シャーロックは、ふと背後で倒れるともりだったものの死体を横目で見て、ため息を吐く。そして直ぐに前を向くと、言葉を紡ぎ出した。
「初めに、儀式のやり方についてボクなりの見解を述べようか。まず、この儀式を一言で表すとするならばこれは『天岩戸』伝説の模倣だ。この村が所在する宮崎県には、かつて日本の太陽神天照大神が岩屋に隠れ、しかし岩屋の前で行われた宴によって顔を出したところを連れ出された……まぁこれはかなり省略したものだが、そんな感じの伝説がある。それこそが『天岩戸』伝説。君たちがやろうとした儀式というものは、人間の体を用意してそこに再現した神を降ろす、一種の降霊術だ。実際にはより高度で、より狂気的なものだけどね」
『つまり、あれは神ではないってことですか?』
ともりの核が、そう質問を投げ掛ける。その声音はどこか投げやりで、分かっていて聞いていることが伺える。
「もうちょっとノリノリでやってくれたまえよ、こういうのは形式と演出が大事なんだ。………んんっ、そうだ。あれは、無惨に殺され、その名誉を穢されたことに怒った女性達の魂が怨霊化し、それを魔法によって掻き集めて合成してひとつに纏めたものだ。そしてそれに属性を付与し、天照として成立させたんだよ。……しかし、天照を都合良く生み出すことなど難しい。だからこそ、概念的な要素を持ってただの怨霊だったその女性達の霊に、『天照』の名前を付けることで『天照』になるよう誘導したのさ」
『それで、天照への誘導はどうやったんです?』
ともりからの声に、シャーロックは笑みを浮かべて頷く。
「そう、それこそが殺人事件にあったのさ。まず、殺害対象となる女性。これは、天照が女神であることかと推測し、それは正しかったのだが、それ以外にも意味があったんだ。それこそが、刃物を子宮目掛けて突き刺したことに繋がる。子宮とは、そもそも次代を担う子供を産む上で重要な器官だ。それを傷つけるということにより、 " 人口減少による村の危機 " という神を呼び出す口実みたいなものを作った。まるで、かつて儀式を再開した理由を模倣するように。そして、被害者の名前には植物が入っているが、これは村の生活に由来する。木造建築の建物、商店街を村内で運営できるような資源とそれを利用した産業。それを支える太陽に向かって、君たちは " 植物の名を持つ女性の死体 " を使うことで、天照が司る太陽によって育てられた自然を、概念的に破壊したのさ。そして、それを理由に訴え出るのさ。『太陽によって育まれた我ら村の危機だから、助けてください』とね。天照伝承が強く残る宮崎の土地で行うからこそ、思念によって造られた型は強い強制力となって、女性の怨念達を天照という型の中へと固定化する」
「では、ただ殺して仕舞えばいいのではないかね?」
シャーロックの推理を聞いていた村長が、そう尋ねた。シャーロックは、その質問に予想通りだ、とほくそ笑む。
「いいえ?そんな訳がない。……当然ご存知でしょうが、首を切り落とすなど残虐な殺し方を演出したり、服を脱がせることは死体の尊厳を凌辱することは死後の怨念を強化する、という意味を持っているんですよ。これについては、正直面白いと思いましたよ。神話において、天鈿女は岩戸の前で裸踊りを踊った。ならば本来、裸となるのは巫女であって殺人の被害者ではない。しかし、巫女は巫女服に身を包み殺人の被害者は服を脱がされていた」
『……そうですね、それはちょっと気になってました』
ともりが、素の声を漏らした。シャーロックは、得意げな表情を浮かべて口を開く。
「それはだね、現代の価値観を利用したのさ。例えば、古代ギリシアで行われたオリンピックでは、選手は全裸で競技を行っていた。つまり、比較的裸体に対して寛容だったのだよ。……しかし、その価値観は時代の流れと共に変化した。衣服を脱ぐこと、公衆の面前で裸体を晒されること、それを恥とする現代的価値観を、天岩戸という古い神話に基づく古い儀式に組み込み、恥辱による怨霊の強化というやり方を編み出した。君達もなかなか考えているじゃないか」
『なるほど、でもこの国にはケガレの概念がありますが、それはどうしたんですか?村のあちらこちらで殺人を犯しては、場にケガレの概念が生まれることになるかと思いますが』
ともりの質問に、シャーロックは人差し指をピン、と立てた。
「そう、問題となるのは死によって生まれる穢れだ。神道においては死や血液などを不浄なものとする考え方があるようでね。しかも、今回起きた殺人事件は決して神に捧げる生贄ではなく、神を造る材料でしかない。しかし、これについての解決法は簡単だ。この事件においてはホムンクルスを造ることで死や血液を擬似的なものに置き換えて " 本物の人間でないため穢れはない " と主張したんだよ。因みに、かつては自殺に見せかけて殺すことでまるで村は被害者であるかのように装っていたらしいが。……話を戻そう。そして、そのルールは呼び出すものが " 本物の神 " ではないからこそ強引であっても成立させることができる。更に、殺害の実行犯という村を代表して殺人の罪を引き受ける者を用意することで、怨念が暴走したとてその憎しみが多方面に向かないようにした。つまり、殺人犯はケガレを一身に背負う役割だ。そして、実行犯を殺そうとした所を魔法で縛り付けて支配下に置く、それが貴方達が目指した儀式のあるべき形だ。ま、辺りを見渡せばなんの意味もなかったようだがね」
シャーロックはそう言って周りを見れば、短時間の暴走によって壊滅した神社の建物と、傷を負った人々の姿がある。
『……まぁ、殺人犯になった人物なんて1人しかいませんよね』
ともりは知っている。ともりの前で、殺人を実際に犯した者を。
「山城鬼彦が実行犯……とでも、思わせたいんでしょう?村長?」
シャーロックは、そう言って村長へと鋭い視線を向ける。
「何が、言いたいのかね?」
村長は、シャーロックを睨み返して尋ねる。
「何が?……決まっているでしょう。この事件、4人の被害者を産んだ殺人事件の実行犯は村長、貴方です!!」
シャーロックは、そう叫んで勢いよく村長を指差した。指名された村長は、しかし余裕の笑みを浮かべる。
「いいや、その推理はおかしいだろう。何故ならば、儂に証拠などないだろう。証言すらも無いならば、儂がやったとは言えん。村では度々不審な男が目撃されているならば、その男で間違いないだろう」
シャーロックは、その言葉に頷く。
「確かに。女性達の怨念を集めた天照が貴方を狙ったという事実も、貴方の記憶を探れば真実は探れる点もありますが、まぁ置いておくとして。知っていますか?……他人への変身、というものは完璧ではないのですよ。例えば、ポリジュース薬に動物の毛を入れたら人間とその動物が混ざり合ったような見た目に変化するように、別の人間へ変わっても変わる前の人間が存在する、という事実は消えません。例えば、遺伝子情報などはね」
「…………ッ!!」
シャーロックが変身の欠点を話し笑いかければ、村長は目を見開いた。
「権力を行使して死体や凶器を隠したのは、まぁ疑いは持たれても悪い手ではない。全てを暴かれ、儀式そのものを潰されるよりはずっとマシだ。……しかし、大きな誤算があった。ボクの相棒が、ボクに死体の隠し場所を教えてしまったんです。そしてボクは、凶器という凶器を調べました。そうしたら、やはり見つけましたよ。貴方の遺伝子が、しっかりと」
シャーロックは、そこで笑みを消した。
「まぁ、相棒が居なければ解けなかったでしょうから、そこは褒めて差し上げましょう。……けれど、どれだけ優れた魔術があっても、どれだけ村を思う愛があっても、それは決して、人の命を弄んで良い理由にはならない」
シャーロックの真剣な言葉に、村長は苛ついた様子で歯軋りをする。
「だったらッ……!どうすれば良かったのだ!!儂らは、この村は、ずうっと必死に生きてきた!!太郎様に忍びとしてお仕えして活躍したのに武田の家は滅び、死に物狂いでこの地まで大移動、身を潜めて生きてきた。だが、ダンブルドアと交わり外の魔法界と関わったお陰で多くの村人が死んだ!誰も助けてくれなかった、他に道は無かった!儂らは、かつて細々とやっていた神頼みくらいしかできなかった!!創り上げた神の力で、天下を納めてこの世から争いを無くせられれば、それで良かった!!犠牲は出ても、それと引き換えに恒久の平和を創ることができたなら……!そうすれば、我が村はホムンクルスも人間も関係なく、幸福に生きていけた筈なのだ!!それを、よりにもよってイギリスの魔法使いが踏み躙るのか……!?貴様らは、儂らと同じ人でなしだ!!!!」
村長は涙を溢しながら、震える手で杖を向ける。
「ああ、勿論人でなしだとも。ボクは探偵、謎を解くのが仕事だからね」
「貴様……」
「もういいだろう、村長」
杖を振るおうとする村長の肩を、叩くものが居た。
「ヴラド。君は、意外と大人しいね」
シャーロックは、そう声をかける。ヴラドは、喚く村長を座り込む鬼彦の元へと押しやり、シャーロックに声をかけた。
「……大人しくせざるを得んさ、腕が焼かれて痛む。それに、此度の一件は私の敗北だ。そこを言い訳するつもりはない」
「へえ、魔法使いってのは基本的にプライドが高いものだが」
「ふんっ、貴様では私のホムンクルスは再現できまい?」
「……まあ、そうだね」
ヴラドに尋ねられ、シャーロックは少し不機嫌そうに呟く。
「なら良い。敗れた理由は私が道を踏み外したから、つまり私が敗れただけであって、愛すべき家族が繋いできた我が家の魔法は敗れてなどいないのだ」
そう言うヴラドは、その先の運命を悟っているようだった。
「残る気か?」
「ああ。我が家の魔術を穢した罰、人の命を悪戯に弄んだ罰、受けねばなるまい。……研究所の机は、見たか?」
「見た、鍵は掛かっていたが、古代の魔法を組み合わせれば簡単だったね。料理のレシピ本があっただけだよ。複製を残して本物は拝借したがな」
その言葉に、ヴラドは頷く。
「ならば、それを持って腕の立つ錬金術師に渡すが良い。そこには、ともりの体を始めとするあらゆるホムンクルスの肉体に関する研究の成果全てが記されている。それこそ、私の家が始まって以来続いてきたもの、それを貴様に託す」
「どういう風の吹き回しだね?」
「……貴様が嫌う言い方であろうが、その核は私の最高傑作なのだ。どうせ生き残ったのならば、助けるのもやぶさかでは無い。精々、幸せにしてやると良い」
「分かった」
ヴラドの言葉に、嘘は無かった。だからこそシャーロックは、頷いて踵を返す。ここには、長くは居られない。
「シャーロック・レイブンクロー」
片足を消し飛ばされている鬼彦が、シャーロックに声を掛けた。
「なんだね?」
「ムラニハ、カミガニゲラレヌヨウニケッカイガアル。ソレハニンゲンヤホムンクルスニハサヨウシナイ。ダカラ、ムラヲデレバタスカルハズダ」
「了解した、有難い」
『シャーロックさん!』
短くやり取りをしたシャーロックに、ともりが焦ったような声をあげる。見れば、崩れ掛けたともりの死体が動き出したのが分かる。
「やっぱ……死なないよなぁ」
「…………!!!!」
天照の炎が全身から吹き荒れ、ともりの死体が崩れてゆく。そしてたまごの殻を破るかのように、炎の巨人が姿を現した。
「……ああ、そうか」
村長の寂しげな声が、シャーロックの耳を打つ。
「因果応報。この結末は、必然であったか」
その言葉を最期に、村長は炎の巨人にその掌で潰され、燃えることもなく消し飛んだ。
「……《アグアメンティ》」
シャーロックは杖を振るい、巨人に向けて水を放つ。しかし、放たれた水は着弾することなく蒸発して消えてしまう。これでは、勝てない。
「シャーロック・レイブンクロー!《姿眩まし》だ!!早く村の外へ!!!!……我が最期、彩ってくれる!ゴーレム兵団、《千騎構陣》」
ヴラドが叫ぶと、神社には溢れかえる程に鎧の兵士が集結した。ゴーレムの遠隔大量召喚と使役、それこそがヴラドが使う最期の魔法。
「……!!」
鬼彦の杖から『死の呪文』が飛び出すが、巨人には効果が無い。
「仕方がないッ……!」
巨人へと殺到するゴーレムや魔法使いを背に、シャーロックは目を閉じて転移する。
そして、目を開けるとそこは、村の入り口だった。
『不味い……奈津美が!みんなが!!』
ともりが叫ぶ。しかし無情にも、村全体から極大の火炎が噴き上がった。その直後に残されたのは、村だった場所に残る巨大なクレーターのみ。天照は消えた。文字通り、村の全てを焼き尽くして消え去った。八百屋の老婆も、屋敷の使用人も、そして奈津美も。苦しみも跡形もなく、一瞬で消し飛んだ。
『あぁ……』
ともりの絶望したような声が聞こえる。シャーロックは、黙って目を下に向けた。
「……この子は任せろ。精々、罪を償ってきたまえよ」
シャーロックはそう呟くと、村だったものに背を向けて歩き出した。
かなしいなぁ
変身に関しては独自解釈です