グリンゴッツの強盗未遂事件があってからというもの、シャーロックは大層張り詰めた様子で机に向かっているのをトモリは見ていた。どうやら、強盗未遂事件を己の解くべき事案と見定めたらしい。
(……ま、私にちゃんと話さない辺りはね。多分ホグワーツで何かしらに巻き込まれるんだろうけど)
トモリは、シャーロックから詳しい話を聞いていない。聞かされていない。相棒である自分にすら話さないということは、ホグワーツ絡み、それも話せば自身が介入すると確信したからであろうとトモリは推測し、ため息を吐いた。
「シャーロックさん、それより。そろそろ出ましょ」
トモリは呆れた様子で声を掛ける。今日は、記念すべきホグワーツ入学の日だ。
「……ん?ああ、今行く」
シャーロックが、手元の資料を無造作に机の上に放り投げると立ち上がった。流石に入学の日というだけあって、シャーロックの格好もしっかりと整えられている。睡眠を犠牲に調査をしていた男の姿とはとても思えなかった。
「身嗜みはしっかりしているようで何よりですよ」
「君の入学という時に、その相棒たるこのボクが醜態を晒す訳にも行かないしね」
シャーロックの言い分に、トモリは嬉しそうにはにかむ。
「そうですか……」
「ああ、そうだとも。……それから、この後制服に着替えるとはいえ、今日の服装も大層お似合いだ。しかし不味いな、そうまでなると周りの連中が霞んでしまうぞ」
「えへへっ……、そうですか!あなたはいつだってオーバーなんですから」
トモリは、照れたような笑みを浮かべた。
◇
キングズ・クロス駅。そこがホグワーツ魔法魔術学校に向かうホグワーツ特急が出発する駅だ。とはいえこの場所、マグルの駅でもあるため注意が必要だ。列車が来るのは、9と4分の3番線。9番線と10番線の間の柱に入ることで行くことが出来るのだが、マグルに見られないよう気をつけねばならない。トモリの場合のドイル、というようにこの時期にはフクロウを持ち大きなカートに荷物を大量に載せた子供達や子連れの家族が大量に現れるのだ。マグルとて馬鹿ではないから当然怪しまれる。
「……ま、私にはトランクがあるので有難いですね」
「そうだろう?……マグルを見下す魔法使いも多いが、魔法が使えるか使えないかの違いでしかないからね。むしろ奴らは、恐ろしいまでに科学を発展させてきた。研究対象にはなっても、見下す対象になどなりようがない。だからこそ、こうして視線を誤魔化す必要がある」
トモリの呟きにシャーロックが反応し、トモリは緊張の面持ちで頷く。2人の格好はまさに親子といった様子で渋いコートにスーツのような出立ちだ。
「……さて、9番線と10番線の間。ああ、走って行ってる人がいますね。あれですか」
トモリは、ホグワーツ生らしき人が柱に突っ込んでいくのを見てため息を吐く。
「あまり駆けるなよ。柱に走って突っ込む人間なんて、マグルからすれば怪しいことこの上ない。……ま、万が一の時は記憶を操作すれば良いだけだがね」
「ご心配なく、心得ておりますので」
2人は会話を交わしながらゆっくりと柱に向かって歩み寄り
そして、景色が変わった。柱の中は煙が漂い、見送りの人やホグワーツ生達でごった返している。
「……ふむ、今年はマルフォイの小倅に、ウィーズリーの何号かも入学か。それに、あの女傑の孫も入学だったな」
「女傑?」
「ロングボトムだ。確かネビル・ロングボトムだったか。両親は中々に気の良い連中だったな。あのレストレンジ家の痛々しい女にやられるには惜しい奴らだった。……そして、ハリー・ポッター。奴も居るはず。無茶な接触は控えるんだぞ相棒。最悪、ポッターが死んでも構わない。それから何かあれば、連絡をすぐに入れるように」
「……はぁ。ま、程々にしますよ。相棒の後ろ盾無しにダンブルドア校長とやり合うのも勘弁して欲しいですから。情報の提供に関しては了解しました。スポットの設置もしておきますね」
「頼む。……必ず、生きて帰って来るようにな」
「分かってます。私が死ぬのは、貴方の隣と決めてますから」
シャーロックとトモリは硬く手を握り、そして離した。トモリは一切振り返ることなく颯爽と汽車に乗り込んでゆく。それをシャーロックは、寂しげな表情で見つめていた。
◇
ホグワーツ特急の中には、大量のコンパートメントがあった。荷物を手に歩き回るとようやく完全な空きがひとつ見つかったので入ると、天井に荷物を置く。
「……さて。これだ」
席に座って落ち着いたら、トモリはとある原稿用紙を取り出した。それはシャーロックが近々出版する、子供向けの図書。『子供のための魔法史』。トモリが聞き役になって、シャーロックが魔法史を子供に分かりやすく解説するという本となっている。シャーロックは色々な方面で知識がある上に文章力にも定評があり、知名度から売り上げもある程度保証されるので執筆の仕事はよく舞い込んでくる。とはいえシャーロックは酷く字が汚いので、シャーロックが書いたものをトモリが解読して清書、その内容を本にして出版するという流れとなっている。
コンコン
と、作業しているところにコンパートメントの扉をノックする音が響いた。
「なんでしょう?」
トモリが顔を上げれば、そこには金髪碧眼、青ざめたような顔色の少年が立っている。
「……こんにちは。僕はアルバーン・ラトマイア。君はトモリ・フラメル嬢だね?申し訳ないが、ご一緒させて貰っていいかな?ここ以外はどこも空いてなくてさ」
「はい」
「失礼……」
そう言って入ってくる少年を、トモリは横目で観察する。ラトマイア家というのは、歴代で魔法省の役人を務めている純血の名家だ。
「……ラトマイア。その名前は、前に叩きのめした覚えがありますが」
警戒の意味も込めて、トモリはその事実を口にする。ラトマイア家には死喰い人となった者もいて、そのうち1人をトモリは殴り飛ばしたことがあったのである。敵の陣営に属している可能性は、到底否定できるものではない。
「ああ、身内の恥が申し訳ない。……我が家も割れていてね。ダンブルドア派、例のあの人派、中立派といった感じでね。子供まで巻き込んでの家内紛争、我が家もそのうち没落しそうだな」
「へぇ……。そんなことになってるんですか。シャーロックさんが『馬鹿の不幸で紅茶が美味い』って言っていたのを思い出します」
「成程、家のせいで信頼は薄いと。仲良くしたいとは思われてないらしい。……気持ちは分かるが、少しは信頼して欲しいものだね」
警戒心を解かないトモリに、苦笑するアルバーン。その緊張状態は、コンパートメントの扉を開く音で遮られた。
「悪りぃ、ここ入っていいか?俺ら探したんだけどなくってさ!」
「あ、あのぉ……、そんなふうに入って大丈夫なのでしょうか……?」
そう言って入ってきたのは、明るい雰囲気の赤髪の少年と、前髪で片目を隠して眼鏡をかけ、怯えた様子を見せる少女だ。
「構わないよ、そうだろう?Ms.フラメル」
「そうですね、構いませんよ」
「おっ、ありがとな。俺はレオナルド・ジョースター。渾名はよくレオって呼ばれてる。マグル生まれだから、魔法界はあんま分かんないけどよろしくな」
トモリの返答に少年は明るく笑いながら自己紹介をする。その様子に、トモリは少し毒気が抜けたのか笑みを浮かべる。
「私はトモリ・フラメル。普段はベイカーストリートで探偵助手をしてます。生まれは魔法使い、よろしくお願いします」
「僕はアルバーン・ラトマイア。魔法使いの家出身だからそれなりに魔法界には詳しいと思うな」
アルバーンの返答に、トモリは少し警戒を緩める。マグル嫌いの魔法使いははっきりと嫌悪の感情を垂れ流しにするものだが、アルバーンは死喰い人を排出した純血名家の出にしては差別意識もなさげな様子だ。
「……それで、貴女は?」
そしてトモリが、縮こまっている少女に視線を向けた。
「え、ええっと……。わたし、アリス・シードって言います。家はマグルで……すみません、お願いします」
自信なさげなアリスに、トモリは苦笑する。
「そっか。よろしくね」
「レオにアリス、良い名前だ。よろしくね」
「オウ、お前のアルバーンもカッコいいよな!」
「はははっ、ありがとう」
トモリの警戒に反して和やかな様子で話し始めるレオナルドとアルバーンに対して、トモリはアリスへと視線を向けた。
「……大丈夫?」
「ふえっ!?」
「ああ、すみません。驚かせたみたいで。緊張してるみたいだけど、大丈夫なんですか?」
「ごごご、ごめんなさいぃ……」
「ううん……怒ってないですよ。それに、敬語も必要ありません」
予想以上に怖がっているアリスに、トモリは苦笑する。
「買い物では一回来たのと本で予習はしたんだけど……。やっぱり怖くて……」
アリスの答えに、トモリは『ああ……』と納得の声を漏らした。元々彼女は怖がりなのだろう。そしてそんな彼女が突然魔法界という世界に放り込まれて、どうやらそれなりに本を読む熱心さはあるらしいので中途半端に知識がある状況。過剰に怖がるのも納得だ。
「……大丈夫。腕っぷしには自信あるから」
「た、たしか探偵助手って言ってたもんね……」
「ああ、それ俺も気になってた」
アリスの言葉に、レオナルドはそう返答する。
「彼女の相棒といえば、シャーロック・レイブンクロー。イギリス魔法界では知らない者はない名探偵。人呼んで、魔法界のシャーロック・ホームズ」
「魔法界のシャーロック・ホームズ……そんな凄い人が」
アルバーンがシャーロックに言及すると、アリスはホームズが好きなのかキラキラとした目線をトモリに向けた。
「……ま、変人ですけどね」
トモリはシャーロックを思い浮かべて肩をすくめる。
「彼女も探偵助手として有名でね。レイブンクロー氏の自伝によれば、トモリは頭が切れて基本は万能だが学習能力の高さ故に身につけた演技力を中心としたスキルで、潜入捜査などの目立てない仕事も軽々こなす凄腕らしい。……それに、トロールをノックアウトしたとか、人狼を殴り飛ばしたとか、そういう戦闘力の高さを示す話もあるね」
「へぇ、トロールとか人狼ってのはよく知らないけど、魔法使いってそんなことできるのか?」
純粋に疑問符を浮かべるレオナルドに対して、アリスは首を横に振る。
「……ううん。魔法使いとマグルは、根本的な肉体は同じ筈。古代魔法っていう強い魔法があったらしいけど、余程の手段がないとそうはいかないよ」
「(アリスって子、多分頭が良い上に熱心なタイプだ。まだ信用できるか確定してない以上、バレるのは避けたい……)まぁ世の中には色んな存在が居ますからね。私もそれらと同じ、特殊な血筋というだけです」
「…………ほう。いや、アリスにレオナルド。これ以上は詮索しないのが良いだろう。人間には誰しも言いたくないことはある」
「だな」
「……うん、分かった」
誤魔化しにかかったトモリをアルバーンが援護し、興味ありげにしていたレオナルドとアリスもアッサリと引き下がる。
(意外と、悪い人達じゃない?)
トモリがそう疑念を感じたのも束の間、コンパーメントの扉が勢いよく開かれ、栗色のふわふわとした髪の気の強そうな少女と、気弱な雰囲気を感じさせる少年が立っていた。
「ねぇ、ネビルのヒキガエル知らない?」