突然現れた少女に、4人は動きを止めた。
「なんだなんだ、突然やってきて」
レオナルドが疑問符を浮かべ、扉を開けた気の強そうな少女にアリスは顔を下げる。対するトモリは、ノックもせずに現れて大声で捲し立てる少女にため息を吐いた。
「ねぇ、ネビルのヒキガエル知らない?居なくなったらしいんだけど」
そう繰り返すように言った少女に、アルバーンが苦笑を浮かべる。
「待ってくれ。そもそも突然そんなことを言われても、僕らとしてはどうしようもないじゃないか。まず君は誰?どういう状況で、どんなヒキガエルを探している?」
困惑の表情を浮かべたアルバーンに問われ、少女は納得したように頷く。視界の後ろで車内販売が過ぎていくが、止められる雰囲気でも無さそうだ。
「私、ハーマイオニー・グレンジャー。こっちにいるのが飼い主のネビル・ロングボトム。ネビルの飼っていたヒキガエルがいなくなったみたいで、こうして捜索を手伝ってたの!それで、貴方達は何か知らない!?」
「…………はぁ」
騒がしい乱入者にトモリは、ただひとつため息を吐いた。しかしそのため息でトモリの存在に気がついたハーマイオニーは、興奮した様子で詰め寄る。
「貴女、トモリ・フラメルね!?私、本で読んだわ!凄い頭と能力を持ってるって。ねぇ、ヒキガエルは何処にいるか知らない!?」
「……知りませんね。ですが呼び寄せ呪文で一発では?」
「それじゃあ駄目よ、生き物を呼び寄せしたらヒキガエルの命が危ないわ」
「だったら知りません。……ヒキガエルは移動速度が遅い、こんな非効率なことをしている間に距離を稼がれているだけで、真っ当に探せばそう難しくないのでは?……ま、後の祭りではありますが」
あっさりと切り捨てたトモリにハーマイオニーが不機嫌そうに眉を顰める。
「アー、あれだ。俺が探すの手伝おうか?」
空気が悪くなるのを察したレオナルドが手を挙げる。トモリは無関心な様子で仕事を再開し、アリスは目立たないように縮こまり、アルバーンは車窓から外を眺め始める。
「いいわよ、別を当たるわ!行きましょ、ネビル」
拗ねた様子で出ていくハーマイオニーと困惑した様子で付いてゆくネビルが出ていくと、コンパートメントには俄かに静けさが漂う。
「トモリ、不機嫌だな」
「……そうですか?ま、私ああいうの嫌いなんですよね」
苛立った様子のトモリを見て、アリスが慌てた表情で話題を逸らそうと頭を回した。
「そ、そういえば、トモリちゃんって敬語がいつもなの?」
「そうですよ。……無しが良いなら、対応しますが」
アリスの質問にトモリは暗い表情のまま首を傾げる。
「どちらでも、君が好きな方に」
「ま、そのままの方が良いですね。……敬語外すの、演技する時ばかりだったのでどうも嘘くさくって」
「そうか。……で、話を戻すが君はMs.グレンジャーのことが嫌いなのかい?」
アルバーンがまさかの話を戻し、レオナルドが余計なことを言うなというような目でそちらを見る。
「はい、まぁ印象は悪いですよ。ノックは無しで勢いよくズカズカと踏み込んでくるし、ギャーギャー喚き立てるし、小賢しくてプライドの高い子供って感じで嫌いです」
「まぁ、アリスもびっくりしてたからな。もうちょい気を使えよ、とは俺も思ったけどそこまで嫌いとはならなかったな」
レオナルドが苦笑いを浮かべながらフォローを入れるが、トモリは不機嫌な様子で窓の外を見る。
「あはは……びっくりしちゃって。でも、もう大丈夫だよ」
アリスが困った様子で笑うと、トモリは小さく息を吐き、アルバーンはそれを見て笑みを浮かべた。
「ところで、あれがロングボトム家の子かい?……彼の祖母が僕の知る人であるなら、信じられない臆病ぶりなんだが」
「はい。……みたいです。私は直接知らないんですけど、そんなに彼の祖母は凄い方なんですか?相棒が女傑と言っていたもので」
アルバーンがネビルを話題に出すと、トモリは疑問を呈する。
「ああ、とんでもない人だ。マグルが使うロケットランチャーなる武器を持ち出しても違和感がないくらいの女傑だ。一方的に知っているが、あれは怒らせたら不味い類の女性だ」
「へぇ、アルバーンはロケットランチャーを知ってるんだな」
「ああ。ネビル・レイブンクロー氏の著作でね。とはいえまだまだ浅学ではあるが」
ネビル・レイブンクロー。シャーロックの従兄弟で、マグルの銃火器を研究していた魔術師である。因みにネビルという名前は、ネビル・シュートというマグルから取ったらしい。
「……マグルへの研究ってどのくらい進んでるの?」
アリスが手を挙げ、それを聞いたトモリが口を開く。
「進んでませんよ。学問としてマグル学があるから研究が行われてないこともないんですけど、基本的な魔法使いの思想としてマグル蔑視がありますので、学問自体も見下されやすい傾向にあって中々やりたがる人は少ないですね。……魔法使いの一家に生まれた魔法使い、即ち純血の魔法使いにはマグルやマグル生まれを差別する魔法使いも少なくありません。アルバーンみたいな差別をしないタイプの純血名家は、かなり希少と言っても過言ではありません。なので私は最初、アルバーンのことを警戒していましたし。……その節は失礼しました」
「いやいや、家系を考えれば当然さ。……だがま、その通りだね。僕の場合も家内が争っていて、主張が割れているからこそのものだから。……僕個人の思想に関わらず、今後例のあの人側に付かざるを得なくなる可能性もありえる」
トモリの解説と続くアルバーンの現状に、アリスは絶句した。対するレオナルドは、首を傾げる。
「別に家とか良いだろ。お前がやりたいことがあるなら、それをすれば良いんじゃないのか?」
「ありがとう。……でもね、意外と難しいんだ。魔法界ってのは」
「ですね。お家騒動の結果殺人事件、なんてこともありますよ。おまけに基本が隠蔽体質だから捜査に乗り出した時には複数人死んだ後だったってケースもありますし。……家族内での争いも多いですから」
アルバーンが悲しげに笑い、トモリは事実を淡々と述べる。
「そっか。でもさ、取り敢えず俺達4人は友達ってことでいいんじゃないか?何があるか分からないけど、ホグワーツに居る間はさ」
それでもレオナルドは、太陽のように笑ってそう言った。
「……ホグワーツの4寮は、あまり寮同士の仲が良いとは言えません。特にグリフィンドールとスリザリンは、とても仲が悪い。……もしこの4人が4寮に1人ずつ分けられてしまったら、レオナルド。君はどうしますか?」
「……?寮ってどんな基準なんだ?」
「ええと、確か本ではグリフィンドールが勇気や騎士道精神、スリザリンが向上心や同胞愛、レイブンクローが知識や好奇心、ハッフルパフが忍耐や忠誠心だったはずだよ」
首を傾げたレオナルドに、アリスがそう説明をする。
「へぇ、アリスはマグル出身だがよく知っている。予習はバッチリじゃあないか。……それに、スリザリンといえば野心と狡猾さがまず出てくるんだが、野心を向上心と言い替えたり狡猾さではなく同胞愛を選ぶ辺り、君の人の良さを感じる」
「あ、あはは……」
素直に賞賛するアルバーンに、アリスは照れた様子で縮こまる。
「んー、それさ。別に友達のままで良くないか?4つの寮が説明されたことに優れてるってのなら、ひとつの寮が優れてても他の寮はそれがその寮に劣ってるし、他の寮はそれぞれ強い部分で、その寮に勝ってるんだろ?」
「……」
「……ほう」
「す、凄い……」
トモリは静かに、アルバーンは笑みを浮かべ、アリスは驚きの表情でレオナルドを見つめる。
「……ならさ、4つの寮で手を組めば、それって最強なんじゃないか?俺はマグル生まれだから分からないけど、俺達まで流されなくていいんじゃないか?俺達は俺達だって、堂々と手を取り合っていけばいいんじゃないのか?」
レオナルドは、なんてこともないように言った。だがそれをアルバーンは興奮した様子で立ち上がり、アリスは何度も頷き、そしてトモリは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ああ、最高だよレオ。そうだ、その通りだ……。何故、くだらないと分かっている常識に従おうなんて思っていたんだ。全く、自分自身が馬鹿に思えてくるよ。良いだろう、このアルバーン・ラトマイアを君の友達にしてくれ」
アルバーンは笑いながら手で顔を押さえた。
「わ、わたしも魔法界は詳しくないけど、みんなとは仲良くしたいな」
アリスは勇気を振り絞って告げた。
「この人達ならいつか……。いや、辞めておこう。…………そうですね。例え寮が別れようと、友達で居ましょうか。私に、不満はありませんよ」
トモリは葛藤を抑え込み、誤魔化すように笑った。
「……あっ、不味い。車内販売がいつの間にか通り過ぎていて忘れていた。そろそろ着替えをしなければ」
アルバーンの一言で、コンパートメントの空気が止まった。レオナルドとアルバーンが、そそくさとコンパートメントの外に出る。そして2人が背中でコンパートメントに素早く張りつき、目を閉じた。その隙にトモリが大急ぎで着替え、少し遅れてアリスも着替え終わると、慌てた様子で交代し男性陣が着替える。それでなんとか、着替えは間に合ったのである。
◇
「イッチ年生、イッチ年生はこっちだ!!」
雷鳴ような声が轟き、アリスは驚いた様子で縮こまる。
「……大丈夫です。あれはルビウス・ハグリッド。シャーロックさんは大嫌いらしいですし私もあまり好きはありませんが、一応悪人ではありませんので怯えなくとも大丈夫です」
そんなアリスにトモリはこっそりと耳打ちし、アリスは目に怯えを映しながらも頷く。
「おう、このヒキガエルはお前さんのものか?」
「トレバー!!」
「……まだ探してたんですか。ヒキガエル」
ハグリッドとネビルのやり取りにトモリはため息を吐きながらも歩き出す。目の前の湖には、大量のボートが浮かんでいるからだ。
「よーし、イッチ年生は舟に乗り込めー!!!!」
雷のような声が再び轟き、アリスが肩を跳ねさせるとトモリは苦笑する。そして2人は、ボートに乗り込んだ。続いて知らない顔が続々と乗り込んでくる。
「全く……。ほら、アリス。こっちおいで」
「うん。でもあの……レオナルド君とアルバーン君は?」
「……ん」
そう言われてアリスがトモリの刺した先を見れば、人混みの中で揉まれながらもボートに乗り込む2人の姿が見えて、アリスはホッと安堵の息を漏らす。
「舟ェ出せー!!」
ハグリッドの声と共に、新入生達を乗せた舟は誰かが操作する訳でもなく夜の闇の中で真っ暗な湖へと漕ぎ出した。
「……凄い。これが魔法」
「ええ。私もホグワーツに来るのは初めてですね」
トモリとてここから先は知らない領域。血液なんて通っていないにも関わらず、心臓なんてないにも関わらず、トモリは自身の胸が高鳴るように感じられた。
「頭ァ、下げー!!!!」
しかし、ぼうっとした様子でずっと見ているわけにもいかない。ハグリッドの呼び掛けに従って頭を下げると、ボートは石橋の下を通り抜ける。
「さぁ、見えてきたぞーー!!あれがお前さんらが学ぶ、ホグワーツだ!!!!」
興奮した様子のハグリッドに全員が顔を上げて、誰も彼もが絶句した。
そこにあったのは、巨大な城だ。天を突かんばかりの巨大な城だ。闇夜の中で窓から漏れる輝きが、その中の賑わいを示している。そして天に輝く月がその立派な城を、空から照らし出すと水面にはホグワーツ城と月が虚像として映し出される。
「…………綺麗」
トモリは、ポツリと呟いた。この城の美しさを、物理的に無いはずなのに止まらない胸の高鳴りを形容する言葉を、トモリは持ち合わせてなどいなかった。目の前に聳え立つホグワーツ城の威容には、例えホグワーツ城を事前に知っている純血名家の子息達ですらも圧倒されている。
「これが私が通う学校……ホグワーツ、魔法魔術学校か」
ゆっくりと進むボートの上で、トモリは感嘆に胸をときめかせながら呟いた。
◇
そして。
「やぁ、またやつれたようで。……君という奴は毎度碌でもない目に遭うな。ルーマニア魔法大臣殿」
「気遣い痛みいる。……そして、来てくれてありがとう。ルーマニア魔法省は、君の来訪を心より歓迎するよ。シャーロック・レイブンクロー」
シャーロックと握手を交わすのは、ルーマニア魔法大臣と呼ばれた何処からどう見ても不健康な痩せ方をした男だった。起こった事態に顔色は悪く、そして胃は常に痛むが、それでも気丈に立って頼もしい助っ人に笑顔を見せる。
名探偵シャーロック・レイブンクローが、ただ1人でルーマニアへと降り立った。