104年後からの今   作:requesting anonymity

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21.ゲラート・グリンデルバルド

その招かれざる客が最初に現れたのは、1945年の事だった。

どこを見ても高価そうな調度品と歴史の重みを感じる内装が目に入る城の廊下。ホグワーツとは違ってひとつの肖像画も無く誰とも出くわさないその城の最上階。独房の扉が、ゆっくりと開く。

 

「やあゲラートくん。敗北おめでとう」

「これはこれは。アルバスの奴に言われて来たのか?」

 

その暗くジメジメした牢に収監されていたのは、この城の主だった。

「もしかして、これからもうずっとここに居るつもりなのかいゲラートくん?」

このヌルメンガードに侵入できているという時点で、グリンデルバルドの中で、目の前の人物の正体の候補はかなり絞られていた。そしてその中に、こんな外見をし得る人物は居ない。

「そうか、つまりあの時レストレンジ家の霊廟で、私の炎の中からリタ・レストレンジを拐って行ったのはお前だったんだな」

史上最も強力な闇の魔法使いゲラート・グリンデルバルドは、そう言って笑う。

「火傷の痕が結構残っちゃったんだよね。明日テセウス君との結婚式をやるんだけど、来る?」

そこでやっとグリンデルバルドは理解した。目の前の、グリフィンドールの制服の上にドラゴン皮のマントを羽織ってトカゲの目玉を模しているらしい橙と緑の派手なゴーグルをかけた、ティーンエイジャーにしか見えないこの小娘が一体誰なのかを。聞いていた通りの言動だったから。

「お前が、アルバスの奴がよく話してくれた『先輩』か。そうか、どうもアルバスの奴の協力者の中に、アルバスの奴が制御しきれていない駒があるようだと常々思っていたが。そうかお前か」

その小娘の笑顔は、見た目通りの人物ではないのだという事をグリンデルバルドに思い知らせた。

 

「はじめまして、ゲラート・グリンデルバルド。きみが負けるって知ってたよ」

 

自分と相対しても閉心術を一切使わない人間を、グリンデルバルドは初めて見た。

使えない奴も大勢居る、一般に広く知られた魔法の中では最も難しい部類の技術だが、使えないならともかく使わないというのはグリンデルバルドにとって、全く理解不能だった。

「知っていたから表立って私に対抗しなかったと、そう言うつもりか?」

「いやだって、きみとアルバスとの問題じゃん。ただそれに世界中が巻き込まれてるだけで。僕が勝手に割り込んだって解決できるものじゃないだろう?きみとアルバスの間の拗れた糸はさ。だから死にそうな人は可能な限り助けるけど、助けたけど。きみ自体に関しては僕の出る幕じゃない」

その小娘にしか見えない魔法使いは、独房の床に腰を下ろしてグリンデルバルドを見つめる。

 

「敗北おめでとう、グリンデルバルド。きみ、アルバスに打ち砕かれて嬉しかったんだろう?」

 

グリンデルバルドの目に、昨日まで宿っていた危険な光が再び、ほんの一瞬だけ灯った。

「誰かが私に勝てるとするなら、それはアルバスの奴だけだと、それだけはずっと解っていた」

「そうだね。僕がきみに勝てるって気はしないかな。単に殺すだけでいいんならわかんないけど」

グリンデルバルドの眉が、片方だけ僅かに動く。

「僕が、もしくは他の誰かがきみを殺したと仮定してさ。きみの遺志を誰かが継いじゃったらそれはもう、あんまりきみを殺した意味が無いわけじゃんか。で、きみ本人が居ない以上、きみのものだった組織の行動方針は大なり小なり別物に変質する。こう考えるとむしろ、悪手ですらある」

できもしない事を知ったような口調で語る自信過剰な誇大妄想家共とは、つまりあの貧弱な闇祓いたちとは違うらしいと、グリンデルバルドはその魔法使いの心の内を覗きながら思った。

「きみは結局、最初から最後まで。アルバスにもっかいこっち向いてほしかっただけだ。そしてそれが叶わないって、ずっとそう思っていた。だから止まらなかった」

 

グリンデルバルドは、気づけばその魔法使いを睨んでいた。

「しつこい男はモテないよゲラートくん。いくらきみみたいに見た目がカッコよくてもさ」

「何をしに来た」

グリンデルバルドの当然の問いに、その魔法使いは気軽な口調のまま答える。

「きみに会わせたい友達が居てね。ちょっと話してあげてほしいんだけど」

いいともダメだとも返答せず、グリンデルバルドは壁の小さな格子窓の方を向いてしまった。

そして独房の扉がまた開き、1人の魔法使いが杖の先を赤く明滅させながら入ってきた。

 

「こんにちは、グリンデルバルド。俺はオミニス。オミニス・サロウ……なんだけど。今日だけは結婚してからのじゃなくて生まれ持った方のファミリーネームを名乗るべきかな。はじめまして、グリンデルバルド。……俺の名前は、オミニス・ゴーント」

 

グリンデルバルドの眉が、また動いた。

 

「オミニスが杖持ったままなのは許してね。オミニスはちょっと事情があって―」

「……目が見えないのか」

「生まれつきね。この杖が俺の目の代わりなんだ」

「それは、それはまあ。結婚を機にファミリーネームを変えもするか」

グリンデルバルドはもう、その盲目の魔法使いの事情をあらかた察したらしかった。

「きみ、ダンブルドアくんにそっくりだね」

オミニス・ゴーントがそう言っても、グリンデルバルドは視線を向けない。

「なぜそう思ったか訊いても?」

グリンデルバルドは格子窓から城の外を眺めながら、声だけを訪問者に投げかけた。

「だってきみ今、俺のこと慮ったろ。辛い目に遭ったんだろう、自分なら変えられたか、って。そう思ったろ。ダンブルドアくんそっくりだよ。それほどまでに優しい子は中々居るもんじゃない」

そう言われたグリンデルバルドは、嘲るかのように声を上げて嗤った。

 

「ハッ、何を言うかと思えば、私が優しいと?随分見る目が無いらしいな!」

「そうだよ。なにせ俺がこの目で何かを見た事なんて1度も無いんだからね」

 

オミニスのその発言に、傍らの友人がニヤリとした。

会話の主導権を相手に渡さない事にかけては、この盲目の旧友はアルバスすら凌ぐのだ。

そしてまた、オミニスは言う。

「今きみ、今のは失言だったって思ったろ。初対面の盲人にしてはいけない言葉選びだったって。だからきみは優しいって言ったんだよ。今のは俺がイジワルな言い方しただけなのに」

そう言ってすぐに、オミニス・ゴーントは再び立ち上がった。

「さ、今日はそろそろ帰ろう。また来るよグリンデルバルド。……ちゃんと食事摂るんだよ」

返事も訊かずに去っていった2人の訪問者が居なくなり元通りの静寂に覆われたヌルメンガードで、ゲラート・グリンデルバルドは日が沈んでもまだ格子窓から外を眺め続けていた。

 

「……結婚式か」

 

朝日が昇ってもそうしていたグリンデルバルドが最初に思い浮かべたのは、リタ・レストレンジの事だった。そうか生き延びていたか、という単に事実を反芻するだけの、感慨に欠けた独り言に続いて、グリンデルバルドの中にひとつの疑問が湧く。なぜあの女はあの時私に立ち向かってきたのか、と。あの時の私の炎が、「プロテゴ・ディアボリカ」が独りでどうにかできるような魔法ではない事くらい、あの女にも察せていた筈だ。なのになぜわざわざ「炎の中で」私に攻撃したのか。

無意味な自傷行為だとしか、思えなかった。

「あの時奴らがするべきことは、各々が自分の身を自分で守りながらの速やかなる撤退だった。最低限霊廟の外に出なければ何もできない、そういう戦況だった筈だ。全員で呼吸を合わせてそうするならともかく―尤も私がそうはさせないわけだが―独りで立ち向かって何ができる?無駄に命を失うだけだ。現にあの、テセウス・スキャマンダーもニュート・スキャマンダーも、リタ・レストレンジをどうにか思いとどまらせようとしていた。炎の中に入ってはいけないと叫んでいた。私の炎を『騙して』突破できるとでも考えていたのか?なぜ、あんな真似をしたのだ?」

私に歯向かうなら炎の外でそうするべきで、炎の中に踏み込んだなら私に従う他ない事くらい解っていただろうにと、グリンデルバルドはそう思っていた。

 

あの時、レストレンジ家の霊廟で。私の炎の向こうで狂乱するテセウス・スキャマンダーとそれを抑えるニュート・スキャマンダーに何か言ったリタ・レストレンジが炎の中に居ながらにして私に攻撃した時。私があの女を殺そうとした時。プロテゴ・ディアボリカの青い炎の中からオレンジ色の光が吹き出すのを確かに見た。あの2人のスキャマンダーもそれを見ていた。

一瞬だけ何かが翼を広げて、リタ・レストレンジごと消えたのを。

あれがアルバスの奴ではない以上、正体は自ずとひとつに絞られる。

「あの『先輩』は、不死鳥を飼っているのだったな」

アルバスの奴がかつてそう言っていたのを、グリンデルバルドは覚えていた。

 

“先輩はホントに凄いんだよゲラート”

 

それが、あの頃のアルバスの奴の口癖だった。

 

「私は、確かに。貴方に嫉妬していたよ、『先輩』」

そしてグリンデルバルドはまた、同じ単語に立ち戻る。

 

「……結婚式か」

 

1927年のあの時「将来を誓いあった若い恋人同士」だったあの2人は、それから18年経った今ではもういい歳の筈だ。いくらでも機会はあっただろうに、今まで執り行っていなかったのか。

そう考えてしまった己を、グリンデルバルドは鼻で嗤う。

「私のせいだな。私がまだ居る以上そんなふうにはできないと、そう考えていたのだろう」

私がアルバスの奴に敗北したからこそ、やっと彼らは気兼ねなく幸福を謳歌できるのだ。

 

「私は一体、何人の幸福を邪魔したのだろうな」

 

「より大きな善のために」アルバスの奴と考えたその言葉は、自分の行動は、アルバスの奴と共に空想した夢は、確かに「善のために」あった筈だ。

「クイニー・ゴールドスタインにしてもそうだ………彼女は私のせいでどれほど―」

そしてグリンデルバルドは、その名前に思い至る。

 

「―私には『反省』などする権利は無いのではないか」

 

あの「先輩」がした指摘は、正鵠を射ていた。グリンデルバルドは確かに、アルバス・ダンブルドアとの決闘の果てに打ち砕かれる事で己の野望が終わりを告げたのを、嬉しく思っていた。

アルバスの奴がまた自分を見てくれたから。

もう二度とあの頃と同じ目で見てくれる事は無いと理解しているからこそ、あの決闘はグリンデルバルドにとって、幸福以外の何ものでもなかった。

しかしグリンデルバルドは、その郷愁をすぐに心の深い底に追いやる。

「私に、こんな思いは、許されていない」

グリンデルバルドは、その名前を思う。

 

「私は『より大きな善のために』あらねばならない。でなければ……ロジエールはどうなる?」

 

ヴィンタ・ロジエール。心から私に付き従ってくれた同志。彼女は「より大きな善のために」あった。なのにその道に引き込んだ私が独りで勝手に後悔する事など許される筈があろうか。

「アバナシーも、カローも、ヘルムートも………彼らは私を信じていた」

なのになぜ私が己の行いを悔やむ事ができようかと、グリンデルバルドは考えていた。

 

「赦されない。決して。誰にも」

 

結局、それが結論だった。それが全てだった。

そしてグリンデルバルドは、その名前に思い至る。

 

「アリアナ・ダンブルドア……」

 

ただ1人だけ「もしかしたら私が殺したのかも知れない」と、事実を突きつけられる事をグリンデルバルドが恐れた人物。アルバスの奴の、妹。

グリンデルバルド本人は与り知らぬ事だが、その思いはあの時あの場に居た他の2人と、アルバスとアバーフォースのダンブルドア兄弟と、全く同じものだった。

「私が殺したのか………?いや、そうであらねばならない……私が殺したのだと言ってくれ」

それは本当に、その2人と一言一句同じ懸念だった。

「アルバスの奴が殺したのではないと、アバーフォース・ダンブルドアが殺したのでもないと。誰か私にそう保証してくれ………でなければ、アルバスの奴は……」

 

自分自身や弟よりは私がその罪を負うほうがアルバスの奴が幾分かでも救われるだろうと、グリンデルバルドは思っていた。「誰のせいで死んだのか判らない」というのがアルバス・ダンブルドアにとって「自分が殺した」と同義である事を、グリンデルバルドはよく知っていた。

 

「何をぼーっとしてるんです?」

 

キングズリー・シャックルボルトに声をかけられて、その魔法使いは漸く現実に立ち戻った。

「ああ、ごめんごめん。少し考え事をしてたんだ」

ゲラート・グリンデルバルドは即座に「オミニス・サロウ」を演じて返答した。

「我らとて、今日ばかりは単なる『護衛』では済まされませんぞ」

通りがかったディーダラス・ディグルがそう言って笑う。

「クリスマス・パーティの準備をするのですからな!」

 

グリンデルバルドにとって、思い出して幸福感に浸れるクリスマスなど、片手で余るくらいしかなかった。どれも同じ顔ぶれの、3人だけのクリスマスだった。

ティーンエイジャーの自分。ティーンエイジャーのアルバス。そして大叔母のバチルダ。

それも、アルバス・ダンブルドアが抱くものと、同じ思いだった。

 

自分はこんな幸福な風景に入り込んでいい人間ではない、という罪悪感。

 

「もうちょっとお砂糖入れましょうかハーマイオニー」

キッチンではモリー・ウィーズリー総司令官の元で、何人もの新兵たちが花嫁修業に励んでいる。

「無理して片手で割ることないのよトンクス」

そう言ったモリー・ウィーズリーは、目ざとく大きな声で叱る。

「フレッド、ジョージ!!つまみ食いはダメよ!」

「「ごめんよママ!!」」

ハリーに透明マントを借りたのに何故バレたのかと、双子は素直に降伏しつつも首を傾げていた。

「そんなに何か食べたいなら、そこの大皿のドーナツを持って行きなさい。あなた達だけで食べてはダメよ。ちゃんとみんなで食べる事。いいわね?」

フレッドとジョージは喜んで通達に従う。さっき自分たちの方からハリーに提示した透明マントを借りる交換条件をどうにか履行できそうだと、ウィーズリーの双子はホッと胸を撫で下ろした。

 

「見事なもんですね。………まるで魔法のようだ」

「ありがとう。そりゃまあ魔法ですからね」

 

モリー・ウィーズリーが杖で食材や調理器具を操って手際よく、料理を幾つも同時並行して作り上げる様を、マグルのグレンジャー夫妻は興味深げに眺めていた。

「パパったら……」

自分の父親の素っ頓狂な感想に、ハーマイオニーはザッハトルテ作りに挑みながら呆れる。

「この子の宿題を見ていて思うのだけれど、魔法って、何でもできるわけではないのよね?」

ハーマイオニーの母親、グレンジャー夫人の問いに、その場の皆が次々に答える。

「なんだっけあれ。ダース・ベイダーの―」「『ガンプの元素変容の法則』な」

なんで今ので何の話か判ったのだろうと、ハーマイオニーはその双子を見ながら首を傾げる。

「変身術には限度がある。有名なやつだと、無から食べ物を生み出すことはできない」

ハーマイオニーが諳んじる。

「ママならできるって、あれ習うまで俺たち信じてたんだぜ」

フレッドとジョージがまた顔を出して言った。

「あら、そっちのマフィンも味見する?」

機嫌を良くしたウィーズリーおばさんが双子に新しい皿を勧める横から、トンクスが訊く。

 

「フレッドとジョージは『ゴルパロットの第三法則』ちゃんと覚えてる?」

「もち。複数の効果を齎す毒薬に対する解毒薬の材料の数は、それぞれの効果に対する解毒の為の材料を単純に合計したよりも多くなる」

「混ざって新しい成分ができてるからって話だよな」

トンクスとモリーは双子の解答を肯定してニッコリと笑った。

 

「魔法は色々できるけど、できない事も色々ある」

 

双子のどちらかが改めてそう言い、もう片方がそれに続いた。

「死んじまった奴を生き返らせる事もできない。当然、できない」

フレッドとジョージのどちらかが、壁に並んだ肖像画たちを見上げながら言う。

「死体を無理やり動かす事はできるがな。『亡者』。意思は無いが敵意はある。厄介だ」

ワインとグラスを取りに来たマッド‐アイがそう言って、フン、と鼻を鳴らした。

 

「この子も、皆さんも。杖を使ってらっしゃるけど、つまりそれがスタンダードなんですよね?」

ミスター・グレンジャーの質問に、ウィーズリーおばさんが答える。

「そうですよ。杖なしで魔法を使えるのは、本当に一握りの特に優秀な魔法使いだけ。それも杖と遜色ない満足な効果を得られるのは、その中の更に最上位の、それこそダンブルドアみたいな人たちだけなの。教育方針が根本的に違うアフリカの魔法使いたちは例外だけれど」

「ワガドゥーじゃ、誰も杖を使わないんだよな」「みんな杖なし。みんな動物もどき!」

考えられない信じられないと歌いながら、双子はマフィン山盛りの皿を持って出ていった。

 

「それに、この子は魔法を使う時は呪文を唱えるけれど、あなたはそうではないのですね」

「無言呪文はホントにホントに難しいのよママ!私練習してるけど、ちっとも!」

ハーマイオニーが母親に訴えるのを聞いて、トンクスは窯の中を覗き込みながら驚いた。

「ハーマイオニーあなた、もう無言呪文の練習してるの?6年生からでしょう?」

しかしその問いかけに対するハーマイオニーの回答は、トンクスを一層驚かせた。

 

「だって私、5年生の呪文学で習う呪文は全部勉強し終わっちゃったんだもの」

 

あっさりとそう言ったハーマイオニーとは対照的に、ハリーとロンはまだ宿題が残っていた。

キッチンから少し離れた広めの部屋で、2人はシリウスとルーピンの指導を受けている。

「エバネスコ!!」

シリウスが「双子呪文」で大量に増やしたマグカップを、ハリーは見事に消失させてみせた。

「いいぞハリー。きみはもうコツを掴んでいる。生き物が対象でも基本的にやる事は変わらない」

「きみも良くなってるよロン。できると自信を持つ事だ。守護霊呪文とは違って、精神性が成功に不可欠ってわけじゃあない呪文だけど、自信を持つのは大切だ」

「それはわかってるけどさ!」

気軽に言ってくれるルーピンに抗議しつつも、ロンはマグカップに杖を向けている。

 

「やってるな2人とも」「これママから差し入れ」

 

ドーナツとマフィンが山盛りの皿をそれぞれ持ったフレッドとジョージが入室してきた事で、ハリーとロンは休憩する権利を得た。

 

「僕らの愛するロニー坊やはどんな調子だいルーピン?」

「良くなってるよ」

 

ルーピンは、端的に褒める。

 

「『消失呪文』の何がしんどいって、完全な成功と完全な失敗の2通りの結果しかないから、上達が実感しづらいんだよな。消えるか消えないかだけだからな……俺たちも一昨年苦労したぜ」

フレッドとジョージのどちらかがそう言い、シリウスがそれに続く。

「私とリーマスも5年生の時この呪文に苦労させられたよ。ジェームズだけはアッサリ習得してのけたが、あいつはあいつで、むしろそのせいで苦労する羽目になった」

シリウスがまた昔を懐かしんでいるのを見ながら、すぐ隣のルーピンも同じ光景を思い起こした。

「同学年のほとんど全員から『教えてくれ』の大合唱だ……スリザリンの奴らすら何人か縋ってたからな……そればっかりに時間を取られて目を回してたよ」

「スネイプの奴だけは、頑として自力で習得しようとしてたが。それでも結局は誰かに教えてもらったんだと私は思ってるんだが、まあどうでもいいな」

そう言いながらシリウスはフレッドとジョージが持ってきてくれたドーナツに手を伸ばし、ロンとハリーもそれに続く。

 

「ハーマイオニーとジニーはママの手伝いだっけ?」

「トンクスも居たぜ」

 

ロンの問いかけにフレッドが答え、ルーピンの目が少し泳いだ事にシリウスだけが気づく。

ハーマイオニーの様子が気になるのだろうロンと、ジニーの様子が気になるのだろうハリー。そしてトンクスが上手くやれているかを心配しているのが目の端に表れているリーマスを順番に見ながら、シリウスはニヤニヤ笑いが止まらなくなっていた。

「様子を見に行くか?」

シリウスが心底楽しそうにしながら旧友に訊く。

「いや、集中力を削いでしまうのは悪い」

心根を全て見透かされていると理解しながらも、まだルーピンは取り繕う事を止めなかった。

 

「そういやお前ら、他の宿題は終わったのか?」

「5年生って、特にどっさり出されるだろ?」

 

自分たち2人の事を棚に上げて、フレッドとジョージが訊く。

「今やれるやつはやり終えたよ。あとは『この呪文を練習しておこう』みたいなのばっかり」

「原義的に休暇中いっぱい終わりようがないやつな。俺たちにもあるぜ」

ハリーにフレッドが言い、ジョージはロンの目を見て回答を促した。

「僕だってハリーと同じくらいには進んでるよ!」

嘘じゃないぞと不服そうに訴える弟を見ながら、ジョージは楽しそうにニヤニヤしている。

「7年生ってどんな呪文習うの?」

ドーナツにまた手を伸ばしながらハリーがフレッドに訊く。

「解錠妨害呪文とか、防水呪文とか。ハーマイオニーに訊けばたぶん、唱え方教えてもらえるぜ」

「あのお嬢さんにはマジびっくりだよ。ビルだってハーマイオニーと比べりゃ見劣りするぜ」

「誰がなんだって?」

いきなり部屋に入ってきてそう言ったビル・ウィーズリーに、フレッドは反射的に言い訳する。

「俺たちのウィリアムは世界一カッコいいよなって話をしてたんですよ兄上」

「ホントに、本当に、オのとーりです」

ビルの婚約者フラー・デラクールが、フレッドの意見に賛同しながら入室してきた。

 

そして始まったボーバトンとホグワーツの教育方針の差異に関する意見交換を、その部屋の扉の前を通りがかった魔法使いは聴かないように意識していた。

右を見ても左を見ても視界に入る楽しげな光景と幸せを絵に描いたような学生たちと家族の会話は、その人物にとって磔の呪文よりも遥かに強力な呪詛だった。

アルバスの奴がこの場にもし居て、2人でこの幸せそうな輪の中に入っていければどれだけいいかと、そう思ってしまうのだ。それが絶対に叶わない事だと理解しているからこそ、そう考えずには要られなかった。幸福な光景と賑やかな団欒を見れば見るほど、アルバス・ダンブルドアが自分の隣に居ない事を改めて意識させられるのだった。

(だからきみにこの任務を任せたんだよ、ゲラートくん。きみは罰してほしかったんだろう?)

グリンデルバルドの頭の中に、あの「アルバス・ダンブルドアの先輩」の声が響いた。

〈お前みたいな奴には、アイツは本当に冷酷になる〉

グリンデルバルドが肌見放さず持ち歩くように命じられているカバンの中から、「オミニス」の声が響く。その蛇語をハリーはロンの隣でドーナツを齧りながら僅かに聞き取ったものの、集中力がドーナツとマフィンとフラーと会話とに分散していたせいで内容までは聞き取れなかったので、蛇語が聞こえた事自体すぐに忘れてしまった。

 

〈そういえばお前は、ずっとカバンの中に居て退屈しないのか、オミニス〉

〈ん?アイツは昔から、時々俺を外に出してくれるよ〉

〈は?????〉

 

グリンデルバルドは「オミニス」の回答に耳を疑った。そんな真似が絶対に、最も許されるはずがない生き物の筆頭だと、グリンデルバルドは「オミニス」の事をそう考えていた。

そもそも飼育も繁殖も、何百年も前からずっと違法なのだから。

〈俺がなんで、お前と一緒に来る事になったか。お前はわかってるよな〉

ポケットにしまい込んであるカバンの中から、また「オミニス」の声がする。

〈それは、もし私がおかしな真似をした時に―〉

グリンデルバルドの言葉を「オミニス」は遮った。

〈違う違う。逆だよ。俺が俺の怒りを抑えられなくなった時に、あいつら以外にそれを抑えられる奴がもし居るなら、あのダンブルドアとかいうチビスケ以外だとそれはお前ぐらいだって、あいつらはそう考えたのさ。俺がお前のお目付け役なんじゃない。お前が俺のお目付け役なんだ〉

「オミニス」のその言葉は、グリンデルバルドに気を引き締めさせて余りあるものだった。

 

〈そのヴォルデモートとかいう奴〉

「オミニス」は尚もカバンの中から喋り続ける。

〈1度会ってみたいね。どんな目をしてるのか見てやる〉

 

発言の意味を理解できているグリンデルバルドは、万が一にもハリー・ポッターに今のを聴かれてやしないかと懸念したが、どうやらそれは取り越し苦労らしかった。

 

そんな中、マッド‐アイとディーダラス・ディグルが早くも一杯やっていたリビングに、何の前触れもなくその不死鳥が現れた。

それがダンブルドアのフォークスではないと真っ先に察したのはその場の他の誰でもない、フィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画だった。

「これはこれは。何か用かね。お前のような生き物を小間使いにするとは全く……」

その不死鳥が嘴で咥えていた吠えメールを離すと、それは独りでに宙に浮かんで開封された。

 

「こんちはブラック校長!今日もダンディですね!!!」

 

フィニアス・ナイジェラス・ブラックの眉間に、一気にシワが寄る。本人ではなく吠えメールなので中断も反論もできないのが、このイタズラのたちの悪いところだった。

なにせ吠えメールと言う物は、届いても読まずに放置していると爆発炎上するのだ。自動読み上げの中断など試みようものならどうなるかなど、想像するだけでも魔法族は辟易するのだった。

「ブラック校長にプレゼント持ってきたんですよ!!!クリスマスプレゼント!!」

マッド‐アイも、その背後の壁にかかっているブラック家の先祖の誰かの肖像画も同じように、眉間にシワを寄せて耳を指で塞いでいる。

「シリウスくん!!!クリーチャーを呼んでくれますか!!!」

とんでもない音量の指示が向こうの部屋から聞こえてきて、シリウス・ブラックは仕方なく、誰の指示なのかも深く考えないまま言われた通りにする。

「行って指示に従えクリーチャー」

極めて投げやりな口調の命令に、その老いた屋敷しもべ妖精はブツブツと文句を言いながら従う。

しかしその態度は、不死鳥が運んできたプレゼントの内容を見て一変した。

 

「久しぶり、父さん」

「お久しぶりです父上」

 

その額縁の中に並んでいたのは、スリザリンの制服を着た2人の男の子たちだった。

「シリウス坊ちゃま………フィニアス坊ちゃま……」

絶句しているフィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画と同じ表情で、クリーチャーは感激を全身で表現していた。

「スクロープも居るんだけど、今はちょっと他所の絵の中に行ってるんだよね」

かつて勘当した息子を、フィニアス・ナイジェラス・ブラックは見つめていた。

「この頃の僕は、まだブラック家の一員だった。そうだよね父さん?」

「そのお前は、まだ私とアーシュラに勘当される前だ………確かにそうだ……」

かつて己の2番目の息子フィニアスを勘当した時にその肖像画を衝動的に全て焼き捨ててしまった事を、フィニアス・ナイジェラス・ブラックは生涯後悔し続けていたのだ。

「今のブラック家の当主は僕の名前を継いでるらしいが。どんな奴なんです?」

フィニアスの兄でフィニアス・ナイジェラス・ブラックの長男であるシリウス・ブラックが、弟の肩に手を置いたまま訊く。

「………我がひひ孫は、お前たちのひ孫は。グリフィンドールに組分けされた」

苦々し気にそう言ったフィニアス・ナイジェラス・ブラックを余所に、兄の表情が気になりながらも、フィニアス・ブラックは嬉しそうだった。

 

「ウチからグリフィンドール生が出たのか!そりゃあいい!」

「お前はまたそういう事を………そんなんだから勘当されたんだぞ」

「だからこの絵に描かれた頃の僕はまだ勘当されてないんだって。ねースクロープー」

フィニアス・ブラックはそう言いながら、額縁の向こうに笑いかけている。

「じゃ、そういう事で!僕もう暫くアメリカに居るから!何かあったらこの2人に伝言頼んで!」

それだけ叫ぶと、吠えメールは自分で自分をバラバラにして消滅した。

 

「なんだなんだ凄い声だったな」「誰か来たのか?」

そう言いながら入ってきたフレッドとジョージを筆頭に、別室に居たハリーたちも、キッチンに居たウィーズリーおばさんたちもぞろぞろとリビングに集まってきた。

「僕らを運んでくれるかクリーチャー」

「父さんから見える位置にお願いね。あの人寂しがりだから」

「もちろんでございます……」

誰が来たのか何が届いたのかと思えば親戚の肖像画だったシリウスは露骨にがっかりしているが、クリーチャーが丁重に取り扱っているその額縁の中から、兄弟の片方が大きな声を出した。

 

「あ!きみたちウィーズリーの家の子だね!ギャレスの親戚だ!絶対そうだろ!」

「いかにも。俺たちフレッドとジョージ。あっちは兄貴。チャーリーとビル。弟のロンと、妹のジニー。あっちが父さん。アーサー・ウィーズリー。で、あっちが我らが母上様。モリー・ウィーズ、いや………あー、えっと違うなそうじゃない。モリー・『プルウェット』……だった」

燃えるような赤毛の双子にそう説明されて、フィニアス・ブラックは目を輝かせる。

「えっホントに!じゃあギャレスとリアンダーが親戚になったって事?!!」

「それは元からだろフィニアス。純血の家はだいたい全部どっかで親戚なんだからな」

そう言った額縁の中のシリウス・ブラック2世は、すぐに例外に思い至って付け足す。

「オミニスの奴とその血縁以外はな」

「ゴーント家ね。あの家イカれてるよ………純血に誇りを持ってるのは別に好きにすりゃ良いけどさぁ……あそこまでやるかい普通……??しかもあんな永いこと……」

そう言ったフィニアス・ブラックは、父の肖像画を見る。

「ねえ。父さんあのゴーントおじさんと仲良かったけどさ。まさかあの一家の『方針』にまで賛同したりしないよね。純血を守り通したが為に絶滅するなんて、バカだよ」

「ゴーント家は絶滅などしていない」

ピシャリとそう突っぱねたフィニアス・ナイジェラス・ブラックは、背景の方を向いてしまった。

 

「……お前、シリウスに似てるな」

そう言ったフレッドとジョージのどちらかに、フィニアスは気軽な様子で笑いながら言う。

「ありがとう。そういやその、兄さんと同じ名前の僕らのひ孫はどこだい?」

シリウス・ブラックはそこでやっと進み出て、もはや礼拝に近い挙動を始めているクリーチャーの隣に立って、その2人の肖像画を見る。

 

「私がそうだ。私がシリウス・ブラックだ」

「……よく頑張ったね。シリウス。あの先輩がきみのこと褒めてたよ」

 

そのまま何やら話し込み始めたシリウスの背中を眺めながら、ジニーは隣の母親に訊く。

「ねえママ、リアンダーって誰?」

「私のひいおじい様よ。リアンダー・プルウェット。あなたのひいひいおじい様」

納得はしたが想像はできないジニーを余所に、不死鳥が炎と共に姿を消す。

 

〈なんとも幸せそうだな。そうだろうオミニス・サロウ?クリスマスはこうでなければ〉

 

どこかから聞こえてきたその言葉が、その場にいるただ1人へ向けた痛烈な皮肉だという事など、それが蛇語だという事にすら少し遅れて気付いたハリーは全く思い至らなかった。

 

 





シリウス・ブラック(広義)

 フィニアス・ナイジェラス・ブラックの兄(享年7~8歳)がシリウス1世。
 で、フィニアス・ナイジェラス・ブラックの長男がシリウス2世。
 次男のフィニアス・ブラックはマグル贔屓が原因で勘当され
 家系図からも抹消されている。
 ジェームズ・ポッターの親友でグリフィンドール所属の
 読者が一番よく知ってるフィニアス・ナイジェラス・ブラックのひひ孫
 映画ではゲイリー・オールドマンが演じた彼は
 開示されている公式設定の範囲内では「シリウス・ブラック3世」。

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