じる道具や結界はないこともないが、費用対効果が釣り合っていない。なんせ、この世界は魔力で満ち溢れていて、特定の相手の魔法を封じるなんて器用なことは出来ないからだ。
考えても見ろ。特定の個人だけを狙ってその人が吸う酸素を無くす道具を。そんなもん出来るわけがねぇ。出来たとしても、それはその狙った個人を含めた周りの酸素を根こそぎ無くす道具くらいだろう。魔力ってのは大雑把に言えば空気と同じ性質を持つ。厳密には違うし、偉い学士の人にフルスイングでぶん殴られるが、大体の認識はソレだ。
そう考えると、局所的にでも魔法を封じる道具ってのはすげぇ…。いまいちコストが釣り合ってないが、それでも必要とされるんだから重要なモンだろう。ちなみに、コストは普通の人間1人分の魔力で、魔法一発防げる程度な。
そこまでするくらいには魔法というものは強力で汎用性が高く殺傷能力がエグイ。
「魔法ってのはつくづく便利なものだよなぁ」
「魔法を学びたいか?」
ぽつり、願望が漏れた俺にセルフィが反応する。
「…俺も神に仕える秘術ではあるが、触りでも教えることが出来る…お前が何を信仰しているかによるが」
「え、良いのか?ありがたいけど…そうポンポン教えてもらっていいものか?」
レリエルでさえ、そんなことを言うモンだから結構驚いている。魔法や聖法ってのは専門職の技術だ。前世で弁護士をやるのに資格がいるように、魔法使いや神官を名乗るには試験や技術を求められる。俺がやってることなんて、聞きかじりの法律知識を振り回したり、呪いの装備という名のsi〇iに法律知識を答えてもらってるだけだ。その過程で、毎回のように同じところを参照しているモンだから、覚えてしまったのもいくつかある。それだけの話だ。
「イチイは身体強化や軽い低位魔法しか使わないからな。それに…イチイは亡くなった御仁達が居るだろう?私よりも遥かに優秀な智慧を持つ御仁達が居るのだから必要ないものだと思っていた」
「…そうだな。俺もイチイには『武僧』のセラントリー聖や他の聖人の方々もいらっしゃるだろうから、俺が教えるくらいならそちらに教えを請う他方がいいだろうと思っていた」
まぁ言ってるのはすげぇわかる。
「そう…!そうなんだよ。自分で覚えるよりもアンデッドに使ってもらった方がいいんだよ。下手に覚えて下手くそな魔法に魔力使うより、何倍も強い魔法や聖法に俺の魔力を使ってもらった方がいいなってのがあってさぁ…」
まさに言われた通りなのだ。俺が覚えるよりもアンデッドの人達にやってもらった方が強い。アンデッド達は俺に憑りつくことで、俺の魔力を使って魔法を放ったり、肉体を動かしてもらったりすることがある。後日めちゃくちゃ疲れたり筋肉痛どころじゃない骨ごと断裂してたりすることがあるものの、そちらの方が断然強いのだ。ようは法律を学ぶよりも、死んだ弁護士を憑依させた方が早い。ただ、その弁護士があまりにも専門的なことしか言わないから、全く知識が付いていないのが現状だ。
ただ…
「でもよ…あんま使いたくねぇんだよ。死んだ人間を死んだ後もこき使うのはよ。死んだヤツはそっとしておいた方がいいんだよ。十分生きて頑張ったんだぜ?」
ゼーレン婆さんは死んだ人間を使えっていうだろうし、アンデッドの人達も自分たちを容赦なく使えとは言う。他の生きてる奴らだって、そんな便利なモン使え使えって言われるさ。
でも、死んだんだよ。もう終わった人間なんだ。休ませるのが筋じゃねぇのかよ。死んだ後も働かされるなんてブラック企業も真っ青だ。そんなことしたくねぇ。
そういう前世の価値観を今も引きずっている。確かに不慮の事故で亡くなった人等は未練を無くすために憑りつかせて色んな事をするときはある。冒険がしたいからつって、力を借りて冒険したこともある。
だから、そういう時以外で、自分の為に力を使うってのは正直気が引けるってのが心情だ。まぁ、塵纏いを散々引っ張り出している俺が何言ってんだって話だが、コイツとの契約なので仕方がない。というより…アンデッド達との契約だな。
まぁこの世界、俺の劣化版というか安価板で、アンデッドを現世に定着させる道具もあるので、死人ですら労働力になることはある。帝国とかやってるところは少ないけどな。
俺の考えはこの世界じゃ、微妙だ。たしかに死んだやつはそっとしておくってのはこの世界にもある。が、大抵生者に迷惑をかけるから、関わっちゃいけないという意味で、死人を想うものではない。弔い屋っつー仕事も、そういう迷惑かける奴等を居なくならせる為だ。扱いがヤのつく人と同じなんだよな。
「お前はそういう奴だったな…。だが軽い魔法なら使っているのだろう?使えるものは増やしておいて損はない」
「まぁな…。塵纏いなんかは、引き連れすぎて魔法を多少覚えたんだが……『浮塵』」
セルフィと話しながら、人差し指で虚空にくるりと円を描く。
すると、ふわふわぐるぐるとひとりでに塵が指先に集い回り形を成す。例えで出したs〇riの同じところを参照し過ぎて暗唱できるようになったものだ。
「塵を浮かせて集める魔法だ、掃除にめちゃくちゃ便利。…正直なところ戦闘に生かせる魔法はもう少し欲しい。生活が便利になる魔法ばっかで、戦闘に生かせるの、身体強化と風属性魔法しかないし…」
「偏りが酷いな…」
「あぁ…使えるバリエーションを増やしてぇんだよ」
渋い顔をするセルフィに心底同意する。
俺もセルフィみたいに水で作った竜で相手を噛み砕きたい。レリエルみたいにホーリーな光を纏わせて、錨で相手を振り抉りぬくような一撃かましたい。男の子はいつだってドラゴンを召喚する魔法やエンチャント魔法に憧れるのだ。断じて、触ったものを塵にする魔法が使いたいわけじゃない。
そう思えば、小手から抗議の念が届いたが、腕を振り回して黙らせる。いっつも参照する知識が狭くて同じことしか言わない〇iriモドキが調子に乗るなよ…。お前死の風しか吹かせられねぇじゃん。
「…聖法については野宿した時に試そう。簡易的な判別儀式がある」
「お、それ頼むわ」
「そうだな…私も改めてお前の属性の適性を見てやろう。呪いの装備が馴染んで変化しているかもしれない……が」
「どうやら、のんびりし過ぎたらしいぞ、二人共…探知に引っ掛かった者がいる」
駄弁り過ぎたのか、すっと顔を引き締めたセルフィが地面へと降り立つ。投げられたその言葉に一気に思考が戦闘に切り替わったのを感じた。
それはレリエルも同じなのだろう。歩を止め、後ろ手に錨の持ち手を掴み、鎖を左手で前へと伸ばし、錨を肩へと担いだ。遠投の構え。
俺はメイスを引き抜いて、片手で軽く弧を描く。持ち手に食い込むような感触、すべり止めはちゃんと機能している。続いて空いた片手で右胸をノック、すると、自分の視界にフィルターが掛かる。半透明の膜越しに見る世界はどこか色素が抜けている。しかし、色素が抜けているからなのか、遠くのナニカを色濃く映し目で捉えることが出来た。憑依状態、生者を色濃く映す死者の目だ。
数は3人と2体。
四足歩行の生き物に半ば引きずられるようにこちらに走ってくる人型種族3人と、その後ろを追いかけるこれまた四足の獣。
地面を踏み鳴らす剛爪、赤黒い毛皮、鋭い牙から漏れる息は火の粉が飛んでいる。頭頂部から背中にかけて、体中の赤黒さとは違う浅緋と陽光を混ぜ合わせた毛色が一本線に伸びている。その一本線からは囂々とけたたましい炎が空気を、世界を焼いていた。異世界的力を持つ火を吐く熊だ。
その前を走る獣。後ろの巨躯と比べれば小さく見える。蹄でしっかり地を踏みしめ、背中に載せる自らよりも小さき種族を守る為か、はたまた自分の命の為か、そのどちらもだろうことが伺える懸命さで獣、猪は足を動かしている。普通の猪ではない。下顎から生える牙は捻じれ、上ではなく口の横に伸ばされている。
その上、半ばしがみ付くようにして牙の捻じれた猪に乗る矮躯が三つ。薄緑色の肌、垂れた鉤鼻、尖った耳、口さがない者から獣とも評される醜い顔は、命の危険を前にして怯える表情がありありと浮かんでいる。
緑小鬼。ゴブリンとも評される者。彼らは、自らを食い殺そうとする天敵から逃れるため、街道を通してこちらに走り込んでくるのだった。
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緑小鬼、りょくしょうきと呼ぶのは長命種の中だけであるらしく、現在ではゴブリンという名称が使われている。身体が小さく、基本的に1m~1.5mほどで、力は弱いが手先が器用、額に1~3つの角が生え、角の本数ごとに能力の適性が異なる。体色は種族の名称通り、緑色で生活環境となる草原や森林等で擬態しやすいように進化したとされている。雑食性で肉や穀物、木の実を食べるが、人は食べない。独自の言語を持ち、ゴブリン特有の文化を持つが、往来イメージされていた悪鬼羅刹の類ではなく、ささやかで素朴な生活をしている。
寿命が10年~20年で多産。十数人で構成された家族が最低八つ集まって村落として生活する形態をとる。これは、多産と寿命サイクルの短さから、血が濃くなりやすく健康面で影響が出るために濃度調整するための最低数であるとされている。
種族全体としての気質は実直で勤勉。責任感が強く同族想いな者が多い。教育面はゴブリンが扱う言語に加え共通語も学び、商売をする上で不足がないよう四則演算を学ぶ程度と他種族と関わるために必要なものが重視される。
多くの者は他種族の話を聞くことを好み、外部の人間を歓迎する。これは自らが旅に出て経験するよりも他種族から話を聞いた方が、外部刺激としては十分であり、20年弱の寿命は家族や村の為に捧げる方がいいという考えをする者が多いからである。
この地域のゴブリンは家畜化した猪による畜産と、山間部に生える薬草等の野草や工芸品を主としている。決して燃える熊を扱っているわけじゃない。構図からして命の危機だ。
燃える熊、ヒグマならぬ火熊、正式名称は他にあるが大体それで通じる。特に危険とされているのは火ではなく爪であり、その剛爪は引っ掻くというものではなく引き裂く、引き千切るという言葉が似合うほどに凄惨な傷を与える。火はどこで使うのかって?相手の傷口を焼いて治癒を防ぐためだ。傷口を焼くことで治療を遅くし体力を摩耗させる。背中のラインが燃えているということは若い個体だ。老成した個体は、背中の色が違う毛皮の範囲が伸びる。毛皮を広げると大文字に見えるから、好事家に人気の代物だ。
あのゴブリン達は、たぶん、いや十中八九あの熊の縄張りに入ってしまったのだろう。他の縄張りから追い出された、または巣立ちした個体が新しく縄張りにしたところに元からいた生き物が入って怒る。よくあることだ。
セルフィが片腕を横から前に振るう。透き通るような水球がセルフィ目の前の虚空に集まると、一瞬の停滞、指が水球に触れた。触れた点からじわり、血がにじむ。赤はすぐさま透明を侵食しその全体をおのが色に染め上げる。赤い水球、指が上へと跳ねあがり、追従するより水球もまた上空へと打ち出される。数刻の後、手を握りしめた。
ドパァン!
弾ける水球、世界に赤色を飛散させる。意味のない行動かに思えるがそうではない。照明弾だ。現に少し進路がズレていたゴブリン達は方向を修正しこちらへと向かっている。
こちらに来ることを伝えながら、腰のホルダーから紙を取り出し握りしめる。右手にメイス、左手に魔法陣紙を持つのが俺なりのバトルスタイルだ。手に持つは盾の魔法だ。あの巨体なら3回くらいは耐えてくれるだろう。それ以上はガス欠で死ねる。
「火熊、若い個体で逆上してるな。セルフィの水がメインになる。レリエルと俺は牽制、頭部を狙う。爪は死ぬ気で避けろ、ブレスは扇状に広がる、口が広い。燃えたくなきゃ前に立たないこと」
手早く相手の情報を羅列する。殺し屋の仕事の一つで、敵対存在の情報収集や分析なんかは俺が担当する。あとは…士気の向上もか?
「毛皮が売れる。一本線は一本線で大文字ほどではないが売れる対象、傷は少ない方がいい。狙うなら頭部か首。失血死が品質を考えると一番いいが、ゴブリンもいる。救助優先なら頭部を潰す形になるだろう」
「セルフィの魔法を合図に仕掛ける。準備はイイか?」
「わかっている。一番槍は任せておけ」
「…承知」
錨を構えるレリエルと魔法を待機するセルフィの頼もしい声と共に、そのときを…待つ。
じりじりと滲む汗を手の甲で拭い、メイスを軽く上下に振って先を下へ向けて後ろ手に構える。この時間は本当に長く感じる。戦っている間は短く、瞬時の事だと思うのにな。
相手との距離は如実に狭まっていく。近づけば近づくほど体躯の大きさが実感できる。いいモノ食ってるらしい。あれは永く生きるだろう。
声がした。
「すまナい!巻き込ンでしまッた!」
少しカタコトの、低いが響く声で言葉を投げられる。どうやら怪我をしてるようで、滲む血が乗っている猪の毛皮を濡らして赤にした。
「気にすんな!そのまま通り過ぎろ!俺達が止める!」
手早く声をかける。声を出す余裕がなくなってきたらしい。必死に頷き、乗っている猪も助かることに気付いたのか力を振り絞って加速する。後ろの熊もどうやら目の前の獲物以外の獲物が現れたことに気付き、こちらにも牙を剥く。
さぁ、戦闘だ。
一歩踏み出す横目に移るその姿、肩まで腕を持ち上げ体勢を整える。身体に斜を付け、左手を前に、右手を後ろに。弓を構えている。しかしてそこに弓も矢もない。だが、魔法がある。
セルフィの手から染み出すように水が踊る。水は物理法則を無視するように集まり固まり、瞬く間に一本の矢を形成した。先は水が渦を巻き、矢の中には気泡が浮かんでいる。見えない弓に番えられた水の矢は、ぶるり、揺れた。
「『水矢』」
限界まで引き絞られたことを伝えるように震えた水矢は、自らの名を呼ばれたことに歓喜するよう、襲い来る燃えさかる熊に対して空を切り裂いて世界を走る。
寸分たがわぬ精度によって、目の前から迫りくる水矢に対して火熊の取った行動は、顔を横にそむけ火を噴いたのだった。
グオォゥッ!!
漏れた苦悶の声、それもそうだ。避けようとした水の矢は頭部のど真ん中を貫くつもりだったのだろう。それで仕留められたら上々。だが、眼前、立ち止まってこちらを一つの目で睨みつける火熊は顔を少し逸らして片目でもって受けたのだ。しかも火を噴いて。知性が高い。火を使って切っ先の水や勢いを少しでも殺し、脳ではなく目で受けることで、目をクッション代わりにしたのだ。また、接触点を傾斜にすることで、万が一に貫かれても、脳を貫かれる可能性よりも、側頭部を貫かれた方がいいと判断した。運がよければ、目を犠牲に側頭部の表面を抉られるだけで済む。そういうことらしい。
魔物はすさまじく知恵が回る。それこそ、人間が人外のガワを被っていると宣うヤツだっているほどだ。中の人を疑うレベルで悪辣で残虐。これが若い個体だっていうんだから、この世界の厳しさというか難易度はいまいちバグっていると神に直訴したくなる。
だが、目的は果たせた。
横を通り過ぎていくゴブリンと猪、足を止めたことによって火熊から離すことが出来た。それを見計らった俺とレリエルは即座に駆け出した。
四つ足、そうした生物は基本、前足での攻撃を多用する。隙が少なく、他三つの足で立っているがために安定感があって崩されにくいからだ。出し得でえぐめの火力が出る小パン。隙がないからこれだけを連打しとけばいいという風に使ってくる。そして、動物にも利き手というものが存在する。といっても、頻繁に獲物や外敵を殺した手を出すというものだ。コイツはどうやら右手が利き手であるらしい。
左右に分かれて攻撃を仕掛けようとする俺達を、薙ぎ払うようにして右手が振るわれる。鋭い爪が空を割り、ゴウッ!と鈍くて大きい音を出す。
レリエルは後ろに下がって、下がった勢いのまま、鎖を滑らせ身体を捻る。一方、俺は前へ、前へとかいくぐるようにして避ける。得物による距離感が俺達を二分した。
ふところに潜る。側頭部が近い。近くでまじまじと見つめると細かな変化に良く気づく。口から火の粉が漏れていて、その奥に赤いナニカが見えた。ははっマジかよ…!
俺はすぐさま駆け出し、火熊の後ろに駆け出した。一瞬の後に後ろに熱を感じる。判断が遅ければ燃やされていただろう。火熊の後ろ足に生える毛を魔法陣紙越しに鷲掴んで、勢いそのまま体勢を反転させる。おっと…
ぶちりと小気味いい音を立てて、毛が数本毟り取れた。自分の毛が抜かれたことに気付いたのかこちらを瞬時に向いた火熊に対して、毛を見せびらかす。やーい、自慢の毛毟っちまったよー。激怒に顔を染める火熊だが…こっちを向いてていいのかよ?
追い打ちをかけるように、火熊の顔が横へとズレる。レリエルだ。右から左へ流れていった錨が頭部を殴りつけたことを表していた。まるで蛇のように、役目を終えた錨はレリエルに戻っていく。
意識外からの攻撃に意表を突かれた火熊は漏らしていた火を下に向けてばら撒いた。地面を焼いていく火が、扇ではなく放射状に広がっていく。敵が前後に分かれているから、距離を離させるためだろう。いや…俺を離させるためか。
中距離からでも攻撃できるレリエルに対して、俺は近距離でしか攻撃できない。メイスは近づかなければ意味がないし、魔法陣紙を持ち換えようにも、代えている間に隙を晒してお陀仏だ。だから…こうする。
レリエルへと意識を向けた火熊。身体が少しこちらに近づき走りだそうとしている予備動作に見えた。レリエル…いやレリエルも含めたセルフィへの攻撃とみた。そんなことはさせねぇよ。
左手に持った盾の魔法を発動させる。
ここで問題だ。盾の魔法、『防壁』というが、この魔法は使うと物理攻撃や魔法攻撃を防いでくれる便利なシロモンだ。持続もあって強度もある。魔法と術者に少しの距離を要求し、密着して発動しようとすると盾が動くか、術者が動く。欠点は継続的に魔力を消費することと、なんでも防いでしまうことだ。回復魔法だったりもな。
さて…これを
火の海に助走をつけてジャンプする。身体をたわませ丸くする。近づく地面に左手を伸ばし、握りしめた紙に全ての希望を託して、あらんかぎりの声を持って叫んだ。
「『防壁』ィ!」
直後、見えないナニカによって反発する。地面へと発動した盾の魔法は、発動した直後から近づく巨大な、それはそれは巨大な
反発する俺は宙を舞う。これだけなら、ただ空中に身を投げ出したバカだろう。しかし、俺は結構オンリーワンな力を持っていて、死者の力を扱うことが出来るというものを持っている。
(随分なことをするねぇ。まぁいいさ。使うといい。僕の力を)
不意に流れた風が逆巻く。突風。だが身体のバランスを崩すような強風ではない。むしろ逆、体勢を整え、己を目的の場所まで運んでくれる強い、強い、風!
身体を伸ばして、足を付ける。地面ではなく、火熊のケツだ。馬鹿みたいな巨体のせいで、足の踏み場に困らねぇ。少しずつ体を抜けていく魔力を感じながら、強く踏み込む。
動こうとしていた火熊が身体を止めた。背中に異物を感じたからだ。火熊はその重さから後ろに居た獲物だと判断した。だから、その馬鹿な獲物に痛手を与えるべく、背中の一本毛を強く焦がした。
さらに強くなる火が身体を舐める。火の粉が飛んで、高温に目を瞬かせる。普通なら俺は全身火傷をしていただろう。普通ならな!
踏み込んだ足を軸に倒れるように身体を投げ出す。そのまま近づいて来る火は俺を焼こうとして…不可視の壁に防がれた。誰も解除したとは言ってねぇぜ?
防壁は俺と火熊、双方に反発した。俺は上へと跳ねるが、風が俺の身体を支えてくれるので特段心配することはない。だが、火熊は違う。
俺という重さがそのまま、反発した力として伝わる。それは動きを封じる足枷でもあり、レリエル達に襲い掛かろうとしていた身体を地面に縫い付けた。
滑るようにして背中を流れる。もちろん、クソ熱い。引火しないかと心配するほどだ。あと魔力。『防壁』と強風は、俺の数少ない魔力をどんどん減らしていく。もう一つ付け加えるなら風が強くて火が煽られていることだ。風を糧に育った烈火が俺の身体をぬるりと撫でる。俺を焼くには十分な温度。炙られてるのかと錯覚した。
「うおえっ!?」
突如、身体が跳ねる。ロデオマシーンや暴れ馬もかくやの跳ね上がりにて俺は宙を舞った。やるじゃねぇか…。だがもう一度さっきと同じこと言ってやるよ。俺ばかり気にしていいのか?
首を上に向けている火熊にアッパーカットをするように、接近したレリエルが錨で顎をカチ上げた。
カチ上げられたことで、だばだばと火を吐く口は強制的に閉じられ、グンっと衝撃が火熊を襲う。
宙を舞う俺だが、残念ながら風の加護がある。不自然なまでに滞空し、レリエルが作ったチャンスににやりと口角を上げた。
『防壁』をぶん投げる。俺と火熊を隔てる壁はない。メイスを持ち上げる。空いた左手も添える。両手持ち、一番力が入る。
風が背中を押す。煽られる身体を伸ばして、頭上まで振り上げたメイスを火熊の頭めがけて振り下ろす。
ずだんという肉を叩き潰す音、手に伝わるのは命を潰したという確信。
今、人を襲う火を吐く熊の命は潰えた。
火熊、討伐完了。
ゴブリンが悪者という風潮をなくしていきたい