激しい足の痛みと共に、シャーロックは目を覚ました。寝ぼけ眼で周囲を観察すれば、それは古めかしい木造建築の姿が目に映る。
(……昨日は、確か)
シャーロックは、布団から体を起こして記憶を掘り起こす。日降村という村でともり、という少女と出会い、村の悲劇について知った。そして足の痛みは、その過程で長い階段を往復したことによる筋肉痛だ。
(全く、少しの平和で鈍ったか?)
シャーロックは、階段の登り降り程度で根を上げる自身の体に呆れ果てる。少し前までは、どこぞの闇の魔法使いの臣下相手に罠を仕掛けて一網打尽、といったこともしたものだが、暫くそういう命懸けの戦いから離れていたものだから、それに応じて運動量は減っていた。
「……しかし、布団というのはどうにも合わん 」
シャーロックは普段ベッドを使うため敷布団は初めてであったため、少し寝不足のようなものを感じる。
「いや、仕方ない。…… " ゴボウにいってはゴボウに従え " とも言うしね 」
シャーロックは1人納得すると、痛みを堪えながら立ち上がる。正しくは、 " 郷に入っては郷に従え " である。この場には、切実にツッコミが必要であった。
◇
「おはようございます、昨日はかなり過酷だったかと思いますが、ご無事ですか? 」
服を着替え、どうしたものかと思い悩みながら部屋でゆっくりとしていた頃、ともりが朝食を運ぶ使用人と共にやってきた。
「やあ、おはよう。今朝から足がなかなか痛いよ。それに、敷布団はどうも慣れなくてね、中々寝れやしなかったよ 」
「申し訳ありません、この村にはベッドはございません。お客様用のベッドなど、生憎用意してなくて 」
「ああ、気にしないでくれ。ゴボウに入ってはゴボウに従え、という日本の言葉に倣うとするよ 」
「……いつから日本魔法界はゴボウの支配下に入ったんですか? 」
「違うのかい?……なら、ボウ? 」
「棒に従うってなんですか……? 形状的にそれはもうゴボウですよ。日本魔法界、闇の魔法使いどころか根菜類に屈したんですか? 昨夜の夕食にきんぴらが並んだ覚えがあるんで、恐らくは勝ってると思うのですが……。正確には、" 郷 " です。郷は読み方を変えれば、 " さと " になりますから 」
ともりは、呆れた様子ながらも律儀に突っ込む。7歳の口から根菜類というワードが出てくる辺り、年に似合わぬ教養の持ち主だとシャーロックは内心感嘆するが、それは表に出さない。あと、最初のミステリアス感が薄まりすぎてやいないか、とも思ったがそれも表には出さなかった。
「なるほど。やはり、日本の文化というものは難しくて面白い。我が一族でも日本研究に人生を賭けた輩は多かったが、最終的に『チェスト』なるものにハマって奇声を上げるようになった奴や陶器研究の果てに日本の陶芸家へ弟子入りして国を出た奴もいた。だが成程、魅せられるのも無理はない。昨日の神社建築も面白かったしね 」
「おだてても何も出ませんよ?……あと、なんですかその奇妙な一族。特に『チェスト』の人。薩摩隼人じゃないですか…… 」
「いやいや、ボクやボクの一族は未知のものが大好きでね。日本の文化は数ある未知の中のひとつでしかないが、未知であるという時点でボクらにとっては格好の研究対象なのさ。その結果『頭レイブンクロー』と言われてもそれはもう受け入れるしかないね。彼に関しては、一度脳内がどうなってるか知りたいよ 」
「本当に、訳の分からない一族です。……まあ、戯れはそこまでとして。今日から、儀式が始まります 」
シャーロックは、真剣な視線をともりに向けた。
「……確か、7日間期間があって7日目の夜が本番、だよね? 」
「ええ。……6日間の間には、なにやら加護が無くなるそうで悲劇が幾つか起こりうる、と聞きます。どういうことなのかは、私にもわかりません。ただ私は7日目の儀式に重要な役目を持っておりますので天も見逃してくださるかと思います。なので、今日以降は基本的に私と行動して貰います。7日目さえ終われば、恐らく貴方は無事に帰る事ができますから、少しの間我慢してください 」
「……ああ、ありがとう 」
シャーロックは、目を細めた。加護が無くなる、悲劇が起こりうる。つまり、6日間の間に悲劇が起きて、7日目に儀式を行い悲劇は終息する。
(なんとも、出来すぎた話だ)
「……この村の人に、話を聞きたい。いい場所はあるかい? 」
シャーロックが思案の末に出した言葉に、ともりは目を見開いた。
◇
シャーロックは、ともりの案内で村の一角へと来ていた。周囲を見れば、食物から魔道具らしきアイテムまで様々な物を取り扱う露店街だ。
「へぇ、こんなところに露店があるとは。確かに山奥の村だから、外への移動は大変だろうしね 」
シャーロックは興味津々な様子で周囲を見回し、ともりは呆れた表情でコートの裾を掴む。
「……ほら、それは聞き込む時に 」
「ああ、ついでに見ていくとしよう。……さあ相棒、行こうか 」
「いつ私が相棒になったんです? 」
「さあ? 」
「…………はぁ 」
シャーロックは気分が良いのか、筋肉痛とは思えないほど軽やかな足取りで近くの店へと近づいてゆくのを、ともりは呆れた様子で追いかけた。
「やあ、初めましてお嬢さん。私はイギリスから来た、シャーロック・レイブンクローというしがない研究者でして。少し、お話を聞いてもいいかな? 」
「初手からナンパが探偵のやり方ですか? ……おはようございます、八重子さん 」
そう声をかけたのは、八重子と呼ばれた着物に身を包んだ若い女性だ。店先には野菜や果物が並び、そこが八百屋だと分かる。
「あら、ともりちゃん。それにシャーロックさん?も初めまして。藤山八重子、と申します。……それで、わたしに聞きたいことって何ですか? 」
突然の来訪者に八重子が首を傾げる。
「ああ、儀式について。今日が1日目なんだろう? 」
シャーロックが言うと、八重子は困ったような表情を浮かべた。
「ごめんなさい。儀式のことは、全然知らないんですよね。儀式の7日間は気を付けないといけない、とは聞いたんですけど 」
「……あー、成程。ありがとうございます。では違う質問なのですが」
シャーロックは残念そうに眉を下げながら礼を言うと、次の質問を飛ばそうと口を動かす。その脳内に、ひとつの仮説を浮かばせながら。
「おや、八重子。そこの人は? 」
そこへ、しわがれた声が届いた。シャーロックが視線を向けると、そこには腰は曲がり、頭髪はまるで雪が降っているかのような白髪をした、もう100はあろうか、というほどの老婆がそこにいた。
「あれ? おばあちゃん、どうして? 」
「ああ、お婆様でしたか。私はシャーロック・レイブンクロー。イギリスから参った研究者ですよ。この村の儀式について、お聞きしたいのですが 」
「儂はこの子とは血縁じゃあないよ。……儀式の話かい。話せることなんて多くないよ? 」
「話せる所だけでも、お願いします 」
「……そうかい。少しばかり長くなるから、心して聴きなさい 」
そうして、老婆は話し始めた。
「どうでした?聞き込みの成果。随分と遅かったですが 」
ともりが、シャーロックを見上げて尋ねた。シャーロックは笑みを浮かべて頷いた。
「それなり、ってところだね。彼女は儀式については知らない。その他に、特別な情報を持っているわけでもなかった。つまりあの人は全くの無関係だよ。彼女のお婆さんとならば、良い話ができたとも 」
「ああ、あのお婆さんですか。……とはいえ、八重子さん本人への聞き込みは無駄でしたね 」
「いや、無駄ではないさ。ボクはある仮説を立てていてね。……ああそうだ、何かが起きた時に身元の特定ができるようにしたいんだが、村人に関して記録はあったりするかい? 」
「はい。……村の人間は全て、戸籍を書によって管理されています。出生記録などもありますね 」
「それはありがたい情報だ。じゃあ、その記録を持ち出して欲しいんだが、頼めるかい? 」
「無理です。村の人々の安全を脅かしかねない重要な情報ですから、持ち出せば罪に問われます。なので持ち出したりしたらダメです 」
「……そうか、ならば諦めよう 」
「そうですか。止めましたからね 」
どう見ても諦めていない表情のシャーロックに、ともりは大きな溜息を吐いた。
「ああ、そうだ。八重子さんにはお婆さんがいてね、その人とも話して来たんだが、興味深い話を聞いたんだ。……君は知ってるかい? この村で起きた、奇妙な人口爆発を 」
ともりは、首を傾げた。その様子にシャーロックは、目を僅かに見開いた。
「……人口爆発、ですか? 」
「ああ、そうだ。望麿の起こした戦いで、村は標的のひとつだったんだ。望麿の勢力は村に踏み入ることなく壊滅したが、村からは多くの人間が戦場に出て、村の人口は大幅に減ったんだ。何故なら、村の人間は望麿が信仰するグリンデルバルドの宿敵、ダンブルドアと繋がっていたのだから。当時の村長は周囲の魔法族を説得し、多くの者をダンブルドア陣営に付かせた。だからこそ狙われたし、ダンブルドア側だと分かっていた日本魔法省は村から多くの人間を徴兵した。その結果として村から送られた戦士は殆ど全滅という目にあったんだ。でも、その数年後にどこからともなく現れた大量の人間が村に住み着き、村は大きく発展したのだとか。あのヴラドという男を村で見かけるようになったのは、その少し前からだという 」
「それは、不自然ですね 」
「そう、八重子さんのお婆さんも不思議がってたよ。……それで、ひとつ重大な問題が浮上するんだよ 」
「なんです? 」
「その大量移住の年に、儀式は再開されたんだ。5人の若い女性の犠牲と引き換えに儀式は行われた。儀式は思い通りにはならならずに多くの死人を出したとのことだ。……しかしその後に、また大量の人口が追加された。そして、今年は成功できるかもしれないそうだ 」
「……できる、とは何がですか? 」
「それは話してくれなかった。どうやら、その話を漏らすのは良くないらしい。……もっとも、君なら何か知っているんだろうがね 」
シャーロックの視線から逃れるようにともりは目を逸らした。
「……なんのことだか 」
ともりの反応に、シャーロックは満面の笑みを浮かべる。
「君には何度か開心術を掛けたものだが、その全てが防がれた。それに、度々君は目を逸らして目を合わせないようにもしている。つまり、君は閉心術が使えて、尚且つ君には閉心術を学ぶ必要があったことが分かる。恐らくだが、それだけの重大な情報を握っているということだろうね。さっきの八重子さんに関しての推測もそれだよ。君という存在の重要性、というものを考えていたんだ。この後も手当たり次第に聞き込みをしていくが、推測は恐らく当たりだろうね。……それと、儀式に成功、失敗があるということは魔法を行使して何かしら外部から力を持ち込むものだろうね。例えば使い魔や降霊術のような、ね 」
「へ、へぇ…… 」
ともりは、引き攣った表情で相槌を打つ。
「まあ良いか。歴史的な側面を深掘りにできた、というのは大きな前進だ。さあ、次の聞き込みへ行こうか 」
そう言って歩き出す背中を、ともりは険しい表情で見つめていた。