レイブンクロー探偵と魔法事件簿   作:黒雲涼夜

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6日目、探偵独り

 目を覚ませば、そこは部屋の中。どうやら気絶させられたらしいと気付くや否や、シャーロックは飛び起きる。枕元を見れば、ともりとの別れの時にともりが持っていた物がある。それは、3種の書類や本。

「これは……まさか、君という奴は」

シャーロックは、その正体に笑みを漏らす。ともりが残したもの、その1つは『日降村人口記録』。中身をパラパラと捲ってみれば、そこにはホムンクルスを含む村人の出生に関わる一切が書かれてある。2つ目、それは地図だ。しかし、ただの地図ではない。今回の儀式で出た犠牲者の遺体や、現場の資料が保管されている地下室の場所や行き方を示した地図なのだ。

「すごい……すごいぞ相棒、これなら…………」

喜びを露わにして3つ目となる本をめくり、シャーロックは衝撃を受けた。これは、あまりに重要なものだ。出生記録などよりも、恐らくは重要視されるであろう物。決して、儀式を探る部外者に渡してはならないはずのもの。

「……おいおい、これはまさか。日記、なのか……?」

シャーロックも、思わず冷や汗が流れる。日記、それも先代村長の遺した日記だ。現在へと儀式を受け継がせた先代が、何を思いどのような儀式を行ったのか。それがこの書物には書かれていることだろう。シャーロックの胸が熱くなるのを感じた。

 

「おいそがしいところ、申し訳ありません」

そこへ、突然訪ねてきたのは屋敷の使用人だ。

「なんだい?」

シャーロックの返答はぶっきらぼうで、しかし使用人は気にせず続ける。

「ともり様から、あなた様のお世話を仰せつかった者です。……早速で恐縮ですが、最後と思われる犠牲者が出ました」

「なんだと?」

使用人の言葉に、シャーロックは勢いよく立ち上がる。探偵として、向かわねばならない事件だ。

 

 

 現場は、とある民家だった。遠巻きに見守る野次馬達を他所に中に入ると、ムッとする血の匂いに思わず顔をしかめる。

「これは……むごいな」

シャーロックがつぶやくが、隣からはここ数日聞こえていた涼やかな声が聞こえず、思わず表情を歪め首を横に振る。

「全く、元はひとりであっただろうに……情けない。それにしても、頭部がない死体か」

シャーロックの視線の先にあったのは、壁にもたれ掛かるようにして倒れる全裸の女性死体。ともりと違い、付き添いの使用人には死体は見せられない。いや、ともりでもこの死体は見せたくはない。シャーロックは簡単に検分し、写真を撮れば素早く家の外へ出る。村長が来る前に去らねば非常に面倒なのである。

(……保管場所に移送するタイミングを狙うか)

シャーロックは、悪巧みを始めていた。

 

「被害者は、この家に住む住人でいいのかい?」

「はい。この家に住むのは、森川遥19歳。この村の若者からは特に美人と評判でした」

「人格は?」

「かなり真面目な性格の人でした。不審人物と交友を持つ、ということはあり得ないと断言される程です。証言によると、先日この付近を見覚えのない人物を見たと」

使用人の証言に、シャーロックは頷いた。

「成程、あくまで主観であるから絶対視はできないが悪くない証言だ。流石は相棒に後を頼まれただけはある。で、不審人物は?」

「恐縮です。……不審人物は、背丈は180センチ前後、大柄な男性です」

「ふぅん?」

シャーロックは、目を細めた。そして、ともりの集めた証言の紙を見る。

「差し出がましいようで申し訳ありませんが、どうなさいましたか?」

「不審人物、一応見つかっているんだよね。村の至るところで。ただ、直接話したという情報や不審者として捕えられた情報がない。つまり、この男が実行犯だ。ボクはこれを外注の暗殺者か内部の人間かを探る必要があるんだ」

 

 「ふぅん……」

その影が、円柱型の水槽の乱立する空間の中を自由気ままに歩いていた。水槽の中には、製造しかけのホムンクルスが収められ、黄緑色に発光する液体の中に保存されていた。

「これで儀式が完成すれば……ふっ」

影は、この場所でとある作業を行っていた。それは明日に控えた儀式のために、絶対に欠かせないとある仕込みなのである。これが無ければ、儀式での計画は破綻する。

 

「……ヴラド、ナニシテル?」

「いいや?……何も」

「ウソダナ」

ヴラドの怪しげな笑みに、鬼彦は眉を顰める。鬼彦にとってヴラドは常に何かを企む油断のならない魔法使いだった。だからこそ、村長とは違い今の今まで一切の油断も信用もしていなかった。

「オマエ、ナニヲタクランデイル?」

「さあ、何だろうね?……」

そう言って微笑むと、ローブの隙間から赤い閃光が放たれ、鬼彦は崩れ落ちる。

「キサマ……ヤハリウラギルカ」

「ふむ、君はいささか勘違いが過ぎるな。まぁ良い。『オブリビエイト』」

ヴラドの放つ閃光が命中し、鬼彦から前後の記憶を奪い去る。自身が研究所で行っていた事実を、忘れさせたのである。

 

「さぁて、計画も大詰めだ。良く騙されているが良いさ」

ヴラドは、倒れ伏す鬼彦を冷たく笑った。

 

 「…………」

ともりは、小さな小屋の中で体を縮こまらせて震えていた。澄目川上流にある清水の滝に打たれて体を清めるという作業は、非常に体が冷えるのである。

「凍死、しないよね?」

ともりは、自身の知識に思わず疑問を持った。ともりの知識では、器となるホムンクルスは儀式の際に、聖なる炎で炙った刀で心臓にある核を貫き殺すのだ。だから、こんな時に死ぬ筈はない。とはいえ、寒いものは寒い。

「……シャーロックさん。無事かなぁ」

最後の最後に、別れは言った。大事な資料も渡した。それらを渡されてどうするか、というのはシャーロック次第だけれども、彼の無事を祈らずにはいられない。

「ともり様、体を拭くものをご用意しました」

と、使用人が持ってきたことで漸く布が到着した。使用人は、ともりが生まれた時から家にいる馴染みの使用人で、名前は奈津美という。

「遅いよ」

「申し訳ありません。しかし、ともり様に体を拭かせることを村長は迷っておられました。どうやら、明日の儀式で火が制御出来なくなっては困ると。少しでも制御下に置きたいようで、最終的には許可を頂きましたが」

(……やっぱり聞いてたな、あの人)

ともりは、村長が自身とシャーロックの別れを盗み聞きしていたことを悟る。シャーロックがそれを分かっているかは、ともりは知っている。彼の行動で、はっきりとした。

「でも、まあ……うん。ありがとね」

「いえ。私めの不忠をお許しください」

深々と頭を下げる奈津美に、ともりは声を掛ける。

「……ううん、貴女はいっぱい私に尽くしてくれたから。もしも儀式を生き残れたら、シャーロック・レイブンクローを頼りなさい。きっと、貴女の働き口くらい紹介してくれるでしょう」

「ご温情に、感謝致します」

奈津美は、また深々と頭を下げる。ともりは、ハッとした様子で尋ねた。

「そういえば、今日シャーロックさんのお世話頼んだよね?どうだった?」

「はい。……まだ、諦めていない様子でした」

奈津美の回答に、ともりは笑う。やっぱりか、と。

「だろうと思った……」

「そうなんですか?昨日の別れからは、きっと貴女は覚悟を決めて別れたものと……」

奈津美の困惑に、ともりは苦笑する。

「うん、それは正しい。でもね、多分あの人は諦めないって思ったんだ。だから、多分あの人はこの村の真実に辿り着く。私は救えないけれど、あの人はこの村の悪事の全てを解き明かす。だから、私はあの人を私自身が死ぬことで生かす」

ともりの笑顔は、温かいものだった。それはまさに、『ともり』の名前の由来のような、蝋燭の淡く温かい灯火のような笑顔だった。ともりという少女は、少し前まではもっと無愛想な少女だった。建前だけ愛想を良くしていたけれど、心のどこかに確かな闇を抱えた、そんな少女だった。それがいつの間にか心の底から笑えるようになっていた。それが、造りは全く違うが同じホムンクルスである奈津美にとっても嬉しかった。

「……本当に、立派になられた」

「うん、貴女のお陰でもあるよ。ありがとう」

ともりは、はっきりとそう言う。奈津美は零れ落ちる涙を隠すように、また深々と頭を下げた。

「これまでお仕えできたこと、幸せで御座いました……!」

そう言い残し、奈津美は部屋を退出する。残されたのは、ともり。

 

「……で、いるんでしょ?」

ともりは、そう言って振り返る。ともりが見つめる先。そこには、いつの間にか来ていたヴラドが、怪しげな笑みを浮かべて立っていた。

 

 「……『名は体を表す』、か。それに、まさか人間の認識を利用した無名の存在への定義付け、か。まさかそのようなやり方をするとは予想外だよ。古くから受け継がれた生贄を使用する術式のアレンジとは、なんとも凄まじい技術だよ。術式自体は上手く出来ているのだが、やはり甘い。……手を出すものの大きさを理解して身の丈に合った存在で妥協すれば良かったというのに。きっと、世界に評価される大魔術を作ることが出来ただろうに。馬鹿者共め…………」

シャーロックは、うめき声をあげながら呟いた。6日目、夜。儀式の日がすぐそこ、というタイミングでシャーロックは全ての本を読み終えた。シャーロックは遂に、術式の全容を理解したのである。しかし、謎を解いた達成感はなく、ただ虚しいだけだ。なぜならば、それを共に喜ぶ立場であるともりが明日、死ぬことが確定したのだから。彼女の体は、死ななければならないのだから。

「明日が、とことん憂鬱だよ全く……」

シャーロックがのし掛かる疲労に後ろに手を付けば、その日使った魔法薬の空き瓶が転がる。中身には、僅かに残った濃い緑色の雫が付着しているばかりであった。

「明日の夜、すべてが終わる。それは相棒の命か、この村か。それともボクの命か、世界そのものか。いずれにせよ、明日が最後の勝負だ。……全く、自信という自信が湧いてこないよ」

シャーロックは、弱気な声を漏らす。やれるだけのことはやった。だが、対峙するものがものだけに、それで足りるか分からない。屋敷の死体を確認し、殺人事件の実行犯特定も明日やらなければならない。まだまだ課題は山積みで、シャーロックにとっては頭が痛いことであった。

 

「……もう、無理なのか?」

『そんなことないです。きっと上手くいきます』

そんな声が、シャーロックの心に響く。一度は相棒と呼んだ少女との短くも忘れ難き思い出が、シャーロックの背中を押した。

 

「やってやる、やってやるよ!ここまでやったんだ、負けてたまるか……!明日ボクが挑むのは、狂気の村と破壊の化身だ!例え死んでも、この村の謎はこのボクが解き明かす。そう誓ったんだから!!」

シャーロックは、腹を括った。明日、迷いを捨てて大勝負に出る。通用すれば勝利だが、通用しなければ死ぬ。だが、それでも。この謎だけは、絶対に解きたかった。

 

 

 朝日の中、シャーロックは動き出す。遂に7日目、最終日だ。戦いへと臨むその表情には、固い決意が込められている。動くべきタイミングは、主要な村のメンバーが祭りの準備の為に出ていく午前10時頃。そのタイミングでポリジュース薬を使用して村の屋敷の中、死体を保管する屋敷へと忍び込む。変装するのは、自分の世話をしていた奈津美という女性型ホムンクルス。彼女はともりのような短命型ではなくこの先80年は稼働する、家政婦用ホムンクルスなのだが、それに変装する。

(……奈津美はそのことに気づいていたな)

シャーロックが『失神呪文』で気絶させる時、彼女は辺りを探りながら人気のないところへと移動していた。まるで、何かを探すかのように。そして、シャーロックを発見してもまるで驚いた様子もなくそのまま気絶させられている。自身の相棒の世話をしていた女、ともなれば気付いていて影から協力している可能性は高い。

 

「んぐっ……ぐぅ!不味っ…………」

とはいえ、今は作業が先だ。シャーロックはポリジュース薬を飲み干すと、奈津美へと変身する。

反撃の手は、ないこともないが1手が通らなければ全て詰みかねない状況だ。そして、それはそれ以上対策しようがないという対峙する存在の理不尽を示している。そして、儀式を止めようとしても鬼彦とヴラドの兵団相手は流石のシャーロックでも殺されてしまう。ならばせめて、やれる手は取るだけだった。

 

「ふぅ……、さてと。行きましょうか」

奈津美()はそう呟いた。

 




ミステリーって難しい……
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