104年後からの今 作:requesting anonymity
どこなのか判らない屋敷のおそらくは地下階に連れ込まれたニンファドーラ・トンクスは、眼の前に現れた家主らしき人物への警戒心を露わにする。
その人物について不死鳥の騎士団の仲間たちからの伝聞と闇祓いとしての任務にあたって開示された情報でしか知らないトンクスは、自分の命がこの人物に脅かされるとは考えていなかった。
「……じゃあお腹は触ってもいいかい?」
ただ、命ではない種類の「身の危険」を感じていた。
そしてニンファドーラ・トンクスは、持って生まれた「防御手段」を発動する。
みるみる背が低くなり、腹が出て贅肉が劇的に増え、髪はまばらに禿げ上がる。そして自分に杖を向けて服装も変化させたトンクスは、数秒で薄汚い小男になった。
しかし。
「わあー!すごいすごい!ホントに『七変化』なんだね!ねえお腹触っていい?」
一気に大喜びし始めたその青年に両手を握られ詰め寄られて、トンクスは闇祓いになって以来と言っていいほどの混乱に陥っていた。
(なに このひと)
眼の前の不審人物が自分に向けているのは性欲だと思い込んでいるトンクスにとって、その反応は全く予想外だった。一言も脅されていないからこそ、恐怖が湧き上がってくる。「わからない」というのがこんなにも怖い事だというのを、トンクスは初めて思い知っていた。
22歳の彼女の脳内に木霊しているのは、訓練時代にマッド‐アイから散々聞かされた忠告。
(お前が闇の魔法使いに捕まったら、運が良ければ単に殺されるだけで済むだろう)
マッド‐アイが明言を避けた「運が悪かったらどうなるのか」を、トンクスは重々承知している。
(いやだ初対面の人に!こんな得体の知れない人に!それにこの人、マッド‐アイとかシリウスとかが言ってた事に間違いが無いなら今年で121歳でしょ?!やだよ!)
そんな光景を見物しつつ、2人の屋敷しもべ妖精と1体のポルターガイストは気楽に歓談していた。
「……『咄嗟にどんな呪文を唱えるのか』って、その人間の本質が出ると思わないか?」
「ペニーはファスティディオのその見解に賛成です。友人を助けようとして『服従の呪文』が口をついて出るのと『武装解除呪文』を反射的に唱えるのとでは、大きな違いがあります」
「ディークはどちらかといえば『武装解除呪文』で助けていただきたいですね」
ファスティディオは眼の前の若い闇祓いのお嬢さんが狂騒に駆られている事など百も承知で、だからこそ寧ろ期待を込めて見守っていた。―さあ、お前さんは咄嗟に一体どんな事を口走るんだい?
「ねえいろんなとこ触りたいんだけどダメかいトンクスくん」
震えながら涙目で青年を睨み杖を向けるその太った小男は、とうとう恐怖に耐えきれなくなった。
「絶対やだ!私に触っていいのはパパとママとルーピンだけ!」
ディークとペニーは驚いた様子でお互いの目を見つめ、ファスティディオはニンマリ笑う。
そして青年は背後から近寄ってきていた2体の木製のマネキンに羽交い締めにされてトンクスから引き剥がされ、床にうつ伏せで引き倒された。
「何するんだいファスティディオー……」
呻く青年に、そのポルターガイストは言う。
「100歳近く年下の相手を脅かしすぎだよ。大人げない」
そんな青年とポルターガイストになど注意を払う精神的余裕が戻らないままに太った小男からいつもの容姿に戻ったトンクスは、自分がたった今何を口走ったのかを理解してしまっていた。
(………なんで泣いてんだろ、私)
そして22歳のニンファドーラ・トンクスは、とうとう「それ」を自覚する。
(ああ、そっか。私―)
しかしそれ以上深く考えるより先に、2人の屋敷しもべ妖精が駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?ディークが紅茶をお持ちしましょうか?」
「こういう時はチョコレートがいいのだとペニーは以前に聞いたことがあります」
マネキンたちからツープラトン式ブレーンバスターを喰らった青年の悲鳴を聞きながら、トンクスはどうにか少しだけ心を落ち着かせて、その優しい屋敷しもべ妖精たちに返答する。
「ありがと。……チョコレート欲しいな」
ニッコリ笑って姿くらまししたペニーと、チョコに合う飲み物はどうかと訊くディークの背後、トンクスの視界の端では床から起き上がった青年がマネキンに「っだぁテメこの野郎!」と吠えながら思いっきりドロップキックをかましていた。
そして向こうの方で山のように積み上がって通路を塞いでいたマネキンたちの中から1体が起き上がり、青年の味方として参戦する。
「………ポップコーン食べるか?」
いつの間にか隣に来ていたポルターガイストにそう訊かれて、トンクスはもう何が何やらよくわからず、急激な疲労感に襲われていた。
「おいレフェリーこいつらフォークなんか持ってやがった!反則だろうがこんなモン!!」
いつの間にか参加していた上半身だけ白と黒の縞模様にペイントされたもう1体のマネキンに青年が何やら抗議するその背後で、2体のマネキンが椅子の背もたれを持って大きく振りかぶる。
(つまりこいつら、100年以上ずっと毎日こんなふうに遊んでるのね、ここで)
椅子でぶん殴られて床に倒れた青年と、床を叩いて3カウントを取ろうとする縞模様のマネキン、そして3カウントめの寸前で起き上がり、居もしない観客に「健在」をアピールする青年とそれに声援を送るポルターガイストを順番に見ながら、トンクスは深く深く溜め息をついた。
「ねえ、私はなんでここに連れてこられたのさ?……あ、ダンブルドアだ」
3個目のカエルチョコレートを開封しながら、トンクスは問う。既に30分近く紅茶とお菓子を味わってしまっているトンクスの心には「皆は任務中なのに」という罪悪感が生じ始めていた。
「きみが『七変化』だって聞いたからさ、ちょっと話聞きたかったってのが半分!」
そう言って起き上がったその人物は、いつの間にやらホグワーツの1年生より年下にしか見えない小さな女の子になっていた。声も外見相応の可愛らしいものに変わっている。
「ありゃー。ものすごいチビになっちゃった。これじゃ、あの頃のアルバスと変わんないよ」
心ゆくまでプロレスごっこを楽しんで汗だくのその人物は、ぶかぶかになった服に杖を向ける。
「それともう半分はねぇー……」
ドラゴン皮のコートとその下のベストを子供用のワンピースに変えてサイズを調節しつつそう言ったその「女の子」の意図を察して、ファスティディオはすぐに山のように積み上がっているマネキンたちを操り、折重なったマネキンの層の下から「それ」を掘り出した。
「どっちが『コーバン・ヤックスリー』なのか教えてほしくて」
その気を失って横たわる2人の闇祓いは、顔中に落書きされていた。
「……そっちの、年上の方だよ。そのオデコに『ロンドンは実在しない』って書いてある」
「あー、こっちの一晩ご一緒したいシブいおじさんね。ありがと」
その「女の子」は、ヤックスリーの額や首に「大根泥棒」「サイコガンダムを是非ホグワーツに」等と気ままに書き足し、更に頬に口紅のような赤色で渦巻きを描いていく。
「あの、ねえ。そっちのサヴェージはちゃんと闇祓いで、良いヤツだから……程々に……」
幾つもの絵筆を操って同僚の全身に色とりどりの装飾を施しているポルターガイストに、トンクスは控え目に提案した。
数分後、「女の子」は最後に片手の指先をクルリと回して見るも無惨な闇祓い2人の制服にスパンコールだらけの派手で大きな大きな蝶ネクタイを取り付け、ポルターガイストは指を鳴らして更にその2人の髪をクリスマスパーティーのような七色のアフロに変える。
「………ちょっとぐらいならちんちん見せてもらってもいいよね」
「やめなさい、品の無い」
トンクスは、ポルターガイストが狼藉者を制止するところなど、それまで見たことが無かった。
「ここで人殺すのはヤだしな。カサンドラと同じにはなりたくない。それに、ヤックスリーくんを今始末しちゃうと、トムくんに『気づいてるぞ』って教える事になるよな―」
そう呟いた女の子は封筒を取り出し、その中に杖を突っ込む。
「キャパシウス・エクストリムス」
検知不可能拡大呪文によって、外見には一切の変化がないまま容量を劇的に増大したその封筒に、女の子は見るも無惨な姿の闇祓い2人を、それぞれに何やら無理矢理飲ませてから収納した。
「ま、闇祓い局本部に送り返そ。ごめんねぇサヴェージくん。きみだけ無傷だと不自然だから」
「……2人に何を飲ませたの?」
「ドクシーの糞と毒触手草から作ったお茶だよ。薄めに淹れたからそんなに長くは入院しないよ」
今度サヴェージのお見舞いに行ってあげようと、トンクスは固く決心した。
そして翌日。まだ「発見」出来ていない例の不審人物を捜索し続けるために未だ闇祓いたちが大勢駐留しているホグワーツとその周辺地域は、打ち据えるような大雨に見舞われていた。
「……流石に、単なるエメラルドじゃあない、んだろうな」
ホグワーツ1階の図書館で調べ物をしているセオドール・ノットと、それにくっついてきた数人の友人たちのところに、できれば顔を合わせたくない奴らがやってくる。
「こんなところに何の用だポッター?……お前が本なんか読むとは驚きだな」
マルフォイの奴が条件反射で嫌味を言いに行ったのを見ながら、ノットはこっそり笑った。
(アレはもう逆にポッターの事大好きなんじゃないか、アイツ)
本人にそう言ったらどんな表情をするだろうかと考えて、ノットはその想像をすぐ取りやめる。
「知らないみたいだから教えてあげるけど、ここは『図書館』って言って、静かにしてなきゃいけない場所なんだぞマルフォイ」
(……何も言い返せなかった時点でお前の負けだ。拗ねてないで戻ってこいマルフォイ)
マルフォイのお蔭でちょうどいい気分転換ができたノットは、再び手元の書籍に視線を落とす。
しかしそこに「ドサリ!」という音と振動がノットの居るテーブルを揺らす。
「え、おいハーマイオニー……!」
ウィーズリーの戸惑う声を聞いて、ノットは本から顔を上げないまま状況を理解した。
「向かい、いいかしら?他が空いてないみたいだから」
「き、……訊いてから本を置くもんじゃないのか、普通は。……まあ構わんが」
ノットは自分が「気安く話しかけるな穢れた血め」と言いそうになった事にゾッとしていた。純血の家に生まれた事は誇り高い事で守るべきものだと考えてはいるセオドール・ノットだったが、それはそれとして「血が穢れている」はいくらなんでも言いすぎなんじゃないかと、そういう言葉を使うのは寧ろ「誇り高きノット家の価値が落ちる」のではないかと考えるようになっていた。
(……こうまで染み付いてるのに、気づいてもいなかったのか、僕は)
一体誰の影響で自分の考えが変わったのかに気付けないほど、ノットはニブくなかった。
(僕らスリザリンは、あの先生に礼を言うべきなんだろうな。父上は好い顔をしないだろうが)
ノットは自分の心情の変化を歓迎していたが、それでもまさか両親に対して「外交努力」が必要になるとは思ってもいなかった。しかし、同じように考え始めている奴が何人も居るらしい事は救いだった。今朝7年生がそのワードを言った時ザビニの眉間にシワが寄ったのをノットは確かに見たし、グリーングラス姉妹などはグリフィンドールの奴らと仲良くなろうと頑張っている。
「あ、ハーマイオニー!ねえそれなあに?なにしてるの?」
「おはようアストリア。ちょっとした調べ物よ」
去年までなら大いに非難しただろうが、今となっては自分たちスリザリン寮の一部に生じつつある「この流れ」はノットにとって喜ばしいものだった。―この心変わりがもし自分だけのものだったら、どれだけ心細かっただろうか。ともすれば己の正気すら疑っていたかもしれない。
「ねえアストリア。あなた『レベリオ』の反対呪文、知らない?」
「ハーマイオニーが知らないのに。私が知ってるわけないでしょ」
「おいポッター。お前『これ』見た事無いか?」
「宝石?………あ、こないだの魔法生物飼育学の『ちょっとした賞品』がそれなんだね?」
お互いの友人の正面に座っている奴のせいで些か近寄り難くなっているそのテーブルで、アストリア・グリーングラスだけが興味津々にノットにもハーマイオニーにも話しかけていた。
「ねえねえノット。そのキラキラの石はなあに?」
「これは前の魔法生物飼育学の授業で……ハグリッドの奴がドラゴンに乗って飛んでたの見たろ?あの時、僕がギリッギリ先頭でゴールしたから貰った『ちょっとした賞品』だ。で、これが何なのかを調べるという宿題が僕にだけ出されたんだ。『あの先生』にな」
その言葉に、ハーマイオニーが反応する。
「ねえノット、あなた『レベリオ』の反対呪文知らない?」
「……お前のそれも、あの先生に出された『お前だけの宿題』なのかグレンジャー?」
「そう。私達、あの先生の最初の『防衛術』の授業で決闘したのよ。あの先生1人 対 私達グリフィンドールの5年生全員、で。勿論手も足も出なかったわけなんだけど―」
グレンジャーが語った「その時の推移」を聞いて、ノットは首を傾げる。
「ホメナム・レベリオの影響から逃れる方法………?」
そしてセオドール・ノットはホグワーツで100年以上行われていなかった、そして100年以上前は日常的に行われていた、今ではもう「画期的になってしまった」提案をする。
「……協力しないか。そっち手伝うから、こっちも手伝ってくれ」
ハーマイオニーの背後に居るロンと、ノットの背後で本を吟味しているパンジー・パーキンソンがその表情で「嫌だ」と表明している一方、また何人かのグリフィンドールとスリザリンの5年生たちはその提案に乗り気だった。
「魔法生物飼育学の授業で貰ったんだから、魔法生物由来なんじゃないかな?」
ハリーの発言に、ノットが反応する。
「それは僕も思ったんだが、それでもまだ候補が多すぎる。それに火蟹の甲羅から採られた物と、単に鉱脈から採掘され研磨された非魔法の宝石を、僕は区別できる自信が無い。先生は『これが何か判ったら』って仰った。つまり僕は、確信を持てなきゃいけない。『絶対にこれだ』と」
「あの先生の事だからさ、『ちょっとした賞品』って言ってたけど普通にめっちゃ貴重なものって可能性もあるよね?ほら、なにせあれだけ色々飼ってるんだから」
ハリーの言葉に、ハーマイオニーが続く。
「『あの先生だから』って方向で考えるなら、その魔法生物を殺さなきゃ採取できないようなものは候補から外して良いはずよ。だってあの先生にとってそういう品は『大切なペットの遺品』で、決してちょっとした品なんかじゃないはずだもの」
そこに、読もうとした本が逃げ出して困り果てていたレイブンクローの1年生に、床を飛び跳ねていたその本を杖で『呼び寄せ』て捕獲し手渡したブレーズ・ザビニがグルリと振り向いて言う。
「おいグレンジャー。人間を辞めれば『ホメナム・レベリオ』から逃れられるんじゃないか?」
「………何言ってんだお前??」
理解できていないロンを横目に、ハーマイオニーは目から鱗が落ちた顔をしていた。
それから少しして、いくらか雨が静かになったホグワーツでは、駐留中の闇祓いニンファドーラ・トンクスを始めとした何人かが、己の幸運を噛み締めていた。
「ゴー、ゴー!グリフィンドール!ゴー、ゴー!グリフィンドール!」
まさに今から試合が始まるクィディッチ競技場の警備を担当するのだから。
「他の奴らには悪いが、給料貰いながらクィディッチの試合が観戦できるのは最高だぜ。なあ?」
「クィディッチを観戦しているにも拘らず、決して酒が飲めないと考えると、不幸だとも言える」
2人の闇祓いが観客席を見回りながらそう軽口を叩くのが聞こえたドーリッシュも、それを咎める気にはなれなかった―天候に恵まれていない事を差し引いても尚、完全に同感だったから。
そしていつものようにスリザリンの面々とは真反対の位置に固まって声援を送っているグリフィンドール生たちの中にちらほら居るハッフルパフ生やレイブンクロー生に混じって、1人だけスリザリンの制服を着ている女子生徒が居た。
「マルフォーイ!頑張ってねー!」
姉に魔法で自分の帽子を「変身」させてもらった緑色の大きな山高帽を被ってぴょんぴょん飛び跳ねながらスリザリンチームに声援を送るアストリア・グリーングラスを、周囲のグリフィンドール生たちは誰も邪険に扱ったりしていない。それは「D.A.」のメンバーがアストリアの周りを固めているからというのも理由の1つではあったが、決してそれだけではなかった。
「この呪文すごいのねハーマイオニー、ほんとに全然雨が当たらないわ!」
「どういたしまして」
アストリアに微笑むハーマイオニーの斜め後ろで、ネビルは隣の友人に訊く。
「ねえルーナ、『それ』どこで見つけてきたの?」
「さっき。ここに来る途中で。……あれ?みんなは見るの初めてだっけ?」
ルーナ・ラブグッドは頭の上に乗っけていた大きなカラスに両手を伸ばして優しく捕まえると、そのまま抱きかかえて撫で始めた。
「さあ、今年もこのシーズンがやってきました!今年は少々込み入った事情で魔法省からも大勢のお客様がいらっしゃっていますが、そんな事よりクィディッチです!」
やがてグリフィンドールとスリザリンの両チームが入場し、今年もまたリー・ジョーダンの声が響く。そう言えば彼の実況を聞きながら飛ぶのも今年で最後なのだと、ファイアボルトに跨って試合開始の合図を待っているハリーは試合に集中しようとしながら考えていた。
「グリフィンドール対スリザリン!今シーズンの初戦を勝利で飾るのは一体どちらか!さて皆さん、今年も主審を務めていただけるマダム・フーチを拍手でお迎えください!」
観客は盛大に、ハリーたちグリフィンドールチームもそれなりに、ドラコたちスリザリンチームの面々は「早く試合開始の笛を吹けよ」とでも言いたげな表情で拍手を送る。
そして3種4個のボールが解き放たれると同時に笛は鳴り、両チーム一斉に空へと飛び立つ。
未だ降り続く雨の中で、シーカーであるハリーとドラコはお互いセオリーに従って、試合の推移を見渡せる一層高い位置まで上昇して競技場全体を俯瞰する。クアッフルを奪い合うチェイサーたちや、それを妨害または防護しようとするビーターたちと、荒れ狂いながら飛び回る2個の鉄製の球「ブラッジャー」を避けていち早く金のスニッチを見つけるために。
「む!」
ドラコはウィーズリーの双子のどちらかが自分めがけて殴り飛ばしてきたブラッジャーを避ける。それが決して卑怯なラフプレーではなく、寧ろビーターが当然知っているべきセオリーであり、積極的に実行するべき王道の戦法だということをドラコは重々承知していた。
クィディッチの試合において最も重大な責務を追っているのがチームに1人だけ居るシーカーであり、シーカーだけが金のスニッチに触れる事を許されている。金のスニッチをシーカーが確保すればそのチームには150点が齎され、同時に試合が終了する。
他に試合を終える方法が「両チームキャプテンの合意」しか存在しない以上、シーカーがスニッチを捕らえるのは、事実上唯一の試合を終了させる手段と言えた。
つまり、片方のチームのシーカーをブラッジャーがノックアウトした場合、もう一方のチームの勝利がほぼ確実になるのである。なので、スニッチにもクアッフルにも触れられない代わりに所持を許されているバットでブラッジャーに対抗できるビーターは、自分のチームメイトを凶暴に飛び回り獰猛に飛来するブラッジャーから守る事と同時に、一刻も早く相手チームのシーカーにブラッジャーをぶつけて「潰し」試合から排除すべしとされているのだ。
しかしそれがセオリーで彼らの義務だと理解しているからといって、その攻撃に直面して怒りを覚えないわけではない。ましてグリフィンドールチームの2人のビーターは、ドラコの目から見てすら誰よりもそのポジションに向いている2人、あのウィーズリーの双子なのだ。
(だめだ。冷静になれ。イライラしてちゃスニッチなんか見つからない)
ポッターが背後から飛んできたブラッジャーを音だけを頼りに躱すのを見ながら、ドラコは自制心と集中力を研ぎ澄ますべく、注意を払うべき情報を五感から取捨選択していく。
下方で競り合うチェイサーたちは無視する。ビーター4人も無視する。飛び回るブラッジャー2個の唸り声と、敵チームのシーカーであるポッター。得点の推移を告げる実況の声。そして、聞き取れていないだけで耳には届いている筈の、スニッチの羽音。
ドラコはそれらに脳内で優先順位を付け、またブラッジャーを躱す。ポッターの奴はこんな事わざわざ考えずとも無意識下で瞬時に行えるのだろうと憎たらしく思いながら。―ドラコは決してその感情を「羨望」だとは思いたくなかった。
「おーぅ。スリザリンが得点!スコアはこれで10‐0です!」
ドラコは喜ばないように意識していた。それは油断に他ならず、敗北に直結すると思ったからだ。
認めたくない事柄が、常に認識外に在ってくれるとは限らない。ドラコはポッターの奴に箒の性能でもクィディッチプレイヤーとしての腕前でも劣っている事を、心の底では理解していた。だからこそ感情に負けてラフプレーや反則行為に走ってしまうのだ。しかしもうその手段は採れない。どこに居るのやらわからないあの先生が、きっと見ているから。
だからスニッチをポッターの奴より先に見つけるのは、ドラコが勝つための必須条件だった。
「今度はグリフィンドールが得点!10‐10で並んだ!」
スリザリンクィディッチチームのキャプテン、グラハム・モンタギューはウィーズリーの双子のどちらかが―どっちでも同じ事だ―が打ち据えてよこした凶暴なブラッジャーをギリギリで躱したが、その一瞬の動作のせいでケイティ・ベルにクアッフルを奪い去られた。
(……なんでグリフィンドールのチェイサーは毎年毎年3人全員女子なんだ?)
いつも思う疑問をケイティ・ベルを追いながら今年もまた思ったモンタギューは、素早く的確な動きでケイティ・ベルからアンジェリーナ・ジョンソンへのパスを横取りしようとする。
しかしそこにまたしてもブラッジャーが迫り、モンタギューはブラッジャーを避けるかクアッフルを確保するかの判断を迫られる。「ブラッジャーを回避した上でクアッフルを捕る」のは不可能だと、モンタギューは直感していた。
そしてモンタギューは、クアッフルを選択した。自分のすぐ上にチームメイトで同じチェイサーのウォリントンが居る事を認識していたからだ。自分ならブラッジャーを横っ腹に喰らいながらでも充分にパスを成功させられるという、咄嗟の賭けだった。
「素晴らしい!今のプレイは素晴らしかった!グレゴリー・ゴイル、見事に自分のチームのキャプテンをブラッジャーから守りました!あの位置からよく間に合わせた!」
リー・ジョーダンの声が響き、観客席のスリザリン生たちが湧く。
しかしすぐにスリザリン生たちの声は、溜め息へと変わった。
「よっし!ロン良く防いだ!」
拳を握って喜ぶシェーマスの視線の先では、グリフィンドール側の3つのゴールを守っているキーパーのロン・ウィーズリーが得意げに笑っていた。しかしロンはすぐに真剣な表情に戻り、また飛んできたクアッフルを掴み取ってアンジェリーナ・ジョンソンに投げる。
「頑張ってー!えっと、えっと。やっぱりスリザリン!!」
一瞬どっちを応援しようか迷ったらしいアストリアを見て、ハーマイオニーが笑っている。
「うわ、今のは上手いな。あれ毎回やられたらキツイぞ」
ケイティ・ベルがすぐ横を並んで飛んでいたアリシア・スピネットに渡そうとしたクアッフルを急上昇してきたモンタギューがスルリと奪い去ったのを見てディーン・トーマスが唸り、アストリアは「モンタギュー!そのまま行っちゃえー!」と大喜びしている。
「スリザリン、ゴール!20‐10で再びスリザリンのリードです!」
本心では舌打ちをしたいがマクゴナガルが真横で目を光らせているので我慢した「公正公平な実況解説役」で「グリフィンドール寮所属」で「フレッドとジョージのルームメイト」のリー・ジョーダンは、ふと気づいた。
「ところでマクゴナガル先生。なんかスリザリンの奴ら、お行儀良くありませんか?いつもより動きが良いのはまあ置いといて、反則スレスレのラフプレーが目に見えて少ないですよね?」
問いかけられたマクゴナガルは、斜め後ろに座っていた元教え子に声をかける。
「……どうお考えになりますか、スネイプ先生?」
話を振られるんだろうなとは思っていたらしいスネイプにリー・ジョーダンがマイクを向け、スネイプの声も観客席の全員に聞こえるようにした。
「今朝。練習中に現れたそうだ。『あの先生』が。『凶悪犯どの』が。まあミスター・モンタギューによれば『いつの間にやらチェイサーが4人に増えていた』との事であるから、厳密には現れるところは誰も見ていないわけだが。そして、さも自分がキャプテンかのように皆を集めた。ここで初めてミスター・モンタギューたち、つまり我がスリザリンクィディッチチームの面々はそれが誰なのかを理解した……そして、仰ったそうだ。『反則するというのは、正々堂々やったら勝てないと認めて降参してるのと同じだ』と。『君たちはグリフィンドールに降参したいのか』と。まったく、スリザリン生がどういう言葉に心を動かされるのかをよく理解しているらしい」
スネイプのその言葉を心中で吟味し、ただ「うぅむ」と唸ったリー・ジョーダンは、マクゴナガルにまた言葉を投げかける。
「で、その先生は今どちらにいらっしゃるのか、ご存知ありませんかマクゴナガル先生?」
「いいえさっぱり。教えてほしいぐらいですわ」というマクゴナガルの返答を、警邏を続ける闇祓いたちの何人かは「白々しい」と思っていたが、それに続く言葉を聞いて表情を一変させる。
「ですが、まあこの試合を観に来てはいると思います。あの方はクィディッチがお好きですから」
それはわかりきっていた事だと、ハリーもドラコもその先生を探さないように意識する。観客席に気を取られてスニッチを見逃すなど、シーカー失格と言っていいからだ。
みんなの声援が、随分遠くに聞こえる。
グリフィンドールが得点したらしいが、どうでもいい。
今もうすぐだと、ドラコもハリーも直感していた。
「おっと」
アンジェリーナに突進していたブラッジャーをスリザリンのキーパーめがけて打ち返したフレッドは、ハリーとマルフォイがほぼ同時に動き出すのを見た。
クアッフルを奪い合うチェイサーたちに突っ込む事になるとしても、シーカーにそんな事は関係ない。ただ一刻も早くスニッチを掴む。それだけが己の責務なのだから。
全ての方向に飛べて気まぐれに止まりもする小さな金のスニッチは、またフッと右へ飛び、上昇し、下降し不規則に飛び回る。
「「うわ!」」
ケイティ・ベルからクアッフルを奪うべく迫っていたモンタギューと、ケイティがパスを出せるように接近していたアリシア・スピネットは急降下してきたハリーとドラコを慌てて避ける。相手チームのシーカーだけ妨害するには、あまりにもその2人の距離が近すぎた。
全く同じコースを並んで飛んでいては勝ち目がない事をよく理解しているドラコだったが、だからといって「金のスニッチの進む先に先回りする」というのは、才能がどうの練習がどうのという範囲を超えた、「ガンプの元素変容の法則」の5つの例外に6つ目として書き加えてもいいくらい絶対に不可能だともよく理解していた。
つまりこういう場面では、ビーターの仕事ぶりが重要になる。
ということはそれ即ち敵チームのビーターが自分に猛烈にブラッジャーをけしかけて来る事になるのだと、ドラコもハリーもよく解っていた。
案の定、ウィーズリーの双子がそれぞれブラッジャーを打ち据えてドラコめがけて飛ばしてくる。当然並んで飛んでいるハリーにも当たりうるのだが、そこには双子の高度な計算があった。
(上手く避けろよハリー)(ま、大丈夫だろ。たぶん!)
可能な限り身を低くして更に右に退いてどうにか躱したドラコと、避けなくてもギリギリ当たらないと瞬時に判断したハリーは2人ともブラッジャーの魔の手を逃れる。それぞれ的を外した2個のブラッジャーが大きくターンしてクアッフルを奪い合っているチェイサーたちの方へ飛んでいくのを、ドラコは視界の端で捉えていた。
ハリーとドラコは一瞬お互いの目を見る。その中間地点にスニッチがあったから。
そしてスニッチは2人が伸ばした手を逃れ、また小刻みに方向転換を繰り返しながら逃げ続ける。
「おーっと、まずい。失礼、撤収しまーす!」
全速力で突っ込んでくる2人のシーカーを真正面から見ている事に気づいたリー・ジョーダンはそう言って放送機材を抱えて慌てて逃げる。
そしてマクゴナガルもスネイプも素早く身を躱し、ドラコとハリーは観客席に突っ込んだ。
「くっそ!!!」
腹の底から吐き出すようにそう叫んだのは、ドラコだった。
「ハリー・ポッターがスニッチを取った!170‐20でグリフィンドールの勝利です!!」
悔しがるドラコの傍で、スニッチを取りはしたが最後まで一切減速しなかったせいであばらを何本か犠牲にしたハリーは、大きな声を出す事ができない。
「ハリー、大丈夫!?」
駆け寄ってきたらしいハーマイオニーたちが声をかけている。
(くそ。ポッターの奴、怪我が怖くないのか?だったら、やっぱり最初からいつもみたいに―)
気まぐれに「正々堂々やってしまった」事とその結果としての敗北。そこから湧き出てくるギトギトした感情を処理しきれなくなりつつあったドラコの耳に、その声は届いた。
「ドラコ、すっごくかっこよかった!!次も頑張ってね!」
いつのまにかそこに居たアストリア・グリーングラスが、目を輝かせていた。
喜びに湧くグリフィンドールの奴らが見えているのに、歓声が響いているのに、ドラコは急に、そんなものはどうでもいいという気持ちになった。
そしてアストリアに「ありがとう」とぎこちなく返したドラコは、視界の端にそれを見る。
どう考えても折れている脇腹が痛すぎて視界が歪んでいるハリーも、少し遅れて気づく。
2人のシーカーに吹き飛ばされたらしいドローレス・アンブリッジが、弱々しく息をしていた。
マズい事になると、2人とも直感した。
そして1週間後。その「魔法省教育令」は掲示される。
「そんな、何を言ってる??お前が避けそこねたのが悪いんだろう!」
廊下に集まった生徒たちの中で、セオドール・ノットが叫んでいる。
そこには、今年の寮対抗クィディッチを中止とする旨が魔法大臣の名前と共に明記されていた。
「は??テメェが勝手に怪我したからって?ふざけんなよあのババア!」
憤るウィーズリーの双子のみならず、そのニュースは即日ホグワーツ中に知れ渡り、ものの見事に城の全員を、生者も死者も寮も生徒も教職員も等しく激怒させた。なんたる身勝手かと。
―ただ1人を除いて。
「なぜそんなに嬉しそうなのか、お聞かせいただけますかな、先輩」
ダンブルドアの問いも、その人物には聞こえていないらしかった。
「ねえ。あれから100年以上経ってるんだよ。なのにさ。信じられるかい?今更だよ―」
その人物はダンブルドアの隣で、窓の外の景色を見ながら独りごちて笑う。
「―ドローレスくんが僕らにリベンジの機会をくれたよ。イメルダ」
あの時できなかった事が、今はもうできる。15歳の時には無かった強力無比な武器を、121歳になったその人物は備えていた。
人脈と、権力を。
グラハム・モンタギュー
学年不明。この年のスリザリンクィディッチチームのキャプテンで
チェイサー(各チーム3人ずつ。クアッフルを取り合って点を稼ぐ)
原作ではこの年の後半、フレッドとジョージから雑に減点しようとして
言い終わる前に「姿をくらますキャビネット棚」にブチ込まれた末、
無理矢理脱出しようと「姿をくらまし」を強行。
結果4階のトイレに詰まった挙げ句意識も混濁。
両親はブチ切れて学校に来た。(そりゃそう)