104年後からの今 作:requesting anonymity
「グリモールド・プレイス12番地」
書棚に囲まれた、どこか暗い部屋で。ベラトリックス・レストレンジがそう呟いた。
「グリモールド・プレイス12番地です、我が君」
「なぜそう思う?」と問いかけたハリーは、自分の喉から出た声の不気味さに違和感を抱かない。
「グリモールド・プレイス12番地。ブラック家代々の屋敷」
ナルシッサ・マルフォイもベラトリックスに同調した。
ナルシッサは言う。
「場所も建物の外観も、全く思い出せないのです我が君。私もベラも小さい頃から何度も夕食をいただきに伺った事があるのにも拘らずです。父と母の顔も、歓迎してくれた叔父の顔も思い出せます。しかしあれが、あのグリモールド・プレイスがどこにあるのかという事だけが、綺麗サッパリ記憶から消えていますわ。姉に指摘されるまで全く気づきませんでした。つまり――」
「『秘密の守り人』か。ダンブルドアだな……だとすれば、場所を調べるのは無駄だ。普段なら俺様が直接そこに赴いて保護魔法を叩き割ってやればいいだけの話だが、『秘密の守り人』、忠誠の呪文で保護されているとなれば、それを破る方法はひとつだけだ……。件の『秘密の守り人』なのであろう、あの老いぼれダンブルドアから直接場所を聞き出す事だ。他に、方法は、無い」
ハリーが不気味な声色で返したその言葉は、情報の意味を理解している事を示していた。
ハリーの喉から勝手に出る不気味な声は、思考という作業すら必要とせずに答えに辿り着く。
「ダンブルドアを見つけ出して、捕えますか?」
ベラトリックスの問いに、ハリーの喉から出た不気味な声は答える。
「その必要はない」
その断定的な口調が示すように、ハリーはハッキリと確信していた。
「俺様が当初の予定通りの探しものを続けていれば、あの老いぼれは向こうから現れる。それに」
残酷な光を放つ赤い瞳が、ベラトリックスを見据えた。
「お前の愉しみをとやかく言うつもりはないが、ベラトリックス。忘れたわけではあるまいな?『秘密の守り人』から情報を引き出すには『磔』も『開心術』も不適当だと。忠誠の呪文で守られた秘密を『守り人』から引き出す方法は、唯一『守り人』の自由意志のみに依ると」
ベラトリックスは、狼狽しながら自己弁護を試みた。
「もちろん承知しています我が君。もちろんです。ただ私は、ダンブルドアめが。自ずから姿を現した時に、それによって……我が君の『探しもの』に。『余計な手間』が増えるのではないかと」
「勿論。勿論手間は生じるとも。そして俺様は正にそれを望んでいるのだ。恐らくはあの老いぼれの方も、それを望んでいる。俺様とあの老いぼれの目的は同じなのだ。『実際はどの程度なのか』を確かめたいのだ。ダンブルドアめがどの程度老いぼれていて、どの程度『若々しい』のか。ヴォルデモート卿が、老いさらばえた己と比してどの程度強大なのか。推測ではなく実体験としてな」
ハリーの喉から勝手に出てくる不気味な声は、子猫の傷口でも広げるかのように嗤った。
「『若々しい』とは。まさにあのダンブルドアめは、『若々しい』ことだろうよ。哀れな事だ。ポッターめや、ドラコ。それに聡明なセオドール………子供たちには無縁の言葉だ……老いぼれダンブルドアにこそ、あてがわれる言葉だ。『若々しい』とは。老人相手にしか用いぬ称賛だ……」
ベラトリックスも、ご主人様に同調してクツクツと酷薄に嗤った。
そしてヴォルデモート卿は、少し表情を変えて言った。
「……ポッターめが目醒めたようだな。俺様の中から出ていったのを感じたぞ」
ベラトリックスもナルシッサも驚いたが、ヴォルデモートは平然としていた。
「見に来るというなら見せてやろうとも………何を見せるかは、俺様が選ばせてもらうがな……」
闇の帝王の御心に入り込むなどなんと無礼千万な、という怒りが表情に出ているベラトリックスの隣で、ナルシッサは全く別の方向から憤っていた。
「今の時間は授業中でしょうに。全く、居眠りとはまた、随分余裕がお有りなようで」
「フン、どうせ魔法史だろ。ドラコも良く眠ってるだろうさ。お前も毎回寝てただろシシー」
部下の諍いなど無視して、ヴォルデモート卿は思案していた。ポッターめが俺様の心の中を、ポッターめにしてみれば不本意極まるだろうが、覗けるという事実は恐らく「使える」と。ヴォルデモート卿はそう直感していた。少なくともポッターめを「呼び寄せる」事はできるだろうと。
「アナタたち、もし私が、ノートを見せてあげないって言ったら、どうするつもりなのかしら?」
魔法史の授業を終えて、今日もまたハーマイオニーはご立腹だった。
「ヴォルデモートは気づいてる」
しかしハリーはそれどころではなかった。さっき夢で見たものは現実だと確信していたから。
「ヴォルデモートは気づいてる」ハリーは繰り返した。「騎士団の本部がグリモールドプレイスだって事。ドラコの母親とベラトリックスが、子供の頃に何度も行った事があるって言ってた。なのに場所も外観も思い出せないのはおかしいって。探せないみたいだったけど、気づいてる」
ハリーの発言に、先に思考を追いつかせたのはロンだった。
「ベラトリックスと、マルフォイのママと、あとトンクスのママは、3人姉妹だ。ついでに言うといとこだ。シリウスの。つまり各々別の相手と結婚するまでは、ブラック家の一員だった。そりゃブラック家の屋敷になんか、何回も行った事あるはずだよ。住んでたっておかしくないんだから」
ちょっと遅れて、ハーマイオニーも会話に加わる。
「それ、伝えるべきよ。騎士団の誰かに。今なら城のそこかしこに居るわ。それかマクゴナガルでも、フリットウィックでも――とにかく『気づかれてる』って」
しかしハリーたちが誰を探すより先に、その人物は廊下の向こうから歩いてきた。
「降ろして!降ろしなさい!!………自分で歩けるっての!」
捕獲したらしいニンファドーラ・トンクスを小脇に抱えて。
「あ。やあ3人とも。授業終わりかい?」
「「「こんにちは、先生………」」」
頭の上に熟睡中のニフラーを乗っけて左腕でトンクスを抱えたその青年は、ハリーたちより何歳か上なのだろうとしか思えない容姿だったが、この人物が実際には121歳だという事をその場の全員が知っていた。それに、この実年齢と乖離した外見は単なる若作りなどではないという事も。
「きみホントに軽いねえニンファドーラくん」
「ファーストネームで呼ばないで」
抵抗を諦めたらしいトンクスは、ハリーと目が合った。
「……………やあハリー。それにロンとハーマイオニーも。………元気?」
「や、やあトンクス。元気だよ。………そうだ騎士団の本拠地!」
一瞬思考が止まってしまったハリーだったが、どうにか緊急の要件を思い出す事ができた。
「騎士団の本拠地がブラック家の屋敷だって、ヴォルデモートは気づいてる!ベラトリックスとマルフォイの母親が、『行ったことがあるのに場所が思い出せない』って不審がってて――」
トンクスを小脇に抱えた青年が素早く「耳塞ぎ」の呪文で自分たちを覆った事にも気づかずに、ハリーは大慌てで先程「見た」ものを伝えた。
「ドーラくん」
「なに」
トンクスは未だ、この青年を大いに警戒していた。というよりは警戒心を植え付けられていた。
「アルバスには言っとくから、騎士団の皆には君から伝えてあげてね、今の。それと――」
青年は、小脇に抱えたトンクスを見つめる。
「お茶しない?」
「…………やだって言っても連れてくつもりなんでしょう」
トンクスに返事すらせず、ハリーたちにも何も言わずに、その青年は歩き去って行った。
「カンタンケラス・ノット」
ここのところ、校長室の合言葉は日替わりだった。それも留守居役を担うこの青年が毎朝起きた時に完全なる気まぐれで決めているのであり、良く言えばセキュリティが格段に向上しているが、悪く言えば合言葉を決めている当人以外にとって段違いに不便になっているのだった。
そしてこの青年が合言葉として選ぶ単語は、ほぼ全て、かつての学友の名前だった。
「やあリーマスくん久しぶり。大きくなったねえ」
「お久しぶりです先生。僕たちがホグワーツの1年生だったあの年以来ですね」
校長室で待っていたその人物を見て、小脇に抱えられたままのトンクスは耳まで真っ赤になり降ろして降ろしてとジタバタ暴れ始めた。
フェンリール・グレイバックに近しい人狼たちのコロニーに混ざり込んで諜報活動に従事している最中、全員の視線が切れた一瞬の内に現れた不死鳥に拉致されてホグワーツの校長室までやってきたリーマス・ルーピンは、内心では未だ、トンクスと同じくらいには混乱していた。
〈おいでマールヴォロ〉
トンクスを解放して、というよりは左腕を別の用途に使うためにトンクスを脇に置いて。自身が羽織っているドラゴン皮のコートに幾つもあるポケットのひとつに、青年は蛇語で声をかけた。
その声に応じて現れた蛇の頭部にある2本の角と額の宝石を見て、ルーピンが目を丸くする。
「この子はマールヴォロだよ。僕の同級生が名前つけたの」
先頃のクリスマス休暇の際に赴いたアメリカの保護施設で孵化するところを見守って、そのまま貰い受けたこの小さなホーンド・サーペントに「俺の兄さんの名前なんだ」と言ってそう名付けたその保護施設の創設者でもある旧友の表情を思い出して、その心境の変化に想いを馳せて、青年は不思議な柔らかさのある眼差しで微笑んだ。
その顔がどこかダンブルドアに似ているような気がして、リーマス・ルーピンはなぜか心が落ち着きを取り戻した事に驚きもしなかった。
「僕は騎士団のメンバーだった事1回もないから、本来きみたちに指示なんかできないんだけど――ただドーラくん。きみは魔法省の人間だから、僕ときみは直接の上司と部下ではないけれど、それでも僕はきみに『お願い』する事ができる……まあ法的には何の強制力も無いけどね」
そう言った青年の指に嵌っている古そうで大きな指輪に、トンクスは見覚えが無かった。
その指輪が何を改造した物なのかを一目で見破ったのは、他ならぬ、その部屋の壁にいくつも飾られている肖像画のひとつだった。
「己の所属を示すバッジをそのように歪めるなど、人の上に立つ者としての自覚が足りん」
「だって僕、別に人の上に立ってるつもり無いもん。知ってるでしょブラック校長は」
「実態がどうであれ、名目上は立っておるのだろうが。それに貴様、その物言いは1度も己の職権を使用した事が無い者のみに許される発言だ。貴様は何度も己の権力を使っておるだろうが」
「Ййййィィィィィ~~~だ。ブラック校長のヘソ曲がり!」
反論をいきなり放棄して口の両端を両手の人さし指で引っ張りながらそう言って煽ってきた青年を、フィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画は侮蔑に満ちた目で睨んだ。
「仲良しのフィニアスと遊びたいのはわかるけれど、アナタはこの2人に、ここへ呼びつけた理由を説明してあげなければいけないわよね?」
名前を知らない魔女の肖像画がそう言ったのを聞きながら、ルーピンもトンクスも「呼ばれた」のではなく「誘拐された」のだと、そう内心で訂正していた。
「きみたち2人に任務があるんだよね。校長先生から」
その言葉を聞いてルーピンの口から半ば自動的に出てきた言葉は、承諾でも拒否でもなかった。
「ダンブルドアが今どこに居るのかを知っているんですか?」
「知らない。ただコイツはフォークスが今どこに居るのかが解るから、それで連絡はできるよ」
さっきポケットから出てきた小さなホーンド・サーペントと床で激しく取っ組み合って遊んでいる不死鳥を指し示して、青年は至って気軽にそう言った。
「でね。騎士団に、新しく引き入れたい人が居ます。きみたち2人にはその人を勧誘してほしい。でも無理やりはダメだよ。ヤダって言われたら大人しくアイスクリーム食べて帰ってきてね」
「その人員とは?」
無理やりはダメだなんてどの口が言うんだとは思いつつ、ルーピンは訊いた。
「フローリアン・フォーテスキュー」
その名前には、ルーピンもトンクスも聞き覚えがあった。
「それ、ダイアゴン横丁にあるアイスクリーム屋のおっちゃんだよね。どうしてその人を?」
「ひとつは、ダイアゴン横丁にあるアイスクリーム屋のおっちゃんだから。ホッグズ・ヘッドのバーテンも僕らに良く協力してくれてるけど、ダイアゴン横丁はホッグズ・ヘッドとはまた客層が違うからね。そして、もうひとつの大きな理由が――」
「儂が頼んだからだ」
壁にかかっている肖像画のひとつが口を開いた事でルーピンは、先程この先生が言った「校長先生から」任務がある、というのが「ダンブルドアから」という意味ではなかった事を察した。
「頼む。ダンブルドアの騎士団に参画するということは、危険に身を晒すという事を意味する……通常なら。あの子にとっては違う。あの子にとっては、騎士団のメンバーとの連絡を密にする事によって、むしろ安全を確保できる。そうせねば危険なのだ。この困った奴とダンブルドアが言うには、あの子は、ヴォルデモート卿にとって。非常に不都合な知識を保有している」
そのラッパのように大きな補聴器を傍らに置いた赤ら顔の太った老人の肖像画をじっくり見ても、ルーピンもトンクスもすぐには名前が出てこなかった。
そして当人にそれを察されてしまったらしく、その肖像画は少し不満そうにしながら名乗った。
「儂はデクスター・フォーテスキューという。以後お見知り置きを」
ルーピンもトンクスも、それで全ての経緯を察した。
しかしルーピンとトンクスの2人は、いま頭の上から手の中に落っこちてきて目醒めたねぼすけニフラーに話しかけているこの青年が要らないおせっかいを焼いたのだという事に、実際にそのアイスクリームパーラーに到着してテーブルへと案内されるまで、一切気づかなかったのだった。
「あ、そうだ!リーマス、緊急の報告があるの。ハリーから!」
自分がそれを忘れていた事が信じられないらしいトンクスは、慌ててさっき聞いた話を伝えた。
一方、午後の授業までわりと時間があるハリーたちは、今日もまたその「地下聖堂」につどって自主学習やら宿題やらに精を出していた。
「なんか面白いこと書いてあるかスミス」
ロンの問いかけに、ザカリアス・スミスは気さくな笑顔でその記事を示した。
「ファッジが『在任期間中に発覚した“自分を狙った暗殺計画”の数』で歴代1位になったって」
フン、とロンはそれを聞いて鼻で嗤う。
「そりゃ1日に5回も6回も毎日毎日ずっと暗殺されかけ続けてたらそうもなるだろ」
「ウッドを怒らせるからだ」と、フレッドがニヤリとした。
「むしろファッジがまだ生きてる事の方が驚きだぜ。アイツ、あんなんでも伊達に魔法大臣じゃないらしいな………聖マンゴ送りになってても何も不思議じゃないのにさ」
そう言ったジョージはフレッドと2人して、クリービー兄弟やナイジェル・ウォルパート、アストリア・グリーングラスなどを相手に、守護霊呪文を教える側に回っていた。
「よし。いいぜコリン。そのまま集中を保つんだ。周りの音に意識を逸らされるな」
「ちょろっと出てくる白い靄の量が前より多くなってる。ちゃんと上達してるぜアストリア」
そんな光景を横目に見ながら、ハーマイオニーはパンジー・パーキンソンと向かい合っている。
「本気になれる相手とやるのが一番練習になるだろ」という、ザビニの提案に乗った形である。
「いい?2人とも。勝った方は私達が髪を可愛くしてあげるわ」
ダフネ・グリーングラスとラベンダー・ブラウンが、「スリークイージーの直毛薬」ほか幾つもの整髪料やら櫛やらを杖と一緒に掲げながら賭けの内容を当事者たちに再確認している。
そのすぐ横で、ハリーはドラコと向かい合っていた。
「負けといて『やっぱり無しにしてほしい』なんて言わないだろうなポッター?」
「そっちこそ、スネイプに泣きついたって嗤われるだけだぞマルフォイ」
今日も今日とてすこぶる仲が悪いこの2人を、スリザリン生たちはゆったりと鑑賞していた。
そしてダフネ・グリーングラスとラベンダー・ブラウンは彼らにも、彼らがシェーマスの何気ない発言をきっかけに売り言葉に買い言葉で自ずから提案した賭けの内容を、再確認する。
「負けた方はモヒカンよ?」
「かっこよくしてあげるわ」
男子と女子の違いなのかなと、パーバティにはその2組の賭けの内容の差異が興味深かった。
「じゃ、いいなお前ら。よーい――」
ノットは杖を構えて向かい合う4人にそう言い、一拍置いてから、パン!と手を叩いた。
「エクスペリアームス!!」
ドラコは最初から、ハリーに杖捌きで敵うとは思っていない。業腹極まりないがポッターの奴は自分より速くて強いと、まずその事実を直視しなければ勝ちは無いと、ドラコは己に言い聞かせていた。だからこそ開始と同時には何も呪詛など放たずに、回避のみに意識を集中させていた。
「ミューカスエノージアム!……チッ」
まあ防がれるだろうな、と予想通りの結果に内心で苦笑したドラコもまた、ハリーと同じように「あの先生」の言葉を思い起こしていた。
向こうもあのおかしな先生に何かアドバイスを貰ってるんだろうと、お互いに思っていた。
まさか全くの別人を思い浮かべているなどとは気づきもせずに。
「そのまま、俺の話に意識を傾ける余裕がある子だけでいいから聞いてね」
それは今年度の初め頃、「あの先生」から「ヴァルネラ・サネントゥール」なる、やたら繊細な調節を必要とする代わりに闇の魔術にも効く治癒魔法を習った時の記憶。
あの時、その呪文の練習をしながら先生の話に意識を傾ける余裕があったのは、ドラコとザビニとノットの3人だけだった。
「きみたちはこの先、嫌いなやつに思い知らせてやるためだったり、逆に自分が納得いかない負け方をしないためだったり色んな理由で、杖を使って戦うよね。毎回対等な相手とばっかり戦うわけじゃない。毎回上手く立ち回って自分より弱いやつだけ相手にできるわけでもない。明らかに自分より強い奴を相手にしてるのに絶対に勝たなきゃいけない、って時が必ず来る」
授業が始まってからずっとその先生の視線がどこを向いているのかハッキリしない事に、ザビニだけがほんの僅かな違和感を抱いていた。
「だから幾つかアドバイスをあげよう。勝てない相手に勝つ方法。昔、俺とエルファイアスくんが杖十字会で、アイツとダンブルドアくんのタッグに勝った方法」
エルファイアスってもしかして「ドジのドージ」か、と自前の知識と照らし合わせることができたノットを余所に、ザビニとドラコには「ダンブルドア」だけしかピンと来る名前は無かった。
しかしその名前だけで、興味を惹かれるには充分だった。
「ステューピファイ!」
ポッターが飛ばしてきた赤い閃光をギリギリで躱しながら、ドラコは「その先生」のアドバイスを頭の中で何度も繰り返していた。
“まず、向こうがこっちの事を自分より弱いと思ってくれてる事を祈ろう”
“ナメられてるのは腹立つけど、ナメられてるってのは有利な要素だって事、覚えておこう”
(闇の帝王を前にしたら、もっと速いんだろうなコイツは)
なにせ闇の帝王が相手だったら一瞬で殺されかねないんだからなと思ったドラコは、いま自分が心の奥底で「自分は決してポッターを殺そうとはしない」と宣言した事に気づいていなかった。
「「エクスペリアームス!!」」
ハリーとドラコが同時に放った武装解除呪文が真正面から衝突し、押し合い始める。
やがてそれはジワジワと、ほんの少しずつ。しかし確実にハリー有利へと傾いていった。
30秒近くもかかって、押し切ったハリーの呪文が、ドラコの手から杖を飛ばした。
「やった!!」
周囲で見ていたD.A.のメンバーたちが一斉に喜び、スリザリン生たちが残念がる中、ザビニとノットの2人だけが、ドラコとハリーを交互に見ながらニヤニヤしていた。
そしてドラコは、「その先生」の言葉を思い出していた。
“戦いが始まる前か、決着が着いた瞬間。そのどっちか。一瞬が勝負だ。虚を突け”
「ロコモーターモルティス!!」
不意に両足が接着されたことで無理やり姿勢を変えさせられてバランスを崩したハリーは、床にすっ転びながらもまだ状況が理解できていなかった。
杖なしで「足縛りの呪い」を唱えてみせたドラコは驚くべき速さで自分の杖を拾いに走り、そのままハリーに「武装解除」を浴びせ、杖を真っ直ぐ顔前に突きつけた。
そして、D.A.の誰が何を言うよりも先に、ハリーが床に倒れたまま口を開いた。
「………僕の負けだ。マルフォイ」
悔しそうな表情でそう宣言したハリーがロンとシェーマスに助け起こされ、パドマに杖を拾ってきてもらったのを見ながら、ドラコは妙に苦々し気な表情のまま言う。
「『あの先生』に言われたんだ。練習しておいて損は無いとな。……今のところ僕が杖なしで使えるのは今やった『足縛り』ひとつだけで、それだって10回やって1回成功すれば良い方だ。それにその1回を本番で引き当てられても――」
そこまで聞いてハリーはやっと、自分の両足が既に自由になっている事に気づいた。
「それだ。その短さだ。……数秒しか保たない。1年生の時から使えた呪文なのにだ」
憎たらしいポッターの奴をアッと言わせてやれたからこそ、ドラコは自分がまだまだ半人前だという事を、今回はたまたま運良く勝っただけだという事を強く実感していた。
しかし、それでも。
「さ、ハリー。残念だけれど、約束は約束。でしょ?」
「とびっきりかっこよくしてあげるわ」
ポッターの奴が苦渋の表情を湛えたまま、ダフネ・グリーングラスに髪型を変えられていくのを眺めるのは、端的に言って気分爽快だった。
「ポッターあなた、ホントにしぶとい癖っ毛ね……」
ハリーの髪に試しに櫛を入れてみながらダフネ・グリーングラスが呟く。
「もしかして、だから『スリークイージー』を作ったのかしらフリーモント・ポッターは。一族代々みんなそういう髪質なんじゃないの?」
そう言いながらダフネ・グリーングラスは、幾つもの魔法薬を使ってハリーの髪を肩まで伸ばし、どうにかこうにか艷やかな直毛にし、両サイドを容赦なく刈り、丁寧に、一列に立てていく。
そしてマグルのパンクロッカーのように見事なモヒカンが完成する頃には、D.A.のメンバーどころかロンとネビルまで必死に笑いを堪えていた。
「似合ってるわよ、ハリー」
パーバティがクスクス笑いの発作に襲われながらそう言ったのと同時に、その背後でアンジェリーナ・ジョンソンとケイティ・ベルが決壊し、お腹を抱えて笑い始めた。
その向こうでは、パンジー・パーキンソンに完勝したらしいハーマイオニーがラベンダーに髪をアレンジしてもらっている横で、そのパンジーがラベンダーを質問攻めにして一心不乱にメモを取っていた。仕方がないから自分でヘアアレンジに挑戦するのだろうとハリーは予想がついたが、正直もうそんなことどうでもよかった。チョウに見られている事すら、どうでもよかった。
なにせ約束してしまっているのだ。午後の授業にはモヒカンのまま出ると。それで減点されようとも罰則を喰らおうとも文句は言わないと。
今度から勢いに任せて賭けに乗るのはやめようと、ハリーは自分の周囲で笑い転げている友人たちと、可愛くしてもらってうれしそうなハーマイオニーを見ながら心の中で誓った。
「「なあハリー」」
そんなハリーにフレッドとジョージが何やら真面目くさった顔をして近寄ってきて、なぜかガリオン金貨を2枚差し出してきた。
「そのスペース売ってくれよ」「モヒカンの両サイド」「俺たちの店の広告をそこに載っけたい」
ハリーはもう、何もかもどうでもよくなっていた。
そしてドラコは、好奇心でその目を輝かせたアストリア・グリーングラスが、期待に満ちた表情をして自分の方にトコトコ歩いて来たのに気づいた。
「ねえねえ、ドラコはモヒカンにしないの?」
ドラコ・マルフォイの顔から、全ての表情が消えた。
「ドラコもモヒカンにしましょうよ、あたしとっても似合うと思うの!」
ノットとザビニが同時に、吹き出すように笑った。
「おや。これはまた随分なご趣味だなポッター。どういう心境の変どうしたのだドラコ………」
午後の最初の授業で、スネイプはハリーに罰則を言い渡すどころか減点すら、少なくとも髪型を理由には、しなかった。そのかわり授業中ずっと、チラチラとハリーの頭を見ては何やら嬉しそうにしていた。たぶん僕に父さんを重ねているんだろうとハリーには察せたが、そのせいで湧いてくる腹の底が煮えたぎるような思いは、ドラコの頭を見る事で相殺できた。
そうしてハリーとドラコが、午後の授業いっぱいという約束だったのに妙な意地を張って夕食後までパンクロッカーのようなモヒカンのまま過ごした次の日。
その通達は、「魔法省教育令」がびっしりと掲示されている「闇の魔術に対する防衛術」の教室前の壁に、まるで紛れさせるかのように張り出されていた。
フレッドとジョージは人だかりの最前列で、静かにお互いの肘をぶつけあって勝利を祝った。
「何、どうしたのハリー?」
「良いニュースだよネビル」
なんのことやら全くピンと来ないらしいネビルに、ハリーは言う。
「寮対抗クィディッチが復活するんだ。今日これからハッフルパフ対レイブンクロー」
わあ良かったねハリー、と真っ先に友人を労ったネビルの背後をスキップしながら通過していく鷲の仮装に身を包んだルーナ・ラブグッドを、ロンとハーマイオニーは目撃した。
【ミューカス・エノージアム】(Curse of the Bogies)
頭痛、咳、発熱、鼻水などなど酷い風邪っぴき状態になる呪い。
「悪霊の呪い」と訳されているけど「感冒の呪い」とかの方が適切だと思う(厄介オタク)
反対呪文もあるし、普通の風邪に対する治療法(薬とか)でも解消できる。
【杖なし呪文】
ヨーロッパの魔法界では、特に才能もしくは実力のある魔法使いだけが行える高等技術。
ただし杖はヨーロッパ発祥の品なので、これが伝来しなかった地域や
伝来しても定着しなかった地域(アフリカなど)では普通に子供でもみんな使えたりする。
ハリーは5年生の始め、ダドリーと一緒に吸魂鬼に襲われた際
死にものぐるいで頑張ったからか、1度だけ偶然これに成功している。
(落とした杖を探そうとしてルーモスを唱えたら離れた位置に転がってた杖が光った)