オペレーターとドクターがイチャイチャしたり、傷ついたりする話 作:古魚
「ドクター居るか?」
日が暮れ、今日の執務を終えようとしていたドクターの元へ、テキサスが訪れた。
「ん? どうしたんだテキサス。今日エクシアはいないぞ?」
「知っている。エクシアに用があって来た訳ではない」
ここ数か月、ペンギン急便の二人はロドスに滞在している。その間エクシアはほぼ毎日のようにドクターの部屋を訪れてはドクターに絡みに来ていた為、エクシアを秘書にして、仕事をしていた。
だが今日は、エクシアは急な用事でロドスから離れているため、ドクターの元には来ていない。
「そうか、じゃあ私かな?」
「ああ、ドクターに頼みがあるんだ」
すたすたとドクターの座る机の上に、プラスチックの容器と櫛を置く。
「……?」
しかし、その二つを見ても、ドクターは何を求められているのかを理解できなかった。
「尻尾のグルーミングを、手伝って欲しい」
いつも通りの無表情、無機質な声で、テキサスは言った。
「グルーミング? 毛づくろいか?」
「……そうだ、いつもはエクシアに頼むんだが、今日はいない。だからドクターに頼みに来た」
そうゆうことなら、とドクターは席を立ち、テキサスへ椅子を差し出す。
「ん、すまない」
テキサスは、差し出された椅子に対して、背もたれの方を向いて座った。
「既にシャワーを浴びて洗ってあるから、汚くはない……はずだ。臭わない、よな……?」
テキサスは少し躊躇い気味にドクターへ訪ねる。ドクターは尻尾へ軽く触れ、鼻を近づける。
「うん、大丈夫。石鹸のいい香りがするよ」
「わ、わざわざかが無くても……」
テキサスの耳がピコピコ動いている。
「この液を、櫛を使って尻尾になじませればいいんだよな?」
「ああそうだ。頼む」
それだけ言葉を交わすと、ドクターは容器の蓋を開け、自身の手へ液を垂らし、撫でる様に尻尾へと付着させていく。
最初は手だけで、尻尾の毛の隙間に液をなじませていく。
「っん……」
微かにテキサスの吐息が漏れ出ているのが、ドクターの耳に届く。
「大丈夫か? 痛くないか?」
少し心配になってドクターが訪ねると、テキサスは顔をドクターの方へ向けず、小さな声で返す。
「大丈夫だ……続けてくれ」
「問題があったら、教えてくれよ?」
ドクターはそのまま手櫛でしばらく梳いた後、テキサスが持ってきた櫛に持ち替え、細かな所にも液をなじませていく。
尻尾の中腹から先にかけて、副から出ている付け根周辺、持ち上げて尻尾の裏側。テキサスは、尻尾の裏側に櫛が入った時、一度ビクッと体を震わせた。
しかし、一向に何も言葉を発さないため、問題ないものとして、ドクターは数分間かけて尻尾の手入れを終えた。
「こんなところで、大丈夫かな?」
「ああ、問題ない。感謝する、ドクター」
自身の尻尾に触れながら、テキサスはそう感謝を告げた。
「慣れないから出来ているのか不安だったが、テキサスが満足してくれたなら何よりだ」
「そうなのか? 妙にこなれている様に感じたのだが……」
テキサスは自身の尻尾を何度か撫でながら、考える。
「ドクター、もう少しここにいてもいいか? まだ手のケアをしていなかったのを思い出したんだ」
「構わないよ」
「感謝する」
ドクターへと椅子を返したテキサスはソファーへ移り、自身のポケットからチューブ状のクリームを取り出した。
「それを手に塗るのか?」
「そうだ、戦場で剣を奮うと、どうしても皮膚が痛んでしまうからな。出来る限りそれを防ぐ意味も込めてグローブはしているが……」
手のひらをドクターへと見せて、テキサスは少し笑う。
「この通りだ」
テキサスの手は豆や皮が剥けた跡なども見られ、一般に綺麗な女性の手とは言い難かった。戦場で華麗に剣を奮う姿は、ドクターにも印象強く残っている。強くたくましく、それでいてどこか美しいその剣技の代償は、こうして手に現れていた。
そんな手を見て、どこかいたたまれない気持ちになったドクターは、思わず口を開いていた。
「テキサス、手のケアも、私にやらせてくれないか?」
「どうしたんだ?」
テキサスも、急な申し出に、困惑した表情を浮かべる。
「……この前の戦闘を思い出してしまって……君に、何かしてあげたいんだ」
「まだ気にしていたのか……まあいい、そう言うなら、お願いしよう」
テキサスはいつも持ち歩いているチョコのお菓子を一本口に咥えると、ドクターの方へチューブを差し出した。
ドクターはチューブを受け取ると、テキサスの左手を取り、少しクリームを絞り出す。
最初は手のひらに満遍なく塗り広げる。
「ドクター、あの時の傷はもう癒えた。それにあの傷がついた原因も、私にある。気にしなくていいと言っただろう?」
「……いや、あの路地を君一人に守らせようとしたのは、私の失策だ。せめて一人の援護でも置いてやればよかったんだ」
ひら全体にクリームが広がると、今度は指の根元から先まで、全体に広げていく。
「私を信頼して、あそこを任せてくれたのだろう? それで私が倒れてしまうのは、ドクターの指示が悪かったわけでは無い。私が、ドクターの期待に応えられなかっただけだ」
テキサスは、ドクターがクリームを塗りながら手のマッサージまでしてくれていることに気づきながら、それを黙って堪能していた。
「私はドクターの指示を信頼している。ドクターが背中に立っていても、私は警戒心を抱かないし、むしろ安心すら覚える。こんな風に心から信頼し合える関係は、あそこでは珍しいんだ。そんな信頼するドクターの指揮に、全力を持って答えるのが私の役目だ」
左手を終え、次は右手に移る。
「そうか……君にそんなことを言ってもらえるとは、嬉しいな」
ドクターは、テキサスの言葉を心に留める。彼女の信頼に答えるためにも、より一層指揮の研究を行おうと決意する。
しばらく無言の時間が続いたが、右手のケアも終わると言う時になって、テキサスはおもむろに口を開いた。
「なぜドクターのケアを、ここまで上手く感じるのか分かった気がする」
ドクターは手のケアの続け乍らテキサスの次の言葉を待つ。
「君の手は、私とは違ってとても温かい。その温かさが、私を安心させてくれるのかもしれない」
「確かに、君の手は冷たいな」
手のケアを終え、ドクターはテキサスの手を離した。
「ああ、手が暖かいと、人を切った時の感覚を長く感じてしまう。冷たくマヒして居れば、それを感じることもないからな……でも時折、この手が憎く感じる。この冷たさは、嫌でも私に、表世界の人間ではないことを自覚させる」
物悲し気に自分の手を見つめるテキサス。ドクターはその動きを見て、再びテキサスの手を取った。テキサスの両手を挟み込むように、両手でつかむ。
「ど、ドクター?」
いきなりのことに驚いたのか、テキサスは思わず耳と尻尾をピンと立てるが、振りほどこうとはしなかった。
「今は剣を握っていないんだ、温かくても構わないだろう」
その言葉に、テキサスは肩から力を抜く。
「ふっ……そうだな、ありがとう」
「君の手は、確かに戦う者の手だ。だが綺麗な手だ。守るもののために剣を振るう人の手は、皆美しい」
目を見開き驚いた後、テキサスは少し頬に紅を浮かべて、小さく「ありがとう」と呟く。
「君が手の冷たさを嫌になった時は、私がこうして温めよう。君の過去について、多くは言及しない。でも今の君は、ロドスのオペレーターでもあり、私の大切な仲間だ」
テキサスはその言葉を聞いて、自らドクターの手のひらに、自身の手のひらを重ね、指を絡める。
「……そうか、そう言ってくれるなら……もう少し、このままで」
顔を上げずに、テキサスはドクターの手を握り続ける。
「気が済むまで好きにするといい」
テキサスとの手繋ぎは、帰還したエクシアが執務室を訪れるまで続いたのだった。
【テキサスEND:狼のケア】