104年後からの今 作:requesting anonymity
「お菓子食べるかいシビルくん」
「不服です」
シビル・トレローニーの発言の意図が解りづらいのは、特に珍しい事ではない。しかし今回ばかりは「何が」なのか、そこに居る3人全員がすぐに理解できた。
「あたくしが占い学教授にふさわしくないなどと!」
「そりゃドローレスくん占い学の才能無いもん。見る目も無いんでしょ」
ホグワーツ城の教職員棟、強烈な濃さの香が充満しているせいで空気に色がついているような錯覚すら覚えるシビル・トレローニーの私室で、その青年は部屋の主と向かい合って、それぞれ自分のティーカップの底に残った茶葉の滓を観察しながら、相手の顔すら見ずに会話を続けていた。
和やかなのか剣呑なのか、パーバティとラベンダーにはそれすら判断がつかない。
「グリム!」トレローニーが悲鳴を上げた。「生徒に危険が迫っています!命の危機です!」
「サイコガンダムだ。確かに危険が迫ってるねぇ……ねえ、シビルくんさ」
平然と同意した青年は、急にシビル・トレローニーの方を見た。
「『その生徒の“家族に”命の危機がある』場合、きみの目には『その生徒の周囲に死の陰がある』ように見えるかい?生徒本人が死ぬかもしれない時と、見え方。違う?」
「………近ければ近いほど、陰は濃くなるものですわ。これは、本人だと思いますけれど」
ちょっと不服そうなシビル・トレローニーに、その青年は言う。
「……1年生の時のカッサンドラくんは、ケンタウルスたちの見識に興味津々だったよ」
あたかもいきなり話題を変えたかのように、パーバティとラベンダーには聞こえていた。
そして魔法史は苦手でも占い学は好きな2人は、その名前をちゃんと覚えていた。
カッサンドラ・トレローニー。魔法史に名が刻まれた偉大な「予見者」。
トレローニー先生のひいひいおばあさま。
「あの子が11歳だったあの年、僕は31歳でね。ただでさえあの頃プライベートがめちゃくちゃ忙しかったのに、闇祓いってつまんない仕事多くてさ!僕、報告書の提出とかヤなんだよね!だからオナイ先生から『1年だけ代わってほしい』って手紙届いた時はね、すーっごく嬉しかったんだ」
「オナイ先生というのはもしかして、あの『ムディワ・オナイ』?高名な予見者の?」
トレローニー先生は驚いた様子だったが、パーバティとラベンダーにとっては初耳の名前だった。
「そだよ。僕の同級生のお母さんで、僕がホグワーツの生徒だった頃の占い学の先生。それであの年も、まだホグワーツに勤めてらっしゃったんだ。けどその年はナッちゃんに――娘さんにね。会いに行くんだーって、急に言いだしたらしくて。結局、結果から見れば、会いに行って、そのまま1年向こうに居て、それで正解だったんだけどさ。たーーいへんだったよあの年。……あの時期」
「それはきっと、世界で一番大変な事ですわね?」
「そうだねえ。きっとそう。あれより大変な事なんて無いよ。マンティコアのケンカの仲裁する方がずっとずーーーっと楽だね!……ま。実際は『それも』やらなきゃだったけど」
パーバティにもラベンダーにも何の話かサッパリだったが、どうもこの2人の先生は、これで会話が成り立っているらしかった。
「………それで。なぜあの馬共があたくしの後釜なんですの?」
「そんな呼び方しちゃだめだよシビルくん。きみが腹を立てる相手はケンタウルスじゃない」
話題を今へと戻しながら、その2人の先生はそれぞれ卵とワイングラス取り出した。
「きみからしてみればケンタウルスたちは『同業他社』だ。そりゃ良い気はしないだろうけどさ」
そう言いながら青年は卵を割り、中身をワイングラスにドロリと落とした。
「それ、なんの卵ですの?鶏ではありませんわね」
トレローニーも、そう言いながら卵を自分のワイングラスに割り落とした。
「僕が今朝産んだ無精卵だよ。つまりワタリガラスの卵」
「「「はい?????」」」
シビル・トレローニーのみならず、パーバティもラベンダーも束の間、完全に凍りついた。
「先生正気ですか???」と、ラベンダーは思わずそう言ってしまった。
しかしその青年は、何故そんな事を言われたのか全く理解できていないらしかった。
「………何が?なんかダメだった??」
キョトンとした表情でそう問い返されて、ラベンダーは「確かにどこがダメなのかしら?」「私は今どこがダメだと思ったのかしら??」と、思考の渦に飲み込まれていった。
「あなたの事を、ダンブルドアが。何を考えているのかわからない人だと仰ってましたが…………今。やっと実感いたしましたわ………あなた。ずっと『そう』なのですわね」
さっさと卵占いを終えてワイングラスの中の卵を一呑みにしてしまった青年を見ながら、シビル・トレローニーは呆れ果てていた。なんなのかしらこの方はと、彼女は思っていた。
「『そう』ってなあに?僕は僕だよ、ずっとね。――卵占いも、あんまり嬉しい結果が出ないや」
青年のその言葉に「あたくしの方もですわ」とトレローニーが続いた。
「生徒が大勢死にますわ。生徒の家族も。大切な人が大勢。これほどまでに惨憺たる結果ばかりが占いで出る事は、以前はありませんでしたけれど。近頃はずっとこんな調子ですわ。ですから恐らく、向こう数年以内に。これら『惨憺たる』できごとは起こるんですのよ」
一瞬で深刻な表情と声色に戻ったトレローニー先生に、パーバティとラベンダーは驚かされた。
「その『近頃』って、いつからだい?」
「5年ほど前からですわ。どんな占いをしても暗い結果ばかりで気が滅入ってしまいますわ」
それを聞いたパーバティとラベンダーの脳裏に、ハリーの顔が浮かんだ。その額の傷跡が。
「ま、これに関しちゃ『目』なんて無くたって解る事ではある。ヴォルデモート卿。トムくんがそんな名前を名乗ってる限り、そりゃ惨憺たるできごとはそのうち来るだろうさ。どうせ来るんだ。あんまり気にしてもしょうがないよ。準備は早くから始めるに越したことないけどね」
そう言った青年は、ぐるりとパーバティとラベンダーの方を向いた。
「2人に最初に教えてあげよう。今年の残りの『占い学』は。ケンタウルスたちが担当する」
フン!と不満そうに鼻を鳴らしたトレローニー先生に申し訳なくて、パーバティもラベンダーも心の高揚を表情と態度に出さないように全身全霊で努力していた。
そして、2人が願うまでもなく。すぐにその日はやってくる。
「まず。我らの智慧をヒトに授ける事は、我らの掟に違反する行いだと知っておいてもらおう」
そう言ったベインに、フィレンツェが続く。
「そして『これから起こる未来に干渉しようとすること』も、我らの掟に反する」
景色の8割をホグワーツ城が占有している、ホグワーツ領内の丘の上にあるフクロウ小屋の、傍の草地で。すぐそこでサンダーバードに給餌している色褪せたスリザリンの制服を着た青年に注意を惹かれないように気をつけながら、ハリーたち5年生は占い学の授業を受けていた。
「あの、すいません」と声を上げたのは、セオドール・ノットだった。
これまで見たこともないほど深いシワが眉間に刻まれているその表情を見て、ドラコはこの友人がいま必死で言葉を選んでいるのだと察した。
「『だったら何で僕らに占い学の授業をしてくれるのか』を。お伺いしても構いませんか」
ケンタウルスたちは凍りついたように動きを止め、皆一様に表情が消える。そしてサンダーバードに給餌する青年の「リリーはよく食べるねぇ~」というお気楽な声だけがその場に響いた。
ああ不本意極まりないんだなと、だいたいの生徒が察した。
「ねえベインさ」と、その青年はいつも通りのお気楽さでケンタウルスに話しかける。
「きみたちから見て、ヒトの占い……というか『ヒト共が占いと称している自己満足』を。『視野が狭い』って言うじゃん?言うじゃんっていうかドランとエレクがむかーし言ってたんだけど」
そこで言葉を切った青年は、椅子扱いしていた旅行カバンから尻をどけて、その中に声をかける。
「セバスチャーン、エリエザー連れてきて~」
カバンの中から聞こえてきた返事の声にスリザリン生たちだけは聞き覚えがあった。
「エリエザーが今そっちに出ていったら、エリエザーの周りに居るヘビたちもいくらかはそっちについてくと思うけど、いいのか?」
「いいよ~」
先生の気軽な返答を聞いてハリーが周囲を見回すと、案の定ロンもラベンダーも「良くない!」と表情で訴えていた。
自分のすぐ横の足元、開かれたカバンの中から湧き水のように何匹ものヘビたちが溢れ出てきた事など一切気にしていない様子で、その先生はケンタウルスたちに質問する。
「占いで未来を識って、それで、それを変えようと動くのは、よくない事なのかい?」
「それは過去に遡って今を変えようとするのと、本質的に同じだ。お前たちヒトが『逆転時計』の濫用を自重するのと同じ理由により、これから起きる事を変更するために今から動くのは厳に慎むべき行いなのだ。発生した変化の責任を、取れる者など居ないのだから」
マゴリアンが厳粛な声で言った。
「ヒトの占いを『視野が狭い自己満足』だと言うきみたちから見て、彼らの視野は、どうだい?」
先生の言う彼らって誰だろうと周囲を見渡したハリーの視界の端に、いつの間にか。丸くて大きな目をした白い猿のような生き物が居た。あれが「エリエザー」なんだろうと、ハリーは思った。
「彼らが本能だけで行える事に、我らは『分析』や『考察』といった手順を必要とする。それはお前たちヒトも同じだ。そしてお前たちは、この『分析』も『考察』も。まるでお粗末だ」
フィレンツェが群れを代表するかのようにそう言った。
〈おや、相変わらずえらく高尚なつもりらしいな。ケンタウルスという生き物は〉
ハリーがビクリと身を震わせて急に何も居ない筈の中空を、皆の頭上を凝視し始めたのに気づいて、そしてそれが意味するところを察して。ハーマイオニーとロンは戦慄した。
〈そんな事言っちゃだめだよエリエザー。彼らに蛇語は判らないって決めてかかるなんて、きみの方こそ傲慢じゃないかい?〉
先生が急に発したシューシューとしか聞こえない音はあまりにも小さな音だったので、単なる空気漏れの音だと聞き取った者すら僅かで、その場の殆どの生徒は気づきもしなかった。
〈……お前は、やはり麻多智の奴に似ているよ〉
声だけ聞こえる誰かの蛇語は、ハリーの耳にすらかなり聞き取りづらかった。
〈誰だっけそれ〉
〈1400年くらい前に、まだ稚児だった私の見ている前で、私の一族を山程殺してくれた男さ〉
〈あー、なんか前に聞いた気がするや。その人が最初にきみにごはんくれたんだったっけ〉
先生が何かと会話しているという事だけは察せたハーマイオニーを始めとする何人かは、次々となんらか期待しているような視線をハリーに向け始めた。
何を求められているのか理解したハリーは、先生とその「声だけの誰か」の会話を通訳し始める。
〈……ねえエリエザー。きみもしかしてサラザール・スリザリンにも会ったことある?〉
〈誰だ。猿?……お前が来るまであの常陸の山から下りた事も無かったと、何度も言っただろう〉
〈ええー………むかし教えたじゃんかホグワーツの事……〉
今のを翻訳するべきではないと即断したハリーはスリザリン生たちの方を思わず見てしまった。
〈そんな誰かもわからん奴の話よりもだ。――私からもお前たちに質問があるぞ〉
そう言った直後、その声の主は、透明でいるのをやめた。
ハーマイオニーが、ロンが、ラベンダーが、パーバティが、パドマが短い悲鳴を上げ、ノットとザビニとドラコも含む大勢の生徒が息を呑んだ。
少なくともスリザリンのバジリスクと同じくらいはあると、ハリーは思った。
ハリーたちの頭上でその身体をうねらせ空中に漂っている、そのやたらめったら太くて長い体躯を僅かに黄色みがかった白い鱗が覆う巨大な蛇の頭部には、左右に伸びる大きくて立派に枝分かれした2本の硬そうな角があった。こんなに大きなホーンド・サーペントが居るのかと、ノットとハーマイオニーだけが「幻の動物とその生息地」の記述を思い出す事に成功して驚いていた。
〈お前。名前は?〉
ハリーは大慌てで「なっ、名前を。あなたの名前を訊ねています」と翻訳して伝えた。
「………ベインだ」
ケンタウルスたちは、平静を保つのに努力を必要としているのが誰の目にも明らかだった。
〈ベイン。お前たちはこの城ができるより遥か前から、この森に棲んでいるのだろう?でなければヒト嫌いのお前たちが、これほどヒトに近い場所に居着くわけがないからな。そして、お前たちは『星を読み解いて』ここにヒトが城を作ると予め識っていたのだろう?『これから自分たちの傍で歓迎されざる変化が起きる』と。その時に『これから起きる出来事を変えるべく』動いていれば、これほどまでヒトに煩わされる今はなかったのではないか〉
ハリーは、単語選びに苦慮しつつも、どうにかその発言を翻訳した。
その発言に含まれていた「なぜケンタウルスがこれほどまでにヒトに近い場所に棲んでいるのか」という疑問も、それに対する「ヒトがここに学校を作って居着く前から棲んでいたのではないか」という推測も、どちらもハリーがそれまで考えもしなかった内容だった。
〈ベイン。お前たちは、単に竦んでいるだけではないのか?それとも父祖伝来の土地たる森のすぐ傍にヒト共が学び舎なんぞを作った事で、何か恩恵があったのか?お前たちにとってこの現在は、過去するべきだった行動をしなかった結果の、最悪の未来なのではないか?〉
「ホグワーツができた頃」も「それより前」も。ベインたちにしても言い伝えでしか知らない遠い遠い遥か過去だろうに、そんな事訊かれても困るだけなんじゃないかと、ハリーは思った。
しかし先生はハリーが逡巡している間に、その質問を通訳してしまった。
ケンタウルスたちが激怒したのが、クラッブとゴイルにすらわかった。
しかしノットは、ただ1頭だけ、全く苛立ってすらいないケンタウルスが居る事に気づいた。
「我らが父祖たちが、『その時』に。大いに行動を起こしていたら、私はハグリッドに出会えていなかっただろう。私にとっては、今は決して『最悪の未来』などではないよ」
そう言ったフィレンツェをベインが睨みつけている中、マゴリアンも口を開いた。
「我らの祖先たちが行動を起こした結果、森と我らがまだあるのかもしれないだろう。遥かに悪い結果を、避けられたからこその今かもしれない」
「おや。『これから起こる出来事』を変えようと動くのは、掟に反するんじゃなかったのかい?」
心底楽しそうにクツクツと笑いながらそう言い放った先生にケンタウルスたちが蹄を鳴らしながら怒気を放ったのを目の当たりにして、ロンもハリーも肝を冷やした。
〈ハグリッドとは何だ〉
〈こんど会わせてあげるよ〉
空中をうねっているその巨大な白いホーンド・サーペント「エリエザー」の身体から地面に落ちた陰の中に、ハリーたちもケンタウルスたちも皆、その場に居る全員がすっぽりと収まっていた。
「……見ての通り、占いってものに熟達してる奴は。ヒトのみならずね――みんな、まるで考え方が違う。仮に同じものを『見て』も、それをどう解釈するかは人それぞれだ」
先生がそう言った事でフィレンツェの意識が「授業」へと、「生徒たち」へと引き戻された。
「だからこそ我らは、見たものを解釈する事に長い時間をかけるのだ。それに加えて我らは、お前たちがするように、何か特定の事物に対象を絞って星を読み解くという事はしない。星の巡りの影響は、誰かが死ぬとか怪我をするとか逆に生まれるとか、そのような小さな事物には影響しない。より広範な、そして偉大で微弱な影響を齎すものだ。つまり、お前たちにわかりやすく表現するなら……『世界を揺るがすような大事件』か。そういう類の事にのみ、星の巡りは影響する」
「ヒトとケンタウルスの見解の相違だねえ」
その先生は尚も心底から愉快そうで、湧き上がるような笑顔を抑えるつもりもないらしかった。
〈静かにしてなさい。良い子だから〉
ネビルの肩まで登っていた橙色の蛇の3つある頭が、自分たちの頭上に浮かんでいる角のある巨大な白い蛇のその一声でピタリとケンカを止めるのをハリーは見た。
「何を見るか、何が見えるか否かよりも、『どう読み解くか』という事にこそ、知識と熟慮が必要なのだ。きみたちにはそれが足りていない」
自分たちの頭上でスルスルとうねり続けている「エリエザー」をあまり見ないようにしながら、フィレンツェは落ち着いた声でハリーたちに言う。
「最近、火星の輝きが日に日に増して見える。これは如何な兆候と読むべきか?」
恐る恐る、控えめに、ほんの少しだけ、パーバティ・パチルが挙手していた。
「言ってみなさい」と、フィレンツェが促す。
「トレローニー先生は、そのような場合、『事故』に。特に火にまつわる事故に注意するべきだと。自分の周りでそのような事故が起こる可能性が高まっているのを表していると――」
「ヒトがよく陥る視野狭窄だ」と、フィレンツェは斬って捨てた。
パーバティはちょっとだけ不服そうだったが、フィレンツェがゆっくり近づいて来た事でその表情は明らかにより明るいものへと変わった。
「いいかな。今、星がどのような姿をしているかという事は、きみが見るか私が見るかによって変わったりしない。そこから何を読み取るかはともかく『いま星がどうあるか』は、誰が見ようとも全く同じだ。なのにそれが、それを観察している自分だけを対象として発信された情報だと考える事は、賢い見方ではない。私たちは1個の生命でしかなく、対する星々は空の全てなのだから」
「せんせーホグワーツとワガドゥーじゃ見える星は全然違うと思いまーす」
サンダーバードの「リリー」に追加で給餌しながら、その先生は授業に茶々を入れだした。
「『どう見えるか』は『どうあるか』ではない。我らは南十字星を占いに使わないが、南十字星は我らが見る星空にもある。大地に遮られたその下に」
「……そういやきみたちって天動説派?地動説派?」
ロナンの律儀な返答をまた混ぜっ返したその先生を、ベインが睨みつけている。
「空の星々の全てが自分たちを中心に巡っているなどという考えは傲慢極まる愚かなものだ」
ベインが吐き捨てるように早口でそう言い、フィレンツェはパーバティに向き直った。
「――火星の輝きが増すという現象を、我らは『戦争の前触れ』だと解釈する」
それが聞こえていたハーマイオニーは「火に関する事故」と大きくは違わないんじゃないかと思ったが、トレローニーの言う「火に関する事故」が、魔法薬を煮ている最中にうっかり火傷するとかそういう規模の話だった事をすぐに思い出して「確かに視野が狭いのかもしれない」と、少しだけケンタウルスが教える占い学に、それがヒトの占星術とどう違うのかに興味が湧いたのだった。
そしてまた、その先生がケンタウルスの発言に反応した。
「戦争ね。そりゃま、ある意味じゃあ、もう起きてるからねぇ。しかもそれは激しくなる一方だ」
先生が何の話をしているのかを真っ先に察したのは、ネビルだった。
「ハリーが勝つよ。先生」
「それは君が占った結果かい、ネビル?」
ニヤリと笑いながら、尚もサンダーバードに給餌し続けている青年は訊いた。
「ヴォルデモートとの戦いがどうなるかなんて、占ってもしょうがないと思う」
ネビルはぼんやりとした表情のまま、少し困ったような口調でそう言った。
「だってどっちにしろ僕はハリーの味方だし、ヴォルデモートが勝ったらおしまいなんだから。占いってつまりは、今からどうするのが良いのか、とか。その未来が来るのをどういう気持ちで待てばいいのか、とか。そういう事を整理するためのものでしょ?だったらヴォルデモートとハリーの事は、僕は別にいいよ。だって僕、自分がどうしたいか解ってるもの。ハリーもそうでしょ?」
そう言った直後、ネビルはビクリと硬直した。「エリエザー」が自分の方を向いたからだ。
その巨大な白いホーンド・サーペントは皆の頭上に浮かんだままスルスルと緩くとぐろを巻いて胴体をうねらせ続けながら、ネビルとハリーを交互に見つめた。
〈お前たち、随分珍しい運命をしているな〉
そう言った「エリエザー」は真っ直ぐネビルを見て、なにやら意味の不明瞭な言葉を発した。
〈お前が蛇を殺せなければ、より多くのものが死ぬ事になる〉
次にその宙に浮かぶ白く巨大なホーンド・サーペントは、ハリーに視線を移した。
〈お前は、大きな黒い犬を助けようとする。助けに行くべきではないのに。短慮。蒙昧。愚行〉
「ねえハリー。僕らなんて言われたの?何か言ってたんだよね、今。そうでしょ?」
「そうだけど、どういう意味の話なのか、僕よくわからなかった」
ネビルにそう返した瞬間に、ハリーは理解した。こういう時こそ、まさに今こそ、占い学に関する知見が必要なのだと。占い学というのは、自分が占いの対象である場合にも重要なのだと。
そしてハリーは、とりあえずネビルには、聞いたままを伝えた。
どういう意味なんだろう蛇ってそのまんま蛇なのかないつ頃の話なのかなあと首を捻り始めたネビルを横目に、ハリーはハリーでこの宙に浮く巨大な白蛇が自分の運命に何を見たのか、考察しようとしてみてもサッパリわからなかった。なんか単に罵られただけのような気すらして、その後ケンタウルスたちの話やそれに横槍を入れる先生の戯言などを聞いている内に、この角のある大きな白い蛇にさっき何を言われたかなどという事は、ハリーの中でどんどんあやふやになっていった。
そしてハリーは授業が終わる頃には〈大きな黒い犬を自分は助けに行くのだ〉とだけ覚えていた。
一方のネビルは、意味こそ解らないが忘れないほうが良いんだろうと考えたらしく、何匹もの蛇たちに集られながらもその予言を今日の日付と共にしっかりとノートにメモしていた。
「ねえフィレンツェ」
授業を終えて城へと戻っていく生徒を尻目に、その青年はケンタウルスたちに声をかけていた。
「なんだ」
「きみたちってさ、星が示した事だけに基づいて動くわけじゃ、ないよね?」
「当たり前だ。解釈を間違えているという可能性がある以上、それのみに頼るべきではない」
「その事も授業でやる?」
「次回だな。占いを軽視しない者は、占いのみに傾倒しやすい。それはよくない」
あとでもっかいシビルくんのとこ寄って意見聞こうと、その青年はエリエザーと一緒に出てきた大量の蛇たちを1匹残らずカバンに収容しながら企んでいた。
「ルーカン抱っこさせて」
蛇たちに紛れて出てきていたデミガイズを抱き上げながら、その青年は「エリエザー」に訊く。
〈『オミニス』の様子はどうだい〉
〈バタービールが飲みたいと言っていたぞ〉
今度ホッグズ・ヘッドにつれてってあげるよと言いながら、その青年は「エリエザー」もカバンの中に収容して、カバンをどこへともなくしまい込んだ。
「お久しぶりですな。ミセス・トレローニー」
その頃、ホグワーツから逃走したアルバス・ダンブルドアは、1人の古い知り合いを訪ねていた。
「シビルを守ってくれてありがとうね」
その揺り椅子に深く腰掛けた穏やかな老婆の目には、不思議な光が宿っていた。
「ハリー・ポッターはもうすぐ酷い失敗をするね」
その老婆の一言一句が、ダンブルドアにとって貴重だった。
「けどそれは取り返しのつく失敗だ。周りの人間が上手く助けてやれればね。そうじゃなきゃ、誰かがその失敗の結果として、死ぬかもね。それとダンブルドア」
「なんですかな。カッサンドラ・トレローニー」
「あのおバカはもしかして、未だに私の事を『ミス・ヴァブラツキー』って呼んでるのかい?」
ダンブルドアは表情を僅かにほころばせながら、肩を竦めてみせた。
「先輩が儂にあなたの話をする時は、いつも『ミス・ヴァブラツキー』か、さもなくば『カッサンドラくん』と。先輩の中ではあなたも未だ11歳なのです。カッサンドラ・ヴァブラツキー」
困った奴だねと呟いて、その老婆は薄っすら微笑んだ。
「私がトレローニーに嫁入りして何十年経つと思ってるんだろうねあのおバカは」
そう言った老婆に、ダンブルドアが訊く。
「先輩は、どのような先生でしたかな」
「よくお前さんの話をしてたよ」
そのまま2人は穏やかに紅茶を楽しみ、いくらかの他愛もない世間話も楽しんで、ダンブルドアが帰った直後。その老婆はまた一言、ポツリと呟くように言った。
「指に嵌めるんじゃなくて、手の中で3回転がすんだよ。バカだね」
何十年も前に「見た」自分の没年がカエルチョコレートのカードに既に載っているカッサンドラ・トレローニー、旧姓ヴァブラツキーは、憐れむような表情でさっきまでダンブルドアが座っていた椅子と、テーブルに残されたティーカップを見た。
そしてその老婆はダンブルドアが残していったティーカップを手に取り、茶葉の滓を読み始める。
「お前はもうちょっと自分の息子とちゃんと話さなきゃいけないよ、ハリー・ポッター」
ティーカップの底の茶葉に何十年も先の未来を見たその老婆は、杖を振って紅茶をおかわりした。
カッサンドラ・トレローニー
シビル・トレローニーの曾曾祖母。魔法界に広く名の知られた伝説の「予見者」。
カッサンドラ・ヴァブラツキー(1894~1997)
カエルチョコレートのカードにもなっている、魔法界に広く名の知られた伝説の「予見者」。
ホグワーツに通ったなら(まあ通ったやろ)ニュート・スキャマンダーの3つ上の先輩。
シビル・トレローニーが占い学の授業で教科書として使っている「未来の霧を晴らす」の著者。
作中年代が1991~1992年である筈の「ビデオゲーム版ハリー・ポッターと賢者の石」にて
カエルチョコレートのカードに登場した際、既に「1997年没」と記載されていた。未来。
つまり「死の秘宝」の途中まで、彼女は存命という事になる。
私の妄想の中では同一人物。(旧姓ヴァブラツキー、結婚後トレローニー)