104年後からの今 作:requesting anonymity
今日もまた魔法史の授業で時間たっぷり睡眠をとって爽やかな気分で廊下を歩いているハリー・ポッターとグリフィンドールの5年生たちは、ハーマイオニーにじっとりと睨まれている事など気にせずに、これから受ける「闇の魔術に対する防衛術」について想像を膨らませていた。
なにせあの妙な先生は「ダンブルドアの先輩」だと言うのだ。これはもはや「期待するな」と言う方が無理があるだろう。
「ビンズってすげえよな。ありゃあもはや才能だぜ」
「ビンズ先生の授業はとっても有意義なものよ!なのにあなたたち、いつもいつも!」
普段からとても頼りになるし、なんならお世話になりっぱなしでハーマイオニーに頭が上がらないハリーとロンだったが、こればっかりはロンの方が正しいとハリーも、ハリー達3人のすぐ後ろを歩いているので話が全部聞こえているネビルとディーンも思っていた。
「ビンズの授業で眠くならない君がおかしいんだよハーマイオニー」
ロンのその言葉にハリーも周囲の皆も心の中で頷いていたが、ハーマイオニーのご機嫌をこれ以上損ねて宿題を写させてくれなくなったりしたら困るので、あくまでもロンへの賛同は心の中だけに収めようと努力していた。
「でも、噂じゃダンブルドアも学生時代、ビンズの授業で寝なかったらしいぜ」
「シェーマス、それ本当?」
「本当さ。あの先生が言ってた。ただダンブルドアは『自分以外の皆が眠くなるのも仕方ない』って当時から言いもしてたらしいけど」
それを聞いたハーマイオニーがちょっと嬉しそうにしている事に気づいたハリーだったが、それを本人に指摘するのは止めたほうが良いだろうとも思っていた。
「何ニンマリしてんだよ、ハーマイオニー」
ロンが言う。
「君とダンブルドアに共通点があるのはそりゃ喜ばしい事でござんしょうけども、君とダンブルドアだぜ?そりゃつまり普通は無理って事だろ?とびっきりのガリ勉だけが―」
ハリーがロンをじっと見つめて「今すぐその口を閉じろ」と念を送り始めたその時。自分たちが今通り過ぎた分かれ道から聞き覚えのある笑い声を聞き取って、ハリーはすぐさま振り返った。
「フレッド、ジョージ!」
天の助けだ、とハリーは思った。
「よう、ハリー。それに……おやまあ可愛い可愛いロニー坊やもいらっしゃる!」
「お会いできて光栄ですハーマイオニー・グレンジャー。それにお優しいご友人方」
口を開けば冗談が湧き出るウィーズリーの双子が、ハリーに訊く。
「お前ら、今から『闇の魔術に対する防衛術』か?」
「そうだよ。2人は1回受けたんだよね?どうだった?」
そう訊き返されたフレッドとジョージは1枚ずつ手に持ったシックル銀貨を同時に指で弾き飛ばして相手の物と交換すると、声を揃えて言った。
「「マジ最高!」」
その言葉を聞いて更に期待が膨らんでいくグリフィンドールの5年生たちの中にあって、ロンの反応だけは少し違った。
「………フレッドもジョージも、今『防衛術』の授業終わったところだよな?なんでそっちから歩いてくるんだ?方向全然違うだろ?」
そう訊かれたフレッドとジョージはお互いの顔を見て、またロンに向き直って言う。
「それがさ」「授業終わったらマクゴナガルの部屋に居たんだよ俺たち」「マジだぜ。疑うなら他の奴らに訊いてみろって」「アンジェリーナだって俺たちと同じこと言う筈だぜ」
「何それ。どういう意味?」とハーマイオニーが怪訝そうな表情で訊くが、フレッドとジョージは「「マジなんだって!」」としか言わずに去っていってしまった。
「………あいつら何言ってんだ?」
ロンが後ろを振り返ってフレッドとジョージの遠ざかっていく背中を見ながら言う。
「だけど、嘘を言ってるようには見えなかったわ」
ハーマイオニーがそう言うとネビルが「僕も」と同意する。
「フレッドとジョージは、面白い嘘しかつかない。………だよね、ロン?」
「……そりゃそうだけど、それで行くと今のも嘘って事になるぜ、ネビル」
「あっ………そっかぁ……」
そして「闇の魔術に対する防衛術」の教室へとやってきたグリフィンドールの5年生たちだったが、そこにはまだあの先生の姿は無かったので、皆は「授業が始まる時間には来るだろう」と考えゆったりと雑談を始めようとする。しかしそこに、あの女がやってきた。
「……何か、御用でしょうか。アンブリッジ先生」
どうにか表面だけでも丁寧な態度を取り繕う事に誰よりも早く成功したハリーがその招かれざる客に訊くが、アンブリッジはしかしいつもの貼り付けたような笑顔で「査察です」としか答えない。
それを聞いて「授業が終わるまで居座るつもりなんだな」と察したグリフィンドールの5年生たちは誕生日ケーキを踏み潰されたような気分でそのガマガエルを彷彿とさせる顔の魔女を見ていたが、当のアンブリッジは「あの『先生』は、まだ来ていないようですね」等と言いつつ手元の羊皮紙に何やら記入していく。
「ホグワーツの高等尋問官であるわたくしは、先生方の授業風景を査察し、先生方が不適切な教育をしていないか、並びにその教師の指導能力が水準を満たしているか等を総合的に判断した上で、『不適格』と判断した教師を解任する権限を、魔法大臣直々に与えられているのです」
そう言ったアンブリッジが更に何か長々と羽根ペンを走らせるのを見ていたハリーは、アンブリッジが手に持つ羽根ペンまでもが心底不愉快なデザインに思えてきて、「別にどこにでもありそうな普通の羽根ペンなのにな」と思考が横道に逸れ始めていた。
しかしそこに、ホグワーツ城の管理人アーガス・フィルチが血相を変えてやって来る。
「アンブリッジ先生!誰かが先生のお部屋にニフラーを!部屋が滅茶苦茶です!!」
アンブリッジの表情がガラリと変わった瞬間に、さらに大慌ての足音が近づいてきた。
「フィルチ!ピーブズの奴が6階の女子トイレの水を溢れさせてる!」
そう言ったスリザリンの男子生徒とフィルチに「あなた達は6階に」と指示して自分はさっさと己の部屋へと行ってしまったアンブリッジを、他ならぬそのスリザリン生とフィルチが見送る。
「道中お気をつけて、アンブリッジ先生」「ああ。6階の廊下が水浸しなのはマジだからな」
ヒラヒラと教室の外へ、ひいては今そこから血相を変えて出ていったアンブリッジへ笑顔で手を振ったその2人に、ハリーがクスクス笑いながら訊く。
「授業行かなくていいの?2人とも」
ハリーのその質問を受けてフィルチはニッコリと笑い、スリザリンの男子生徒と杖を向け合う。
「「レベリオ」」
グリフィンドールの5年生たちはその2人に今日もまた驚かされ、笑わされた。そしてハーマイオニーが「あっ」と声を上げて言う。
「フレッド!ジョージ!………あなた達ったら、何してるのよ」
しかしハーマイオニーもまた、皆と同じようにクスクス笑っていた。
そんな中でネビルは、おずおずと、ずっと気になっていた事を遂に訊く決心が固まった。
「ねえ、ちょっといいかな」と、ネビルは隣の同級生をまっすぐ見つめて言う。
「君、だれ?」
ネビルのその質問の意味を周りの皆が理解するより早く、その生徒は教室に駆け込んできた。
「頼まれてた事やってきました先生」
「お疲れ、シェーマス」
教室に入ってきたシェーマス・フィネガンをネビルの隣のシェーマス・フィネガンが労う様を、その場のグリフィンドールの5年生皆が目を丸くして眺めていた。
「フレッドもジョージもありがとね。ちなみにどうだった?2人が飲んだ『ポリジュース薬』」
そう問いかける、ネビルの隣に居た方のシェーマスは顔立ちも背格好も服装も全て染み渡るように変化させていき、10秒足らずでスリザリンの制服にドラゴン皮のマントを羽織った青年へと姿を変えた。そしてその青年は、隣のネビルに言う。
「よく違和感を抱いたね、ミスター・ロングボトム。君は今グリフィンドールに5点を齎した」
ネビルが目をパチクリさせる中、フレッドとジョージはその「先生」に報告する。
「「アレと比べりゃウチの庭の土の方がまだ美味いぜ」」
双子が声を揃えてそう言った途端、ハリーの目の前の空中がいきなり火を吹いた。
「わあ!」
ネビルが驚きの声を上げる中、そこに現れた不死鳥と、その足の鉤爪でガッチリと捕まえられているニフラーにも、今年の「闇の魔術に対する防衛術」の先生である青年は労いの言葉をかける。
「お帰り、ギャレス。それにオマエも。ありがとうね」
不死鳥から受け取ったニフラーを撫でながら、その青年は不死鳥に次の仕事を依頼した。
「さあ、フレッドとジョージを次の授業の教室までお送りしてあげてくれるかい」
空中で羽撃いてホバリングしている不死鳥の足を掴むという初体験に、さしものウィーズリーの双子も心を踊らせているらしかった。そしてフレッドとジョージが嬉しそうな顔のまま炎に包まれて消えたところで、その青年はグリフィンドールの5年生たちに気軽な調子で言う。
「じゃ、授業始めようか?」
皆の膨れ上がった期待が、その目にありありと現れていた。
「さあさあ中へどうぞ!心配しなくてもアンブリッジ先生のお部屋はただでさえ僕のギャレスが荒らしまくった上に今ピーブズがそこで噛み噛み白菜をふんだんに使って遊んでるから、彼女当分戻ってこないよ!だから慌てないで1人ずつね!5人いっぺんに入ろうとした事昔あるけど、その時は全員揃って派手に着地失敗したからね。ほらミスター・ロングボトム、遠慮せずに!」
青年は7年生たちにもそうしたように、グリフィンドールの5年生を自分の旅行カバンの中へと収納していく。そして最後の1人であるネビルもカバンの中に消えたのを確認すると、ネビルと入れ替わるかのようなタイミングでそこに現れた不死鳥にまた依頼を出した。
「じゃ、僕もこの中に居るから。君はカバンをお願いね。話は通してあるからさ」
不死鳥にイチゴを与えてから、その青年はカバンの中へと吸い込まれていった。
「これ、なんて言うんだっけ。ハーマイオニー」
「『検知不可能拡大呪文』よハリー。フリットウィック先生が授業で2回も仰った事よ」
「ネビル、落ち着け。お辞儀。お、じ、ぎ!」
ハリーとハーマイオニーは顔を見合わせ、ロンはヒッポグリフと目が合ってしまって硬直しているネビルに助け舟を出している。パーバティ・パチルとラベンダー・ブラウンは向こうでゆったりと臥して日光浴をしている真っ白いドラゴンの隣に立派なグラップホーンが何頭も集まって同じように蹲り陽光を浴びながらウトウトし始める様を、呆気にとられて眺めている。
「じゃー、とりあえずー。コレ見て。ねえこれ見てみて君たち。スゴいんだよ」
皆の背後からそう呼びかけたドラゴン皮のマントにド派手なメガネの青年の声に、グリフィンドールの5年生たちは―ヒッポグリフがお辞儀を返してくれる様から目を離せなかったネビル以外―振り向き、その皆に青年は1枚の、文字がびっしりと書き込まれた羊皮紙を見せた。
「なんです、それ」
動物たちと共にわらわら寄ってきたグリフィンドールの5年生たちが、その羊皮紙に記された文章を読んで眉間のシワを深めていく。
「アンブリッジ先生に無理言って学年別に書き出してもらった『今年の闇の魔術に対する防衛術で教えるべきことのリスト』だよ。これは5年生向け、つまり君たちの分」
くれぐれも生徒にコレを見せないようにって念押されたよと気軽に言い放ってケラケラ笑う青年の声を聞きながら、グリフィンドールの5年生たちは暖かな草原の只中でその文章を皆で顔を突き合わせて読み進めていく。
「ひどいな、これ。魔法省はこれを本気で言ってんのか?」
シェーマスのその発言が、皆の総意だった。
「『武装解除呪文が対象に効果を齎す作用機序の理論的説明』『1人の人狼がコミュニティに齎す潜在的危険性に関する社会防疫理論』『吸魂鬼を原因とする軽度の鬱症状にチョコレートがなぜ効くのかの理論的証明』『魔法省が施行する法令を遵守する事による個人へのポジティブな影響に関する理論』『魔法省が励行する方針に従う事による個人へのポジティブな影響に関する理論』『実在しない闇の魔法使いの存在を吹聴する事による社会へのネガティブな影響に関する理論』……」
つらつらと読み上げていたロンは途中で声に出すのを止めてしまい、その代わりに言った。
「僕、今なら目からゲロを吐けるぜ」
そのあんまりな言い草にハリーもハーマイオニーも笑う。
遅れてやってきたネビルが僕にも見せてと言いながらロンとシェーマスの間に入り、その後ろにヒッポグリフが付いてきている。
「………『文章の後ろに“理論”ってつけなきゃ殴るぞ』って脅されてたのかなぁ」
珍しく冗談を言ったネビルに、ロンとディーンとシェーマスとパーバティが笑わされた。
「つまり魔法省は、僕らに防衛術の実技をさせたくないの?」
そう言ったディーンに、青年は優しい口調で「違うよ」と返す。
「今度はこっちを見てくれるかい?魔法試験局に務めてる古い友人に予め書き出しといてもらった『ホグワーツの5年生に闇の魔術に対する防衛術で教えるべき内容のリスト』だ」
そして差し出されたもう1枚の羊皮紙の内容を読み始めたグリフィンドールの5年生たちは、皆一様に驚かされた。
「『基本的な保護呪文の習得と複数種類の保護呪文を併用した複合的な保護を施す方法の習得』『足掬いの呪い』『粉々呪文』『人間の存在を明らかにする呪文』『ハナハッカのエキス』『エピスキー』『アナプニオ』『守護霊呪文(習得できなくとも、方法だけでも)』『武装解除呪文』『アンタが教えたほうがいいと思うことは何でも教えるんだ!しっかりやってきな!!!』……」
また順番に読み上げたロンは、ドラゴン皮のマントを羽織った青年に訊く。
「何です、最後のめちゃくちゃ力強い『!!!』は」
「それは気にしないで。……元気な人なんだよ」
そう言って笑う青年の声に混じる、自分たちの周囲に集まってきている様々な動物たちの声を聞きながら、グリフィンドールの5年生たちは誰からとも無く率直な意見交換を始めた。
「これって、つまり……どういう事?先生の知り合いだって言う魔法試験局の人も、あのガマガエルも、2人共魔法省の職員なのは同じだよな?こうまで見解が違うもんなのか?」
ロンが首を捻る。
「皆が皆『例のあの人が復活したなんて嘘っぱち!!』っていう魔法省の公式見解を支持しているわけじゃあない、って事じゃないの?」
パーバティが少し面白そうに笑いながら言う。
「先生は、どっちにするの?」とネビルに訊ねられた青年は、アンブリッジに書き出させた方のリストをロンの手から回収する。
そっちは採用されないと信じていた皆は唖然とした様子でそれを見るが、誰が何を言うよりも先に青年はその羊皮紙をムシャムシャと食べ始めた。
「あんまり良いインク使ってない味がするね」
そう言うが早いか青年はもう一方の羊皮紙もロンの手から取り上げるとそれも同じように口に入れてムシャムシャと食べてしまった。
「やっぱグリちゃんの書いたお手紙は美味しいや!今度また書いてもらお!」
そう言って気軽に笑った青年は、いつの間にか近寄ってきていた巨大なマンティコアの背に座る。
「そろそろご飯の時間だねえパーシバル。今用意するから待っててね」
青年が指先をひょいひょいと軽く振るのに合わせて向こうの一軒家から飛来して積み上がる大量の肉と、それが目の前に来た端から次々と食べてしまう危険極まる筈の大きなサソリの尾を持つ人面ライオンを、グリフィンドールの5年生たちは天文学のシニストラ先生に宇宙の広さを教えられた時と同じ表情で眺め続けた。
「せ、先生。あの。………そ、その生き物は何ですか?」
どうにかこうにか疑問を言語化することに成功したハリーが皆を代表して訊く。
「この子はパーシバルだよ。かわいいでしょ。パーシバルは鹿のお肉が好きなの」
「そ、そうですね」
そしてハリーの次に落ち着きを取り戻したハーマイオニーも、言葉を選びつつ質問をした。
「先生、マンティコアを飼ってらっしゃるんですか?違法だって、ご存知ですよね?」
「よく知ってるねえハーマイオニー!そうだよ。マンティコアの飼育って違法なんだよね!」
そんなの知ったこっちゃないよねー、と言ってその巨大で屈強なマンティコアを撫でる青年に、ハーマイオニーは何も言うことができなくなってしまっていた。
しかし青年はマンティコアの背に横乗りしたままグリフィンドールの5年生たちに言う。
「ここに居る子達はほとんどみんなちゃんと飼育許可を魔法生物規制管理部とウィゼンガモットから貰ってるよ。まあもっとも許可貰ったの100年以上前だけど」
青年は尚もそのマンティコアを撫でながら言う。
「さ。丁度いいから訊こうか。―マンティコアがどういう生き物かを答えられる人」
いつもの通り真っ先にハーマイオニーの手が上がった。
「マンティコアはギリシャ原産の極めて強力かつ危険な魔法の生き物で、サソリの尾、ライオンの体と手足、そしてヒトの頭を持っています。その体皮はほとんどの呪文を跳ね返してしまう上、その尾の先端の毒針を刺されたヒトは即死します。言葉を用いて人と会話できるだけの知能を持っているにも拘らず、その凶暴性故に魔法省の定める分類に於いて『ヒトたる存在』ではなく『獣』に位置づけられており、獲物を喰らう前に悲しげに歌う、とされています。そして危険度評価は最高の5であり、これはドラゴンやアクロマンチュラ、バジリスクなどと同列の扱い『魔法使い殺し、飼いならす事は不可能』を意味します。飼い慣らす事は不可能なんです。先生」
グリフィンドールに5点!と言ってその青年はマンティコアの上からハーマイオニーを褒める。
「単にたくさん本を読んでるだけじゃなくて本で得た知識がしっかり身についているね、素晴らしいよミス・グレンジャー。けれど、実際に体験した物事からも知識は得られる。時には本の記述と相反する知識がね。さあ、君たち3人は知っているね?ルビウスくん……あのハグリッドについてアラゴグがどのような扱いをしているか」
3年前の森での事を思い起こしてしまったらしいロンが蒼い顔をしている横で、ハリーは落ち着いて記憶と経験から知識を引っ張り出して整理していた。
「アラゴグは、ハグリッドが学生時代に卵から孵して以来ホグワーツの地下室で飼っていたアクロマンチュラで、ハグリッドは3年生の時にそれを当時スリザリンの監督生で首席だったヴォルデモートに利用され、『スリザリンの秘密の部屋を開けた』というやってもいない咎でホグワーツを退学処分になりました。しかしハグリッドがダンブルドアの図らいによって森番として城に残れる事になっても、まだアラゴグは生きていました。森の奥にコロニーを作った、というかそうできる場所をハグリッドが用意してあげたんです。そしてハグリッドはその後のいつかにアラゴグの奥さんも見つけてきて、今ではとんでもない数の群れが森に居ます。そして、この群れに属するアクロマンチュラ達は、他ならぬアラゴグがそう命じているために、ハグリッドの事だけは決して傷つけません。……ハグリッドは『自分がクモたちに攻撃されないのはアラゴグの命令だけが理由』だなんて思っていないかもしれないけど」
その話が初耳だったらしい数人が、揃って目を白黒させている。
「ここから解るのは『アクロマンチュラの群れは血の繋がった家族』という事と、『群れのリーダーは最も年長の者が務める』という事、『群れの長の指示には不本意でも必ず従う』という事、そして『アクロマンチュラは恩あるヒトを襲わないという選択をする事もある』という事です」
「そうだ、その通りだミスター・ポッター!グリフィンドールに5点!僕たちはハグリッドの友達ですって訴えたのに君とミスター・ウィーズリーは襲われた、ってのも忘れちゃいけない点だし、ついでに言うとかなり興味深い事例だけど、いいかい『飼い慣らす事は不可能』な筈のアクロマンチュラが、ハグリッドに対してだけは本能ではなく理性を持って接するんだ。群れ全体じゃなくアラゴグだけに限ってだけど。で、これは、ハグリッドがアラゴグに注いだ愛情が齎したものだ」
そして、青年はグリフィンドールの5年生たちに言う。
「愛には不思議な力があるんだ。知ってるかい?」
急に妙な事を言いだした青年をポカンと口を開けて見ているグリフィンドールの5年生の中にあって、ハリーだけはそんな表情になっている理由が皆と違った。
「校長先生と同じことを仰るんですね、先生」
「そりゃまあむかーし僕がアルバスに教えた事だしね、これ。そして皆よく聞いて。もっかい言うけど愛には不思議な力がある。これは比喩じゃない。で、これは極めて強力なものだけど、『愛』はむしろ完全に欠落している場合に、本来持ってていいはずの『愛の力』をソイツが持ち合わせていない場合に、極めて破滅的な影響を齎す。考えてみて。自分に家族の1人も、友人の1人も、信頼できる相手も『元から居なかったら』。そしたらどんな奴になってた?わかる?『闇の魔術に対する防衛術』の究極目標。闇の魔法使いを根絶する方法。すごく簡単な事だ……『友達と仲良くしよう。いっぱい一緒に遊ぼう。困ってる奴は助けてあげよう』。こんな使い古されて擦り切れた標語みたいな当たり前の事が、究極的には闇を滅ぼすんだ……まあ、道のりは果てしなく長いけどね」
まだ呆気にとられているグリフィンドールの5年生の中の、その生徒に、青年は問う。
「どうだい、ハリー・ポッター。どう思う?『ヴォルデモート卿』に、友達って居ると思う?」
そう訊かれてやっと青年の言いたい事をぼんやりと理解できたと思ったハリーは、青年に言う。
「絶対居ません、先生。そして過去居た事も無い。あいつに居るのは手下と手駒だけで、そこにあるのは『使える奴』と『使えない奴』って2種類の分類だけだ。そんな奴に友達はできない」
青年はそれを聞いて、更にハリーに問う。
「じゃあ、君が、もし、仮に。ヴォルデモート卿のようになってしまう可能性があったとしたら、その場合の君は、そうなるまでにどのような人生を歩んできたと思うかい?ややこしい事を訊いてる自覚あるけど、頑張って考えてみてほしい。みんなも考えてみて」
唐突に投げかけられた哲学的で難解な問いに、しかしグリフィンドールの5年生たちは真面目に取り組むべく皆してウンウン唸り始める。
そして、最初に自分なりの答えを見出したのはハリーだった。
「おや、すごいね。ほら、遠慮しないで言ってみな」と表情を見て察した青年が促す。
「詳しくは、よくわからないけど、たぶんそうなった僕は、親の愛なんて知らずに育って、たぶんバーノン叔父さんとペチュニア叔母さんの事は存在すら知らなくて、もちろんダドリーなんて名前聞いたこともなくて、それで………………ロンもハーマイオニーも隣に居ない。それもたぶん仲が悪くなってしまったとかじゃなく最初から。他の皆も周りに居ない。誰かに囲まれているとしたら全然別の、好きでもない奴らに囲まれてる。……と、思います」
そうだね、と青年は言う。
「それが『ヴォルデモート卿』だ。さみしい奴で、可哀想な奴さ。そしてそれが『第2第3のヴォルデモート卿を生み出す方法』でもある。誰からも愛を与えられず、若しくは与えられている事に気づけず、愛を与える方法を知らず、愛を知らずに育ち、心安らぐ場所を世界のどこにも見出だせない。そういう奴が『ヴォルデモート卿』になるんだ。だからそういう奴を見つけたら、できるだけ早く寄り添ってやって、愛を与えてやらなきゃならない。僕とアルバスはそれができなかった。彼を『ヴォルデモート卿』にしてしまった。もっと寄り添ってやればよかった。僕が引き取って育てるべきだった。でも、もう遅い」
「けどハリーには僕らが居るよ」と最初に言ったのはネビルだった。
その言葉を聞いて、雷に撃たれたような表情をしていた皆も一斉に言う。
「そうだ。こんな言い方するとちょっとバカっぽいけどさ。僕ら友達だぜ」
ぎこちない笑顔でそう言ったロンはハリーやネビルを見つめ、ハーマイオニーへと視線を移した。
「ここに居る皆だけじゃない」と、シェーマスが声を上げる。
「違う学年にもハッフルパフにもレイブンクローにも大事な友達は居る。だろう?それにこんな事言うと『ウソつけ』って言われそうだけど、スリザリンにだって話のわかる奴は居る」
そのシェーマスの発言の最後の部分を聞いて、青年はマンティコアの頭にだらしなく寝そべってニッコリしていた。
ハーマイオニーが、ハリーの目をまっすぐ見つめて口を開く。
「ねえ、ハリー。あなたマルフォイの事、嫌いよね?」
ハリーは「あなたはメガネをかけているわよね?」とでも訊かれたかのようにすんなりと頷いた。
「あなたがマルフォイの事を嫌いなのって、マルフォイの行動と、言動と、それとマルフォイとの間に今まで色々あったのが原因よね?マルフォイ家の人間だから嫌いなわけでも、スリザリンだから嫌いなわけでもないわよね?あくまでも『嫌いな奴がスリザリンに所属している』のであって『スリザリンに所属しているから嫌い』じゃ、ないわよね?」
ハーマイオニーのその指摘が正しいという事に、ハリーは指摘されて初めて気づいた。
ハリーのすぐ隣ではロンが「でもスリザリンって嫌な奴ばっかりだぜ」とでも言いたそうな表情をしていたが、しかしそれを言葉にはしない辺り、ロンも一理あるとは感じているらしかった。
「スリザリンに言わせれば、グリフィンドールが『独善的で威張っててルールを守らない』のさ」
そう言った青年はひらりとマンティコアから降りてグリフィンドールの5年生たちの傍に来る。
「そして君たちグリフィンドールとしては、スリザリンは『厭味ったらしくて意地悪』だね?」
皆が一斉に頷くのを見て青年は苦笑した。
「レイブンクロー生は賢い。けど、それのみを追い求め過ぎているとも言われる。でも皆いい子たちだ。ハッフルパフ生はぼんやりしてるって言われがちだけど、ニュート・スキャマンダーくんにブリジット・ウェンロックだってハッフルパフだ。それに」
青年は、またハリーを見た。
「セドリック・ディゴリーは高潔で勇敢で賢くて優しかった。だろう?」
青年は食事を終えたマンティコアの頭を優しく撫でつつ向こうの日向ぼっこに加わるように促すと、再びグリフィンドールの5年生たちに向き直る。
「君たちはみんな素晴らしいんだ。ホグワーツに『救いようが無い奴』なんて居ない。なのにあの『ヴォルデモート卿』は自分が救われる道を自分で捨てた挙げ句、ホグワーツどころか手の届く限りの場所で片っ端から誰彼構わず殺して回る。彼が自分の怒りを制御できなくなった時、誰を真っ先に攻撃するか答えられるかい?」
ハリーが「自分の手下の中でその時一番近くに居る奴です」と即答した。
「そうだね。だからそんな奴に君たちを傷つけさせやしない。アルバスの大切な生徒たちを傷つけさせやしない。そのために僕はホグワーツに戻ってきたんだ。今のアルバスには助けが必要だ。『ホグワーツでは助けを求める者には必ずそれが与えられる』。だから僕は来た。こんな大事な時に、たかだか魔法大臣如きが僕の邪魔をできると思うな」
そして、その青年にしか見えない「ダンブルドアの学生時代の先輩」は言う。
「だから今年1年君たちを鍛えるために、まず今どのくらいできるのかを見せてほしい。決闘しよう。グリフィンドールの勇敢な5年生諸君。『君たち全員』対『僕1人』だ」
スリザリンの制服の上からドラゴン皮のマントを羽織りド派手なメガネで視線を隠し、それとは別にザ・クィブラーの去年の付録、これまたド派手な「メラメラメガネ」を額にかけているその青年に促されて、ハリーも、ロンもハーマイオニーも、ネビルもディーンもシェーマスもパーバティも皆、心の高揚を全身からありありと発散させながら一斉に杖を取り出した。
「用意はいいかい?」
そしてハリーたちグリフィンドールの5年生は、ダンブルドアがこの先生を紹介する際に言っていた「わしは杖と魔法を使って如何に己の身を守るかという事をこの先輩から学んだ」という言葉が文字通りの意味だったのだという事を、この後すぐに身を以って理解させられるのだった。
※「5年生に教えるべき内容」のチョイスは2パターン共に隅から隅まで私の妄想です
メローピー・ゴーントがトム・マールヴォロ・リドルを孤児院に預けたりせず
ちゃんと自分で育てていればヴォルデモート卿は誕生しなかった、と原作者は仰っている。