かすみ「デザイアグランプリ?」 作:紅蓮一角超獣
とりあえずユニット甲子園楽しかったです。
「ここがデザイアグランプリの参加者なら誰でも使えるサロン……まあ休憩所みたいなものよ。次のミッションまでゆっくり休みなさい」
鐘嵐珠……仮面ライダーギーツの変身者である彼女に連れられ辿り着いたのはホテルやマンションのエントランスのような場所だった。
室内型の神殿、とでも言うべきか。石造りの柱や床には荘厳な雰囲気が宿っており、備え付けられた赤い円形のソファやカーペット、バーカウンターも元の魅力を損なうことなく高級感を醸し出している。何と言うか庶民のかすみには落ち着かない場所だ。
「あら、あなたが他の参加者に手解きするなんて珍しいじゃない、ギーツ」
ソファには先客が居座っていた。聞き馴染んだ声音からも果林であるとわかる。
「……それで、お目当てのものは手に入った?」
鼻を鳴らした果林に対し、嵐珠の返答はなかった。代わりにかすみ達の方へと視線を向けてくる。どうやら自分達の戦利品を見せてやれ、という意図らしい。
一応は従ってせつ菜と一緒に手に入れたバックルを取り出すと、果林は丸くした目に微かな驚愕を映すことで応じた。
「運がいいわね二人共。それ、当たりのバックルよ」
「当たり外れがあるんですか?」
「ええ。こういうのとかね」
かしゃりと音を立て、果林が眼前のテーブルにバックルを転がす。そのどれもがかすみ達の手にしたものとは異なる、有り体に言うならば、小型でチープな作りのものだった。
「使えない訳じゃないけど、せつ菜達の持ってるバックルに比べると性能で劣るのよ。だから私達は外れって呼んでる……あなたはどうだったの? ギーツ」
「……ロポと同じね。今回は運がなかったわ」
「それは大変。不敗のデザ神様、ギーツの天下もここまでかしらね」
「别开玩笑了。この程度無問題ラ。そうやって他人にばかり目を向けてると、今回も私が勝っちゃうわよ」
挑発的な言葉を選ぶ果林に、それを軽く受け流す嵐珠。どちらかと言えば前者の一方的な色が強いが、二人の間には少なからずの因縁が見て取れた。
「今回もアタシの引き立て役として頑張ってちょうだい。そこ二人にもまあ、バックダンサーくらいの活躍は期待してるわ」
果林に対抗してか、高慢にも思える振る舞いを見せた後に嵐珠は去ってゆく。どうやらこのサロン以外にも施設が存在するらしい。
「それと、くれぐれも˝退場˝しないように気を付けなさい……じゃあね」
「退場……?」
最後に一瞬、その表情に憂いを覗かせると彼女は消えていった。
退場。不穏な単語がかすみの中でぐるぐると回る。
「あの……何か、あったんですか?」
「別に……ただ、ギーツはここ数回のデザイアグランプリで優勝し続けているの。だから嫉妬してるだけよ」
それだけではないのは直ぐにわかった。
果林は確かに負けず嫌いではあるが、それを理由に他人を攻撃するような真似はしない。もっと、もっと別な何かが果林にはあるんだ。
「……果林先輩、カードになんて書いたんですか?」
「っ……」
何かあるなら、きっとここ。
核心を突くようにかすみが問うと、果林は目に見えて動揺し、その肩を跳ね上げさせた。
「……かすみちゃん、そういうところには鋭いのね。勉強は出来ないのに。」
「一言多いです。あと果林先輩だけには言われたくないです」
「ふふ、ゴメンナサイ。……そうね。話しておくべき、かもしれないわね」
露骨に差した影に唾を飲んだ。ギーツが連続でデザ神になっていることを知っているのは、彼女もまた何度もこのデザイアグランプリに参加しているという証明。それ程までに叶えたい願いがあるということだ。
垣間見える影も相まって、次の句が紡がれる瞬間を待つ手が、無意識に震えた。
「でもその前に、あなた達の願いも教えなさい。私だけ明かすのは不公平でしょ?」
そんな空気を察知したのか、一度話題を変えるように果林は言う。
「まあ、かすみちゃんはどうせ自分が一番可愛い世界~とかでしょうけど」
「む……なんで決めつけるんですかぁ。まあ、合ってるんですけど」
「かすみちゃんらしいわね。それで、せつ菜はなんて?」
「私は勿論! 世界中の皆が大好きを叶えられる世界です!」
「こっちも大体想像通りですね……」
「いいじゃない。二人共素敵な願いだと思うわ」
無かったことになるとはいえ、ジャマトによって傷付いたり、亡くなったりする人がいる。そういった人達がいる中で私利私欲に走った願いを掲げるのには少し抵抗があったが……思い浮かぶ願いがこれしかなかったのだから仕方ない。
ともかくこれで自分達の願いは明かした。今度は果林の番だ。
「……二人共、さっきナビゲーターにされた話は覚えてる? デザイアグランプリの度に、世界や記憶が作り変えられてるって話」
「え、えぇ……」
「それがどうかしたんですか?」
視線で訴えると、果林は特に抵抗することもなく口を開く。問いかけと前提から始まった語りの纏う空気はやはり重苦しい。
「元の世界で起きた出来事は無かったことになる。一度デザイアグランプリやジャマトに関わってしまえば消されてしまうの……それがどんなに、大切な思い出や記憶でも」
重苦しいのは空気感だけじゃない。緩慢に話す果林の顔は今にも泣き出してしまいそうなくらい、深くて冷たい、悲しみを帯びていた。
「聞いて。二人共。私達同好会には、もう一人―――、」
それでも意を決して紡がれた果林の言葉は、殆ど同時に鳴り響いた警報によって掻き消された。
「緊急事態です! 頭領ジャマトが出現し、ジャマーエリアが拡大を始めました。よって宝探しは中断とし、現時点でアイテムをゲット出来ていない方はリタイアとなります」
同時にあの空中神殿へと転送。既に展開されていたモニターを指しながら焦燥気味にナビゲーターは言った。遅れて表示されていた多くの名前やアイコンから色が失せ、ドロップアウトする。残ったのはかすみ達数名の名前だけだった。
「これより緊急ミッションです。手に入れたアイテムを使いこなし、エリア内のジャマトを全滅させてください。生き残った方は、第一ゲーム勝ち抜けとなります」
「生き残った方、って……?」
「それではミッションを開始します! 位置について、はっけよ~い……変身!」
ナビゲーターが謎のポーズを取ると同時に周囲の景色が塗り替わってゆく。転送されたのはまたもあの森林だった。
そして塗り替わったのは景色だけじゃない。かすみ達の姿もまた、異なるものへと変容してゆく。
《ENTRY》
「えぇっ!?」
越へ巻き付けたドライバー。その中央に位置するIDコアが光を発したと思えば、空中で形成された装甲が自分達への身体へと装着される。
かすみはこの光景を知っていた。果林が行っていた戦士へと至る行為……仮面ライダーへの変身だ。
「あら~せつ菜。パンダだなんて可愛いじゃない」
「え? 私パンダなんですか!?」
隣にいたせつ菜は、人型のパンダと言わざるを得ない姿へと変わっていた。白い体表に両の目と耳が黒いとなればそれはもうパンダでしかないだろう。
傍から見れば全身黒タイツの人間が頭だけパンダの着ぐるみを被っているようで中々シュールである。
「かすみちゃんは……狸、かしらね」
「た、たぬきぃ~?」
じゃあ自分は、と己の頭を覆う装甲に触れて確かめるかすみの耳朶に衝撃の事実が触れる。
狸って、まああの狸だろう。太眉でずんぐりむっくりでいい話なんて全く聞かない狸。
「狸なんて嫌ですぅ~! かすみんはもっと可愛いのが……せつ菜先輩、交換してください!」
「IDコアは本人以外使えないわよ。諦めなさい」
無情な宣告にガックシと肩を落とす。足元の水溜りに自分の顔が映っていた。緑色ではあるが形状は完全に狸のそれだった。二度目となる受け入れ難い事実に喚き声を上げる。
「随分と余裕ね貴方達……もう他のライダーは戦い始めてるわよ」
ついつい現状を忘れて先輩達へと漏らしていた愚痴は割って入った声によって吹き払われる。白い狐の仮面……他でもないギーツだった。
言われるままに見やれば周囲には既にジャマトが出現しており、対応するライダーが戦闘を始めていた。そんな中呑気にお喋りとはさぞ間抜けに見えることだろう。
「貴方達は˝ダパーン˝に……˝タイクーン˝ね、覚えたわ。一つ忠告しといてあげる。今回のミッションは生き残れば勝ち抜けだけど、ジャマトを倒すことで手に入るスコアは今後のゲームに影響する……叶えたい願いがあるなら、早々に脱落しないように頑張りなさい」
《SET》
《ARMED WATER》
《READY FIGHT》
水色の胸当て。そして射出砲と思しき水管を手にすると、ギーツもまたジャマトへと立ち向かってゆく。
そこは流石の連続デザ神、とでも言うべきか。複数のジャマトを相手取る戦い様は他のライダーとは異なり、熟練されたものを感じた。
「ギーツの言う通りね……今度こそ、私がデザ神に……!」
触発されるように果林―――ロポも装甲を合着。異形の群れへと突き進んでゆく。不測の事態により願い自体は聞きそびれてしまったが、やはり、尋常ではない執念を伴った願いらしい。
「我々も行きましょうかすみさん! もう既に変身してしまいましたが……やはりこの口上は外せません!」
《SET》
この人も燃えている。生きる暴走特急兼オタクの優木せつ菜は、ずっと密かに考えていたのであろうポーズを携え叫んだ。
「変身ッ!」
《MAGNUM》
マグナムバックルと呼ばれたそれを差し込み、備わったリボルバーを回転、最後に引き金が絞られる。伴って発射された赤い銃弾が白い騎士のような装甲を形成し、せつ菜―――ダパーンの上半身を覆った。
《READY FIGHT》
「くぅぅ~~~……! たまりませんッ! これが、変身……!」
複眼が赤く染まった仮面の下の表情は伺えないが、声音からしてまあ間違いなく絶頂しているだろう。きっと人に見せられない顔だ。
「私、参上です! うおおおおぉぉぉぉッッ!!!」
仮面を被っても喧しさが衰えない。圧倒的な声量と銃声を纏いながらせつ菜もまた戦場へと突撃を開始した。
残るはかすみ―――タイクーンだけなのだが。
「ひええぇぇぇッ!!!」
戦うどころかバックルを装着することすらせず、かすみは悲鳴を撒き散らしてジャマトから逃げ惑う。
「ちょっとかすみちゃん。逃げてるだけじゃ勝ち残れないわよ!」
「そんなこと言われたって出来る訳ないじゃないですかぁ!」
確かに戦う力は得たのかもしれない。けれども仮面の下にあるのはただの高校生の女の子、力があっても使う術なんて、ましてや戦う覚悟なんて持ち合わせていない。
加えて深く刻まれたままの殺戮の記憶。奴等の姿を見る度にそれがフラッシュバックされて、とても立ち向かうだなんて出来る状態ではなかった。
『●●◆ッ――――――!』
「ひぃぃぃぃい! 来ないでください来ないでくださいぃぃぃッ!」
当たりのバックルと言われた装備があることすらも忘れ、かすみは拾い上げた木の枝で迫るジャマトを威嚇する。けれども当然そんなもので退けられる筈もなく、異形の振るう暴力は仮面ライダータイクーンとしての装甲を削った。
「もう……手が掛かるんだから!」
《CLAW》
《STRIKE》
痛みと恐怖に仮面の下の顔を軋ませる。そんなかすみを救ったのは果林だった。一閃を描いた鋭爪の斬撃が群がるジャマトを纏めて切り払う。
「大丈夫? かすみちゃん」
「ふ……えぇぇ! 果林せんぱ~い……!」
排除された外敵が吹き上げる爆炎に囲われながら果林へと抱きつく。外面はライダーのそれである為傍から見れば異様な光景だろうが、気に掛ける余裕はなかった。
「ありがどうございばずぅ~……!」
「いいのよ。あんな風に怖がられたら助けない訳にもいかないじゃない……それに」
《SECRET MISSION》
「ふぇ?」
聞き覚えの無い電子音声が過った。音源は果林の持つデバイス、一回戦開始時にナビゲーターから渡されたものだ。
そのデバイスが何か祝福するようなエフェクトを画面に表示していると思えば、硬質な音が地面を叩くのがわかった。見やれば例の宝箱……ドライバーを収納していた物と異なり桃色だが、造形は確かに見知ったものだった。
「いいものも手に入ったからね」
《SET》
蓋を開け、取り出されたのは肋骨を思わせるカバーパーツが大部分を覆う、紫色の禍々しいバックル。そんな代物を手にした果林は、一瞬作った物憂げな空気感を振り払うように差し込んだ。
《CRASH OUT》
《ZOMBIE》
髑髏を模したような鍵を捻ると、弾け出た怪物の腕が肋骨を突き破り展開される。
準じて酷似した装甲が構築されてゆき、やがては使用者であるロポを直視するには少々グロテスクな姿へと変えた。
《READY FIGHT》
《ZOMBIE BREAKER》
「はあぁッ!」
肥大化した両腕は見た目通りの剛力を発揮し、巨大なチェーンソーとしか表現しようのない大剣を軽々と振り回しながらジャマトの群れを粉砕してゆく。
結局はまたかすみが一人で取り残される。脱力した身体はへたり込み、そのまま真下を向いてしまう。
「ゾンビバックル……まさかロポが使うなんてね。運命の悪戯ってものかしら」
次に視界が持ち上がったのは、ギーツが隣立った時だった。
周囲のジャマトの大半は彼女が処理している筈なのに息切れはおろか疲れの色すら伺えなかった。
「……貴方は戦わないの?」
「……無理ですよ、こんなの……」
「前の世界で言ったわよね? そうやって下を向いていたら本当に終わってしまうって」
戦わないかすみを責めるでもなく、嘲るでもなく、ギーツは諭すようにただ静かに言った。
「いつまでもそうしてると……貴方もその内こうなるわよ」
《MISSION FAILED》
果林と同じデバイスを取り出し、その画面をかすみへと向けてくる。丁度参加者の名前が一つ、消えた瞬間だった。脱落、ということらしい。
「私はこうも言ったわ。生き残りたいなら前を向きなさい、って。だったら今貴方が取るべき行動くらい、わかるわよね?」
「そう、言われても……」
道理はわかる。でも感情が付いてこない。一度恐怖を植え付けられてしまった身体は簡単に立ち上がってはくれなかった。
「だったらそのバックル、アタシに貸しなさい」
「え?」
「貸してくれたらこのゲーム中だけだけど、守ってあげるわ」
そんなかすみを見兼ねたのか、ギーツが寄せてきたのは意外な提案だった。
果林が言うにはこのデザイアグランプリは全員がライバル。他の参加者を助けることは後々自分の首を絞めることになる筈だ。
「なんで……?」
「取引よ。貴方はこれ以上怖い思いをしないで済む。代わりにアタシは本来貴方が稼ぐ筈だったポイントを大量に稼げる……どう、Win-Winでしょ?」
何が狙いなのかはわからない。単純な好意でないのは確かだろうが……それでも今のかすみにとってはこの上ない申し出だった。
だから腰のホルダーに備えたままだったバックル―――ブーストバックルをギーツへと手渡す。
「非常感谢你……ここからがハイライトよ」
《SET》
《DUAL ON》
受け取ったギーツは即座にバックルを挿入し、レバーを振り絞ると共にエンジン音を轟かせる。
《BOOST & ARMED WATER》
《READY FIGHT》
深紅の炎が下半身の装甲を強化する。白煙を噴き出すマフラーが激しく震えたと思ったその刹那、灼熱の閃光が奔った。
「ラアァッ!」
目にも止まらぬ速度で一閃、二閃、三閃。駆け出したギーツは一瞬の内にジャマトの群れへ肉薄し、悉くを打ち上げては蹴散らしてゆく。
そんな中不自然に残された一体は武器や装いも他の個体とは異なる。恐らくは奴がナビゲーターの言っていた頭領ジャマトなのだろう。
「後は貴方だけね!」
配下を失い孤立した頭領ジャマトに対し、ギーツは尚も加速して得物を振るう。ウォーターバックルの力で生成されたであろう水管は本来見た目通りに水流を射出して使うのだろうが、彼女はそれを振り回す。さながら棍棒のように用いていた。
『■◆●ッ……!』
頭領側も斧という武器を持つが、リーチが長く軽量な分ギーツが優勢か。突きや殴打も交えた多彩な攻撃の前には防戦を強いられている。
ここに水鉄砲や火炎放射も加わるというのだから恐ろしい。改めてギーツ及び嵐珠の力量を思い知るようだった。
《REVOLVE ON》
爆炎の勢いに乗った回し蹴りで頭領を薙ぎ払った直後、かすみの眼前でとんでもないことが起こる。
両側にバックルが装填されたドライバー。ギーツがそれを180度回転させたと思えば、何と浮かび上がった彼女ギーツの身体までもが180度回転してしまう。
そして直前まで首に存在した筈の頭部が股間だった場所に移動する。この一瞬で上半身と下半身が入れ替わったのだ。
「えぇ……なんか気持ち悪い」
「わかるわぁ……いつ見てもどういう仕組みなのかわからないわよねこれ。使っておいてなんだけど!」
身体の上下が入れ替わるということは、即ち装甲の位置も逆転したことを意味する。ブーストバックルの加護を受けた両の拳は更にその速度を上げ、連続のコンボが的確に頭領ジャマトを打ち抜いていった。
《BOOST TIME》
締めに放った右ストレートの次に鳴り響いたのは、終焉を告げるバイクの鳴動だった。
足元から発生する水流はまるで意思を持つかのようにギーツを中心として巡る。同時に着火したエンジンが決着までのカウントダウンを開始した。
《BOOST WATER》
《GRAND VICTORY》
「アイ……ヤァァァッッ!!!」
吹き荒れた爆熱は拳の動きに乗り、圧倒的な水流と破壊力を纏って突き進む。
大気を穿ち焦がす水炎の槍は次の瞬間に盗賊ジャマトを貫き、その肉体を爆発の中に誘った。
「見事頭領ジャマトを撃破! 第一ゲームクリアです!」
ナビゲーターの声が伝達され、ようやくの脱力がかすみを包む。一時的とはいえ恐怖から解放された安堵に涙さえも出そうだった。
「あの……! ありがとう、ございました」
「いいのよ。それより……そこにいると危ないわよ?」
「へ?」
震える声で届けた感謝は想像だにしない形で返される。
露骨に距離を取ってきたギーツのドライバーから昇る黒。それがブーストバックルより発生する煙だと認識するや否や―――、
「どわぁっ!?」
ミサイルのような勢いで発進したブーストバックルがかすみの眼前を通過し、そのままどこかへと飛び去ってゆく。尻もちをついたまま行く末を見守るが、終ぞバックルがかすみの手元に戻ってくることはなかった。
「驚かせちゃってごめんなさい。アレ、使い終わったら毎回どこかに飛んで行っちゃうのよ」
「えぇ!? 借りるって話じゃ……」
「ええ。確かに借りたわ……返せるとは、言ってないけどね」
変身を解き、舌を出しておちゃらけて見せた嵐珠に絶句する。一応は謝って代わりだというバックルを手渡してくれたが、所謂外れバックルだ。全然割に合ってはいなかった。
「いい? タイクーン。デザイアグランプリでは今みたいに騙し合いや蹴落とし合いが起こることもあるの。せいぜい次からは気を付けることね」
今回は勉強料だと思って起きなさいと言い残し嵐珠は歩き去ってゆく。三度取り残されたのはかすみとグレードダウンしたバックルだけだった。
「その分だと、狐につままれちゃったみたいね……」
暫くすると後方から声が掛かる。見やれば果林とせつ菜が明確な同情を浮かべながら歩み寄って来ていた。
「新しくシーズンが切り替わる度にああやってギーツに騙される新規参加者がいるのよ。今回はかすみちゃんが狙われちゃったみたいね」
「生き残りをかけたゲームとしては正しいのでしょうが……見ていてあまり気持ちのいいものではありませんね」
どうやら常習犯であるらしい。かすみが使っていたところで結局飛び去っていた為結果としてバックルが手元に残る形にはなったが、納得はいかない。騙されたという事実がむかむかと心を蝕むようだった。
「まあでも……二人共無事でよかったわ。これ以上私の前から誰かがいなくなるなんて、そんなの嫌だもの」
そんな怒りを解かすように、ぎゅ、っと。せつ菜と一緒に抱きしめられる。回された果林の腕はハッキリとわかるくらいに震えていた。
「そんな……大袈裟ですよ果林さん」
「そうですよ。確かにジャマト?は怖いですけど、もしやられちゃってもがゲームが終われば何事も―――、」
「仮面ライダーは違うの」
珍しく弱気な姿を見せた先輩に投げかけた言葉は強い語気によって跳ね返された。声音が含む凄みに冷たいものが背中を伝う。
「確かに街や人はゲームがクリアされれば元に戻るし、記憶もリセットされる……でも仮面ライダーだけは違う」
かすみ達から離れた果林の顔は、今にも泣き出してしまいそうだった。自身に対する感情じゃない。もっと身近で、それでいて遠い誰かへ向けた恐怖や後悔を滲ませた瞳は吸い込まれそうな程に、青い、蒼い。
「もし仮面ライダーとして戦いに敗れて命を落としたらそこでお終い。もう、元には戻れない。これは世界を救うゲームであって、命を懸けたデスゲームでもあるの」
明かされた事実が重い衝撃を以ってかすみを叩く。
何かが壊れていく音が少しずつ、大きくなっていった。
かすみがタイクーンでせつ菜がダパーン。変身するライダーはスクスタ初期SRのわくわくアニマルから取ってます。え?スクスタは死んだ?そんな……。