シャーロックとともりは、夕暮れの道を歩いていた。1日目ももう終わるが、この日は1日を村を巡っての聞き込みに奔走していたのだ。
「……駄目でしたね 」
ともりが、ポツリとつぶやいた。しかしその表情に、落胆はない。
「分かっていただろうに。白々しいね君は。……ま、八百屋のお婆さんの話は有益だったし良いだろう。しかし、儀式そのものは知られていても内容自体は意外と知られていなかったね。開心術も掛けたし、間違いなかった 」
シャーロックは少し残念そうに言った。だがしかしその瞳は、まるで良いおもちゃを見つけた子供のように煌めいている。
「それで、今後の方針は? 」
「兎に角調べるだけだ。その上で、君の力を借りたいんだよ、どうしても 」
「内容次第ですが、なんですか? 」
「……儀式に関する資料を探して欲しいんだ 」
「一応聞いておきますが、どのくらいですか? 」
「当然、ありったけだとも 」
「ですよね、分かってました 」
ともりはげんなりとした様子で肩を落とし、シャーロックは笑いながら肩を叩く。
「理解力が高くて何よりだ 」
「私としては、こんな変わり者のことをここまで短期間で理解できるとは思わなかったです。ほんと、この脳はいい性能してますよ 」
あからさまに不満げな様子のともりに対して、シャーロックは上機嫌であった。
「それはそうだ。レイブンクローの頭脳なんて、常人には付いてこれない天才の頭脳だとも。会話が成り立つ君の頭脳は、まさに相棒に相応しい天才的な頭脳だよ 」
「…………お褒めに預かり恐縮です。あと相棒じゃありません 」
「ああ、だから資料を持ってきてくれ 」
「無視ですか。まあ、はい。できるものだけですよ、全くもう…… 」
ともりは、嫌そうな表情をしながらも了承した。
(諦めたな)
シャーロックは、ともりの表情から自身の説得を諦めているのだろうと推測し、その諦めに乗っかることにする。
「助かるよ。ああでも、君が危険な目に遭うようなことはしないでくれ給えよ? 糸口が無くなるし、個人的にも望んではいない 」
「分かってます。そんな義理はありませんし儀式がありますから 」
シャーロックの忠告に間髪入れずに答えるともりに、シャーロックは肩をすくめた。
「全くつれないな……。ボクはこれでも学生時代からかなりモテたんだがね 」
「家柄ですか? 」
「即答だな。それもあるが、この顔は悪くないだろう? 」
ともりの眼前に、シャーロックの顔が大きく映る。その顔は確かに、よか整っているとしか言いようがない。しかしともりは、小さくため息を吐いた。
「……まあ、悪い顔では無いと思います。ただ、好みではないです 」
「そりゃあ残念。……話を変えると資料なんだが、どんなものなら持って来れそうかい? 」
真剣な表情に戻ったシャーロックの質問に、ともりは首を傾げた。
「……そうですね、祭りの記録などもありますが、その辺りは持ち出し厳禁なので。神社の資料くらいなら持って来れると思います 」
ともりの回答に、シャーロックは笑みを浮かべた。
「そりゃあ良い、会場となる神社で信仰されているものについて知りたい。こういうのは、場所が大きく影響されてるだろうからね 」
その言葉に、ともりは小さく頷いた。
「分かりました、持ってきます。……ただ、ひとつだけ良いですか? 」
ともりは、真剣な表情でシャーロックを見上げた。
「……どうした? 」
シャーロックもまた、表情を引き締める。
「儀式の内容を探るのは構いません。しかし、是非については問わないで下さい。……少なくともイギリス魔法界の人間である貴方に、ダンブルドアの手先である貴方に、儀式の是非を論じる資格なんて、ありませんから 」
「そうか 」
ともりの目には、怒りがあった。シャーロックはそれに、短く返答する。肯定も否定もしない、曖昧な返事だった。
◇
「と、いうことです。……その為、神社の記録を貸して頂きたく思います」
「ああああ、行けませぬともり様!! 巫女様がそのような真似を……!! 」
ともりが頭を下げると、神社の神主である老人、日村織広は慌ててともりを制した。対するともりは、特に反論も不満もなく頭を上げると、織広へと指示を出した。
「ならば、遠慮なく。お借りしたいのは、原文の方とくずし字の辞典なのですが…… 」
織広は、ともりの希望に頷いた。
「承知致しました。……しかし、あのシャーロックという男は信頼できるのですか? 」
織広の疑問に、ともりは苦々しい表情を浮かべた。
「分かりませんよ、そんなの。……でも、もしも儀式を私の代で止めることができるならば、それを見つけられるのはあの人だけだと思います 」
はっきりと言い切ったともりに、織広は神妙な表情で頷いた。
「……申し訳ありません、ともり様 」
「気にしないでください。これも村の生存のため。……この儀式の為に、私は生まれてきたのですから 」
ともりはそう言うと、悲しげに笑った。
◇
月明かりが照らす庭の池を、シャーロックはひとり静かに眺めていた。池に泳ぐ錦鯉が、度々波紋を立てる。それを見つめるシャーロックの脳内には、激しく思考が渦巻いていた。
(おそらく、村が大きな被害を受けた時にあのジジイは救援を遣さなかった。味方に付けて置きながら、その味方を切り捨てたんだろう。あのジジイは、善人だがそれが出来る人間だ。あの
シャーロックは項垂れてため息を吐き、ついでに帰ったらダンブルドアを殴ろうと決意した。真実はどうあれ、自身の陣営に貢献した味方を見捨てた上に、後の時代となっても自ら赴くことなく、第三者に情報も回さずに遣したのはあまりに不誠実であるとシャーロックは思った。
「良い夜だな、シャーロック・レイブンクロー 」
そこに、見覚えのある顔が声を掛けた。人口増大に関わっていると思われるルーマニアの魔法使い。
「君は……確かヴラド、だったね。ヴラドといえばワラキアの串刺し公が有名だが、その名を騙るとはどういう了見だい? 」
シャーロックの探るような視線に、ヴラドは笑みを浮かべる。
「大義のために血を流す、それだけの話である。……君の主人と同じであろう? 」
「生憎、ボクはあの碌でなしの犬ではなくてね。ボクはボクの好奇心の赴くままに動くのさ。今回は、儀式に好奇心をくすぐられただけだ 」
「バカであるな、貴様は 」
「何とでもいい給え。ロマンのない人生など死んだも同然だ 」
「バカに説教は聞かぬか。……では聞くが、この件から手を引くという選択肢は? 」
「愚問だね。儀式の是非を語る資格は無いらしいが、真実を知る権利はある 」
「では、問おう。貴様はこの儀式、どう見る? 」
「生存戦略 」
シャーロックの答えに、ヴラドは目を見開いた。
「ほう、その根拠は? 」
「村人からの不信感、神社の石碑、そして相棒の怒り。ダンブルドアのジジイは理由がなんであれこの村を救わず、だからこそ君の力を頼りに儀式を復活させた。そしてその儀式は、村を救う最大の手立てだった。例えそれが、犠牲を伴うものだとしても。違うかい? 」
ヴラドは、シャーロックの推測に笑みを浮かべる。
「さあ、どうだろうな? しかし、この村で昔からやっていた儀式になぜ私の力が? 」
ヴラドの試すような視線に、シャーロックは肩をすくめる。
「そこはまだ分かっていないよ。推測はできるが、確実性に欠ける 」
「ほう、ではその推測は? 」
「安易に話すものじゃない 」
シャーロックの返答に、ヴラドは立ち上がる。
「これ以上の問答は不要か。……いいな? シャーロック・レイブンクロー。貴様があの小娘を想うならば、安易に手を出すべきではない。これは、善悪という二元論で語るにはあまりに難解な話なのだ 」
「分かっているとも。でもボクは、真実へと手を伸ばす 」
「なぜ? 」
「決まっているだろう? ……ボクが、シャーロック・レイブンクローであるからさ 」
◇
部屋に戻れば、そこには2冊の本が置かれていた。ひとつはボロボロの表紙に『日降神社記録』と、もう1冊は現代のものと思われる表紙に『くずし字辞典 』とある。『日降神社記録』の方を開けば、そこにはまるで芋虫が如き形の文字がならんでいる。どうやら、シャーロックが居ない間にともりが来たらしい。シャーロックは、険しい表情で2冊の本を手に取った。
「参ったな……。日本語自体は読めるが、古文書は流石に読めん 」
とはいえ、『くずし字辞典』を開けばそこには古文書の文字の意味が説明されていた。つまり、解読が必要だが可能だということだ。
「この記録は、大きな一歩になる。そしてその為には、辞書を見ながら解読しろ、ということか。……いいね、面白い 」
シャーロックの胸に、真実に手を掛けたワクワクが去来した。
「きゃあああああああああああああ!!!! 」
鋭い悲鳴が、聞こえるまでは。
「始まったか 」
シャーロックは、冷静に呟いた。悲鳴が示すのは、恐らく犠牲者が出たということ。のんびりとしていた意識を頬を叩いて覚醒させると、防寒のコートを身に纏い部屋を出る。
「シャーロックさん! 」
そこへともりが、小走りでやってきた。どうやら、シャーロックに事態を知らせに来たらしい。シャーロックはともりを見て、その小さな体を抱き上げた。
「緊急だ、失礼! 」
「何を!? 」
「着物じゃあ走りにくいだろう!それでは間に合わない!! 」
「……! 分かりました 」
シャーロックはともりの抗議に真剣な表情で答える。ともりの普段着は和服、下も袴ではないため、走るのは洋服と比べて圧倒的に不利なのである。それが分かっているのか、ともりは嫌そうな表情をしつつもシャーロックの腕の中で大人しくなる。
「相変わらず、物分かりが良くて何よりだ!! 」
シャーロックは体に鞭打つと、悲鳴が起きた方向へと走り始めた。
「はあ……はあ……はあ……全く、ボクは運動が……嫌いなんだ 」
人だかりができた村の一角にある森の入り口、その後ろでシャーロックは息を整える。ともりは、流石に運んで貰ったからか何も言わない。
「さて、君はここで待っていろ 」
シャーロックの指示に、ともりは首を傾げた。
「何故ですか? わざわざ連れてきたのに 」
「子供に態々人の遺体を見せるような真似はしないさ。君を連れてきたのは、いざという時に手伝ってもらう為だ 」
シャーロックは早口でともりにそう伝えると、人の波に突っ込んだ。
「すまない、通してくれ!」
そう叫びながら人を掻き分け、最前列に出る。漂ってくる不快な血の匂いに顔を顰めながらも前に進み、それを見た。
藤山八重子。シャーロックが話を聞いた村人の1人であるその女性が、村外れの森の中で、血を流して倒れていた。服を剥ぎ取られ、肌が全て露出しているが、その肌は蒼白で生気を感じない。シャーロックが脈を測れば、脈は当然に無かった。死亡は、確定した。そのまま流れるように見ると、下腹部に包丁を突き立てられて、目を見開いたままに死んでいた。
儀式の内容自体はもう分かってる人多そう……