トモリを見送って直ぐに、シャーロックは『姿眩まし』を使用して転移、空港から飛行機に乗ってルーマニアに来ていた。
「それで、問題というのは?」
そう尋ねたのは、ルーマニア魔法大臣のルーカス・アントネスク。青白い顔色に不健康なまでに細い体の、30代くらいの男だ。
「ああ、ヴォルデモートと同一の魔力を持った存在がイギリスに入った」
シャーロックの返答に、ルーカスはただでさえ悪い顔色を更に悪くした。即座に魔法薬を懐から取り出し煽る。シャーロックの見立てでは、ルーカスが飲んでいるのは胃薬。要するに、面倒すぎる事態に胃が痛くて仕方ないといった具合である。
「なんと……復活したのですか?例のあの人は」
「分からん。グリンゴッツで強盗未遂があったんだがな。そこを守るニコラス・フラメル作の対ヴォルデモート用特殊ゴーレムが起動した挙句、逃げられた。ゴーレムは強い上にヴォルデモートの魔力に反応して動き出す。ソイツが動いた上に、何者かによって操られて暴れた。ウチの相棒が倒したがな」
「……成程。ですが、死喰い人の動きが鈍い。例のあの人が復活したとしたら、もっと派手に暴れるのではないでしょうか?だから、私としては完全復活したと言い切れないと思います。それに、ニコラス・フラメル氏は現代の魔法界では最も偉大な錬金術師。その方が作ったゴーレムを操れる力がある、もしくはそれ程力を持った味方が側に居るならばここまで息を潜めているのはおかしいのではと思うのですが……」
ルーカスの推測に、シャーロックは満足そうに頷く。
「流石だよ。そう、おかしいんだ。奴が復活したにしては、あまりにも動きが鈍いしおかしいんだ。そもそもあのプライドの高いヴォルデモート自身が、グリンゴッツ強盗なんてせこい真似をしたがるとは思えない。あの馬鹿ならまず、自分の経歴に泥を塗ったハリー・ポッターを殺しに行くだろうからな。……つまり奴がそれをするということは、完全復活はしておらずその完全復活に至る為の手段を確保しようとしているのではないかと思ってね。それこそ、死に損ないの奴を復活させられるだけの魔力の塊が、あの銀行に収められていたんだ」
「成程。……我が国では、かつてホムンクルス製造をしている名家がありました。目的こそ義肢の製造や労働力の補充と行った内容でしたが、イギリスによって滅ぼされ研究成果も消え去っています。何らかの形で復活に至る特殊な魔術やそれに関する資料についての情報を掴んだ、などは考えられませんか?イギリスは他国から多くの魔術資料を奪い去った歴史がありますから、研究資料が密かに持ち去られていてもおかしくはありません。例えばホムンクルスの体を作りコアに奴の魂を定着させれば、復活は可能なのではないかと思うのですが……」
シャーロックはルーカスの推測に表情を歪めた。
「良い考えだ、だがその研究成果は、ボクが日本から回収して今はとある人物に預けてある。……そしてその家の血筋は、日本で死んだ奴を最後にもう残ってはいないだろう。だがそうだな。魂をホムンクルスなどの他者に定着し、肉体を操れば奴の本体が動けなくてもヴォルデモートはヴォルデモートとして活動できる。例えば、生身の人間でも可能だ。死喰い人や新たに取り込んだ魔法使いなどに取り憑いて指示を出し、操り人形のように操る、とかね」
シャーロックはルーカスの考えを一部否定しつつも仮説を立てる。
「成程。……では、ルーマニアの出入国履歴を調べさせましょう。それと、乗り継ぎを想定してルーマニアから直通かつイギリスと航路が繋がっている国の魔法省にも連絡を飛ばして協力を要請します。そうすれば、ある程度は容疑者を絞ることが出来るのでは?」
ルーカスの提案にシャーロックは機嫌よく頷く。
「助かるよ、それで頼む。……そんなことをやっているから君はいつまでも魔法大臣を辞められないんだよ」
「…………ですよねぇ。しかし事態は一刻を争いますから、取り敢えずこの一件が終わればまた辞表を書きますよ」
「無駄なことをするな、君という奴は。どうせ却下されて胃薬を飲むまでがセットだろうに」
シャーロックはあくまでも辞めようとするルーカスに、苦笑いを浮かべた。
「そういえば、ひとつ聞きたいことがあるのですが」
「……なんだい?」
ルーカスがふと尋ね、シャーロックは首を傾げた。
「貴方は何故そんなに例のあの人を倒すことを目指すのですか?……ダンブルドアと敵対しながらも、結局は奴を倒すという目標は一致している。何が貴方をあの人の討伐に駆り立てるのですか?」
ルーカスの問いにシャーロックは、眉を顰める。
「単純に嫌い、それまではそうだったな。奴の存在は確実にレイブンクロー家の研究の邪魔になるからね。……だが今は違う。奴が死から逃れようとする限り、いつか必ず奴はホムンクルス技術に手を伸ばす。体を乗り換え生き延びるというやり方にね。ボクはそれを決して許さない。だからボクは、本気で奴を殺すんだ」
「……ホムンクルス。成程、彼女は」
「そこまでだ。君なら気付くと思っていたから言ったが、それをあまり口に出さないでくれたまえ」
「はい。……やはりあの方は、貴方にとって希望なのですね?」
「そうだとも。有能で、そして人間から外れたからこそ純真で。だからこそ、探偵という人間の悪意と向き合う仕事をしてきたからボクには眩しく、そして尊く映るんだ。せめてあの子が寿命を迎えるその日まで笑って欲しい、あんなカス如きに笑顔を曇らされて欲しくない。だからこそボクと相棒は奴の打倒に力を入れる。相棒の幸せの中には、きっとボクの幸せが含まれているからね」
そう言って笑うシャーロックに、ルーカスは弱々しく笑う。
「全く、随分と幸せそうに笑うものです」
「幸せだからね。……ああ、もうひとつ。君になら言っても良いだろう」
シャーロックはそう言い、ルーカスは眉をひそめる。
「……何です?」
「奴が生きている理由は分霊箱、これは奴の生存を知っていて闇の魔術や古代魔術の知識がある人間なら分かって当然のことだ。……しかし、それに何が使われているのかはまだ分かっていない。ここまでは良いね?」
「はい。ですがそれが……、いや、確かレイブンクローの」
ルーカスは疑問を溢しかけて、しかしその可能性に至る。
「全く、有能過ぎるのも考え物だな。説明して驚きを得る快感に欠ける。……君の想像通り、ボクは " レイブンクローの髪飾り " がそのひとつにされているという可能性を考えている。サラザール・スリザリンのロケット……マグルに殺された愛する人の形見の品、マグルへの憎悪を忘れぬスリザリンの執念と同胞愛を示す品に、ハッフルパフのカップ……キリストの血を注いだという " 聖杯 " を再現しようとした、ハッフルパフの努力と忍耐の結晶の残り香。それら2つの品も同様の可能性が考えられるが、それらについてはどうでも良いんだ。だが、髪飾りは別だ。魔術によってレイブンクロー家の知識を紐付けし、付けた者に叡智を授けるというレイブンクローの魔術の究極。名探偵たるこのボクには不要の代物だが、スリザリンのなり損ない如きに分霊箱などという醜い執着の結晶体に使用されているのなら、その醜態をいつまでも晒さぬよう破壊しなければならない。レイブンクロー家の誇りにかけて、ね。……そして、我らが秘宝に手垢を付けた不届きものには、死を持って償わせなければならない。この推測が事実であれ、間違いであれ、奴を殺す過程で分かることだ。ならば、殺して証明するしかないだろう」
「……それは、彼女はご存知なのですか?」
「当然だろう。因みに相棒は、君より数秒遅れのタイミングで気がついた。現職魔法大臣にはまだ劣るが、中々なものだろう?」
「さすがですね。成人していれば、そして貴方の相棒でなければ、即決でスカウトしていたくらいですよ」
「だろう?……因みにだがあまり積極的に探して、学校生活を疎かにするなとは伝えたしボクを差し置いて壊すなとも伝えているが、それはそれとして彼女は我が家の屋敷しもべ妖精と並んでこの世で最も信頼している存在だ。君は内心、愛が重いと思っているだろうが当然だ。彼女はこのボクが、生涯で唯一隣に並び立つことを許した存在だからな。……さ、話しすぎたな。そろそろ行こう」
シャーロックはそう言って歩き出し、ルーカスは小さく息を吸うと、頷いた。
「行きましょう、関係各所は既に省内で待機させ、貴方の指示に従うよう伝えてあります」
「でかした。話が早くて助かる。……さて、始めるとしようじゃないか」
シャーロックはそう呟くと、強気な笑みを浮かべた。
◇
ハッフルパフに組み分けされたトモリは、宴を終えると上級生達に連れられてホグワーツ内を歩いていた。
(鬱陶しいな……)
そして感じるのは、鬱陶しいまでの視線。トモリが相棒の影響で有名人なのは本人も自覚しているが、とはいえ子供達の好奇心が一身に突き刺さるのは勘弁して欲しいところである。せめて話し掛けてくれたら周りに聞こえるように質問にも答えてコミュニケーションを簡略化するのだが、そもそも視線だけなのでそんなことも出来やしない。
『やあ、新入生諸君こんにちは』
そんな所に、半透明で宙を舞う修道士の男がぬるりと壁をすり抜け飛んできた。一応宴の時にも居たのだが、新入生……特にマグル生まれの子供にはまだ慣れないらしく所々に怯えた表情を浮かべたり小さく声を漏らす子供も見受けられる。
「おい、太った修道士……!」
「……ええと、ハッフルパフの幽霊の修道士様ですね?私はトモリ・フラメルと申します。貴方のことは何とお呼びすれば良いですか?」
上級生が何かを言いかけるが、それを遮りトモリは修道士の幽霊に話し掛ける。
『ああ、なんと物怖じしない少女だ。呼び方は太った修道士で構わんよ、ホグワーツではそう呼ばれているが、変に堅苦しく呼ばれるよりもその方が親しみやすいだろう?』
「分かりました、ありがとうございます!」
トモリはわざと明るく笑ってそう返すと、太った修道士は笑ってウインクをする。
『お気遣いありがとう、トモリ。だが大丈夫、ゴーストは初めは怖がられるものだからね』
(流石に幽霊、私の意図はお見通しって訳か)
「太った修道士、君は宴にも居ただろう?そういうのはあの時に済ませておくべきだった」
『悪いね、パトリック』
パトリック、と呼ばれた男の監督生に修道士は笑い、監督生の女性は苦笑いを浮かべた。
「ほら、パトリック。もうすぐ談話室なんだからすぐ行くわよ」
「ああ、そうだなマリー。さあみんな、着いてきて!」
パトリックがそう言って先導して歩いてゆくと、その先に扉があった。扉、といってもホグワーツの大広間にあるような扉では無く、まるでワイン樽を加工したかのような扉であった。
「これが私たちハッフルパフの談話室に繋がる扉よ、これから入るための方法を教えるからよく聞いて!!……パトリック!」
マリー、と呼ばれた監督生の女生徒が大声で呼び掛け、新入生は耳を傾ける。
「ああ。この樽の扉をヘルガ・ハッフルパフのリズムで叩くんだ。そうすれば開くんだが、間違えたら熱々のビネガーがぶっ掛けられるから注意してくれ」
(へぇ、鍵の術式か。……行動をパスワードにした扉の施錠と開錠、なるほど。結構複雑に編まれた術式が使われてるかも?)
そんなことを考えるトモリを他所に、パトリックは扉をリズミカルに叩くと、樽の扉が重々しく開いた。そして、扉の隙間からは暖かい光が漏れ出る。
「……さ、入って入って!」
「改めて、ようこそ!ハッフルパフ寮へ!!」