転生者、異世界で弔い屋やってます。 作:よくメガネを無くす海月のーれん
ある教えにおいて異端とされた男が書いた本、その抜粋。
責任って、恐ろしい呪いですよね。自らも、他者にも、須らくのしかかるんですから。人を呪わば穴二つ。覆水盆に返らず。ついて出てしまった言葉を戻すことは出来ない。後の祭り。怖いですね。
火熊を倒した…モンだから一先ずは息をつけるはずだった。
「どわぇっ!?」
火熊の頭部に向けて振り下ろしたメイスの勢いそのまま、転がるようにして倒れ込む。風によって体勢を立て直そうにも数瞬の思考の停滞が魔法の発動時間を食い潰していた。火熊の顎に錨をぶっ刺して固定してくれたレリエルとあわやぶつかるその瞬間。
「まったく…世話が焼ける」
内臓がグンと浮遊する。落ちるはずのものが落ちずに固定され、縫い付けるようなGにより頭がガクンと揺れた。
「助かった…!ありがとうなぁ…アッヅァ!!」
浮遊魔法、一瞬にしてかけられた魔法は、その効力を十分に発揮し、俺は猛烈にお熱いキスを地面としなくて済んだようだ。
前のめりでつんのめった状態で浮遊する様は何ともまぬけではあるが、そうも言ってられない事情がある。
手早く顎から錨を抜いたレリエルは、敵わんと言わんばかりに退避する。なぜか?足元にご注目だ。
ちろちろ…
そう、未だ地面は燃えている。レリエルは割と平然と火の海に突っ込んで、火熊をカチ上げていたが、慣れているのか、それとも耐性があったからなのか。だが俺は違う。
火元が死んだからか、火は弱くなっているものの、依然として土を焦がし、敷かれた緑の絨毯、その一部をしっかりと焼いている。先の言葉、お熱いキスというのは、物理的にお熱いというダブルミーニングでもあるのだ。嫌なキスだよ、マウストゥーマウスで口どころか顔面丸ごとイカれちまう。
近くなった地面からは野焼きした時の独特の臭いが鼻を突き刺し、目にダイレクトに突っ込んできた煙が俺の目を執拗に撫でてくる。レリエルのようなフルフェイスの兜も何もない、顔を覆うものは何もないノーガード状態なもんだから、感謝の言葉その直後、須臾の停止時間に目と鼻に甚大なダメージを負った。情けない悲鳴があたりに響く。
その悲鳴に応えたように俺の身体はそのまま横へとズラされる。十中八九セルフィだ。火から離された俺は二の腕にがしがしと目と鼻を擦り付ける。全然治んねぇ。目が痛ェし…染みる。鼻がツーンとして…鼻水が止まらねぇ。そんな風の俺はどさりと空中から降ろされ、身体を襲った軽い衝撃にすら目もくれず、ゴロゴロと地面を転げまわる。せっかくカッコつけたのに世話ねぇぜ…。
「お"ぉ"~"~"~"」
もがき苦しんでいると肩を叩かれた。何かと赤くなった目を半開いてで叩かれた方向を凝視する。服装からしてセルフィだろう。こちらに人差し指を差している。人に指差しちゃいけねぇだろとかどうでもいいことを思っていると、幻覚でも視界が揺らいでいるからでもなく、人差し指の先が濁った。
「『水球…鎮静…浄化…合わせて、無垢の水泡』…顔を洗えイチイ。最初しか役に立てなかった分これくらいはしよう」
ぱしゃり、水が跳ねる。比喩でも何でもなく、虚空に浮かぶ水球から水飛沫がこちらに飛んだ。それは、俺の目を寸分違わず狙い撃ち、驚きのあまり瞑目する。
「あっ…?痛くねぇ」
煙にやられていたはずの目はなんともなかったように色を映す。赤く狭まる視界はどこにもなかった。俺はたまらず顔を水球に突っ込んだ。顔を左右に振り、顔全体で水を浴びる。そうして顔を上げると、さっきまでの鼻の痛みもなくなっていた。
「マ、マジ助かった…。不用意な事するモンじゃねぇな…」
「本当にな。肝が冷えたぞ」
そう言いながら、セルフィは俺に向けた人差し指を宙へと踊らせた。すると、役目を終えた水球は、そのまま大地を舐める火に向かう。火が少しばかり強いところでパシャンと弾けると、火はその勢いを弱めた。…あれ?
「火に水って場合によっちゃダメじゃなかったっけ?」
服の裾を使って顔を拭いながらセルフィに問いかける。セルフィは少しだけ感心したように頷くとこう話し始めた。
「イチイは知識があるのかないのかわからんな…。そうだな、火に水をかけるというのは一見消火できそうだが、その実、火の強さによって消火出来たり、逆に火を強めてしまったりする。それは魔法でも同じだ。ただ自然現象で発生する火と違う点があり、魔法というのはそうあるべしという認識が強く影響することだ」
「ようは決められたルールに従う性質を持つ。魔法で発生した火は、鎮静、弱体、消火、無風等の要素が混ぜられた魔法で弱体化する」
指が4本立てられる。簡易魔法講座を水気を拭き取りながら傾聴する。横から、レリエルが投げ捨てた『防壁』の魔方陣紙を持ってきてくれたので、軽く状態を見てからしまい込む。幸運にも燃えずに残り、中身も十分使える範囲だった。サンキューな。
「とりわけ鎮静と浄化は相性がよく、火に関するほとんどの魔法をこれだけでいくらか弱めることが出来る。特定の要素に絞った消火のほうがより効果は強いがな」
そう言いつつ、指2本下ろした。
「…広く浅くを考えるなら、この二つがいい。怪我の悪化防止や殺菌もできるからな。魔物が作り出した現象だけでなく人体にも使える。覚えておいて損はない」
そうして、片方の指が下ろされた。
「特に鎮静、これだな。これは火だけでなく風や水、土にも使える。…そうだな、イメージとしては暴れるもの全般に効くと考えろ。暴風や濁流、業火に地震、そういう活発に動くもの大概に効果を発揮する」
ほうほう…鎮静らしい…のか?
「ただ人体に対する扱いを間違えると、とたんに生命を脅かす魔法に変貌する。精神に対する平常を奪い、知覚をめちゃくちゃにする…あとはまぁ、下手すると受胎する」
ふんふん……ん、なんで?
「…といっても稀だし、防御に関係する魔法の基礎だから、イチイにも簡単に覚えられるだろう。いつまでも魔方陣紙に頼ってばかりだといざというとき、私も困る」
後半の不都合さを隠すように簡易魔法講座は閉じられた。しばし硬直、何気なく使っていたし、自分が使える以上の魔法、知識にない魔法ってのは大体アンデッドに使ってもらっていた。その弊害がここに来て表出してる。
まったくもってわかんねぇ…
いやなんとなくは、フィーリングでは多少、本当に多少理解できる。アレだろ?プラスに対してマイナスをぶつけると弱くなるヤツだろ?それにしちゃあ範囲広くねぇか?鎮静…って、違う…違うくない?それ鎮静じゃなくて減衰とか抵抗とかじゃないの?てかなんで扱い方間違えると精神ダメージ与える魔法になるんだ?あとなんで受胎する?なにを?子供?明確に何を受胎するんだよ?なんでそこ言わないの?それって本当に鎮静か?人体のナニを鎮静してるんだ?生命か?生命を鎮静してるのか?なんだそれ?鎮静っつーか…苗床?苗床なの?
頭に?を大量浮かべる俺にセルフィは苦笑する。すいませんねぇ…おつむが弱くて…。いやおつむ云々じゃないけどな。今の。冷静になったわ。なんだよ受胎って。それまさか…男でも?
身体を震わせていると、くすりと笑ったセルフィが続けた。
「あまり気負うな。誰しもがそこからスタートするのだ。いきなり崖を命綱無しに登れという訳では無い。今話した鎮静は、深く学ぶとそうなるというもので、さわりの部分に留めるなら、ただ力を弱める効果を持つというだけだ」
「え、いや…え、えぇ…?あー…そんなもんでいいのかね?雑過ぎない?いや深堀されても意味わかんねぇけどよォ…」
「魔法というのは得てしてそういうものだ。小難しく理屈を捏ね繰り回して大雑把に結果を出す。精密さを追い求めると終わりがないから、どこかで区切るという点でも結果を出すことが優先されるんだ。実践的な学問、結果主義と揶揄される程度にはな」
「…その理屈をな。下手に解釈すると取り返しのつかないことになる……そういうことだ」
セルフィが遠い目をする。なるほど…思うところはあるらしい。一気に雰囲気が社畜時代を振り返る限界サラリーマンみたいになって煤けたセルフィの横から、レリエルが顔を出す。
「……二人、今は魔法よりも対応すべきことがあるだろう」
「おぇ?あー…」
「…ゴブリン達だ」
「あ、すまん」
顔面燃やされそうだけが思考を支配してたわ。魔法から頭を離してすぐさまゴブリン達と話す姿勢を取った。片膝を曲げ、腰を下ろし、かつ腕は立てた膝に置く。
こういう、身長差がある種族と話すときの楽な姿勢というか、失礼のない姿勢だ。ゴブリンは、最大でも1.5mくらいで、ほとんどは1.2や1.1mが基本の種族、ゴブリン達からしたら、人間と会話しようとするとどうしても身長差で頭を上げて会話するしかなくなる。ゴブリン側の負担が大きいのだ。ずっと上向いて会話してみな。めちゃくちゃ首痛めるぜ?
あと、人間側も相応にキツイ。なんせ基本下を向いて会話する。こっちも首を痛めるんだ。これが巨人、その中でも特段大きい相手だと逆だ。腕を上げて待つんだよな。それで腕を痛める。奴らは大雑把で自分の目線に人を持っていくんだよ。だから持ち上げやすいよう腕を上げるか、そもそも高いところに移動して喋る。じゃないと、相手の力加減一つで潰されちまう。
人間ばかりが受身過ぎないかと思うが、種族が変われば対応も変わるのは当たり前だ。前世的価値観からすると、セイレーン、人魚に対する対応は結構酷いというか惨く感じるぞ。まず、水の中に行こうとする種族があまりいないから、あっち側から来てもらわなくちゃいけないし、俺等は水の中で会話する能力なんて持たないから、必然的にセイレーンに地上の言葉を話してもらうのが常識だ。あと、人魚の言葉を俺達が話せない。エラも含めて使う言語だから、エラを持たない種族には発音すら許されないのだ。
ちなみに、人魚からすると地上で会話するにあたって首を水から出さないといけないから、会話していくとどんどん声がかすれていく。首にあるエラがどんどん乾いていくかららしい。美しい歌が聞けるのって、水分をたっぷり含んで30分が限界とのこと(知り合い談)まぁ、歌や会話の合間にセルフィがやったような水球に頭ツッコめばいいらしいが。
まぁゴブリンは生活圏も密接で勤勉かつ真面目な種族だから、たとえ過去に罪を犯して迫害されてたとしても、丁寧に対応する人間が増えていった。その名残…いやゴブリン達の頑張りがこうして対応に表れてんだ。巨人や人魚?うーん…アイツ等はマジで生活圏が別々だから対応もクソもない。
レリエルの後ろから、件のゴブリンが顔を出す。腰ほどの身長でレリエルの存在感に埋もれていて気付かなかった。三人居る内の一人が前へと出て深く頭を下げながら喋り出す。
「此度ハ巻き込んデ済まなかっタ」
普通じゃない。一目見て理解した。肉体の節々が強張っているように見えるが、それはゴブリン特有のものだ。枯草色と化した肌には無数の傷痕が残っており、小柄な身体には凝縮された"力"が感じられる。腰から下げたショートソードに手を据えて、こちらに深々とお辞儀する様は軍人という言葉にふさわしい所作だった。明らかにカタギのヤツじゃねぇ。
「いやいや、あんた達も無事でよかったよ。このデカさの火熊は流れの、それも隣の山からだろうしな。下手しなくてもアンタ等の村ごといかれてたかもしれねぇ」
「単に運が悪かったのだろう。怪我は大丈夫か?治癒は必要か?」
俺とセルフィで口々に言う。これはもう災害と同じもんだ。気にしたってしょうがねぇ。今は命が助かったことを喜んだ方がいい。
「その献身に
そうして、後ろにいた二人を示すと、二人のゴブリンは頭を下げた。少しばかり体躯が小さく見えるから子供なんだろうか。今日のことはトラウマになってもおかしくねぇな。
「名を名乗っていなかっタな。ゴブリン、ソド・アシュア・シシュト。シシュトダ。ソドハ役職、アシュアハ姓、名がシシュト。近くの村落にて、子等に剣を教える老骨だ。此度は子等のお守りをしていた。よろしく頼む…お前さんらも挨拶しなさい」
促されるままに、二人はひょこりと前に出た。
「フェン・アイレ・セラン…デス。えト…フェンが村長ノ地位で、アイレガ姓で…セラン!私ハセランでス!此の度ハ助けテいタダきアリガとうごザいマしタ…!」
少しテンパりながらも、深々と頭を下げる。丁寧な所作、翡翠の肌と金褐色の髪で中々に気立てのいい別嬪さんだ。その分、怪我の痕が痛々しい…それでも大きな怪我はしてないようだ。まぁしてたらこうして話してる暇なかったけどな。血に濡れているのはどうやら大半が猪や男の子の血らしい。
シシュトより片言が強いのは、まだ共通語を習って日が浅いのだろう。ゴブリンの言語には、「は」といった空気が抜ける音がなかったり、「た」や濁点がつくものは発音がしにくいから少し訛って聞こえたりする。先のシシュトが流暢に話せてるだけで、これだけでも十分なもんだ。
「ビンテ・ミニワ・セレト。ビンテが調教師デ…、ミニワの家生まレ!俺はセレト!助かっタよ!あんちゃン!ねぇちゃン!」
打って変わって、元気に挨拶するやんちゃ坊主はぴょんぴょんと跳ねながら、きらきらとした目でこちらを見ている。身体や足から血を流しているはずなのにまぁパワフルだ。その後ろで背中を小突いている猪がいて、坊主は気づくと、思い出したように手早く動き、頭を撫でて落ちつかせながら、猪の怪我を触診し始めた。
「おぉ、あんな目に遭ったのに元気なこって…。俺はイチイ。弔い屋だ。こっちはセルフィ、レリエルは…さっき話してたか。まぁ今回は不運だったってことで気にしなさんな」
「紹介されたセルフィだ」
「…レリエルだ。先は二人が失礼したな」
そうレリエルが頭を下げる。済まなかったよ、割と目と鼻とあと命がピンチでそれどころじゃなかったんだ。ついでに魔法でもな。謝罪の言葉に頭を振ってシシュトは答える。
「いや、助けられた身デ兎角言わんさ。次期村長の仔を守ってもらっタ大恩ハ消えん…何かお礼をしたいガ…」
「なァ!あんちゃン!助けてくれタ礼に火熊を解体してやってもイいぜ!」
「ウ、動かナイで…血ガ止まっテないかラ…」
目線を自身に散らし、小難しい顔で何かを考えるシシュトと違って、治療を受けてるはずなのに小学生並の勢いで手を挙げるセレト。
ヒュー、願ってもないありがたい提案だ。
「おっ、なら頼みたいな。討伐したはいいものの、このまま放置すっと他の魔物の餌になるし…かといってアイテムボックスにこれは…」
「いくつか物資を捨てることになるだろうな」
「だよな」
小首を振られる。そりゃあそうだ。物資はなるべく積み込む主義だから、道中のものは焼却したりして処分するのが俺達のやり方だしな。小さいモノは持って帰るが、さすがにこれは解体したとしても誰かが背負わなくちゃいけなくなって負担増だ。その分、消耗品も嵩むだろう。解体する時間も考えれば今日中に野営地に着くことは難しくなる。出来れば毛皮だけでも持って行きたいのが本音だ。
ゴブリンは手先が器用で自然に住む種族。解体だったり野草の採取は種族の十八番だ。マジで手際が早い。ギルドにゃ一人、ゴブリンの解体係が常駐するくらいだ。もちろん、俺らが解体するよりも早く終わる。
「解体は時間がかかるが…そこはゴブリンの専門だ。頼めるな頼みたい。それにしてもセレト…だったか?随分流暢に共通語話せるな。勉強頑張ったのか?」
「へへっ、毎日頑張ったんだ!解体ノ腕前もばっチリだしさ!やらしテくれよ!」
「セレト、恩人の手前だ。怪我もしている。傷口が開くぞ。だが…ふむ…その程度のことでいいのか?」
「はーイ」
どこか不安げに言うシシュトだが…
「プロに頼めるなら頼みたいさ。知ってるか?ギルドでゴブリンに剥ぎ取り頼むと、最低、報酬の2割は飛ぶんだぜ?もちろん、本人がそうしたんじゃない。剥ぎ取りを希望する奴が、それだけを渡す価値があるとしての報酬だ…そうだろ?」
「あぁ、ゴブリン達の知識と技術には眼を見張るものがある。魔法使いとしては、魔法触媒に使うものは傷の少なさと鮮度が求められたりするものだ。その点、早くて上手いのは助かる。見返りを求めない質なのがいただけないがな」
「…そうだな。決して多くを求めん性格は美徳ではあるが。相応の仕事には、正当な報酬を。でないと何事も立ち行かなくなる。報酬として十分だ」
「まぁこうだ。よろしく頼むよ」
仲間に声を掛ければ、案の定肯定が返ってくる。いやマジで目を見張る物があるんだよ。ゴブリンの技術。卑しい種族なんて言えば7割の奴が顔を顰めて、4割の奴がさらに腕捲くりして、1割の奴がさらに激昂するくらいには、味方が多い種族だ。なんせ、種族単位で他種族の生活に寄り添ってる。しかも自罰的だから報酬をピンハネされても受け入れるんだ。そりゃ駄目だろって言ってフォローすると、その恩を子まで覚える。善性と恩義の塊みたいな種族だ。前世で凌辱の星みたいに扱われてるのとは大違い過ぎる。他種族襲わねぇの?プロパガンダ?それはそう。ド偏見だわ。
もちろん、悪い奴はいるにはいる。ただ、同族内で罰する決まりがあって、めちゃくちゃ厳しい。死罪だ。やり過ぎだと言われてる。人様に迷惑掛けるなら死ね、を地で行く種族で、極端とか、クソ真面目種族とかもよく言われたりする。
その種族柄、利用されて搾取されるもんだから、生活域が近かった種の隣人たるエルフがフォローしに行く始末だ。昔はゴブリンも、イメージ通りと言えば失礼だが醜悪な顔をしていたらしい。が、種族柄高潔なもんだから、そこらが好かれてエルフと交わり今や美形種族だ。そういう種族戦略と言われたらもうお手上げさ。だが、素でやるもんだからまぁ手に負えないというかなんというか…アイツもそうだしな…。
知り合いを思い出してさらに思考は潜水する俺はシシュトの言葉に顔を上げた。いささかシワが寄っているものの、迷いは晴れたようだ。
「ふむ…あいわかった。救われた身で礼に口出す無礼は理解しとる。ゴブリンの名に恥じぬ成果を約束しよう……セレト、手伝いなさい。セラン、儂はいいから猪の治療を頼む」
「はーイ!熊なんテ久しぶりだゼ!」
「わカリマした…!」
そうして、ゴブリン達による解体が始まった。
火はかなり小さくなっており、踏めば消える程度のものとなっていたので、シシュトの指示のもと、セレトがてきぱきと動いていく。腰に括り付けていたナイフを使って、滅多打ちにしていた頭部にナイフを入れて血を出しているらしい。あたりに血生臭さが広がり、近くの猪が興奮しているが暴れる気配はない。よく調教されてんな。
血をある程度抜き終わると、シシュトが何か魔法を発動した。身体強化魔法だ。身体から薄い煙が出るからわかりやすい。そうして剛力をその身に宿してうつぶせの火熊をごろんとひっくり返した。首に入れた血抜きのための傷とケツに回ったセレトが肛門からナイフを突き入れ、二人掛かりで腹を割いている様は…うん、描写はここまでにしとこうか。
手際よく解体する様は見ていて心地いいというかずっと見ていたくなる。前世で動物の解体とか料理している無声の動画をひたすら見続けるモンだろうか?いや料理と同列にするにはいささかグロイが。なんかああいうのずっと見てられるよな。いつの間にか時間溶けるんだよ。アレ。
そうして、時間感覚的には1時間も経たずに火熊の解体はすべて終わった。綺麗に毛皮と肉、内臓と傷が入った部分で分けられている。その横に別枠で鎮座する赤みがかった石が一つ…。おいマジか…!
「まさかソイツ、魔石か?入ってたのか?」
「あぁ、心の臓の横にな。へばりつくようにあった。幾ばくか浸食を受けているが…問題なく使える代物だろう」
俺が驚く横で、バッと動いた影一つ。セルフィだ。こぶし大の魔石を宝石を持つように両手で抱え、色々な角度から検分している。
「中々だな…!火が少し染み込んでいるから火の魔法に使った方が安定しやすいか…。だが、欠けもないし傷もない…素晴らしいな…!すぐにでも儀式触媒に使えるだろう!」
「へヘっ、俺が取ったんダぜ!爺さんダと手が大きすぎるかラな!」
自慢げに言うセレトの頭をガシガシと撫でた。大したもんだ、普通に街でも食ってけるレベルで、毛皮も少ない傷で広げられているから色々な用途に使えるだろう。背中の一本毛を考えると好事家の絨毯か?あるいは…コートか。まぁなんにしても高く売れるだろう!皮算用ではあるものの存外の臨時収入に頬を落とす。
「頭部を狙ったのは巧いやり方ダ。おかげで傷が少なく上等なものが揃った。毛皮はもちろん、肉や内臓ハ特に素晴らしい。十分に脂が乗っていて、臭みもそこまでダな。軽い臭み取りさえすればすぐにでも調理できる部類ダ」
「爪や牙は劣化がある。特に牙はな。頭部を砕いておったから致し方ないが…剣に混ぜると火に強くなる。爪は強靭で重く粘り強い。重い武器向きダろう。混ぜると普通のものと比べて重さが一回り違う。火は牙より強くはない。若い個体のものダからな。まぁ十分使用に耐える状態ダ」
「内臓は火吹き袋が綺麗に残っておった。魔法を扱うんなら持っておけ。叩くなよ…衝撃で爆発する」
「骨についても良質ダ。十分良いモノを食らっていたのダろう。良質な肥料となるし、密度も十分で硬い。使うとすれば…飛び道具、あるいは…釣り針や針か…」
「捨てるところないな…!あーただ、なぁ…」
「…どうした?」
指を差して一つずつ説明してくれるシシュトの爺さんに難色を示す。先も言ったが…
「持って行けるのはそこまで多くないんだよ。はぎ取ってもらって悪いがな。残ったあとのモンは爺さんらが貰ってくれ」
ここまで綺麗に解体してもらって悪い気分だ。頭を下げて謝罪する。
「いい、いい。謝罪はいらんよ…たダ、此方も礼の返礼としては貰い過ぎダ」
「そうさな…これを」
首から下げていた丸いペンダントを渡される。カチッと音がしてっペンダントが開くと、そこには黒曜石のような漆黒の石がはめ込まれていた。鈍く妖しく光る石をほえーと眺めているとシシュト爺さんが続ける。
「なんだ…これ?」
「釣り合うかハわからんが。儂の識別証ダ。山を越えるならばラルハルトが目的ダろう?其処におるゴブリンに渡せば便宜を図ってやれるダろう。儂の教え子が自警団を作っておる」
「それはな。儂が死ねば白くなる。いわば命の石よ。儂の命と繋がっておって、3つしかない貴重品ダ。それをラルハルトに居る自警団のソド・センド・ラートとという若造に渡せ。此度の
平然とした口調で針を突き刺すように俺達の目的を言い当てられた。シシュトの爺さんはにこやかというには物騒な笑みをこぼして問いかける。
「なんたって其方等は、戦場に向かうのダろう?」
「…あぁ、そうだよ。弔いの仕事でな」
少し前まで穏やかな爺さんだったというのに、まるで修羅の如く歯を剥き出しにした笑みを浮かべるシシュト爺さんに言葉を返す。溢れ出る凄みが違う。一瞬にして空気が変わるのを肌で感じた。どうやら仕事に関係することらしい。
「おぉ、すまんすまん。つい、な。まぁこの時期に弔い屋がラルハルトに近づくとなれば先の戦いしかあるまい。そこそこに揉めておったからな」
軽い口調で言うがその後に続いた言葉に少し閉口した。
「それに自警団から連絡もあった。何人かが……死んダそうダ」
「…そうか」
ホント…嫌になるな。こういうのが平然とあるから、この世界が嫌いなんだ。楽しい話が一瞬で吹き飛ぶほどに死がありふれている。
「実はな」
一気に顔から喜びが抜けた俺に、シシュト爺さんが続ける。あぁ、クソ。やめてくれねぇかな。不安の種が芽吹いた。
「そのペンダント、鍵にもなっておる。3つあるうちの1つ、詰所に置いた保管庫の鍵だ。そこに儂が昔使っておった道具がある。竜の鱗と皮を鞣して繕った外套ダ。馬車くらいの
どんどん不安が成長していく。やめてくれ…聞きたくない。こんな世界だ。予想が付く。話をそらすように装備に言及した。じゃないとやってられないからだ。
「それって…結構どころじゃない大物の道具じゃないか?竜の外套でアイテムボックス付き?星5つ級が使うような装備だろう?」
ぬるい汗が流れる。嫌な予感はますます強くなる。だが、面倒事に巻き込まれるという直感じゃない。もっとこう、真昼間に幽霊を見るような不気味さと弔い屋の仕事柄培った死への嗅覚が擽られていることに、溜息をつきたい感覚だ。
「カカカッ、ハて、どうダろうな。そいつをやる………ダからの」
「其方等に頼みたいことがある」
最初のように佇まいを正すと、平身低頭で懇願する。あぁ、だよな。そう…だよな。肩を落として、ぐっと息が漏れるのを耐える。その言葉の先はいつも変わらない。
なんたって、俺達に仕事が来る時はいつだって
「
親しい人を失った時なんだから。
ちょっとした設定語り
・魔法の位置づけ
この世界の魔法は、大学の学問みたいな感じです。主人公が使ってるのは高校までの知識で扱えるものだけ。『防壁』の魔法は大学の専門的な知識を学ぶ上での入門みたいなものです。
鎮静のアレコレは、高校の知識がそのまま流用できて少し先のものにも触れる。かつ、色んな分野で覚えていることが大事で抜けがあるとヤバい知識、という位置づけです。大事。
ちなみに主人公がやってたことは、参考書や教科書で相手を殴ってる感じ。野蛮だね。
・ゴブリン
ゴブリンについては、仕事一筋で自己評価が低いサラリーマンで、周りから、ああも自分を卑下されると、俺達の立場がないよなぁと言われるタイプ。そのままいけば仲が悪くなるけど、見かねた社交的なエルフくんがフォローしてくれて、かつ仕事で助けてくれる事も多いから、彼奴が出来ない所は俺達でフォローすればいいか、となった仲間に恵まれた縁の下の力持ちタイプ。新しいことは始めないけど、既存の事を安定して続けられる人種という設定。
彼奴実績ないよな。と揶揄されると周りがキレたり、静かに縁切られたりする。とうの本人はそうだと肯定するから、あのなぁ…と周りがなる。そこらが欠点。もっと自信を持てゴブリン。