「なる、ほど……これは、また凄い階段だ 」
シャーロックは、流れ出る汗と全身への疲労を隠すように笑みを浮かべる。目の前を歩くともりは、息も切らさずに淡々と歩いている。
「余計なことを言っていれば、体力を余計に消耗しますよ? 」
ともりは振り返ると呆れたように言葉を投げる。シャーロックは、大丈夫だと言わんばかりに首を横に振った。
「大丈夫、問題ない。……いや、君という人は随分、体力があるじゃないか 」
「…………生憎私は、普通の人間じゃないので 」
「なるほど、それを教えるつもりは? 」
「ありません 」
「だろうね。了解 」
2人はそれから暫くの間、一言たりとも言葉を交わさなかった。ただ淡々と、歩き続けた。
◇
山の中腹に差し掛かると、ようやく大きな鳥居が見えた。幾つも連なっており、伏見稲荷のそれに比べれば遥かに劣るが、それでも生まれも育ちもイギリスなシャーロックから見れば、とても物珍しい光景だった。
「成程、これが鳥居というやつか……。遠くから見るのもいいが、近くで見れば中々に美しい。母国の建築とはまた違った良さがある 」
「恐縮です 」
シャーロックの惜しみない賛辞にとまりは礼を述べるが、相変わらずその態度は素っ気ない。ただ少しだけ、それも事件を通じて人間と深く関わってきたシャーロックには分かるといった程度、ともりのシャーロックに対する態度は柔らかくなっていた。
「それで、この先に神社があるんだろう? 」
「はい。……この先、進めば直ぐなので。行きましょう 」
「ああ。この先にある謎、知らずにはいられない 」
シャーロックは疲労を誤魔化すように笑みを浮かべ、ともりは呆れたように溜息を吐いた。
「…………ほんっと、変な人 」
鳥居を潜りながら登る階段は、どこか別世界への扉を潜っているような気持ちさえする。シャーロックは、未だに日本の主要都市にすら行ったことがないため、その印象は尚更だ。遠くで囀る鳥の声も、風に騒めく木々の声も、どれもこれもが何処にでもあるはずなのにシャーロックの全身を震わせる。
「どうか、なさいましたか? 」
「いいや? こうして歩いていると、何から何まで全部が、ファンタジーとすら思えてくるよ。未知の国で未知の神が住まう場所へ行く、言葉にするだけでワクワクが止まらないものだが、空想するのと実際に行くのとではやはり違う。日本では確か、" アンディのさ " だったかい? 」
「雲泥です。……雲と、泥では全く違うでしょう? 」
「ああ、そうか。確かに、アンディくんはボクがホグワーツに通っていた頃の親友だったんだ 」
「何故友達の名前を……? いや、語感は似ていますが 」
「いやー、最近会ってないんだよねアンディくん。グリフィンドール生は馬鹿が多かったが、彼はとても真面目で面白かった。今は書店に勤めていてね、偶に買い物に行けば会えるし話はしてるんだが、外で会おうとすると連絡しても都合つかないし断られるしさ 」
「嫌われているのでは? 」
「そんな筈はない。この前お茶に誘ったら『殺人現場は見たくありません』って返ってきたから、嫌われているのはボクじゃなくて、ボクと一緒にいるとよく遭遇する事件の方だ 」
「それ、死神扱いされてると思います 」
「そっかぁ……そりゃあ残念、アンディくんに今度日本で友達ができたと送っておこう 」
「私は友達だとは思いません 」
「誰も君とは言ってないじゃないか。ま、君のことは友達になれると思ってるけどね 」
「……うるさいですよ 」
ともりはただ、そっぽを向いた。
◇
歩いた先に見えたのは、広場とその奥の建物だ。恐らくは、ここは神社なのだろうとシャーロックは足を止める。
「ともり君。ここが、目的地で合っているかい? 」
「はい、そうです。……ここが日降神社、儀式は本殿の奥にある洞窟で行われますが、儀式の最終日、その洞窟が使用される時以外は何人たりとも入ることも見ることもできませんし、入れる日も、重要な数人しか入ることはできません 」
「君は、見たことはあるかい? 」
「いいえ。……儀式自体、私はまだ参加したことがありません 」
「……成程 」
シャーロックはそう聞くと、残念そうに肩を落とした。儀式が行われる場所、というものは分析すれば色々と分かるものがある。例えば、魔法が土地に刻まれている場合もあるし、場所が魔法を放つ力、即ち魔力を豊富に含んでいる、といった場合もある。だから調べられれば調べたかったのだが、調べられないならば仕方がない。
「……では、今回の本題へ参りましょう。この村の歴史上、実際に起こった惨劇を伝える2つの石碑、その場所へ 」
そう言うと、ともりは本殿のある正面ではなく右側の山中へと入っていく。小さな道は存在するがそれだけ、道のそばには崖がある。
「……ここは、墓地かい? 」
シャーロックは、右手方向に突如広がった光景を見て、目を丸くした。不揃いな形の石が立ち並ぶ、まさに墓場と呼ぶべき場所だった。そしてその奥には、一際大きな石がふたつ、隣り合って立っている。
「はい。この2つのうち、右側に建っているものは村ができてばかりの頃に、そして左側に建っているものは現村長のお父様、つまり先代が建てたものです 」
ともりの説明に、シャーロックは首を傾げる。
「へぇ、意外と新しいね。どんな事があったのか、聞いてもいいかい?」
ともりは、深刻そうな表情で頷くと、重々しく口を開いた。
「……この村が形成されたのは、遠く戦国の世の頃です。我らが祖先は、元来は甲斐国にあり、武田の家に仕える魔法使いをしておりました。しかし織田と徳川によって主家は滅亡、我らが先祖は追手から逃れ、多くの同胞を失いながらもこの場所へと辿り着き、この村に棲家を構えました。そして、2度と仲間を失わぬようにと生まれたものこそがこの村で行う儀式の正体であり、この石碑はこの村に来る際に失われた命を祀るための石碑となっております 」
シャーロックは、ともりの話を黙って聞いていた。シャーロックは日本の歴史については詳しい訳でないのだが、沢山の犠牲が生まれたことは想像に難くない。
「なるほど、もうひとつも聞いていいかい? 」
真剣な表情で尋ねるシャーロックに、話が始まる前までの楽しげな笑みはなかった。
「分かりました。……お話しましょう。再び起きてしまった、とある悲劇を 」
「………… 」
ともりは、先程よりも辛そうに表情を歪めた。
「シャーロックさん……いえ、イギリスの魔法使いに対して、あまり良い印象が無かったことは、分かりましたか? 」
「ああ、だけどこちらとしては直接的な関わりが分からない以上はなんとも言えないね 」
シャーロックは、ともりに尋ねられて何か確信を持って頷く。
「では、なんでこの話を今したと思いますか? 」
「それは当然、イギリス……もしくは、ヨーロッパの魔法使いが何かをやったんだ。そしてその事件にイギリス魔法界は関わっていた。そしてその事件の影響を受けた日本の誰かが、この村に惨劇を齎した。違うかい? 」
シャーロックの推測に、ともりは目を見開いて頷く。
「そう。……日本、それも九州に住んでいた魔法使いに、稲森望麿という男がいました。彼は選民思想の強い魔法使いで、しかも多くの戦力を抱えておりました。そして先代の時代、望麿は遠い異国で決起した闇の魔法使いに影響を受け、部下や日本にいる闇の魔法使いを率いて誅伐とは名ばかりの虐殺を開始しました。その対策として日本魔法省は九州の魔法使いを動員してこれを鎮圧に当たり、この村からも徴兵として数人の魔法使いが送り出されました。……望麿率いる反乱軍は筑紫平野で行われた戦争で敗走し望麿は捕らえられた後に死刑に処されました。しかし、この村から送った者達の多くが、そのまま帰らぬ人となったのです 」
「……なんと 」
シャーロックは、ただそう漏らすだけであった。ともりはそれを横目で見ると、話を続ける。
「当時、儀式は中断されていました。その先代、現村長の祖父に当たるお方の提言で、一度は儀式も中断為されていたのです。彼は海外へと積極的に赴きました。ちなみに、貴方を送り込んだアルバス・ダンブルドアと初めに交流したのは先先代ですから、貴方を送り込んだことには先先代が関わっているのではないか、と私は推測します……余計かも知れませんが 」
「いいや、ありがたい情報だ。……つまり、その望麿とかいう魔法使いの暴走で、その儀式は復活したということで良いんだね? 」
シャーロックの質問に、ともりは頷いた。
「はい。この儀式は、多くの問題を抱えていましたから。しかし、村と村人の安全のためには再び儀式に縋るしか無かったのです。……こんな田舎の村、魔法省は助けてなどくれませんから 」
「……そうか。この石碑、少しだけ清めていいかい? 」
「?……ええ、どうぞ 」
「感謝する 」
シャーロックは、腰から杖を引き抜いた。それを石碑に向け、魔法を放つ。
「『スコージファイ』」
そうすれば、たちまち石碑は汚れが取り払われ、かつての輝きを取り戻す。
「……これは、清めの呪文 」
「悪いね、簡単なもので 」
「いえ、ただ……見ず知らずの死者に、そういう態度を取れるのは少し意外だ、と。先程から似たような姿は見ている筈なんですが…………」
それに対して、シャーロックは苦笑いを浮かべる。
「よく言われる、問題ない。……ただ、これはボクの探偵としての流儀でね。ボクの探偵活動を容認してくれる時に父は言った。" 謎は愛せ、犠牲は愛すな " とね。ボクは探偵だから、当然見ず知らずの犠牲者とたくさん相対する。どんな人間であったのか、どうして死んだのか、誰が殺したのか、全てを白日の元に晒し、同時にその事情に向き合わなければならない。……だからこそ、ボクは探偵として人の死に、そして命に対して誠実でなければならない、それはボクが探偵として掲げる絶対条件だよ 」
「良いお父様なのですね 」
「ああ、今もピンピンしてるよ 」
「……不謹慎ですけど、こういう場合で出てくる身内、既に亡くなってる場合が多いですよね。お元気と聞いて安心しました 」
「ああ、分かるよその気持ち…… 」
シャーロックとともりの気持ちが、初めてひとつになった瞬間であった。
「……さあ、帰りましょう。帰りも長い階段ですから、早く帰らねば暗くなってしまいますし 」
石碑への黙祷も捧げたところで、ともりはそう言った。シャーロックは来た階段を思い浮かべ、顔を顰める。
「嫌だなぁ……。あの階段、長いしなんか段差キツいから 」
そう言いつつも歩き始める辺り、あまりゴネている時間はないことを理解しているのだろう。
「…………ああ、そうだった。あの、シャーロックさん 」
ともりは、ひとつ思い出したように言った。シャーロックは、不思議そうな表情でともりを見下ろす。
「なんだい? 」
「…………あの、着いてきてくれて、ありがとうございました 」
少し照れているのか、顔が見えないように頭をしっかりと下げている。
「こちらこそ、ありがとう。君がいなければ最初からつまづいていた。明日からも、お願いしても良いかい? 」
「……わかってますよ、どうせ村長からの仕事ですので 」
2人は、来る前よりも少しだけ距離を近づけて、歩き出した。それは体も、心も。心優しくも頭もおかしい名探偵と謎を持つ純粋な少女を、斜陽が照らしていた。
「ああ……。そうだ。望麿が影響を受けたっていう、外国の魔法使いって誰なんだい? 」
「ああ……それはですね 」
「グリンデルバルド。……本名で言うなら、ゲラート・グリンデルバルドです 」