104年後からの今 作:requesting anonymity
「ここがそうか……これのどこが『聖堂』なんです?」
ドラコが怪訝そうな表情で訊く。
「ここを作った人たちが、この場所をどう呼んでたのかはわからない。レイブンクローか誰かが気まぐれに作ってた隠し部屋を何百年後かの人たちが見つけて改造したのかもしれない……でもここを『地下聖堂』って呼んでたのは、僕の同級生。大事な友達。3人とも君と同じスリザリンだよ、ドラコ。ついでにいうとそのうちの1人は所謂『間違いなく純血』とされる家の出身でもある。まあ本人はそれをアイデンティティにはしてないけど。……とにかくその3人にとって、ここは先生方とか他の生徒とかから隠れて自分たちだけの時間を過ごせる『聖域』だったんだ。だからここを『地下聖堂』って呼んでたんだと僕は勝手に思ってる」
ドラコは「活用されていない倉庫」にしか見えないその部屋を歩き回り、1つの品に目を留めた。
「これは『憂いの篩』ですか?先生、なんでこんな貴重品がこんな無造作に?」
「ああそれね。色々あったんだよね~。いきなりそこに現れたんだって言ったら、信じる?僕の記憶を幾つか入れとくから、気が向いたら皆で見てね。あとこっちのこの3枚絵は破ったり焦がしたりしないでくれると嬉しいです。あとはね………そうそう、僕が6年生の時に、この部屋ちょっとイジったんだよね。内緒の部屋なのにあの入り口の仕掛け時計、結構うるさかっただろう?」
「3枚絵ってこれですか……どこだこれ、フェルドクロフトか?なんであんなクソ田舎を……」
ドラコのその呟きを聞き取って、青年は笑顔になる。
「色々あったんだよねー……」
どこを見ているのかわからない先生の視線が、実際には100年以上の過去を見つめているのだと、ドラコは鋭敏に理解した。
「ねえドラコ」
青年は唐突に、この賢明で繊細なマルフォイ家の坊っちゃんに、その話をしたくなった。
「ペンシーブの使い方はわかるよね?きみに見せたいものがあるんだけど」
人差し指を自分のこめかみに当てた先生がドロリとした銀色の何らかを頭の中から引き出すのを、ドラコは驚きを持って見つめていた。
「……それを杖無しでやる人を、初めて見ました」
「んー、僕は他の人より慣れてるからね。こういう精神的な捉えづらいものを扱うのは」
そして先生に促されるまま、ドラコ・マルフォイは『憂いの篩』に顔を沈めた。
「これは、校長室ですか。いつのです?」
ドラコのその疑問は、すぐに解消される。
「やあアルバス」
「……先輩」
ドラコにはいつもと同じにしか見えない老いぼれダンブルドアから、その外見と実年齢が大きく乖離している若い女性は何か読み取ったらしかった。もしくは、表情の機微など見るまでもなく。
「生徒が1人、亡くなりました。セドリック・ディゴリーです」
「………そう。何故?」
「トムが、帰ってきました。セドリックは、ハリーと共にその場に居合わせました……わしが、迷路の中央から皆の前に優勝者を連れてくるために、対抗試合の優勝カップをポートキーにしたのです……そのポートキーの行き先が、変更されておりました……ハリーとセドリックは、同時に優勝カップに到達し、話し合いの末、同時に優勝カップに触れたそうです……わしは………」
ドラコは「トム」というのが誰の事なのか、話の他の部分から察せてしまい目を見開く。
「君のせいじゃないよアルバス」
「先輩」がダンブルドアを宥める中、ドラコは傍らの先生に訊く。
「ヴォ、例のあの、ヴォルデモート、卿の本名なんて、初めて聞きました……」
「フルネームとか生い立ちとか聞きたいかい?」
「けっこうです!!」
大慌てで拒否したドラコの顔を見ながら、その青年はニヤニヤと笑っている。
他の「どちらかと言えば今のところは親ヴォルデモート卿派」のスリザリン生たちとドラコの間には、隔絶と表現していいほどの、ひとつの大きな立場と状況の違いがあった。
ハリー・ポッターを目の敵にしているドラコが、今年一度もハリーを「嘘つき」とは罵っていないのも同じ理由だった。彼とダンブルドアが主張する「闇の帝王の復活」を、ドラコはグリフィンドールの奴らとは全く違う理由から、真実だと確信していた。
(家に帰ったら本人が居るんだもんなぁー。そりゃ若い頃の話とか聞きたくないよねえ)
「ねえドラコ。閉心術って知ってるかい?」
「聞いたことはありますが、それが何です」
「コツを教えてあげるよ。閉心術をうまくやるには『心を空っぽにする事』。この空っぽってのは『何も考えない』ってのとはちょっと違って……『空箱でギッシリ埋まった部屋』とでも言うのかな。『何も無い』でありつつ『余白も無い』精神状態を保つ必要があるんだ」
「かの閉心術とやら」をもし身に着けられれば今の自分にとって有意義だとは思っていたドラコは、その難解な説明を頑張って咀嚼し、脳に刻み込む。
「閉心術を身につけるのは難しい。僕も苦労したし、アルバスも……ダンブルドア校長も苦労した。それにきみのひいひいお爺さんもめちゃくちゃに苦労した。けれど、僕が見た限り、君には閉心術の才能がある。それも類稀なるものが。………ついでに言うと、ハリーには無い。君が1週間で身につける閉心術の水準にハリーが到達するには、丸一年かかるだろう」
ドラコは先生のその言葉を見え透いたお世辞だと思ったが、それでもいい気分だった。
しかし、閉心術というものについて、ドラコには1つ不安があった。
「先生、僕はその、閉心術というものを『使っている』と察されるのも避けたいんですが」
「大丈夫。できるよ。勿論ただ閉心術を使うより高度だけど、きみなら必ずできるようになる。『当たり障りのない偽の記憶を読ませる』とかそういう技術がね。それと閉心術には、魔法的な要素が一切関わらない技術も助けになる。……どういう事か、わかるかい?」
アルバスにお菓子を勧めて泣き止ませようとしている自分を見ながら、その青年はドラコに訊く。そしてドラコは、父上の普段の姿が何故か思い浮かんだ事で、先生の発言の要旨を察した。
「『社交』ですか」
「そうさ。スリザリンに5点。『コイツには俺様の本気の開心術を使おう』って思わせない、そういう気にさせない事。サラッと上っ面を覗くぐらいで良いだろうと侮らせる事。つまり『閉心術』が大得意だなんて悟らせない事。まあ、下手なフリなんて見抜かれるだろうから難しいけど」
ドラコはその話を心に刻み、早速「心を空っぽに」してみようと試み始めるが、その直後、目の前に広がっている校長室で会話を続ける2人に、ダンブルドアの目をじっと見つめている女性の発言に全ての集中力を惹かれてしまった。
「で、なんでちょっと嬉しそうなんだい、アルバス?」
ドラコは己の耳を疑ったが、聞き間違いでもなければ、その女性の見当違いでもなかった。
「トムが、肉体を取り戻すのに、ハリーの血を使ったようなのです……それは、つまり―」
だから何だと言いたげなドラコの目の前で、全てを察したその女性は困ったように笑う。
「―ああ。ミス・エバンズの……じゃないやリリーくんの愛が、これからは彼の中にも流れる」
その表情がどんどん困惑で埋め尽くされていくドラコに、先生は話しかける。
「ねえドラコ、そもそもの話をしようか。あの日ゴドリックの谷で、赤子だったハリーがどうして『闇の帝王』を撃退せしめたのか。そしてこれに関する校長先生の『ハリーの母上の愛の賜物』って説明が、言葉足らずでこそあれど嘘ではないのはどうしてか」
それはドラコ達、ハリー・ポッターと同い年の者らを中心とした一部のスリザリン生が何度も議論し、今日まで答えの出ていない大きな疑問だった。
「『愛には不思議な力がある』って校長先生はよく仰るそうですが、戯言ではないと?」
「魔法省の、神秘部にはね。ずっと施錠されたままの扉があるんだ。ありとあらゆる解錠呪文や、魔法の道具が効かない扉。その奥で、それについて研究している。守護霊呪文には幸福感が必要なように、禁じられた呪文が本気の害意を必要とするように、『愛情』ありきの魔法ってのがあるんだよ。それでね、『赤子のハリー・ポッターが何故ヴォルデモート卿を撃退できたのか』ってのはね、前提から間違ってるんだ……。ヴォルデモート卿を撃退したのはリリー・ポッターなんだよ」
ドラコは、先生の言っている意味が解らなかった。ポッターの母親はポッターより先に闇の帝王に殺されているだろう、と。
「母親の愛のお蔭でハリーは生き延び、ヴォルデモート卿は殆ど破滅と言っていい状況に追いやられた……と、ここまではハリー本人も知ってる話。彼が1年生の時にアルバスが教えたからね。でもこの説明はさっきも言った通り、言葉足らずなんだ。アルバスはわざとそうした。あるんだよ。『知らないほうがいい魔法』ってのが。その魔法の存在を知ってる、ただそれだけで成功率が下がる保護魔法が………ハリー・ポッターがヴォルデモート卿の手を逃れた原因の魔法。母親のリリーくん当人にしてもそんな意図は無かっただろう、でもだからこそ発動した古い魔法」
早くその先が聞きたいという好奇心が、ドラコの目に現れていた。
「『犠牲の守り』って聞いたことあるかい、ドラコ」
「ありません、先生」
「アバダ・ケダブラに反対呪文が無いっていうのは、『死んだ人間は生き返らない』って魔法の基本法則に言及しているだけで、迫りくる死の呪いから身を守り、それを弾き返す方法は有る。その1つがこの『犠牲の守り』って魔法。これには呪文が無い。一定の条件を満たしたときに稀に発現する『自然現象』と表現することすらできる。必要なのは『生き残れる可能性が充分にある者が、他者のために自ら死を選ぶ』事。単に自殺するって意味じゃないよ。一目散に逃げ出せばいいのに、そうすれば自分は生き延びられるのに、そうしない。近くの誰かの為に命を投げ出す。そういう場面でこの魔法は発生する。この古い保護魔法がそうして成立した時、それは『闇の帝王』の死の呪いすら跳ね返す……他ならぬハリー・ポッターが今生きている事。それがこの話の証拠だ」
「じゃあ、アイツは、ポッターの奴は結局何が特別なんです?生き延びた理由がアイツの中に無いなら、何がアイツを『ハリー・ポッター』にしたんです?あんな向こう見ずなバカがなんで―」
失言をしたと思ったドラコはそこで口を噤むが、先生は鷹揚に笑っている。
「そこが『魔法』の不思議なところさ。『運命』ってやつの妙なところさ。まだきみに詳しくは教えてあげられないけど、いいかい?ハリー・ポッターを『選ばれし者』として『選んだ』のは、他ならぬヴォルデモート卿なんだよ。だってさ、考えてみてよドラコ……ヴォルデモート卿がポッター一家を『取るに足らない奴ら』として気にも留めていなかったら。あの日そもそもヴォルデモート卿がポッター家に赴かなかったら。そしたらほら、『生き延びる』も何も無いだろう?」
それはドラコにとって、目から鱗の指摘だった。―言われてみれば確かにそうだ。
「ねえドラコ」とその青年はさらに、ドラコ・マルフォイに問いかける。
「ヴォルデモート卿が『己の今までの行いを心から恥じて悔い改める』って事、あると思う?」
困惑に満ちた沈黙とその表情は、回答しているも同然だった。
「だよねえ。僕もそう思う。けどアルバスはね、心のどこかでまだ期待してるんだ。ヴォルデモート卿が、善良とは言えないまでも、只人のトムに戻ってくれる可能性が有るんじゃないかって。あの子の中じゃまだ、ヴォルデモート卿は『教え子』なんだよ。11歳のトムにホグワーツの入学許可証を持って『きみは魔法使いだ』って告げに赴いたのが、他ならぬアルバス・ダンブルドアだってのも関係してると思う……僕とあの子の違いはそれ。トムを助けたいんだよ、アルバスは」
ドラコはその言葉の、主題ではない部分がどうしても気になった。
「校長先生を『あの子』なんて呼ぶ人、いませんよ」
そう指摘されて目を丸くしたその青年はどこか恥ずかしそうに、そして嬉しそうに笑う。
「いやー、判ってるんだけどね。アルバスがもう『アルバス・ダンブルドア』だって事。ホグワーツの校長先生で『今世紀で最も偉大』とすら呼ばれてるって事。でもねぇ……僕の中じゃ、どうしてもねえ………失礼千万だって判ってるんだけど、『アルバス・ダンブルドア』って言われたらどうしても、11歳の、あのちっちゃくてほっぺたまんまるのアルバスを思い浮かべちゃうんだよね」
「校長先生の事、言える立場じゃないですね?」
ニヤリとしたドラコの言う通り、この青年にとって、「かの偉大なる」アルバス・ダンブルドアはいつまでたっても、どこまでいっても「かわいい後輩」という認識のままなのだ。
「そうだねえ。でね、ヴォルデモート卿には、今きみが理解して笑ったその気持ちが、わからないんだ。君がたくさん持っててヴォルデモート卿が本当に1つも持ってないもの。『愛』。これは比喩じゃない。彼にはね、本当にわからないんだ。君はさ、ドラコ、お父上とお母上を愛しているだろう?彼にはその気持ちがまるっきり理解できないんだ。もちろん知識としては知ってる。けど、それ止まりなんだ。家族愛も友人に対する親愛も、恋人に対する愛情も、通りがかりの赤の他人への憐憫も何もかも、あらゆる種類の『愛』が、彼には全く意味がわからないんだ。だから彼は愛ってものを『くだらない』と一蹴するんだ。彼には想像すらできないから」
ドラコはその言葉が事実を正しく捉えていると理解できてしまった事で己の中に生まれた、およそ闇の帝王に対してそんな感情を抱くとは思っていなかった種類の気持ちを敏速に心の奥底にしまい込んだ。閉心術を未だ身に着けていない自分がそれを抱いたままで居ることは危険だと判断できるだけの賢さと判断材料が、ドラコにはあった―幸運にも。
しかしその青年は、軽々とそれを口にする。
「そう。可哀想な奴なんだよ『ヴォルデモート卿』は」
ドラコはそれを、肯定も否定もできない。
「ねえドラコ、セドリックがどんな生徒だったか、聞かせてくれないかい?君たちスリザリン生が思っていたそのままでいいからさ。酷い事言ったって減点なんかしないって約束するから」
眉間にシワを寄せたドラコは、取り繕わずに言葉を選ばずに話すべきだと判断した。耳触りの良い評価や妥当な風評は、それこそあのポッターの奴から聞いているだろうと。
「気に食わない奴でした。いけ好かない奴でした。『優秀な僕が君たちを助けてあげよう』って上から目線が態度に表れていた。……というか今にして思えば単に『僕にはそう見えていた』。……アイツに悪意は無かったんでしょう。純然たる善意で他者に手を差し伸べていたんでしょう。そこがまた不愉快だった。ポッターが連れて帰ってきたのがセドリックの『死体』だと判った時、僕は、僕は………なんとも思わなかった。『ディゴリーの奴、くたばりやがったらしい』それだけでした。ええ、ディゴリーの奴は決してウスラバカじゃありませんでしたとも。すこぶる優秀な奴でしたよ。欠点なんか無かった。……だから嫌いだったのかもしれない」
ドラコのその言葉を聴いて、ハリーさえ絡まなければ自分を客観視して反省もできるんだよねこの子は、と青年は内心で面白がっていた。
「その気持ちと、正面から向き合える人は本当に少ない。自分の心の奥底と向き合う事ほど困難な挑戦は無い。人というものの至上命題ですらある。それも『スリザリンらしい賢さ』に含まれるって僕は思ってる。ご両親は君を誇りに思うだろう、ドラコ・マルフォイ」
「お世辞は結構です。つまり、何が仰りたいのです?」
そうは言いながらもわりと嬉しそうなドラコに、青年は目の前の校長先生を示す。
「僕とアルバスが、もうすぐその話をし始めるよ……ま、ちょっとした決意表明さ」
青年がそう言ったのが合図かのように、記憶の中のダンブルドアとその「先輩」は話題をセドリック・ディゴリーへと戻した。
「ハリーから、既にお聞きになりましたかな。それとも―」
「うん。休んでるハリーの記憶を覗かせてもらった。セドリック、彼、最後の瞬間、杖を両手で構えていたね。………優しくて優秀な子だったんだね、セドリックは」
「ええ。善良でした。すこぶる優秀でした。来年には首席に任命するつもりじゃった……」
ダンブルドアの目から、また涙が流れる。それは自責の念から来るものだった。
「『全校生徒の模範』。彼なら相応しいね……アルバス、杖を両手で構えるってのが何を意味するか、君には昔教えたよね。覚えてる?」
その言葉を受けてダンブルドアの心は、一気に100年以上前の「あの頃」に飛ぶ。
「覚えてますとも。ヘンリー・ポッター先輩に、ゼノビア・ノーク先輩に、他の何人もの『優秀で善良で実戦経験の足りない』者たちに忠告するのを傍で聴いておりましたから。杖を両手で構えるという事は、『警告』です。………本人にそんなつもりは無くとも。呪文を実際に唱えるまでに、一瞬の間が生じるから。それは隙であると同時に『猶予』でもある。『今降伏してくれれば穏便に済む』という、敵すらも思いやる優しさがそうさせるのだと、ヘキャット先生も仰っていましたな。狙いを定めやすく、相手に時間を与える。それが『杖を両手で構える』という事です。だから『優しさと優秀さの発露』であり『早急に是正すべき』なのだと、わしに教えて下さった……」
「そんな子が、こんなふうに命を落とすなんて事、あっちゃならないんだ。セドリック・ディゴリーもマートル・ワレンも。何にだって成れただろうに………。けど、トムはもう何にもなれない。ヴォルデモート卿のまま死んでいくしかない。他ならぬ彼自身がその道を選ぶだろう。……ねえアルバス。もう1回訊くよ?『それ』は、僕の役割じゃあ、ないんだね?」
「ええ、先輩。『それ』は、ハリー・ポッターの役割です。あなたではない」
ダンブルドアはハッキリと断言した。この先輩に対してはそうせねばならないと知っていたから。
「他ならぬトム自身が、その役割にハリーを選んだのですから」
「ハリーにしてみれば、傍迷惑極まりない話だね?」
「仰る通りです、先輩。ハリーは大人ですら、わしですら音を上げるような試練に見舞われております。そしてそれはこれからも、『ヴォルデモート卿』ある限り止む事は無い」
全ての景色が消えていき、2人は「憂いの篩」から顔を上げた。
そして元居た、名前の割に殺風景な「地下聖堂」で、青年はドラコに問う。
「ねえドラコ。本当は判ってるんだろう?ハリーは『選ばれたかった』と、思うかい?」
「……僕は、アイツの事がキライです」
質問に答えていないと言っていいそのドラコの回答で、しかし青年は笑顔になった。
「それはそれで良いんだよ。その気持ちを否定する権利は誰にも無い。でも、じゃあさ、ドラコ。君が『一緒に居て楽しい』って思えるのは誰だい?」
なんでそんな事をアンタに白状しなきゃいけないんだと顔に書いてあるドラコはしかし、その青年のいつもどおりの笑顔に気圧されてしかたなく心の内を吐露する。
「えー、……まずクラッブとゴイル。あいつらの隣は居心地が良い。いや『気分が良い』ってだけかもしれない……あとノットと、ザビニと、パンジーと、グリーングラスと……」
そこで目の前の青年に急に抱きしめられたドラコは本心では「触るな」と言いたかったが、実力行使に出られたら自分にはどうすることもできないという事実を直視し、そしてなにより「やりたいようにやらせておけば更に何か興味深い話が聞けるかもしれない」という可能性を見て喉まで出かかっていた抗議の言葉をどうにか飲み込む。
「『単なる友達』から『最高の親友』になる方法を教えてあげよう、ドラコ。『弱みを見せる事を躊躇わない』これさ。きみはもっとスリザリンの仲間たちを頼っていいんだ。それと同時にスリザリンの仲間たちに頼られる事があったら、全力を注いで助けてあげること。そうすれば、たとえ問題の解決がうまく行かなくても、かけがえのないものが得られる。そしてそれは、君たちぐらいの年齢の頃にしか獲得できない、貴重極まりない一生の宝物だ」
何をくだらない事を、とドラコは一瞬思ったが「コイツは何も間違った事は言っていない」とすぐに考え直す。そう言えば自分が今までにあいつらを頼った事が何度あっただろうか、と。
「それに、仲間を助け仲間に助けられる機会が、もうすぐそこまで迫ってるだろう?」
「……ええ。クィディッチシーズンの開幕試合、スリザリンはグリフィンドールの奴らとです。ところで、マクゴナガルはグリフィンドールを応援するでしょうし、スネイプ先生は我らスリザリンを応援してくださるでしょう。……先生はどちらを?」
「そりゃ『良いプレーをしてる方』さ。君には、とあるマグルのスポーツ選手の名言を贈ろう……『美しく負ける事は恥ではない。無様に勝つ事を恥と思え』これを言った人は、チームを世界最強にしてみせたよ。僕としては、君たちスリザリンが、というか君が、真正面からハリーと競い合って完璧に勝つ事を期待してる。それも『負けたハリーたちが何の文句もつけられないような勝利』をね……僕が言いたい事、わかるよね?」
ドラコはその言葉を「卑怯な真似をしたら殺す」と解釈したが、それは概ね正しい理解だった。
「じゃ、ドラコ。みんなのところに戻ろうか。こっち来てこっち。僕がこの部屋を君たちにオススメする最大の理由を見せてあげる」
青年に手を引かれて、ドラコはその壁の前に立たされる。何の変哲もない単なる壁の前に。
「………何だと言うんです?」
困惑を思いっきり表情で示すドラコに、青年は言う。
「やっぱり君にも、単なる壁に見えるかい。トムにもアルバスにも同じように単なる壁に見える。ハリーにもね。けど僕には……壁に手をつけてみて、ドラコ」
何を見せたいのやら判らないながら、ドラコは言われたとおりにする。
そしてドラコは、心の底から驚愕した。
「ん?お前今どっから現れたマルフォイ?いつからそこに居た?」
戸惑うザビニと他の皆が居るそこは、間違いなく、スリザリンの談話室だった。
しかしそれは9と4分の3番線に侵入する際ともまた違う不思議な移動、どころかドラコ当人としては移動したという感覚すら無く、ただ壁に手をついたら部屋がスリザリンの談話室に変化したとしか言いようの無い、今までに経験した試しが無い未知の魔法だった。
「もっかい言うよドラコ。あの仕掛け時計、結構うるさいだろう?だから僕が6年生の時に、今きみが体験したあの『通路魔法』とでも言うべきものの練習も兼ねてここと繋いだんだよね」
いつの間にやら傍に来ていた青年の解説から、「理解できないものを理解できないまま飲み込む」という新たな学習方法を、ドラコは会得していた。
「さあドラコ。きみはもう、ここの壁があの部屋に繋がっているって事を知ったよね?だから皆を案内できるよ。あの部屋の存在とここの通路の存在を知らない者にとっては、ここの壁は正真正銘単なる壁だ。つまり、きみにとっては、もう違う」
全く理解できていない皆の中で、ドラコだけがその説明で納得していた。
「みんな、聞いてくれ。いい場所を見つけた」
「『紹介してもらった』だろ?」
ノットが茶々を入れ、ドラコは苦笑しつつもどこか楽しそうに訂正する。
「そうだ。親切にもご紹介いただいた。……こっちに来てくれ」
そして、数人ずつ順番に「その移動」を体験したスリザリンの面々は皆一様に困惑する。
「なんだこれ、どうなってる?」
理解の外にある魔法を体感してざわめいているスリザリンの仲間たちに、ドラコが背後から言う。
「それがさっぱり判らない。まるっきり見当もつかん」
「僕も自分でやっといてあれだけど、言葉で説明はできないんだよね」
ドラコの隣に立っている青年が続いてそう言い、そのままスリザリンの皆に提案する。
「さ。開心術と閉心術の訓練でもするかい?」
同じ頃。ハリー達グリフィンドールの面々の間を、とある速報が駆け巡っていた。
「ハグリッドが帰ってきたって本当?」
「ああ。俺たち見たからな」「っても、そもそもどこに行ってたんだろうな」
フレッドとジョージのその疑問は、そのままハリーの疑問だった。
「すんません、ダンブルドア先生。あんまりうまくいきませんでした」
「よい。よいハグリッド。よくやってくれた。その情報を持って帰ってきてくれただけでも収穫というものじゃ……さて、早速じゃが、その弟君のところに、案内してくれるかの?」
「すんません。俺ぁ、アイツをほっとけませんでした……」
「よいと言うておる。ハグリッド。何よりわしが期待したとおりに『味方になり得る巨人』を連れて帰ってきてくれたのじゃから。違うかの?」
ホグワーツの校長と森番は、禁じられた森の奥へと連れ立って分け入っていく。
そして。
「お初にお目にかかる、グロウプ殿。わしはアルバス・ダンブルドア。きみの兄君の友人じゃ」
自分に対して何やら、ケンカがしたいわけではなさそうな未知の動作をした小さいニンゲンを、優しい異父兄に連れてこられた知らない土地で、その「小柄な巨人」は不思議そうに見つめていた。
犠牲の守り(Sacrificial protection)
生き残れる筈だった人間が他者のために命を投げ出した際に発動する
(恐らく”条件さえ満たせば必ず発動する”なんて事は無いと思われる)
「愛による」とカテゴライズされている通称「究極の保護」。
母リリーがそうしたように、ハリー自身も原作終盤で無自覚にこれを行使する。
……てことはつまり、「犠牲の守りを発動しよう!」って考えて命を投げ出す事は
他ならぬ「犠牲の守り」発動の妨げになる気がするんだけど、どうなんだろうね?
ドラコと閉心術
「”ハリーとは違って”ドラコには閉心術の才能が有る」と原作者が明言している。