104年後からの今   作:requesting anonymity

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18.聖マンゴ魔法障害疾患病院

 聖マンゴ魔法障害疾患病院の天井を眺めるか壁を眺めるか、さもなければ他の患者の声や物音に耳を傾けるしか楽しみがない入院中のアーサー・ウィーズリーは、退屈に苛まれている人間の必然として、昔の思い出に脳まで深く浸かっていた。

(そう言えば、僕が聖マンゴに入院するのはこれで何回めだったかな……)

 過去何回かあった入院は、考えてみれば半分以上が、幼かった頃のフレッドとジョージの、まだ加減を全く知らなかった頃の彼らのイタズラが原因だった。

(………お蔭で楽しい人生だよ。フレッド、ジョージ)

 それらを今思い出しても、大いに害を被っていた当時も。アーサーの脳裏に呼び起こされる思いは「幸福」以外の何でもなかった。

「あ。やあオーガスタス。何か用かい?」

 そこに入室してきたのは、実地研修中の見習い癒者オーガスタス・パイ。

「こんにちはアーサー。……ちょっと内緒で試してみたいマグルの治療法があるんですけれど」

 アーサー・ウィーズリーの目は、好奇心で煌めいた。

 

「ここがそうなの?」

 

 何度も話で聞いた為に「聖マンゴ」という単語の意味するところだけは理解していたハリーは、初めて来た「魔法の病院」に、そういう場面ではないと解ってはいても好奇心を刺激されていた。その建物を外から見るぶんには、赤レンガ造りの「何十年か前の営業していた当時は人気だったのかな」と思える滅びたデパートの廃墟にしか見えないのも、ハリーには興味深かった。

「そうだよ。ここが聖マンゴ。僕ら何回か来た事があるんだ。パパのお見舞いでね」

「そうだったか?お前覚え間違いをしてるんじゃないかロニー坊や?」

「あの時誰のせいでパパが入院したと思ってるんだよフレッド!」

 弟に責められても、双子はどこ吹く風でいつも通り笑っている。

「いいや俺はジョージだ。フレッドはこっち」

 眉間にシワを寄せた弟に睨まれても、双子は楽しそうだった。

「あなたが物心がつくより前にも。1度アーサーは入院しましたよ」

 母親モリーが横からそう言い、フレッドとジョージは「あれはちょっと失敗だった」と笑う。

 

「……何したの?」

 

 ハリーの質問に、他ならぬフレッドとジョージが答える。

「当時俺たちは3歳で、勿論呪文なんかひとつも満足に使えないわけだな」「でも俺たちは、作ってみたかった」「『魔法薬』ってヤツをな」「で、見様見真似で作ってみて、完成した時に――」「まあ当時の俺たちの技術水準を思えば、なにをもって『完成』なのかは議論の余地があるな?」「言えてるぜ。で、父さんが来た。俺たちの薬を見てニッコリして、勧めたら飲んでくれた」

 その光景がありありと想像できて、ハリーは笑ってしまった。ウィーズリーおじさんはきっと、幼い息子たちが作ったそれを大喜びで飲んだのだろうと。

「ええ。後はあなたが想像した通りですよハリー。アーサーは次の日の朝になってもまだ止めどなく嘔吐し続けていたし、吐き出したものは相変わらず眩しく光り輝いていたわ。で、聖マンゴに。癒者と私は一緒になってこの2人に、そしてアーサーにもお説教をしたけれど……」

 

「「父さんは俺たちを褒めてくれたんだぜ」」

 

 それはどうやらフレッドとジョージの心に深く刻まれた「成功体験」であるらしかった。

 そしてウィーズリーおばさんが受付の女性に「アーサー・ウィーズリーのお見舞いに来た」「自分たちはアーサーの妻と子供たちと息子の友人」と手短に説明し、それを証明し、道案内をされている間、ハリーはその横のもう1人の受付の男性が応対している、どうやら何故自分がここに居るのかを全く思い出せないらしい老人の断片的過ぎる証言に興味を惹かれていた。

「魔法の影響を受けたマグルも、状態が酷いとここに送られてくる」「当然、そいつらが自分の状況を正しく理解する事は最後まで無いわけだな」

 フレッドとジョージが小声で説明してくれた事で、ハリーはその老人の事情をだいたい察せた。

「さあ、行きますよ!」

 ウィーズリーおばさんがそう言ったのを合図に、ハリーたちは再び移動し始める。

 そしてウィーズリーおばさんが退いた後の受付には、どうやら自分を獰猛な肉食獣だと信じ込んでいるらしい女性と、その女性を魔法で拘束して連れてきた魔法使いが、どこに行けば治療が受けられるのかを訊ね始めた。

「……どこかのバカが服従の呪文をかけそこなったか?」

 アラスター“マッド‐アイ”ムーディがその2人の方を見もせずに呟く。

 行き先が病院である以上あまり大勢で詰めかけるべきではないという当然の配慮によって「ハリーの護衛」はトンクスとムーディの2人だけだった。表向きには。

 

「儂は! グラニングスの! 会長の孫の息子の知り合いの友人の隣人の姪なんじゃぞ!!!!」

 

 受付で支離滅裂な発言を続けている汚らしい身なりの老人が、今朝追加で合流してきたばかりの、誰も素性を知らないが「先生」とダンブルドアの知り合いであるらしい蛇語話者の魔法使いと同一人物だと察しているのは“マッド‐アイ”ただ1人だった。

「それはつまり赤の他人ですよね?」

 受付の男性は、至って冷静に対話を試みている。

 しかし、その「蛇語話者の魔法使い」がダンブルドアの想定とも全く別人である事には、当のダンブルドアが気付いていない以上、流石の“マッド‐アイ”といえども気付ける筈がなかった。

「聖マンゴには。魔法生物は持ち込み禁止なんだがな」

 まあ先生にそんな事言っても無駄か、と“マッド‐アイ”が独り笑っている横でハリーは「グラニングスに『会長』なんて居たっけな」と、どうでもいい疑問に気を散らされていた。

 

「さあ、こっちですよ。右から2番目のドア……ああ。きっとここだわ」

 

 そのフロアとフロアを隔てる扉には、大きな牙と、それに噛まれそうな位置にある腕の図像が大きく描かれていた。どう考えてもここだと、ハリーも思った。

「わかりやすいってのは良いことだな」「ああ。なんてったってここは聖マンゴだ」「字で書かれたってわかんねえ奴がいくらでも居るからな」「賢いやり方だぜ。これはさ」

 フレッドとジョージはその案内の掲示方式が気に入っているらしかった。

「ここは『ダイ・ルウェリン棟:重度の咬傷病棟』だ。ダイ・ルウェリンの名前はフレッド、ジョージ、ハリー、ロン、ハーマイオニー。お前たち既に魔法史で習っている筈だな?」

 ムーディにそう問われても「全く聞いた事が無い」と確信を持って言えるハリーは、トンクスがさっと視線を逸らした事に気づいた。しかしすぐに、いつも通りに、ハーマイオニーが口を開く。

「ダイ・ルウェリン、通称ダイ“デンジャラス”ルウェリンはケアフェリー・カタパルツ所属の、同チームで最も有名なクィディッチ選手でした。彼は試合中にリスクの大きいプレーを果敢に行う事で有名でしたが、ミコノス島で楽しい休暇を過ごしている最中に、キメラに遭遇しました」

「そしてそれが命取りになった。その通り! グリフィンドールに2点くれてやろう!」

 ハーマイオニーがちょっと嬉しそうなのを余所に、ハリーとロンは本当にそんな名前聞いたことが無いと確信していたので、一体自分たちはいつその説明を受けたのかと首を捻っていた。

 

「キメラと出くわすとは、確かに致命的だな」「ああ。なにせそのルウェリンは、ハグリッドじゃないんだもんな」「それにあの先生でもないしな」

 至って気軽にそう言ったフレッドとジョージに、真っ先に賛同したのはマッド‐アイだった。

「確かにハグリッドの奴にとっちゃそれは、最高の休暇だろうとも。アイツはホグワーツの生徒だった頃からずっとああだ……儂らの寝室にヒッポグリフの子供を連れ込んで来た事もある……『怪我してんだ!』と大騒ぎしよってな……ダンブルドアにしかバレんかったのは奇跡と言える」

 ハグリッドならやりそうだと思った数秒後に、ハリーはその疑問をやっと抱いた。

「ねえ“マッド‐アイ”、ハグリッドがホグワーツの生徒だった頃を知ってるの?」

「知っとるとも。同じグリフィンドールの同級生だ。ルームメイトだ。尤もそれは3年生までだが。アイツが森の傍の小屋に移ってからも儂ら『元ルームメイト』は、断固として友人で有り続けた。それはかの『スリザリンの監督生殿』に対する反抗心故にだ。当時あの監督生殿は立派な模範生という評判を確固たるものとしていたが、奴がスリザリン寮所属だというだけの根拠で、儂らは目の敵にしていた。『なんか気に入らん』と、そういうわけだ……結局その勘は正しかったわけだが。まあ、その監督生殿が誰かという一点を抜きにして考えると、当時の儂らのあの敵意は。褒められた行いではないな……。お前たちは仲良くやれよ。『寮』だけを理由に嫌ってはならん」

 

「その『監督生殿』って誰?」

トンクスの質問に、ハリーが答える。

「トム・マールヴォロ・リドル。……ヴォルデモート」

 

 絶句したトンクスを余所に、“マッド‐アイ”はハリーに訊く。

「知っとったか。……ああ、お前は2年生の時に……そうだ。その『日記』は。あやつの『人格の写し』のようなものが封入されておったのだったな?」

「うん。日記をバジリスクの牙で刺したら、すごい量のインクが血みたいに湧き出して、リドルの身体に穴が空いた。僕は『これなら効くんだ』って思って、何回も刺した……日記を」

「それでその『ヴォルデモートの写し』は滅びたと…………あのクソッタレめ。そこまでして死にたくないか………つくづく見下げ果てた奴だ……あんなもの、死んだほうがマシだろうに」

 

 何かに思い至ったらしいマッド‐アイの横から、フレッドとジョージのどちらかが言う。

「まあまあ、そんなトムとかいう友達居なさそうな奴の事なんて話してないでさ。我らが父上に謁見しようぜ皆の衆」

 いま自分はもしかしてちょっと口を滑らせたのではなかろうかと思っていたムーディは、ウィーズリーの双子が話題を変えてくれた事に内心で感謝した。

「――で、実際のところどうだったんだ“マッド‐アイ”? そのトムくん、友達居たのか?」

「居たと思うか? ……『取り巻き』とか『手下』なら大勢侍らせてたがな」

「おおぅ、……そりゃまたずいぶん寂しそうだ。俺たちだったらそんなの耐えらんないね」

「まったく可哀想な奴だねトムくんは。……ジョーダンの奴になんか土産買って行くかな」

「アンジェリーナにも帰りになんか買っていこうぜ。あいつぬいぐるみとか好きだったろ」

 なんとも気軽な口調で「ヴォルデモート卿」の根源を繰り返しナイフで刺すフレッドとジョージに、ハリーもロンもハーマイオニーも笑わされた。

 

「おや、来てくれたのかい。みんな!」

 

 ハリーたちがその病室に入ると、比較的マシになったとは言えまだまだ傷だらけなアーサー・ウィーズリーが、ベッドの上でニッコリ笑っていた。

「傷の具合はどう? アーサー」

「かなりマシになってきてるよかわいいモリウォブル」

 フレッドとジョージとロンとジニーが全く同時に「勘弁してよ……」という表情になったのが、そしてそれが4人とも全く同じ顔なのが、ハリーとハーマイオニーには面白かった。

「ホントに仲がいいわよね。あなた達のパパとママ」

「………見なかった事にしてもらうってのは不可能ですかね、麗しいレディ」

 フレッドとジョージのそんな顔は、なかなか見られるものではなかった。

「パパ、その傷はなあに?」

 ジニーが指摘したのは、何やら処置をしたらしい形跡がある、辛うじて流血は止まっている生々しい傷跡だった。

「あ、いやジニー、これはなんでも……」

「あなた! また何か試しましたね! マグルの不確かな治療法を!!!」

 即刻察して即起爆したウィーズリーおばさんに、ウィーズリーおじさんがしどろもどろの言い訳をし始めると、ウィーズリーの兄妹たちはまた一斉に同じ表情になる。

 

「違うんだよモリー………ちょっと縫合を試してみようって話になってさ……」

「『縫合』??? なんですかそれは! そんなものを、そんな、もし万が一の事あったら!!」

 

 縫合は不確かな治療法ではないと言いたかったハーマイオニーだったが、ウィーズリーおばさんが怖かったのでやめた。

「マグルはこういう傷をそうやって治すって聞いたんだょぅ」

「マグルにそういう治療をするのは『マグルの』治療法の専門家でしょう! あなたは『マグルの治療法の専門家』ですか!!!」

「………モリー、他の患者さんに迷惑だから」

 ウィーズリーおじさんは、言い訳する声がどんどん萎れていく。

 

「いいや、最高の気分転換だ。どうぞ続けてくれ」

 

 病室の隅、カーテンで隔てられた向こうのベッドから聞こえてきたその半笑いの声が、アーサー・ウィーズリーから逃げ道を奪った。

 

 そして暫く続いたモリー・ウィーズリーのお説教を、遮ったのは、マッド‐アイだった。

「待て。縫合糸が『溶けた』? その蛇の毒で?? ……それは妙だ」

「何が変なのマッド‐アイ?」

 ハーマイオニーが訊く。

「非魔法の蛇の毒は、そんな効果を齎さない。血が止まらなくなるとか、逆にゼリーみたいに凝固するとかならいくらでも備えてる毒蛇が居るが。『糸が溶ける』? それは、尋常では無いな」

「『例のあの人』が飼ってる蛇だぜマッド‐アイ? どんな毒を持ってたって不思議じゃない」

 双子のどちらかがもっともな事を言った。

「それはそうだが、まあ、その蛇には、いくつもの悪辣な『保護』が追加されていると見える。予想できていた事だが、実証できたのは大きい。そして――」

「ええ。縫合糸を溶かせるというのは、毒の種類の特定に、そして込められた呪いの特定に役立ちました。……オーガスタスくんはブレイニー院長直々にお説教されていますが。うちの者がとんだご迷惑をおかけしました、モリー・ウィーズリー。謹んでお詫び申し上げます」

 入室して来るなりそう言った主治癒のヒポクラテス・スメスウィックに、モリーは「いえいえそんな、夫がお世話になっています」と、一瞬で愛想良くなって応対した。

 

「さてアーサー・ウィーズリー。先に言っておきますが、この薬は傷口に直接注ぐものです。よく効きますが、よく滲みますからね。そしてこちらは、暫くの間、1時間毎に飲んでいただく必要があります。今までお飲みいただいていた薬と入れ替わりに。そしてこれは端的に申し上げて、美味しくありません。ですので、今。覚悟を決めてください」

 ハリーの目には、その水薬が傷口に注がれたのは、ウィーズリーおじさんが覚悟を決め終えるより一瞬早かったように見えた。

 

 すごい表情になりながらも悲鳴を上げないウィーズリーおじさんは、どうやら妻と子どもたちに心配をかけまいと励んでいるらしい。

「……そんなになの、パパ?」

「み、み゙での゙とおりだよ、じにー」

 そして大量に注がれながらも傷口以外を一切濡らさず、床に流れ広がるどころか滴る事すらなかった魔法薬の瓶を主治癒のヒポクラテス氏がしまうと、アーサーはやっと全身に込め続けていた力を抜き、ベッドにぐったりと横たわった。

「はい、お疲れ様です。よく頑張りました。あとは不味い薬を1時間毎に、まあ何日か飲み続ければ退院できるでしょう。もう心配は要りませんよ」

「ありがとうございました……スメスウィック先生………あの、ところでそっちのベッドに居たはずの、あの魔女は今朝から姿が見えないんですが、どちらに?」

「ウィゼンガモットに。裁判を受けています……案の定、咬傷を受けた原因の生物が取引禁止指定されている種類だったようで……さて、あなたも薬の時間ですよ」

「げぇ、こっち来た! 勘弁してくれよ先生! クソ不味いんだよその薬!」

「知っていますよ。僕ら癒者は研修で『不味い薬と同じ味に調えた水』を散々飲まされますから」

 隣のベッドの患者の処置に移ったヒポクラテス氏と、薬を飲むのに勇気を必要としているらしいその男性の声を聞きながら、ハリーはマッド‐アイがどこかに行こうとしているのに気づいた。

 

「どうしたの、マッド‐アイ?」

「いや、顔を見ておきたい知り合いが入院しててな。一緒に来るか?」

 

 それが誰の話なのかを、ハリーは理解してしまった。そしてハリーは大いに悩んでから「行く」と返事をした。そしてハリーの後ろにロンとハーマイオニー、そしてフレッドとジョージとジニーまでもついてくる。しかしハリーには「来るべきじゃない」などと彼らに言う事はできなかった。

 

 その病室に残る事を選択したモリーは、夫に言う。

「あの2人は、とても優しかったわよね」

「ああ。いい人たちだった」

 マッド‐アイが誰の顔を見に行ったのか、2人は百も承知だった。そしてモリーと同じくその場に残ったトンクスも、ハリーよりかなり遅れてではあるが、誰の話なのかを察した。

「ねえ、その話、もっと聞かせて欲しい。どんな人だったの?その2人は」

「……トンクスあなた、最近なんだか前より美人になったわよね?」

 予想外の指摘をモリーから受けたトンクスが一気に挙動不審になったのと同じ頃。聖マンゴの4階にやってきたハリーたちも、予想外の出来事に直面していた。

 

 そういえばそうかこの人もここに居るのかそりゃそうだと、ハリーは驚きながら納得していた。

 

「ほらきみにも! それにきみにも! ぼくのサインをあげようね」

「あ、ありがとうございます、お久しぶりです、…………ロックハート、先生……」

 ハリーは、呼び捨てにする気にはなれなかった。

「おや、きみはおでこを怪我しているのかい? 大丈夫かい?」

 どこか遠くを見ているような、かと思えばまた違う方向を見るような安定しない妙な視線のギルデロイ・ロックハートは、目の前に居るのが誰なのかも、どうやら理解していないようだった。

「あらギルデロイ。またサインを書いているの?」

「そうだよ! ぼくのサインは皆が欲しがるんだから! なんでなのかはわかんないけどね!」

 担当なのであろう癒者が声をかけた隙に、ハリーたちは素早くその場を立ち去る。

 

「ダンブルドアはそもそも、アイツの嘘を白日の元に曝す為にアイツを雇ったらしいが。ああなっては罪に問う事が正当なのかもわからんな。なにしろ奴にはもはや己の罪を償う能力が無い」

 

 “マッド‐アイ”ムーディが、振り返りもせずに言った。

 2年生だったあの時「秘密の部屋」に突入しようとしていたあの瞬間。一歩間違えば自分がこうなっていたと確信しているロンだけは、まだロックハートを全く許していなかった。

「因果応報だろ。『いい気味だ』って言う権利が僕にはあるね」

 そう吐き捨てたロンに、マッド‐アイが言う。

 

「『愛には不思議な力がある』と先生がよく言っていたが。ロックハートの奴もまた、『愛』の奇妙な作用の犠牲者と言える。……あいつには姉が2人居た。しかし両方スクイブだった。だからあいつの母親は、この世の何よりも息子を愛した。本当にこの世の何よりも。そして奴は、奴の母親もだが。ホグワーツすらもが、自分を中心に回っていると、そうあるべきだと信じた。そこに悪意は無い。ただ純粋な思い込み。名誉を欲する心と、我が子に対する愛だ。それ自体は何ら罪ではない。しかし、奴にとって不幸だったのは……奴の備えた優秀さがホグワーツ全体で見た時に、中の上程度でしかなかった事だ。優秀だったが、上には何人も居た。努力を怠らない大勢の『秀才』と、その更に上に何人もの『天才』が。奴の自尊心は打ち砕かれた。……自分が世界の中心だと信じていたからな。やつの心はそれを受け入れられずに、次第に歪み始めた。そして程なく、お前たちが何年か前に『体験』した通りの『ギルデロイ・ロックハート』が完成した」

 

 そして、マッド‐アイはその場の全員に忠告する。

 

「いつの日か、お前たちは結婚して子を成すだろう。だから覚えておけ。立ち直れる程度の挫折というものは、健全な成長に不可欠の物だ。あらゆる失敗と挫折をひとつ残らず我が子から遠ざけ続ける事は。『過剰な溺愛』は。暴力を振るうのと大差ない、酷い虐待なんだ。将来自分の子供を『ギルデロイ・ロックハート』にしたくないなら、肝に銘じておけ」

 そう言ったマッド‐アイは、急にハリーをまっすぐ見た。

「だからそういう意味では、あのウスラバカのダドリーが吸魂鬼に襲われて死にかけた事は、それを助けたのが他ならぬお前さんだった事は。奴にとってこの上ない幸運だったんだ。あのウスラバカにほんの少しでも『根性』とか『勇気』ってやつがあるなら、ハリー。もしかしたらお前さん、いつかはアイツと仲良くなれるかもしれんぞ」

 

 そんな事言われてもハリーは、別にダドリーと仲良くなりたいとは全く思えなかった。

 この時は、まだ。

 

 そしてマッド‐アイに先導されてハリーたちは、その病室にやってきた。

 ロンもハーマイオニーもジニーも、そこに誰が居るのかを認識した瞬間に凍りついた。

 気軽について来るべきではなかったと、3人共思っていた。

「おや、また来てくれたのかいアラスター。お前さんは本当に優しい子だね」

 そう言ったオーガスタ・ロングボトムの隣で、ネビルもロンと目が合ったまま硬直していた。

 

「久しぶりだな、フランク。アリス。儂がわかるか? ……わからんか。なあ、儂はまだ生きとるぞ。ダンブルドアもまだ生きとる。それになフランク。アリス。知っとるか。先生が帰ってきてくれたんだ。知っとるだろ? あの『先生』だ。お前さんらに『闇祓い』の何たるかを全部教えてくれたあの不審者の事だ。だからなフランク。アリス……儂らは勝てるぞ。勝つぞ。見とってくれ」

「勝つともさ」とオーガスタ・ロングボトムが続く。

「ハリー・ポッターは良い子だよ。ネビルは強い子だよ。だから勝てるよ。そうだろう?」

 その老婆の鋭い視線で急に見据えられたハリーはしかし、そこに関してはずっと、それこそ魔法界というものの存在を初めて知った11歳の時から、とうに覚悟を決めていた。

 

「勿論です。僕らが勝ちます。だって、僕には皆が居る。アイツには、誰もいない」

 

 最も出会いたくない場面でハリーたちに出会ってしまったと思っているネビルにとって唯一救いだったのは、この場にその2人が居合わせた事だった。

「なあ、ネビル」フレッドとジョージは、真っ直ぐネビルを見つめていた。「俺たち、なんにも思わないぜ」「なんにも言わないぜ」「お前がそうしてほしくないって願ってる事は、なんにもだ」

ウィーズリーの双子はそれだけ言うと、杖を振って勝手に椅子を用意してネビルの両隣に、ネビルのばあちゃんにちょっとズレてもらってから座った。

 フレッドとジョージは何も言わずに、ネビルと一緒にその2人を見ている。

 

「ん? 俺たちに何かくれるのか?」

 

 ネビルが一瞬死にそうな顔をしたが、双子は構わず受け取る。フランク・ロングボトムが手渡したそれは、どうやらいつかだかの「日刊預言者新聞」の切れっ端らしかった。とくにどの記事の切り抜きというわけでもない、本当に単なる新聞の切れ端。何の価値も無いのは、明らかだった。

「ありがとな」

 しかしフレッド・ウィーズリーはそれだけ言うと、その紙切れをポケットにしまった。

「休暇が終わったらさ」ハリーはやっと、ネビルに話しかける心の準備を終えた。

「守護霊呪文の練習しないかい? ネビル。D.A.でさ。みんなと一緒に」

「………僕、できっこないと思う。絶対、なんにも出てこないよ」

「僕も3年生の時。最初に練習した時、そう思った。『こんなの絶対無理だ』って。だって『幸福』なんて、それも『心のなかにひとつの空きもない完全な幸福』なんて、僕の中には無かったからね。最初は授業でうまくできた時の事とかを思い浮かべて頑張ってみたけどうまく行かない。煙も出なかった。ルーピン先生が言うには、『ちょっと幸福のイメージとして弱かったんだろう』って。僕は今、いつも、守護霊呪文を使う時、母さんと父さんの笑顔を思い浮かべてるんだ」

 ネビルは衝撃を受けた様子で、ハリーを見ている。

「僕にできたんだから、君にもできるよネビル。きっとできる」

 その言葉に、オーガスタ・ロングボトムが反応する。

 

「私は守護霊呪文が使えないよ!何度やってもしみったれた煙がちょろっと出てくるだけだ!!」

 

 ネビルは驚きをもって祖母を見ている。この世の何より恐ろしいと信じている祖母を。

「けどねネビル。そんなもん使えなくたって、フランクとアリスをこんなにした奴らをひねり殺してやる事はできる! ハリーポッター!!」

「はい!」

 ハリーはビクリと返事をした。

 

「ネビルは強い子だろう?」

「ええ。勇気があります。僕よりずっと」

「そんなことないよ……」

 

 とうとう震え始めたネビルの肩を、フレッドとジョージが両側から抱きよせる。

「聞いたぜ、ネビル。一昨年の『まね妖怪』の授業でお前――」

「知ってるぜ、ネビル。お前の前でボガートは――」

 

「「『例のあの人』の姿には、ならなかった」」

 

 思ってたのと違う指摘をされたネビルは、フレッドとジョージのどっちを見つめるべきなのかわからなくなって困ったあと、諦めて右を見た。

「お前、怖いか? ヴォルデモート」

 双子のどちらかにそう訊かれたネビルは、改めて考える。

 そしてじっくりと思い悩んだ後、ネビルは遂に気付いた。

 

「………ぜんぜん……」

「だろ? そんな奴、なかなか居ないんだぜ?」

「2人も、怖いの?」

「『例のあの人』に面と向かって会って、チビらずに10秒耐えたら褒めてほしいね」

「おいおいマジかよフレッド。俺なら12秒は耐えられるね」

 

 ネビル・ロングボトムは、やっと笑った。

「……ばあちゃん。紹介してなかったって気がするんだ。オーガスタ。僕のばあちゃん。強いよ。ばあちゃん、この子はハリー。こっちがロン。それとハーマイオニーと、フレッドとジョージと、ジニー。僕の友達だよ。みんなすごいんだ」

「私はオーガスタ・ロングボトム。孫が世話になってるね。こっちは息子のフランクと、その嫁のアリス。私の自慢だよ」

 ネビルより強くて勇気がある人間をはたして自分は何人知っているだろうかと、ハリーは思った。

 

「ネビル・ロングボトム」

 マッド‐アイが口を開いた。

「お前さんに足りなかったのはな、実力じゃない。勇気でもない。才能でもない。お前さんはこれらを備えているからな。……足りなかったのは、お前さんができるまでじっくり付き合ってくれる教師だ。『練習のパートナー』だ。そしてそれはもう、お前さんの眼の前にある。だろう?」

 ネビルは、ハリーを見た。そしてその背後に「D.A.」の皆を見た。

 

「ばあちゃん」

 ネビルは祖母に向き直る。

「僕、頑張るよ。だって僕、ハリーを助けてあげたい」

「お前がついててやれば百人力だよ。なにせお前はフランクとアリスの息子なんだから」

 

 孫の実力も、才能も。オーガスタは疑った事など1度も無かった。

 だからこそこれまでは、自分に自信が持てずにいた当のネビル本人との間に認識の齟齬が生じていたのだ。しかし、物事を正しく見抜いていたのはオーガスタの方だった。

 

「そう言えば、ミネルバは元気にやってるのかい? 最近全然手紙をよこさなくてね」

「……マクゴナガル先生? ……ばあちゃん知り合いなの?」

「あの子と私が1年生だった時、スリザリンの男子にちょっかいかけられてたのを見つけてね。割って入ってその男子の指を何本かへし折ってやったんだ。足も折ってやろうと思ってそのまま追い回してたらダンブルドアに見つかって怒られたけど、ミネルバには後でお礼言われたよ」

 

 それが嘘やでまかせではないと察してしまったハリーたちが驚いている横で、ばあちゃんは子供の頃からずっと自分が知っている通りのばあちゃんだったのだと理解したネビルは、より一層祖母への畏れを深めていた。

「あ。そういえばみんなは、なんで聖マンゴに来てるの?」

「パパが入院してるんだよ。あの晩話したろ、ネビル」

 そう言われてやっとピンと来たらしいネビルは、ロンに言う。

「僕も、きみのパパのお見舞い行っていいかな?……今から」

「勿論良いともさ。だよな?」

 フレッドとジョージも、ジニーも頷く。ハリーは自分には決定権は無いと思いつつも、3人と一緒になって頷いていた。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「ああ、行っといでネビル」

 

 友人たちと共に病室を出ていく孫の背中を、オーガスタ・ロングボトムは真っ直ぐ見つめていた。

 

 




 
 ハグリッドとマッド‐アイが同級生だってのは「可能性が完全に否定されてはいない」というだけの、私の妄想です。
 あとネビルのばあちゃんとマクゴナガル先生も「どうも在学期間が被ってるっぽい」以上の事は無く、同級生だってのは私の妄想です。「こうだったらいいな」を詰め込みました。
 公式設定ではありません。「私の話ではこう」というだけです。
 あとアーサーの入院歴とフレッドとジョージのオリジンも私の妄想です。

 ただギルデロイ・ロックハートの家庭事情は公式設定まんまです。
 ロックハートは「自己嫌悪できるだけの勇気が無かったダドリー」だと言えるかもしれない。
 ダドリーは吸魂鬼に襲われたことで自分がどんなやつなのかを「強制的に客観視させられて」遂に自覚し、激烈な自己嫌悪に陥った(で、変わらなければと強く決意した)そうなので。
「自分のクソな部分を直視する勇気」って、なかなか持ってる奴いないと思う。

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