オペレーターとドクターがイチャイチャしたり、傷ついたりする話 作:古魚
とある廃墟、崩れかけのビルの一角に担ぎ込まれるドクター。いや、担ぎ込まれると言うより、引き摺られていると言う方が的確だろう。
「ドクターさん……しっかり、してください」
息を荒くしながら、ドクターを担ぐ少女。ふわふわとした九本の尻尾は赤く染まり、透き通るような白い肌は煤と土で汚れている。
華奢な手足はプルプルと震える。それはドクターの体重のせいか、それとも恐怖か。
少女は当たりを見渡し、ドクターを寝かせられる場所を探す。
「あ、あそこなら」
少女は少し離れた位置に、背もたれのない複数人掛けのソファーを見つけた。
力を振り絞り、ドクターをその上に寝かせる。
「うっ……すず、らん?」
「気づいたんですね!」
ドクターの声に、スズランは顔を綻ばせる。
「今手当しますから! 大丈夫ですよ!」
携帯していたメディカルバッグを肩から下ろし、消毒、包帯、ガーゼ、ピンセット、蒸留水、ハサミ、タオルを取り出す。
「服、失礼しますね」
スズランは蒸留水と消毒で手を洗い、血液で赤く染まるドクターの服をハサミで切る。ドクターの露わになる腹部からは、ドクドクと赤黒い血液が流れ続ける。
「ぁ、っ!」
水で血液を洗い流し消毒液をかけると、ドクターは苦悶の表情を浮かべる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……私の、せいで……」
スズランはそう涙を浮かべながら消毒を済ませると、傷口にタオルを押し当てる。
「君が、気にする必要はないよ」
額に汗を浮かべながら、ドクターはそうスズランに笑いかける。
「私が、あの時前に出なければ、ドクターさんは……」
この廃墟では、数日前に戦闘が行われていた。民間人を巻き込んだ戦闘であったため、ロドスは急遽小隊を編制、負傷者の救助に向かった。
ドクターもその小隊に参加し、直掩にはスズランが付いていた。戦闘はすでに終了しており、危険性は低いと見積もっての行動だったが、その見立ては甘かった。戦闘に巻き込まれ、荒んでしまった民間人は、ロドスを攻撃してきた組織の仲間と判断し、危害を加えて来た。
スズランが、一人の民間人を保護しようと近づくと、その民間人はナイフを抜いたのだ。ドクターはスズランの前に立ち、結果、庇う形で腹部を刺突され負傷、今に至る。
「君は何も間違っていない。ロドスとして、正しい働きをしている」
「でも、ドクターが!」
圧迫止血を続けながら、スズランはぽたぽたと涙を流す。
「泣いているのか?」
ドクターが手を伸ばし、スズランの目に浮かぶ雫を拭う。
「ドクターさんは、いつも優しいです。まだ幼い私を助けてくれます。私に仕事を与えてくれます。上手く行ったら褒めてくれますし、失敗したら慰めてくれます」
新しいタオルで傷を押さえ直し、包帯を巻く準備を進める。
「でも私は、ドクターさんに何も出来ていません……戦闘だって、私はアーツ適正こそ高いですが、皆さんほど上手くできませんし、書類仕事や事務仕事では、整理するだけで精いっぱいです」
スズランは、手際よく包帯を巻きつけ、この場でできる応急処置を終了すると、その場に座り込む。
「今日だって、ただドクターさんに、『私はこんなこともできるようになりました』って見せたかっただけで、直掩に立候補したんです。私の我が儘が、ドクターさんを危険な目に合わせたんです……」
「逆だ、私の不注意で、君を怖い目に合わせてしまった……。私が思っていた以上に、ここの民間人たちは心にダメージを負っていた。攻撃してくるまで荒んでしまっていたとは、私の予測が甘かったんだ」
「でも、私じゃなくてもっと他のオペレーターだったら……。他にも、直掩につくと言っていたオペレーターは多かったのに」
ドクターは、そんな風に言い続けるスズランの頭に手を乗せる。
「私が、君と行きたかったんだ」
「……え?」
驚いたように顔を上げるスズラン。
「立候補者の名前は全員見た、その中で、私はスズランと行きたいと思ったから、君を直掩に選んだんだ」
「あれ、ドクターさんが決めていたんですか? くじ引きやアーミヤさんが決めていたのではなく? でも、どうして……」
理解が追い付かないとでもいうように、スズランは混乱している様に「え? え?」と繰り返す。
「今回の任務は、色々闇深いものを見ることになると思っていた。レユニオンのような感染者組織とウルサス兵の衝突、それに巻き込まれるこの町の住人。誰も幸せにならないし、誰も救われない。私だって、そんな光景からは目を背けたくなる」
スズランの頭を撫でながら、ドクターは続ける。
「でも君は、そんな闇深い世界でも、真っすぐ見つめる強さを持っている。リターニアでの一件もロドス艦内での話も、君が向かった数々の地域で、君は目を背けなかった。見たうえで信じつづけた。きっとよくなる、と」
「ドクターさん……」
スズランは、自身の頭に乗せられていた手を握りしめる。
「君は、私の光だ……この暗く閉ざされた世界で私の足元を、行くべき先を照らしてくれる光なんだ……この負傷は、そんな光を守るための傷だ。何も悔やむことは無い」
「ドクターさんだって、私の、私の光です! ドクターさんがいてくれるから、私も頑張れるんです! だから、死なないで……」
強く手を握りしめ、スズランはドクターに告げる。
「大丈夫、君という光が消えない限り、私は死なない。少し……眠るだけだ」
ふっと腕から力が抜ける。慌ててスズランはドクターの胸へと耳を付けるが、確かに鼓動は聞こえ、息もしていた。
「……ドクターさんは私を少し、誤解しているみたいです」
杖を両手に握り、立ち上がるスズラン。
「私は……ドクターさんが言うほどいい子じゃありません」
瞳に、一滴の灰色。
「最近思うようになったんです、本当にこの世界は救われるのか? ロドスが助けようとしている人達は、本当に救うべき人なのか? って」
幼く純粋だったスズランは、この救いのない大地で黒く染まりかけていた。
「アーミヤさんは凄いです。きっと、こうゆう状況になったとしても、アーミヤさんは人を助けるのを止めないでしょう。でも、私はアーミヤさんみたくはなれない」
ドクターの手をもう一度握りしめ、スズランは行く。
「私は、ドクターさんを傷つけるような人は助けられない」
腰より生えるは九つの尾。極東の国では、それは神聖なる力を持つ者の証。
「ドクターさん。貴方の育てたスズランは、こんなに大きくなりましたよ」
纏う焔は青白く光る。スズランの背後で、焔の狐は、一声泣いた。
ドクターが目を覚ますと、寝息を立てるスズランの姿があった。思わず手を伸ばし、頭を撫でると。心地よさそうにスズランは微笑む。
「……暖かい? いや……熱い」
幼さゆえの熱か、それとも別の何かか、スズランの体温は、異常に高く感じた。しばらく待つと、スズランが呼んだ医療オペレーターが到着し、ドクターはロドス本艦へ送られた。スズランは任務を続け、民間人を救助して回った。
その後、スズランもドクターもいつもの日常へと戻って行く。しかし、ドクターは気づいていた。
スズランの瞳が僅かに濁っていたことを。その濁りは、永遠に戻ることは無いことを。
【スズランEND:灰色一滴】