104年後からの今 作:requesting anonymity
アーサー・ウィーズリーが最初に見たのは、もう永いこと見ていなかった懐かしい顔だった。
「……父さん」
どこだか判らない何も無い場所で、セプティマス・ウィーズリーが微笑んでいた。
「…………まさか、僕は」
「いいえ。心配いらないわアーサー。死にかけてるだけよ」
その懐かしい声が聞こえた方向へ振り向くと、セドレラ・ウィーズリーがそこに居た。
父と母に久しぶりに会えた喜びを戸惑いと困惑が押し潰してしまっているアーサー・ウィーズリーは、そこでやっと自分がグリフィンドールの制服を着ている事に気づく。
「やっぱり私、あの家を出て。アナタと一緒になって良かったわ。この子を見てると思うの」
「きみのあの家だって、困った人ばかりじゃないさ。第一きみが居るじゃないか」
在りし日のように惚気始めた両親を、アーサーは困ったような笑顔で見ている。
「そうだよ。ブラック家の人たちは純血主義だけど、いい人だっていっぱい居る。あのブラック校長ですら、決して悪人じゃない。あの人は家族を深く愛していた。そしてそれは今も変わらない」
その言葉は、玄関から聞こえてきた。
そこでやっとアーサー・ウィーズリーは、自分が今居るのが自分が生まれたかつてのウィーズリーの家だと気づく。自分とモリーの家になる前の、かつての「隠れ穴」だと。
「……ごめんなさい。どなたかしら?」
セドレラはアーサーと同じくらい困惑しているが、セプティマス・ウィーズリーだけはその人物を見て一気に笑顔になった。
「ギャレスじいさん!本当に久しぶりだ!」
言われて見ればその青年は確かにウィーズリーの家の人間だと、アーサーは顔を見て思った。
「紹介するよアーサー。この人は僕のお爺さんの弟のギャレスじいさんだ。僕は小さい頃いつもこの人の家に遊びに行った。行く度に見たこともない魔法薬を幾つも試させてくれた。しかもいつも新しい魔法薬で、同じものはひとつも無かった。なのに『あの時のアレ』をリクエストするとすぐに作って貰えた……この人は、あの子たちにとても良く似ているんだ……フレッドとジョージに」
息子たちの名前が出た事で、アーサー・ウィーズリーは自分が置かれていた状況と、何があったのかを全て思い出した。―ダンブルドアに伝えなければいけない。まだ死ぬわけにはいかない。
「父さん、母さん!僕、行かなきゃ。大変なんだ!」
駆け出そうとしたアーサー・ウィーズリーの手を、両親が掴んで引き止める。
「ダメだよ、アーサー。お前はまだこっちに来ちゃダメだ」
「そうよアーサー。まだアナタは、その玄関の扉から『出発』してはいけないわ」
ギャレスという名らしい青年は、アーサーがよく見てみれば、通せんぼするかのように玄関に立ちふさがっていた。とても穏やかで優しい、気楽な笑顔を浮かべて。
確かにあの笑顔はフレッドとジョージに似ていると、アーサーは思った。
「焦らなくても大丈夫だよ。アイツが来たからね」
「アイツって誰ですか、ギャレス……さん」
「僕の友達。きみも1回か2回は会ったことあるはずだけど……ほら、呼んでるだろう?」
そう言われたアーサー・ウィーズリーは、自分の身体が透け始めている事に気づく。
「嫌だ!!僕はまだ死ぬわけにはいかない!!父さん、母さん!!」
セプティマス・ウィーズリーとセドレラ・ウィーズリーは、泣き叫ぶ我が子に微笑みかける。
「愛してるよ、僕のかわいいアーサー。きみは僕の誇りだ」
「愛しているわ、私のかわいいアーサー。アナタの母親であれて私、幸せよ」
その言葉を最後に、全てが白く消えていった。
「おはよう、アーサー・ウィーズリー。気分はどう?」
魔法省神秘部の入口前。今日も不気味な静謐さを保っているその暗い廊下と天井が、アーサー・ウィーズリーの視界に映った。
「ビリウスに、弟に会った気がする……」
ぼんやりした頭と視界のままそう呟いたアーサーは、不死鳥と目が合った。
「その子はきみに何もしてないわよアーサーくん。『大丈夫だからゆっくり普通に治せ』だって」
見知らぬ魔女にそう言われてやっと、アーサー・ウィーズリーは全身がひどく痛い事に気づく。
「とりあえずの治療はしたから死にはしないけど。アナタ、聖マンゴとホグワーツの校長室だったら、どっちに搬送されたい?」
そう問いかけられたアーサー・ウィーズリーが思い浮かべたのは、この世で最も頼りになると彼が信じている魔法使いの顔。他ならぬアルバス・ダンブルドアの顔だった。
「落ち着くのじゃ。皆。先輩が向かったという事は、何も心配は要らんという事じゃ」
ホグワーツの校長室に、在学生であるウィーズリーの兄妹たちが勢揃いしている。
そこに「姿現し」したのは、何か動物を象っているようにも見える、白く光る靄の塊だった。
「アーサー・ウィーズリーの命に別状は無い。さっきはあったけど、今はもうない。君たちのお父さんは生きてるよ、ミスター&ミス・ウィーズリー……これを先に言っとかないとね」
それだけ言った守護霊が形を崩し薄れて消えたのと入れ替わりに、空中が燃え上がった。
そこから不死鳥と共に現れた青年と魔女に支えられている自分たちの父親を見て、ウィーズリー家の子どもたちは一斉に声を上げる。
「「「「パパ!!」」」」
全身血みどろのアーサー・ウィーズリーは、どうにかこうにか意識を保っていた。
「……聖マンゴに、先に行くべきだったかな………」
子どもたちに心配をかけてしまった事を心苦しく思っているアーサー・ウィーズリーだったが、当のフレッドとジョージとロンとジニーにとってはそんな事より父の容態の方が大事だった。
「大丈夫ですか、ミスター・ウィーズリー。どのくらい痛みますか?」
「お久しぶりです、マクゴナガル先生………、さっきまでよりは、かなりマシです……」
「何があったのか、聞かせてもらう事はできるかの、アーサー」
「もちろんですダンブルドア……あそこで、神秘部の入口前の廊下で僕は……後ろから近づいてきている蛇に気付かなかった……アイツの、『例のあの人』の蛇です。噛まれた……何度か」
それを聞いたロンは、急に気づいた。パパはハリーにお礼を言わなければいけない。
「ハリーが教えてくれたんだ!パパが大変だって、『見た』って!だから僕らダンブルドアに助けてもらおうと思って、途中でマクゴナガル先生に会って、とにかくハリーのお蔭なんだ!!」
そう言われたアーサー・ウィーズリーは、その末の息子の親友を見つめる。
フレッドもジョージもジニーも、ハリーを見ている。
「ありがとう、ハリー。お蔭でまだ生きてる。君がすぐに行動してくれてなかったら……」
そう言ったウィーズリーおじさんに続いてウィーズリー家の面々から口々にお礼を言われたハリーは、自分が「その光景」を蛇の視点で、他ならぬウィーズリーおじさんを殺そうとした犯人として目撃していたという事を伝えるタイミングを、とうとう完全に失ってしまった。
しかしその青年は、ハリーを見つめて少し面白そうにクスクス笑っている。
「おや、ハリー・ポッター。今、何を言いそびれたんだい?」
ハリーは心臓が止まるかと思ったが、10秒近くかけて覚悟を決めた。
「……ハリーに『閉心術』を。教えるべきではありませんか、ダンブルドア」
ハリーの言葉を聞き終えて、マクゴナガルは深刻な表情でダンブルドアに懸念を表明している。
「きみはそんな事しないよハリー!!きみは僕のパパを助けてくれた!大事なのはそこだけだ!」
「そうだぜハリー!そんな事気にすんなよ!!」「悪いのはあのツルッパゲだけだぜハリー!」
「『例のあの人』がやった事よ。それでハリーが罪の意識を感じるなんて、それこそ『あの人』がほくそ笑むわ。ロンの言う通りよ。『パパを助けてくれた』大事なのはそこだけよ」
ウィーズリー家の面々は、誰もハリーを責めようなどとはしなかった。それが単なる「気遣い」などではなく、本心からの振る舞いなのだと気づいたハリーは、ウィーズリーおじさんに言う。
「ごめんなさい、ウィーズリーおじさん。僕が躊躇ってれば、おじさんは……」
「何を言うかと思ったら!いいかい、きみのお蔭で僕はまだ生きてるんだ。きみは命の恩人だ!きみが僕に謝らなければいけない事など何も無い!!」
その光景を見て、青年は変わらず笑っていた。
「君たちは、『ウィーズリー』は。僕らが学生だった頃も、今も。いつの時代でもそうなんだね。そりゃあ1人の例外も無くグリフィンドールに組分けされるはずだよ」
そしてダンブルドアは、かなり久しぶりに、実に数ヶ月ぶりに、ハリーに直接話しかけた。
「今回の事は、ハリー。我らに貴重な情報を齎したのじゃ。きみの正直な告白と、その前の迅速な行動によっての。お蔭でアーサーの命は助かった。そして、奇妙な点が幾つも浮かび上がる」
ダンブルドアが何を言うのか、察せているのはその青年だけだった。
「まず、アーサーくんが噛まれた蛇の事だね。あ、あの子『ナギニ』って名前なんだけど。アーサーくんは今回あの蛇に噛まれて、毒で死にかけた。けれどね、あの種類の蛇に本来毒なんか無いんだよ。アーサーくんがなんであんな場所に居たのかは後でアルバスに訊くとして……ハリー、きみが見たものは恐らく、そっくりそのまま、『その時ヴォルデモート卿が見ていたもの』だ。きみとあのトムくんとの間に何らか厄介な繋がりがあるっぽいってのは既に判ってた事だけど、つまりあのトムくんは、ナギニともそういう繋がりを持ってるか、もしくは単にナギニの目を通してモノを見られるか。とにかくあの蛇は、単なるペットの枠を超えた、あのトムにとって重要で貴重な存在なんだろう……アーサーくん、そしてハリー。きみたちね。大収穫だよ、これは」
ダンブルドアは、その青年の言葉を引き継ぐ。
「そのナギニが、神秘部に侵入しようとした。これもまた重要な情報じゃ。つまりトムの欲しがるものがそこにあるという事じゃ………予想していた通りに。さて、アーサー。きみはそろそろ聖マンゴに行くべきじゃの……先輩、お願いできますかな」
「任せてアルバス。ほらポピーちゃん、行くよ」
アーサー・ウィーズリーの身体を支えると、その青年と魔女は不死鳥の力を借りて姿を消した。
「……何をぼんやりしているのです?授業に戻りなさい!」
「「そりゃないぜマクゴナガル先生!!」」
フレッドとジョージは愕然とした様子で呻いた。
そして校長室から追い出されたウィーズリー兄妹とハリーを出迎えたのは、ハーマイオニーとセオドール・ノットの2人だった。心配で心配でたまらなかったハーマイオニーと、一旦首を突っ込んでしまった以上は事の顛末が気になったノットは、今までずっとそこで待っていたのだ。
「ロン、お義父さんは……」
「パパ、生きてた。死にかけてたけど、死んでない。大丈夫だった……ハリーのお蔭だ」
その直後、何かに気付いて挙動不審になり始めたハーマイオニーに、そんな機微に気づける心の余裕など無いジニーが目に涙を溜めたまま抱きつく。
「ハーマイオニー………!」
何も言葉が出てこないらしいジニーを抱きしめているハーマイオニーがロンの方を見ないようにしている事にハリーは気付いたが、それが何故なのかはさっぱりわからなかった。
「なんで頑なにこっち見ないんだよ、ハーマイオニー?」
「ひっぱたくわよロナルド・ウィーズリー!!」
「ぃぇぇ???????」
顔を真っ赤にして怒鳴ってきたかと思えば即そっぽ向いてしまったハーマイオニーの後頭部を見つめたまま、ロンは何が何やらわからず、シニストラ先生に宇宙の広さを教えられた時と同じ顔をしたまま立ち尽くしていた。
「僕が何したって言うんだ………」
今回は本当に何もしていないので思い当たる節が有るはずもないロンはしかし、何か悪いことをしてしまったか言ってしまったかと悩み続けている。
そんな光景を見ているうちに、フレッドとジョージは少し普段の調子を取り戻したようだった。
「なあ、ハリー。ありがとな」
フレッドとジョージのどちらかにそう言われて、ハリーは困った。
「いや、僕そんな―」
「ありがとな。俺たちのかわいいロニー坊やと友達になってくれてさ」
「お前がロンに向かいの座席を勧めてくれたから、巡り巡って父さんの命が助かったんだぜ」
自分がロンと初めて出会ったホグワーツ特急の中での話をされて、ハリーは更に戸惑った。それは結果だけ並べれば確かにそうかもしれないが、あの時先に話しかけてきてくれたのはロンの方で、今回ウィーズリーおじさんの救命をしたのは先生とあの魔女なのだ。つまり自分は褒められるに値するような事を何もしていないと、ハリーは思っていた。
「ロンが、初めてホグワーツ特急で話しかけてきてくれた時。僕嬉しかったんだ。ああ僕にも友達ができるんだ、って。しかもロンはイイヤツだった。そりゃ時々は無神経だけど、ロンより優しいやつなんて、そこいらで見つけるのはちょっと大変だよ」
ハリーとフレッドとジョージのそのやりとりがしっかり聞こえているロンは、嬉しさと不愉快が半々の、変な表情になっていた。
「………3人とも、僕本人がここに居ること忘れてんじゃないよな?」
そこでハーマイオニーは、急に。気付かなくていい事に気付いてしまった。
「ねえハリーあなた、『夢で見た』って言ったわよねウィーズリーおじさんの事を。夢で見たっていうのは『眠ってた』って事よね。それであの時あなた、図書館で宿題をしていた筈よね?」
突如劇的に立場が悪くなったハリーは、魔法史のレポートが進まなすぎて早々に集中力が切れ、全然関係ない面白そうな本を読んでいるうちにいつの間にやら眠ってしまっていたのだという事を、ハーマイオニーの目を見ないようにしながら、なんとか説明した。
「あなた達ったら、全く。もう!」
プリプリと憤り始めたハーマイオニーに、ロンが言う。
「でも、そのお蔭でパパの命が助かったんだ!宿題投げ出したのは、そりゃ褒められる事じゃないけどさ!期限だってまだ余裕あるんだぜ、そんな目くじら立てることかよ!」
「 そ れ と こ れ と は 別 の 話 よ ロ ナ ル ド ・ ウ ィ ー ズ リ ー ! ! 」
一気に不機嫌になったハーマイオニーに連行されていくハリーとロンを見送って、ジニーの顔に漸く笑顔が戻った事に、フレッドとジョージは気付いた。
「あの2人がロニー坊やと仲良くしてくれてる事は、たぶん俺たちが思ってるよりずっと価値ある事だぜ。父さんの命がそのお蔭で助かったってだけじゃなく、な」
ジョージ・ウィーズリーの発言に真っ先に同意したのは、いつも通りフレッドだった。
「ロニー坊やにゃ勿体ないくらいイイヤツだぜ、ハリーもハーマイオニーもさ」
ちょっと落ち着いたジニーも、兄たちに続く。
「でも、ロン。ちょっとニブすぎない?まさかまだ気付いてないなんて!」
「あの様子じゃ、ハーマイオニー本人から面と向かって言葉にされるまで気付かないぜ」
「ああ。我らが愛すべき弟には、どうやら目も耳も無いらしい。新しいの作ってやるべきかな」
そこまで言ったウィーズリーの兄妹たちは、急に気づいた。
「「「ママに手紙書かなきゃ!!」」」
ダンブルドアかマクゴナガルがとっくに知らせているだろうが、それとこれとは別の話だった。
「ところでミスター・セオドール・ノット」
「なんだ………えーー………、えー……、……フレッド!」
「残念、フレッドはそっちだ。俺はジョージ。お前、次の授業は何だ?」
じっくり悩んだ末に2択を外したノットは、ちょっとムッとしながら「魔法史だ」と答える。
「おーぅそりゃ御愁傷様。……おや??」
そこでフレッドとジョージは、同時に辿り着いた。全く同時に、それまで誰一人疑問にも思わなかった事、そしてもしかしたらダンブルドアだけは答えを知っているかもしれない疑問に。
「なあノット、お前魔法史の授業、眠くなるか?」
双子のどちらかに訊かれて、ノットはアッサリと白状する。
「ああ。まあできるだけ起きているべきなのは解っているんだが……それでもアレは……」
「だよな。ビンズの授業は魔法そのものだぜ、ありゃ。……で、さ」
ウィーズリーの双子に真っ直ぐ見つめられて、ノットは「コイツら本当にそっくりだな」と、全然関係ない事を考えていた。
「「『例のあの人』は、学生時代、ビンズの授業で居眠りしたと思うか?」」
セオドール・ノットはそんな事訊かれても、なんとも答えようが無かった。
そしてその日の授業が全て終わるとマクゴナガルがグリフィンドールの談話室に現れ、始まるまでもう数日ある3週間のクリスマス休暇を待たずして、フレッドとジョージ、そしてロンとジニーとハリーはグリモールド・プレイスに送られた。
彼らウィーズリー一家とハリーはそのままクリスマス休暇をそこで過ごす事に同意し、いざクリスマス休暇が始まるとここにハーマイオニーとその両親も加わった。
ハリーがそこで3週間過ごす以上、ホグワーツと不死鳥の騎士団、そして魔法省内の志ある者たちが提供できる最大限の守りをハリーに齎す事がキングズリー・シャックルボルトとマクゴナガルの口から保証された。それがどれほどのものなのか、ハリーはむしろウィーズリー家の人たちやシリウス、ハーマイオニーやルーピンやトンクスといった大好きな人たちと過ごす気楽で幸せなクリスマス休暇に誰とも知れない気合いの入った闇祓いが山程やってくるのは嫌だなあとすら思っていたが、実際のところ、やってきた護衛メンバーの中でハリーが知らない人物はたった1人だった。
「はじめまして。ハリー・ポッター。……じゃあ、きみがヘンリーくんのひ孫なんだね?」
そう言いながらも全くハリーの方を見ようとしないその魔法使いは、手に持った杖の先を赤く明滅させていた。この人が本当に「最大の守り」なのだろうかと、てっきり先生が来てくれるものと思い込んでいたハリーは面食らったが、その魔法使いは尚もハリーの方を見ようとしないまま、ハリーの疑念を見透かしたかのように、落ち着いた口調で言う。
〈俺は単なる通訳だよハリー・ポッター。きみの『護衛』は、この中〉
その魔法使いが持ち上げて示した旅行カバンは、あの先生のものとは少しデザインが違った。
〈尤も、きみは俺と同じパーセルマウスだから通訳なんか要らないだろうけど、他の皆は……それこそきみのご友人たちや、不死鳥の騎士団の皆々様はそうじゃないからね〉
ハリーはそこで初めて、その人物が話しているのが蛇語だと言うことに気づいた。しかしそれも言葉を聞き分けたのではなく、隣に立っているキングズリー・シャックルボルトの、不安を拭いきれないとでも言いたそうな表情ゆえだった。
〈その中に居る護衛って?ダンブルドアを差し置いて『最大の守り?』〉
〈蛇語を喋れる奴がセットで派遣されてきてる時点で、ある程度想像は付くだろう?でも、まあダンブルドアくんとコイツを比べた時にどっちが頼もしいかは、……言わぬが花ってやつだね。けど知っての通り、ダンブルドアくんはやらなきゃいけない事が山程あるんだ。それこそクリスマス休暇なんて取ってられないくらいにね。とにかく―〉
「―はじめまして。よろしく。ハリー・ポッター。俺の名前はオミニス・サロウ」
最後の自己紹介だけは蛇語でない事に、ハリーは一瞬気付かなかった。
そして、ダンブルドアすらもが、知らなかった。彼がとんでもない大嘘をついている事を。
ダンブルドアが、信頼する「先輩」に、今日もまた一杯食わされている事に。
ハリーがその「オミニス・サロウ」と名乗った魔法使いが何故目を合わせてくれないのか、何故ずっと杖を持ったままなのか疑問に思い始めていた頃。グリモールド・プレイスから遠く離れたアメリカ合衆国はマサチューセッツ州の、人里離れた一角で。その2人は会話していた。
「きみ、ここに居ていいのかい?」
「いいの!今年のクリスマスはここで過ごすの!!」
学生時代と何ら変わらないわがままを言うその青年の、何も変わっていないのであろう笑顔を思い浮かべて、その魔法使いは笑っている。
「ねえねえ、おじーちゃんのお友達?」
「そうだよセバスチャン。おじいちゃんと、おばあちゃんの、ホグワーツの同級生さ」
「嘘だあ!だってそんなお年寄りには見えないよ!」
「俺もそう思うよ」
大好きな曽曽祖父にそう言われても意味がわからず、じっくりと首を傾げてから去っていったその男の子の小さな背中を、青年は眺めている。
「あの子が手紙に書いてあったきみのひひ孫だね、オミニス」
「そう。かわいいだろう」
「ものすごくね……あ。ありがとアン。久しぶり」
その魔女は、2人が居るテーブルに茶菓子を追加し、自分も空いていた席につく。
「ねえ、2人とも良かったの?ダンブルドアくんは、オミニス本人がイギリスに来てるって思ってるんでしょ?わざわざダンブルドアくんを騙すような事しなくてもよかったんじゃない?」
「そうだけど、だって僕、思いついちゃったし。それに僕はクリスマスをここで過ごしたいし、かといってハリーの警備を手薄にはできない。じゃあ選択肢はそんなにたくさんは無い。だろう?」
そう言って笑った青年の足元のカバンが開き、中から青年の「家族」が現れる。
「久しぶりだねポピー。それにペニーとファスティディオまで。我が家にようこそ」
ダンブルドアどころか、ホグワーツの誰も、イギリスの誰も、その団欒の事を知らなかった。
たった1人を除いて。
「じゃあハリー・ポッター。俺の事はあんまり気にしないで。俺も確かにきみの護衛ではあるけど、それってつまりきみの楽しいクリスマスには何ら関わらないって事だからさ。俺の事は背景だとでも思っといてくれればいいよ。『派遣されてきた闇祓いその3』ぐらいだと思ってて」
オミニス・サロウと名乗ったその魔法使いは、そう言ったっきり本当に一言も発さず、ハリーがいちいち注意を払わないほどの、視界の隅の方に引っ込んでいった。
ダンブルドアの想定とは全く違う形ではあるものの、しかし結果だけを見れば「現在提供できる最大級の防護をグリモールド・プレイス12番地に、ひいてはハリーに提供する」という目標は達成されていた。その「ダンブルドアの学生時代の先輩」が企んだ通りに。
「ハリー!」
「やあハーマイオニー」
ハーマイオニーが両親と共にグリモールド・プレイスに姿を現した事で、ハリーの脳内にあったその「オミニス・サロウ氏」に対する興味は、あっという間に消えていった。
「こんにちはウィーズリーおばさん」
「ハーマイオニー!よく来たわね。ハーマイオニーのお父さまとお母さまも、よくいらしてくれました。……と言ってもここは我が家じゃないけれど、歓迎するわ」
「『ここは我が家じゃない』全く仰る通りだモリー」
「シリウス!」
「ハリー!到着していたのか!」
一気に笑顔になったシリウス・ブラックは、ハリーたちが予測していた通りに、今学期のホグワーツの事をあれやこれやと訊きたがった。しかしハリーのほうもシリウスに手紙で伝えきれていない事がたくさん、話したい事はもっとたくさんあったので、ハーマイオニーとロンとも一緒になって止めどなく愚痴やら興奮気味の嬉しい報告やらを話し続けた。
「……そりゃそうだ!アンブリッジとかいうやつなんかに、先生を追い出せるもんか!ピーブズをホグワーツから追い出そうってくらい、土台無理な挑戦だ、それは!」
ハリーたちの報告を聞いて、シリウスは気分良さげに笑った。
「先生は、まだ時々、アンブリッジの目を盗んで僕らに授業をしてくれてるんだ。だいたいは、『闇の魔術に対する防衛術』以外の授業に気まぐれに現れて、そのまま『先生』をしてくれる」
「マクゴナガル先生があんなに楽しそうなの、クィディッチでハリーが活躍してる時以外で見たの初めてよ!マクゴナガル先生まで生徒みたいだったんだもの」
ハーマイオニーも興奮気味に、9月1日から今日に至るまでの色々を話している。
「先生の授業は、最高だったろう?」
そう言いながらリビングに出てきたリーマス・ルーピンは、ぐったりと眠りこけたままのニンファドーラ・トンクスを抱っこしていた。
「……それ、どうしたのルーピン?」
ハーマイオニーが怪訝そうに訊く。
「飲み過ぎさ。仕事でアンブリッジの命令聞かなきゃなんないのが我慢の限界らしい」
それは理由の半分だろうと、ハーマイオニーは鋭敏に気づいた。
「あー、そっか闇祓いって魔法法執行部の職員だから……」
どういう事情なのかを察したハリーに、ルーピンが言う。
「そう。それに法の番人だからね。下された命令がどれだけ不本意なものでも、拒否はできない」
「拒否するなら、退職と引き換えだ」
そう付け足したアラスター・“マッド‐アイ”・ムーディは、どこか嬉しそうに見えた。
「さあみんな!到着早々悪いけど、ハリーもハーマイオニーもこれから出かけるんですよ!」
ウィーズリーおばさんはそう宣言し、キングズリーを始めとした護衛の闇祓いたちは手早く準備をし始める。ハリーはちょっと考えてから、どこに行くのかの見当がついた。
「アーサーのお見舞い!聖マンゴに行きますよ!どんなに長引いたってクリスマス・イブまでには退院できるとダンブルドアは保証してくれましたけれど、だからといってそれまでお見舞いに行かなくていいという事にはなりませんからね!とっても暇なんですよ、入院というものは!!」
だからあなた達を連れて行くのよと言ってフレッドとジョージにウインクしたウィーズリーおばさんを見てハリーは、ウィーズリーおばさんにしては珍しい種類の冗談だなあと呑気に思っていた。
「あらひもいきたい!!」
急に目を醒ましてルーピンに抱っこされたままそう言ったトンクスを見て、皆が笑う。
「………フレッド、ジョージ。酔い醒ましの薬とか持ってないかい?」
「良くぞ訊いてくれた!俺たちオススメの商品があるぜ……」
フレッドとジョージが何やら取り出したのを見たウィーズリーおばさんが眉間にシワを寄せる。
そしてハリーは事ここに至ってやっと、今年のクリスマス休暇はダーズリー一家と過ごさなくていいのだという幸福を実感していた。
セドレラ・ウィーズリー(旧姓セドレラ・ブラック Cedrella Black)
フィニアス・ナイジェラス・ブラックの孫。
ニンファドーラ・トンクスの曽祖父のいとこ。
シリウス・ブラックの祖父のいとこ。
ドラコ・マルフォイの曽祖父のいとこ。
セプティマス・ウィーズリーの妻。
アーサー・ウィーズリーの母親。
ロンたちウィーズリー兄妹の祖母。
ブラック家からは勘当されている。