ホグワーツというのはイギリス魔法界でも唯一の教育機関かつヨーロッパでも有数の名門校ということもあって、授業の質は基本的に高い。しかし例外というものはあるもので、トモリはひとつの授業に疑念を抱いていた。
闇の魔術に対する防衛術。それはイギリス魔法界にとってあまりにも意味があってしまう学問だ。ゲラート・グリンデルバルドやヴォルデモート、更に遡ればビクトール・ルックウッド。それ以前にも魔法界は幾度となく闇の魔法使いの脅威に晒され、それに対抗する手段を構築してきた。とはいえ、脅威は闇の魔法使いだけではない。危険な魔法生物もそうだが、他国に目を向ければマグルの独裁者が自身の意に沿わない魔法使いを虐殺したこともある他、ヨーロッパにおける魔女狩りでは多くの魔法使いが魔法使いと誤認されたマグルと共に処刑されている。そんな脅威に対抗すべく身につける、総合的な護身の魔法。それこそが闇の魔術に対する防衛術、なのだが。
(これはまた、怪しい……)
トモリは、教壇に立つ男を冷ややかな目で見つめていた。男の名はクィリナス・クィレル、闇の魔術に対する防衛術の教師である。どうやらこの科目では毎年教師が変わるようだが、それにしてもこの男に務まるのかトモリは疑問であった。強烈なキツいニンニク臭を辺りに撒き散らし、何かに怯えたような態度でどもった話し方をしている。
「……なんであんなに怯えてるんですかね?」
「上級生が言ってたわ、ルーマニアで吸血鬼に襲われたって」
トモリが疑問を呟くと、近くに座っていた少女、ハンナ・アボットがコソリと呟いた。
「ありがとうございます。……吸血鬼?」
「ええ、元々マグル学の先生でもっと普通の先生だったんだけど、去年ルーマニアに行った時に襲われたらしくて。だからニンニク臭いし怖がってるんだって言ってたよ」
「…………へぇ、ルーマニア」
トモリは、目を細めた。容疑者、発見である。おそらくシャーロックは入国した人間を探るだろうからすぐに辿り着くのだろうが、この情報は共有した方が良いだろうと思案を巡らせる。
「どうしたの?何か気になる?」
「まぁね。でも大したことじゃないよ」
コソリ、と話しかけてきたアリスには誤魔化すように言った。アリスやアルバーン、レオナルドは良い人だが、だからこそ大人達の事件には巻き込めない。情報をくれたハンナもそうだ。
「……うん、分かった」
アリスは、少し不安そうにしながらも頷き引き下がる。流石にレイブンクローに選ばれるだけあって、何かがあると察しているのだろう。
「(すみません……。ですがこれは本来、私も介入してはいけない大人の問題ですから)何かあれば言いますが、取り敢えずあの態度を信用しすぎない方がよろしいかと」
「でも……トモリちゃん」
「?」
「トモリちゃんも、あんまり深入りしちゃダメだよ?」
やはり彼女はレイブンクローだ、とトモリは思った。控えめな性格でかの名探偵とは似ても似つかないが、その思考力は間違いなく探偵に向いている。魔法界に不慣れな今だが、鍛え方次第では相当な伸び方をするだろう。このタイミングでこのワードを出すということは、トモリが何をするつもりなのかを察しているということだ。
(彼女の才能と言うべきか、それとも人間の可能性というべきか……。いずれにしても、あまり迂闊に行動しても面倒ですね。梟を飛ばして相棒に……。あの人は変に動いていなければ今ルーマニアに居るはず)
慎重にしなければ、とトモリは思う。シャーロックの推理が正しければ、グリンゴッツ強盗未遂の犯人はホグワーツにおり、その痕跡がヴォルデモートの体があるルーマニアに残っている筈なのだから。だからトモリはホグワーツへ、シャーロックはルーマニアに向かったのだ。
「……大丈夫。何もなければ、何もしませんよ」
しかしその瞳は、鋭くクィレルを見据えていた。
◇
結局、クィレルの授業は普通以下の出来だがなんとか終わった。とはいえ授業が終わるとそそくさと出ていってしまったので情報は得られなかったが、スネイプと別の方向性で怪しい人物であるとは分かったのは大きな収穫だ。トモリはアリスと別れると、ハンナに誘われて変身術の教室へと向かった。ハンナは社交的な性格で既に友人を作っており、ハッフルパフ生の集団の中に入れて貰えることになった。
「でもあれよね、他の寮の人と仲良くなるなんて凄いわね」
「……列車の中で仲良くなりまして。寮に決まった時もあのセドリックという方に話しかけられた関係であまり良い視線を向けられませんでしたから」
トモリが苦笑すると、周りの少女達も苦笑いを浮かべる。
「あー、あのイケメンね。上級生から人気よ、あの人。1年生なのにもう一目惚れしちゃったって声も聞くし。でも大変ね、変に目をつけられてないかしら」
「そうですね。……先が不安ではあります」
「まぁ私達もいるし大丈夫よ、それよりトモリ」
「?」
「貴女の相棒っていうシャーロック様について教えてよ!私あの人の大ファンなのよ、だってとてもハンサムでしょ?」
1人の少女に尋ねられ、トモリは驚いたような表情を浮かべる。
「ええ、あの性格最悪な推理馬鹿が?……いや確かに、顔はまぁ整っている方ではありますね。その分性格が捻じ曲がってますが」
トモリの言い分に、ハンナは首を傾げた。
「そんなに悪いの?」
「だって、前に出した本のタイトル知ってますか?『ファッジ大臣ですら分かる超初級古代魔法』ですよ。嫌いなのは分かりますし私もあまり好ましく思ってませんが、態々煽りに行くのはあの人の悪い癖です。ただでさえダンブルドア先生の陣営じゃないというのに」
「えっ、違うんだ」
「はい。立場的には第3勢力になりますね、レイブンクローは。純血主義のヴォルデモート陣営、平等主義という名を掲げた反純血主義がダンブルドア、学術の存続を建前に好き勝手やってるレイブンクロー。まぁ、ダンブルドアとレイブンクローは半分くらい手を結んでいますが、シャーロックさんと校長はどうも根本的に相容れないようで」
「へぇ、大変なのね」
「まぁあんなのですが、命の恩人で大切な相棒であることには変わりありませんが。それはそれとして、私でもないとあの人の相棒は耐えられないかなと思いますね」
『…………』
視線を逸らして呟くトモリの言葉に、少女達はニヤニヤを抑えられない。彼女達にとって遠い存在だったトモリが、図らずとも少し近くに感じられた。
「な、なんですかその反応は」
「いーや、なんでもない!ねぇ、レイブンクロー家ってどんななの?世間じゃ謎の変人一族って言われてるけど」
1人の少女がした質問に、トモリはゲンナリとした表情を浮かべる。
「レイブンクロー家は変人、間違いないですね。頭レイブンクローなんて言われますけど、あの一族にとっては褒め言葉でしかありませんので、反省なんてしません。あの人達の家は危ないですよ、お陰で一度挨拶に伺って以降は置いて行ってくれるようになりました。流石に、広いとはいえ自宅内で大人のドラゴン放ったり常に何処かしらで爆発が起きている場所に連れてゆくのは危険ですから」
「えぇ……怖」
「私、そんな感じでまともな家庭で育ったことなくて……。なので、皆さんの家庭のこととか教えてくれませんか?」
そう言って笑うトモリに、少女達は順番に口を開くのであった。
変身術の教室に入ると、多くのハッフルパフ生が集まり始めていた。副校長でもある教師のマクゴナガルは来ていないのか姿が見えず、教卓には何処から来たのか
「…………凄い」
トモリが猫を見て一言呟いた内容に首を傾げつつも、少女達は固まって席に着くと授業の支度を始める。そして生徒も集まり授業の時間になった頃、生徒達はまだ来ない教師にそわそわとし始めた。
「あれ?来ないね」
金髪おかっぱの少女、アナが首を傾げる。それに同調するように、黒人のダリアが頷いた。
「そうね。ねぇトモリ、こういうのってどうすれば良いの?」
尋ねられたトモリは、小さく微笑んだ。
「マクゴナガル先生ならいらっしゃいますよ。……ずっとそこに」
生徒達がトモリの視線を辿ると、そこには教卓と猫が居るだけだ。魔法界生まれの生徒は分かったのかハッとした表情を浮かべるが、マグル生まれの生徒達は困惑している。
「……えっ、でもそこには」
「この学問は変身術、そしてその教師であるマクゴナガル先生は動物擬きという、全身を動物に変化させるという特殊な変身術すら扱える変身のエキスパート。だとすると、導き出される答えはひとつ。まぁこんなことで言うのもあれですがチェックメイトという奴ですね、マクゴナガル先生」
次の瞬間には猫の姿は霞のように消え去り、威厳のある魔女が立っていた。入学式で見覚えのあるその姿は、まさしく副校長のミネルバ・マクゴナガルだった。
「流石ですよ、Ms.フラメル。その素晴らしい洞察力に、ハッフルパフに5点差し上げましょう。……ですが皆さん、今回はMs.フラメルが点を稼ぎましたがそれは皆さんにとっても可能なことです。これから行う変身術を学ぶ過程で、良く課題を熟せた者や学習の成果がよく表れた者には私は寮に関係なく点数を与え、その逆の者からは点数を引きます。それが例えグリフィンドールだろうが同じです」
「ほんと?」
「クィディッチ以外は公平らしいですよ」
ハンナに尋ねられたトモリはボソリとそう返す。それを横目でチラリと確認しつつも、マクゴナガルは黒板に向かった。
「さて、早速ですが授業を始めましょう。これから板書をしますので、よくメモを取るように」
そうして、変身術の授業が始まった。
◇
授業は、トモリから見てもかなり分かりやすいものだった。マクゴナガルはかなり理論派な教師(感覚派が教師なんてなったら困るのだが)であり、教科書の内容を噛み砕いて説明するのが上手い。しかも、変身術自体が難しい学問なこともあり絶妙に難しく、着いて来れなかった人間には焦りを与えるシステムになっており、見た目だけでなく中身もかなり経験を積んだ敏腕といった感じを受けた。周りの反応を見る限り、少しばかり勉強を見てやらないといけなさそうではあるが、トモリとしてはあまり悪い気はしなかった。
それはそれとして、である。周りの少女達に頼み、トモリは1人教室に残っていた。目の前には、マクゴナガル。スネイプの時よりも、一つだけ内容が増えている。
「マクゴナガル先生。グリンゴッツの事件に関して伺いたいのですが」
「……何です?」
「貴女は今年か昨年、ルーマニアに行きましたか?」
トモリに尋ねられたマクゴナガルは、首を横に振る。
「いいえ、ですがルーマニアがどうしたのです?確かに暴走したゴーレムは例のあの人の魔力に反応すると聞きました。私はダンブルドアより、あの人が生きていると聞かされていない身ですので事情はよく分かりませんが、まさかあの人がルーマニアに居ると?」
しまった、とトモリは思った。ヴォルデモートが生きている、それは少なくとも教師の間では共通認識だと思い込んでいたのだ。ダンブルドアがここまで情報を共有していなかったと知り、トモリの中でダンブルドアへの警戒度が跳ね上がる。
「朽ち果てた体ですが生きています。様々な国を転々としていますが、現在確認できている場所はルーマニアです。…………それで、どうなんですか?」
「要するに、例のあの人を連れ出した共犯者を探していると?それならば私は違います、少なくとも数年はルーマニアを訪れてはいませんから」
ハズレ。トモリは内心落胆するが、同時に明らかに有能な魔女が現状敵に居ないのは有難いと思った。
「では、続いて聞きたいのはクィレル先生です」
「あまり深入りすべきではありませんよ、Ms.フラメル」
トモリが質問をしようとすると、マクゴナガルはそれをピシャリと切り捨てた。
「……何故です?」
「ここは学校、貴女は生徒だからです」
「それがなんですか?私は」
「貴女が探偵助手であろうとも、どれだけ強かろうとも、ここに居るのはホグワーツ1年生のトモリ・フラメル。ならば教師には、生徒である貴女を守る義務が生じます。貴女が危険に首を突っ込もうとするならば、それを阻止し私達が代わりを担わなければなりません」
毅然と言い放つマクゴナガルに、トモリは眉を顰めた。
「私が人間でなくとも?」
「貴女がどんな存在かは存じ上げません。しかし例え貴女が人間だろうがゴーストだろうがホムンクルスだろうが私の生徒には変わりはありませんし、替えの効かない命であることに変わりはありません。だからこそ私は貴女を守ります。貴女が私の知らない場所で危ないことをしない限りは、我々教師は貴女の盾となりましょう。……だから、余計な探りはお辞めなさい。シャーロックに言わねばならぬことがあるなら、調べなければならないことがあるなら、それは私に言いなさい。そうすれば代わりに私がやりますから」
トモリの肩を強く掴んで話すマクゴナガルに、トモリは不思議な感覚を覚えた。シャーロックとの関係は、隣に立って同じ事件に挑む仲だ。それを怖いとは思わないし、むしろ嬉しいことである。しかしそれはそれとしても、こうして事件から遠ざけようとするマクゴナガルに対してどこか嬉しさを覚えている自分に気がついた。
「…………なら、ひとつ確認したいことがあります」
「なんでしょう」
「グリンゴッツに収められていた物が何かは知りません。……でも、これだけは私の中で仮説としてあります。" それ " は、今ホグワーツにありますよね?立ち入り禁止になっている場所に、恐らく教師が作った対策と共に」
トモリの推測に、マクゴナガルは驚いた表情を浮かべるも頷いた。
「誤魔化しても無駄ですね。その通りです。……ですがこれ以上の介入は許可できません。貴女はこれまでの実績を見るに、恐らく全力戦闘は限定的な時間でしか行えないのでしょう?そして普段の虚弱体質はその反動、あるいは戦闘に使用される魔力の温存の結果。違いますか?」
トモリの仮説を肯定したマクゴナガルだったが、その仮説に今度はトモリが驚く番だった。
(やっぱりこの人は相当切れ者、しかも多分私より頭が良い……!)
内心で警戒を高めるトモリに、マクゴナガルはそれを見透かしたのか優しげに微笑んだ。
「そう警戒したとて、貴女が規則を破らない限りは私は生徒の味方ですよ。……ホグワーツの警備は万全です。外部からの侵入は古代魔法の強力な結界も多く困難、狙うとしたら内部犯となり容疑者を絞ることが出来ます。そして我々教師陣が置いたトラップを解除できるのは、相応に知恵と力のある者のみ。貴女の情報を入れるとするならルーマニアで例のあの人と接触した可能性を持つ人間がいる、ということでルーマニアへの渡航歴から容疑者は更に絞られる。つまり、どう足掻いても犯人が見つかるのは時間の問題。貴女が全てを解決しなくとも解決可能なのです。なので今は、事件のことは念頭に入れつつもよく学び、よく楽しみ、友達を作りなさい。事件は終わっても人生は続くのですから、一生残る財産を蔑ろにすることがあってはなりません。良いですね?」
「…………はい」
トモリは、観念したように頷いた。ここまで言われて仕舞えば、納得する他はない。取り敢えずはシャーロックと情報を共有、事件の動き次第ではマクゴナガルを裏切ることにはなるが自分が出て戦う、それが良い立ち回りだろう。事件から遠ざけられたにも関わらず不思議と、マクゴナガルへの警戒は解けていた。