山奥深く、濡れ羽色の短い髪をした青年の男が木々を見上げる。鬱蒼と生い茂る木々のおかげで周りは薄暗く、土の湿った匂いが鼻をくすぐる。黒紋付の羽織袴の裾を泥で汚した男はため息を吐きながら声を張り上げた。
「お嬢~、そろそろ帰りましょうって。親父さんにどやされちまう」
「やだ!もう少し遊ぶの!!」
頭上に向かって放たれた言葉に、幼い子供の声が返される。同時にガサガサと音を響かせながら男の目の前に少女が”飛び降り”てきた。
「あぁ、礼服をそんなボロボロにしちまって…」
「八咫も汚れてるしお揃いじゃん!そもそも、普段は不真面目なお付きのくせに、こういう時だけ!」
「おいおい、お嬢酷くねえですか。俺はいつだって真面目ですよって」
目の前の少女が逃げる前に捕まえ、お姫様抱っこなどと可愛らしいものでは無く、まるで荷物のように俵担ぎにして歩きはじめる。少女は手足をバタバタと動かし抵抗する。
「あ!八咫、離して!!変態!」
「誰が変態ですか、ほら、時間無いですから行きますよ。流石にお嬢の誕生日に本人が居なくちゃ駄目でしょう」
壮年の男、八咫はしまっていた翼を広げる。その背中から生える大きく美しい翼に少女は目を丸くすると嬉しそうに声を上げた。
「八咫の羽、いつ見ても大きくて綺麗ね。八咫のお父様より凄い!」
「そりゃどーも」
八咫は背中の翼をはためかせその場を飛び立った。彼女の帰りを待つ妖であふれた屋敷へと。
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「八咫、帰ってきたか」
「間に合いまして?」
「ギリギリな。旭様は…元気な事は良い事だな、うん。姑獲鳥、旭様を風呂に」
「はあい、八咫、あんたは着替えてきなさいな。汚れてるのは服だけでしょう?」
「りょーかい、後は頼んだぜ」
姑獲鳥と呼ばれた女性は艶やかな笑みを浮かべながら少女、旭を八咫から受け取り風呂場へと向かう。八咫はその背中を見送ると自分も着替えに自室へと向かう。それを呼び止めたのは父代わりの鴉天狗だった。
「八咫、旭様の付き人は慣れたか?」
「まあ、それなりには。心配せんでも怪我はさせねえしちゃんと守ってるよ」
「そうではない」
「はいはい、分かってますよって。俺の悪い噂でお嬢が悪く言われる事は無いようにしてるって」
「だからそうではないと…」
それで話はお仕舞とばかりに手を振りながら八咫はその場を去る。その場に残された鴉天狗は深いため息を吐きだし、項垂れる。血の繋がらぬ息子と、いつの間にか心の距離が生まれてしまっていたのは気づいていたがここまで深いものだったとは思いもしなかったのだ。自己嫌悪しつつも思考は仕事の事へと切り替わる。今日はめでたい日なのだからいつまでも辛気臭い顔をしている訳にはいかなかった。ちゃんと、息子と話し合うと心のメモに書き留めながら八咫の背中を追った。