レイブンクロー探偵と魔法事件簿   作:黒雲涼夜

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取引

 シャーロックが手始めに、無言で失神呪文を放つ。それを鬼彦は自身の杖で弾くと、緑色の閃光を放った。対するシャーロックは、浮遊呪文で地面の石を持ち上げるとそれをぶつけて防ぐ。

「随分とお行儀が悪いんじゃあないかね? 馬鹿のひとつ覚えのような『死の呪文』とは、育ちを疑うよ」

「ナントデモイエ……!ワタシハカゲ、アルジノテキヲハイジョスル!!」

鬼彦が杖を振るい、シャーロックの放った『武装解除呪文』に庭の樹木をぶつけて防ぐ。その木が爆散するが、その間を縫って『失神呪文』が飛来、鬼彦は慌てて撃ち落とす。

「《アグアメンティ》」

詠唱が聞こえ、鬼彦が『盾の呪文』を眼前に展開するが、シャーロックの放った呪文から生まれた水は、鬼彦の足元を濡らす。

「そおれ追加だ、《グレイシアス」

シャーロックの余裕ある声と共に放たれた呪文が、鬼彦の足元を濡らしていた水を凍り付かせる。

「シマッタ……!」

滑って転びそうになり咄嗟に踏ん張るが、それによりシャーロックの行動への対応が思わず遅れた。シャーロックの放った『武装解除呪文』が杖を跳ね飛ばす。

「《フリペンド》」

そして追撃の魔法を受けて、鬼彦は盛大に吹き飛ばされて庭を転がった。

「オノレ…… 」

シャーロックを睨みつける鬼彦に対し、シャーロックは飄々とした態度を示す。

「実を言うとボクは決闘が大の苦手でね。学生時代から学問ではピカイチだったが実技がどん底だった。真っ向からの撃ち合いでは負けしか無かった。困りに困った挙句、ボクはプライドを捨てて知り合いを頼ることにした。フィリウス・フリットウィックというボクが尊敬するお方にね。すると彼はこう言った、『君は知恵に優れているのだから、相手の動きを予測してコントロールしてしまえば良いのです』とね。ボクは大変感銘を受けたものさ。さて君は今、杖を動かそうとして予め撃たれた呪文に自ら当たりに行った。即ち、君はボクの掌の上で転がされ、自滅したということなのさ。ねぇ、今どんな気持ちか教えてくれるかな? 」

「……キサマァ!! 」

怒りに震える鬼彦が懐に手を入れると、そこからもう一本の杖を取り出す。

「やはり持っているか。想定内だよ 」

「『アバダケタブラ』!!』

「『エクスペリアームズ』」

両者の放つ閃光が、空中で激突した。

 

 破壊の音を耳に収め、ともりは勢いよく背後を振り返る。この状況で戦闘を始めるとしたら、それは1人しか居ない。

「……シャーロックさん 」

ともりは、胸元でぎゅっと手を握り締める。

 いつの間にか、絆されていた。あからさまに怪しげだし、事件は大好きな変人だし、自分の正体を勝手に特定するし、生きてきた世界の違う余所者。それなのに、いつの間にか大切になってしまった。

(……私は、もう長くないのに)

ともり、という人形はもうすぐ死ぬ。それはともりも知っていたし覚悟もしていた。闇の魔法使いから、この国の人々を守る為の人柱。それはきっと、この世界には必要なもの。なのに

「私……死にたくないのかな 」

ポツリ、と呟く。彼の博物館を見た時、初めて広い世界を視界に収めた。それはなんとも眩しくて、まるで人のように憧れを抱いた。

 

「それはならんぞ、ともり 」

背後から聞こえた声が、ともりを現実に引き戻す。

「……村長、私は 」

立っていたのは、村長だ。

「どうした、儂がお前の願いを聞き届けるとでも思ったか?儂は、人形なぞに情は割かん 」

ともりの苦悩に、村長は淡々とした様子で答える。ともりは、知っていた筈の言葉にどこか落胆を覚える。

「あの人は私の正体を知りました。……それでも、私を人間のように見てくれました 」

「だからなんだというのだ。儂は、どのような手を使ってでもこの村を守る義務がある。その為に作らせた人形に、情を移して何になる?」

村長の顔を見れば、そこにあったのは覚悟を決めた顔だった。どこか悲壮感を漂わせ、それでも強く前を見ていた。

「村長は……私達を切り捨てて、村人を救う道を選んだのですね 」

「その通りだ。人形を殺し人間を救う。例えそれが、狂気の道であろうとも。それこそが、儂が選んだ正義なのだ 」

村長の言葉に、ともりは理解したと示すように頷いた。

 

 

「あの……私が、シャーロックさんを助けて欲しいと言ったら? 」

ともりは、少しの沈黙の後にそう尋ねる。

「ならば、儀式から逃げるな。……儀式から逃げても、儀式の為に作られたお前の体はもう持たん。じわじわと死に向かうだけだ。それでも良いかも知れぬが、こちらとしては今までの犠牲に意味を与えられぬから、困るのだ。丁度今、ヴラドとその手勢を奴に向けて放った。もしもお前が儀式を受け入れるのであれば、お前をここで通し、この先お前が消えた後あの男を無事に村から出すことができる。……さあ、どうする?」

 

「やります。……私は、あの変人に、どうしようもなく惹かれてしまったらしいですから」

ともりは、自嘲するかのように笑った。それを見て村長は鼻を鳴らすと、背を向けて歩き出す。

 

「ふん……。よかろう、交渉成立だ。儂の名を出しても構わん、止めてこい 」

 

「はい!……ああ、最後に聞いても良いですか?」

「なんだ 」

 

「貴方は、私達を殺すことに罪悪感を持ってくれるんですね 」

村長は、その言葉に足を止める。そして振り返ることなく、吐き捨てるように言った。

 

「……所詮は人形、馬鹿なことを。儂に、それを思う資格があると思うな 」

 

去ってゆく村長の後ろ姿を目で追うこともせず、ともりは駆け出した。

 

 閃光が弾けた。シャーロックと鬼彦の戦いは、依然としてシャーロック優勢に進んでいた。鬼彦から奪った杖は、自身の杖と比べれば大した威力を持たないけれど、それでも杖の2本持ちは大きな効果を持つ。シャーロックのような、頭脳明晰な人間であれば2つの杖を同時並行で扱うなど造作もなく、それ故に鬼彦はシャーロックの猛攻に防戦一方であった。

「いやはや……! 冷静さを取り戻されると、なかなかに強いね君は!まさか、杖2本を相手にここまで持ち堪えるか!! 」

「キサマノツヨサ、タイシタモノダ。クフウニヨッテココマデツヨサヲソコアゲシタマホウツカイハ、ハジメテミタゾ 」

「……君は強い! 名のある死喰い人とも戦えるほどの強さだ!!なのに何故、この村の儀式に加担する!! 」

「ゼッタイテキナチカラジャナイ。ダレモサカラエナイ、ムテキノチカラヲテニスレバ、アラソイヲオサメルコトガデキル!!」

「何が君の力への欲を刺激するんだ!」

「グリンデルバルド、イタ。ヴォルデモート、イタ。ツギハ、ダレ? ソレダケジャナイ……ワタシノアネ、ギシキノタメニシンダ。コンドコソセイコウシナケレバ、アネノシハムダニナル!ソンナコト、サセナイ」

「そういうことか……! 」

シャーロックは、鬼彦の理由に言い返さない。どちらも、イギリス魔法界と関わりの深い話であったからだ。ヴォルデモートに至っては、自分も戦いに加わり、そして仕留め損なっている。

 

「……ッ!」

シャーロックが側面に『盾の呪文』を使うと、勢いよく突撃した鎧の騎士が、剣を叩きつけた。

「ヴラド…… 」

興が削がれた、といった様子で下手人を睨む鬼彦に、騎士を操る張本人、

「何をしている山城鬼彦。手早く片付けろと言われた筈だ 」

「ジャマスルナ、ヒキコモリ 」

「黙っていろ穀潰しめ。この私が片付ける。……虚鋼騎士よ!!」

ヴラドは鬼彦に悪態を吐くと、背後の騎士に号令を掛ける。騎士達が

 

「成程、やはり君は錬金術師か。その騎士達、鉄から形を作り上げ、動作は君の手動か。ニコラス・フラメルには劣るが凄いじゃあないか 」

シャーロックは、ここぞとばかりに煽りを入れる。

「自動人形は素材に金が掛かる。私兵に村は金を惜しんだ 」

ヴラドの淡々とした返しに、シャーロックは意地の悪い笑みを浮かべる。

「へえ、それでよく従っているものだ。裏切ろうとは思わないのかい?」

「貴様には私の崇高な理念など分からんだろうが、器が満たされることこそが私の願い、邪魔はしないで貰おうか 」

「それは、何とも言えないね。あの子に、願望器でも見出したのかい?」

「うむ、その通りである。人間の矮小な願望などいとも簡単に叶えられる、それ程に強力な存在の力を受け取るのがかの儀式。だからこそ、私はこの村に留まり研究を続けている 」

「へぇ。あの『太陽を降ろす』儀式に、そんな力が 」

これで、儀式の内容はおおまかに、ではあるが絞ることが出来た。後は、詳細を詰めるだけである。

 シャーロックは、『爆破呪文』で騎士を1体爆散させると、ヴラドに向けて『失神呪文』を放つ。だが、それは騎士が大きな盾により防ぐ。しかし鬼彦の『武装解除呪文』が横から放たれ、鬼彦から奪った杖を取り返される。

「いやぁ、不味いね 」

四方は敵、自身は1人。絶体絶命でも、シャーロックは笑っていた。

「行け 」

ヴラドの指示と共に、剣を構えた1体の騎士がシャーロックに迫る。そしてその騎士は、空から飛び蹴りを放った小さな影によって、胴体を砕かれ沈黙した。そしてその影は地面に着地すると、軽やかに飛び出す。

「やぁ!! 」

気合いの声と共に放った拳が騎士の顔面を吹き飛ばし、その胴体に着地して飛び上がると別の騎士の頭を踵落としで叩き潰す。そしてその騎士を足場に、シャーロックの目の前に降り立った。

「やぁやぁともり君、ナイスタイミングだよ 」

シャーロックに笑いかけられ、影の正体であるともりはため息を吐く。

「……鉄の兵士を壊したことには無反応なんですね 」

「うわー、すごーい、なんでー 」

「もう良いです、態とらしいの止めてください 」

額を押さえ、げんなりとした表情でともりは言う。

「いやいや、力を求めて儀式をしてるのに器が弱ければ話にならないだろう? 」

「……まあ、確かに、はい 」

シャーロックの理屈に、ともりは微妙な表情で頷く。

 

「トモリ……ドケ。コイツヲコロス 」

「その話なんですが、村長と取引しました。儀式からは逃げないので、その代わり今後一切の手出しは無用です。なんなら、今から本人に確認してください。それがダメなら、私も彼に加勢します」

ともりを睨む鬼彦だが、ともりはきっぱりとそれを拒絶する。ヴラドは、すぐに踵を返した。

「おや、諦めるのかい? 」

「たわけ、村長への確認だ。もしも貴様の言葉が真実でないのなら、また殺せば良い 」

「……フン」

鬼彦もまた、不機嫌そうに鼻を鳴らすと去ってゆく。そして、2人がその場に残された。

 

「いやぁ、助かったよともり君。ありがとうね 」

「いえ。……ですが、大丈夫だったんですか?」

「まあ、やりようはあったよ。逃げれば良いし、どうせ君が助けに来てくれるだろうと思ったから」

「はあ……」

ともりは、呆れた様子でため息を吐く。

「君をどうにかする手は検討中だから、君を切り捨てようとは思っていないから安心してくれたまえよ。……ああ、そうだ。一応の確認なんだけど、ヴラドの研究所は何処だい?」

「分かりません。……ただ、もしかしたら本邸内にある彼の部屋に何か仕掛けがあるかもしれませんが。まあ、その場合は私も庇ってやらないので辞めて下さいよ?」

「分かっているよ。さあて、どうしようか」

何かを企んでいるような、悪戯っぽい笑みを浮かべてシャーロックは思考をめぐらせる。逆転の発想を求めて。ともりは、頭が痛いというように額を押さえた。

 

3日目の後、4日目、5日目の早朝までは何も起きなかった。精々4日目の夜に村長に食事に招かれ、ヴォルデモートによる事件の話を当たり障りなく話しただけであり、それも特筆すべきことでも無かった。そして事態が動いたのは、5日目、午前中。シャーロックはそれまで同様に、古文書の解読を行っていたのだが、そんな折にともりが現れた。

「シャーロックさん。村にある川、澄目川はご存知ですか?」

「ふむ、それが?」

シャーロックは、知らないと首を横に振る。

「河岸で見つかりました。3人目です」

ともりの言葉に、シャーロックは勢いよく立ち上がった。

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