オペレーターとドクターがイチャイチャしたり、傷ついたりする話 作:古魚
「お疲れ様です! 先輩!」
ドクターの執務室へ訪れたのは、羊のような角とモフモフの髪を持った少女。今週の秘書を務めるエイヤフィヤトラだ。
エイヤが部屋に入って来るのを見て、ドクターは仮面を外して話す。
「エイヤもお疲れ、早速で悪いが、書類整理を手伝って貰えるかい? これさえ終われば、一先ず今月分の仕事には片が付くんだ」
「はい、勿論です!」
エイヤはオリパシーの影響で、目と耳が不自由だ。特に耳に影響が大きく、小さな音や人の声を聞き取りづらい時がある。そのため、口の動きが分かりやすいよう仮面を外したのだ。
書類の仕分け作業を進める中、二人は何気ない会話を続けた。
「先輩、論文の進捗はどうですか?」
「ああ、今書いているものは、もうすぐ書き終わるよ。検証と証明は済んでいるからね、後は結論を文字に起こすだけだ」
「そうなんですね。これで久しぶりに、先輩の論文が読めます!」
上機嫌にエイヤは書類整理をする手を早める。
「そうだな、論文を出すのは……一年ぶりか? 今回のはかなり力を入れたからな」
「ずっと唸っていましたもんね、どんな題材で書いたんですか?」
エイヤの問に、ドクターの動きが一瞬止まる。
「先輩?」
「……『オリパシーが視聴覚に与える影響とその除去』だ」
「それって……」
ドクターは書類整理を終え、ソファーに腰掛ける。
「君の症状を治療するための研究だ」
エイヤは思わず手に持っていた書類たちを落としそうになるが、慌てて受け止め、高速で仕分けた後、ドクターの隣に座る。
「私、治るんですか……?」
ドクターは、ソファーの隣にある引き出しから分厚く何十にも重なった紙の束をエイヤに手渡す。
「まだ、治せるとは断言できない。だが、間違いなく希望は見えて来た。オリパシーそのものの治療方法の研究も進んでいる。君の目や耳が完治できる日も、そう遠くないはずだ」
エイヤは、一心不乱に添削中の論文を読み進める。数分後、全てのページに目を通した後、エイヤの目には涙が浮かんでいた。
「すまない、まだ……研究が足りなくて……」
「いいんです、こんな……こんなに私に希望を持たせてくれる論文を書いてくれて、ありがとうございます、先輩!」
エイヤは論文をドクターへと返し、自身の涙を拭う。
「私、ずっと怖かったんです。日に日に見えなくなっていく、聞こえなくなっていく世界で、まるで自分が、世界から疎外されているような気がしていて……」
ぎゅっとドクターの手を握りしめるエイヤ。
「でも、ドクターやロドスの皆さんのおかげで、症状は緩和され、進行もだいぶ遅れ、まだ私は、この世界を感じることが出来ます。貴方が初めて私に触れてくれた時の暖かさが、私をこの世界に引き留めてくれたんです」
握る手の温度をよく感じられるように、自身頬へと持っていくエイヤ。この手のひらの温もりが、エイヤへと生きる希望を与え居ていた。生きる世界を見せてくれていた。
「そしたら今度は、この手が私を治してくれるかもしれない。世界を見せてくれるだけじゃなくて、与えてくれるかもしれないだなんて……私は、こんなに幸せでいいのでしょうか? 後で罰が当たってしまいそうです」
ドクターはそんなエイヤ頭を撫でる。
「エイヤがどれだけ努力を積み重ね、懸命に研究を続けているのか、私は知っている。君のように誠実で真面目な少女が幸せになるのは当然だ。もしそれを許さないと言うものがいるなら、私と、私の仲間たちが黙らせよう……君は、報われるべきだ」
研究の中で親を亡くし、親の研究を継いで感染したエイヤ。それでもめげずに研究を続け、いずれ親が行っていた研究の偉大性を世界に分からせてやるんだと意気込む。懸命に、ひた向きに研究を続ける几帳面な天才。それが、ドクターから見たエイヤの姿だった。
「えへへへ、先輩に認めてもらえるなんて嬉しいです」
しばらく嬉しそうに撫でられていたエイヤだったが、急に難しい表情を浮かべ、「うーん」と唸りだす。
「どうした?」
ドクターが聞くと、唸るのを止めずに話す。
「私、ドクターにいつもお世話になってばかりで、何も恩返しできていないなって……ドクター、何か私に、して欲しいことはないですか?」
「エイヤには、いつも助けられているんだけどな……」
研究の面から戦闘まで、エイヤは、その幼い体格からは考えられないような強さと聡明さを秘めている。
「それでも、何かお役に立てればと!」
ふんすふんすと、やる気満々のエイヤ。どうしたものかと考えるドクター。
「そうだな……なら、少しの間でいいから、私の隣で本でも読んで待っていてくれないか?」
首を傾げるエイヤ。
「構いませんが……どうして?」
ドクターは仮面を外し、背中をソファーの背もたれに預ける。
「エイヤの周りの空気は、君のアーツのおかげか暖かいんだ。だから布団をかぶらなくとも、風邪をひかずに仮眠を取れる。ケルシーに、こまめに仮眠をとるよう言われていてね」
それを聞くと、エイヤは頬を膨らませ、ぐいっと自身の方へドクターの身体を引き寄せる。
「先輩! 私で暖を取りたいなら、直接抱きしめればいいじゃないですか!」
「いや、男に抱きしめられるなんて嫌だろ? エイヤはもう立派な成人なんだから、もっとそう言った面も―――」
「先輩だから、許してるんですよ……」
ソファーの上で寝転ぶ二人。小さな声で呟かれた言葉に、ドクターは言葉を止める。
「エイヤ? 何を……」
戸惑うドクター、もぞもぞとドクターの懐に潜り込むエイヤ。いい位置に付くと、エイヤは自身の身体をぴったりとドクターへとくっつける。
「私は、背も小さいですし、胸も大きくないです。でも、先輩を想う気持ちは、誰にも負けない自信があります」
まだもぞもぞ動こうとするドクターの服を、エイヤは握りしめる。
「しっかり抱えてくれないと、私、落ちちゃいますよ?」
「……分かったよ」
ドクターは穏やかなエイヤの顔を見て、息を吐きだすと、エイヤを抱き寄せた。
「暖かいな……」
「はい、湯たんぽ代わりにどうぞ……お休みください」
しばらく静かにしていると、エイヤはドクターの呼吸がゆったりしてきたことに気づいた。顔を上げて確認すると、確かにドクターは眠っていた。
「……ぅせんぱぁい。論文に、曖昧なことは書いちゃだめですよ」
ドクターに抱きしめられた形のまま、エイヤは呟くように話す。
「先輩のあの論文、いつもとは打って変わって穴だらけでした」
エイヤは気づいていた。ドクターのあの論文は、自身を元気づけるために無理にこじつけされている部分があると。
そして、それは事実だった。ドクター自身も、まだエイヤの病状を完治させるには程遠いことぐらい理解していた。
「でも、私の治療についての研究を、あんなに進めてくれていたのが嬉しかった……」
あの論文の治療に関する部分は穴だらけでも、研究自体はしっかり進められていることがエイヤにはよく分かった。同じく簡単には解決方や対策を見いだせない火山活動に関する天災を研究している身のため、結論だけ穴が出来てしまうことに親近感を感じたのだ。
「先輩、いつかあなたが、私を治してくれた時、どんなお礼をすれば喜びますか? 私の身一つで、感謝を伝えきれるでしょうか?」
あれこれ考えるが、エイヤは結局一つの結論に落ち着く。それは最初に浮かんだ答えであり、どうしたって、不動の考えであった。
「きっと先輩は、お礼なんていらないって言うんでしょうね。ロドスの規定通り、治療費を給料から天引きして、それでおしまいって……」
ドクターの顔に、自身の顔を近づけるエイヤ。
「だから私、勝手にお礼しちゃいますからね?」
閉じられたドクターの瞼へ、自身の唇を触れさせるエイヤ。
「これから分割先払いで、先輩へのお礼をしていきますから……よろしくお願いしますね……せんぱい」
【エイヤフィヤトラEND:ゆめうつつ】