104年後からの今   作:requesting anonymity

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16.珍しいお客様

ロンドン中心部、その地下に位置する英国魔法省本部。その一角で1人の男が呻いていた。

「ある程度の反発は覚悟していたが、まさか協会未加盟の選手までストライキに参加するとは」

自分以外誰もいない魔法大臣執務室で、コーネリウス・ファッジは落ち着きなく歩き回り続けている。彼にしてみれば、ダンブルドアの私設兵団育成所と化している今のホグワーツでクィディッチの寮対抗試合を続ける事はダンブルドアの危険な企みを放置する事に等しく、リスク覚悟で強権を発動するのもやぶさかではない状況だったのだ。そこへ来てのアンブリッジからの要請。これはファッジにとって渡りに船であった。なにせ、あくまでもアンブリッジの独断専行を追認したという形にすることで、全ての責任をアンブリッジに押し付けられるのだから。

 

ウィゼンガモットや大衆がどこまで思い通りに動いてくれるかというのは、あまり期待するべきではない不確定要素だったが、それでもこの件で「最も批判と嫌悪を集める個人」が自分以外の誰かになるというのは、かなり喜ばしい事だった。

「それでもまあ、2番目ではあるのだろうな私は。しかし多少の汚名を負うとしても、ダンブルドアの企みは阻止せねばならん……ならんが。しかし、これは………この金額は…………」

ファッジの手元にあるのは、今回のストライキに伴う経済的損失、その総額の概算資料。

妹の仇を見るような表情をした魔法ゲーム・スポーツ部の職員が叩きつけるようにして挨拶も無く置いていったその羊皮紙の束に、ファッジは頻繁に休憩を挟みつつ目を通していた。

あの女はこの資料にも平気で目を通して「これが何か?」という顔をするのだろうと、ファッジは思った。コーネリウス・ファッジがアンブリッジを重用するのは実務能力の優秀さも理由のひとつではあるのだが、それだけならそれこそ魔法省には、いくらでも代替人員が居る。それでもファッジがアンブリッジを要職に置き続けるのは「とてもよく嫌われてくれる」というのが大きかった。

「……そういう意味では、誰より優秀だと言えるな」

どんな方針変更も新法施行も、「アンブリッジ上級次官の強い意向があった」という形にするだけで、批判の矛先を自分から逸らすことができるのだ。それにあの女は、批判など意に介さない。

 

「あの女はきっと、心臓と血ではなくボイラーと蒸気機関で稼働しているに違いない」

 

アンブリッジに人の心があるとは思えない、という点において、コーネリウス・ファッジ魔法大臣とホグワーツの生徒たちの見解は一致していた。

 

一方、そのホグワーツでは。クィディッチ休止によるフラストレーションは普段仲が悪い一部の生徒たちにすら連帯感を齎し、最近少しずつ歩み寄り始めていたグリフィンドールとスリザリンの交流も一層活発になっていた。

「あなた強すぎるわよウィーズリー………!!」

「魔法使いのチェス」で完膚なきまでに敗北したダフネ・グリーングラスが悔しそうに声を上げる。O.W.L.試験が迫っている故に日々指数関数的に増殖しつつある宿題をやっつけるべく空き教室に集まって格闘していたハリーたちだったが、集中力が切れた数人が遊び始めているのだった。

 

「あ゙あ!!!」

 

そしてまた1人。計算の果てに「160019/10103」という確実に正答ではない数字が登場した事で己のミスを悟ったセオドール・ノットが限界を迎えた。

「ポッターー!!」

「なっ、なんだいノット」

「闇の魔術に対する防衛術の実技訓練を手伝ってくれ!!」

フラストレーションをどうにか処理したいセオドール・ノットと、その意図を察したハリーが席を立ち、杖を取り出し向かい合う。

そして決闘を始めた2人を一切無視して、ハーマイオニーは予てからの宿題に取り組んでいた。

的を逸れて飛んできた武装解除呪文をヒョイと躱しながら、ハーマイオニーは分厚い本を紐解く。

「ねえねえ、それなんの本?何が書いてあるの?」

アストリアが訊き、ハーマイオニーは答える。

「魔法生物飼育学の古い本………ある時期より前の参考文献が本当に見つけられなくて。これはダンブルドアの私物。貸してもらったの」

「ある時期って………ああ、そういう事か。確かに探すの大変そうだ」

横から口を挟んで即なんの事か理解したらしいジャスティン・フィンチ=フレッチリーに、ハーマイオニーは言う。

 

「そう。ニュート・スキャマンダーに淘汰されてるのよ。彼より前の時代の研究論文が」

 

1人で魔法生物飼育学という分野そのものを確立させた偉大なる魔法生物学者は、最初にして最高の魔法生物学者ニュート・スキャマンダーは、彼以前の細々とした研究論文のほぼ全てを「過去の遺物」にしてしまったのだ。それらはニュート・スキャマンダーの革新的な論文の数々の影に埋もれ、誰にも顧みられなくなっていった。なにせそれらの論文を発表していた当人たちすらもが、ニュート・スキャマンダーの著書に夢中になっていたのだ。

「どこにもニュート・スキャマンダーの名前が無い魔法生物飼育学の本なんて、あるのか?」

そう言いながらハーマイオニーに断ってその本の表紙を見たジャスティンは首を傾げる。

「『ポピー・スウィーティング』?聞いたことないな」

「私も聞いたことない名前だったけど、でもこの本、とっても詳しいのよ。ヒッポグリフ、ディリコール、ムーンカーフ、グラップホーン、パフスケイン、ニーズル、巨大紫ヒキガエル、ユニコーン、セストラル、他にも色々。伝聞の類が一切載ってないのよ。飼ってたとしか考えられない」

 

そこに、ダフネ・グリーングラスをまた負かしたロンが横から口を挟む。

「そんなの、パフスケインとかはともかくグラップホーンなんて!飼ってそうな人って、それこそあの先生以外に居るわけないだろ?!」

そこでハーマイオニーは唐突に硬直し、ロンの目を凝視し始める。

「な、何だよハーマイオニー……」

「………ロン。あなたが蜘蛛嫌いになったきっかけは??」

「僕がちっちゃい頃、フレッドとジョージが僕のテディベアに足を8本生やしたからだけど」

怪訝そうに返答するロンとは違い、ダフネ・グリーングラスとジャスティンはハーマイオニーの意図を理解していた。本当にロン本人かどうかを確かめたのだと。

 

「もしかしたらって思ったんだけど、見当違いだったみたいね。ごめんなさいロン」

「………僕が先生の変装だと思ったの???」

気を悪くしたらしいロンにご機嫌を直してもらおうと頑張っているハーマイオニーのすぐ隣では、ハリーに「武装解除」されたノットが床に腰を降ろしている。

「……流石だなポッター。ここまで手も足も出ないとは思わなかった」

ドラコとは違い、ノットはポッターを素直に褒める事ができた。

「ありがとう。でも、毎年欠かさず殺されかけてたら誰だってこのくらいはできるようになるよ」

「それはそうだろうな……さもなきゃお前はとっくの昔にくたばってるだろう」

そしてノットは、ずっと気になっていた事を本人に訊ねるいい機会だと、そろそろ答えてもらえるだけの関係性にはなっているだろうと判断して、ハリーにひとつ質問をする。

 

「ところで、前から疑問だったんだがポッターお前。2年生の時。スリザリンのバジリスク相手にどうやって生き延びたんだ?生きて帰って来るだけならともかく、始末したんだろう?」

そういえばスリザリンの奴らは知らないのかと、ハリーは目から鱗が落ちた。

 

思い出すまでもなく、その時の事をハリーは未だ仔細に語って聞かせる事ができた。

 

「……そうか。そうか。不死鳥にはバジリスクの視線が、一旦死ぬけれども燃えて灰から復活できるとかそういうわけでもなく、本当にまるっきり効かないのか……」

「うん。フォークスは普通に飛んでたよ」

そこでまた、最近ポッターたちから聞いた話を繋ぎ合わせたノットは閃く。

「なあ、アクロマンチュラって、バジリスクをめちゃくちゃ恐れてるんだよな?」

「うん。名前を出すのも避けてるみたい」

「その『アラゴグ』は、盲いているんだよな?」

「うん。視力はまるっきり無いみたいだったよ」

2人の間に、束の間の沈黙が流れる。ノットの言いたいことをハリーが察したが故の沈黙だった。

 

「「目が見えないんならバジリスクの目を見ることもないんじゃないか?」」

 

でもだからって平気にはならないよな、とも思った2人は、目の前の相手も同じことを考えていると理解してちょっと笑顔になった。

「スリザリン生だから嫌い」なのではなく、「嫌いな奴がたまたまスリザリン生」なのだと、ハリーは改めて実感していた。マルフォイ以外となら、自分はわりと折り合えると。

そして「こんど『三本の箒』でバタービールを奢る」という事で折り合ったロンとハーマイオニーは、今年に入って幾度となく抱いている疑問をまた抱いていた。

あの先生は今どこに居るのだろうかと。

 

当のその先生は、ホグズミードの自宅に居た。

基本開けっ放しの秘密の通路から繋がる地下階。ただでさえ広く入り組んでいたその空間に長年に渡って魔法をかけ続けた結果、住人たち以外が訪れれば迷うこと必至の無限の地下迷宮と化しているその一角。最も厳重に隠された空間で、その青年は静かに戸を開けて、部屋の中に入っていく。

 

「……起きてたんだね。体調はどうだい?」

「今日はだいぶ良いよ」

「そう。良かった。色々持ってきたけど、何か食べる?」

「紅茶が飲みたいな」

 

ベッドの上で上半身だけ起こしているその魔女は、数匹のパフスケインに囲まれて笑っていた。

 

「どう?ホグワーツは」

「ピーブズ元気だったよ」

「そりゃピーブズは元気でしょうね」

ちょっと呆れたその魔女は、少ししてから可笑しそうに微笑む。

「イメルダは?元気だった?」

「怒ってたよ」

予想通りの返答に、その魔女は旧友の表情までありありと思い浮かべる事ができた。

 

「ねえ」

「なんだい?」

 

青年はその魔女を愛おしそうに見つめ返し、魔女も青年を見つめる。

「迷惑かけてごめんね」

年月が肉と瑞々しさを奪い去ってしまった己の手を、その魔女はあの頃と何ら変わらないままで居る青年の手に重ねる。いずれはこうなるとあの頃から思っては居たものの、いざ年老いてみると、当時予想していたような「寂しさ」とかそういうものは、自分の中のどこにも無かった。ただ、身の回りの世話をさせてしまっている事だけは、申し訳なく思ってしまうのだった。

「そんな事言わないでって、言っただろう?僕はこうしてられるのが幸せなの」

「……ねえ」

「なんだい?」

「私、あなたのお蔭でずっと。幸せだった」

「やだ!なんでそういう事言うのさ!」

 

青年は、身を乗り出してその魔女に抱きつく。

 

「ちょっと体調崩して熱が出ただけじゃんか!そんなさみしい事言わないで!」

「言える時に言っときたいの。それに普通は、体調が悪くなると弱気になるんだよ」

「……今日一緒に寝る」

「はいはい。甘えんぼなんだから……」

「ずっと一緒に居るんだもん。これからもだよ!」

「はいはい」

「8億年くらい」

「無茶言わないでよ」

 

ただその魔女は、毎日幸せだという一点において、17歳だったあの頃と何も変わっていなかった。

5年生の時、授業中にイジワルなスリザリンの男子とレイブンクローの女子から庇ってくれたあの日からずっと。100年以上もの間。その魔女は心の底から満ち足りていた。

かつてホグワーツの「必要の部屋」でみんなと見つけた「みぞの鏡」を今見たら、何も変わらない今の自分がそこには映るのだろうと、その魔女は確信していた。

(でも、もうちょっと元気な私が映っちゃうのかもな)

そして、隣に居てくれている青年の体温を感じながら、枕元に寄ってきたパフスケインたちに包まれて、その魔女は静かに目を閉じる。

 

それから1週間、その先生はホグワーツに一切姿を現さなかった。生徒たちも闇祓いたちも、きっとどこかに紛れているのだろうと探し続けていたが、ダンブルドアだけは事情を知っていた。

 

そしてホグワーツの校長室に、1週間ぶりに。フォークスではないもう1羽の不死鳥が姿を現す。

 

「………やあ、アルバス」

「おかえりなさいませ、先輩。もう、よろしいのですか?」

不死鳥と共に現れたその青年に、ダンブルドアは優しく声をかけた。

「……うん。もう大丈夫。ありがとね、アルバス」

 

その表情から「大丈夫」がどういう意味なのかを理解して、ダンブルドアは言う。

「何か、お飲みになられますかな?」

「ペプシほしい」

「わたしはバタービールがいいな!」

背後から聞こえてきたその声に、ダンブルドアは目を剥いて驚いた。

 

「………お元気になられたようで、何よりです」

「『もう大丈夫』って言ったじゃん僕」

 

ダメだよアルバス開心術とかそういうのにばっかり頼ってちゃ、と、その先輩は笑った。

「ごめんねダンブルドアくん。『せっかく元気になったんだからちょっとビックリさせよう』って話になってね。私も『面白そう』って思っちゃったんだ」

ウィーズリーの双子はおろかピーブズですらも決してやらない種類の、かなり不謹慎なイタズラをされたのにも拘らず、アルバス・ダンブルドアは嬉しそうに笑う。

そして、壁にかかった歴代校長の肖像画、そのひとつが大きな声を出した。

「ディーク!客人だ!饗せ!」

「もちろんです、フィニアス・ナイジェラス・ブラック……おや、まあ!」

「久しぶりだねディーク」

「お元気そうで何よりですマダム。ディークは再び会えた事を嬉しく思います」

屋敷しもべと魔女が数十年ぶりの再会を喜んでいる中、ダンブルドアと派手なメガネの青年は飲み物やらお菓子やらを杖も振らずに浮遊させて取り出し、出現させたテーブルの上に並べていく。

用意された椅子の数が5である事に、誰も疑義を挟まない。

 

「遠慮せずに入りなさい、2人とも」

 

校長室入口のガーゴイル像に合言葉を伝えてここまで来たものの入って良いのか遠慮するべきか決めかねていたその2人は、居るのがバレていた事に少しドキリとする。

「おや2人とも。『宿題』できたのかい?」

「あ、先生!いえ。私は校長先生にお借りしていた本を返しに来ただけです」

「僕は校長に訊きたい事ができたので。先生の宿題に関する事ですが、まだ確信が持てなくて」

ハーマイオニーとノットは、ダンブルドアに勧められるがまま、空いていた席に座る。

「それで先生、そちらの方は………?」

「あ。私外してた方がいい?」

気を使って席を立とうとした魔女に、青年が横から「やだ!」とワガママを言う。

それを聞いて困ったように笑いながら再び座ったその魔女の表情を見て、聡明なハーマイオニーとノットはどういう関係性の人物なのかを大体理解した。

 

「こちらの方は、先輩と同じく、わしの古い友人じゃ」

 

その明らかに情報の足りない説明で、2人はとりあえず納得する事にした。

「ダンブルドア先生、この本お返しします。とても参考になりました。ありがとうございました」

そう言ってハーマイオニーが差し出した古そうな本に反応したのはハーマイオニーの正面、ダンブルドアと青年の間に座っている小柄な魔女だった。

「あ、その本!懐かしいなあ……まだ持ってたんだねダンブルドアくん」

「先輩方が提出なさった課題の成果物が、わしらの学年の授業で配布されることは時々ありました。もちろん、全て保管してありますとも」

「この本、そんな思い出の品だったんですか……」

感銘を受けたらしいハーマイオニーに、ダンブルドアは言う。

 

「昔の話じゃ」

「背、伸びたね。ダンブルドアくん」

 

その小柄な魔女があの頃と変わらない笑顔を向けてくるからこそ、アルバス・ダンブルドアは流れた年月の長大さを実感していた。

「昔の事を懐かしく思い起こして、愛おしい過去の日々に思いを馳せた結果『あの頃は良かった』という結論になってしまうのは、年寄りの悪い癖ですな」

「ほんとにね。今だってすっごく楽しくて幸せなのに」

話が100年以上前にまで逸れ始めた旧友2人を横目に、その青年はセオドール・ノットに問う。

「ところできみがアルバスに訊きたい事ってなんだい?ミスター・ノット」

 

セオドール・ノットは困った。

 

この先生には「確信を持ててから」回答を伝えたいが、その確信を得るために今、ダンブルドアに訊きたい事を訊いたら、それはイコールこの先生に回答を伝えた事になってしまう。

ちょっと考えてから、ノットは方針を決める。

「……先生、目を閉じて耳を塞いで『あーーー』って言っててもらえますか」

「ええ??」

ノットが急に変なこと言い始めたと思っているハーマイオニーは笑いを堪えているが、当のノットは至って真剣である。

「あーーー」

先生が素直に言われたとおりにした事で、ハーマイオニーはクスクス笑いの発作に襲われた。

「では、ダンブルドア先生。これについて、僕の鑑定が正しいのかを確かめたいのです」

ノットが取り出した小さな碧色の宝石を、ダンブルドアは受け取る。

「それは、『フェニックスフリント』ではないですか」

セオドール・ノットとダンブルドアが何やら相談し始めているのにも耳を傾けつつ、ハーマイオニーは先生と小柄な魔女のやり取りを観察していた。特に、先生が嬉しそうに食べている一口サイズの白い玉に、ダンブルドアもその隣の小柄な魔女も決して手を伸ばさないのは興味深かった。

「あ、ノットそれは―」

そしてその白い玉にノットが手を伸ばし、何の警戒も無くひとつ口に運ぶ。

ハーマイオニーは忠告しようとするが、遅かった。

 

「あれ?セオドールくん美味しくなかった?その石鹸」

 

1度口に入れたものを吐き出すのは品が無いと教育されてきたノットがどうするべきか決めかねて挙動不審になっている中、その青年はまたひとつその一口サイズの石鹸を食べる。

「ハーマイオニーは食べないのかい?」

「そんなもの食べるのはアナタだけだっていつも言ってるでしょ」

小柄な魔女に窘められた先生が大人しく引き下がったのを見て、ハーマイオニーはますますこの2人の関係性を訝しんだ。本当に単なる「古い友人」というだけなのだろうかと。

しかし女の勘としか言いようのない根拠皆無の疑問を本人たちにぶつけるわけにもいかず、ハーマイオニーは小柄な魔女を観察し続ける。

(先生にもし奥さんとか旦那さんとかが居るなら、実年齢から考えるとこのくらいの人がお相手のはずよね……前に授業でチラッと言ってたもう1人の家族っていうのがこの人の事なのかしら)

一方、利発そうなお嬢さんが鬼の形相でマフィンを食べながらジッとこちらを見ているのに気づいたその魔女は、穏やかな笑顔をハーマイオニーに向ける。

 

「お察しの通り、私はこの『先生』の、ホグワーツの同級生だよ。ホグワーツを卒業してからずっと、私はコイツの助手をしてるの。ホグズミードのお店のじゃなくて、魔法生物飼育のね。あ、でも一時期は魔法省の魔法生物規制管理部とかで働いてた事もあるけど。普段は基本的に飼育区画から出ないから、コイツとペニーとファスティディオ以外の人に会う事ってほとんど無いんだよね。アナタたちがコイツの授業で去年の『O.W.L.試験』の問題を解いてた時は、私2階に居たんだよ。ちょうどヒッポグリフの赤ちゃんが未熟児で生まれちゃって、つきっきりでお世話してたの」

本当にホグワーツ卒業以来100年以上ずっと一緒に居るならそれは家族とどう違うのかと思ったハーマイオニーは、その魔女のころころ変わる表情に見とれていた事に気づく。こんな人の学生時代はそれはもう男子たちに人気だっただろうと、ハーマイオニーは品の無い想像をしてしまった。

 

「ありがとうございます、ダンブルドア先生………」

自分で自分に消失呪文を使うときのコツとそれに伴う危険回避の方法を教えてもらって即実践したノットが、口の中に居座っていた石鹸を消失させられたのを確認しながら校長先生にお礼を言う。

 

「ねえねえセオドールくん、これ食べてみてこれ。美味しいよ」

「………今度は何味の石鹸ですか」

 

訝しむセオドール・ノットにそれが何なのかを説明したのは、ハーマイオニーだった。

「それ『ハリボー』よノット。グミ。知らない?『ハッピーコーラ』とか『ゴールドベア』とか」

「………つまりマグルのお菓子か?」

「そう。美味しいわよ?ウチの両親は私にあまり食べさせたがらないけれど」

「そういえばお前の両親は『歯癒者』とやらだったなグレンジャー」

「『歯医者』よノット。でもそう。マグルは魔法を使えない。魔法薬も入手できない。だから口腔内の健康を保つには『普段から気をつける』のが最も有効な手段で、もし歯に疾患ができたら、歯医者が病巣を削って取り除いて、その穴を人工の材料で補填するのよ」

「………正気か???」

治療風景を具体的に想像できてしまったノットは慄く。

「もちろん麻酔はするわよ。でも、そうね。マグルの子供が最も恐れるもののひとつが歯医者よ」

セオドール・ノットは己がノット家に、否それ以前に魔法界に魔法力を備えて生を受けたことを心の底から感謝した。誰に感謝しているのかは自分でもよく判らなかったが、とりあえず思い浮かべたのは父上と母上の顔だった。

「アルバスも歯医者怖いんだもんね」

そう言った先生に微笑みかけられて露骨に目を逸らしたダンブルドアを、ハーマイオニーとノットは少々の驚きをもって見つめていた。

尊敬しているか否かの違いこそあれど、アルバス・ダンブルドアという魔法使いを半ば人知を超えた存在だと認識しているのはグリフィンドール生もスリザリン生も同じなのだ。

「ダンブルドアくんまだ歯医者怖いの??」

小柄な魔女はそう言って楽しそうに笑い、ダンブルドアは何やらごにょごにょと口ごもっている。

「……ところで、『確信』は持てたのかの?ミスター・ノット」

いきなり露骨に話題を変えたダンブルドアに、ノットは合わせる事にした。

 

「はい。ありがとうございました校長先生。………では」

ノットは、石鹸を完食し隣の皿のマフィンに手を伸ばしていたその青年に向き直る。

「ちょっと良いですか先生。宿題を提出したいのですが」

「むも?」

マフィンを3ついっぺんに口に入れたせいで一切喋れないその青年は、「どうぞ?」を表情と顔の動きで表明した。

(もしかして、ホントは結構子供っぽい人なのかしら)

奇矯でこそあれどいつも優雅で飄々としていると思っていた先生の意外な一面にハーマイオニーが内心驚いている一方、ノットは「これが素の態度なのだろう」と早々に察していた。

「はい。では……先生―」

「むも。」

「―先生にいただいたこの宝石は、『フェニックスフリント』です。不死鳥がたまに、いえ、頻度は推察することしかできませんが……吐き出す、難消化性繊維の塊、つまり消化しきれなかった食べ物の残り。不死鳥であるが故にこれ自体も薬効を含む有用で貴重な品ですが、この中に稀に含まれる宝石。それが『フェニックスフリント』で、身につけている者を寒さから守ってくれると言われている、貴重極まる高価な品です………少なくとも世間一般の価値観では」

「んも!」

4個めのマフィンを口の中に追加投入しながらサムズアップして「正解!」と示した青年の意思を代弁するように、小柄な魔女が説明する。

「ダンブルドアくんのフォークスは大人しいからかあんまり吐かないんだけど。ウチの子はコイツに似たのか、かなり挑戦的な食生活してるから。わりと頻繁に生産してくれるんだよね」

「消化できないものを、そんな頻繁に食べるんですか?」

ハーマイオニーの疑問に、その魔女は答える。

「牛肉のステーキとか、チョコレートとかホットケーキとか。完全に草食のくせして食べるんだよ。それで案の定、そういう事した次の日は決まって燃焼日。自分が不死鳥なのを良いことに無茶するんだよね……誰に似たのか。それか、自分と似てるからコイツを選んだのか」

フォークスと並んで止まり木の上に佇むその不死鳥が「個人の自由だ」とでも言いたげな表情をしているように、ノットには思えた。

「命を投げ出してでも食べたいものを食べるというのは、僕らもわりとやりますよね。それこそお酒とかそうでしょう。甘いものばっかり食べるのもそうですし、父上は母上にそれでよく小言を言われていますし、聞く耳を持っていませんし。正直、僕ら魔法族がとやかく言えるかというと―」

「う。確かに。アナタ本当に賢いのね……」

フォークスの隣のその不死鳥がちょっと得意げな態度になったのを、ハーマイオニーは見た。

 

そのまましばらくの間ドリンクや菓子を楽しみつつ楽しく歓談していた5人の元にやってきたのは、血相を変えたマクゴナガルと、ハリーとロンだった。

「おや。どしたのミネルバくん」

3人は発言を脳内で推敲する間すら惜しいらしく、矢継ぎ早に捲し立てる。

「先生!アルバス!大変なのです、アーサーが!」

「僕、見たんです!僕は寝てて、けどどこかわからないところに、いえあの見たことがある、ウィゼンガモットに行く途中で見た、ひとつ上の階の廊下!!!そこでウィーズリーおじさんが!」

「パパが大変かもしれないって、ハリーが言うんだ!でっかい蛇に殺されそうだって!」

 

ハーマイオニーが状況を理解するより先に、テーブルとその上のお菓子と飲み物は消失した。

そしてノットもまた、ポッターとウィーズリーだけならともかくマクゴナガルまでも真剣な顔をしているのを見て「ただ事ではない」と判断した。

闇の帝王の思し召しなのではないかとまで察したノットだったが、悩んだのはほんの一瞬だった。

「ウィゼンガモットのひとつ上って、神秘部だよな。あの何があるのやらわからん事だけ判ってる『無言者』共の巣だろう。なんでそんな場所にお前の父親が居るんだウィーズリー?」

「知らないよ!!!!パパが死にかけてるかも知れないんだ!」

ハーマイオニーが慌て始めた時にはすでに、その先生と小柄な魔女、そしてフォークスではない方の不死鳥の姿が校長室から消えていた。

 

 





フェニックスフリント
 不死鳥が吐き出す「ペレット(食べたものに含まれていた難消化性繊維質の塊)」
 に稀に含まれている宝石。所持していると寒さから守ってくれるらしい。
 イラストを見る限りでは様々な色のものがある模様。
 不死鳥が生産する以上、たぶんダンブルドアも幾つか持ってると思われる。

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