オペレーターとドクターがイチャイチャしたり、傷ついたりする話 作:古魚
「ケルシーが? 寝込んだ?」
手をPCから離すことはなく、医療オペレーターの言葉にドクターは反応する。
「はい、検査をしても異常はなかったので、ほぼ100%疲労によるものだと思います。ケルシー先生、研究がいいところだからとか言って、昨日まで6轍していたんですよ」
呆れるというか人では無いものを見るような目で、オペレーターは告げる。
「はははは、ケルシーも無理が祟ったか。まったく、自己管理ぐらいして欲しいものだな」
左手でゼリー飲料を飲み、右手でキーボードを叩きながらドクターは笑う。
「……それで、ドクターはどれだけ起きてるんです?」
「7」
「寝てください!」
無理やり執務室からほっぽりだされたドクターは、カラになったゼリー飲料をゴミ箱に捨て、ケルシーの私室にやってきていた。
「ケルシー、居るか?」
「入っていいぞ」
室内から返事が返って来る。ドクターが扉を開けると、ベッドに座るケルシーと、その側でりんごの皮をむくアーミヤの姿があった。ケルシーは半目でドクターの姿を捉え、ふるふると耳が前を向く。
「アーミヤも来ていたのか」
「はい、ケルシー先生が倒れたと聞いたので」
りんごの皮をむく手を止めず、アーミヤは話す。
「倒れた訳ではない。ただ少し―――」
「だめですよ、自身の身体を崩すまで徹夜するなんて」
君は人のことを言える立場か? と突っ込みたくなる気持ちを抑えるドクター。やがてアーミヤは向いたりんごを皿にのせ、ベッドの脇にある机へと置く。
「それじゃあ、私は仕事に戻ります。ドクター、ちゃんとケルシー先生が休むよう、見張っておいてくださいね」
それだけ言い残して、アーミヤは部屋を去って行った。さらに置かれたりんごは、綺麗にうさぎの形に切りそろえられている。
「大人しくそこにいるってことは、一段落はついたのか?」
机の上に置かれたレポートをペラペラと捲りながら、ドクターが聞く。
「ああ、一先ず今回の目標は達成できた。その達成感で気が抜けてふらついてしまっただけだ。そもそもこの眩暈も、急速に起立し、体内の血液循環一瞬悪くなることで起きるものであり、睡眠不足とは特段関係ない。第一、検査に異常はなかったのだから何も私は病人扱いされる筋合いはない」
「相変わらずだな。でも熱があるんだろう?」
「38度程度なんのこともない。十分休んだ、私はつぎの研究の準備を―――」
そう言いながら、ケルシーはベッドから立ち上がろうとするが、ふらりとバランスを崩す。とっさに体を支えるドクター、ケルシーがすっぽりとドクターの腕の中に納まる。
「どこがなんのこともないって?」
ドクター自身の手をケルシーのデコに当て、首筋に当てる。
「んっ」
くすぐったかったのか、ケルシーの吐息が漏れる。
「熱が上がっているじゃないか。脈も速い。充分君は病人だ」
ドクターは抱えるケルシーをそのままベッドに戻し、布団をかける。
「……すまない」
心なしか、さっきより赤くなった顔で、ケルシーはそう謝罪する。
「気にすることは無い。君はいつも研究詰めだからな……りんご、食べるか?」
「ああ、せっかくアーミヤが剥いてくれたんだ。ありがたく頂こう」
ドクターが皿とフォークをケルシーへ差し出すが、受け取ろうとするケルシーの手は小刻みに震える。
さっと、ドクターはケルシーの手から皿を遠のかせる。
「どうゆうつもりだ、早くそれを私に渡せ」
その行為に苛立ったのか、ケルシーはグッと手を伸ばすが、ドクターはさらに皿を遠ざける。
「その震える手で受け取れるのか?」
「何を、当たり前だ」
皿を巡っての攻防が続く。
「アーミヤがせっかく剥いてくれたりんごを落とさず食べられると?」
「アーミヤが剥いてくれたのだ、死んでも落とすものか」
どうしようもない親バカのような二人の攻防はまだ続く。
「万が一があるだろう」
「だが九千九百九十九は落とさない」
しかし、やがて疲れ果てたのか、ケルシーがさらに手を伸ばすのを止めた。
「はぁ。分かった、りんごは諦めよう、ラップをして置いておいてくれ。私は寝る」
「別に食べさせないなど言っていないだろう」
フォークで一つ突き刺しながらドクターは言う。
「私が君に食べさせよう」
ため息をつくケルシー。
「君はどうして、そうも自然と……」
そんなことは気にせずフォークを差し出すドクター。
「ほら、口を開けて。あーん」
躊躇い気味に、ケルシーは口を開ける。
「あ、あーん」
自然と声が漏れ出るケルシーを見て、吹き出しそうになるのを堪えながら、ドクターはケルシーの口にりんごを運んだ。
シャクシャクとケルシーがりんごを咀嚼する音と、「くっ、くく」とドクターが笑を堪える音だけが部屋に響く。
「……Mon3tr」
「ああ、止めてくれ。悪かった、私が悪かった」
不快な顔をするケルシーに、一瞬緑のオーラが煌めいたが、ドクターの謝罪によってその光は収まった。
「いや、あまりにもケルシーがいつもとは違う様子だったから、ちょっとおもしろくなってしまったよ。すまないな、後は自分で食べるといい、私に口に運んでもらうのは不快だろう」
そう言って立ちあがろうとするドクターの袖を、ケルシーが掴む。
「まずもって、今の私の手は震えている。万が一にもアーミヤが剥いてくれたりんごを落としてしまうのは回避しなくてはならない。それに、先ほど君が自分で確認したように、どうやら今私の体温は高い状態にある。手の震え、朦朧とする意識は発熱時の主な症状としてあまりにも主流だろう。この場合、私を一人放置すれば、自身でもよく分からない行動に出る可能性は0とは言えない。しかしそれを抑制する人物が側に一人でもいれば、その結果は回避できる可能性が高い。そして今、発熱による弊害を受けている私が今一人になろうとしている」
いつものケルシー構文で語る姿を見て。ドクターは聞き返す。
「つまり?」
「……いつもの君なら分かると思うのだが。それに、かなり簡潔にまとめたのだが……」
「そうか、残念だが分からなかったから、私は失礼するよ」
そう言ってケルシーの弱い握力から抜け、扉へと歩き出す。その背中に、ケルシーは手を伸ばすが届かない。空を切った手と視線を布団に落とすと、まるで鳴き声のように小さな声で呟く。
「ここに、居てくれないか」
その声に、ぴたりと動きを止めるドクター。後ろからは、ぽすぽすと布団を叩くような音が聞こえる。
「分ったよ」
ベッドの脇へと戻るドクター。ケルシーは顔を赤くしながら、躊躇い気味に口を開ける。
なんだこの可愛い生き物は。と、内心で思いながらドクターは、残っているりんごをケルシーの口へと運ぶ。
全て食べ終えると、ケルシーは一息つき、ぽーっとドクターの手を見つめる。
「どうした?」
気になったドクターが手を伸ばすと、その手をひしと掴み、ケルシーは自身の頬へと手のひらを移動させる。
「け、ケルシー?」
驚きのあまり、一瞬硬直するドクター。きょとんとした顔でドクターを見つめるケルシー。
「撫でて、くれないのか?」
確かにケルシーはフェリーン、ネコ系の種族ではあるが、決して猫ではない。そうドクターは自身に言い聞かせる。
「ケルシーは、別に猫ではないだろ?」
その言葉に、不満げにケルシーは一言。
「にゃーん」
前言撤回、猫だった。ドクターの中で何かが切れたのか、吹っ切れたように両手でケルシーの頬を、顎を撫でる。
「んんっ、はぁ。っん」
ケルシーは吐息を漏らしながら、ドクターの手に自身の顔を擦りつけるように身をよじる。摩るように顎を撫で、円を描く様に頬で手を滑らせる。
やがてドクターは、右手を耳の付け根へと移動させる。
「にゃぁ、あっ。んんっ!」
耳の付け根をクリクリと軽く揉むように撫でると、ケルシーはまるで猫のような声を出す。無防備にドクターの手へ身を委ね、恍惚とした表情を浮かべる。
気が済んだのか、そっとドクターの手を自身から離す。しかし、息を荒げながら、何かを欲するように自身の両手をドクターへと伸ばす。
「よしよし、いつもお疲れ様」
ドクターはそれに答えるようにケルシーを自身の腕で包み込む。熱で火照った体は、服越しにもドクターへ伝わり。強烈な眠気を誘う。
ケルシーは何を思ったのか、ドクターのフードを下ろし、仮面を外す。
「……当てて見せよう、君は今、7轍しているな」
改めて抱き合った姿勢になった、ケルシーはドクターの耳に囁く。
「よく分かったな」
「私は……君の担当医だぞ」
ゆっくりと、ケルシーはドクターの背中を撫でる様にしながら続ける。
「君も、休養を取るべきだ。それも、早急に。幸いなことに、このベッドはそこそこ広い」
「いいのか? 男を同じ布団に潜らせるなんてことして?」
ドクターの耳元で吐息が漏れる。
「愚問だな。君だから、提案しているのだ。君は、病人に無理はさせられないだろう」
熱に当てられているからか、やけに艶めきのある囁き声で、ドクターへと告げる。
「しかし、この現状を生んだのは私だ、その責任を取って、多少のイタズラなら甘んじて受けよう。だが本番は、互いに回復してからが望ましく思うよ」
二人は、そのまま倒れこむようにしてベッドへと寝転んだ。ケルシーの熱に温められた布団へと入るドクター。
ここからは、大人の時間だ。
【ケルシーEND1:大人の時間】