ともりに導かれるがまま広い屋敷を歩いていたシャーロックだったが、前を歩くともりの足が止まり、シャーロックもまた足を止める。視線の先には、広い部屋に繋がると思われるほどに長く続く襖、ともりの行動と照らし合わせれば、そこが村長の部屋であることは間違いないだろう。
「……ここが、村長の部屋かい? 」
「いいえ、ここは大広間です。お客様をおもてなししたり、村についての会議を行う際に使われます 」
シャーロックに背を向けて返すともりだが、シャーロックはまた一つ情報を仕入れていた。
(お客様をおもてなし、ねぇ……。人のことをよそもの呼ばわりしていたが、なんだかんだで外から客は来るのかもしれない。ダンブルドアも、その関係でここに入ったのか? 客としてこの村に入ったことがあって、その時に何かを掴んだ。……うん、ひとまずの有力な仮説としては十分だろうね)
シャーロックは、得意げな笑みをともりに向け、ともりは意味も分からずに困惑と少しの警戒を抱いた。この人結構危ないかもしれない、と。
「……シャーロック・レイブンクロー様。再度申し上げますが、村長の機嫌を損ねることがないように 」
「大丈夫、分かってるよ 」
軽い調子で言うシャーロックを睨みつけ、ともりは襖を軽く開け、襖の影に正座し声を発する。
「村長、ともりで御座います。……村に入った、外国からのお客様をお連れ致しました 」
その言葉に、暫く反応はない。シャーロックの耳には、何かを話す大勢の声が僅かに聞こえる。どうやら、村人が集まっている場らしい。
「入れ 」
部屋の奥から、いっとう渋い声が聞こえた。重みのあるその声は、生きてきた年月を感じさせる。
「はい。……失礼致します。レイブンクロー様も、どうぞお入りください 」
ともりはシャーロックに入室を促すと、自身が手本を見せるかのように部屋の前で一礼すると立ち上がり、入室していく。
(……セイザして、一礼して、入る。簡単だね)
「失礼します 」
一方のシャーロックも、胡散臭い笑みを浮かべながらではあるが入室する。畳が敷かれた広間には、多くの人が集まっていた。誰も彼もが、不穏な目付きを向けてくる。外国人の魔法使いなど珍しいからか、とシャーロックは一瞬思うが、しかし視線が前方左右に固定される。
(……誰だ?)
一時期、ヴォルデモートの配下と戦っていたため知っているが、左右にいるのは間違いなく戦い慣れした戦士の類だ。片方は仮面を被り、もう片方は顔を出しているが明らかに肌の色や顔つきが違う外国人だ。衣服も日本人のそれではない。顔の特徴から見るに間違いなく、ヨーロッパ系だ。
(あのお面は確か、鬼だったか? ……まあいい、後でともりにでも確認しよう。あとはあの白人、魔法使いだろうか?)
視線を素早く動かし、正面を見据える。正面には、痩せ細った老人が座っている。
「ともりに迎えに行かせたが、一体何者だ? 」
老人がしわがれた声で呟くと、シャーロックはありのままに答える。
「突然のご訪問、申し訳ございませんでした。……私は、シャーロック・レイブンクロー。本国イギリスでは魔法研究を、そして今回はアルバス・ダンブルドアからの命令でここへ参りました。暫く、滞在をお許し願いたい 」
シャーロックが頭を下げると、周囲はにわかに騒ぎ立った。周囲の反応を盗み聞けば、イギリスやアルバス・ダンブルドアに反応しているようだ。どうやらイギリスに良いイメージを持っていないらしく、周囲から刺さる視線は気持ちのいいものではない。
「……イギリスの魔法使いが一体何のようだ? 貴様らは何を企んでいる? 」
喧騒を切り裂いて、冷たい村長の声が届く。
「いえ、ただワタシはこの村に伝わる儀式を調査せよ、と。……ワタシはここへ送り込まれた理由も、儀式の正体も知りません。何もないなら何もないでそう報告すれば良いのですが、調査せずに帰れば外聞が悪いのです。形だけでも、調査させて頂けないでしょうか? 」
怪しまれているのは明白である。仕方がないので情報をある程度解禁する。つまり、儀式についてを話したのである。勿論、何も知らないことを併せて。下手に匂わせて警戒されるよりも、無知を装った方が交渉ごとは上手く行く。ともりには色々と聞いたが、形式上の質問と誤魔化して仕舞えばいい。最悪の場合は、『姿くらまし』で逃げ出すまでだ。村長は、考え込むように顎を撫でる。
「うぅむ……。アルバス・ダンブルドアが、か。かの魔法使いが一体どこまで知っているのやら。奴とは会ったことがあるが、あれは底知れなくて気味が悪い。その手駒とやらならば、益々信用できぬ 」
「あぁ……なるほど 」
村長の懸念に、シャーロックはつい声を漏らした。無論、これも嘘である。ついうっかり、を装ったのである。
「何か? 」
村長はそれを鋭く拾うと、シャーロックを睨み付ける。シャーロックはいかにも不本意、といった様子で言った。
「いくら何でも、ワタシは所詮は研究者、あの血も涙もない策略家なんぞの手駒になってその野望を手伝う、なんてことは致しませんよ。奴は人を利用し尽くして大義の名の元に殺す、大悪党ですから。ワタシの研究分野が古代魔法についてなので、調査の人選も恐らくそれでしょうね。ワタシが彼を嫌っていることが知られて、その厄介払いかも知れませんが……ワタシは、彼のやることには興味がありませんので 」
嘘だ。アルバス・ダンブルドアは冷血な策謀家と勘違いされることも多いが、その正体は善良であり頭脳を除けば典型的なグリフィンドール生だ。力が彼を普通の人間で居させなかっただけであり、アルバス・ダンブルドアはシャーロックにとっては1人の人間でしかなかったのである。だがこの場でそれを指摘する必要はないし、むしろそのイメージは自身の策に組み込める。いかにも彼と同類は心外だ、という様子を醸し出して村長に伝えてみる。いかにも悩んでいそうな様子であるが、あまりゆっくり考えさせても側の魔法使い達が口出ししかねないため素早く終わらせねばならない。
「では、イギリス魔法界の情報を幾つか差し出しましょう。根拠のない話の調査と引き換えに、遠い異国の情勢を伝える。それならばどうですか?……他ですと、ワタシの論文を提供するくらいしかできませんね。海外の古代魔法、学んで損はないかと思いますが 」
「…………よろしい。では、情報と論文のどちらも頂こう。しかしお客人、この村に儀式は実在する 」
「……なんですって? 」
嘘だ。ともりへの質問で、確信は既に持っていた。大袈裟にならぬように眉を顰めて驚きを表す。
「そして間の良いことに、明日から7日かけて儀式は行われる。どうせあの狸が仕込んだのだろうがな。……成程、これも何かの因縁だろう。ともり、お前に世話を任せる。部屋は離れに準備させよう 」
「……はい 」
視界に映らない所から、ともりの声が聞こえた。交渉成立、しかも情報収集は素直なともりから行うことができるのだ。
「ありがとうございます! 」
公認で謎解きができる喜びを全面に押し出して、シャーロックは頭を下げた。
◇
村長の命令でともりに部屋を連れ出され、シャーロックはともりと共に廊下を歩いていた。村長屋敷の使用人らしき者が忙しなく働いており、時々ぶつかりそうになるため体を左右に避けながら歩いていた。
「そういえばともり、君にはこれから世話になるね。宜しく頼む 」
「お気遣いありがとうございます。私は大丈夫ですので 」
ともりは、シャーロックから笑みと共に贈られた謝意に素っ気なく返した。
「おやおや、素っ気なく返されて悲しいね。別に取って食いやしないというのに 」
「そのあからさまな態度、辞めてください。村長の許可が出たので、調査には私が協力します。……とはいえ、全てを知っている訳ではありません 」
「そうか。ならまず質問だ、あの村長のそばに居た2人の男は何だい?あのオニ? のお面を被った男と、白人の男だ 」
それを聞いたともりは眉を顰めるが、話しても問題のない話なのかひとつ頷くと、口を開いた。
「あの2人は、儀式の重要な関係者です。オニ……般若面を被っているのは、この村で最も優れた魔法使いの山城鬼彦様、白人の方はルーマニアからいらした魔法使いの方で、お名前は存じ上げませんが彼は "ヴラド " という名を名乗っておられます。……それが、どうか致しましたか? 」
「いや、ボクを余所者と呼んだ割には君の村には余所者が多く居るようだ、と思ってね 」
「色々ある、と聞いていますが詳しくは……。そうですね、外との関わりを知る上で行かねばならぬ場所があります。どの道今日は何も行いませんから、そこへご案内致します 」
「へぇ……ありがとう、助かるよ 」
ともりの提案にシャーロックは余計なことを言わずに従った。いつも通りに余計な事を言って、重大な情報を聞き逃す訳にもいかない。
「えらく素直ですね 」
「ま、そういう気分だと言ってくれ 」
とりあえずシャーロックは、隣の年不相応な精神を持つ少女の信頼を得よう、と考えた。
◇
村長の家を出て、村の道を歩く。広がる田園は冬場は寒々しい様相を呈しているが、時期が時期ならばとても美しい田園風景が見られただろうと想像すると、少しだけ残念であった。
「……一体、どこへ向かっているのかい? 」
「行けば分かりますが、知らない方にとってはただの石です 」
「成程、石碑……あるいは墓標といったところか? 」
「なんでそれだけで分かるんですか……? そうですね、墓標であり石碑でもある、そんなものです。遠い時代のもの、そして比較的近年に造られたもの、そのどちらも儀式に関わるものとして存在します 」
「悲劇が、起こった。そして人々は、儀式を始めた 」
「そう聞いています。…… 」
シャーロックが苦々しい表情で言うと、ともりは深刻そうな表情で俯いた。
「……なんだい? 」
シャーロックは、咄嗟にともりに尋ねた。なんの打算もない、探偵としては失格レベルの心配だ。
「貴方は、知らぬ人の死にそんな顔が出来るのですね 」
その言葉に、どこか泣きそうにも見えたその表情に、シャーロックは絶句して言葉を返すことができなかった。
向かった先にあったのは、長い長い階段だった。遥か先には、朱塗りの立派な鳥居がいくつも聳え立ち、なんともいえない異様を放っている。
「この先にあるのは、『日降神社』。儀式の全てを見守り、終焉の場となる場所です。そしてここには、儀式に至る前の歴史と関わりのある石碑がございます。……連れてきておいてなんですが、この先に付いて来られそうですか? 」
シャーロックを心配するようなともりにシャーロックは少し目を見開くと、いつものように胡散臭く笑って見せた。
「問題ない。……行こう 」
そう言ってシャーロックは、階段の一段目にその足を掛けた。
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