104年後からの今   作:requesting anonymity

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24.幸福と憂い

「いい?みんな!『最高に幸せな思い出』だ。それで心の中をいっぱいにするんだ。そうじゃないとこの呪文は機能しない。動物の形した守護霊が出て来てくれれば一番良いけど、ぼんやりした盾の守護霊でも充分役に立ってくれる。いいかい、呪文じゃなくて『思い出』に集中するんだ!」

ホグワーツ城8階にひっそりと存在する、知る人ぞ知る「必要の部屋」で、D.A.の面々は待ちに待った呪文の講習を受けていた。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

意を決して唱えたハーマイオニーの杖の先からは、白く光る霧のようなものが少し立ち昇った。

「いいよハーマイオニー、その調子だ!思い出に集中して、心の中を幸せで満たすんだ」

ハリーは練習し続ける皆の間を歩き回りながら、頑張って教師役を務めている。

「心の中を幸福感で満たす、って言うのとやるのとじゃ大違いだな……」

難しい呪文だと言う割にはやるべきことは単純だなと思っていたシェーマスとディーンは、何がそんなに難しいのかをいざ呪文を実践しようとして、やっと実感した。

「本当に、一欠片も不安な気持ちが残ってちゃいけないんだな、たぶん」

「仮にこれ習得できてもさ、失敗する時は失敗するよな……エクスペクト・パトローナム!」

シェーマスの杖の先から、ぼんやりとした白く光る霧がささやかに吹き出た。

 

「なあハリー、これは僕に才能が無いって事じゃ、ないんだよな?」

「………僕がルーピン先生に言われたのは『その思い出じゃちょっと弱かったんだろう』って。『別の』を探す必要があるって。シェーマス今、何を思い浮かべてたのか訊いてもいいかい?」

「O.W.L.試験全教科最高評価」

 

シェーマスが端的に答え、ディーンが控えめに笑ったが、その言葉を受けてパーバティがハリーに横から質問を投げかけた。

「架空の思い出でもいいの?実際には起きなかった、それかまだ起きてない事でも?」

「ま、僕がO.W.L.で全教科トップって事はまずないぜ。それは解ってる……待てよ、だからか?」

冗談めかしてそう言ったシェーマスが再び杖を構えて集中し始めるのを横目に、ハリーは答えをまとめるのにちょっと時間を使ってから口を開いた。

「必要なのは『心の中を幸福感だけで完全に満たす事』で、幸せな記憶を思い出すのはその手段だ。だから、『実際にはそうなってない』って事を補って余りあるくらい幸福な空想なら―」

ハリーは、父さんと母さんの笑顔を思い浮かべる。ホグワーツが休暇の間、自分はゴドリックの谷にある家に帰って家族と過ごす。そしてロンとハーマイオニーをパーティに招いたりするのだ。母さんはきっと料理が上手で、父さんは事ある毎にルーピン先生やシリウスを家に呼んで騒がしく遊んでいるのだと。そして父さんと母さんは、毎月欠かさずルーピン先生に脱狼薬を作ってあげるんだろう。それでネビルとも、たぶん家族ぐるみの付き合いをしているのだ。

 

きっと、そうなっていた筈だ。

 

「―エクスペクト・パトローナム!」

 

ハリーが杖の先をクルッと回してそう唱えると、杖の先から噴出した青白く光る霧のようなものは勇壮な牡鹿の姿を象り、必要の部屋の端から端まで駆け抜けて、ほどけて消えた。

「「お見事、ハリー」」

フレッドとジョージはそう言いながら、向かい合ってお互いを見る。

「「エクスペクト・パトローナム!!」」

2人の杖の先から現れたカササギの守護霊はすぐに合流し並んで飛び、煽るようにロンの周りをぐるっと一周してから消えた。

「2人とも今、何を思い浮かべてたんだ?」

ロンが怪訝そうな顔で訊く。なんでそんな事も無げにアッサリとできるのかと、そう訊ねたいのが表情にありありと表れていた。その時。

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

ウサギの姿をした守護霊が皆の視界を横切っていく。そして、その出処は。

「すごい!ルーナすごい!」

大喜びしているアストリア・グリーングラスの横で、ルーナ・ラブグッドはいつも通りだった。

「ねえルーナ、今なにを思い浮かべてたのか訊いてもいーい?」

アストリアから好奇心に満ち満ちた目を向けられながら、ルーナは口を開いた。

 

「なんにも」ルーナの表情には、不思議な深みがあった。「だって私、いま幸せだもン」

 

D.A.のメンバーとして日々「防衛術」の実践訓練に挑んでいる者たちの中の幾人かは、この時初めて、ルーナが単なる「変な子」ではないという事実に気づかされていた。

そこから10分ほど練習し続けたD.A.の皆の中で、次に成功したのはジニーだった。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

ジニーの杖から現れたのは馬の姿をした守護霊で、それは前脚を持ち上げて嘶くような動作をした後、少し走ってから薄れて消えた。

「すごいわジニー!」

ラベンダー・ブラウンとハンナ・アボットが興奮気味に喜んでいる。

そしてロンは、ハーマイオニーがめちゃくちゃ怖い顔して自分を睨みつけている事に気づいた。

 

「なんだよハーマイオニー。僕きみに何か―」

「エクスペクト・パトローナム!」

 

ハーマイオニーの杖の先から現れたカワウソの守護霊が空中を泳ぐのを見て、傍で練習しているアリシア・スピネットとテリー・ブートが湧いたが、ハーマイオニーは喜びつつも必死な表情のままハリーに早口で質問をぶつける。

「ねえハリー、これ長持ちさせるにはどうしたらいいの!」

「集中を切らさない事!幸福な気持ちを心の隅から隅まで満たし続ける事!」

無茶言ってくれるわねと思ったハーマイオニーだったが、守護霊呪文を維持する事は、守護霊を作り出す事よりほんの少しだけ簡単だった。

「守護霊を作り出せた」という喜びが、ささやかながら助けになるのだ。

 

「さて、みんな。守護霊呪文について幾つか補足しておこう」

ずっと部屋の隅のとまり木の上で不死鳥と並んで練習風景を眺めていたワタリガラスが、また先生の姿に戻って口を開いた。

「まず、改めて言っとくけどこの呪文、めちゃくちゃ難しい。できなくたって何も恥じる事はないし、もちろんできない人の方が多い。大人でも、闇祓いでもね。動物の姿をしてない、単なるぼんやりした盾の守護霊でも君たちが呼び出せたなら、僕はびっくりだ。だから今驚いてるよルーナ。ジニー。ハーマイオニー。そしてこの『守護霊』ってのは、どんな生き物の姿なのかを自分で決める事はできない。心の中の深い部分が反映されているんだろうってのが一般的な説だけど、どういう基準で決まってるのかは未解明だ。で、君たちが覚えておくべきこと……『守護霊がどんな姿をしていようが、それは守護霊の強さとは一切関係が無い』小さな草食動物だろうが、大きくて獰猛な獣だろうがね。僕は昔、まだ闇祓いの仕事をちゃんとやってた頃にシンフォジア・ロウルって魔女がテントウムシの守護霊を作り出すのを見たことあるけど………めっちゃ強力だったからね」

それだけ言った先生は指先を気軽にクルッと回して1人用のソファを出現させると、ゆったり腰を降ろして寛ぎ始め、更にどこからともなく取り出した旅行カバンを足元に置いて開き、そこから現れたニフラーやらパフスケインやらを膝に乗っけてブラッシングし始めた。

 

「ほらほら。練習を続けて?僕は単なる見学希望者だから質問はハリーにね」

 

D.A.の講師の座をハリーから奪ってはいけないとは思いつつも、見てると口出ししたくなるという己の困った性質を頑張って抑え込んでいる先生を余所に、ちょっと戸惑いながらもD.A.の皆は守護霊呪文の練習を再開する。

「ねえハリー、『ぼんやりした盾の守護霊』ってどんなの?」

ナイジェル・ウォルパートが杖を構えたまま訊いた。

ハリーは口で説明するより実演した方が早いと思ったが、考えてみれば牡鹿の守護霊を初めて作り出せて以来、「わざと牡鹿でなく盾の守護霊を出す」などという真似を試みた事は無かった。

 

「ほんの少しだけ集中力を他所へ散らすんだ、ハリー。それか『ちょっと弱い思い出』に全身全霊で集中して呪文を唱えるかだね。とにかく守護霊呪文の完全性を、ごく僅かに損なう事だよ」

 

先生にそう言われて、ハリーはクィディッチの試合で勝った時の事を全力で思い起こした。

「エクスペクト・パトローナム」

ハリーの杖から吹き出た青白く光る霧のようなものは薄く広がって、ぼんやりと丸い盾のようにハリーの前方に壁を形成した。

「見ての通り、動物の形をした守護霊と違って、これだとディメンターをやっつける事はできない。けど相手が1体だけならこのまま、この『盾』で押し返して、追っ払う事はできる。……頑張れば、ね。この説明で納得してくれるかい、ナイジェル?」

「……吸魂鬼がたっくさん居たら?」

ナイジェルにそう訊かれて、ハリーは守護霊呪文を引っ込め杖を降ろした。

「なんにもしないよりはマシだ。そうだろう?」

 

「きみのそういうとこ、ホントに凄いと思うぜ。ハリー」

ロンがそう言ってニヤリと笑い、全くピンと来ていないのが表情に出ているハリーを見てハーマイオニーも、ディーンもシェーマスも他の皆も笑った。

「えっ何。なに皆して。だってタダで斃されてやる筋合いなんか無いだろう?」

ひたすら戸惑い続けているハリーを見ながら、ネビルは幸福な思い出を頭の中から引っ張り出そうと頑張っていた。まず思い浮かべたのは、聖マンゴのベッドで並んで寝ているパパとママ。

しかしすぐにばあちゃんまで思い浮かんできてしまい、ネビルは身震いして別の思い出に切り替えようと努力を始める。

(お見舞いに行くと時々パパとママは眠ってる事がある。だいたいは魘されてて苦しそうだけど、たまに2人共静かに寝息を立ててる事があって、そんな2人を見てる時だけ、ばあちゃんは凄く優しい笑顔になるんだ。ダメだ、またばあちゃんが思い浮かんじゃった……)

ばあちゃんが思い浮かぶとどうしても、幸福感より畏れが勝ってしまう。今唱えても失敗するだろうなと考えたネビルの耳に聞こえてきたのは、ロンの声だった。

 

「エクスペクト・パトローナム……うわあ!!」

 

ロンの杖の先から出てきたラッセルテリアらしき犬の守護霊は、すぐさま踵を返してロンの足元に突撃していく。そしてすっ転んだロンを見て、フレッドとジョージが声を揃えて笑った。

「随分器用だなロニー坊や?」「普通に成功させるより難しいんじゃないか?」

ロンはフレッドとジョージを睨みつけながらも、守護霊呪文が成功したという嬉しさが隠しきれずに顔の端からじわじわと溢れていた。

「エクスペクト・パトローナム!……ね、ねえこれ成功??ねえ―」

自分の杖の先に現れた青白い霧のような守護霊がぼんやりと動物っぽく見えなくもない形になったような気がしてきたアンジェリーナ・ジョンソンがフレッドとジョージに訊く。

「充分成功だぜアンジェリーナ」「大事なのは『これで身を守れるのか』だからな」

フレッドとジョージにそう励まされて何やら湧き上がるようにニヤニヤし始めた親友を、アリシア・スピネットが母親のような表情で見つめている。

「エクスペクト・パトローナム!むー……」

さっきの1回以降守護霊がハッキリした形を成していないロンは、ママやらパパやら兄たちやら思い浮かべながら時々ジニーの方をチラチラ見つつ頑張っている。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

丁度ハリーが隣にやってきた瞬間にそう唱えたチョウ・チャンの杖の先から現れた守護霊は白鳥の姿を象って、優雅に「必要の部屋」を舞った。

チョウは喜びつつも守護霊を維持するべく集中し、周囲の女子たちはチョウを称えて湧く。

 

「やった!」

 

コリン・クリービーの杖の先からささやかに噴出した青白く光る霧のようなものを見て、弟のデニスとその親友のナイジェルが共に喜んでいる。実用には堪えない守護霊もどきなのは彼らとて解っているが、今まで杖がうんともすんとも言わなかった彼らにとって、これは大いなる進歩だった。

コリンは確信を得て、もう一度呪文を唱える。ハリーが守護霊呪文を練習していた頃何よりも苦戦した点を、「最高に幸せな思い出を探し当てる」という難行を、彼は成し遂げたのだった。

「エクスペクト・パトローナム!!」

守護霊が薄い膜を作ってコリンの前方に広がり、自分とナイジェルすらも守るかのように大きな壁を形成したのを見て、デニス・クリービーが目を輝かせた。

「いいよコリン!その調子だ!」

ハリーに褒められて嬉しそうなコリンを、ナイジェルも嬉しそうに見つめている。

「なに思い浮かべたの、コリン?」

デニスが、守護霊呪文を維持しようと頑張っている兄に訊いた。

「本当に薄っすらとしか覚えてないんだけど、僕にとってはどう考えてもアレこそが最高に幸せな思い出なんだって、気付いたんだよ―」

キョトンとした表情をしている弟を、コリン・クリービーは柔らかい笑顔で見つめ返す。

 

「―お前が生まれた日の事だよ、デニス。」

 

当時2歳だったコリン・クリービーにとってそれは、ほぼ忘れていたと言って良い断片的な記憶だったが、それでも一度思い出してしまえば他とは比較すらできない程の、最高の思い出だった。

 

そんなD.A.の仲間たちを、ネビルは杖を構えたままぼんやりと眺めていた。

ネビルが思い至ったのは「ホグワーツに入学する前の自分がどれだけ不安でいっぱいだったか」という今となってはどうでもいい記憶。そして、あの頃あれだけ散々思い悩んでいた不安の数々が、考えてみれば全部解消している今の事だった。

ひとつだけとは言え、誰にも負けない得意教科がちゃんとあった。

他の教科でも、入学前に思ってたよりは、やれている。

いじめられてもいないし、スリザリンのイジワルな奴らにだって言い返すくらいはできる。

授業でよくわかんなかった所は、同じ学年の皆に訊ける。

 

友達がこんなにできた。

 

「エクスペクト・パトローナム!!」

 

ネビルの杖の先から放出された青白い波動のようなものは何度も何度も「必要の部屋」の隅々まで広がって、練習を続けるD.A.の全員を力強く照らした。

 

「ネビル、あなた……」

 

思わずそう呟いたハーマイオニーを筆頭に皆が皆、驚きに満ちた表情でネビルを見つめている。

今日初めて成功した者たちの中では一番強力な守護霊だと、誰の目にも明らかだった。

「なんでお前が一番びっくりしてんだよ、ネビル」

そう言って笑ったシェーマス・フィネガンに続いて、皆がネビルの周りに集まってくる。

「なあネビル、何を思い浮かべてたのか訊いてもいいか?」

参考にしたいらしいアンソニー・ゴールドスタインが訊く。

 

「……パパとママの事だよ。アンソニー」

 

なんで咄嗟に誤魔化したのか、ネビルは自分でもよく解らなかった。

「やったな、ネビル!」

ディーン・トーマスとフレッドに左右から肩を抱かれて、不定形とは言え自分が守護霊を作り出せた事実に驚いて放心していたネビルは漸く、自分は今とても嬉しいのだと気づいたのだった。

「じゃ、そろそろいいかな?」

そう言った先生の方へ皆が振り向くと、いつの間にやらその膝の上には屋敷しもべ妖精が乗っかっていて、パクパクとお菓子を食べ溢していた。

一人掛けのソファの周囲では、何匹ものパフスケインやニフラーが、思い思いに寛いでいる。

 

「ねえハリー。きみ、今。この守護霊呪文の練習に、足りないものがあると思ってるよね?」

 

先生が気軽な様子でそう言った事で、皆の視線はハリーへと移る。

「………はい。その通りです、先生」

「何がだよハリー、僕ら結構上手くやれてるだろ?」

驚いた様子のロンが言うが、ハリーは落ち着いて説明した。

「だからこそだよロン。僕はボガートで練習した……ボガートは僕の前じゃディメンターの姿になるからね。けど、この場じゃその方法は使えない―」

その説明で最初に理解したのは、ハーマイオニーだった。

「つまりハリー、『湧き上がってくる恐怖と戦いながら』練習するべきだって言いたいの?」

「うん。だって守護霊呪文を唱える必要があるのは、そういう状況の時だ。でも―」

では具体的にどうやって練習するべきなのかが、ハリーには思いつかなかった。

 

しかし「必要の部屋」は要望に応えてその内装を変化させていき、ほぼ倍の広さになった。

 

「必要の部屋にも、用意できない物はある。『食べ物』とか『理想の恋人』とか色々ね。だからそういうものは自分たちで持ち込むか、誰かに持ってきてもらうかだ……ピーブズ!!」

ガタゴトと騒がしい物音がソファに座る先生の足元にある旅行カバンの中から聞こえ始め、それはすぐにカバンの外へと飛び出てきた。

 

「やっと出番か兄弟!……おらキビキビ歩けよ役立たず共!!」

 

勢い良く現れたピーブズが左右の腕でガッシリと首根っこを捕えて連行してきた2体の吸魂鬼が本物だと気づいて、ハリーは目を丸くした。

「ピーブズ、ディメンター平気なの?」

「いいや、怖くて怖くてもうチビリそうだぜ?……ウェーッ!くっせぇから嫌いだぜコイツら!!風呂とかねえのかよアズカバン!従業員の福利厚生を何だと思ってやがんだエクリジスの野郎」

ポルターガイストに対して吸魂鬼は無力なのではないかという予てからの疑問が、ハリーたちの中で確信に変わりつつあった。

 

そしてすぐにハリーが、ロンが、ナイジェルが、アンジェリーナが、リー・ジョーダンとフレッドとジョージが。その違和感に気づいた。

「動かないな?」「なんだおい、悩みでもあるのかそいつら?」

フレッドとジョージがそう言った通り、ここまで迫力の無い吸魂鬼を見るのはハリーも始めてだった。吸魂鬼相手にこんな言葉が適切なのかハリーには判らなかったが、「生気が無い」以外の表現をハリーは思いつけなかった。

その2体の吸魂鬼は何をするでもなく、顔も指も全く動かさず、ただ並んで浮いている。

 

「この吸魂鬼はこないだ絞りカスにしたやつの残りだから、もう『居る』以外の事は何ひとつできないけど。でも念には念を入れて、ピーブズにはこのまま居てもらう。手伝ってくれるよね?」

「お前さんの頼みじゃ、しょーがねーよな?」

 

状況を理解するのに30秒近く必要としたハリーは未だ混乱しながらも、深呼吸して顔を上げた。

「皆、ディメンターを囲んで輪になって。守護霊呪文がまだうまくいってなくても、今からやることは皆同じ。『恐怖に負けない練習』だ」

並んで浮かんだまま微動だにしない吸魂鬼2体を雑に突き飛ばして部屋の中央まで移動させたピーブズを、ロンが疑念に満ちた表情で見つめていた。

「こいつ信用できるのかよ、先生?」

ピーブズに杖を向けようとすらしているロンの左右からピーブズに話しかけたのは、フレッドとジョージ。彼ら2人のピーブズに対する態度は、完全に「友達」のそれだった。

 

「「お前ガマガエル語判るんだったか?」」

「あのババアのは訛りがキツくてキツくて。どこの沼で育ったんだか」

 

キツめの冗談を飛ばして双子と笑い合っているピーブズに、ソファで寛いだままの先生が言う。

「正直ディメンターの迫力が足んないから、そのへんもピーブズお願いね」

「アイアイ船長!!」

ピーブズが軽快にそう応えて指をパチンと鳴らした途端、部屋が真っ暗になった。

 

「じゃあ皆。頑張ろうか」

 

ちゃんと周囲にまだ皆が居るのかすら判らない中で、ハリーの声だけが響いた。

 

一方、同じ頃。スリザリンの面々もまたハリーたちと同じ発想で秘密の自主練習に励んでいた。

アストリア・グリーングラスはポッターたち主催のD.A.とやらに参加していてこの場に居ないが、しかしだからこそアストリアに練習させるにはまだ時期尚早な呪文をあの子がポッターたちに遊んでもらってる内に練習してしまおうと、ダフネ・グリーングラスが言い出したのだ。

 

ダフネ・グリーングラスはもう、ポッターたちがこっそりやってるD.A.とやらの内容を仔細に把握していたし、今日これからD.A.の集まりがあるのだと知る方法もとっくに確立させていた。

なにせアストリアが毎回嬉しそうにどんな呪文の練習をしたのかを報告してくれるし、D.A.の集まりに行く時だけはアストリアは、どこに行くのか訊いても「内緒!」としか言わないのだから。

 

「グリーングラスあなた、あのアストリアって妹の事、大好きなのね?」

自分の練習相手が何を考えているのか察して、トレイシー・デイビスは答えのわかりきった質問をダフネ・グリーングラスに投げる。

「私の妹はこの世の何より可愛いわ」

ダフネ・グリーングラスはそう答えてから、杖を構えた。

闇の魔術に対する防衛術の教室がある棟の地下に位置する隠し部屋で、ドラコたち5年生を中心とするスリザリン生一同は休暇前から続けている練習を、2人1組で頑張っていた。

 

「レジリメンス!」

 

ブレーズ・ザビニがドラコに杖を向けて「開心術」をかける。

「…………。どうだザビニ。何か覗けたか?」

成功しているのか否かが自分ではハッキリ判らないというのも「閉心術」の厄介な点だと、ドラコは実感していた。ある程度は上達している気がするが、確信は持てなかった。

「クリスマス休暇。……殆ど見えなかったが。まあその、なんだ。良かったなマルフォイ」

どうやら着実に上達はしているらしいと、ドラコはそう判断した。

ザビニの奴が見たのは恐らく自分にとって、昨日までのクリスマス休暇に最も暗い影を落とす筈だった点。気苦労を無限に生産してくださる闇の帝王とベラトリックス・レストレンジが2人揃ってどこかに出かけていた事だろうとドラコは察していた。

まさか気を使ってくれた筈は無くとも、その2人が休暇中まるまるどこかへ行ってらっしゃったのはドラコにとって、端的に言ってとても幸運だった。まあ闇の帝王がベラトリックス叔母様を連れてどこかへ行くとなると、その訪問先の方々には大いに同情するが。

 

「お前ら。いっそ読まれても別にいい記憶に意識集中させるのはどうだ?」

クラッブとゴイルの面倒を見ているノットは、2人にもできそうな「閉心術」のとっかかり方を考えて提案し続けていた。

「例えばほら、お前ら今なに食べたい?」

「「にく!」」

「よし。ハッキリ思い浮かべろ。どんな肉が食べたいか。どんな肉料理が食べたいか。それだけで心の中をいっぱいにするんだ。美味い肉だ。美味い肉……」

たちまち食欲が顔中に現れたクラッブに、ノットは杖を向けた。

 

「ノット、教えるの上手よね」

「いいお母さんになりそうよね」

 

ミリセント・ブルストロードとパンジー・パーキンソンは休憩がてらその光景を見物していた。

「そこはせめて『いいお父さんになりそう』じゃないの?」

そう言ったダフネ・グリーングラスが、クスクス笑いながら2人の会話に合流する。

「だって、何か。なんかさ。フリフリのエプロンとか着せたくならない?ノットって」

「「わかる」」

グリーングラスと一緒になってパーキンソンの発言に賛同したブルストロードは、ふと気づいてグリーングラスに訊く。

「グリーングラスあなた、自分の練習のペアは?デイビスの奴はどうしたのよ」

「復活中」

ダフネ・グリーングラスが指差した方向を見てみれば、そこでは自分たちと同じ5年生の女子トレイシー・デイビスが、床にうずくまってぷるぷると震えていた。耳も首も真っ赤になっているのが、ブルストロードにも見て取れた。

 

「つまりグリーングラス、あなたの開心術が。大成功しちゃったって事?」

「うん。私、頑張ってどうにかあの子と大親友になるか、さもなきゃ絶対服従の奴隷を手に入れるかの二者択一よ、今。だって、……あの子の恥ずかしい秘密全部知っちゃった」

蠱惑的な笑みを浮かべて、ダフネ・グリーングラスはトレイシー・デイビスの元へと戻っていく。

 

「ねえ、デイビス?」

「………なんでも言う事きくんで内緒にしといてください……」

ダフネ・グリーングラスにだけギリギリ聞こえる声で、デイビスが言う。

「なんでも?」

「なんでもよぉ………お願いよぉ……」

目に涙を溜めて赤面しているトレイシー・デイビスが顔を上げると、「何を命令してやろうか」と顔に書いてある同級生の姿がそこにはあった。

「じゃ、デイビス」グリーングラスが言い、デイビスはゴクリと固唾を飲む。

「お友達になりましょう?」

「はい………」

 

差し出された手を取ったデイビスを見ながら、果たしてグリーングラスが大親友と絶対服従の奴隷のどちらを手に入れたのかは議論が分かれるところだと、パンジー・パーキンソンは思った。

「ねえブルストロード」まだ真っ赤なままのデイビスを見つめながら、グリーングラスが言う。「なんかこの子見てるとゾクゾクするんだけど。この気持ちってなんだと思う?」

「そんな事訊かれても………優しくしたげなさいよ友達になったんでしょ」

困惑しているブルストロードの横で、パーキンソンは「優しさって色々な形があるわよね」などと呟いて楽しそうにクスクス笑い続けていた。

 

「レジリメンス!!」

 

脱線し始めた女子たちに意識を向けないようにしながら、ドラコと交代したノットは「開心術」を浴びる。閉心術を使うためには心を空っぽにしなければいけないと知識としては知っていてもノットにとって、言うのとやるのとでは大違いだった。

「………今見たものは僕の心の中にしまっておこう、ノット。誓って誰にも言わない」

「感謝する」

お互いに開心術をかけあうという方法で行われている閉心術の訓練は、否応なしにスリザリンの面々の絆を強くしていた。

 

「……ああいうのが好きなのね?ちょっと意外」

ダフネ・グリーングラスは未だに耳まで真っ赤なトレイシー・デイビスを見つめて微笑む。

「ゔーーーー………」

「馬鹿になんてしないから。………今度読ませてくれる?」

「…………はい……」

 

グリーングラスに促されてやっと開心術を施す側と閉心術を試みる側を交代するのだと察したトレイシー・デイビスが杖を構えた時、その地下の隠し部屋に。スリザリン生しか知らない筈の空間に、1人の訪問者が現れた。

「………おや、思ってたより居るね。こんにちはスリザリンの皆。調子はどうだい?」

スリザリンカラーのベストの上からドラゴン皮のコートを羽織り、橙と緑の派手な色をしたゴーグルを額にかけているその魔法使いを、スリザリンの面々は一切警戒しなかった。

「「「先生!」」」

セオドール・ノットを除いては。

その魔法使いの周囲に集まっていく女の子たちを横目に見ながら、ドラコはノットの眉間のシワがどんどん深くなっている事に気づいた。

「どうしたノット?」

ドラコの質問にノットは答えない。そんな余裕は無かった。

 

「この場所の事を誰に聞いたんですか?」

「友達だよ。僕がホグワーツの生徒だった頃に教えてくれたんだ。ここは僕らの遊び場だった」

「……それは、何年生の時ですか」

「1年生の時だよ」

 

ノットは、その魔法使いに杖を向けた。

 

「誰だ」

 

ノットが何を疑っているのかやっと察してざわつき始めた女子たちを余所に、その魔法使いは至って落ち着き払ったまま、ゆったりと自己紹介を始めた。

「スリザリンの諸君、こんにちは。僕はきみたちの今年の『防衛術』の先生の友達。ああ、アンブリッジ先生じゃない方のね。この地下聖堂を綺麗に保ってくれてる事を、まずは感謝しよう」

 

それが先生ではなく見ず知らずの相手だと理解して一気に警戒し始めたスリザリン生たちを余所に、今度は逆にノットだけが緊張を解いて杖を降ろしていた。

今の挨拶の最後に付け足された短い謝辞だけで、ノットは目の前の人物が誰なのかを察していた。

「………そこにある『憂いの篩』で。あなたの事を見ました」

ノットが思い起こしていたのは休暇前に皆がそれぞれの練習をしている中、集中力が限界を迎えた果ての気分転換に独りで見たあの先生の「憂い」。あの先生が5年生の時の記憶だった。

 

「はじめまして、ミスター・セバスチャン・サロウ。一度お話を伺いたいと思っていました」

 

丁寧に頭を下げたスリザリンの男の子を見ながら「この子はもしかするとノットの親戚なのかな」と、その魔法使いは聡明だった同級生の面影を見ていた。

 

 




Q.トレイシー・デイビスって誰だよ
A.JKローリングのインタビューと旧ポッターモアにだけ登場する生徒
 つまり「原作者の脳内にだけ居たキャラ」
 ハリーたちの同級生でスリザリン所属の女子(それ以外の全てが不明)。
 レイブンクローのロジャー・デイビースとは何の関係も無いと思われる。
 (Tracey DavisとRoger Daviesなのでファミリーネームの綴りからして異なる)
 
 
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