村を出て、日本を出て、イギリスに来て。それでも、シャーロックの表情は沈んでいた。ともりの絶望は良く分かる。思い出のある村も、生きて欲しいと願った人も、跡形もなく消え失せた。たった一撃で、灰燼と化した。
(……ほんと、良い子だよ)
シャーロックは、そう思う。ともりは、村が救いようがないことも責められるべきは消えてしまった村の人間であることも分かっていて、それでも悲しんでいる。1人で悲しみを抱え込んで、嘆いている。シャーロックが慰めたとて、シャーロックは彼女が紡いだ思い出を知らないのだから、彼女が抱える悲しみの全てを背負うなど、出来る訳もない。
「……こんにちは、Mr.フラメル」
シャーロックが尋ねたのは、ニコラス・フラメル。
「ああ。貴方がレイブンクローさんだね。話はアルバスから聞いておるよ」
「そりゃあどうも、随分と気が利きますね」
シャーロックが吐き捨てるようにそう言うと、フラメルは苦笑する。
「おやおや。……まぁ、早くその核を見せなさい」
そう催促され、シャーロックは核とヴラドの研究書を差し出す。
「はい。これが、我が友の核です。……ほら、ともり君。挨拶しなさい」
『はい。……ともり、と申します』
ともりがそう話すと、フラメルは目を丸くした。
「おお、言葉が話せるとは……こりゃあ凄まじい」
「この料理本に、データが載っていると製作者が言っていました」
シャーロックがヴラドの研究書を渡すと、フラメルは眉をひそめながらもそれを読む。
「ほうほう、こりゃあ凄まじい核じゃ。儂が人生で見てきた核でも一等凄い出来じゃろう。さぞ腕のいい魔法使いが作ったんじゃろうな。……じゃが、こりゃあ逆に不味いかもしれんぞ?」
フラメルが研究書を読みながら目を丸くして驚き、しかし直ぐに渋い表情を浮かべる。
「どう言うことです?」
「寿命を、碌に取れんぞ。これ程の核を持つホムンクルスなど、儂が全力を使って体に制約を付与して負担を減らしても、精々30年……それも、体の変更不可能なものしか作れん」
フラメルの言葉に、シャーロックは思わず立ち上がる。どれだけ工夫しても、30年の寿命が限界。それが、現実だった。
「制約、というのは……?」
シャーロックが震える声で尋ねる。
「うむ。……全力の行動は1日に3分のみ、それ以外は人間で言う虚弱体質となり身体機能が低下する。また、一度の全力行動の後9時間は行動不能になる、といったことじゃな。あとは、肉体そのものの成長をさせずに生命維持に使う。老化はしないが、成長もしないというものじゃな。……そして、体を変えれんというのは、人生を生きれば相応に学習してしまうからなのじゃ。例え何もさせずに引き籠らせたところで30年後には学習量が大きすぎてそれに合わせた新規の肉体は作ることはできん。即ち、ともりさんには悪いが、どう足掻いても30年の寿命が限界じゃ」
『それでお願いします』
どうにかならないか、と頭を回そうとしたシャーロックを、ともりのそんな声が遮った。
「ともり君……君は」
『勘違いしないで下さい。私は、別に死にたいとかそんなんじゃないです。……ただ、何事も限界があることは、あの神に消された村を見た貴方なら分かってるでしょう?』
ともりに諭され、シャーロックは表情を歪める。
「それはそうだ……。ああ、そうだ。……だが」
『私がこの液体の中で生きていくのも限界があります。なら、30年を人間として貴方と生きて、貴方に看取られて死にたい。きっと、貴方なら私を置いていったりしないで、最期まで一緒に居てくれるでしょうから。……それに、少なくともあの村の関係者である私が、人の道を外れた生き方で生きながらえては道理に反するでしょう』
ともりは、真剣な声音で言った。恐らく悲しみを割り切れた訳ではないが、それでも割り切ろうと頑張っているのだろう。それを聞いたシャーロックは、自身の顔を思いっきり殴り付ける。
「……失礼。ボクは、ダンブルドアに会いに行ってから戻ってくる。君は、体を作って貰ってくれ。Mr.フラメル、我が相棒を宜しくお願いします」
『了解。……お願いします、フラメルさん』
ともりは小さく笑いながら、そう言った。
「うむ……、その願い、このニコラス・フラメルが請け負った」
フラメルは目を宝石のように輝かせ、少年のように笑った。
◇
フラメルにともりの核を預けてシャーロックが向かったのは、ホグワーツ魔法魔術学校の校長室。そこで、シャーロックはダンブルドアを睨み付けながらも事件の全てを話していた。
「……これが、あの村で起きた全てだ」
「……………そうか」
シャーロックが話し終えると、ダンブルドアは椅子に座り項垂れる。どうやら、大きなショックであったらしい。
「どうせ、儀式を一度辞めたのは君の影響なのだろうね。しかし、君は村の危機に助けを出せずに結果は多くの人を見殺しにしてしまった。まぁ、救援が出来なかったのは事故か何かだろう。時期的には、グリンデルバルドの反乱関係で色々あったんだろう?」
「ああ。ゲラート達が暴れての、戦力を動かせなんだ。そして儂も行けずに結局助けられなかった。じゃが、儂はずうっと村のことを案じており、だからお主を向かわせた。じゃが、儀式は終わらなんだか……。儂のせいで、儀式は再開されて村の人間は皆死んだのか。儂はまた……」
ダンブルドアは、悔やむように目を伏せる。だがシャーロックは、そんな思いを鼻で笑った。
「悔やむのかね?英雄を造ろうとするお前が。これからハリー・ポッターの人生を狂わせようとしているお前が。同じ人の命を弄ぶ人でなしでも、あの村の村長の方がまだ覚悟は決まっていたよ?」
その言葉に、ダンブルドアは首を横に振る。
「……確かにそうじゃ。じゃが、本当に人でなしになってしまってはならぬと儂は思う」
「それは傲慢だよ。例え、過程で死ぬつもりであっても、君は人格者であってはならない。ヴォルデモートを生み出し、ジェームズ・ポッターなどという愚物を調子に乗らせてセブルス・スネイプを追い落としたように。そして、あの村を結果的に見捨てたように。大衆の偏見によって形成された理想の英雄で、そして貴様を嫌う人間にとって最低最悪の外道でなければならない。それが、ハリー・ポッターにとってのマーリンが果たすべき最低限の筋というものだ。中途半端に情を持つから、君は何も得ず何も与えられずに致命的に間違えるんだ」
シャーロックからの厳しい言葉に、ダンブルドアは静かに頷いた。
「そうじゃな……。儂は間違え続けた、そしてこれからも間違え続けて死ぬ。じゃが、儂に人の心を捨てようとすることは出来なかった」
「だろうね。その苦悩があるからこそ、君は人間でしかない。究極の正義でも究極の邪悪でもない、意思を持った人間である証なのだから。……安心したまえ、あの場所で隠れ潜んでいるどこぞの蛇面禿頭を回収したりはしないさ。相棒に手を出したら、その約束は堂々と破らせて貰うがね」
シャーロックの宣言に、ダンブルドアは目を丸くした。
「なんじゃ、やはり知っておったのか。それで、もしもあの子供に手を出せばどうなるのかね?」
「当然だろう?……そうだね、魔法薬の実験台として一族で使わせるとしよう。どうせ死なないんだから、幾ら実験しても構うまい」
鼻を鳴らすシャーロックに、ダンブルドアは厳しい目を向ける。
「それが、心を捨てるということかの?」
「さあね。……ただ、ボクが君を嫌う最大の理由が同族嫌悪という奴なのは確かだよ」
シャーロックの返答に、ダンブルドアは自嘲するように笑った。
「そうか……お互い、大馬鹿者じゃの」
「ああ、とんだ馬鹿野郎だ」
2人はそのまま別れた。それ以上、会話は要らなかった。
◇
ニコラス・フラメルの家へと赴くと、彼の夫人が出迎えた。
「ともりちゃんの体、ちゃんと出来たわよ」
「ありがとうございます」
シャーロックの礼に、フラメル夫人はからからと笑う。
「いいのよ。ニコラスもかなり張り切ってらしてね、随分な別嬪さんに仕上がったわ」
「それは……楽しみです」
夫人の言葉に笑みを溢し、焦る気持ちを抑えて歩く。そして、ともりを預けた部屋のドアの前に立つ。
「さ、どうぞ」
「はい。……失礼します」
夫人に促されるままシャーロックは震える手でドアノブに手を掛け、内側から開かれたことでその手は空中を彷徨う。
「……なにやってるんですか?遅いですよ」
まるで純度の高い氷のような、山を流れる清流のような、清廉な雰囲気を持つ涼しげな声が届く。
「ああ、ごめん」
シャーロックの声が、ほんの少しだけ震える。
「随分と動揺してますね。ま、基本が虚弱な体ではありますが、3分だけなら全力戦闘も出来ますし。モード変更で一般人程度の身体能力にも出来るようになりましたし、最低限の戦力にはなるかと」
ともりは自身の掌を開いたり閉じたりしながら言う。その体は、肩までの艶やかな黒髪に深みのある青い瞳、白磁のように白い肌を持ち、少しキツめの顔つきはフラメル夫人の言う通り、美人という表現がよく似合う。そして身体は12〜3くらいまで成長している。
「戦力なんて、どうでも良いさ……。今、ここで生きているんだ。これから、一緒に生きていくんだ」
シャーロックに肩を掴まれ、ともりは笑った。
「ふふっ……大事にしてくれるんですね。……でも、ちゃんと宣言しておきますよ」
「なんだい?」
「日降村のホムンクルス、ともり改め、シャーロック・レイブンクローの助手、トモリ・フラメルと申します。……この私が、貴方の《ワトソン》になってあげますよ。この命が尽きる、その日まで」
「ああ……ありがたい。君が居れば、ボクに解決できない事件などきっとないさ」
シャーロックとトモリは、その全く違う大きさの手を互いに差し出し、握手を交わした。
その光景を、フラメル夫妻は寄り添いあって見ていた。
◇
1ヶ月後。シャーロックはトモリと並んで駅のホームを歩いていた。
「さてトモリ。今回の依頼は誰からかね?」
シャーロックがトモリに尋ねると、トモリは服のポケットから小さなメモ書きを取り出す。
「……ええと、ベルギー魔法省の魔法大臣からです。殺人事件の調査ですね」
「なんだ、随分と大物じゃあないかね?」
シャーロックは、目を丸くして驚いた。魔法大臣といえば、その国の魔法界のトップの役職だ。そんな立場の人物から依頼が来ることなんてまぁまぁあるが、そこそこ珍しい上に立場が立場なので少し驚く。
「はい。電話が来た時は心臓止まるかと思いましたよ。心臓ないですけど」
「ちょっと笑えるのが悔しいね。で、今回はどんな事件だい?」
トモリのブラックジョークにさらりと感想を述べると、事件について尋ねる。
「どうやら、チョコレートを使った殺人事件らしくて。被害者は魔法省の役人らしいんですよ。犯人が見つからなくて困ってるから、早急に犯人を見つけて欲しいと」
「報酬は?」
「結構頂けるとのことです」
トモリが拳を突き出す仕草をすると、シャーロックは苦笑いを浮かべ、すぐに前を見る。
「OK、了解。……さあ行こうか、次の事件へ」
シャーロックがそう言うと、トモリは頷き歩き出す。そして2人の背中は、少しずつ増える人混みに紛れてゆく。その姿は、まさしく相棒と呼ぶに相応しいものであった。
日降村、完結です。次回は未定で、作者のネタと需要次第です。
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