104年後からの今 作:requesting anonymity
アーサー・ウィーズリーは結局、それから1週間と待たずに退院した。
しかし帰る場所は隠れ穴ではなかった。
「シリウスにお土産買ってかなくて大丈夫かなモリー」
「『日刊予言者』で充分よアーサー。シリウスは世間の情報に飢えてますからね」
「じゃあ、『予言者』以外にもいくつか買っていこう。『ザ・クィブラー』とか」
手続きと支払いを終えて聖マンゴを後にする2人は、踵を返して売店に向かった。
「『クィブラー』??……あのゼノフィリウス・ラブグッドの『紙に印刷された錯乱呪文』を?」
「事実を述べているかどうかという点を気にしなければ、アレ結構面白いんだよモリー」
そして食料やら何やらを色々と買い込んでからグリモールド・プレイスに帰り着いた2人を出迎えたのは、先んじて到着していた上の息子たちだった。
「パパ、ママお帰り。……もう大丈夫なの?」
「お見舞い行けなくてごめんねパパ」
「大丈夫だよビル、良いんだよチャーリー。ありがとう2人共……あの子たちは?」
父が誰の何について訊きたいのか、察せないビル・ウィーズリーではない。
「例によって宿題がたっぷりだからね。早めに終わらせるべく頑張ってるよ」
ビルがそう言った途端に、向こうの部屋から弟の声が飛んでくる。
「チャーリー!ノルウェーリッジバックの子供って、雄と雌をどう見分けるんだっけ!」
「より凶暴で喧嘩っ早くて強い方がメスだ!」
即答しながら弟たちと妹とその友人たちが密集して宿題に挑んでいる部屋へと向かったチャーリーの背中を眺めながら、長男のビルは1人呟く。
「そんな見分け方なのか……」
身体的特徴とかで見分けるのだと勝手に思っていたビルは内心、結構驚いていた。
「シリウスほら、お土産。……と言っても新聞をいっぱい買ってきただけなんだけどね」
人が増えた気配を察して玄関に顔を覗かせたシリウス・ブラックは、アーサーから渡された紙束をまるでダンブルドアから託されたかの如く大切そうに抱えて、いそいそとハリーたちが宿題に取り組んでいる部屋へと向かう。それが人が多い部屋に居たいからだと、アーサーには判った。
ハリーと一緒に居たいのだと、モリーは察していた。
「やあハリー。調子はどうだい?」
「ちょうど集中力が切れかかってたとこだよシリウス」
ハリーがシリウスを迎え入れたのと入れ替わりに、同じ部屋で各々の宿題と格闘していたロンとジニーが、そして宿題を済ませたのかどうかは本人たちのみぞ知るフレッドとジョージもその部屋の扉へと殺到した。シリウスのすぐ後ろに、自分たちの父親が居たから。
「「「「お帰りパパ!!」」」」
子どもたちの声が重なるのを聞きながら、アーサーは「ただいま」と穏やかに返した。
「……フレッド、ジョージ。2人とも宿題は終わったのかい?」
「俺たちはそんなもんに縛られないのさ」
ジョージの表情から「2人だけでちょっとずつ順調に進めている」と察したアーサーは、それ以上何も追求しない。しかしロンとジニーは違った。
「2人とも遊んでばっかりいるんだよパパ!」
「そうよ、フレッドもジョージも絶対まだ宿題やってないのに、言っても聞かないのよ!」
「俺たちはそんなもんに縛られないのさ」
「そんな事言って、困るのは自分た………ああ」
そこでロンとジニーは、同時に気づいた。フレッドとジョージはもう、仮に全ての宿題を一切提出せず、成績評価が惨憺たる崩壊を見せたとしても、何ひとつ困らないのだと言うことに。
彼ら双子の商売は、端的に言って大成功している。
そして彼らは従業員ではなく、共同経営者である。勤務形態は2人で話し合って自由に決められるし、クビになる事も無い。既に収入が安定しているので生活にも困らず、当然就職活動などしない。なのでホグワーツを卒業する時にどんな成績だろうが影響は無く、N.E.W.T.試験を受けなかったとしても人生になんら悪影響が無い。ついでに言えば人生最大の趣味且つ何よりも好きな分野をそのまま仕事にしている以上「仕事とプライベートの両立」などといった問題とも無縁である。
ロンとジニーは、全く同じ表情をしながらフレッドとジョージを見ている。
「「……ずるい!」」
全てを理解して憤慨した2人に、父アーサーは笑いながら言う。
「フレッドとジョージの現状は、2人が努力と行動で勝ち取ったものだよ。だから僕は応援する。でもモリーは未だ……たぶん納得してないと思うけど」
それは、フレッドとジョージのバラ色の将来設計に立ちはだかる、最後にして最大の壁だった。
「そこなんだよな」と双子のどちらかが言い、もう片方がそれに続く。
「いつかは、ママを説得しなきゃいけない」「誰の手も借りずに」「俺たち2人だけで」「それが筋ってもんだからな」「ママの了解を得ずに勝手に店舗を持つなんてダメだ」「理由はうまく説明できない」「けど、なんかダメだ」「けど不動産ってのは、モタモタしてると逃げちまう」「いい立地の物件なんて、一瞬目を離した隙に誰かに買われちまう」「だから実は時間が無いんだよな」「ママを説得するには、俺たちの心意気とかじゃダメだ」「数字」「数字」「数字!!」
しかしそれはつまり、すこぶる順調という事でもあった。
「将来の夢の実現に向けて立ちはだかる最大の障害が『母親』とは。なんとも幸せな事だな」
シリウスが言い、ハリーが同意する。
「フレッドとジョージの作るもの、既にホグワーツの皆が買ってるからね」
「ゾンコに取って代わりつつあるわ。私、一体いくつ没収したやらわからないもの」
監督生として果たした努めを思い起こしながら、ハーマイオニーも言う。
「今それの対策を考えてるんだ」双子は悪びれもせずに言う。「学用品だって言い張れるようなものをな」「没収されないように」「これ試作第1号『自動綴り間違い機能付き羽ペン』」「気に入らねえアイツの羽ペンとすり替えよう」「そしたらソイツがコレを使って宿題をやるのを見ていよう」「永久に減らない書き損じと戦う姿を眺めよう、ってな」
ロンとジニーがちょっとワクワクしているのを表情から察しつつも、双子は続ける。
「でもこれはダメだ」「まだ『改良の余地有り』『要再検討』」「このイタズラ羽ペンが自分の羽ペンとごっちゃになっちまった時がな」「確実に見分けられるようにしないとな」
アーサー・ウィーズリーも、その隣のチャーリーも笑っていた。
「お前ら、やっぱり天才だよ」
チャーリー・ウィーズリーがそう言い、双子はいつものように返す。
「「ハリーのお蔭さ」」
アイデアが尽きないというのがどれほど凄い事か、それを日々形にし続けているのがどれほど凄い事か。この弟たちはそれを持って生まれたからこそ、真に理解する日は永久に来ないのだろうとチャーリーは思っていた。彼ら2人にとってそれは、至極当然にそうあるものなのだから。
彼らの成功が一過性のすぐに人々から忘れ去られるようなものではなく、フレッドとジョージが新商品を開発し続ける限り継続する末永いものだと、チャーリーには判っていた。
そしてこの愛すべき双子がイタズラ道具の開発をやめる日など永久に来ないだろうという事も。
「自慢の弟だよ、お前らも」
フレッドとジョージは兄の大きな左右の手でそれぞれ豪快に頭を撫でられながら「俺たちもうそんな歳じゃないって」と声を揃えて気恥ずかしそうに笑みを溢していた。
そして数十分後。マッド‐アイが呼びに来た事で、ビルとチャーリーとアーサーとシリウスの4人は「不死鳥の騎士団」の会議へと向かい、会議室となっている部屋の扉が固く閉められた事でハリーたちは宿題に取り組む手を止め、どうにかして内容を盗み聞きしようとあれこれ試し始める。
「とりあえず皆、これを見てくれ」
リーマス・ルーピンが会議に集まった「騎士団」のメンバー全員に渡したのは、日刊予言者新聞。しかし日付を見たトンクスは驚く。
「え、これ明日のじゃん!」
「そう。フォークスがさっき届けてくれたんだよ。てことはつまりダンブルドアが……もしくは『あの先生』が手を回したみたい」
その1面大見出しに書かれていたのは、不死鳥の騎士団の面々にとっては既に百も承知の事実。いつになったら記事にするんだと歯痒く思っていた内容だった。
「やーっと重い腰を上げよったか、『バカのバーナバス』め」
マッド‐アイが毒づき、キングズリーがその発言を視線で咎めた。
「彼には彼の立場と悩みがあるんだよマッド‐アイ」
「腹立たしくはあるけど、彼とて社員と記者を守らなきゃならないからね。日刊予言者が魔法省と手を切るのは難しいだろうさ。………なにせ最大のスポンサーだ」
アーサー・ウィーズリーが言う。
「………すんごいぼやかしてるね。発覚の経緯」
その記事に目を通しながらトンクスが言い、それに釣られたらしいビルとチャーリーがひとつの紙面を仲良く共有して読み始める。
「……つまり、事実とは異なるんですか?『匿名の通報により発覚した』というのは?」
あんまり事情を知らないチャーリーが訊き、キングズリーが答える。
「多分に予想を含むが、恐らく全体の時系列はこうだ。……まず『例のあの人』が事を起こし、やり果せて往年の手下たちと共に帰還する。そしてこの時、気まぐれに『粗雑な』隠蔽工作をする。恐らくは態と粗雑に隠蔽した。……この部分はダンブルドアと『あの困った人』の予想だ。そして、皆様よくご存知の、我らが同僚の闇祓いでもあり死喰い人でもあるコーバン・ヤックスリー氏が、それからしばらくして、例のあの人に命ぜられて魔法大臣閣下に今回の件を報告した」
「死喰い人が例のあの人のやった事をバラしたって?なんで?」
チャーリーが訊き、マッド‐アイが答える。
「ヴォルデモートは『態と』粗雑な隠蔽工作をした。本気で隠そうとしたなら我らは未だこの件を知らなかっただろうから、逆説的にそうなるわけだ。とすると何故そんな真似を、という話になる。……気まぐれに、試す気になったのだろう。魔法省を。どれくらい厄介で、どれくらい速やかに仕事をするのかと。そしておそらく、ヴォルデモートの予想より遥かに長い期間、今回の件が世間に隠され続けた。ヴォルデモートは恐らく、儂らと同じことを考えた。『ファッジめ、握り潰す気だな』と。魔法法執行部はとっくに報告を上げていたからな……そして次の『試し』として、ヤックスリーに事の次第を全て『発覚した』という体で報告させた………しかし腰抜けファッジは、尚も直視しようとしなかった」
再びキングズリーが、マッド‐アイの解説を引き継ぐ。
「そして、ダンブルドアと『ダンブルドアの先輩』だというあの困った人が―私にとっては闇祓いとしての先輩だが―動いた。現地に赴いて何が起きたのかを確かめ、日刊予言者の編集長バーナバス・カフを……あの困った人の行動パターンからして恐らくは『脅し』、あの困った人が部下を使って魔法省内に噂を流させた。……あの人がどこに所属しているのかを考えれば、つまりその部下たちが噂をしているとなると、魔法省の誰も無視できない。むしろ凄く気になるだろうからね。そして事実そうなり、噂は魔法省内で広まり、とうとうファッジ大臣も無視できなくなった」
チャーリーとビルが気になったのは「その人」の事だった。
「誰、というか何なんですか、その人。闇祓いなんですか?ロンたちの、今年の『防衛術』の先生だって聞いたんですけど」
チャーリーの質問に、アーサーが答える。
「ダンブルドアがホグワーツの1年生だった時、その人はホグワーツの7年生だった。ダンブルドアは杖を使ってどうやって自分の身を守るかって事をその人から学んだ。……まあダンブルドアは『全てを』その人から学んだって言ってたけどね。ある時は手本にして、またある時は反面教師にして。僕とモリーにとっては5年生の時の魔法理論の先生。シリウスとルーピン、そしてスネイプ先生にとっては1年生の時の魔法生物飼育学の先生。そしてハリーやロンたちにとっては今年の『防衛術』の先生。ダンブルドアが言うには、その人はホグワーツ卒業以来何度も『今年1年だけ』って契約でいろんな教科の先生を気まぐれにやってたらしい。ダンブルドアが雇うのを断っても勝手に。そしてアーマンド・ディペット校長の時代にも、あの爺さんに気に入られてたのもあって、やっぱりちらほらと、何度か先生をやってたそうだ。呪文学とか変身術とか色々ね。だからいろんな世代に『あの先生』の教え子が居る。……1回会ったら忘れられないよ、あの人は」
キングズリーが、懐かしそうな表情をしながらそれに続く。
「その人は。あの困った人は、闇祓いだ。今も一応な。ただ最後に闇祓い局本部に出勤してきたのは80年近く前の事らしく、私たち現役の闇祓いは、現場でしか見たことが無い。それもトンクスのような若い闇祓いを始めとして、現場ですら見たことが無いためにその人が闇祓いだなどという事を知らない者も闇祓い局には多い。そういう者たちには単に『噂』としてのみ認知されている。『闇祓い名簿にだけ存在する幻の闇祓いが居るらしい』と」
「……なんでクビにならないんです?」
ビル・ウィーズリーの疑問は、至極当然の物だった。
「仮に、ダンブルドアが。……そうだな、きみと同じ職場に。グリンゴッツの呪い破りとして、『所属だけしていたら』。勤務実態が無いからと言ってクビにできるか?できないだろう?」
キングズリーのその説明で理解できそうになりつつも納得しかねているビルは、首を捻る。
「名誉職って事ですか?……所属してくれているだけで大いに利があると?」
「所属してくれているだけで大いに利があるが、それは理由ではないんだ。しかし……これを言っていいのか………機密保持義務違反で内部監査局に睨まれやしないか……」
ウンウン唸り始めたキングズリーは10秒近く費やして大いに悩んだ後、口を開いた。
「その人は。……3つ職業を持っているんだ。ひとつは闇祓い。言った通り今は勤務実態が無いが、まだ資格は失っていない。もうひとつは、ホグズミードのお店。これはその人の自宅でもあって、魔法生物由来の品とか色々を売っている。そして、最後のもうひとつの職が―」
そこで、何かに気付いたビルは自分の唇に人差し指を当てて「静かに」と動作で皆に示す。
そしてビルは「それ」を摘んで拾い上げ、静かに息を吸い込む。
「不死鳥の騎士団」の他の面々は、彼が何をしようとしているのかを察した。
「悪いけど聞かせられるのはここまでだ、フレッド!ジョージ!!」
とんでもない大声を「伸び耳」越しに喰らってしまったフレッドとジョージ、そして双子と共に顔を寄せて集まっていたハリーとロンとハーマイオニーとジニーは一斉に耳を抑えて呻く。
宿題をするために集まっていた部屋から会議が行われている部屋まで、廊下と階段を伝って伸ばしていた紐のようなものを大慌てで手繰り寄せて回収している双子と同じように、ロンもジニーもまだ頭の中を自分たちの兄の大声が盛大に暴れまわっていた。
「くぅーっそ、ビルめ」フレッドとジョージは耳を抑えながら唸る。「次からはもう『伸び耳』は使えないだろうな」「ああ。『邪魔よけ呪文』とかされるだろうな、あの部屋に」
「あなたたちのお兄さん、凄い大声ね……」
ハーマイオニーもダメージを受けているようで、耳を抑えたまま小声でそう言った。
「ああ。ビルは声がでかい」「けど今のはこの『伸び耳』の改善点でもある」「遠くの小さい話し声をこっそり聞くって商品だからな」「急な大きい音には、どうしても弱いんだ」
フレッドとジョージはそう言いながら、伸び耳をどこに隠すかを検討している。ママに見つかったら捨てられると、過去の経験から理解しているのだ。
「ねえ、明日の『予言者』に、何か載るみたいな事話してたよね?」
皆と同じくまだ耳がキンキンしているハリーはしかし、盗み聞きできた情報の整理を始めていた。
「『例のあの人』が、何かやったって言ってたわね」
ハーマイオニーも思考を切り替えたらしく、聞こえた情報を思い起こし始める。
「往年の手下がどうとかって、言ってたわよね?」
「けどそれは、明日まで待てば答えが判る。だろう?」
ロンの雑な結論はしかし、全く仰る通りだった。
「でもあの先生の事は……もうひとつ職業があるって、言ってたよな?」
「先生が闇祓いだったなんて、僕、知らなかった……」
ハリーは、あの先生への憧れがちょっと強くなったのを自覚していた。
「ね、闇祓いって、どうやったらなれるのかな」
それはハリーの、予てからの目標だった。ヴォルデモートから人一倍の迷惑を被り続けているからこそ、それと対抗する側の職業に憧れを持ったのかも知れなかった。
そしてピーター・ペティグリューやクィリナス・クィレルが、ヴォルデモートさえ居なければ善良な人物だったのかと言えば別にそんな事は無く、結局のところ今と大差ない「別の人生」が彼らにはあったのだろうと、つまり「ヴォルデモートさえ居なくなれば魔法界は永久に平和」なんて事は無く、治安を維持する誰かが必要で、自分は将来そういう仕事に就きたいとハリーは思っていた。
「そう言えば。僕が『闇祓いに向いてる』って言ってくれたの。あれムーディ先生じゃなかったんだよな。……あれはクラウチジュニアだった」
それは、ハリーが抱えている、最も奇妙な思い出のひとつだった。
ヴォルデモートを狂信的に崇拝している、死喰い人の中でも特に危険な1人。その大量殺人犯が、ネビルの両親の仇が、自分に「闇祓いに向いている」と「言ってくれた」のだ。それも、最初に。
そしてクラウチジュニアは、素晴らしい教師だった。
どこまでが「マッド‐アイとしての演技」で、どこが「クラウチジュニアとしての振る舞い」だったのか、ハリーには本物のマッド‐アイの振る舞いから逆算して推測する事しかできなかったが、あの時自分に対してマッド‐アイの姿のクラウチジュニアが言った「闇祓いに向いている」という言葉は、マッド‐アイを演じる為のでまかせでもなければ、自分の主君に仇なす者への皮肉などでもなく、嘘偽りの無い本心だったと、ハリーは直感していた。
「クラウチジュニアはね。闇の帝王を強く強く崇拝していると同時に、他のいくらかの死喰い人を、心の底から本気で憎んでいたんだよ。……なぜだか解るかい?」
その人物は、いつの間にかハリーのすぐ隣に居た。
「えっ、あっ。い、いつから居たんですか……?」
「俺は『不死鳥の騎士団の追加人員』じゃなくてあくまでも『ハリー・ポッターの護衛』だから」
いつから居たのかは教えてもらえないと、ハリーは察した。
「それも期間限定のね。クリスマス休暇が終われば、俺はお役御免だ。本来俺のこの役目は君たちがよく知ってる『あの先生』がやるはずだったんだけど、アイツ急に『クリスマスはみんなと過ごしたい』ってワガママ言い始めてね………代理が必要になった。で、俺が引っ張り出された」
「あの先生は今、どちらにいらっしゃるんですか?」
「君たちと同じさ。……ホグワーツの同級生のところ。一番仲良しの友達と一緒」
オミニス・サロウなる人物と「あの先生」との関係性をよく知らないハリーたちは、その発言に違和感を覚えない。これが仮にセバスチャン・サロウなどが今の話を聞いていれば、すぐに指摘しただろう。クリスマスにオミニス抜きなんてアイツが納得するわけないだろ誰だお前、と。
「そうなんですか。じゃあ、このクリスマス休暇中に何かが起こっても、先生の助けは期待できないって事……に。なりますよね?」
「その代わりに俺と、この子たちが居るのさ」
その魔法使いは、持っていた旅行カバンを掲げてハリーに示す。
「例のあの人を崇拝していたクラウチジュニアは、例のあの人が最初に失脚した時に例のあの人の事を探さなかった死喰い人を、自分が逃げ隠れ、罪の追求を躱す事を優先した死喰い人たちを強く憎んでいる、って理解で合っていますか?」
ずっと考えていたらしいハーマイオニーが、その魔法使いに訊いた。
「おや。よく判ったねえ。そうだよ。だから彼は去年君たちに、本気で指導をした。本心を話した。死喰い人は全員吸魂鬼の餌になって然るべきだと。彼は本気でそう思っていたからね。闇の帝王をお探しせず保身を優先したクソ共は罰を受けるべきだと。そして、君に『闇祓いに向いてる』と言ったのも、おそらく本心だ。ハリー。そこに深い思惑などは無く、ただ本当に向いていると思ったから、そして『マッド‐アイ・ムーディならこれを言葉にして直接伝えるだろう』と考えたから言ったんだ。俺も思うよ。君は闇祓いに向いてるって。素晴らしい闇祓いになれるよハリー。いつだって好き放題して俺たちを振り回すあのおバカよりよっぽどね」
あのおバカというのが「あの先生」の事だと理解して、ロンが訊く。
「あなたは、あの先生とどういう関係なんです?」
「友達だよ。古い友達。ホグワーツの同級生なんだ」
予め本物のオミニス・サロウから教わった通りに、その魔法使いは回答した。
ハーマイオニーだけはその発言に何か、ちょっと引っかかるものを感じたが、どこに違和感を覚えたのかまでは自分でもよく判らなかった。
そして、会議が終わったらしい大人たちが部屋から出てきた物音が、ハリーたちのところへと近づいてくる。それはつまり、ハリーたちにとっての裁きの時が近づいてきている事を意味していた。
「あなたたち!!!」
遂にやってきたウィーズリーおばさんが、もんのすごい形相で仁王立ちしている。
一瞬で震え上がったウィーズリーの兄妹たちの隣で、ハーマイオニーも同じ表情で怯えている。
今の今までそこに居たあの魔法使いが姿を消している事に気づく余裕など、ハリーには無かった。
「わ、私たち、何を話しているのか知りたかっただけなんです」
「お黙り!!!」
ビクッと怯んだハーマイオニーは、それっきり何も言わなくなった。
「だから盗み聞きをしたと?それは『欲しければ盗んで何が悪い』と言っているのと同じです!」
ハーマイオニーはとうとう、ロンと同じように震え始めた。
「あなたたちが知るべき事なら、あなたたちの前で話します。私たちだけで話しているという事はつまり、ダンブルドアが『聞かせるべきではない』と判断したという事です」
「けど、あなたたちが盗み聞きしていた部分については、別に教えたって良いと思う」
「どうせ明日には知れ渡る事だからな」
ウィーズリーおばさんの背後から顔を出してそう言ったのは、トンクスとマッド‐アイだった。
2人が「どの部分」の話をしているかを察したモリー・ウィーズリーは子どもたちを一睨みしてから、大きく息を吐き出した。
「いいでしょう。……そんなに気になるなら、何としても知るのだと言うなら。お読みなさいな」
その「明日発行の日刊予言者」の一面大見出しを読んで、ハリーたちは声を上げた。
ハリーが真っ先に案じたのは、ネビルの事だった。
「アズカバンで集団脱獄………」
記事に見入っているハリーに、マッド‐アイが横から言う。
「かつてのヴォルデモートの、主だった手下共は軒並み脱獄した。そして『やっと記事になった』のであって『今朝の出来事』などではない。これは速報ではない。とうに脱獄していたのだ」
「『例のあの人』の手が借りられるならば、誰だって何人だっていつでも出られるだろう」
シリウス・ブラックはそう言いながら「ザ・クィブラー」を読み込んでいる。
「どっ、どうするの?!!!」
パニックに陥ったロンに、マッド‐アイがピシャリと言う。
「どうもせん。いつかは起きる事が既に起きていた、ただそれだけの事だ。今の今まで魔法大臣閣下が見て見ぬふりを続けていたという事実に対しては思うところが無いではないが、だからといって我らがやるべきことも、お前たちがやるべき事も何ら変わらん。そうだろう?お前さんが今やるべきことは何だ、ハリー・ポッター!」
「宿題です、ムーディ先生」
「違う!!!」
冷静で堅実な答えを返したと思っていたハリーは度肝を抜かれる。
「宿題なんぞ別にやらなくても人生に影響は無い!!」
とんでもない事言い始めたマッド‐アイを、ウィーズリーおばさんが睨んでいる。
「だが名付け親との交流というものはどれだけあっても『充分』という事は無い!!お前さんが今やるべきはシリウス・ブラックとの交流だ!アイツはお前さんがクリスマス休暇でここに来るのを待ち焦がれていたんだぞポッター!この大キライな生家に監禁されて刻一刻とストレスが溜まっていくのを自覚しながらな!解ったらその大きな犬と遊んでやれ!最優先だ!」
そう言われて、喜んでその「指令」に従おうとするハリーに、トンクスが囁く。
「シリウスは、君からの質問に答えないなんて事、できないよハリー」
じゃあ最初から僕らを会議に参加させてくれてもいいんじゃないかと思ったハリーだが、大人には「建前」というやつが大事なのだろうと、無理やり自分を納得させた。
「………ねえシリウス」
「なんだいハリー」
シリウス・ブラックの声にも、表情にも。嬉しさが滲み出ている。
「それ、面白い?」
ハリーはとりあえず、シリウスが熱心に読んでいた「ザ・クィブラー」の話題から始めた。
「面白いとも。この記事なんか特にな……ゼノフィリウス・ラブグッド氏は、この私が無実だと、大量殺人犯などではないと、12人ものマグルを惨たらしく殺害したなどという言説は大間違いだと主張している。………はは、ははっはははは!!全く!『シリウス・ブラックなどという人物はそもそも存在せず』『彼の本名はスタビー・ボートマンであり』『ホブゴブリンズのリードシンガーで、予てから隠遁生活中であるスタビー・ボートマンは、シリウス・ブラックという偽名を使って世間の目をくらましているだけに過ぎず、彼が12人ものマグルを殺害したという主張は全くナンセンスである』……だそうだ。私はこの雑誌が気に入ったぞ!」
どのような形であれ、自分の無実を信じてもらえるのは嬉しいのだろうとハリーは思った。
その発言で興味を惹かれたらしいハーマイオニーとロンも、ハリーの両隣に来て一緒にその雑誌を読み始める。そしてほどなくハーマイオニーは、ひとつの記事に目を留めた。
「この記事、たぶんデタラメじゃないわ」ハーマイオニーは言う。「ダンブルドアが前に仰っていた事と同じだもの。『稀少・不透明・交絡事件局』……魔法省に、公表されていない下部組織があるって。魔法法執行部とは別の組織で、『解決困難な事件』とか『機密が絡む事件』とか『世間に公表できない事件』とかの捜査を担当してるって」
「この記事、そこの局長は実は吸血鬼で、逮捕した犯人を頭から丸呑みにするのが好きだって書いてあるけど。これも本当?」
ロンが会話を混ぜっ返し、ハーマイオニーは「いや、流石にそれは……」と口ごもる。
「でも、この組織の存在が本当なら、誰がこの記事を書いたんだ?」
ハリーが言う。
「秘密の組織って事は、魔法省の職員でも全員は知らないって事だよね?なんでこの記事を書いた人はそれを知ってたんだろう?少なくともゼノフィリウス・ラブグッドじゃないみたいだけど。だってこの記事『匿名の寄稿』だ。自分の雑誌に匿名で記事を書くなんて、しないよね普通?」
「ラブグッドは普通じゃないぜ」
ロンの雑な意見にも一理あると思ってしまったハリーだったが、すぐに思考を軌道修正する。
「ルーナは良い子よ。わかってるでしょう?」
ハーマイオニーは論点のズレた擁護をした。
「この記事を書いた人は、魔法省の機密事項に詳しくて、もしくはこの『稀少・不透明・交絡事件局』に詳しくて、そして機密を公開する権限があるか、機密漏洩を何とも思っていないか」
証拠も根拠も無いが、ハリーの頭には1人の人物が思い浮かんでいた。
「……僕らたぶん、おんなじ事考えてるぜ。ハリー」
ハリーとロンは、お互いの目を見て確信した。
「「先生だ」」
そうだとしか、思えなかった。
「ねえマッド‐アイ!」ハーマイオニーは、その場にいた中で最も魔法省の機密に詳しそうな人物を呼ぶ。「この『稀少・不透明・交絡事件局』って、実在するのよね?」
マッド‐アイは、フン!と鼻を鳴らした。
「『ザ・クィブラー』なんかを信じるのか?」
「ダンブルドアを疑うの?」
ハーマイオニーのその返しを壁にかかった肖像画の1つ、ブラック家の先祖の誰かが手を叩いて褒めた。そしてマッド‐アイの表情を覗き込んで、ニンファドーラ・トンクスが笑い出す。
「あなたの負けよ、マッド‐アイ。教えてあげればいいじゃない」
「儂が引退した身だとて、相手がこやつらだとて、機密は機密だ!」
そのやり取りを聞いて、ハーマイオニーは攻略目標を変更する事にした。
「トンクスも知ってるの?」
「うん。だって同級生が働いてるもん。私の一番大好きな友達。世界で一番頼りになるんだ」
トンクスは、機密保持義務は自分にもあるとわかっていながら、話さずにはいられなかった。
「……どんな人なの?」
トンクスは押し黙り、ウンウンと20秒近く唸り悩んだ後、結論を出す。
「変な奴だよ。すっごく変な奴。でも、優しいんだ」
それは、ルーピンやシリウスが「あの先生」の話をする時と、全く同じ顔だった。
そのままトンクスにターゲットを絞ったハーマイオニーは少しでも多く情報を得るべくトンクスを別室に連れ出して2人きりでガールズトークを開始し、ハーマイオニーがトンクスを部屋から連れ出すのを見ていたハリーはマッド‐アイに、少し踏み込んだ質問をする。
「あの、ムーディ先生。『闇祓い』って、どうやったらなれるんですか」
ふむ。とマッド‐アイはひとつ息を吐き出し、ハリーの目を真っ直ぐに見た。
ロンも興味があるらしく、ハリーの隣に来てその話に耳を傾ける。
「まず、ホグワーツの成績。『防衛術』『薬草学』『呪文学』『変身術』『魔法薬学』の最高成績が求められる。まあどれかひとつが『魔法史』とかと入れ替わっていても構わんが、『防衛術』は必須だ。他の科目の成績も、勿論良いに越したことは無い……そしてまあ、在学中の素行も考慮される。そしてそれらの、魔法法執行部が求める水準を満たしていれば、面接に進める。ここで見られるのは人格。嘘や誤魔化しが通用すると思うな。本心を伝えるのだ。なぜ闇祓いになりたいのか。自分に何ができて何ができないのかをな。……そして採用されれば、3年の訓練期間に入る。それをクリアすれば晴れて正式配属だ。ただしトンクスを最後に、今のところ毎年全員不合格だ」
ハリーの目に宿った一抹の不安を、マッド‐アイは読み取る。
「大丈夫だ。お前さんが苦手なのは『魔法薬学』ではないだろう」
マッド‐アイの言わんとしている事を真っ先に察して、シリウスが寄ってくる。
「きみが苦手なのは魔法薬学じゃなくて、魔法薬学の先生だろう?ハリー」
シリウスは、その人物を「スニベルス」と呼ばないように意識するのに結構な労力を要していた。
それは「ハリーはいい顔をしないだろう」という、リーマスからの秘密のお達しだった。
そしてマッド‐アイが、また声を上げる。
「闇祓いになりたいのなら、学業の成績は必須だ!わかったら宿題を終わらせんか!!」
たった数分で意見が180度変わったマッド‐アイに睨まれて、ハリーとロンは仕方なく、宿題を広げっぱなしだったテーブルに再び着席するのだった。
「いくらなんでも無茶苦茶だよマッド‐アイ……」
「儂は何か間違った事を言っとるか!」
マッド‐アイの主張が何も間違っていないからこそ、ロンには言いたい事があった。
しかしそれを飲み込んで、ロンはハリーと共に宿題に取り組み始める。
なにしろ今はクリスマス休暇。出された各教科の宿題は決して少なくないが、一刻も早く終わらせれば、それだけ残りの期間を遊び呆けて過ごせるのだ。それは宿題を後回しにして、周囲の大人たちに宿題は終わったのかとせっつかれながら「先に」遊び呆けるよりよっぽど楽しいのだという事をロンもハリーも良く理解していた。それに自分たちは、他の同級生よりも恵まれた環境に居る。
「なんだ。何か訊きたいのか?」
マッド‐アイを始めとして、今このグリモールド・プレイス12番地には何人もの優秀な魔法使いが集っている。この環境で宿題を後回しにするなんて愚かだと、ロンはそう思い直した。
「ねえマッド‐アイ、苦手な教科ってあった?」
「魔法史だな。どうしても眠くなる。……ビンズめ。あれこそ魔法だ」
少し懐かしそうな表情でそう答えたマッド‐アイの見解に、壁の肖像画が何枚も頷いていた。
バーナバス・カフ
「謎のプリンス」時点での日刊予言者新聞編集長。
もちろん「バカのバーナバス」は彼と何の関係もない別人。
稀少・不透明・交絡事件局
(Rare, Obscure, and Confounding Case Division. 略称ROCC)
ゲーム「ホグワーツミステリー」にのみ登場する組織。
つまり公式設定に、というか「原作者の脳内にある設定」に
この組織が存在するかどうかは大いに怪しい。
でもこう、あったほうが楽しいから私の妄想の中にはある。