奈津美の姿を借りて屋敷へと侵入したシャーロックは、周囲を見回す。ともりが置いて行った出生記録から読み取るに、家政婦型ホムンクルスは多いものの存在的に屋敷しもべ妖精と同類であるため、余程の真似をしなければ正体をバラそうとしてくるものは無いだろうとシャーロックは推測している。
「それにしても、随分とお広い屋敷ですこと……」
奈津美の口調を真似つつ物凄く怪しげなことを呟くが、使用人達は忙しなく動いていて気づく様子もない。
(やりやすくて何よりだ)
「あら、奈津美さん」
と、1人の使用人が話しかけてきた。40代くらいのずんぐりとした体格の女性だが、この使用人も確かホムンクルスであった筈だ。
「何かご用でしょうか?」
「……貴女、大丈夫なの?」
笑みを浮かべて応えると、その使用人は眉を顰めた。
「ともり様のことですか?」
「そうよ。……分かってたとはいえ、貴女かなり忠実だったじゃない」
「そう、ですね……。ともり様は、私に生きろと命じられました。ならば私は、新たな" ともり様 " を生きてお支えするのみです」
目を伏せながらもそう言うと、その使用人は気の毒そうな表情を浮かべる。
「そう、辛いわね。……じゃあ、私行くから」
「はい。お気遣いありがとうございます」
心配なのか、チラチラとこちらを見ながらその使用人は去ってゆく。
(良心的だねぇ。いや、そう作ったのは明白なのだが。……さて、行くか)
奈津美()は、目指す場所へ向かって再び歩き始めた。
◇
全身を白い着物に包んだともりは、小さな小屋の中に居た。小屋の外にはヴラドと鬼彦が直々に監視に付いており、決して逃げられないようになっている。
「無駄に厳重……。ま、別に逃げないんだけど」
ともりはそう呟き、溜息を吐く。覚悟を決めた以上、友の命が懸かっている以上、逃げない。その思いは、死までの時間が24時間を切った今も変わらない。
(……どう考えても、あの人の思う壺でしょ)
ともりの視線の先には、鬼彦とヴラドがいつものように小競り合いをしている姿がある。意識の殆どをともりから離さない辺りは優秀なのだが、どうにも愚かさを露呈しているようにしか見えない。鬼彦は村長と違いヴラドを信用しておらず、ヴラドをともりの監視に付けようとすれば自分も立候補することは目に見えていたことだ。そして、村長はともりを助けようとしていると思われるシャーロックへの人質になるともりを守る事でシャーロックの動きを封じることができる、とでも考えているのだろうか。
(馬鹿のひとつ覚え)
ともりの目には憐憫が宿る。もう、その一手は打たれたというのに。
(願望は、こんなにも人を狂わせる……。あの人の私を助けようとする気持ちもある意味狂気だよね。普通はアレに立ち向かおうなんて思わないし)
ともりは、格子状の窓から空を見上げる。空は、嫌になるほど晴れ渡っていた。
◇
死体保管庫、ここにシャーロックが来た理由は、別に死体を検分したかった訳ではない。現場で撮った写真以上の情報が得られないか確認したかったが、既に解剖が成されたらしく体は洗浄されていた。
「藤山八重子、新島琴葉、園田千種、森川遥。4人の死因は、園田千種さんのみ溺死。殺し方そのものは恐らく意味がない。ただ、子宮に刃物を刺したことや女性を殺したこと、態々服を脱がせたこと、植物に纏わる名前の女性を殺したことには意味がある。それらは全て理解できたが……あとは、実行犯は誰なのか」
死体が清められ当時の状況ではないため、血の着き方などは調べられそうにないのは仕方がないとはいえシャーロック的に少し残念であった。しかし、それでもシャーロックとしては構わない。なんせ、この保管庫には凶器が置かれているのだから。
「……へぇ」
その内ひとつ、八重子を刺した包丁の柄にシャーロックは深い笑みを浮かべる。
「やはり、魔法使いは魔法が使える分甘いですね」
奈津美の声で、シャーロックはそう言って微笑む。その柄には、しっかりと残っていたのだ。実行犯を指し示す指紋が。
◇
シャーロックは、日降神社に神主へと会いに来ていた。織広に話があった為である。長い階段を登れば、そこは少し前に来た時とは様変わりしている。豪華に飾り付けられ、神社の建物の戸は開かれ、中には巨岩が見える。シャーロックが推測するに、あれが儀式に重要な" 岩戸 " であるのだろう。
「それで、わたくしめに何のご用でしょう?」
へつらうような織広の態度に内心気分を害しながらも、シャーロックは要件を話す。
「ともりの処刑はいつだ?」
「は、はい……ええと。午後3時から催しが始まり……この時間帯は一般の村人が参加する村祭りです。本格的な儀式が始まるのは午後7時、器となるともり様を殺め、奉納するのは午後8時になります、はい……」
困惑しながらも答える織広に、シャーロックは頷く。午後8時、それまでに何かをしなければならない。
「『インペリオ』」
ここでシャーロックは、温存していたカードを切った。『服従の呪文』、それは魔法によって生物を意のままに操る、魔法界では禁術とされる魔法である。服従させられた織広は、怯えた目から虚ろな目に変わる。
「さて、質問があるんだが岩戸の中へ入っても良いかな?」
「はい。魔法使いの皆様は術を刻むために入られることは頻繁にございます」
「今はどれほどいる?」
「居りません。皆様、外に術式を作っております」
「へぇ……。今からで間に合うのかい?」
「はい。既に何日も続けていますから」
「ふむ。ならば、取り敢えず洞窟内に入らせてくれたまえ」
「はい」
そう言葉を交わし、シャーロックは織広を伴って洞窟へと案内される。本殿の中から繋がる洞窟の中はひんやりとしていて、それでいて神秘的な力を全身に感じる。
「失礼」
そう言うと、地面に手を付く。目を閉じ、魔法を薄く流すことで術式を発動させずに魔力の流れを調べる。
(……なるほど。循環、とはなっていないな。力を器に一点集中して溜め込むか。ならば、念の為に施した対策は生きる。とはいえ、中身ならば自業自得にも程があるから別に止めないが、あの体に人殺しをさせるのは宜しくない)
シャーロックは、そう考えると手を動かし始めた。仕込むのは、幾つかの国の魔法。杖を動かし、まずはイギリスで良く使用されているような魔法を扱う。この魔法は戦闘においては全く使い道のない魔法だが、今回ばかりは効く可能性が高いのである。そして、仕込むのはあと2つ。ひとつ目として描き始めたのは、見た印象では絵のように見える文字、つまりは象形文字だ。古代エジプトにおいて使われた古代呪術の、シャーロックにも扱える簡単なものを今回は使用する。現代と比べれば古代は魔術的な力が強く、その為初歩的な魔法が劣化したものでも現代では強力な効果を発揮する。続いては、ラテン語。使うのは、古代ギリシアの魔術。神話に語られているような魔法は到底扱えないが、遥かに劣化したものであれば簡単なものの劣化版ならば扱える。古代エジプト、古代ギリシア、そして現代イギリス。3つの地域の魔法を仕込めば、儀式の最終準備は完了だ。
(……これでも、勝てなかったら)
可能性が高い未来は、この魔法が突破されること。村が用意する隷属の為の魔法もある為鎮静化できる可能性は無くは無いのだが、それでもシャーロックの不安は尽きない。
「その時は、何とか脱出を図る。もし駄目なら、大人しく死ぬ」
死ぬ覚悟を決めなければ、生きる可能性は潰える。シャーロックは、真剣な表情で洞窟の奥を見つめた。
◇
夜。儀式の会場である神社は、荘厳な雰囲気に包まれていた。村長以下多くの村人が集まり、その時を待ちに待っている。子供達は夢の中、ここにいるのは大人だけ。けれど、ホムンクルスも含めればその数は膨大だ。
外からの篝火に照らされた神社の本殿の中、儀式は始まった。初めは神職の者達による祝詞だ。これが、まぁ長い。そもそもこの儀式は日本神話に基づく儀式のためその話も交えつつ神への感謝や願い事をする。つまり、かなり長い。シャーロックが織広から儀式の時間を聞いた時、7時から開始の儀式でともりの処刑が8時から、となっていたのはこの祝詞で時間を馬鹿みたいに消費するからである。そして、この場にシャーロックの姿は無い。村祭りの時間から、ずっと居ない。ヴラド曰く、部屋に閉じ籠っているらしい。村長としても構っている必要はない為、放っておく方針であった。
そして、午後8時。儀式上の階段から、ともりが登ってきた。白装束に身を包み、全身を縛られて、それでも真っ直ぐに前を向いてともりは歩いていた。ともりの到着を確認すると、巫女が御神刀を火で炙り始め、村長はともりに向き合うように立つ。
「……どうだ?友に見捨てられた気持ちは」
「さあ、どうでしょう?……私は、あの人の為に命を捧げる。あの人は、その気持ちを尊重しているからこそ来ない」
ともりは、穏やかに笑った。まるで死ぬ間際とは到底思えぬ表情に、村長は表情を歪める。
「お前は、村を恨むか?」
「はい。けれど、哀れにも思います。神に縋らねば、生きてゆけぬ程に堕落した人間の末路というものは」
毅然とした様子で答えるともりに、村長は歯を食いしばる。
「貴様……減らず口を」
「それを、これから止めるのでしょう?永遠に」
「ああ、そうだとも。儂は、お前を殺す。村の為、そこに住む人々の為に。……せめてもの情けだ。奴を生かす約束は守るし、最期の言葉は伝えてやる」
その言葉に、ともりは一瞬驚いた表情を浮かべるも、儚げな笑みを浮かべた。
「なら、最期にひとつ」
村長が、御神刀を受け取る。
「私を人間にしてくれてありがとう」
村長は刀を構え、思い切り突き出す。
「どうか……お幸せに」
御神刀が、ともりの胸を貫いた。鮮血が飛び散り、次いで核が破壊されたことにより電気が弾ける。
ともりの表情は、穏やかだった。まるで、やるべきことは達成したとでも言いたげな、満足げな笑みだった。ふわりと倒れる姿はまるで羽のようで。死にゆく光景はまるで宗教画で。倒れたともりの肉体はそのまま絶命していた。笑ったまま死んでいた。
ともりが倒れても、その死に様に何かを思う間もなく儀式は続く。ともりを洞窟に運び、剣と手鏡、そして勾玉を入れて岩戸を閉じる。そして、外から魔術を発動する。参加するのは、村の魔法使い達。岩戸に刻まれた魔法陣が輝き、魔法が発動する。そして仕上げに、天鈿女になり切った巫女が岩戸前で踊り、村人達は周囲で歌い踊り、酒を飲み騒ぐ。
「いいぞ……。これこそが我らが夢見た模倣儀式魔法、『偽典:天岩戸』。これでこの村は…………!」
村長がそう呟いた瞬間、巨大な岩戸が消失した。
「マズイ……!オサエコメ!!」
本能的に察知したのは、鬼彦だ。指示を飛ばすと、魔法使い達が魔法を発動。魔法陣が展開され、ソレを止める為の鎖が展開される。しかし次の瞬間、その鎖が消えた。それは、熱の概念によるものだ。魔力によって編まれた鎖は、物理の炎では決して傷つけることが出来ない。けれど、ソレの正体は太陽神の機能を与えられている。その熱は、鎖を燃やすだけに留まらず原子レベルまで焼き尽くし、消滅させたのだ。そして洞窟から、それを為した張本人?がゆっくりと歩き出す。ともりの肉体に、紅蓮の炎を宿して。その表情は虚ろながら、ハッキリと村長を見据えている。
「これが……天照大神か」
村長の呟きが、その正体を表していた。
そして
「さあ、行こうか。……全ての謎を解き明かしに」
階段の中腹で、シャーロックはその光景を見て冷や汗を掻きながらも笑った。その先にある、彼とその相棒だけが目指したハッピーエンドを確かに見据えて。
余計なことは書きません。次話ですよ次話