レイブンクロー探偵と魔法事件簿   作:黒雲涼夜

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さよなら

 シャーロックとともりの2人が川へ向かうと、そこには遠巻きに何かを見る人々が居た。

「やはり、噂が流れるのは早いな。そして、死体発見に群がる見物人というのは何も知らない村人であっても、狂気だろう」

「……そんなものですよ、この村は。ずっとずっと、犠牲の上に立って生きてきた村ですから」

ともりの言葉に、シャーロックは頷く。

「だろうね。鬼彦の姉もまた、儀式で死んだと言っていた。儀式は、頻繁に行われていたんだろう?」

「いいえ、正確には下準備です。……読ませる本、足りなかったかもですね。ご用意しておきます」

「へえ、あるのかい?」

「はい。儀式と直接関係ありませんが。日本神話とか、伝承とか、そういう話は知っておくと解きやすいかもと思ったんです。……ああ、それと」

ともりは、紙束をシャーロックに渡す。

「これは……取ってきてくれたのかい?」

「はい。これまでの犠牲者の親族から取ってきた、証言です。貴方が解読で忙しくしている間に、いろいろ聞いてきました。実行犯になり得る人間なんてそう居ないですけど、まあ被害者の行動くらいは分かると思います」

シャーロックは笑みを浮かべてそれを受け取ると、懐に仕舞い込む。

「ありがとう、貴重な資料だ。……さて、行こうか」

 

 川岸に倒れていたのは、またもや全裸の若い女性だ。当然、下腹部には刃物が刺さっている。髪も含めて全身が濡れていることから、水に浸かったことが推測される。河原は石が多いが、全身は綺麗なままだ。表情は苦悶に歪んでおり、相当な苦痛の中で死亡したことが伺える。そこから導き出せる手は、人体を浮かせ空中で水塊に閉じ込め、そのまま溺死させるという手間のかかるやり方だ。

「……ふむ、恐らくは水死だね。この殺されたのは?」

「ええと、園田千種さん22歳。村で小さな料理屋をしていました」

「へぇ……。人格は?」

「かなり穏やかな人だったかと。……そうですね、特に怨みを買うようなことは知りません」

「ふぅむ……」

「資料集めて、退散するんでしょ?……そろそろ、最終日でやる宴の準備で忙しいでしょうが、村に貴方がいる以上は村長達は動き出さずには居られないと思います」

「へぇ、宴をやるのかい?」

「はい。洞窟の入り口を塞いで、その前で唄い踊るんです。だからこそ、儀式が失敗すれば死者が出る」

「確かに、人が密集していればそうなるだろう。だが、その宴は重要なのかい?」

その疑問に、ともりは気まずげに目を逸らした。

「……はい。すみません、さっき言った神話の本、すぐ持ってきますので」

ともりの様子からして、かなり有名な話らしい。そしてともりの言い方を分析すれば、儀式は神話をなぞって進行するようだ。

「……神話のなぞり、ということかい?」

「犠牲者については、よく分かりません。……ただ、儀式本体は正しく神話の話にあるものの模倣です」

シャーロックは、顎に手を当てて考える。

 

「はい。証言の方は任せてください」

シャーロックの決定に、ともりは頷いた。

「まったく、出来たばかりだが相棒というのは頼もしいね」

「そうですか、それは良かったです」

シャーロックは目を見開くと、嬉しそうに笑った。初めて、相棒と呼んでも否定をされなかったのだ。

 

(……全く、ボクは思ったよりも彼女を好ましく思っているらしい)

去ってゆくともりの後ろ姿を見送りながら、シャーロックはそう思った。

 

 「藤山八重子、新島琴葉、そして園田千種。どれも名前に植物の要素があるが、これにはどんな意味があるのだろうか……」

ともりによる再現写真と2つの事件の現場写真、そしてともりに貰った証言の資料を見ながら思考を巡らせている時、ふとそれを思った。

「それについては、こちらを」

ともりが差し出した本は、比較的新しいものだ。それは、神話や伝承の本。シャーロックにはなんとなく分かった。これは、儀式の謎を解く上で重大なものだと。

「ありがとう。……あの古文書、まわりくどくてなんとなくしか分からなかったからね。これでやっと、あの内容を理解できる」

「……すみません、気が回らなくて」

「いやいや、十分だ。気にしないでくれ」

ともりが眉を下げて言うが、シャーロックはそれを手で制した。

「分かりました。……なら、私は園田さんの関係者にお話を聞いてきます」

「了解、頼むよ。……ボクは、ここでこの本を読んでいるから」

そう言って、2人は行動を開始した。

 

「……成程ね。大体分かった」

シャーロックは、絞り出すように言った。その瞳には、確かな怒りが宿っている。彼の優れた頭脳は、この村で起きた事件の8割を、この時点で看破したのだ。だからこそ、シャーロックの腑は煮えくり返りそうであった。

「馬鹿な奴らだ。……幾らなんでも、犯してはならん領域すらも理解できんのか」

顔を手で覆えば、手の震えが伝わってくる。頭を冷却しようとしても、その体は既に冷静さを失っていた。

(……そうか。あの子は、" そう "なってしまうのか。そうされてしまうのか)

儀式に於いて器とされているらしい彼女が、どんな目に遭うのか。それに気付いたが、これを止めることなどどうすれば良いのか。ともりは、既に覚悟を決めた。どのような結果であれ、儀式を遂行する覚悟を。それを止めようとすれば、今度は確実に自分は殺される。それが理解できるからこそ、シャーロックは迂闊に行動することができない。

「どうする……?」

正直、儀式を遂行した結果どうなろうが、そこはシャーロックの知った事ではない。儀式の関係者が死んだとて、それは人間の命を弄んだ結果に過ぎない。だがしかし、シャーロックは1人の少女を気に入ってしまった。情が湧いてしまった。助けたいと願ってしまった。

「全く、ボクらしくもない」

これではダンブルドアを笑えない、とシャーロックは内心自嘲する。だが、それはそれとしてもここで諦めるというのは、シャーロックの性に合わなかった。

 

「まだだ……まだ、終わってなるものか……!まだ可能性を、探してやろうじゃないか!畜生!!」

眦を吊り上げて吐き捨てるシャーロックの様子を、影からそっと覗き見る1匹の犬が居た。そしてその犬は、まるで鉄のような色と、まるで機械のような姿をしていた。

 

 「シャーロック・レイブンクロー。切れ者だと思っていたが、流石に気付いたか」

村長が、冷や汗を流してポツリと呟いた。広い部屋には、ヴラドと鬼彦の2人がいる。

「……ソンチョウ、ダイジョウブデスカ?」

心配そうな様子の鬼彦に、村長は手で制する。

「ああ、問題ない。……しかしヴラド。それは量産できるのか?」

村長が指を向けたのは、ヴラドの手に収まるネズミだ。

「はい。しかし、これは兵士やら村の住人の核を作るために使用した余りで作ったもの。優先度としては低いですし、保険として作っている住人に素材を持っていかれているので、これから作っても儀式に間に合いません」

ヴラドが言うと、鬼彦は首を傾げた。

「……カク、トハドウナッテルノダ?」

その質問をヴラドは、鼻で笑う。

「少しは学ばんか、馬鹿め……。ホムンクルスが、核もなしに人格を得られると思うか?奴らは心臓の部分に、人格や記憶、生命維持機能などが纏められた核が存在するのだ」

 

「まあヴラド、君ほど錬金術に通じた者は他にない。儂等の無知に寛容であってくれると助かる」

馬鹿、という言葉に反応して不穏な空気が流れるも、それを村長が仲裁する。

「失礼致しました」

「いやいや、君の常識を知らぬ儂等も悪い。……それで?儀式は滞りなく進みそうか?」

村長が話題を変えると、ヴラドと鬼彦は共に頷いた。

「トモリハヤツニツイタ……。ダガ、ヤツニギシキハトメラレヌ」

「そうでしょうな。奴は器の為に生産したホムンクルス、核こそ特別性ですが、肉体は1年後には寿命を迎える。頭が良いだけの魔法使いには、何もできない。ましてや、盗聴されていることにも気づかぬような男には。それに、ともりは儀式を遂行するつもりです。データも取りましたが、その言葉に嘘はありません」

ヴラドの証言に、村長は驚かなかった。

「だろうな、あの娘はそういう奴だ。……で、宴の準備は?」

「滞りなく」

「ジュツシキモマタ、ジュンビハブジニススンデオリマス」

2人の報告に、村長は満足げに頷いた。

「それで良い。そのまま術式の完成を急げ。明日で6日目、ともりは禊に入る。そして、最後の犠牲者が出る頃だ」

 

 扉を叩こうとして、止める。このまま顔を見れば、躊躇ってしまいそうだから。明日で6日目、明日の早朝からともりは隔離されて儀式のために身を清められる。そして7日目の夜、全てが終わる。手に持った本は、決して見つかってはいけないもの。衝動的に、盗んでしまったもの。きっともう、会えないから。だから、玄関先にそれを置いた。言葉は要らない。まるで人間のように、悲しんでしまうから。

 

「……さよなら」

「やあ、良い夜だね。気分は最悪だが」

背後から、声がした。ともりが背後を振り返ると、顔は暗くてよく分からないが、シャーロックがそこに立っている。

「シャーロックさん……どうして」

「そうだね。……間に合わせようとは思ってる。思ってるけど、どうしてだろうね。嫌な予感がするんだ。探偵なんて名乗ってる癖に、遅くなった。ごめん」

泣きそうな面持ちで呟くシャーロックに、ともりは黙って首を横に振った。

「良いんです。貴方は変な人だけど、だからこそ私を人間にしてくれた。でも、幸せな夢もこれで終わり……ここからは、現実の物語になるんですから」

「まだ……諦めちゃいないぞ」

歯を食いしばって唸るシャーロックに、ともりは呆れ半分、嬉しさ半分で笑った。

「ほんと、馬鹿な人……。でも、そんな人だから大切で、死なせたくなくて。私も、似たような大馬鹿者です。案外、本当に良い相棒になれたかもしれません」

月明かりが、2人を照らし出す。ともりの表情をよく見たシャーロックは、息を呑んだ。

 ともりの頬を、透明な涙が伝っていた。涙を流し、それでも笑っていた。

「……ともり君」

「生きてください。私のことは仕方がないと割り切って、次の事件に首を突っ込んで……。そして、私のような人を助けてください」

「ならば君が隣に立てよ!ボクはこんな結末、認めないぞ!!」

子供の癇癪のように怒鳴るシャーロックの胸に、ともりは飛び込んだ。

「大丈夫……ちゃんと、全て終わらせますから。貴方は、私のことなんて忘れて逃げて」

その言葉に、シャーロックは頭が一気に冷えてゆく。

「そうか。君は分かっているんだね……あの儀式が、どう足掻いても成功しないことを。……あの犠牲者達も、君が例え死んでも、あの力は人間の手に余ることを。君の死は、きっと犬死ににしかならないことを」

「はい……っ。それでも、私はもう長くない。なら、最期の最期にできることをやらなくちゃいけないんです。全てを焼いて、私も死ぬ。……貴方が生きる未来を遮る村の闇を、私の命で焼き尽くす」

シャーロックは、恐る恐るともりの背中に手を回す。その体の温もりが、シャーロックの全身に染み渡り、シャーロックの表情は悲しみに歪む。

「何がホムンクルスだ……こんなにも、温かいというのに」

ともりは、ハッとした。それに気がついたシャーロックは、片目を閉じた。

「……私を、人間と言ってくれるんですね」

「ああ、勿論だとも」

シャーロックは、真っ直ぐな目でそう言った。

「そっか……そっか」

ともりは、言葉を噛み締めるように呟く。

「ともり君……?」

シャーロックが不思議そうに呟くが、ともりは腕を動かしていた。

「っぐ!」

ともりの拳がシャーロックの腹に減り込み、シャーロックは呻き声を上げて倒れ込む。それを全身で抱き止めて、ともりは月を見上げた。

「短い間だったけど……幸せでした」

 

「ありがとう……さよなら」

 

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