かすみ「デザイアグランプリ?」 作:紅蓮一角超獣
叶えたい世界はあるか。そう問われた時、人は何と答えるだろうか。
愚直に私利私欲を映した世界を望むか、平和な世界などと当たり障りのない望みを口にするか、将又それ以外か。その願いは人の数だけ存在することだろう。
勿論それは自分にもある。叶えたい世界、そうあるべき世界が存在する。
そう、自分が。中須かすみが……世界一可愛くある世界。
その筈なのに。
「な゛ん゛て゛て゛す゛か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッッ!!!」
微塵の可愛さも含まない声が反響する。
場所は学び舎である虹ヶ咲学園、その部室棟の一室。同じスクールアイドル同好会の仲間達に囲まれながら、少女―――中須かすみは目の前の現実を拒絶するように声を上げた。
「なんでかすみんが最下位なんですか! 認めません……認めませんよこんな結果ぁ!」
「いや、なんでと言われても……」
「……結果は結果。受け入れるべき」
第二回スクールアイドルフェスティバルを終えての参加者アンケート。その中の「スクールアイドル同好会の中で誰が一番好きか」という項目において、最も得票数が少なかったのが自分だったのだ。
「そもそも誰ですか! こんな残酷なアンケートをやろうなんて言ったのは!」
「かすみさんだよ」
「完全に自業自得。受け入れるべき」
こんなにも˝可愛らしい˝自分が、こんなにも悲しんでいるのに、同級生からは慰めの一言もない。
ならばと上級生達にも潤んだ目線を向けるが、誰もかれもが頑なに合わせてくれない。声もかからない。口に出さないだけで思っていることは彼女達と同じらしい。
「なんでですかぁぁッ!!」
認めない。こんな結果は、こんな世界は認めない。
そんな憤怒も含んで上げた声は、またも虚しく放課後の公舎に響き渡っていった。
「かすみちゃん、そんなに食べたらまた太っちゃうよ……?」
「今日はそういう気分だからいいんです! ていうかまたってなんですかまたって!」
右、左、右、と。山のように皿へと盛られたコッペパンを正面に向き合ったかすみは、両腕を動かし次から次へとそれらを口の中へ掻き込んでゆく。傍から見ればリスのような絵面だろう。
やはりストレス発散にはこの店のコッペパンに限る。味覚を伝って広がってゆく優しい甘さが荒んだ心を癒してゆくようだった。
「またというか……このぷにぷにのお腹はもう手遅れじゃ……」
「だあぁぁぁ勝手に触るなしず子ぉ!」
まあ最も、癒された傍からまた荒んでいくので全くの無意味であるのだが。
本当は一人で来るつもりだったのだが、今のかすみは何をやらかすかわかったものじゃないという大変遺憾な心配から何人かについてこられてしまった。おかげで逆リフレッシュもいいところである。
「まあまあ落ち着いてってかすかす~。愛さんはちょーっとぷにぷにしてても可愛いと思うよ。歩夢みたいにさ」
「愛ちゃん!?」
「包容力を感じますよね! これもぷにぷにしているからなのでしょうか!」
「せつ菜ちゃんまで!?」
若干一名が流れ弾を喰らっているような気もするが今はどうでもいい。今は如何にして己の至福の時間を守るか、もしくは周りを自分と同じ状況に突き落とすか。かすみの思考はそんな方向へと傾いていた。
「でも、コッペパンは美味しそう。私も頼もうかな」
「!」
同じ一年生である璃奈がそう零したのをかすみは聞き逃さなかった。そうだ。彼女達にもカロリーたっぷりのコッペパンを食べさせて太らせてやればいい。こうなれば道連れだ。
「ん~? りな子も頼むの? だったらぁ、かすみんのお勧めはこれ!」
そうと決まれば後は早い。持ち前の人懐っこい笑みを張り付け、猫なで声で悪魔の囁きを口にする。
その囁きに乗ったが最後、訪れるのはカロリー地獄。皆仲良く太ってしまえばいいんだ。
「確かにおいしそう」
「でしょでしょ? よければ皆さんも如何ですか~」
「そうですね! せっかく足を運んだのですし、私達も楽しむとしましょう!」
「じゃあ愛さんこれにする~」
「私は……飲み物だけでいいかな」
成功だ。心の中で快哉を叫ぶ。約一名は篭絡を逃れたようだが既にぷにぷにしているのならさして問題はない。
特に愛とせつ菜なんかはプロポーションも人気に一因しているような二人だ。せいぜい同級生のようにぷにぷにして絶望すればいい。
「……かすみさん?」
「ほ、ほらぁ。しず子も何か頼んだら? 飲み物だけっていうのも味気ないでしょ」
「……仕方ないぁ。じゃあ私はこれにしようかな」
かすみの意図を察したようにジト目を向けていたもう一人の同級生であるしずくも何とか攻略。
こうして無事全員がぷにぷにする算段が整った訳だ。ライバルが堕ちてゆく様を見ながら食べるコッペパンはさぞ美味しいことだろう。
自分のぷにぷにをどうするかはまあ、未来の己に任せるとして。今はこの甘味に舌鼓を打つことだけ考えよう。
その、筈だったのに。
「うわぁっ!?」
突如吹き抜けた突風により、積み上げられたコッペパンの山は瓦解。舞い上がったパンの群れが直後に雪崩となってかすみに襲い掛かってくる。
「もう……何なんですか今日はぁっ!」
怪我こそしなかったが髪や制服がベトベトだ。口に含めば幸福を齎してくれる甘味もこうして身体に纏わりつくと不快さしかない。ただでさえ盛り下がっていた気分がいよいよ底辺へと沈んでいくのがわかった。
「え……?」
「ちょ……なにこれ!?」
「透明な……壁?」
取り敢えず一頻り喚いて同情を買おう。そんなことを考えたのも束の間だった。
明らかに平時とは思えない動揺を含んだ声色に顔を上げれば、そこにあったのはこちらへ向かって何か壁を叩いているかのような動作をする愛の姿。
パントマイムの真似事でもしているのだろうか、なんて考えも一瞬の内に払拭される。事実愛達とかすみ達の間には、本当に見えない壁が存在していたのだから。
「せっつー達大丈夫!? 怪我とかしてない?」
「はい。こちらは大丈夫です……愛さん達は?」
「こっちも怪我とかはない……もう! なんなのさこの壁!」
こちらがかすみとしずくにせつ菜。向こう側が愛と歩夢に璃奈と、テーブルを挟んで向かい合った席に座っていた自分達を分断するようにこの壁は空間を両断している。
愛が何度か壁を殴りつけてはいるものの、血管のような紅い筋が一瞬走るだけで壊れるような気配はない。
「だったら……三人とも下がってて!」
ならばと今度は体当たりや回し蹴りを試してみるもののやはりビクともしない。少なからず自分達の力ではどうしようもないことだけは確かだった。
「どうしましょう……移動した方がいいのでしょうか」
「や、そもそも今何が起きてるのかもわかんないし下手に動かない方が……」
幸い入り口から店内を両断する形でこの壁は走っているため閉じ込められている訳ではないが、愛の言う通りそもそも今がどういう状況なのかもわからない。
行動すべきか、何か変化が訪れるまで待つべきか。そんな二択は―――次なる事態によって砕け散った。
「きゃあ———ッッ……!」
「な、なんだよこれぇッ……!」
重なって聞こえた複数の悲鳴に揃って肩を跳ね上げる。
「え……?」
「今度は何です……か……」
反射的に店内から踏み出し、同時に絶句する。目の前にある、見慣れた風景の中で流れる光景はとても現実とは思えないものだった。
「なに、え……? 襲われてる……?」
人が襲われている。同じく人の形をした、人ではない何かに。
直前まで日常があった筈のショッピングモールは、突如として現れた見えない壁を境に、悲鳴の飛びかう地獄絵図へと変貌していたのだ。
「え……流石に映画とかの撮影だよね……? こんなの……」
「全然そんな雰囲気じゃない……これは」
「ねえ見て。あれ!」
おかしいのは地上だけじゃない。ゆっくりとかすみ達を飲み込んだ巨大な影は、空にもまた異常が起こっているという証拠に他ならず。
雲よりも巨大な何かが空を這っている、とでも言い表すべきか。とにかく空もまた、城を背負ったウミウシのようなものによって支配されていた。
「た、助けてくれぇッ!」
訳の分からない光景にただ立ち尽くしていれば、慌ただしい足音と共に逼迫した声が近づいてくる。
見やれば丁度、中年の男性が人々を襲っている怪物の一体によって拘束された瞬間だった。
そして―――、
『ジャ———ッ!』
「ぎゃああぁぁッッ……!!」
ざしゅ、と。
怪物がその手に握る西洋剣を振り下ろすと同時に、何かが切れる音がする。
「あ、ぅあ……」
最期に肺の中から空気が漏れ出るような声を遺して倒れ込んだ男性が次に音を発することはなかった。
代わりに、床へ投げ出した身体を中心に紅を広げてゆく。鼻腔へ届いた鉄臭さが全身を貫き、体感したこともないような悪寒が背筋を駆け抜けた。
その瞬間に全員が理解した。たった今目の前で命が失われたことに。これが映画の撮影だなんて生温いものじゃない、本当の殺戮だという事実に。
「ぇ、あ……え……?」
「嘘、でしょ……?」
その手の作品ならばここで誰かが悲鳴を上げるのがお約束なのだろうが、現実は悲鳴すら出せない程に身体が強張ってしまう。
あっさりと命が散っていった事実を心身共に受け止め切れていないのもある。でもそれ以上に、目前へと迫る死の気配を前にした身体を支配する恐怖は揺ぎ無く強烈なものだった。
『ジュラァ……』
男性を屠った怪物が次の狙いを定めたのか、緋色が滴るままの西洋剣片手に歩を進める方向はかすみ達のいる場所だった。否が応でも察してしまう。次は自分達の番なのだと。
「三人とも逃げてッ! 早くッ!」
「ッ……! うおおぉぉぉッ!」
最初に声を張り上げたのは壁の向こうの愛だった。その愛の声に突き動かされるようにして、目前へ迫った怪物を体当たりで後退させたせつ菜がかすみ達の手を取る。
「こっちです! 付いて来てください!」
言われるがまま、手を引かれるがまま。全速力で駆けるせつ菜の後に続いて走った。
「誰か……誰か……!」
「いやあぁぁぁッ!」
「頼む! 助けてくれ!」
逃げた先でも視界に映る光景に変わりはない。むしろより人の多い場所を突っ切ってしまった分、目にした怪物の蛮行はより凄惨なものだった。
至る所で悲鳴が上がり、日常が壊れ、命が失われてゆく。そんな今までの人生で触れたこともない、死の蔓延する世界を無我夢中に走った。
「何ですか……何なんですかこれぇ……!」
「気持ちはわかるけど今は走ってかすみさん!」
最早目に映る全てが知らないもののようで、その一つ一つがかすみの心に体感したことのないような恐怖を注いでくる。正直こうして走っているのもやっとなくらいだ。
でも止まることは出来なかった。足を止めたら死ぬ。そんな予感が気が狂いそうなくらいの確証を持って胸の奥からせり上がってくるから。
「……一先ず、振り切れたみたいですね」
ようやく動かし続けた足を止めることが出来たのは数分走り続けた後だった。
気付けば最初にした建物からは離れ、随分と遠くに来ていた。ここに至るまでに経由した地点に比べれば耳に障る悲鳴も小さく、また隠れられるような物陰も多く確認出来る。
「でもこっちにも壁があります。私達、閉じ込められてしまったんでしょうか……」
「わかりません……でも確かなのは、この見えない壁は私達がいる場所を内側としてここら一帯を覆っているということです。……この分なら、壁の外側にいる愛さん達は大丈夫そうですね」
「でも! かすみん達が危険だったら意味ないじゃないですかぁ! 出られないんですよ!? あの訳の分かんない怪物がいっぱいいる場所から!」
「それは……そうですが……」
「どうするんですか……どうすればいいんですかぁ! このままじゃかすみん達も……」
「かすみさん落ち着いて! あんまり大きい声出すと見つかっちゃうよ」
怖くて。怖くて仕方なくて。ついつい平静を保っているようなせつ菜に当たってしまうが、しずくに宥められたことで少し頭が冷える。
「ごめんなさい……せつ菜先輩も怖い筈なのに、かすみん達のこと守ろうとしてくれたんですよね……」
「……いえ、私は先輩ですから。当然のことです」
「しず子も、ずっと手握っててくれてありがとう」
「ううん……こっちこそありがとう」
途端に喚くだけだった自分が情けなく思えてくる。二人は恐怖に襲われる中でも必死に行動していたというのに。
「ですが、このままではいずれ私達も……というのは事実です。一体、どうすれば……」
「とにかく逃げまくればいいんですよ! その内助けも来るでしょうし、もしかしたら出口だって見つかるかもしれないじゃないですか!」
「かすみさん……!」
だから今度は自分が。押し潰されそうな心を奮い立たせて、振り絞った前向きな言葉を二人に向ける。
「……そうですね。どんな時でも希望を失ってはいけません。ヒーローもよくそう言ってます」
「そうと決まればまずは隠れる場所を探しましょう! ずっと走り回ってたら疲れてヘロヘロになっちゃいますからね!」
「もう、かすみさんってば、急に調子よくなるんだから」
「かすみんはいつだって絶好調です~。ほらほら、行くよしず子」
「はいはい。もう、しょうがないなぁ……。…………え?」
正直まだ恐怖が勝ってはいるけれど、少しずつ前を向けている。少しずついつもの自分達に戻りつつある。
そんな束の間の安堵が打ち壊されるまでは……一瞬だった。
「かすみさんッ!」
しずくが声を上げた。とても鬼気迫った声だった。
その訳も分からない内にしずくが覆い被さってくるような形で付き飛ばしてきて、勢いよく尻もちを搗く。少し遅れて彼女の顔が胸に埋まってきた。
「もうしず子、いきなりなにすん……」
開いた口は直ぐに音を発するのを止める。せり上がる嫌な予感がそうさせた。
「しずく、さん……?」
声音を震わせ、せつ菜が腰を落とす。いつも情熱的で暑苦しさまである彼女には似つかない青い顔をしていた。
「しず、子……? ねえしず子……しず子ってばぁ!」
かすみの身体に全ての体重を預けたしずくから答えが返ってくることはなく、またその身体がピクリとも動くことはなかった。
『ジャジャ……!』
『ジャマッジャマー!』
彼女に何が起こったのか。それは向かいの建物の屋上からかすみ達を見下ろす怪物達の姿と、
「胸、を……」
深々と背中へ突き刺さり、心の像を貫いている一本の槍が全てを物語っていた。
「ねえしず子……起きてよぉ……! どうせ、また演技なんでしょ……? こんな時にいじわるだなぁしず子は……」
「かすみさん……」
じわりと、凭れ掛かるしずくの温もりとはまた別の熱が齎される。それは赤色と共にかすみの制服を侵食していった。彼女の背に掛けた手のひらさえもが赤黒く染まる。
「ほら、起きてよ……。何かしてたならごめんなさいするから……もう、変ないたずらなんてしないからぁ……!」
背中の長物には決して目線を合わせず、どんどん震えを加速させてゆく声で懇願し、もう動かない親友の身体を揺さぶった。
それでも、それでも直ぐに理性が感情を諭してしまう。
「ねぇお願いだってば……起きてよしず子ぉッ!」
上げたこともないような声で、抱いたこともないような感情で、最後に残った現実を拒む心が叫んだ。
なんで、どうしてこうなるんだ。自分達はただ平和に生きてただけなのに。ただそれぞれの目標に向かって走り続けていただけなのに。それがただひたすらに楽しかったのに。
そんな輝かしい日々がどうしてこんな唐突に、理不尽に奪われなくちゃならないんだ。
「やだぁ……もうやだよぉぉ……!」
持ち直しかけていた心も完全に砕け散って、怪物が近づいてくるのにも関わらず親友の亡骸に顔を埋めながら泣いた。
駆け寄ってきたせつ菜が何か叫んでいるけれど、もう何も聞こえない。届かない。この悪夢が終わるのならば何でもよかった。
だから目を瞑って。残酷な世界から目を逸らして、その時を待つ。
「そうやって下を向いてしまったら、本当にそこで終わるわよ」
でも次に鳴り響いたのはかすみの命を終わらせる音ではなく、暗闇を切り裂く銃声。
「勝ち抜きたいなら、生き残りたいなら……這い蹲ってでも前を向きなさい」
その声は喧しく鳴り響く銃音の嵐の中でもハッキリと聞き取れた。
決して主張の激しいものではないが、強かな芯を感じさせるようなその声は確かにかすみに向けられ、かすみに届く。
「……きつね?」
閉ざしていた瞼を開けば、そこには白い影があった。
強く目を瞑っていた影響で明瞭ではなかった視界がクリアになっていく程にそのシルエットにも明確な線が引かれる。
上半身を覆う白い装甲に、見知った動物を連想させる頭部の仮面。翻るマフラー。何より目を引くのは特徴的な形状をしたベルトだ。
狐の戦士。そう評するに他ならない存在が視界の中央に居座っていたのだ。
「狐じゃない……ギーツよ、かすみちゃん」
「え……?」
そして戦士は一人ではなかった。
呆気にとられるかすみの傍ら、今度は両腕に巨大な鉤爪を装備した獣人がもう一体、越に手を当てた状態で佇んでいた。
「なんでかすみんの名前……」
「さあ、どうしてでしょうね? それよりありがとうねギーツ。この子達を守ってくれて。今回はお礼を言うわ」
「感謝される筋合いはないわ。学校の後輩なら、貴方がちゃんと守ってあげなさい。それが続くようならまた失うわよ、ロポ」
「ええそうね……出遅れたの事実だし、重く受け止めるわ。その言葉」
「そう……だったら今回はそのまま出遅れてなさい。すぐ終わるわ」
《BULLET CHARGE》
僅かな会話の後。
かすみ達を守るようにして怪物達へと立ちはだかったその戦士―――ギーツは、片手銃と呼ぶには少々大きすぎる得物のトリガーを引き絞ると即座に連射。圧倒的な破壊を齎す銃弾の嵐が今度は怪物達を蹂躙した。
『ジャマッ———!』
「……流石に数が多いわね。手、貸しましょうか?」
奴等の命の終わりを告げるように爆炎が上がるが、全てではない。銃撃を逃れた怪物の群れが次々と戦士へと突撃を仕掛けてゆく。
「アタシは特別なの、貴方と違って。これくらい無問題ラ」
《SET》
《DUAL ON》
そんな状況にも関わらず尚も不敵に笑った……ように見えたギーツは、的確に迫りくる凶刃を避けつつ何かを手に取り、そのままベルトへと装着する。
《GET READY FOR BOOST & MAGNUM》
《READY FIGHT》
続け様に合着されたのは新たな装甲だった。
何処からともなく出現した紅の鎧が下半身を覆い、猛烈な熱気がギーツを中心として発生する。
「仔细看看……ここからがハイライトよ」
そしてギーツが姿勢を低く構えた、その刹那。
エンジン音のような轟が唸りを上げたと思えば、深紅の一閃が複数に重なって眼前を駆ける。
それがギーツによる攻撃だと認識した瞬間には、怪物達の群れはその悉くが遥かな宙へと打ち上げられていた。
《BOOST TIME》
尚も追撃の手は止まらなかった。
またも前触れなく出現した狐型の機械獣に飛び乗ると、ギーツもまた上空へと昇ってゆく。
《MAGNUM BOOST》
《GRAND VICTORY》
火が灯る。
両足に備わったブースターのような機構が大気をも焦がすような熱気を噴き出した次の瞬間、機械獣より飛び降りたギーツが蹴りの姿勢を取った。
「まさか……城を落とす気!?」
そして―――、
「ラアァァァァッ!!」
一筋と呼ぶにはあまりにも太すぎる軌跡が空に描かれる。
繰り出された爆炎を伴う破壊の波動はギーツと共に真っ直ぐに突き進み、かすみ達を襲った怪物やウミウシ、軌道上に存在する全てを飲み込み、やがて起こった大爆発の中に誘っていった。
「倒した……のでしょうか……?」
パラパラと、熱気の余波に乗って灰燼が街に降り注ぐ。絶望の覆っていた空はいつの間にか普段の平穏を取り戻していた。
「……はあ、また先を越された」
命を脅かす脅威が無くなっても喜びの声は上がらなかった。そこに存在したのは終始圧倒されたままのかすみにせつ菜、そしてロポと呼ばれたもう一人の戦士だけだ。
「大丈夫? せつ菜、かすみちゃん」
「え……?」
「か、果林先輩!?」
そのロポの姿が一瞬にして見知ったそれへと変わる。
朝香果林……自分達と同じ虹ヶ咲学園の生徒にして、スクールアイドル同好会の先輩だ。
「まさか学校の近くにジャマーエリアが出現するとはね……油断してたわ。でも、貴方達は無事でよかった」
「良くないですよ!」
何がなんだかは今でもよくわからない。
でも後輩の抱きかかえる亡骸を一瞥し、普段と何ら変わらない空気感でそんなことを言う果林に対し沸々と煮え立つものを感じ、感情のままにかすみは声を張り上げた。
「しず子が死ん……こんなことになっちゃったのに良い訳ないじゃないですか! ていうか一体何なんですかこれ! あの怪物は!? さっきの人は!? 先輩は何をしてるんですか!?」
「あー待って待って、そう一度に色々聞かれたら答えられないわよ」
困ったように眉を寄せる果林はやはり、憎いくらいにいつも通りで。
この状況に、惨劇に、しずくの死に、何の悲壮感も抱いていない。そうとすら思ってしまう程に余裕を含んだものだ。
……いや、正確には焦燥めいたものは感じる。でもそれも目の前のことに向けられたものじゃない。それがひたすらに腹立たしかった。
「しずくちゃんのことは……そうね。確かに気の毒だし、私も胸が痛いわ。でも大丈夫」
「何が―――、」
「全部、無かったことになるから」
訳の分からない言葉を並べる果林にいよいよ感情の堤防も決壊を迎えようとした時。
先に決壊を迎えたのは―――世界の方だった。
「えっ……えぇッ!?」
「な、ななななんですかこれぇ!?」
「終わるのよ、世界が。そして新しく生まれ変わるの」
街が、建物が、道が、人が。世界の全てが光の中に消えてゆく中でも、果林は尚も落ち着き払ったまま、最後に告げた。
「じゃあね。せつ菜、かすみちゃん。また明日……いや―――、」
「―――また、次の世界でね」
「……っっはぁッ!?」
「わっ!? びっくりした!」
何かに突き飛ばされるようにして、かすみは机へ突っ伏していた身体を起き上げた。
未だ胡乱に囚われる眼できょろきょろと辺りを見回してみる。簡素ながらも拘って選んだ装飾品に、色々と書き込まれたホワイトボード、皆で取った写真の数々。ここはスクールアイドル同好会の部室だ。
「大丈夫? かすみさん。凄い汗だけど……」
「しず子……?」
その中に確認出来た親友の姿に、何故だか途方もない安堵を覚えた。まるで失われた宝物が戻ってきたかのような、そんな感覚。
「……しず子、最近なんかとんでもない不幸なこととかなかった?」
「どうしたの急に。まだ寝ぼけてる?」
でも現に彼女は目の前にいる。失われてなどいない。
嫌な夢でも見ていたかのような倦怠感がある。でも、その内容が全くと言っていい程思い出せない。
「部室で寝てるなんて珍しいね。彼方さんみたい。まあ、彼方さんと違ってかすみさんは変なことで夜更かしでもしてたんだろうけど」
「夜更かし……ああ、そう言えば昨日はりな子にお勧めされた動画ずっと見てて……」
「思ってた以上にしょうもなかった……。それより練習、もう始まってるよ。私も先に行ってるから、かすみさんも早く着替えておいでよ」
「ああ……うん。すぐ行く」
目で追ったしずくの後ろ姿が扉の向こうへ消えてゆく。他に同好会メンバーも部室にはいなかった。彼女の言う通り、皆もう練習を始めているのだろう。
ぽかりと穴が開いたような感覚に少し引っ掛かる部分はあるが、忘れているのなら大したことではないのだろうと切り替える。
そうだ。自分達スクールアイドル同好会の1stライブも近いんだ。こんなことで頭を悩ませる暇があるなら少しでもパフォーマンスを磨くべきだ。応援してくれる皆の為にも。
「おめでとうございます」
だから、頑張ろう。
胸に残る妙な残滓を振り払い、いざ自らも仲間達の場所へ行こうとしたその瞬間だった。
「え……?」
かすみ以外誰もいなかったはずの部室に、かすみ以外の誰かの声がする。それも聞き覚えのないものだ。
不法侵入者、将又心霊の類。勝手に進む推測が背筋を凍らせるが、一先ずはこの声の主が何者であるか確認すべきだ。そう判断し、意を決して振り返ると、そこには。
「誰……?」
白と黒の、街中で見かけたならばまあ気を引くであろう装束に身を包んだ女性。向けられる笑みには形容しがたい何かがあり、不審者であることは確かなのだが、不思議と騒ぎ立てるような気は起こらなかった。
そして何より、かすみはこの少女を知っている気がした。
「厳正なる審査の結果、あなたは選ばれました」
そんな彼女に、ただ事の行き先を委ねる。
差し出された黄が映える蛍光色の箱。その中に眠るモノが、後にとんでもない悪夢を齎すとは知らず。
「―――あなたは今日から、仮面ライダーです」
ギーツに変身してるのは勿論あの子。今のところ英寿様等々ギーツ本編のキャラが登場する予定はないです。
とりあえず邂逅編までは書き切るつもりです。よ~ろしく~(渡辺月)。