104年後からの今 作:requesting anonymity
社会人に「クリスマス休暇」など無い。勿論前もって申請すればその限りではないが、それでもホグワーツの生徒たちのように2週間まるまる休むなどという無茶な休暇申請は願い出る者すら殆ど居らず、多くの成人魔法族はクリスマス・イブとクリスマス当日の2日間と、その前後の何日かを概ね「合計で」1週間ほど休むのが主流だった。
そして勿論、そんな休暇すら取れない者たちが、休暇申請率が他の職業に就いている者より大きく低い者たちが居る。魔法省職員である。
いつの時代のいつの時期でも常に仕事が山積みな魔法法執行部を始めとして、その建物にひしめくイギリス魔法界の公務員たちは、普段ホグワーツに通っている子や弟、もしくは妹や甥や姪などが家で宿題にきちんと取り組んでいるかどうかなど考えながら普段通りに、部門によっては普段以上に忙しく業務に取り組んでいた。
「イモビラス!!」
突如執務室に突入してきたブラッジャー5個をどうにか制圧し終えた青年が直属の上司を見る。
「ご無事ですか、大臣閣下」
「問題無いよ、ウィーズリー君」
魔法大臣付下級補佐官に最近就任したパーシー・ウィーズリーが、魔法大臣コーネリウス・ファッジを身を挺して守るのは今週に入って13回目だった。
「英国クィディッチ競技者組合会長の『思い知らせてやる』というのはこういう意味では――」
「――ない。穏健派とは言えん人だが、乱暴者ではないと聞き及んでいる。しかし、クィディッチ愛好家の全てがそうだとは言えん、と。証明されたわけだ……いやはや、運動不足を実感するな」
ファッジ大臣にとって、この程度の「暗殺未遂」はもはや日常となっていた。
「感謝する。キングズリー・シャックルボルト」
「礼には及びません大臣閣下。これも業務の内です」
吹き荒れたブラッジャー5個の内3個を撃墜した優秀な闇祓いに一応の礼を言いつつ、コーネリウス・ファッジは今日も探りを入れる。
「ところでウィーズリー君。お父上が少し前から休暇を取っているそうだが、私の耳に入っている休暇取得理由は、つまり『噂』は。事実なのかね?」
「はい大臣。父は入院していました。そして既に退院しました。ご配慮痛み入ります」
「……きみは、休暇を取得していない。そして申請もしていない。……いいのかね?」
「仕事の方が大事ですから」
パーシー・ウィーズリーの冷淡な態度の裏にどういう心情があるのかを、キングズリー・シャックルボルトは気にしていた。このホグワーツを卒業したばかりの青年には手助けが必要だと、キングズリーの経験が警笛を鳴らしている。そして当人はそれを自覚していないだろうという事にも。
「とっ、りあえず! これは魔法ゲーム・スポーツ部に送っておきます」
破壊されなかったブラッジャー1個を拘束してカバンに詰め込むと厳重に施錠し、中に何が入っているのかを書いた紙をカバンの目につきやすい位置に貼りつけて、パーシーは杖を振った。
「……護衛を増やしましょうか?」
「いらん。アンブリッジ上級次官の任務が優先だ」
キングズリーの問いかけに、宙を漂ってひとりでに「輸送」されていくカバンを見ながら答えたファッジ大臣は、本当は。心の底では気づいていた。
今、キングズリー・シャックルボルトが何故、護衛の増派を提案したのかを。
しかしファッジからはもはや「その問題」を直視するだけの心の強さが失われていた。コーネリウス・ファッジは己自身にすら嘘をつき、己自身に騙されていた。現実を直視する勇気が捻出できなかったために代わりとして作り出した虚構を、真っ先に信じたのはファッジ当人だった。
ヴォルデモート卿が復活した事を心の底では理解していながら、例のあの人が復活したなどという言説は嘘っぱちで自分を魔法大臣の座から追い落とすためのダンブルドアの陰謀だと本気で信じている。それが今のコーネリウス・ファッジだった。
順調に支持率を落としているファッジだったが、一方で「自分が被るはずだった批判や嫌悪をアンブリッジ上級次官に被せる」という彼の方策は、ある程度成功してもいた。
「どっちの方がより嫌いか」という話なら、両者を知る人物の多くはアンブリッジだと答えるだろう。しかしアンブリッジが今居るのはホグワーツである。アンブリッジを嫌悪している者たちの多くは、家族や親戚の誰かがホグワーツに通っている。
つまり、アンブリッジを害するつもりで送りつけた郵便物が我が子を害するかもしれないのだ。
しかしファッジが居るのは魔法省本部魔法大臣執務室。そこに居るのはファッジ当人以外には補佐官と警備員。つまり全員大人の、それも優秀な魔法使いで、ホグワーツの生徒たちよりは格段に自衛能力が高いのである。じゃあ、まあ巻き込んでも大丈夫だろうというのが、ここのところファッジ大臣に悪質な郵便物を送りつけ続けている者たちの主流な考えであった。
要するに、アンブリッジが受け取るべき攻撃までもが、今はファッジの元に届いているのだ。
「大丈夫さ死にやしないよ。まあコーネリウス・f#*k大臣閣下は死んでくれた方が嬉しいけど」
目下ストライキ敢行中のとあるクィディッチ競技場の隅。非公開練習の合間にせっせとブラッジャーを梱包しているその背の高いクィディッチ選手は、ベンチで今日もまた吠えメールに罵詈雑言を書き殴っている自分のチームの1軍コーチにそう言って笑いかけた。
そんな折、魔法大臣執務室に1人の来客が訪れた。
何の前触れも無く。
「やあ大臣」
その魔法使いは襟首がだるだるのパジャマの上にドラゴン皮のマントを羽織り、トカゲか何かの目玉を模しているらしいオレンジと緑の派手なゴーグルをして、気づいたらそこに居た。
「久しぶりだねえコーネリウスくん。それにキングズリーくん。そしてパーシー・イグネイシャス・ウィーズリー。きみは始めましてだね?」
ファッジが呼んだ警備員や闇祓いに取り囲まれたまま、その不審人物は気楽に笑っている。
「皆、冷静に。こんな程度の人数で制圧できる相手ではない」
「…………知り合いかね。シャックルボルト」
怪訝そうな顔でファッジが訊き、キングズリーは平然と返答する。
「この方はかつて闇祓い局にお勤めでしたので人事資料が残っているのです。ええ。お察しの通り、今年のホグワーツの『防衛術』の講師を短期間勤めていた人物であり、現在指名手配中の大量殺人犯。その本人です……闇祓い局としては、同僚から凶悪犯が生まれた事に忸怩たる思いです」
「おや、コーバン・ヤックスリーは凶悪犯じゃあないって言うのかい?」
「仰っている意味がわからない。彼は優秀で職務に忠実な熟練の闇祓いだ」
ヤックスリーが死喰い人なのも、それが不死鳥の騎士団の知るところとなっているのも。極秘も極秘の情報であり、おいそれと口にして良い内容ではなかった。
しかし意図しているのかいないのか、キングズリーは、ギリギリ本当の事を言っていた。
「『優秀で』『職務に忠実な』『熟練の闇祓い』……まあそうか。賢いねえきみ」
「…………何をしに来た」
そう訊いたコーネリウス・ファッジは、杖を真っ直ぐ構えたまま警戒を解かない。
「顔を見に来たんだよコーネリウスくん。きみの顔をね」
その妙な服装の不審者は、10人近い闇祓いと魔法省職員に杖を向けられ取り囲まれながら、自分は杖を取り出そうとすらせずに一歩また一歩とファッジに接近する。
「……ステューピファイ!!」
気圧されながらファッジが唱えた失神呪文は、虫でも払うような軽い動きでアッサリと払いのけられ、蝿のように床に落ちて薄れて消えた。
「安心したよ、コーネリウスくん。杖の振り方まで忘れてたらどうしようかって、アルバスと話してたんだ。それに今この状況で僕に『武装解除』とか飛ばしてこなかったのも良い。かしこい」
言われてみれば杖をどちらの手にも持っていないこの不審者に『武装解除』は無意味だと、ファッジは指摘されてから気づいた。そして数秒かけて我に返り、周囲の闇祓いに命令を出す。
「逮捕しろ!!」
それだけは言ってくれるなと思っていたキングズリーは、気が進まないのを一切態度に出さず、同僚たちと共に粛々とその不審者に攻撃を開始した。
「おおー。結構ちゃんと訓練してるんだねえ。すごいすごい」
呪文も唱えず杖も振らずに気楽な佇まいのままペチペチと呪詛を払い落とすその不審者に、取り囲んでいる闇祓いたちは冷や汗を流しながら攻撃し続けていた。
「アクシオ!」
自分の手を離れて飛んでいった杖がその不審者の手に収まるのを1人の若い闇祓いが呆然と見つめている中、あっさりと杖を奪い取って見せたその不審者は気楽に解説を始める。
「杖なし呪文が使える奴と戦う時はこれを警戒しなきゃダメだよ。君たち、杖を使う時は全身全霊で力いっぱい握りしめたりしないだろう? だから『呼び寄せ呪文』で簡単に奪えるんだ。……ごめん。アルバス。……これじゃ約束が違うよね」
奪った杖を見つめて何やら意味のわからない事を呟いたその不審者が杖をヒョイと投げてよこしたのを、まさか返してくれるとは思っていなかったその闇祓いは受け取りそこねて床に落とした。
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」
自分の杖が手元を離れて宙に浮く事を防げたのはキングズリー・シャックルボルトだけだった。
捕まえようとする手を最小限の動きで躱し続ける己の杖と格闘せざるを得なくなった同僚たちを見ながら、キングズリーはその不審者に尚も杖を向ける。立場上そうしなければならないために。
「杖を全力で把持する。奪われそうになったその瞬間だけね。大切で難しい。優秀だねえきみ」
「……申し訳ありませんが、どなたですかな? お会いした事は無いと思いますが」
その質問の意図を理解して、妙な服装の不審者は一気に笑顔になった。
「本当に優秀だね、きみ。僕そろそろ失礼した方が良さそうだ」
そう言い終えると同時に「姿くらまし」した不審者が消えた途端、空中を逃げ続けていた全ての杖が床に落ち、キングズリー・シャックルボルトも杖を下ろした。
「……追いますか?」
杖を取り戻した闇祓いの1人が、キングズリーにお伺いを立てる。
「追いつける自信があるかね。そして追いつけたとして、あの人物を拘束できるかね」
「……報告書を書いてきます」
闇祓いとその他の職員たちは嵐の去った魔法大臣執務室の備品だった残骸に杖を向けて修復し、綺麗さっぱり元通りにしてから各々の職務に戻っていった。
「姿くらまし」するのと同時に自分に目眩まし呪文を使って完全に透明になったその人物は、ロンドン郊外に「姿現し」して人の気配が無い裏路地の隅で手早く報告の手紙を書き終えるとそれをフクロウに変身させて飛ばし、元の「オミニス・サロウ」の姿に変身し直した。
「私が誰かはともかく、変身した別人だとは気づいていたな。……頭一つ抜けて優秀だな、あのキングズリー・シャックルボルトという男は。……全く。いつ以来だ? 変身に気づかれる事など」
無感情にそう言って、その「オミニス・サロウ」を演じている人物は再び「姿くらまし」した。
オミニス・なんとかみたいな名前だと聞いたその人物が自分たちが滞在しているグリモールド・プレイス12番地から居なくなっていた事に気づいてもいないハリーたちは、まだまだ残っている宿題を終わらせるべく顔を寄せ合って頑張っていた。
「ねえシリウス。僕『安らぎの水薬』がうまくいかなかったんだ」
「魔法薬作りで失敗した時やるべきことは、どの学年の如何な薬でも同じだ。まず、何も見ず記憶だけを頼りに材料と手順を書き出す。書き終えたら、それを教科書と見比べる。魔法薬作りが失敗する原因は、それがレシピが確立されている既存の魔法薬であるなら常にひとつだからな――」
「「――どこかの手順を間違えている」」
シリウスと同時にそう言ったハーマイオニーは、その腕に大量のお菓子を抱えていた。
「差し入れ。トンクスからよ」
「ねえ、トンクスと2人で何の話をしてたの?」
ハリーが百味ビーンズに手を伸ばしながらそう訊くと、ハーマイオニーは真っ直ぐハリーを見て、一瞬目を細めてからクスクス笑った。
「そんな事訊いちゃダメよ、ハリー」
女の子ってやつが頭の中で何を考えているのかに比べれば、「安らぎの水薬」なんか単純明快でとっても簡単なんじゃないかと、ハリーは石鹸味を噛み締めながら思った。
「紅茶などいかがですか、レディ?」
冗談めかしてそう言いながらシリウスは杖を振り、2人分のティーセットを呼び寄せる。
「ありがとシリウス。いただくわ」
まだ宿題を頑張っている自分たちのすぐ傍で優雅にティータイムと洒落込み始めたシリウスとハーマイオニーに、しかしハリーとロンは何も言えない。
「ハーマイオニー、魔法史のエッセイ終わった」
「はいはい。チェックしてあげるから見せて、ロン」
居てくれなければ困るのだから。
「……ねえロンあなた、ビンズ先生の授業で何を聞いていたの?魔女狩りが原因になって施行されたのはラパポート法じゃなくて国際魔法使い機密保持法だし、仮にラパポート法だったとしても『パラポート法』って書いてたら絶対に減点されるわよ。それに―」
そして覚悟していたとは言え次から次へと単語の綴り間違いや適切ではない語句、歴史的事象に関する詳細の覚え間違いに起因する論理の破綻などを指摘されたロンが殆ど全文を書き直す必要があると理解して頭を抱えているのを見ながら、ハリーはシリウスに言われた通り、記憶を頼りに書き出した「安らぎの水薬」の作り方を、教科書に記された正しい情報と見比べていた。
「んもう!! ビンズの授業をちゃんと聞いてるわけないだろ寝てるんだから!!!」
ロンが爆ぜてもお構い無しにエッセイの不備を指摘し続けるハーマイオニーを横目に、完璧な所作で紅茶を飲んでいるシリウスはロンに同情的な視線を向ける。
自分もジェームズも学生時代はしょっちゅう魔法史の授業で寝こけてリーマスに泣きついたものだと懐かしく記憶に浸りながら。
「で、ここでヘレボルスのエキスを入れる……のは合ってる」
ハリーは、その手順をきちんと記憶できていた事が不快でならなかった。スネイプに厭味ったらしく指摘されたからこそ記憶に残っているのだと理解していたから。
「スネイプは良い教師じゃない……絶対に良い教師じゃない……」
ブツブツと怨嗟を漂わせ始めたハリーに、シリウスが声を掛ける。
「あいつは学生時代から……あー、そうだな。『私たちがお友達になりたいと思える種類の生徒ではなかった』が、魔法薬学の成績はずっとトップだったぞ。7年間一貫してな」
「きみのお父さんと私で執拗にイジメてたんだよハリー」などとは口が裂けても言えないシリウスは、頑張って表現を選ぶ。
「そうなの?」
ハリーはスネイプの学生時代になんかまるで興味を持てなかったが、シリウスやルーピン、そして何より自分の父親の学生時代には大いに興味があった。
「じゃなきゃホグワーツの先生になんかなれない。だろう? あいつが授業で言っていた事が、間違いだった事があったか?あいつは厭味ったらしい奴だ。私は永久に好きになれないだろう。だが、魔法薬学の知識と技術であいつに勝てる奴はなかなか居ないだろうな……癪だが」
ハリーと交流するようになって、シリウスはかつての自分がどれほど薄汚い真似をしていたのかを、約20年遅れで実感していた。
(私に忍耐力と広い心をくれジェームズ……見ていておくれジェームズ……ハリーの前で下品な単語や言い回しは避けるべきだ……きっときみとリリーに怒られるだろうからね……)
しかしそれでも、スニベルスの奴を褒めるというのは一言毎に反吐が出そうになるのを堪えなければならなかった。
「ところでハリー。どこを間違えて覚えていたのか解ったかい?」
「ヘレボルスのエキスを入れるタイミング。その後混ぜるのをやめるタイミング」
手順が進む毎に次々と色を変えていく「安らぎの水薬」の醸造は、ホグワーツの5年生がいつの時代も皆苦戦する、慎重で正確な作業を要する難しい魔法薬だった。
ハリーはその「色の順番」を、まだ覚えきれていないのだ。
「そうだな。……実際に作ってみるか? ジェームズと私も、お互いの手順を確認しながらよく自主練習したものだ。ポリジュース薬の作り方をマスターするまでの数ヶ月は大変だった――」
「で、僕とリリーに見つかって怒られてたよな。きみとジェームズが魔法薬学の自主練習に使ってる材料はスラグホーンの薬品棚からくすねてきたものだって、僕ら知ってたから」
そう言いながら部屋に入ってきたリーマス・ルーピンを見てシリウスは杖を一振りし、親友の分もティーカップを出現させ紅茶を注ぐ。
そしてハーマイオニーがロンの魔法史のエッセイを手直ししてあげている傍で、魔法薬作りの道具一式を用意して「安らぎの水薬」を実際に作り始めたハリーを見守りながら、シリウスとルーピンは懐かしい学生時代に思いを馳せる。
「……スラグホーンが『私とて店に並んでいるのを見つけたらすぐに購入する』と言っていた理由が魂で理解できるというものだなパッドフット。『作る前には3日断酒する』と言っていたのも」
5年生になったばかりのジェームズ・ポッターは、親友と共に空き教室で大鍋と格闘していた。
「たとえ私の腕前が完璧だったとしても、まあ売ってるなら買うね、これは……しかし滅多に売っているものではない……スラグホーンが言っていた通りに。はたして誰がこんなものを、他人に売る余裕があるほど生産できるというのだろうか?ソイツには脳が6つは有るに違いない!」
彼ら2人は未だ、目下の自主学習の課題に定めたポリジュース薬を、作り始めていない。今取り組んでいるのはその前段階、クサカゲロウを21日間ひたすらに煮込むだけの作業である。
「『煮込んだクサカゲロウ』が。単に煮込んだだけの品がなぜ1シックルも割高になるのかと文句を言っていた我らの友人が居たが――」
「――ああ。この手間を思えばあれでも割安だったというわけだ。むしろあの倍は取るべきだ」
1人でこの作業をやっていたらとっくにどこかで失敗していただろうと、シリウスもジェームズも確信していた。こんなもの、雑談でも交わさなければやってられない。
「もう少し火を弱めるべきだな。今更焦がしちゃ笑えない」
そう言いながらジェームズは撹拌さじに杖を向け、「独りでに混ぜ続ける魔法」をかけ直す。
そして、そのまま1時間。なにぶんポリジュース薬作りを初めて試みる彼ら2人は厳密にレシピ通りやろうと、ちょうど21日間きっかり煮込んだクサカゲロウを速やかに鍋ごと火から下ろし、予熱で煮込まれるのも最小限にするべく即刻杖で操って瓶に封入した。
「エバネスコ、テルジオ、スコージファイ。……さて、それじゃあやろうか。プロングス」
厳重に大鍋を綺麗にしたシリウスは、ジェームズと束の間見つめ合う。
そしてどちらからともなく吹き出すように笑った後で、2人は作業に取り掛かった。
「まずは、満月草を3カップ。教科書には満月の日に摘んだものである必要があると注釈が書かれているが、それは自力で採取する場合にのみ考慮する必要があるだけで、市販品とか先生の薬品棚にあるやつを使う分には気にしなくていいな」
「ああ。『満月の日に採取』ってラベルに印字されてるやつを探せば良いんだからな」
シリウスが大鍋に紫色の花が咲いた草を計量して投入している傍で、ジェームズは次々に材料を取り出し、必要な分を厳密に計量して混同しないように並べていく。
「次にニワヤナギを2束……束にした奴が大間抜けでないと良いが」
中身の具合を見ながらジェームズが大鍋に材料を投入し、撹拌さじを慎重に扱う。
「時計回りに…………4回!」
「杖で呪文をかけ……えー、この大鍋は真鍮製なので60……と8分煮込む」
そして、そのまま2人が大鍋を世話し続けて30分ほど経過した時。
「……やっぱりここに居たんだね。2人とも」
「あなたたち、何やってるの!!」
その2人の声を聞いてシリウスがビクッと怯んだ一方、ジェームズは長閑に笑っている。
本当はこの場にもう1人ポリジュース薬作りに参加していた友人が居たのだが、シリウスもルーピンもそれは思い出さないようにしていた。ジェームズを思い出そうとするとその人物も紐づいて思い出されてしまうという厄介な問題に、2人は己の記憶を改竄するという方法で対処していた。
別に魔法など使わずとも、記憶の深く暗い底に追いやる事によって。
「できた! ……と思う!」
忌々しいワームテールの奴に楽しい気分を台無しにされそうだったシリウスとルーピンを、ハリーの声が現実に引き戻す。
「さて、ハリー。この薬は、どういう効果を齎すものだったかな?」
シリウスはハリーが醸造した銀色の蒸気が立ち上る薬を杖で操って小瓶に採りながら訊く。
「安らぎの水薬は、えーっと。……落ち着く。リラックスする」
「そうだ。では『上手く醸造できなかった場合に出来上がる不完全な水薬』のリスクとは?」
そう言いながらシリウスは、もう1瓶分大鍋から採取してルーピンに渡した。
「材料を入れすぎると永久に目覚めない眠りに落ちる可能性があるってスネイプが言ってた」
「「その通り」」
言うが早いか、シリウスとルーピンは同時にその小瓶の中身を飲み干した。
「ちょっと!」
14世紀の魔女狩りを主題とした魔法史のエッセイを書き直していたロンはそれを見て慌てるが、しかしその隣のハーマイオニーは尚も優雅に紅茶を飲んでまったりしていた。
「……銀色の蒸気が出ていれば、上手くできた証拠よ。スネイプが言ってたでしょう?」
そう言いながら百味ビーンズをひとつ口に入れたハーマイオニーはギュッと顔を顰める。
「よくやった。ハリー。……良い気分だ」
そう言ったシリウスの隣で、ルーピンも穏やかに笑っている。
「そもリリーとジェームズの子が、魔法薬学ができないなんて事があろう筈が無いんだ」
ルーピンが言い、シリウスが続く。
「私たちとスネイプは、まあ控えめに言ってお互い大嫌いだった。スネイプはきみを見るとジェームズを思い出すんだろう。まあ私とてそうだからな……きみは目だけはリリーにそっくりだが、他はジェームズと瓜二つだから……ジェームズの事が嫌いなのを、きみに投影してるんだろうスネイプの奴は……。全く、自分が何歳になったのか理解しているんだろうかね。良い歳して……」
そこまで言ったシリウスは、視界の端でもんのすごい顔していたハーマイオニーに気づく。
「……どうしたんだい?」
「ゲロ味」
顔中のパーツを眉間に寄せて深いシワを作りながら百味ビーンズの箱を指差して不快そうに感想を述べたハーマイオニーも、ハリーの「安らぎの水薬」を求めた。
同じ頃、アメリカの一角で旧友の家族との団欒を堪能しているその人物は、飛来したフクロウに杖を向けて施された変身術を解除し、手紙の姿に戻ったそれを開封した。
「なにか、面白い事書いてあるかい?」
「まだ読んでないよオミニス」
現在イギリスに来ているとダンブルドアすら思い込んでいる本物のオミニス・サロウが訊く。
「ねえねえお手紙? 読みたい読みたい!」
好奇心旺盛にすり寄ってきた旧友たちのひひ孫を、その青年は「秘密のお手紙だからダーメ」と言いながら抱き上げ、一緒にその手紙に目を通す。
「読めるかい?」
その小さな男の子に、青年はニッコリと笑いかける。
「……わかんない」
ちょっと不機嫌そうに言った男の子の目に写ったのは、アルファベットではなかった。
ゴブリディグック語の文章が古代ルーン文字で書き記されたその報告を、青年は英語と同じようにスラスラと読み解いていく。
「…………パーシーくん、帰ってないんだってさ」
目下の情勢から言えば最も重要性が低いと言える、その報告の最後の一文を青年は声に出した。
「ギャレスのお兄さんのひひ孫の1人だっけ。……けど、助けないんだろう? きみは」
「彼は自分を自分で助けられる。僕の手は必要ないよ……彼だってウィーズリーだ。良い子だよ」
盲目の旧友にそう言って、青年はその報告書を畳んでしまい込む。
「トムくんがその気になれば、魔法省は3日も保たないだろう……僕の部下たちは心配要らないけど、んんーー……いっそウチの部署を避難所にしようかなぁ……」
「あんな場所を?」
「そうなんだよねぇー……それかカバンの中に避難所を整えようかなぁ……」
心配要らないと言いつつも、青年は久しぶりにその自分のもうひとつの職場に顔を出そうかと思っていたが、別に今すぐじゃなくてもいいかとも思っていた。
「ところであなたたち。よくもまあ、あの彼を引っ張り出せたわよね」
アン・サロウが言及したのは今イギリスで夫の代役を勤めている魔法使いについてだと、青年は類推などという手段は必要とせず瞬時に察する。
「まあ、……まあね。まだ友達になれたとは言い難い。彼にとってそう呼べるのは――」
「――後にも先にもダンブルドアくんだけ、だろうね」
青年とオミニス・サロウはそう言いながら、小さなセバスチャンが今朝生まれたばかりのホーンド・サーペントの子供と戯れるのを眺めている。
〈きょうそうしようマーサ!〉
〈待て待てどこまで行くつもりだ〉
小さな男の子は、そのホーンド・サーペントの子供と蛇語で会話しながら走り出す。
何十年も前に双子の兄と共にアメリカにやってきたアン・サロウとその夫のオミニスを源流とするサロウ家は、生まれつきのパーセルマウスを多く輩出し、そうでない者も成長する過程で自然に蛇語を身につけるために、彼らの穏やかな人柄も相まって全米各地の保護施設で重宝されてきた。
そして今ではホーンド・サーペントの保護施設の管理と運営が、一族代々の生業となっている。
しかしヴォルデモート卿は、彼らの事を知らない。彼にとっての「全世界」とは主にヨーロッパの事で、それ以外の土地は全て「無価値な辺境」なのだから。ゆくゆくは支配下に置くつもりだが、それは必然的にそうなるだろうという話であって、そうしたいという願望ではない。
有り体に言えばヴォルデモート卿は、アメリカにどんなやつが住んでいようが興味が無いのだ。
「彼さ、彼はトムとは違うよね」
「うん。決定的に違う。世間はその違いを認知していないし、したとして彼は許されないけれど」
オミニス・サロウは大好きな家族に囲まれながら、青年にその人物の話をする。今イギリスで自分に成り代わってハリー・ポッターの護衛を勤めてくれているその魔法使いの話を。
「俺、初めてだよ。誰か1人と打ち解けるのに50年近くかかったのなんてさ」
「僕だってそうだよ。まあーーったく頑固なんだから。ホントにアルバスそっくりだ」
青年とオミニス・サロウは、お互いの顔を見て穏やかに笑い合う。
「けどダンブルドアくん良い顔しないんじゃないか? 俺ときみが彼と交流してるって知ったら」
「そうだろうけど、アルバスはちゃんと分かってるよ。『必要なら僕はそれをやる』って事くらいさ。かわいそうなトムのせいで死ぬ人がひとりでも減るなら、僕はなんでもする。たとえ、それでアルバスがどれだけ傷つこうとも」
そして青年は、うんざりだとでも言いたげに大きな声を出した。
「大体あの2人! そんなにまだお互い大好きなんだったら会えば良いじゃんか!!!」
「世間がそれを許さないし、そんな権利は自分たちには無いってあの2人は思ってるのさ。だから俺にもきみにも、他の誰にも彼らの決定に異議申し立てなんてできないんだ。分かってるだろう? 他ならぬあの2人が、自分たちでそう決めたんだからね。……互いと話し合いすらせずに」
その青年とオミニス・サロウが誰の話をしているのか察せていたのはアン・サロウだけだった。
「また今度ヌルメンガードにお茶とお菓子でも持ってってあげたら?」
アン・サロウはそう言ってから、マフィンがたくさん乗った皿をひひ孫に示して呼び戻した。
Q.ヘレボルスのシロップって何だよ
A.原語だと「Syrup of Hellebore」。Helleboreは公式日本語訳だと「バイアン草」
しかしHelleboreとはそのまんまヘレボルス、つまり通称クリスマスローズ。
なので私の話では「バイアン草のシロップ」ではなく
「ヘレボルスのシロップ」と表記します(厄介オタク)